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2025年秋・クマ出没激増の背景とは?堅果不作/温暖化/里山管理の“5大要因”を徹底解説

なぜ今、日本全国で“クマが降りてくる”のか―最新データで見る異変の構図

朝霧に包まれた山道の風景。柿の木のそばに木製の柵があり、遠くの小道に熊の姿が見える。やわらかな水彩で描かれた静かな田舎の情景

2025年秋、山あいだけではなく住宅地・市街地にも相次いで姿を現すクマ。全国で死亡・重傷の被害が過去最悪ペースを更新しており、私たちの“日常圏”までその影響が及んでいます。
本記事では、なぜ今このような事態が起きているのか、「堅果の凶作」「温暖化による行動変化」「里山管理の後退」など5つの主要要因を多角的に整理し、さらに地域差や具体的な生活者向け対策まで深掘りします。読み終えた時、”何が見えなかったか”が明らかになるはずです。

現在地:2025年の被害状況まとめ

2025年秋、日本各地でクマによる人身被害が相次ぎ、過去最悪ペースでの発生が確認されています。
環境省のまとめによると、2025年度(4月〜10月)時点で少なくとも12人が死亡、100人以上が負傷。これは統計開始以来の最多を更新しており、北海道・東北・北陸・関東北部を中心に被害が拡大しています。

特に注目されているのが、「住宅地・学校・商業施設周辺」への侵入事例が増えていることです。かつては山中や農村部が主な発生地でしたが、今では市街地にまで出没が及び、監視カメラや通学路での目撃情報が日常的に報じられるようになりました。

北海道と本州では異なる「クマの種類」と「リスク」

日本に生息するクマは大きく分けて2種。

  • ヒグマ(北海道に分布)
  • ツキノワグマ(本州・四国に分布)

北海道では大型のヒグマが主で、1頭あたりの行動圏が広く、遭遇時の危険性も極めて高いのが特徴です。一方、本州ではツキノワグマが主流で、個体の大きさはやや小さいものの、個体数の回復と餌不足が重なり、里に下りる頻度が増加しています。

データで見る「ここ10年の急変」

環境省と各自治体の統計をもとに見ると、
2015〜2019年は年間死者数が「1〜2人」前後で推移していましたが、
2020年代に入り、2023年=6人/2024年=9人/2025年=12人(10月時点)と急増。
10年間で死亡件数が約6倍
に膨れ上がっています。

また、秋田・岩手・山形・新潟・富山といったブナ林帯の県では、
「一部地域で1日10件以上の目撃通報」が寄せられるほどの事態となっており、
行政は“緊急捕獲要請”や“出没情報マップの毎日更新”といった対応を余儀なくされています。

生活圏への影響が拡大

これまで山中で済んでいた問題が、2025年は完全に「人の生活圏の問題」へと移行しました。
通学路や民家の庭先、ゴミ置き場、放置された果樹園などに出没し、
「山と町の境界」が機能しなくなりつつあります。

その背景には、後述する「堅果の不作」「放置柿」「温暖化」「里山管理の衰退」「法制度の遅れ」といった複合的要因が存在します。
次章では、まず最大の要因とされる“堅果類の不作”を中心に、その実態を解き明かします。

主な原因①:堅果類の不作と地域差 ―「ドングリがない年」の現実

2025年の秋、日本列島の山々でひとつの異変が起きていました。
登山者の多くが口にする言葉――「今年は、ドングリが落ちていない」。
ブナやミズナラ、コナラといった堅果類の結実が、全国的に“凶作”傾向にあるのです。

山の実りが消えると、クマは「下りる」

クマにとって堅果は“冬眠前の命綱”。
特にブナの実(ブナシード)は脂肪を蓄えるための重要なエネルギー源で、
この実りが乏しい年には、クマが食料を求めて山を下りてくる――
これは昔から猟師たちが「ブナの凶作年=クマが出る年」と呼ぶほど知られた現象です。

2025年の観測では、東北南部から関東北部にかけてブナの実成りが“平年比20〜40%減”という報告が相次いでおり、
環境省も「広域的な餌不足の可能性」を認めています。
一方で、長野県や中部山岳地帯の一部では平年並み〜やや豊作とされ、
「全国一律の不作」ではないことも重要なポイントです。

地域によって“異なる山の飢え”

たとえば、埼玉県秩父地域ではブナの結実が“ほぼゼロ”。
地元の林業者は「10月になっても堅果が見当たらない」と語り、
この地域では住宅地での目撃通報が急増しました。
一方で、栃木県日光や福島県南会津などでは比較的豊作で、
そこでは逆にクマの出没が例年より減る傾向も見られます。

