- 野上士耀さんが19歳で死去|死因は非公表・経歴と最後の出場
- オリックス野上士耀さんが19歳で死去
- 野上士耀さんの死因は非公表
- 亡くなる前日の9月29日まで練習に参加
- 最後の公式戦は9月27日の広島戦
- 野上士耀さんとはどんな選手?「士耀」は「しきら」と読む
- 明秀学園日立で甲子園に出場
- 2025年ドラフト7位でオリックスへ入団
- プロ1年目の2026年はファーム32試合に出場
- 9月30日の阪神との練習試合は中止
- ファームは3日間程度の自主練習へ
- 10月1日は一軍も自主練習に変更、全員で黙とう
- 現時点で分かっていること・分かっていないこと
- 野上士耀さんについてよく検索される疑問
- まとめ|死因は非公表、確認できる事実以上の推測はできない
野上士耀さんが19歳で死去|死因は非公表・経歴と最後の出場

オリックス・バファローズは2026年9月30日、所属する野上士耀(のがみ・しきら)捕手が同日に急逝したと発表しました。19歳でした。
野上さんは2025年ドラフト7位で明秀学園日立高校から入団した高卒1年目の捕手です。今季はファームで32試合に出場し、9月27日のファーム最終戦にも出場。亡くなる前日の29日まで練習に参加していました。
一方、具体的な死因は2026年10月1日時点で公表されていません。小浜裕一球団本部長は、ご家族の意向を踏まえて非公表とする考えを説明しています。
また、球団本部長から「事件性はないと伺っている」との説明があったことは報じられていますが、これは死因を示すものではありません。公表されていない原因を推測することはできません。
この記事では、球団発表や公式記録、球団本部長の説明から確認できた事実に絞って、野上さんの経歴、最後の公式戦、亡くなる直前までの動き、球団の対応を整理します。
オリックス野上士耀さんが19歳で死去
オリックスは9月30日夕方、野上士耀捕手が同日に急逝したことを正式に発表しました。
野上さんは2007年5月23日生まれ。愛知県出身で、明秀学園日立高校から2025年ドラフト7位でオリックスに入団したばかりのルーキーでした。
背番号は60。右投げ右打ちの捕手で、2026年がプロ1年目でした。
9月30日朝、選手寮の自室で確認
9月30日夜に取材対応した小浜裕一球団本部長の説明によると、この日は午前7時30分の点呼に野上さんが姿を見せず、連絡にも応答がありませんでした。
球団職員が確認に向かい、午前7時45分ごろに選手寮の自室で倒れている野上さんを発見。その後、消防隊員によって午前8時に死亡が確認されたと説明されています。
訃報を伝えるうえで必要な情報はここまでであり、選手寮の詳しい所在地や室内の状況などを追う必要はないでしょう。
野上士耀さんの死因は非公表
ニュースを見て、最も気になる人が多いのが「何があったのか」「死因は発表されたのか」という点だと思います。
結論として、2026年10月1日時点で具体的な死因は公表されていません。
球団の公式発表には死因の記載はなく、その後の取材対応で小浜球団本部長が、ご家族の意向もあり非公表とする旨を説明しました。
そのため、病名や持病の有無、亡くなるまでの医学的な経緯についても、公表された情報から確認することはできません。
「事件性はない」と「死因が判明した」は別
小浜球団本部長は取材に対し、事件性については「ないと伺っている」という趣旨の説明をしています。
ただし、この説明から具体的な死因を推測することはできません。
「事件性はないとの説明があること」と「死因は非公表であること」は分けて考える必要があります。
2026年10月1日時点で記事として確認できる答えは、「具体的な死因は公表されていない」というところまでです。
亡くなる前日の9月29日まで練習に参加
野上さんは9月29日までファームの練習に参加していました。
この日は雨のため屋内で練習が行われ、全体練習に加えて個別練習にも取り組んでいたと、球団本部長が説明しています。
小浜本部長は、個別練習でも普段通り取り組んでいたとの報告を受けていたことを明らかにしています。
ただし、「前日まで練習していた」という事実から、健康状態や亡くなった原因まで判断することはできません。
