ゲーム系

レトロゲーム黎明録|第12回 MOTHER(FC/1989)

目次
  1. 作品概要
  2. 作品の魅力
  3. 海外展開とファン文化:伝説の“幻のローカライズ”と草の根の情熱
  4. Undertaleに与えた影響:MOTHERから受け継がれた“心のRPG”のDNA
  5. MOTHERのトリビア
  6. 開発の舞台裏:コピーライターからRPGクリエイターへの挑戦
  7. 当時のユーザー評価:賛否が交錯した“心に残る異色RPG”
  8. 幻のデータ:ROM内に残された“使われなかった謎”
  9. メディア/著名人による『MOTHER』評価
  10. 著名人評価:伊集院光さんと『MOTHER』への愛
  11. まとめ:温かくて、ちょっと切ない——だから『MOTHER』は忘れられない

作品概要

1989年7月27日、任天堂よりファミコン用ソフトとして発売された『MOTHER』は、ゲーム業界に一石を投じた異色のRPGです。コピーライター・糸井重里が企画・脚本を手がけ、キャッチコピーは「エンディングまで、泣くんじゃない。」。この一言が物語るように、本作はそれまでの「中世ファンタジー」一辺倒だったRPGの常識を覆し、“現代アメリカ風の世界”を舞台に少年が冒険するというまったく新しい体験を提示しました。

プレイヤーはごく普通の少年“ぼく”となって、超能力(PSI)を使いながら家族や仲間、動物たちと触れ合いながら冒険します。町や敵キャラのユーモア、敵との戦闘中に表示される“おしゃべり”なテキスト、そして何より人間味あふれるドラマと優しい世界観は、当時のゲーマーにとって衝撃的でした。

ファミコン末期に登場した本作は、商業的には中堅タイトルながらもコアなファンの心を深くつかみ、続編『MOTHER2』『MOTHER3』へと繋がる長い歴史を築く原点となりました。

作品の魅力

①現代日本風の世界観が描く“等身大の冒険”

『MOTHER』の最大の魅力のひとつは、当時のRPGでは極めて珍しかった現代日本風の町並みや家庭、社会を舞台にした冒険である点です。ファミコン時代のRPGといえば、『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』に代表されるような「剣と魔法」「王国とモンスター」という中世ファンタジーの世界観が主流でした。

そんな中で『MOTHER』は、プレイヤーが操作する主人公“ぼく”が、ごく普通の家庭に住み、学校に通い、近所の町を歩き回るという、どこにでもあるような日常から物語が始まるという斬新な切り口を打ち出しました。

物語は、突如として家の中に現れたポルターガイスト現象をきっかけに、主人公が“超能力(PSI)”に目覚め、自分の出生の謎と世界の危機を探る旅に出るというもの。だがその冒険の舞台には、剣もドラゴンも登場しません。代わりに出てくるのは、道端に落ちているクッキー、動物園のゾウ、路地裏にいるヤンキー、電話をかけるパパ、そして銀行口座から引き出すおこづかいといった、まるで自分の世界と地続きのような要素ばかりです。

この「日常の中に潜む異変」と「少年の成長物語」が融合する独特の世界観こそが、当時のプレイヤーにとって驚きであり、親しみやすさでもありました。現代を舞台にしたRPGというジャンルを広げる先駆けにもなり、その後の多くの作品に影響を与えることとなります。

②RPGの常識をくつがえすユニークなシステム

『MOTHER』はストーリーや世界観だけでなく、ゲームシステムの面でも当時のRPGにはなかった独自の工夫が多く盛り込まれている作品です。

まず特筆すべきは、「戦闘の演出」です。従来のRPGでは敵味方のキャラクターグラフィックが表示されるのが一般的でしたが、本作では“敵のイラストのみ”が画面中央に表示され、背景はサイケデリックな模様が揺れ動くという演出が採用されました。これは、敵が「モンスター」ではなく、暴走した動物や市民など“異常化した現実”であるというコンセプトに基づいています。