つまり2025年の「クマ出没」は、単なる自然現象ではなく、
“局地的な餌不足の連鎖”が地域ごとに違う形で現れているのです。

“不作”の裏にある気象のズレ

ブナの実りには、気温・降雨・開花時期のタイミングが密接に関係します。
2025年春は暖冬からの急冷で開花期がずれ、夏は猛暑・乾燥が続きました。
その結果、花が受粉できず実を付けない木が増えた――
まさに“気象の乱れが山の台所を直撃した”年だったといえます。

クマにとっての「秋の飢饉」

山に実がなければ、彼らは次の選択肢に移る。
それが「人里の食べ物」。柿の実、トウモロコシ、果樹園の落ち果実。
こうして“里の味”を覚えたクマは、翌年以降も再び同じ場所を訪れるようになります。
つまり、今年の不作は単年の出来事ではなく、次年度以降の出没行動にも影響を残すと専門家は指摘します。

主な原因②:放置果樹園と柿の実 ― クマが覚えた“甘い味”

秋の朝霧に包まれた田舎の風景。柿の木や木柵、小屋が並び、遠くの草原に熊の姿が見える。セピア調の水彩で描かれた静かな情景

山から下りてきたクマを引き寄せているのは、意外にも人の暮らしの名残です。
全国各地で増えている「放置果樹園」や「収穫されない柿の木」が、
クマにとって格好の“食卓”になっています。

かつては家族総出で収穫されていた柿や栗も、
高齢化や人口減少によって手入れが行き届かなくなりました。
その結果、人の手が入らない果樹が山の縁に残り、秋になると実を落とす
この匂いを覚えたクマが、夜な夜な人里に現れるようになっています。

環境省によれば、全国の耕作放棄地はおよそ42万ヘクタール
そこに生える果樹は、自然状態のまま毎年実を付け、
人がいなくなった土地ほどクマに“安心して食べられる場所”を提供しています。

しかもクマは一度餌場を見つけると、翌年以降も同じ場所に戻ってくる習性があります。
つまり、「放置された柿の木」=恒常的な誘引源になっているのです。
近年では、庭先の柿や未収穫のリンゴを巡って、
住宅地でクマと人が鉢合わせする事例も目立ちます。

対策として、一部自治体では放置果樹の伐採や剪定を進めていますが、
人手不足や高齢化により、すべての木を管理するのは難しいのが現実です。
結果として、人の暮らしの跡が、クマを呼び寄せる“新たな餌場”になっている状況が続いています。

主な原因③:里山管理と猟師人口の減少 ― 「人がいなくなった山」に慣れるクマたち

クマの行動範囲が広がっている背景には、人間の手が山から離れた現実があります。
戦後から続いた林業・農業の縮小、高齢化による過疎、
それらが重なり、かつて人が出入りしていた“里山”が次々と静まり返っていきました。

環境省の資料によると、
日本の狩猟免許保持者数は1980年代の約50万人から、現在は約11万人へと激減。
このうち実際に活動している人は6万人前後に留まり、
クマ対策の現場を担うハンターや地元猟友会の人員不足が深刻です。

その結果、クマにとってかつて「危険な場所」だった人里近くの森が、
いまでは“安全で静かな生活圏”に変わりつつあります。
人の存在が薄れるほど、クマは警戒心を失い、
夜間だけでなく昼間にも行動を広げるようになっています。

また、草刈りや間伐といった里山管理の空白化も問題です。
人の気配が消えた山のふもとは、
ササや藪が伸び放題になり、見通しの悪い場所が増加。
そこを通学路や散歩道として利用する人が多く、
“突然クマが現れる”遭遇事故のリスクを高めています。

一方で、地元ボランティアや若手ハンターが立ち上がる地域もあります。
山形県や長野県では、自治体が主導して“里山再生プロジェクト”を推進。
草刈り、放置果樹伐採、見回り活動を通じて、
クマとの距離を「完全排除」ではなく「適切な線引き」で保つ試みも始まっています。

クマの行動圏が変わったのではなく、
人の側が静かになりすぎた――。
その現実が、いま全国で起きている異変を下支えしているのです。

主な原因④:温暖化と季節リズムの乱れ ― ずれる季節、狂うサイクル

ここ数年、クマの出没が「季節外れ」になっている。
春先に活動を始める時期が早まり、冬眠入りは遅くなった。
2025年はその傾向が特に顕著だ。

東北地方では例年なら11月中旬には冬眠準備に入るが、
今年は暖かい日が続き、12月近くまで活動する個体が確認されている。
環境省の調査では、気温が平年より1〜2℃高い地域ほど、
冬眠入りが2〜3週間遅れる傾向が見られるという。