体調に問題がなかった、予兆がまったくなかったといったことまで公式に確認されているわけではないため、そこから先を推測するべきではありません。
最後の公式戦は9月27日の広島戦
野上さんが最後に出場した公式戦は、9月27日に大阪シティ信用金庫スタジアムで行われたファーム・リーグの広島戦でした。
オリックスにとって2026年ファーム・リーグの最終戦でもあり、野上さんは9番・指名打者で先発出場。3打数無安打でした。
試合はオリックスが2対1で勝利しています。
前日の9月26日にも広島戦へ捕手として出場し、3打数1安打を記録していました。
27日の試合後、28日は休日を挟み、29日に再び練習へ参加していたことになります。
野上士耀さんとはどんな選手?「士耀」は「しきら」と読む
「士耀」という名前の読み方を初めて知った人も多いかもしれません。
球団とNPBの公式プロフィールでは、野上士耀=「のがみ・しきら」と表記されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 野上 士耀 |
| 読み方 | のがみ・しきら |
| 生年月日 | 2007年5月23日 |
| 年齢 | 19歳 |
| 出身地 | 愛知県 |
| 身長・体重 | 170cm・80kg |
| 投打 | 右投げ・右打ち |
| ポジション | 捕手 |
| 出身校 | 明秀学園日立高校 |
| ドラフト | 2025年ドラフト7位 |
| 背番号 | 60 |
現在のオリックス公式選手名鑑とNPB公式では170cm・80kgとなっています。入団発表時は170cm・83kgと記録されており、記事では現行プロフィールの数字を基準としています。
明秀学園日立で甲子園に出場
野上さんは明秀学園日立高校でプレーし、2025年夏の甲子園に出場しました。
高校時代から評価されていたのは、捕手としての肩の強さと打撃です。
オリックスが2025年ドラフトで指名した際のスカウト評価では、強肩強打の捕手として紹介され、フットワークの良さや二塁への送球、遠くへ飛ばす力が評価されていました。
特に二塁送球は1.8秒台とされ、将来的には打線の中軸を担うことも期待されていました。
2025年夏の茨城大会ではチームの甲子園出場に貢献。甲子園でも初戦に出場しています。
高校時代の実績を経て、同年秋のドラフト会議でオリックスから7位指名を受けました。
2025年ドラフト7位でオリックスへ入団
オリックスはドラフト時、野上さんを「強肩強打の捕手」と評価していました。
新人選手入団発表では、自身の持ち味として積極的なプレーとパワフルなスイングを挙げ、森友哉選手のように打撃でも存在感を示せる捕手を目標にしていました。
背番号は60。
森友哉選手や若月健矢選手といった経験豊富な捕手から学びながら、一軍を目指してスタートしたばかりのシーズンでした。
プロ1年目の2026年はファーム32試合に出場
2026年は一軍公式戦への出場はありませんでしたが、ファームで実戦経験を積んでいました。
NPBの公式記録による2026年ファーム成績は次の通りです。
| 試合 | 打席 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 32 | 82 | 75 | 14 | 0 | 4 | .187 |
14安打のうち二塁打は2本。7四球を選び、シーズンを通して32試合に出場しました。
高卒捕手の1年目という段階であり、9月末までファームで試合と練習を続けていました。
9月30日の阪神との練習試合は中止
野上さんが亡くなった9月30日には、オリックスと阪神のファーム練習試合が予定されていました。
球団は同日、この試合を中止すると公式に発表しました。
公式サイトの中止告知自体には理由が記されていませんが、その後の小浜球団本部長の説明では、野上さんの急逝を受けて試合を中止したことが明らかにされています。
この日は選手たちが自主練習を行った後、それぞれ帰宅しました。
ファームは3日間程度の自主練習へ
小浜球団本部長は9月30日の取材対応で、選手やスタッフが大きなショックを受けているとして、10月1日から3日間程度、ファームを自主練習とする考えを示しました。
通常通りの全体練習を続けるのではなく、選手の状態を見ながら対応するための措置です。
