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『ブルーピリオド』1巻レビュー|八虎はなぜ「絵」にだけ本気になれたのか

山口つばさ『ブルーピリオド』第1巻の表紙

『ブルーピリオド』1巻の主人公・矢口八虎は、何もできない少年ではありません。

むしろ逆です。

勉強はできる。友人関係もうまく回せる。周囲が求める「感じのいい自分」も作れる。

それなのに、自分が本当に何をしたいのかだけが分からない。

そんな八虎が、一枚の絵と、自分で描いた「青い渋谷」をきっかけに美術へ入っていきます。

1巻で面白いのは、「才能ある少年が天職を見つけた」ことではありません。努力のやり方を知っていた優等生が、初めて“自分から努力したいもの”に出会うことです。

八虎は「人生がうまくいっていない主人公」ではない

物語の序盤で、八虎の生活は外から見るとかなり順調です。

成績はいい。友達もいる。空気も読める。

大きな失敗を抱えているわけではありません。

だからこそ、本人が感じている空虚さが厄介です。

「ここから逃げたい」というほど最悪ではない。でも「これを続けたい」と思えるほど好きでもない。

八虎は正解のある場所ではかなり強い人物です。

テストなら勉強すればいい。人間関係なら相手の望む反応を読めばいい。

しかし美術には、同じやり方で出せる一つの正解がありません。

この「要領よく生きてきた人間が、要領だけでは通れない場所へ行く」ことが、本作の入口になっています。

八虎を動かしたのは「上手い絵」より、自分の感覚が絵になった経験

八虎は美術室で一枚の絵に惹かれます。

ただ、それだけなら「すごい作品を見て憧れた」で終わります。

本当に大きいのは、そのあと自分自身が絵を描く側へ回ることです。

美術の課題で、明け方の渋谷を「青い」と感じた自分の感覚を絵にする。

すると、それまで言葉にしてこなかったものが他人へ伝わる。

八虎にとってこれは、それまで得意だった「相手に合わせる」コミュニケーションとは逆です。

自分の中にあるものを先に出し、それを誰かが受け取る。

ここで初めて、美術が「学校の選択授業」ではなく、自分の問題になります。

八虎が面白いのは「美術の天才」ではないから

作者の山口つばさ氏は、八虎について、フィクションに多い「他は何もできないが芸術だけは天才」という人物にはしたくなかったとインタビューで説明しています。

八虎はむしろ、他のことはかなりできる人物です。

そして美術では、最初から圧倒的な才能を持っているわけではない。

観察する。教わったことを整理する。何が足りないのか考える。練習する。

これまで勉強などで使ってきた能力を、美術にも持ち込もうとします。

ただし、美術は「これを覚えれば100点」という世界ではありません。

努力すれば前へ進める。しかし努力した量と評価がそのまま一致するわけでもない。

八虎の強みだった「正解へ最短で進む力」が、そのままでは通用しない場所へ入っていく。このズレが作品を面白くしています。

「好きなことをやる」は、楽になることではなかった

美術へ出会う前の八虎は退屈しています。

なら、美術を好きになったあと人生が一気に楽しくなるのかというと、そうはなりません。

むしろ本気になったからこそ、他人の絵が気になる。自分の下手さが分かる。評価されれば嬉しいし、評価されなければ悔しい。

「好きなものが見つかる=悩みが消える」という話ではありません。

好きだから、今まで気にしなくてよかったことまで気になるようになる。

この苦しさまでかなり早い段階で入れてくるため、『ブルーピリオド』は単純な自己肯定の漫画になりません。

美術部の人々が「才能」を一つの形にしない

八虎の周囲には、八虎とは違う理由で絵を描く人たちがいます。

先輩、同級生、美術部の先生。

同じ「美術が好き」でも、得意なことも、絵への距離も、将来の考え方も違います。

中でも鮎川龍二、通称ユカは、八虎とはまったく別の角度から「自分をどう表現するか」という問題を持ち込みます。

こうした人物がいるため、作品の中で「絵がうまい人=同じ種類の人」にはなりません。

八虎は自分より上手い人を見るたびに、その差を一つずつ知っていきます。

美術漫画なのに「才能があるから描ける」で終わらない

『ブルーピリオド』では、デッサンや構図、色、観察といった美術の具体的な言葉が出てきます。

でも、それを「読めば絵がうまくなるノウハウ漫画」と捉えると少し違います。

技術が言語化されるのは、八虎自身が感覚だけでは進めない人物だからです。

分からないなら調べる。教わる。試す。

作者自身も、美術を扱うフィクションで「才能」という言葉だけがブラックボックスになりやすいことに対して、理論や戦略を持って描く人もいることを見せたかったと語っています。

