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ゲームソフトは、なぜ木曜日に発売されることが多かった?「ゲームの発売日=木曜」はいつ始まったのか

ゲームソフトはなぜ木曜発売?「発売日=木曜日」はいつ始まったのか

1997年にゲームソフトの発売日が金曜日から木曜日へ変わっていった歴史を検証するイメージ

ゲームの発売日といえば木曜日。

長くゲームを遊んできた人なら、そんな感覚があるかもしれない。実際、現在でも新作ゲームの発売予定を眺めると、木曜日には多くのタイトルが並ぶ。

では、なぜ木曜日なのだろう。

最初からそうだったのか。金曜日ではだめだったのか。そして、いったいいつ「ゲームの発売日=木曜」という習慣が始まったのか。

発売日を実際にさかのぼってみると、かなりはっきりした転換点が見えてきた。

1996年まで、PlayStationやセガサターンの新作は金曜日発売が中心だった。ところが1997年夏、まずPlayStationで木曜発売が急速に増え、少し遅れてセガサターンにも広がっていく。

つまり、昔からゲームは木曜日に発売されていたわけではない。

そしてもう一つ分かったことがある。「木曜に売り切れても追加生産して土日に再入荷できるから」という有名な説明は、確認できた生産日数とそのままでは噛み合わない。

今回は発売カレンダーを1997年まで巻き戻し、日本のゲーム発売日が金曜から木曜へ変わっていく過程と、その背景にあったPlayStation時代の流通革命を追ってみる。

まず結論|「ゲーム発売日=木曜」が定着し始めたのは1997年

最初に、今回確認できた範囲を整理しておこう。

時期発売日の状況
1995~1996年PlayStation、セガサターンとも金曜発売が目立つ
1997年1月まだ金曜中心。『FFVII』も1月31日(金)発売
1997年春木曜発売の例はあるが、金曜中心の状態が続く
1997年6月PSで木曜と金曜が併存。移行がはっきり見え始める
1997年7月PSで木曜発売がまとまって現れ、主流化していく
1997年8~9月セガサターンでも木曜発売が増え、9月には明瞭になる
1998年PS・SSとも木曜への集中が明瞭

ここで注意したいのは、1997年7月に「史上初の木曜発売ゲーム」が登場したわけではないことだ。

それ以前にも木曜日に発売されたゲームはある。

今回追っているのは「初めて木曜日に発売されたゲームは何か」ではなく、業界の標準的な発売曜日が金曜から木曜へ変わったのはいつなのかという話である。

その意味で最大の転換年として浮かび上がるのが、1997年だった。

1996年までは「金曜日」が当たり前だった

1990年代半ばの発売カレンダーを見ると、現在とはかなり景色が違う。

1995~1996年のPlayStationやセガサターンでは、金曜日に新作が集中する週が目立つ。

たとえばPlayStationでは、1995年3月31日の『鉄拳』、4月28日の『ジャンピングフラッシュ!』、6月23日の『機動戦士ガンダム』、7月28日の『ドラゴンボールZ Ultimate Battle 22』などが金曜日に発売された。

1996年11月も、1日、8日、15日、22日、29日と金曜日に多数の新作が並んでいる。

「ゲームは昔から木曜発売だった」という記憶は、ここですでに崩れる。

木曜発売は、少なくともPlayStation登場時から一貫して存在した業界標準ではなかった。

『ファイナルファンタジーVII』も金曜日に発売されている

そのことを象徴する一本が『ファイナルファンタジーVII』だ。

発売日は1997年1月31日(金)。

初代PlayStationの時代を代表する大作であり、スクウェアが設立したデジキューブによるコンビニ流通も大きく活用された作品だが、この時点でも発売日はまだ金曜日だった。

これは「コンビニ流通が始まったからゲームが木曜発売になった」という説明を考えるうえでも重要だ。

デジキューブは前年の1996年11月15日、セブン-イレブン、ファミリーマート、サークルK、サンクスの約1万6000店でゲームソフトの常設販売を開始している。

それでも翌年1月の『FFVII』は金曜日。さらにその後もしばらく、PlayStationでは金曜発売が多数を占めていた。

デジキューブがどのような仕組みでコンビニへゲームを流していたのかは、「1997年、発売日のゲームをコンビニで受け取った|デジキューブという消えたゲーム流通」で詳しく検証している。

