- 『3月のライオン』1巻レビュー|桐山零はなぜ勝っても救われない?
- 『3月のライオン』1巻の基本情報
- なぜ桐山零は、勝ったのに救われないのか
- 零にとって将棋は「好きなこと」だけではなかった
- 川本家では、零を将棋の強さで測らない
- 二海堂との将棋は、幸田との将棋と何が違うのか
- ひなたの日常を途中に入れる理由
- 孤独な場面と川本家で、漫画の「温度」が変わる
- 将棋を知らなくても1巻は読める?
- 1巻で気になるところもある
- 『3月のライオン』は現在18巻まで発売、連載中
- 『3月のライオン』1巻を7項目で評価
- 『3月のライオン』第1巻を確認する
- 「家族ではない場所」が人をどう変えるかを読む
- まとめ|最初の勝利が苦しいから、この物語の方向が分かる
『3月のライオン』1巻レビュー|桐山零はなぜ勝っても救われない?

『3月のライオン』1巻は、主人公が負けるところから始まらない。
桐山零はプロ棋士として対局に勝つ。それも相手は、幼い零を引き取って棋士として育てた幸田柾近だ。
競技漫画の第1話なら、主人公の強さを印象づける勝利になってもおかしくない。ところが、この一局にはほとんど爽快感がない。
零にとって将棋は、勝てば幸せになれるものではないからだ。
第1巻は、その理由を最初には説明しない。川本家で食事をし、二海堂と盤を挟み、学校へ通い、最後になって零が幸田家へ入った過去へ戻る。そこまで読むと、冒頭の勝利がなぜ重かったのかが見えてくる。
本記事では『3月のライオン』第1巻の具体的な展開に触れる。2巻以降の重要な出来事は扱わない。
『3月のライオン』1巻の基本情報
| 作品名 | 3月のライオン 第1巻 |
|---|---|
| 著者 | 羽海野チカ |
| 出版社 | 白泉社 |
| 掲載誌 | ヤングアニマル |
| 現行シリーズ表記 | ヤングアニマルコミックス |
| 発売日 | 2008年2月22日 |
| ISBN | 9784592145110 |
| 定価 | 759円(税込) |
| 現在の刊行状況 | 18巻まで発売・連載中 |
第1巻はChapter.1「桐山零」からChapter.10「カッコーの巣の上で」まで。零の日常と川本三姉妹との関係だけでなく、幼い頃に家族を失い、幸田家へ引き取られた経緯まで入る。
そのため1巻は、「高校生のプロ棋士を紹介する導入巻」というだけではない。現在の零と、その現在を作った過去が一本につながるところまで描く。
なぜ桐山零は、勝ったのに救われないのか
冒頭の零は、幸田との対局に勝つ。
しかし勝利した直後にあるのは、達成感ではない。
幸田は零に将棋を教え、両親と妹を亡くしたあと彼を引き取った人物でもある。単なる対戦相手ではなく、義父であり師匠だ。
だからこの一局では、盤上の勝敗と家族関係を切り離せない。
相手より正確に指し、勝つ。それ自体は棋士として必要なことだ。それでも、勝った結果を「よかった」で終えられない。
第1話から、『3月のライオン』は将棋の勝敗と人生の幸福を同じ線上に置いていない。
このずれが、1巻全体を読む鍵になる。
零にとって将棋は「好きなこと」だけではなかった
巻末近くまで進むと、零がなぜ幸田家へ入ったのかが描かれる。
幼い零は事故で両親と妹を失う。そこで父の友人だった幸田から声をかけられ、将棋が好きかと問われる。
この過去を知ると、零と将棋の関係は単純ではなくなる。
将棋は才能を発揮する競技である以前に、零が新しい居場所へ入るために必要だったものでもある。
強くなる。
勝つ。
それによって棋士への道が開く一方、幸田家の実子である香子や歩との力関係も変わっていく。
つまり零は、将棋が強かったから生きる場所を得た。しかし、その強さが家族の中に別のひずみも生む。