八虎は、その考え方を読者が追いやすい形にした主人公です。

「ブルーピリオド」というタイトルはピカソの“青の時代”から

作品タイトルについては、作者本人が由来を説明しています。

連載開始にあたり、分かりやすく美術を連想できる題名を考え、「アートといえばピカソ」「ピカソなら青の時代」という流れから『ブルーピリオド』になったというものです。

そのため、「八虎の青=憂鬱・孤独・希望のすべてを象徴する」といった意味まで、タイトル由来そのものとして断定するのは避けた方がいいでしょう。

ただ、1巻の中で「青」が八虎自身の感覚を初めて他人へ渡す重要な色になっているのは確かです。

弱点は、熱量と説明量がかなり高いこと

1巻から八虎はかなり真剣です。

美術へ興味を持ったあと、考え、描き、悩み、また描く。

そのため「趣味を見つけてゆっくり楽しむ青春漫画」を期待すると、思ったより熱い作品に感じるでしょう。

また、美術用語や考え方を言葉で説明する場面も多めです。

感覚だけで読ませる作品が好きな人には、理屈が多いと感じる可能性があります。

一方で、その理屈の多さこそが、「美術は才能だけで決まる」という見方を崩す役割も持っています。

2026年現在は19巻まで刊行

『ブルーピリオド』1巻は2017年12月22日発売。講談社公式ではB6判224ページ、ISBNは9784065105863です。

2026年5月22日には第19巻が発売され、八虎の物語は東京藝大入学後まで続いています。

2020年にはマンガ大賞2020と第44回講談社漫画賞総合部門を受賞。2021年にはTVアニメ、2024年には実写映画も公開されました。

ただ、1巻を読む時点では、その先の大きな実績を知っておく必要はありません。

重要なのは、美術とほぼ無縁だった高校生が「これだけは、うまくなりたい」と思うまでです。

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まとめ|八虎が見つけたのは「生きる理由」より、初めて本気になれるもの

『ブルーピリオド』1巻を「生きる理由を見つけた物語」と言い切ると、少し大きすぎる気がします。

八虎は1巻で人生の答えを手に入れたわけではありません。

ただ、今までなら「要領よくこなせばいい」と思えたこととは違うものに出会います。

うまく描けないのが悔しい。

もっと知りたい。もっと描きたい。

正解を出すためではなく、自分から上手くなりたいと思えるものが初めてできた。

その変化こそ、1巻の一番強いところです。

マンガレビューをさらに探す場合は、マンガレビュー一覧から確認できます。

ブルーピリオド(1)

成績も人付き合いもそつなくこなす高校2年生・矢口八虎が、美術と出会い初めて本気になれるものを見つけていく第1巻です。

価格・在庫・仕様や版の違いなどは変動します。購入の際は各ショップの商品ページで最新情報をご確認ください。

自分の好きなものに初めて本気で向き合う物語が好きなら、ジャズに打ち込む高校生を描いた『BLUE GIANT』1巻レビューも読み比べてみてほしい。漫画案内所の「青春・恋愛・創作」では、創作や挑戦を描く作品を集めている。

書誌情報・主な参考

  • 著者:山口つばさ
  • 発売日:2017年12月22日
  • 出版社:講談社
  • シリーズ:アフタヌーンKC
  • 判型:B6
  • ページ数:224ページ
  • 定価:869円(税込)
  • ISBN:9784065105863

書誌情報・受賞歴は講談社公式、八虎のキャラクター設計や作品テーマについては山口つばさ氏の公開インタビューを基準に確認しています。

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