コンビニ流通の登場と木曜化は同じ1990年代後半の流通変化の中で起きているが、「デジキューブが始まったから木曜になった」と単純につなげることはできない。

1997年春、木曜日が少しずつ入り始める

では、いつ変わったのか。

1997年の発売日を月ごとに追うと、ある日を境に全タイトルが一斉に切り替わったわけではないことが分かる。

3月はまだ金曜発売が中心。4月も4日、11日、18日、25日と金曜日に多くの作品が並ぶ。

その中で4月24日(木)にはPlayStation用『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が発売されている。

しかし翌25日(金)にも多数のPS作品が発売されているため、4月24日を「木曜文化が始まった日」とするのは無理がある。

5月も同様だ。

2日、9日、16日、23日、30日という金曜日に新作が並び、『マリーのアトリエ ~ザールブルグの錬金術士~』は5月23日(金)、『エースコンバット2』は5月30日(金)に発売された。

少なくとも1997年5月末の段階では、従来の金曜発売文化がまだはっきり残っている。

6月になると「木・金、木・金」が始まる

景色が変わり始めるのは6月だ。

PlayStationでは、6月5日(木)に『ワールドサッカー ウイニングイレブン'97』、12日(木)に『ポイッターズポイント』、19日(木)に『ときめきメモリアル 対戦とっかえだま』が発売されている。

木曜日が単発ではなく、毎週のように現れ始めた。

ただし、この時点でも完全移行ではない。

6月20日(金)には『ファイナルファンタジータクティクス』を含む多数のPS作品が発売され、27日(金)にも新作が並んでいる。

1997年6月は、まさに境界線上にある。

金曜日という従来の発売日を残したまま、木曜日が新しい発売日として急速に入り込んできた。

大きな転換点は1997年7月3日

そして7月に入ると、変化が一気に分かりやすくなる。

1997年7月3日(木)には、『BODY HAZARD』『EOS ~Edge of Skyhigh~』『沙羅曼蛇 DELUXE PACK PLUS』など複数のPlayStation作品がまとまって発売された。

さらに10日(木)には『ARMORED CORE』、17日(木)には『みんなのGOLF』『ダービースタリオン』など、24日(木)には『モンスターファーム』などが続く。

6月までの「木曜にも出る」という状態から、7月には「木曜に新作がまとまって並ぶ」状態へ変わったことが見えてくる。

ただし、ここでも言い切りすぎてはいけない。

7月4日(金)にはPlayStation版『ザ・キング・オブ・ファイターズ'96』、11日(金)には『サガ フロンティア』などが発売されている。

したがって、7月3日は「この日からPSソフトはすべて木曜日になった日」ではない。

今回の発売日調査から言えるのは、1997年7月3日前後を境に、PlayStation市場で木曜発売が例外ではなく主流として見えるようになるということだ。

NINTENDO64は、まだ金曜日だった

ここで別のゲーム機を見ると、この変化の正体がさらに分かりやすくなる。

1997年7月18日(金)、NINTENDO64では『スーパーマリオ64 振動パック対応バージョン』『ウエーブレース64 振動パック対応バージョン』『マルチレーシングチャンピオンシップ』が発売されている。

PlayStationで木曜発売が急増した時期にも、NINTENDO64では金曜発売が続いていた。

これは「1997年7月、日本のゲーム業界全体が一斉に木曜日へ変更した」という説明では捉えにくい動きだ。

少なくとも発売日データからは、まずPlayStation市場で大きな木曜化が起きたと見るのが自然だ。

セガサターンにも木曜発売が広がっていく

では、PlayStationだけの特殊な慣行で終わったのか。

そうではなかった。

セガ公式のセガサターン用ソフト一覧を見ると、1997年8月までは8日、22日、29日など金曜日発売がまだ目立つ。

一方で8月28日(木)には『プリルラ/アーケードギアーズ』が登場。そして9月になると、4日、11日、18日、25日と木曜日に多数のサターン作品が並ぶようになる。

9月11日(木)だけでも『シルエットミラージュ』『DESIRE』『三國志IV with パワーアップキット』などが発売され、18日(木)には『怒首領蜂』『ストリートファイターコレクション』などが続いた。