また、戦闘時に仲間が自動でしゃべったり、敵が意味深なセリフを発するなど、テキストで感情や状況を伝える演出が豊富に盛り込まれています。これにより、戦闘そのものが“物語の一部”として機能しており、単なる数字のやり取りではない“人間味”が感じられるのです。

さらに特徴的なのが、「ATMからお金を引き出す」システムや、「電話でパパにセーブを頼む」といった、現代社会を模した行動がそのままゲームシステムに落とし込まれている点です。お金は敵を倒すことで“銀行口座に自動振込”され、それを町のATMで引き出さないと使えないという仕組みになっています。このユーモアとリアリズムが同居する仕様は、他のRPGにはない“生活感”をプレイヤーに与えました。

回復アイテムもユニークで、ハンバーガーやクッキー、フライドライスといったジャンクフードが体力回復の手段になるなど、子ども目線のファンタジーとしてのリアリティが貫かれています。

加えて、ファミコンRPGとしては珍しく仲間キャラクターが途中から順番に加わっていく形式をとっており、それぞれの仲間が固有の特技や性格を持っていることもゲームプレイに深みを与えました。

こうした数々のシステムは、後の『MOTHER2』でさらに洗練されることになりますが、『MOTHER』の時点でも、すでに“異色で革新的なRPG”としての地位を築いていたと言えるでしょう。

③クスッと笑えて、時にグッとくる “糸井ワールド”の言葉たち

『MOTHER』が他のファミコンRPGと一線を画していた大きな要素の一つに、ユーモアと人間味にあふれたテキスト表現があります。これは、企画・脚本・ディレクションを担当したコピーライター・エッセイストの糸井重里氏によるもので、彼の感性が全編にわたって貫かれています。

ゲームの随所に見られる会話や説明文は、シリアスになりすぎず、かといって単なるギャグにも終わらない、絶妙なバランスで成り立っています。例えば、敵キャラの行動一つ取っても、「◯◯はやたらとカッコつけている」「◯◯はふらふらとさけんだ」といったように、単なる戦闘ログではなく、まるでキャラクターが“そこにいる”かのような描写がなされているのです。

また、NPCとの会話にも、ユーモアと人間味がにじみ出ています。何気ない通行人が「この町は平和だけど、ハンバーガーの値段はちっとも平和じゃないんだよね」とぼやいたり、店員が「カードでお支払い?…って言ってみたかっただけです」と言ってきたりするなど、プレイヤーの笑いを誘うような“脱力系”のセリフが満載です。

さらに、物語が進むにつれて登場する印象的なセリフやイベントは、時に心に刺さる言葉や、生き方への問いかけのようなメッセージを含んでいます。特に終盤に近づくにつれて現れる“ある存在”との対話では、ファミコンの限られた容量とは思えないほど、深みのあるテキスト体験が待ち受けています。

このように、『MOTHER』のテキストは単なる進行のための補助要素ではなく、プレイヤーとゲームの世界を“感情”でつなぐ大切な橋渡しとなっていました。当時のゲームでは珍しかった、“笑い”と“哲学”が共存するテキスト構成は、多くのファンを惹きつけ、今なお語り継がれる理由のひとつとなっています。

④ファミコン音源の限界を超えた “MOTHERサウンド”

『MOTHER』がRPGとして異彩を放っていたのは、ゲーム音楽においても例外ではありません。ファミコンの3音+ノイズという限られた音源の中で、本作はジャンルの枠にとらわれない多彩なサウンドと、感情に訴える旋律の数々を聴かせてくれました。

作曲を手がけたのは、後に『MOTHER2』やさまざまな映像作品でも活躍する鈴木慶一(ムーンライダーズ)と、田中宏和(任天堂サウンドチーム)の二人。糸井重里の“現代の子どもたちの冒険”という世界観を音楽で支えるため、ポップス、ロック、ジャズ、ミニマル、サイケデリックなど多彩な要素が盛り込まれています。

