- なぜ『ポケモンBW2』は3DS発売後なのにDSだった?“2年後の続編”と世代交代の狭間
- まず時系列を見ると、BW2の「妙な位置」がよく分かる
- 増田順一氏は「続編として同じ世界をつくりたい」と説明していた
- 「同じ世界」とは、単に同じマップを使うという意味ではなかった
- 「おもいでリンク」はプレイヤー自身の前作体験までつないだ
- なぜ「ポケモングレー」ではなく、ブラック2・ホワイト2だったのか
- 同じDS・同じイッシュでも「完全版」に見せないため大きく変えた
- それでも当時のDSユーザー基盤は圧倒的だった
- 「3DSが売れていなかったからDSにした」でもない
- そして任天堂は、DS版BW2を「3DSを売る商品」にもしていた
- 『ポケモンARサーチャー』は3DSとDSを本当に直結させた
- 3DSでBW2を遊んでも「3DS版」になるわけではない
- 海外発売後、任天堂は3DS本体の販売水準上昇にも言及した
- DS末期なのに、BW2は世界781万本を販売した
- 前作BWや次作X・Yより少ないから「失敗」なのか
- その裏では、すでに『X・Y』の開発が進んでいた
- X・Yでは「これまでとは次元の異なるものづくり」へ
- 「3DS開発が間に合わなかった」などの説は確認できるのか
- 2026年現在、BW2を遊ぶ方法は?
- BW2は「DSに取り残されたポケモン」だったのか
なぜ『ポケモンBW2』は3DS発売後なのにDSだった?“2年後の続編”と世代交代の狭間

2011年2月26日、ニンテンドー3DSが日本で発売された。
それから約1年4か月後の2012年6月23日。『ポケットモンスター』シリーズの新作として発売された『ポケットモンスターブラック2・ホワイト2』は、3DSではなく、旧世代になったニンテンドーDS用ソフトだった。
しかも小規模な外伝ではない。2010年発売の『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』から2年後のイッシュ地方を描く、2本同時発売の正式な続編である。
なぜ、すでに新しい携帯ゲーム機が発売されていたのに、ポケモン本編級の新作をDSで出したのか。
「DSのほうが圧倒的に普及していたから」と考えれば簡単だ。実際、当時のDSと3DSには大きな普及台数の差があった。
ところが、開発者本人の説明を確認すると、それだけではない。
ゲームフリークの増田順一氏は、任天堂公式インタビュー「社長が訊く」で、3DSではなくDSだった理由について「続編として同じ世界をつくりたい」というイメージがあったと説明している。
さらに興味深いことに、任天堂はDS用ソフトである『ブラック2・ホワイト2』を、3DSとは無関係な旧世代向け商品として扱っていなかった。3DSの後方互換に加え、3DS専用『ポケモンARサーチャー』『ポケモン全国図鑑Pro』を組み合わせ、任天堂自身が「ニンテンドー3DSの勢いを加速するための重要な商品」と位置づけていた。
つまり『ブラック2・ホワイト2』は、単純に新ハードへの移行が遅れた作品ではない。
DSで前作の世界を直接継承する本編を作りながら、その周囲には3DSでしかできない新しい遊びを配置する。
ポケモン本編がDSから3DSへ移る、その境界線にだけ成立した特殊なゲームだった。
まず時系列を見ると、BW2の「妙な位置」がよく分かる
最初に、ニンテンドーDS時代から3DS時代への流れを並べてみよう。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 2004年12月2日 | ニンテンドーDS 日本発売 |
| 2006年9月28日 | 『ポケットモンスター ダイヤモンド・パール』発売 |
| 2010年9月18日 | 『ポケットモンスター ブラック・ホワイト』発売 |
| 2011年2月26日 | ニンテンドー3DS 日本発売 |
| 2011年8月11日 | ニンテンドー3DSを2万5000円から1万5000円へ価格改定 |
| 2012年2月 | 『ブラック2・ホワイト2』発表 |
| 2012年6月23日 | 『ブラック2・ホワイト2』発売/3DS用『ポケモンARサーチャー』配信開始 |
