1991年の世界名作劇場『トラップ一家物語』を見ると、映画『サウンド・オブ・ミュージック』を思い出す人は多いでしょう。
どちらも、修道院からトラップ家へ来たマリアが7人の子どもと関わり、やがて父ゲオルクと結婚し、ナチス支配を逃れて一家で国外へ出る物語です。
ただし同じ実在一家を題材にしていても、アニメと有名なミュージカル映画は同じ脚本ではありません。『トラップ一家物語』は40話を使い、マリアが家庭教師として家へ入り、家族になり、銀行破綻とナチス侵攻を経てアメリカへ亡命するまでを長く描きます。
『トラップ一家物語』の基本情報
- 放送期間:1991年1月13日~12月22日
- 全40話
- 放送局:フジテレビ系
- 監督:楠葉宏三
- マリア:勝生真砂子
- トラップ男爵:堀勝之祐
日本アニメーション公式では、妻を亡くしたトラップ男爵と7人の子どものもとへ修道女マリアが家庭教師として来るところから、結婚、銀行破産、ナチス侵攻、アメリカへの亡命までが作品の骨格として示されています。
『サウンド・オブ・ミュージック』と同じ実話が出発点
トラップ一家は実在します。マリア・フォン・トラップが1949年に出版した回想録『The Story of the Trapp Family Singers』が、舞台版・映画版『サウンド・オブ・ミュージック』の大きな土台になりました。
米国国立公文書館も、トラップ一家がナチス政権下のオーストリアを離れ、アメリカへ渡った記録を所蔵しています。ただし、有名な映画は史実をそのまま再現したものではありません。
違い1|実在のマリアは“7人全員の家庭教師”として来たわけではない
映画では、マリアが7人の子ども全員の家庭教師としてトラップ家へ来る印象が強くなっています。
しかし米国国立公文書館によると、実在のマリアが1926年に家へ来た直接の理由は、猩紅熱から回復中だった娘マリアの家庭教師になることでした。
アニメ『トラップ一家物語』はテレビドラマとして家族全体との関係を描きますが、元になった実話では「一家全員をまとめるため最初から派遣された家庭教師」という単純な始まりではありません。
違い2|マリアとゲオルクの結婚は、ナチス侵攻の直前ではない
映画『サウンド・オブ・ミュージック』では、マリアとゲオルクの結婚とナチスによるオーストリア併合がかなり近い時期に起きるよう構成されています。
実際には二人は1927年に結婚し、一家がオーストリアを離れるのは1938年。国立公文書館は、結婚と国外脱出の間に約11年あったと説明しています。
アニメ版は40話あるため、マリアが子どもたちと関係を築き、男爵と結婚したあとにも一家の生活を続けて描きます。結婚を物語の最終ゴールにせず、その後に家計や政治情勢の問題が押し寄せるところが大きな違いです。
違い3|映画のゲオルク像は、実在人物より厳格に脚色されている
『サウンド・オブ・ミュージック』前半のゲオルクは、子どもたちを笛で呼び、家庭から音楽を遠ざけた厳格な父として描かれます。
しかし国立公文書館の解説では、実在のゲオルクは温かい父親で、家族の音楽活動も楽しんでいたとされています。トラップ家自身も、映画で父が冷酷な家長のように変えられたことには不満を持っていました。
アニメでも序盤の男爵は厳格ですが、40話の中で子どもたち、マリア、祖国への思いを長く描けるため、「怖い父が音楽で改心する」という一本線だけにはなっていません。
違い4|実在一家は7人で終わらず、最終的に10人の子どもがいた
映画で有名なのは7人きょうだいです。アニメも、マリアが家庭教師として出会うのは男爵と先妻アガタの7人の子どもたちです。
一方、実在一家ではマリアとゲオルクの結婚後に3人の子どもが生まれ、最終的には10人になりました。映画では子どもの名前・年齢・性別も実在一家から変更されています。
この点だけでも、映画やアニメの登場人物をそのまま実在一家の完全再現として見るべきではないことが分かります。
40話あるから、マリアが“母になるまで”だけで終わらない
『トラップ一家物語』でマリアと子どもたちの関係ができることは、物語の前半です。
その後、マリアは男爵と結婚し、家庭の外では銀行の破産やナチスの侵攻が迫ります。家族の問題だった物語が、少しずつ国と政治の問題へ広がっていきます。
ここが一年シリーズの強みです。マリアが「子どもに好かれる家庭教師」から「一家の一員」へ変わったあと、家族全体が何を守るかまで描けます。
亡命は“山を越えれば終わり”ではない
実在の一家はオーストリアを離れ、アメリカへ渡りました。国立公文書館には、その入国や後の市民権申請に関する記録も残っています。
アニメ公式あらすじでも、最終的に一家が「オーストリア国民としての信念を貫くためにアメリカに亡命する」と説明されています。
家族が一つになったあとに、その家族ごと故郷を離れなければならない。『トラップ一家物語』の後半が重くなるのは、家庭内の幸福だけでは守れないものが出てくるからです。
前年『私のあしながおじさん』から、実在一家の歴史へ
前年1990年の世界名作劇場は『私のあしながおじさん』でした。架空の少女ジュディの学園生活から、1991年は実在のトラップ一家をもとにした物語へ移ります。
同じ家族・成長を扱いながら、後半にナチス侵攻という現実の歴史が直接入ってくる点で、かなり違う読後感を持つ作品です。
総評|有名映画の“別バージョン”ではなく、40話で家族になる過程を描く
『トラップ一家物語』を『サウンド・オブ・ミュージック』のアニメ版とだけ呼ぶと、本作の長さを生かした部分が見えにくくなります。
マリアが家へ来る。7人の子どもと関係を築く。ゲオルクと結婚する。家族として生活する。そして政治と経済の危機の中で、家族全員が祖国を離れる決断をする。
映画が劇的に圧縮した物語を、アニメは一年かけて生活の変化として追う。同じ実在一家から出発しても、そこに『トラップ一家物語』独自の見え方があります。
世界名作劇場全体での位置づけは、世界名作劇場Tier表でもまとめています。