だから冒頭で幸田に勝っても、そこを「父を超えた」と気持ちよく処理できない。
川本家では、零を将棋の強さで測らない
対局を終えた零が向かうのが、あかり、ひなた、モモの暮らす川本家だ。
ここを単純に「温かい家族に癒やされる」とまとめると、『3月のライオン』1巻の面白さをかなり落としてしまう。
重要なのは、川本家では零を評価する物差しそのものが変わることだ。
何勝したのか。
何段なのか。
誰に勝ったのか。
そうした棋士としての価値は、食卓ではほとんど問題にならない。
ちゃんと食べる。家へ来る。モモを迎えに行く。一緒にご飯を囲む。
棋士としての能力ではなく、生活している一人の人間として扱われる。
この違いが大きい。
「勝たなくてもいられる場所」が早い段階から置かれる
零はプロ棋士なので、仕事では勝敗から逃げられない。
勝たなければ順位も収入も変わる。プロであり続ける以上、盤上では結果を出さなければならない。
川本家には、その条件がない。
何かを証明しなくても食卓に座れる。
これは零に対する無条件の「救済」とは少し違う。1巻の時点で零自身が急に明るくなるわけでも、孤独が消えるわけでもない。
ただ、将棋とは別の規則で人と関われる場所が存在する。
その事実が置かれる。
二海堂との将棋は、幸田との将棋と何が違うのか
1巻には、もう一人重要な棋士が登場する。二海堂晴信だ。
二海堂も零と盤を挟む。しかし、幸田との対局とは画面の空気がまるで違う。
二海堂は零を一方的に「心友」と呼び、勝負を挑み、将棋について熱く語る。静かに自分を閉じがちな零の生活へ、遠慮なく入ってくる。
ここで面白いのは、同じ将棋でも零にとっての意味が一つではないことだ。
幸田との将棋には、家族と過去が重なる。
二海堂との将棋には、相手に勝ちたい、強くなりたいという競技そのものの感情が前へ出る。
『3月のライオン』は「将棋が零を苦しめている」という単純な構図にもしていない。
苦しい将棋もあれば、真正面から競える将棋もある。
この幅を1巻の中ですでに見せている。
ひなたの日常を途中に入れる理由
1巻では、零から離れてひなたの日常へ視点が移る場面もある。
好きな相手の野球の試合を応援するために弁当を作る。家族がそれを見守り、本人は落ち着かない。
プロ棋士の勝敗を追っていたところへ、突然、中学生らしい時間が入ってくる。
物語だけを早く進めるなら、なくても成立しそうな寄り道だ。
しかし零の側から見ると、この日常が効いてくる。
零は高校へ通っているが、すでに将棋を仕事にしている。対局料で生活し、一人暮らしをし、大人の棋士と同じ勝負の世界にいる。
ひなたの時間には、それがない。
好きな人がいて、弁当を作って、家族にからかわれる。
同じ年代の生活を別人物から見せることで、零がどれだけ早く「普通の学生生活」から外れているのかが見えてくる。
説明するより効く対比だ。
孤独な場面と川本家で、漫画の「温度」が変わる
『3月のライオン』1巻の漫画表現で面白いのは、将棋盤そのものの描き込みだけではない。
場所が変わると、ページの感じまで変わる。
零が一人でいる部屋や、対局後の場面には静けさがある。考えていることが内側へ沈み、周囲との距離も広く感じる。
そこから川本家へ移ると、料理、会話、三姉妹、猫が一気に入り込んでくる。
二海堂が登場すると、さらに騒がしくなる。
シリアスな作品にギャグを挟んで読みやすくしている、というだけではない。
誰といるかによって、零が存在しているページの密度そのものが変わる。
一人の場面では、零の内側へ視線が向く。
人がいる場面では、零が否応なく外側へ引っ張り出される。
この切り替えがあるから、零が「孤独だ」と何度説明するより、一人と複数人の違いが身体感覚として伝わる。
将棋を知らなくても1巻は読める?