| 2012年7月14日 | 3DS用『ポケモン全国図鑑Pro』配信開始 |
| 2012年10月 | 『ブラック2・ホワイト2』北米・欧州発売 |
| 2013年10月12日 | 『ポケットモンスター X・Y』発売。本編が3DSへ移行 |
『ブラック2・ホワイト2』は、3DSが出る直前に完成してしまったDSソフトではない。
3DS発売から1年以上が経過し、大幅値下げも実施された後に発売されている。しかもBW2発売前日の2012年6月22日には、任天堂が大画面モデル「ニンテンドー3DS LL」を発表している。
新旧ハードが明確に入れ替わろうとしていた、その真ん中にBW2は登場した。
増田順一氏は「続編として同じ世界をつくりたい」と説明していた
では、なぜ3DSではなくDSだったのか。
この疑問については、発売当時の任天堂公式「社長が訊く『ポケットモンスターブラック2・ホワイト2』」で、増田順一氏本人が答えている。
ただし、ここは発言の一部分だけを抜き出すと、少し意味が変わってしまう。
企画の出発点は、まず「続編」ではなかった。
増田氏によれば、前作『ブラック・ホワイト』の開発中に、2本のソフトを使って成立する仕組みを考えていた。しかし時間が足りず、前作には入れられなかったという。この構想が、再び2本のソフトを作るきっかけになった。
そして増田氏は、続編にしようと思ったのは「もう少しあと」だったと明言している。
岩田聡氏から「これからDSで出すなら、何か発明してほしい」と求められ、増田氏が悩んだ末に思いついたのが「続編」だった。
その流れで岩田氏が、今回なぜ3DSではなくDSなのかという話題を振る。そこで増田氏が説明したのが、「続編として同じ世界をつくりたい」という考えだった。
この順番は重要だ。
「続編にするため、最初からDSというハードを選んだ」とまで言い切ることはできない。実際の証言では、DSで出す企画が進むなかで、そこにどんな新しさを持たせるのかを考え、シリーズ初の直接的な続編という答えにたどり着いている。
一方で、3DSではなくDSであることと、「同じ世界の続編」という発想を増田氏自身が結びつけて説明していることも確かだ。
「同じ世界」とは、単に同じマップを使うという意味ではなかった
BW2の舞台は、前作から2年後のイッシュ地方である。
ここで面白いのは、ゲームの中だけ2年進めたわけではないことだ。
『ブラック・ホワイト』の日本発売は2010年9月18日。BW2は2012年6月23日なので、現実でもおよそ2年が経過していた。
「社長が訊く」でも岩田氏が現実世界でも2年後であることに触れ、増田氏がそれを肯定している。
前作を遊んだプレイヤー自身が2年間を過ごしたところで、ゲームの中のイッシュ地方にも2年という時間が流れている。
そのためBW2は、同じ地方を最初からなぞり直すゲームにはならなかった。
ディレクターを務めた海野隆雄氏は、続編で同じものが出てくるだけでは新鮮味がないため、「新しい主人公」「新しい街」「新しい物語」という3つの新しさを主軸にしたと説明している。
スタート地点は前作とは異なるヒオウギシティ。主人公も交代し、イッシュ地方を進むルートも変わった。
前作に登場した人物たちも2年間その場で止まっていたわけではない。チェレンやベルをはじめ、それぞれの立場が変化している。プラズマ団についても、前作で起きた出来事を踏まえた物語が続く。
つまりBW2が継承したのは地図だけではない。
前作の世界に時間を流し、その変化そのものを続編の題材にした。
これが増田氏の言う「同じ世界」を理解するうえで重要になる。
「おもいでリンク」はプレイヤー自身の前作体験までつないだ
前作との連続性を象徴する機能が「おもいでリンク」だった。
『ブラック・ホワイト』とBW2を連携させることで、前作の登場人物に何があったのか、「空白の2年間」に関するイベントを見ることができた。
前作側の冒険の進み具合によって見られる出来事が変わるほか、特別なポケモンと出会える要素も用意されている。
当時はDSシリーズ本体2台を使ったワイヤレス通信のほか、Nintendo Wi-Fi Connectionを利用して情報を受け継ぐ方法も存在した。