特に印象深いのが、各町のテーマです。主人公の住む「マザーズデイ」の陽気で落ち着いた曲調、「スノーマン」の切ないピアノ旋律など、それぞれの土地の空気感を完璧に表現しています。この「スノーマン」は後に『スマブラ』シリーズでも使用され、幅広い世代に親しまれることとなりました。

また、バトル曲も非常にユニークです。特定の敵との戦闘では通常の戦闘曲ではなく専用のBGMが流れることがあり、それが演出と深く連動しているのです。たとえば「ストレンジ・バトル」などは、不穏で抽象的なメロディが、戦っている相手の“異常性”や“狂気”を際立たせています。

エンディング曲「Eight Melodies(エイトメロディーズ)」は、ゲームの中で重要な意味を持つメロディであり、プレイヤーの感情とリンクする“記憶に残る旋律”として語り継がれています。ゲーム内で主人公たちが少しずつ集めていくこのメロディは、プレイ体験そのものを音でなぞるような演出となっており、ラストでこの旋律が流れたときの感動は、他のRPGでは味わえない唯一無二の体験です。

総じて『MOTHER』の音楽は、サウンド=演出=物語という三位一体の構造を成しており、それが本作を単なるゲーム以上の“記憶に残る作品”へと押し上げた最大の要因のひとつと言えるでしょう。

⑤無名なのに、こんなに愛おしい──“等身大のキャラクターたち”

『MOTHER』の登場人物たちは、他のRPGのように剣と魔法の勇者ではありません。ごく普通の少年少女たちが、宇宙的な脅威に立ち向かうという構図が本作最大の魅力のひとつです。
その“普通”さが、逆にプレイヤーの共感や愛着を深めていく大きな要因となっています。

物語の主人公である少年(デフォルト名:ニンテン)は、特別な血筋や生まれではなく、ごく一般家庭で育った少年です。彼には華々しい称号もなければ、ドラマティックな変身もしません。ただし、家族や友人、町の人々とのつながりの中で、自分にできることを懸命にやろうとする姿は、多くのプレイヤーに“自分ごと”として響きました。

彼を支える仲間たち──アナ、ロイド、テディ──もまた、個性豊かでありながら、決して“テンプレキャラ”ではありません。

  • アナは、超能力を持ちながらも内気で礼儀正しい少女。困難の中でも他人を思いやる彼女の言動は、静かな強さを感じさせます。
  • ロイドは、腕っぷしこそないものの、発明品で戦う頭脳派の少年。劣等感を抱えながらも、自分なりの方法でチームを支える姿が印象的です。
  • テディは不良少年として登場しますが、実は情に厚く、仲間を守るために命を懸けることもあるという熱い一面を持っています。

また、サブキャラクターや敵キャラに至るまで、命が吹き込まれているような丁寧な描写がなされています。街中の通行人、警察官、看護師、はては敵であるゾンビや宇宙人にすら、背景を感じさせるセリフや仕草があります。

プレイヤーが彼らに感情移入しやすい理由の一つは、彼らが「完全無欠のヒーロー」ではなく、不安や失敗、孤独を感じながらも一歩ずつ進もうとする“人間らしさ”を持っているからです。
その姿は、誰にとってもどこか懐かしく、そして今も心に残る“友達”のような存在として記憶されているのではないでしょうか。

⑥家庭用RPGの“常識”を変えた、MOTHERの社会的インパクト

『MOTHER』がファミコン向けに発売された1989年当時、RPGといえば『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』に代表される“剣と魔法のファンタジー”が定番でした。そんな中、突如現れた『MOTHER』は、「野球バット」や「ハンバーガー」を武器に、「銀行口座」や「ATM」を駆使して戦う――という現代アメリカ風の舞台と生活感あふれるゲームシステムで、ユーザーに衝撃を与えました。