つまり流れとしては、

PlayStationで木曜発売が主流化
↓
少し遅れてセガサターンでも木曜発売が増える
↓
「木曜日に新作ゲームが出る」という慣行が広がっていく

と見ることができる。

1998年に入ると、この傾向はさらに明瞭だ。PS・SSの新作が木曜日へ大量に集まる週が繰り返し現れ、前年に始まった変化が一時的なものではなかったことが分かる。

では、なぜ木曜日へ変わったのか

ここからが今回の本題だ。

木曜発売について調べると、「CD-ROMなら追加生産が速いので、木曜に売れ行きを確認して追加発注すれば週末商戦に間に合う」という説明をよく見かける。

確かに、PlayStationが持ち込んだCD-ROM生産と流通の速さは、それ以前とは大きく違っていた。

ただし、調べてみると「木曜に売れてから増産し、その週の土日に再入荷できた」までを事実とするのは難しい。

ROMカセット時代は追加生産に時間がかかった

東京大学大学院経済学研究科の和田剛明氏が2003年にまとめたゲームソフト流通の研究では、ファミコンやスーパーファミコンなどで使われたROMカセットは、生産に約2か月を要したとされている。

発売後に予想以上の人気が判明して追加生産を決めても、需要が最も高い時期に商品を届けるのが難しい。

メーカーも流通側も、発売前の段階で「何本売れるか」をかなり先まで予測する必要があった。

売れると思って作りすぎれば在庫になる。少なく見積もれば品切れし、追加分が届くころにはブームが過ぎているかもしれない。

ゲームソフトの需要予測が外れたときのダメージが、現在以上に大きかった時代である。

PlayStationは「最長6日ほど」で追加供給できた

PlayStationでは、この構造が大きく変わった。

ソニーグループの公式社史によると、PlayStationは記録媒体にCD-ROMを採用し、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ)がすでに持っていた生産・物流体制を活用した。

その結果、小ロットでも音楽CDと同様に、発注から最長6日ほどで納品できたという。

先ほどの流通研究でも、CD-ROM自体の生産は3~4日程度で、説明書やラベルなどを含めても発注からほぼ1週間で対応できたと整理されている。

数か月単位だったROMカセットと、約1週間で追加供給できるPlayStation。

これは単なるディスクへのメディア変更ではない。売れ行きを見てから追加するという判断を、現実的な商売として成立させるほどの差だった。

比較ROMカセット時代PlayStationのCD-ROM
追加生産・供給生産に約2か月発注から最長6日ほどで納品可能
需要予測かなり早い段階で数量を決める必要より発売日に近い情報を反映しやすい
品切れ後の対応需要ピークを逃しやすい短期リピートが現実的

重要なのは「CD-ROMだから」だけではなかった

ここで一つ疑問が生まれる。

セガサターンもCD-ROMを使っていた。それなのに、なぜPlayStationより木曜化が遅かったのか。

この違いを見ると、「CD-ROMだから木曜になった」という説明が不十分であることが分かる。

前述の流通研究では、セガはCD-ROMのプレス工場などを自前で持っておらず、セガサターン発売当時にはバックオーダーへのリピート対応に1か月ほどかかる場合もあったとされる。

一方のSCEには、音楽CDですでに大量の商品を動かしていたSMEの生産・物流インフラがあった。

つまり違いを生んだのは、ディスクそのものだけではない。

CD-ROMという短期間で生産できる媒体と、それを本当に短期間で製造・配送できる設備や物流網。この組み合わせが重要だった。

PlayStationはゲームの映像表現だけでなく、「ゲームを何本作り、どのタイミングで店へ届けるか」という裏側まで変えていたことになる。

「木曜に売り切れ→土日に再入荷」は本当なのか

ここで、木曜発売について長く語られてきた説明を検証しておきたい。

よくあるのは、次のような話だ。

木曜日に発売すれば、その日の売れ行きを見て追加発注できる。CD-ROMならすぐ増産できるので、売り切れても土日の需要に間に合わせられる。

木曜発売とリピート生産を結びつける説明自体は、後年のゲーム流通関係者による記録にも残っている。

しかし、今回確認できた具体的な生産・物流日数と照らすと、後半部分には問題がある。

ソニー公式社史が示すのは、発注から納品まで最長6日ほど。流通研究でもCD-ROMの生産だけで3~4日程度、関連物を含めてほぼ1週間とされている。

木曜日に店頭で売れ行きを確認し、そこから新たに生産した商品を、その週の土曜日や日曜日までに全国の小売店へ届ける――。

少なくとも、今回確認できた所要日数からその流れを裏付けることはできない。

したがってこの記事では、「土日に再入荷させるため木曜日になった」とは断定しない。

確認できるのは、PlayStationが従来より圧倒的に速いリピート生産・供給体制を持ち、そのPlayStation市場で1997年夏に大規模な木曜化が起きたことだ。