これは「2年後のイッシュ」という設定を、物語上の説明だけで終わらせない仕組みだった。
前作を実際に遊んだ人なら、そのセーブデータに紐づいた情報を使ってBW2の世界を見ることができる。現実で2年待ったプレイヤーの記憶と、ゲーム内で経過した2年間が重なる。
ただし、ここから「前作と通信するためにはDSでなければならなかった」と結論づけることはできない。
任天堂および株式会社ポケモンの案内では、DSと3DSをまたいだ通信も可能だった。前作との通信互換性がBW2をDSにした必須条件だった、という開発者証言も確認できない。
なぜ「ポケモングレー」ではなく、ブラック2・ホワイト2だったのか
『ポケットモンスター』では、それまでにも同世代の後発作品が発売されてきた。
| 先行作品 | 後発作品 |
|---|---|
| 『赤・緑』 | 『青』『ピカチュウ』 |
| 『金・銀』 | 『クリスタル』 |
| 『ルビー・サファイア』 | 『エメラルド』 |
| 『ダイヤモンド・パール』 | 『プラチナ』 |
| 『ブラック・ホワイト』 | 『ブラック2・ホワイト2』 |
その流れから、BWの次は「グレー」のような第三版になるのではないかと予想されていた。
実際、「社長が訊く」でも岩田氏が「グレー」を例に出している。
しかし、これは「ポケモングレーというゲームが実際に開発されていた」ことを示す証拠ではない。従来の流れからユーザーが予想していた名称の例として登場しているだけだ。
株式会社ポケモンの石原恒和氏は、『プラチナ』『エメラルド』のような従来型の商品も含めて検討したことを認めたうえで、多くの人が同じパターンを予想しているからこそ、それを「気持ちよく裏切る」新しさが必要だったという趣旨を語っている。
そこでシリーズとして初めて「2」を付けた続編になった。
しかも1本に統合せず、再びブラック2とホワイト2の2本に分かれている。
その背景には、増田氏がBW開発中に考えていた「2本のソフトが必要な仕組み」があった。BW2では、ゲームを進めて入手したキーを使い、もう一方の世界にも変化を与えられる「キーシステム」として形になっている。
BW2は、従来型の第三版を「2」という名前に置き換えただけの作品ではなかった。
同じDS・同じイッシュでも「完全版」に見せないため大きく変えた
続編には別の難しさもあった。
同じDSで、同じイッシュ地方を舞台にする以上、変化が少なければ「ブラック・ホワイトの豪華版」に見えてしまう。
そこでBW2では、物語だけでなく遊びの入口そのものが大きく変更された。
- 新しい主人公
- 新しい街・ヒオウギシティから冒険開始
- 前作から2年後の新しい物語
- イッシュ図鑑を約300匹規模へ拡張
- 前作ではイッシュ図鑑に含まれなかった過去世代のポケモンが序盤から登場
- ポケウッド
- ポケモンワールドトーナメント
- ジョインアベニュー
- キーシステム
- おもいでリンク
とりわけ大きいのがポケモンの構成だ。
前作BWは、殿堂入りまで基本的に新登場のポケモンだけで世界を構成するという大胆な設計だった。BW2では方向を変え、イッシュ図鑑に過去世代のポケモンを多数加えている。
同じ地方でも、出会うポケモン、スタート地点、進行ルート、人物の立場、施設が変わる。
「同じ世界を続ける」ことと「同じゲームをもう一度遊ばせる」ことを明確に分けようとしていた。
それでも当時のDSユーザー基盤は圧倒的だった
では、DSの普及台数はまったく関係なかったのか。
そこまで言うこともできない。
重要なのは、「当時DSが圧倒的に普及していた」という事実と、「だからBW2をDSにした」という開発上の因果関係を分けることだ。
任天堂の2012年3月期資料では、DSシリーズの世界累計販売台数は2012年3月末時点で約1億5152万台に達していた。
一方の3DSは2011年2月に発売されたばかり。それでも2012年3月期には世界で1353万台を販売し、日本では累計500万台を突破している。
さらにBW2発売前日の2012年6月22日、任天堂は3DSの国内推定セルスルーが約630万台になったと発表した。