これは単なる設定変更ではなく、“ファミコン=子ども向け”という先入観を覆す、知的で洗練されたRPG”の提示でもありました。
実際、コピーライター・糸井重里氏による広告展開では「エンディングまで、泣くんじゃない。」というキャッチコピーが話題となり、それまでゲームは娯楽の一形態にすぎなかったという認識に対して、「感動」や「文学性」すら語れる表現媒体であるという新しい視点を示したのです。

特に、当時10代後半~20代のユーザーを中心に、“子どもがやっているゲーム”ではなく“自分たちも心動かされた”体験として語る人が続出しました。ファミコンを卒業しようとしていた世代の心に、「まだゲームは終わっていない」と呼びかけるような存在だったのです。

また、『MOTHER』はその後のゲーム業界にも明確な影響を残しました。とくに1990年代以降に登場した**“日常をベースにしたRPG”**──たとえば『moon』(ラブデリック)や『ぼくのなつやすみ』(ミレニアムキッチン)といった作品にも、『MOTHER』的な思想の流れを感じ取ることができます。

さらに、後年のインディーゲームや海外タイトルにも『MOTHER』の遺伝子は受け継がれています。とりわけアンダーテール(Undertale)の開発者トビー・フォックス氏が『MOTHER』シリーズの大ファンであることは有名で、プレイヤーの“選択”や“感情”を大事にする哲学的設計は、MOTHERが築いた土壌に深く根ざしています。

つまり、『MOTHER』は単なる“変わり種RPG”ではなく、ゲームが物語と感情を伝える新たな手段たりうるという可能性を広げ、後の創作やゲームデザインに多大なインスピレーションを与えた文化的マイルストーンだったのです。

海外展開とファン文化:伝説の“幻のローカライズ”と草の根の情熱

『MOTHER』シリーズは、国内では強い支持を受けてきたものの、海外展開においては紆余曲折を経たシリーズでもあります。特に初代『MOTHER』は、アメリカ市場向けに「Earth Bound(※)」というタイトルでローカライズが進められていたにもかかわらず、発売直前に中止され、長らく「幻の翻訳版」として語られる存在となっていました。

この“封印”された英語版ROMは後に「EarthBound Zero」としてファンの手によって吸い出され、ネット上で流通することとなり、英語圏でもMOTHERへの関心がじわじわと高まっていきました。これがきっかけで、海外のファンの間でも「この奇妙で、優しくて、どこか切ないゲームは一体何なんだ」と話題に。まさに伝説の始まりです。

その後、1995年に『MOTHER2』が英語版『EarthBound』としてスーパーファミコンで海外発売されましたが、当時の欧米市場ではファミコンブームが一段落しており、販売成績は芳しくありませんでした。奇抜なグラフィックやユーモアが誤解されやすかったという事情もあります。

しかし、ここからがMOTHERの“粘り強い物語”です。2000年代以降、ネット掲示板やファンサイトの活発な活動によってコアな支持層が形成され、英語圏では一種のカルト的人気を獲得。特に、任天堂に対して『MOTHER3』の海外展開を求める署名運動や、非公式翻訳プロジェクトなど、熱量の高いファン活動が次々と展開されました。

このような活動の代表例が、ファンによる『MOTHER3』の英語翻訳プロジェクト。数年におよぶ作業の末、完成度の高い非公式パッチがリリースされ、今なお世界中のMOTHERファンに遊ばれています。任天堂もこの翻訳活動に対して訴訟などは行わず、一定の距離感を保った姿勢を取ったことから、“共存するファン文化”の好例としても評価されています。

また、海外のゲームクリエイターにも『MOTHER』シリーズの影響は色濃く残っており、先述の『Undertale』はその最たる例です。さらに、YouTubeやSNSではMOTHERシリーズを語る動画・考察・ファンアート・音楽アレンジが多数発信されており、発売から30年以上経った今なお、熱い支持を集めているタイトルだといえます。