「3日間の完全休養」が発表されたわけではなく、あくまで自主練習へ切り替えるという説明でした。
10月1日は一軍も自主練習に変更、全員で黙とう
翌10月1日には、一軍でも予定していた全体練習を自主練習へ変更しました。
京セラドーム大阪での練習開始前には、小浜球団本部長から選手たちへ状況が説明され、全員で黙とうをささげています。
岸田護監督は、野上さんについて若くこれから成長していく選手だっただけに残念だという思いを語り、動揺している選手もいることから、今後も状態を見ながら対応していく考えを示しました。
チームとして競技を続けながら、選手やスタッフの心理面にも配慮していく方針です。
現時点で分かっていること・分かっていないこと
今回の訃報については、確認できていることと、公表されていないことを分けて見る必要があります。
| 項目 | 2026年10月1日時点 |
|---|---|
| 死去日 | 2026年9月30日 |
| 年齢 | 19歳 |
| 発見場所 | 選手寮の自室 |
| 発見 | 9月30日午前7時45分ごろ |
| 死亡確認 | 同日午前8時 |
| 具体的な死因 | 非公表 |
| 事件性 | 球団本部長が「ないと伺っている」と説明 |
| 持病の有無 | 公表確認できず |
| 前日の練習 | 9月29日に参加 |
| 最後の公式戦 | 9月27日のファーム広島戦 |
| 葬儀など | 現時点で球団から詳細発表を確認できず |
「公表されていない」ということは、その事実が存在しないという意味ではありません。
特に死因や健康状態については、ご家族の意向も示されています。公式に明らかになっていない情報を補って結論を作ることはできません。
野上士耀さんについてよく検索される疑問
野上士耀さんは何と読む?
「のがみ・しきら」と読みます。オリックス、NPBともに公式プロフィールで確認できます。
2026年に入団したばかりだった?
はい。2025年秋のドラフト会議でオリックスから7位指名を受け、明秀学園日立高校から入団しました。2026年がプロ1年目でした。
一軍の試合には出場していた?
一軍公式戦への出場はありません。2026年はファームで32試合に出場しています。
亡くなる前日まで練習していた?
9月29日のファーム練習への参加が確認されています。全体練習に加えて個別練習にも参加していたと球団本部長が説明しています。
最後に試合へ出たのはいつ?
9月27日のファーム・リーグ広島戦です。9番・指名打者で先発し、3打数無安打でした。
死因は発表された?
発表されていません。ご家族の意向を踏まえ、球団側は具体的な死因を非公表としています。
事件だった?
小浜球団本部長は「事件性はないと伺っている」という趣旨の説明をしています。ただし、これは具体的な死因を示すものではありません。
持病があった?
2026年10月1日時点で、持病の有無について確認できる公式発表はありません。
9月30日の阪神戦はなぜ中止された?
球団の公式中止告知には理由が記載されていませんでしたが、その後の球団本部長の説明で、野上さんの急逝を受けて中止したことが明らかにされています。
今後、ファームの活動はどうなる?
9月30日の説明では、10月1日から3日間程度を自主練習とする方針が示されています。その後の予定については、選手の状態を見ながら判断していくことになります。
まとめ|死因は非公表、確認できる事実以上の推測はできない
オリックスの野上士耀さんは2026年9月30日に19歳で亡くなりました。
明秀学園日立高校から2025年ドラフト7位で入団した高卒1年目の捕手で、強肩とパワフルな打撃を評価されていた選手です。
2026年はファームで32試合に出場。9月27日のシーズン最終戦にも出場し、29日まで練習に参加していました。
一方、具体的な死因については、ご家族の意向を踏まえて非公表とされています。
球団本部長から事件性はないと聞いているとの説明はありますが、それ以上の原因は公表されていません。
19歳という若さでの訃報だけにさまざまな疑問が生じますが、現時点で確認できるのは球団や公式記録から明らかになっている内容までです。公表されていない部分を推測で埋めず、今後も球団から正式な案内があった場合に、その内容を基準に確認する必要があります。