国内市場の実売推計では、BW2発売直前のDSシリーズ累計は約3286万台。3DSは約629万台だった。
| BW2発売直前の国内市場 | 累計実売推計 |
|---|---|
| ニンテンドーDSシリーズ | 約3286万台 |
| ニンテンドー3DS | 約629万台 |
単純な累計なら、DSは3DSの5倍以上存在したことになる。
これは2012年にDS用ポケモンを発売できた市場背景として無視できない。
ただし増田氏は、前作『ブラック・ホワイト』をDSで作った理由については、DSが世界で1億台以上普及していることを意識し「DSでもう1本完全新作をつくる」という考えを語っている一方、BW2についての直接的な説明では「続編として同じ世界をつくりたい」という話をしている。
BWの開発理由とBW2の機種選択理由を混ぜてはいけない。
「3DSが売れていなかったからDSにした」でもない
もうひとつ見かけやすい説明が、「3DSの売れ行きが悪かったのでポケモンをDSに残した」というものだ。
確かに3DSの立ち上がりが任天堂の想定を下回ったことは事実である。
任天堂は2011年8月11日、発売から半年も経たない3DSを2万5000円から1万5000円へ大幅に値下げした。
しかし、その後は『スーパーマリオ 3Dランド』『マリオカート7』『モンスターハンター3G』などが登場し、販売は大きく伸びた。任天堂は2012年3月期の資料で、日本における3DSの500万台突破がゲーム専用機として最速だったと説明している。
BW2発売時点の3DSは、DSの累計普及台数には遠く及ばないものの、「売れていないのでポケモンを出せないハード」と単純に説明できる状況ではなかった。
むしろこの時期は、巨大なDS市場がまだ残っている一方、3DSが急速に立ち上がっていた世代交代の途中だった。
そして任天堂は、DS版BW2を「3DSを売る商品」にもしていた
ここからBW2は、さらに妙な位置へ入っていく。
2012年4月27日の決算説明会で、岩田聡氏はBW2について、3DS用ソフトではないことをはっきり説明している。
そのうえで、3DSにはDS互換機能があるためBW2を遊べること、ニンテンドーeショップで『ポケモンARサーチャー』『ポケモン全国図鑑Pro』を配信することを紹介した。
そしてBW2を、「ニンテンドー3DSの勢いを加速するための重要な商品」と位置づけている。
普通に考えれば、新ハードを普及させたいなら大型タイトルを新ハード専用にする方が分かりやすい。
ところがBW2では逆だった。
2012年のBW2を取り巻く構造
DSユーザー → DS版『ブラック2・ホワイト2』を遊べる
3DSユーザー → 後方互換で同じBW2を遊べる
3DSユーザー → さらに3DS専用『ポケモンARサーチャー』『ポケモン全国図鑑Pro』を利用できる
ARサーチャー → 捕まえたポケモンをDSソフトであるBW2へ送れる
本編をDSに置いたまま、3DSを持っている人には追加の体験を用意する。
新旧ハードのどちらか一方を切るのではなく、両方をまたぐ商品設計だった。
『ポケモンARサーチャー』は3DSとDSを本当に直結させた
この戦略を最も分かりやすく表しているのが『ポケモンARサーチャー』だ。
配信開始日は2012年6月23日。BW2の発売日とまったく同じだった。
対応機種はニンテンドー3DS。3DSのカメラとジャイロセンサーを利用し、現実の風景に重ねるような形でポケモンを探して捕まえる体感シューティングだった。
そして捕まえたポケモンは、DSソフトである『ブラック2・ホワイト2』へ連れていける。
重要なのは、旧作『ブラック・ホワイト』には送れなかったことだ。
つまりARサーチャーは単なるポケモン題材の3DSアプリではない。
3DSの新機能を使って遊び、その成果を新発売のDSソフトBW2へ持ち込むためのソフトとして設計されていた。
旧世代のゲームカードと新世代のハード専用ダウンロードソフトが、ひとつのポケモン体験としてつながっている。
ハード世代交代期ならではの構造である。
『ポケモン全国図鑑Pro』も3DS専用だった
もうひとつの3DS用ソフト『ポケモン全国図鑑Pro』は、2012年7月14日に配信された。