Undertaleに与えた影響:MOTHERから受け継がれた“心のRPG”のDNA

インディーゲーム『Undertale』(2015年発売)は、制作者のトビー・フォックス(Toby Fox)が『MOTHER』シリーズ、特に『MOTHER2』から多大な影響を受けて制作したことを公言しています。彼自身、MOTHERシリーズのファンサイトを運営し、BGMのアレンジを手がけるなど、深くMOTHER文化に関わってきた人物です。

1. プレイヤーの感情に寄り添うストーリーテリング

MOTHERシリーズの特徴である「笑いと切なさが同居するシナリオ」「日常の延長にある不思議な冒険」という構造は、『Undertale』のストーリー構成にも受け継がれています。
たとえば、敵キャラクターとの会話や、倒す・倒さないの選択によって物語が変化する仕組みは、MOTHERが提示した“戦闘に感情を持ち込む”思想をさらに発展させたものといえます。

2. ユーモアと温かいセリフ回し

『Undertale』では、NPCのセリフや敵キャラの行動がユーモラスかつ個性的で、プレイヤーに思わずクスッと笑わせる瞬間があります。これは糸井重里がMOTHERで実現した、キャラクターたちの“人間らしい台詞”や脱力系のユーモアから強い影響を受けた部分です。

3. 音楽面のオマージュ

トビー・フォックスが作曲した『Undertale』の楽曲は、シンプルながら耳に残るメロディラインが特徴的で、これはMOTHERシリーズの音楽の温かさやキャッチーさを現代的に再解釈したものといえます。特に、戦闘曲における緩急や、テーマ曲を場面ごとにアレンジして繰り返し使う手法は、MOTHERシリーズの楽曲構成を彷彿とさせます。

4. “プレイヤーが世界に影響を与える”という仕組み

MOTHERシリーズでは、プレイヤーの行動が物語やキャラクターの反応に影響を与える仕掛けが随所に存在しました。『Undertale』ではそれがさらに進化し、敵を倒す・助けるなどの選択がゲームの結末そのものを左右する形になっています。この構造は、プレイヤーに「ただクリアするだけではない、自分なりの体験」を与えるもので、MOTHERが示した“RPGは物語を紡ぐ体験”という考え方を受け継いだものです。

5. ファン同士の共鳴

『Undertale』とMOTHERシリーズは、“プレイヤーの心に物語を残すゲーム”として共通の哲学を持っているため、両作品のファン層には大きな重なりがあります。MOTHERファンの多くが『Undertale』を“精神的な後継作”と位置づけているのも、そのためです。


このように、『Undertale』はMOTHERが切り拓いた“心に触れるRPG”の系譜を現代に受け継ぎ、世界中のプレイヤーに再び感動を届けた作品だと言えるでしょう。

MOTHERのトリビア

トリビア①:ゲーム開発の発端は「糸井重里の一言」から

『MOTHER』の企画が始まったのは、コピーライター・糸井重里が「自分でもゲームを作ってみたい」と任天堂に申し出たことがきっかけでした。すでに有名人だった糸井氏の申し出に対し、任天堂側は半信半疑。しかし、その後彼は「どうぶつを戦わせるようなゲームは作りたくない」「子どもたちの日常にあるような冒険を描きたい」と、具体的なビジョンを語り、社内にも次第に信頼を得ていきます。

この“非ゲーム開発者”の発想こそが、RPGというジャンルにおけるMOTHERの独自性と異質な温かさを生み出す原点となったのです。


トリビア②:開発は一度“お蔵入り寸前”だった

実は『MOTHER』の開発は、途中で「完成の見込みが立たない」として中止になりかけた時期がありました。開発にあたって組まれたチームは、ゲーム制作経験が浅いスタッフも多く、進行は難航。任天堂の社内からも「もう無理だろう」とささやかれていたといいます。

そんな中、当時開発部門のトップだった岩田聡氏(後の任天堂社長)が、ひとりでプログラムを解析し、最適化して完成への道筋をつけたというエピソードが伝説となっています。糸井氏も「岩田くんがいなければ、MOTHERは出ていなかった」と後に語っています。