この二つには強い関連がうかがえる。一方で、「なぜ金曜からちょうど1日前の木曜を選んだのか」を直接説明する1997年当時のSCE一次資料は、今回確認できなかった。

分からないところまで理由を作ってしまわないため、ここは未確定として残しておきたい。

デジキューブも「原因」ではなく、同じ流通革命の一部だった

1996~1997年には、もう一つ大きな変化が起きている。

デジキューブによるコンビニでのゲーム販売だ。

デジキューブではPOSを利用して各店舗の販売・在庫状況を把握し、コンビニの既存配送網を使って商品を補充する仕組みが作られた。

つまり1990年代後半は、ゲーム流通そのものが「かなり前に需要を予想して大量に作る」だけの時代から、「実際の販売情報を早くつかみ、追加供給する」方向へ動いていた時期でもある。

ただし、先ほど見たようにデジキューブの常設販売は1996年11月に始まっているのに、1997年1月の『FFVII』は金曜日発売で、その後もしばらくPSは金曜中心だった。

そのため、デジキューブを「木曜発売を作った直接の原因」とすることはできない。

むしろ、PlayStationの高速生産、メーカーや流通会社の新しい販売網、POSを使った在庫把握など、ゲームの売り方そのものが大きく変わっていた時代背景の一つとして見る方が実態に近い。

「ファミ通が木曜日だから」は順序が逆

もう一つ、木曜発売の理由として考えたくなるのがゲーム雑誌との関係だ。

「ファミ通が出る日に合わせてゲームも木曜日になったのでは?」と思うかもしれない。

しかし、これは時系列が逆である。

ファミ通は長く金曜日発売だった。

発売日を木曜日へ変更したのは2009年8月20日発売号から。ファミ通自身が後年、その理由を「ソフトの流通に合わせて」と説明している。

ゲームの木曜化が本格化した1997年から約12年後だ。

つまり、

ゲームソフトが木曜発売中心になる
↓
その慣行が長く続く
↓
2009年、ファミ通もソフト流通に合わせて木曜発売へ

という順番だった。

「ファミ通に合わせてゲームが木曜になった」という説明は成立しない。

「金曜だと土日に不具合対応できないから」でもない

現在の感覚から考えると、もう一つもっともらしい理由がある。

金曜日にゲームを発売して重大な不具合が見つかると、すぐ土日になる。木曜日なら金曜日に対応できる――という説明だ。

現代のオンラインゲームや発売直後にアップデートを配信できるゲームなら、運営体制を考えるうえで意味のある話だろう。

しかし今回調べているのは1997年の家庭用パッケージゲームである。

現在のように、発売直後に家庭のゲーム機へインターネット経由で修正パッチを配ることを前提とした時代ではない。

1997年の木曜化の起源を「不具合対応のため」とする当時資料も、今回確認できなかった。

少なくとも、木曜文化の歴史的な起源を説明する理由として採用する根拠はない。

では、それ以前はなぜ金曜日だったのか

ここまで来ると、逆の疑問も出てくる。

なぜ昔は金曜日だったのか。

ファミコン本体が発売された1983年7月15日は金曜日。『スーパーマリオブラザーズ』の1985年9月13日も金曜日だった。

ファミコン、スーパーファミコン期を通じて金曜発売は数多く見られ、1990年代半ばのPlayStation、セガサターンにも引き継がれている。

「金曜日に買えば、そのまま土日に遊べるから」と説明すれば確かに分かりやすい。

ただし、今回確認できた資料から「週末に遊んでもらうため業界が金曜を発売日にした」という公式な決定経緯までは確認できなかった。

金曜日と週末需要の相性がよかったことと、金曜発売という慣行が成立した直接の理由が証明されていることは別である。

ここも推測で埋めないことにする。

「1997年7月3日が最初」ではない点にも注意

もう一度、日付の意味を整理しておきたい。

1997年7月3日は、今回の調査では非常に重要な転換点になった。

しかし、これは日本で初めてゲームが木曜日に発売された日ではない。

それ以前にも木曜発売のタイトルは存在するし、祝日などの事情で通常の曜日からずれた例もある。

発売日文化を調べるとき、「最初の一例」と「業界慣行として定着した時期」を混ぜると結論が変わってしまう。

今回7月3日を重視するのは、その日が史上初だからではない。

6月まで木曜と金曜が入り交じっていたPlayStation市場で、7月に入ると木曜へ新作がまとまって並ぶ流れが明瞭になり、その後も続いていくからだ。

結局、誰が「木曜発売」を広めたのか

今回確認した発売日の動きだけを時系列に並べると、かなり分かりやすい。

時期PlayStationセガサターンNINTENDO64
1997年前半金曜中心金曜中心金曜発売あり
1997年6月木曜と金曜が併存金曜中心―
1997年7月木曜発売が主流化金曜が目立つ金曜発売を確認
1997年9月木曜中心木曜集中が明瞭独自の日程も残る