それまでの『ポケモン立体図鑑BW』を発展させ、当時までに登場したポケモンの情報を収録したユーティリティで、BW2の冒険をサポートする役割を持っていた。
ARサーチャーほどBW2ゲームカードとの直接的な連携が中心ではないが、こちらも3DS専用だった。
「社長が訊く」では、石原氏がBW2、ARサーチャー、全国図鑑Proをまとめて遊ぶことを「三種の神器」と表現している。
任天堂と株式会社ポケモンが、DS本編と3DS用ソフトを別々の商品として考えていなかったことが分かる。
3DSでBW2を遊んでも「3DS版」になるわけではない
ここは現在でも誤解しやすい。
BW2はあくまでニンテンドーDS用ソフトである。
3DSで遊べるのは、3DSにDSソフトとの後方互換機能が備わっているためだ。
3DSへ差し込んだからといって、BW2本編が3DSソフト相当へ変化するわけではない。
- 3DS専用の高精細グラフィックになるわけではない
- BW2本編が裸眼立体視対応になるわけではない
- 3DS版専用のストーリーが追加されるわけではない
- DSソフトとして動作する
3DSならではの価値は、本編そのものを強化するのではなく、ARサーチャーなどを本編の外側に追加する形で用意された。
海外発売後、任天堂は3DS本体の販売水準上昇にも言及した
この新旧ハードをまたぐ戦略を、任天堂は発売後にも評価している。
BW2は2012年10月に北米・欧州でも発売された。
同年10月25日の決算説明会で岩田氏は、米欧でのBW2発売に伴って3DSハードの販売水準も上昇したと説明した。
その説明でも、BW2がDSソフトでありながら3DSで遊べること、『Pokémon Dream Radar(ポケモンARサーチャー)』『Pokédex 3D Pro(ポケモン全国図鑑Pro)』と組み合わせられることに触れている。
つまり発売前だけの宣伝文句ではなかった。
任天堂は海外発売後も、DSソフトのBW2が3DS販売を後押しする商品として機能したと説明している。
ただし、ここから「BW2だけのおかげで3DSが売れた」と結論づけることはできない。
3DSにはすでに『マリオカート7』『スーパーマリオ 3Dランド』などがあり、2012年には『New スーパーマリオブラザーズ2』も発売されている。前年には本体価格も大幅に引き下げられていた。
確認できるのは、BW2の海外発売時期に3DSの販売水準が上がり、任天堂自身がBW2と3DS専用ポケモンソフトを3DSの勢いを後押しする商品群として説明していたところまでだ。
DS末期なのに、BW2は世界781万本を販売した
商業面でもBW2は小さな作品ではなかった。
国内では、エンターブレインの実売推計で発売後2日間に161万8621本を販売。DSソフトとして歴代3位となる初週規模だった。
一方、任天堂の連結販売数量では、2013年3月末までに世界781万本へ到達している。
この2つは集計方法が違う。前者は国内市場の実売推計、後者は任天堂が決算で公表した世界の連結販売数量なので、同じ種類の数字として扱うことはできない。
| 数字 | 実績 | 注意点 |
|---|---|---|
| 国内発売後2日間 | 1,618,621本 | エンターブレイン実売推計 |
| 2013年3月末 | 世界781万本 | 任天堂・世界連結販売数量 |
さらに面白いのは、BW2が売れていた一方で、DSハードそのものは急速に縮小していたことだ。
任天堂は2013年3月期、DSハードの年間販売が世界235万台まで減少した背景について、3DSへの世代交代が加速したためと説明している。
つまりBW2は、DS本体が現役の中心から退きつつある時期に、世界781万本を販売したことになる。
「旧ハード末期のソフト」という表現と、「巨大な販売規模を持つポケモン本編級タイトル」という事実が同時に成立している。
前作BWや次作X・Yより少ないから「失敗」なのか
BW2の781万本は、『ブラック・ホワイト』や次作『X・Y』と比べれば少ない。
任天堂の累計データでは『X・Y』は2026年3月末時点で世界1680万本。『ブラック・ホワイト』も1500万本を超える規模だった。