トリビア③:セリフの大半を糸井重里がひとりで執筆

MOTHERの大きな魅力である味わい深いセリフや、脱力系のユーモアあふれる表現。実はその多くを、糸井重里氏が一人で書き上げたというのは有名な逸話です。

彼は開発の後半、事務所にこもって朝から晩までファミコン実機で動くテキストを確認しながら、膨大なセリフを書き続けました。台詞の言葉選びには一切の妥協がなく、**“子どもの目線で、でも子どもだましではない表現”**を追求し続けたと言われています。

トリビア④:公式ガイドブックは“文学”として評価された

『MOTHER』の公式ガイドブック(小学館)は、ただの攻略本ではありませんでした。糸井重里が手がけたこの一冊は、イラスト・写真・エッセイ・詩的な文章が満載の“読み物”として構成されており、攻略目的で手に取った人が思わず読みふけってしまうほどの完成度でした。

とくにゲームのストーリーやキャラクターの背景に言及した記述は、プレイヤーの想像力を刺激し、**“ゲームの外にまで広がる世界観”**を感じさせるものでした。このガイドブックはいまやプレミア価格で取引されており、ファンの間では“紙のMOTHER”とも称されるほど大切にされています。

トリビア⑤:ゲーム音源に「実機録音」を用いた特殊プロモーション

『MOTHER』は、発売当時としては珍しく、ゲーム音源をそのまま使用したサウンドトラックCDが発売されました。これが「MOTHER オリジナル・サウンドトラック」(1989年9月21日発売)です。

驚くべきはその収録方法で、当時のファミコンの実機から音を鳴らし、直接録音するというアナログな手法で制作されていたという点。これは現代のようなデジタル抽出技術がまだ一般的でなかったための措置でしたが、逆に「ファミコンで鳴っているそのままの音」を収めたことで、当時の空気感を残す貴重な記録にもなっています。

CDにはさらに、編曲バージョンのボーカルトラックも収録されており、糸井重里が作詞を手がけた楽曲「Eight Melodies」は、今もなおシリーズファンの心に残る名曲とされています。

開発の舞台裏:コピーライターからRPGクリエイターへの挑戦

『MOTHER』は、広告業界の第一線で活躍していた糸井重里氏がゲーム開発に初めて本格参加した作品として知られています。糸井氏はもともとゲーム業界の人間ではなく、当初は「シナリオ監修」程度の関わりを想定していました。

しかし、開発が進むにつれ「もっと面白くなるのでは」と考えるようになり、やがてゲーム全体の世界観設計やシナリオ、テキスト、演出方針にまで深く関与するようになります。この異業種からの参加が、当時のRPGには珍しい現代日本を舞台にした世界観や、ユーモアに富んだ会話、ナンセンスな敵キャラ設定などに結実しました。

開発は当初、任天堂社内のチームではなく、HAL研究所が中心となって進められました。しかしこの時期、HAL研究所は経営危機に陥っており、一時はプロジェクト中止も危ぶまれていたといいます。

そんな中で支えになったのが、任天堂・岩田聡氏(当時HAL研究所プログラマー)の存在です。岩田氏はプログラミングにおいて卓越した手腕を発揮し、スタッフの技術的課題を次々に解決。特に独自のマップ圧縮アルゴリズムや、アイテム・イベント管理の効率化など、技術面での貢献は非常に大きかったと語られています。

結果として『MOTHER』は、業界の常識を破った企画と、任天堂ならではの高品質な技術が融合した異色のRPGとして完成。糸井氏自身も後に「自分が本気で何かを作った最初の体験だった」と語っています。

当時のユーザー評価:賛否が交錯した“心に残る異色RPG”