読める。
少なくとも第1巻では、将棋の戦法や定跡を知らなければ人間関係が理解できないような作りにはなっていない。
もちろん、零がプロ棋士であることは物語の中心にある。しかし重要なのは、「この局面ではどの手が正しいか」より、その対局が零と相手にとって何を意味しているかだ。
幸田との一局なら家族。
二海堂との一局ならライバル関係。
将棋盤は、人物同士の距離を見せる場所にもなっている。
棋譜を読み解けなくても、1巻の中心部分は十分に追える。
1巻で気になるところもある
一方で、「将棋漫画」と聞いて、棋戦を一つずつ勝ち上がっていくタイプの競技漫画を期待すると、1巻はかなり違って見える。
対局はあるが、話は将棋だけに集中しない。
川本家の日常へ行き、二海堂が入り、ひなたへ視点が移り、最後には零の過去へ戻る。
一つの大会や目標へ一直線に進む構成ではないため、競技の進行そのものを強い推進力として求める場合は、散漫に感じる可能性がある。
また、主人公の零は最初からかなり沈んでいる。
「若い天才棋士がライバルを倒していく爽快感」を期待すると、その期待も外される。
ただし、この二点は1巻の弱点であると同時に、作品の設計そのものでもある。将棋だけでは零を説明できないから、生活と家族へ何度も話が移る。
『3月のライオン』は現在18巻まで発売、連載中
『3月のライオン』は2026年10月2日現在も「ヤングアニマル」で連載中。
最新単行本は2025年9月29日発売の第18巻で、白泉社の作品公式サイトでも18巻を最新巻として案内している。
現時点で第19巻の発売日は、白泉社から公式発表を確認できない。
TVアニメは第1シリーズ、第2シリーズが制作され、実写映画も2017年に前後編で公開された。作品はマンガ大賞2011、第35回講談社漫画賞一般部門、第18回手塚治虫文化賞マンガ大賞、第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞などを受賞している。
ただし、これらは現在の作品位置を知るための情報であり、第1巻の評価には加点していない。
『3月のライオン』1巻を7項目で評価
| 評価項目 | 点数 | 1巻での評価 |
|---|---|---|
| 導入・構成 | 9.0 | 義父への勝利から始め、巻末で零と幸田家の過去へ戻ることで、冒頭の一局の意味を後から変える構成が強い。 |
| キャラクター | 9.0 | 零だけでなく、川本家、二海堂、幸田を置くことで、相手によって変わる零の姿を1巻だけで見せる。 |
| テーマ | 8.9 | 勝つこと、生きること、家族でいることを安易に同一視しない。将棋が救いにも重荷にもなる二面性が早くから出ている。 |
| 漫画表現 | 9.0 | 孤独な場面、対局、川本家、二海堂の場面で画面の密度と温度を大きく変え、人物の状態を空間ごと描き分ける。 |
| 読みやすさ | 8.5 | 将棋の専門知識がなくても人物関係は追いやすい。一方、視点と話題が頻繁に移るため、一直線の競技漫画より構成は複雑。 |
| 対象巻の満足度 | 8.8 | 現在の日常だけでなく、零がなぜ棋士になったのかまで入り、第1巻単体で主人公像が大きく更新される。 |
| 続きへの引き | 8.9 | 勝つほど苦しくなる部分と、将棋だから生まれる関係の両方が残るため、零がこの先どこに居場所を作るのかを追いたくなる。 |
| 総合 | 8.9 / 10 | 「若いプロ棋士」の成功譚にせず、最初の勝利から家族と居場所の問題へつなげる第1巻として非常に完成度が高い。 |
特に評価したのは、冒頭と巻末のつながりだ。
最初は「義父に勝った棋士」としてしか見えなかった零が、最後には「生きる場所を得るために将棋を必要とした子ども」へ見え直す。
同じ勝利を、読み始めと読み終わりで違う意味にできている。
『3月のライオン』第1巻を確認する
今回扱った幸田との対局、川本三姉妹との日常、二海堂との関係、そして零が幸田家へ入るまでの過去は第1巻で読める。紙版も現在新品で流通している。

「家族ではない場所」が人をどう変えるかを読む
両親を失った人物が、血縁とは別の相手との暮らしを通して関係を作っていく作品なら、『違国日記』1巻レビューも読み比べやすい。こちらは「新しい家族になる」ことを急がず、叔母と姪が他人に近い距離から共同生活を始める。
人との間にできた距離を、本人の内面だけでなく周囲との関係から描く作品としては、『聲の形』1巻レビューも方向は違うが比較しやすい。どちらも、主人公一人の気持ちだけでは人間関係が決まらない。
まとめ|最初の勝利が苦しいから、この物語の方向が分かる
『3月のライオン』1巻の桐山零は、すでにプロ棋士だ。
初心者が将棋を覚えて初勝利する話ではない。第1話から義父に勝てるほど強い。
それでも、その勝利では何も解決しない。
将棋によって居場所を得た一方、その強さは幸田家との関係にも入り込んでいる。だから「もっと勝てば幸せになる」とは言えない。
そこで川本家と二海堂がいる。
川本家には、勝たなくてもいられる。
二海堂とは、勝ち負けを真正面から競える。
同じ零でも、相手と場所が違えば、将棋や生活の意味も変わる。
第1巻が最初に描いたのは、若い棋士がどれほど強いかではなかった。
勝つことだけでは埋まらないものを持った人間が、どこで、誰となら生きていけるのか。
義父に勝つところから始めたからこそ、その問いが最初からはっきり残る。