ただし、ここから「BW2は半分しか売れなかった失敗作」と評価するのは乱暴だ。
BWとX・Yは、それぞれ新しい世代を始める完全新作。BW2は同じ第五世代内で前作の2年後を描く続編であり、商品の位置づけが違う。
逆に781万本という結果だけを見て、「DSで出した判断は正しかった」と開発時の意思決定まで逆算することもできない。
販売実績から言えるのは、DSから3DSへの世代交代が進んでいた2012年の旧世代ソフトとして、極めて大きな市場を動かしたということまでだ。
その裏では、すでに『X・Y』の開発が進んでいた
BW2発売から約1年4か月後の2013年10月12日、『ポケットモンスター X・Y』が発売される。
ここで本編はついに3DSへ移行した。
ではBW2をDSで作っていた間、X・Yはまだ存在しなかったのか。
そうではない。
増田氏はゲームフリーク公式ブログで、X・Yの開発には約3年半かかったと説明している。各言語へのローカライズなどを含めると、500人を超える人々が制作に関わったという。
2013年10月発売から約3年半を遡れば、X・Yの制作はおおむね2010年ごろには始まっていたことになる。
したがって、BW2とX・Yの開発期間が時間的に重なっていたことは強く確認できる。
ただし、ここにも越えてはいけない線がある。
「X・Yを作っていたからBW2をDSにした」「X・Yへ主力スタッフを回したためBW2をDSにした」「完全に別チームで同時開発していた」といった因果や具体的な開発体制までは、今回確認できた一次資料から断定できない。
X・Yでは「これまでとは次元の異なるものづくり」へ
BW2とX・Yを並べると、両作品の役割の違いも見えてくる。
任天堂公式「うごく社長が訊く『ポケットモンスター X・Y』」で、石原氏は3DSという新しいプラットフォームで初めて出すポケモンについて、「これまでとは次元の異なるものづくり」をしようという気持ちがあったと語っている。
X・Yではポケモンの表現が本格的な3Dモデルへ移行し、シリーズ初の世界同時発売も実現した。
ポケモンを3Dで表現する作業も単純ではない。公式インタビューでは、立体化することで従来の絵では曖昧だった身体の構造まで明確にする必要が生じ、モデリングに苦労したことが語られている。
BW2がDS上に存在するBWの世界を2年先へ進める作品だったのに対し、X・Yは3DS上でシリーズそのものの表現を次世代へ作り直す作品だった。
この対比はできる。
ただし、「X・Yの大規模開発に時間が必要だったから、その間をBW2で埋めた」とまでは公式資料にない。魅力的な仮説ではあるが、事実としては扱わない方がいい。
「3DS開発が間に合わなかった」などの説は確認できるのか
BW2の機種をめぐっては、後年さまざまな説明がされることがある。
| よくある説明 | 確認結果 |
|---|---|
| DSの普及台数だけが理由 | DSが圧倒的に普及していたことは事実。ただしBW2の主因だったという直接証言は確認できない |
| 3DSが売れていなかったからDSにした | その因果を示す一次資料は確認できない |
| 3DS版の開発が間に合わなかった | 裏付けとなる開発者証言は確認できない |
| ゲームフリークが3DS開発に対応できなかった | 裏付けなし。X・Yは約3年半をかけて開発されていた |
| 前作と通信するためDSでなければならなかった | その必然性を示す証言は確認できない。DSと3DS間の通信自体は可能 |
| BW2は実質的な完全版 | 公式は新主人公・新しい街・新しい物語を持つ「続編」「新作」と説明 |
| 本当は『ポケモングレー』だった | 開発されていたことを示す根拠は確認できない |
| BW2は当初3DS用だった | 裏付けなし |
| 旧DSの在庫処分だった | 裏付けなし。任天堂はむしろ3DSの勢いを加速する重要商品と説明 |
分かりやすい説明ほど、あとから作られた物語になりやすい。
BW2の場合は幸い、増田氏、石原氏、海野氏、岩田氏が企画経緯をかなり詳しく残している。まずそこを基準に見るべきだろう。
2026年現在、BW2を遊ぶ方法は?