『MOTHER』が発売された1989年は、すでに『ドラゴンクエストIII』『ファイナルファンタジーII』といった王道RPGが大ヒットを収めていた時期です。そんな中で登場した『MOTHER』は、「現代風の舞台」「ナンセンスな敵キャラ」「ひねりのあるテキスト」という独特の作風が、多くのプレイヤーにとって新鮮でありながらも戸惑いの対象にもなったようです。

特に目立ったのは、次のような声でした。

  • 「子ども向けかと思ったら、意外と深くて泣けた」
  • 「ドラクエみたいなファンタジーじゃないのが逆に良い」
  • 「バカバカしい敵がクセになる」

その一方で、以下のような不満点も散見されました。

  • 「戦闘バランスが厳しい。序盤の敵が強すぎる」
  • 「マップが広いのに、移動が面倒でエンカウントも多い」
  • 「攻略本なしではやや不親切」

当時の『ファミコン通信』誌(現・ファミ通)ではクロスレビューで30点(40点満点中)とまずまずの評価を得ており、「万人向けではないが、心に刺さるプレイヤーには一生モノになる作品」といったニュアンスで紹介されていました。

また、ユーザーからの投稿欄には「泣けるゲームなんて初めてだった」「妹と一緒に遊んだ思い出が忘れられない」など、ゲーム内容そのものより、遊んだ記憶に強く結びつくタイトルとして印象づけられていたことも興味深いポイントです。


このように、『MOTHER』は当時から“尖ったゲーム”として評価が割れる一方で、心に残る名作と感じたユーザーも多かったことがわかります。まさに“人を選ぶが刺さる人には深く刺さる”RPGの先駆けだったといえるでしょう。

幻のデータ:ROM内に残された“使われなかった謎”

『MOTHER』には、ゲーム内では通常出現しない未使用(没)データや、一部で有名になったバグ技が存在します。これらは、開発の過程で削除されずにROMに残された“痕跡”として、長年ファンの間で話題となってきました。

幻の敵キャラクター「ギーグ戦・未使用バージョン」

ゲーム終盤に登場するラスボス・ギーグには、通常プレイでは出会えないグラフィックの異なる未使用バージョンが存在します。
これはファミコンの解析ツールなどで確認されたもので、色違いや顔の表情が異なるバージョンが格納されており、開発段階で複数パターンが検討されていたことがうかがえます。

謎のアイテム「ローズのペンダント」など

通常のプレイでは手に入らないアイテムとして、「ローズのペンダント」「王様のバッジ」などの没アイテムが内部データ上に存在します。効果も未定義またはバグで、装備しても何の影響も与えないものが多く、「没イベントの名残」として注目されてきました。

メニュー中バグ技:ワープグリッチ

一部プレイヤーの間では、メニュー操作と同時にマップ切り替えを行うことで、意図しないエリアにワープできるバグ技も確認されています。これはゲームの処理タイミングを突いた“早すぎるメニュー操作”によって発動する技で、通常行けないエリアや未使用マップの一部にアクセスできるケースもあります。

NPCのセリフに見る未使用フラグ

一部の村人や施設のNPCに、条件を満たさないと表示されないセリフが設定されているものの、ゲーム中でその条件を満たすイベントが存在しないパターンも発見されています。これも「イベントが途中で没になったのでは」と推測され、コアファンの考察対象となっています。


このような“幻のデータ”の存在は、ゲームファンにとって「開発の裏側を垣間見られる宝探し」のような魅力を放っており、MOTHERシリーズ全体が持つ“語り継がれる余白”の一部でもあります。

メディア/著名人による『MOTHER』評価

雑誌・ゲームメディアによる好意的評価

発売当時、『MOTHER』は“異色のRPG”として注目されました。
ゲーム雑誌『ファミコン通信』(後のファミ通)では、その独自性と世界観、ユーモアを称賛する声が多く、当時のレビューでは「物語性と現代劇を融合させた挑戦的な作品」として評価されました。