この順序から見る限り、現在につながる「ゲームは木曜発売」という文化が大きく動き始めた場所は、1997年夏のPlayStation市場だったと考えるのが最も証拠に沿っている。

SCEが木曜発売への移行を先導したという後年の説明も、この発売日データとは整合する。

ただし、「SCEが1997年7月3日を業界共通の発売日として正式指定した」という一次資料は確認できていない。

したがって、そこまで話を広げて断定することは避けたい。

木曜日は、ゲームの「流通革命」が残した曜日だった

ここまで調べると、「なぜ木曜日なのか?」への答えは、最初に想像するより少し複雑だ。

単に「CD-ROMだから」ではない。

セガサターンもCD-ROMだったし、PlayStation自身も1994年の発売時からCD-ROMだった。それでも1995年、1996年は金曜発売が中心だった。

重要だったのは、CD-ROMという媒体を採用したことに加えて、SCEがSMEの既存インフラを利用し、小ロットの商品を最長6日ほどで納品できる生産・物流体制を持っていたことだ。

そこへゲーム市場の急拡大、流通制度の変化、コンビニを使ったデジキューブの登場などが重なった。

ゲームソフトは「発売前に大量生産して、あとは売り切る」だけの商品から、実際の販売状況を見ながら短期間で追加供給できる商品へ近づいていく。

その大きな変化の最中、1997年夏のPlayStation市場で発売日が金曜から木曜中心へ動き始めた。

そして数か月後にはセガサターンでも木曜日へ新作が集中するようになる。

「木曜日」という曜日だけを見ると、ちょっとした業界慣行にしか見えない。

しかし、その裏側をたどると、1990年代のゲーム産業がROMカセットからCD-ROMへ、長い生産期間から短期リピートへ、従来型の問屋流通から新しい販売網へ動いていた時代が見えてくる。

現在もゲームは木曜日に発売されるのか

1997年に広がった木曜発売は、その後も長く日本の家庭用ゲーム市場に残った。

2009年には、ついに週刊ファミ通まで「ソフトの流通に合わせて」発売日を金曜から木曜へ変更している。

一方、現在はすべてのゲームが木曜日に発売されるわけではない。

世界同時発売が重視される大型タイトルでは金曜日が選ばれることもあり、メーカーごとの販売戦略もある。パッケージだけでなくダウンロード販売が一般化し、発売日に商品を物理的に全国へ配送する意味も1997年とは大きく変わった。

それでも2026年現在、日本向けの家庭用ゲームでは木曜発売が数多く残っている。

30年近く前の流通環境の中で広がった発売曜日が、ゲームの売り方そのものが変わった現在にも慣行として生き続けているわけだ。

まとめ|「ゲーム=木曜」は1997年夏のPlayStationから見えてくる

今回、実際の発売日を追って分かったことは、思った以上にはっきりしていた。

  • ゲームは昔から木曜発売だったわけではない
  • 1995~1996年のPS・SSは金曜発売が中心だった
  • 1997年1月31日の『FFVII』も金曜日だった
  • 1997年6月、PSで木曜と金曜が併存し始める
  • 1997年7月、PSで木曜発売が主流として見えるようになる
  • セガサターンも少し遅れて8月末~9月に木曜中心へ動く
  • PSではCD-ROMとSMEの生産・物流網によって約1週間で追加供給できる体制が成立していた
  • ただし「木曜に売れてから増産し、その週末に再入荷できた」という説明は確認できた所要日数では裏付けられない
  • ファミ通が木曜だからゲームも木曜になったのではなく、ファミ通の方が2009年にゲーム流通へ合わせた

そして、最後まで確認できなかったこともある。

なぜ金曜日から「ちょうど1日前の木曜日」を選んだのか。

PlayStationの高速なリピート生産・流通体制と木曜化が同じ時期に結びついていることは確認できる。しかし「この理由で木曜日に変更した」と直接説明する1997年当時のSCE一次資料までは、今回確認できなかった。

だから、そこは無理に答えを作らない。

それでも発売カレンダーを1997年まで巻き戻してみると、金曜日ばかりだった景色の中へ木曜日が少しずつ入り込み、7月のPlayStationを境に一気に主役へ変わっていく瞬間が見える。

いま何気なく見ている「木曜発売」の文字。

そこには、CD-ROMと新しい物流がゲームの売り方を変えた、1990年代の痕跡が残っていた。

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