BW2本編はニンテンドーDSのゲームカードとして発売された。
そのため2026年現在も、中古パッケージと対応する実機があればプレイできる。
DSシリーズだけでなく、DSソフトとの互換性を持つニンテンドー3DS/2DS系本体でも遊べる。
一方、2026年9月時点でNintendo Switch/Nintendo Switch 2向けのBW2公式配信や、Nintendo Switch Onlineへの収録は確認できない。
BW2本編は当時もDSゲームカードの商品で、現在購入できる公式ダウンロード版が存在するわけでもない。
オンライン通信は終了、ローカル通信は別
ニンテンドーDS向け「Nintendo Wi-Fi Connection」は2014年5月20日にサービスを終了した。
そのため、当時の公式インターネットサービスを利用したBW2のオンライン交換・対戦などは現在利用できない。
ただし、本体同士で行うローカルのワイヤレス通信まで使えなくなったわけではない。
昔のBW2のポケモンを現在の世代へ移せるのか
ここは2026年現在、大きな期限が迫っている。
任天堂と株式会社ポケモンは2026年8月、『ポケモンバンク』を2027年2月26日12時で終了すると発表した。
『ポケモンバンク』から『Pokémon HOME』への引っ越し機能も同じ日時に終了する。
BW・BW2からポケモンバンクへ送る際には『ポケムーバー』を使用するが、ポケモンバンクもポケムーバーも新規ダウンロードはすでに終了している。
したがって2026年になって初めて3DSを用意し、ゼロからBW2→Pokémon HOMEの移動環境を作ることはできない。
以前から必要なソフトを導入している環境では移動ルートが残っているものの、Pokémon HOMEまで引き継ぎたい場合は2027年2月26日が大きな期限になる。
ARサーチャーと全国図鑑Proは新規購入できない
ニンテンドー3DSのニンテンドーeショップでは、2023年3月28日にソフトなどの販売が終了した。
そのため『ポケモンARサーチャー』『ポケモン全国図鑑Pro』を2026年現在、新規購入することはできない。
一方、任天堂は購入済みダウンロードソフトの再ダウンロードについては引き続き利用できるとしている。将来的には再ダウンロードも終了予定だが、2026年9月時点で全体の終了日は発表されていない。
BW2は「DSに取り残されたポケモン」だったのか
ここまで確認すると、最初の疑問への答えが見えてくる。
『ポケットモンスターブラック2・ホワイト2』は、単純に3DSへの移行が間に合わず、旧世代DSへ残された作品だったとは確認できない。
開発の経緯を見ると、DSで出す作品に何か新しいものを求められた増田氏がたどり着いた答えが、シリーズでは異例だった「続編」だった。
そして3DSではなくDSである理由を語る場面で、増田氏自身が「続編として同じ世界をつくりたい」という考えを説明している。
その言葉どおり、BW2は前作から2年後のイッシュ地方を舞台にした。
新しい主人公、新しい街、新しい物語を用意しながら、前作の人物や土地には実際に2年という時間が流れている。「おもいでリンク」を使えば、プレイヤー自身が遊んだBWの記憶までBW2へ接続できた。
ところが商品戦略では、旧世代だけを向いていたわけではない。
任天堂はBW2が3DS用ではないことを認識したうえで、3DSのDS互換機能を利用し、さらに3DS専用『ポケモンARサーチャー』『ポケモン全国図鑑Pro』を用意した。
特にARサーチャーでは、3DSのカメラやジャイロセンサーを使って捕まえたポケモンを、旧世代機向けのBW2へ送り込むことができた。
そして任天堂自身が、このDSソフトを「3DSの勢いを加速するための重要な商品」と位置づけている。
旧世代DSで前作の世界を直接継承する。
同時に、新世代3DSにはそこでしかできない遊びを用意する。
その翌年には『X・Y』が登場し、ポケモン本編そのものが3DSへ移った。
BW2はDS時代の最後に残ったポケモンでありながら、3DS時代へ向かうための商品でもあった。
新しいハードが出れば、大型シリーズも新ハードへ移る。
そんな分かりやすい世代交代の流れから、BW2だけが少し外れて見える。
しかし、その「妙な位置」は偶然の取り残され方ではない。
前作と同じDSだからこそ成立させた「2年後の同じ世界」と、3DSだからこそできるARやダウンロードソフトを同時に走らせる。
DSから3DSへ完全に切り替わる、その短い境目だったからこそ成立した『ポケットモンスターブラック2・ホワイト2』。
ハード史の中で見ると、781万本を売った巨大タイトルでありながら、同じ形ではもう作りにくい、まさに世代交代の狭間にいる一本だった。