特に印象的だったのは、現代アメリカ風の町並み、電話でのセーブ、ATMでの預金引き出しなど、ファンタジーRPGでは見られなかった新機軸が高く評価された点です。

また、発売から10年以上が経過した後も、『ファミ通のクロスレビュー・名作特集』や『週刊ファミ通アーカイブ』などで定期的に特集が組まれ、“記憶に残る名作”の一本としてたびたび再評価されています。

糸井重里の“コピーライター的発想”に注目

本作の生みの親である糸井重里の関与自体も話題になりました。
それまでファミコンゲームはプログラマーやゲームクリエイターが中心でしたが、糸井氏のような広告業界出身の人物がシナリオを手がけるという異例の組み合わせは、メディアから「新たな時代の兆し」として取り上げられました。

糸井氏自身もインタビューで「RPGをもっと文学的にできると思った」と語っており、この姿勢はゲーム業界内外に波紋を呼びました。

著名人のコメント例

  • 宮本茂(任天堂)
    任天堂の開発責任者だった宮本茂氏は、後年のインタビューで「MOTHERはとてもパーソナルなRPGだ」と語っており、大衆向けのゼルダやマリオとは異なる“個人の物語”として尊重していたことがうかがえます。
  • Toby Fox(Undertale開発者)
    海外インディーゲーム『Undertale』の開発者であるToby Foxは、「MOTHERシリーズは創作活動に大きな影響を与えた」と何度も公言。
    特に1作目のユーモアや戦闘中のテキスト表現、セリフ回しなどから着想を得たと語っており、世界的な影響力も示しています。

著名人評価:伊集院光さんと『MOTHER』への愛

お笑いタレントであり、ゲーム好きとしても知られる伊集院光さんは、『MOTHER』シリーズの熱心なファンとして長い間公に語ってきました。

🎙️ 伊集院光さんの語る『MOTHER』愛

  • ラジオや雑誌などで、**「MOTHERシリーズの大ファン」**であることを明言しています。特に『MOTHER2 ギーグの逆襲』については、「感動したテレビゲーム」として評価し、深夜番組『深夜の馬鹿力』でも熱く語っていました。
  • 『MOTHER3 豚王の最期』の開発中止が発表された際には、自身のラジオ番組で「不完全な形で商品化せず、中止と公表した任天堂の姿勢はすごい」とコメントし、『MOTHER』へのリスペクトとシリーズへの深い思い入れが感じられます。

🎧 トーク番組での対談エピソード

  • 糸井重里氏との対談イベントでは、伊集院さんが『MOTHER3』やシリーズ全体の魅力について熱く語り、「2D・無声のテキスト主体の演出は、まるで漫画原作のよう」と表現。そのゲーム構造を改めて評価していました。
  • 特に「ギャグと感動のバランス」「悪ふざけの芸術性」について互いに語りながら、『MOTHER』シリーズが持つ独特の表現と世界観に共感していることが伝わります。

まとめ:温かくて、ちょっと切ない——だから『MOTHER』は忘れられない

『MOTHER』は、一見すると“ちょっと変わったRPG”に見えるかもしれません。ファンタジーの代わりに現代のアメリカ風の町が舞台で、魔法ではなく野球バットやフライパンで戦う。そんなユニークな設定にまず驚かされます。

でも、プレイを進めるほどにわかってくるのは、「これは単なるパロディでも風変わりなゲームでもない」ということです。
そこには、子どもたちの小さな勇気、家族のぬくもり、見知らぬ人へのやさしさ、そして別れの切なさが、糸井重里ならではの視点で物語られています。

ときに笑えて、ときに泣ける。
そしてプレイヤーの心の中に、何年たっても忘れられない風景を残してくれる。

“RPG”という枠を超えて、物語体験そのものの価値を再定義した作品。
それが、今も語り継がれる『MOTHER』というゲームの本当の魅力です。

次に手に取るとしたら、最新の大作RPGよりも、ファミコンの小さなカートリッジかもしれません。
もう一度あの世界を歩いてみたくなる——そんな気持ちにさせてくれる名作です。

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