このズレは単なる気象現象ではない。
クマの“生きるリズム”そのものを乱している。
冬眠前に必要な脂肪を蓄えられず、
結果として餌を探して山を下りる──これが出没増加の新たな要因だ。

もう一つ深刻なのが、植物側の変化だ。
ブナやコナラなど堅果類の結実は、
春先の気温・花芽形成・雨量に大きく左右される。
近年はこの周期が崩れ、“豊作・凶作の極端化”が進んでいる。
2025年のように凶作が広域で起きるのは、
気候パターンが不安定化していることの表れだ。

温暖化はまた、クマの行動圏そのものを押し上げてもいる。
標高の高いエリアでは植生が変わり、
ナラやクリが少なくなる一方、
低地では人の生活圏と植生が重なり始めている。
結果として、山と街の“境目”が気候によって曖昧になった。

気温の上昇はゆっくり進む。
だがその影響は、毎年少しずつクマの生活を変え、
気づけば“遭遇リスクの季節”が1〜2か月も長くなっていた。
私たちの防災カレンダーは、すでに過去の常識では足りなくなっている。

主な原因⑤:個体数の回復と制度のギャップ ―「守られすぎた」結果が今に

クマの出没が増えた背景には、保護政策の成功がある。
長年にわたって乱獲や開発によって減少していたツキノワグマは、
1970年代に絶滅危惧種の指定候補となったのを機に、
各地で保護が進められた。
その成果として、現在の推定生息数は約1万5千頭前後
20年前の倍近い水準にまで回復している地域もある。

しかし、個体数の回復に比べて、
「どう管理するか」という仕組みづくりが追いついていない。
クマは鳥獣保護管理法で守られており、
駆除には自治体の許可と専門の人材が必要だ。
ところが、狩猟免許を持つ人は1980年代の50万人から現在は約11万人まで減少。
そのうち実際に活動できるのは半数程度にすぎない。

現場では、通報から捕獲までの手続きが複雑化し、
対応が遅れているケースもある。
「市街地に出たクマをすぐに捕獲できない」──
そんな制度的な“タイムラグ”が、
出没増加の裏に潜むもう一つの問題だ。

また、自治体ごとに対応基準が異なることも混乱を招いている。
ある県では即時捕獲を認めても、隣の県では追い払いを優先するなど、
判断が統一されていない。
結果として、現場の職員や猟友会が“動けないまま被害が起きる”ことも少なくない。

こうした事態を受け、政府は2025年10月に
環境省と農水省による「大型獣対策会議」を設置。
猟師支援や情報共有ネットワークの構築など、
新しい捕獲体制の整備を進めている。
11月には追加方針が公表される見通しで、
“保護から共存と管理へ”という転換点を迎えつつある。

クマを守ることは、自然との共生を象徴する行為だった。
だが今、その保護の仕組みが“人との距離をどう取るか”という
新たな課題を突きつけている。

地域別に見る:2025年秋の出没スナップショット

夕焼けに染まる田舎道を、人と犬が並んで歩いている。山並みと家々が淡く霞み、やわらかな水彩で描かれた温かな情景

— 北海道(ヒグマ)

  • 市街地近接の目撃が増。通学路・商業施設周辺の巡回強化が常態化
  • 初雪遅れで活動期が延伸、農地・河川敷が通り道に
  • “即時捕獲か追い払いか”の判断が自治体で割れる傾向
    〈一言メモ〉大型・行動圏広い=一件のリスクが大きい

— 東北

  • ブナ帯の凶作域で通報が集中。キノコ採りシーズンの接触リスク高
  • 放置柿・放置果樹園が誘因。夜間→早朝帯の移動が増
  • 出没情報の“日次更新”が有効に機能
    〈一言メモ〉“山の飢え”+“里の甘味”がセットで作用

— 北関東・甲信

  • 県内でも山系ごとに豊凶差。豊作谷は静か、不作谷に通報偏在
  • 高速IC・幹線道路付近で横断目撃。深夜帯の車両接触にも注意
  • 里山ボランティアの草刈り・見通し改善が事故減に寄与
    〈一言メモ〉“局地差の見極め”が政策効果を左右

— 北陸

  • 山裾の集落で庭先・ゴミ置き場被害が顕在化
  • 海風の抜ける里山で藪化が進行、突然遭遇パターンが多い
  • 柿の一斉収穫や伐採補助が進む地域ほど通報が減少
    〈一言メモ〉“藪を刈る=視認性の防災”

— 中部山岳・東海

  • 高標高帯の植生変化で行動ルートが低地寄りに
  • キャンプ場・観光地での食べ残しが学習リスク
  • 監視カメラ・ライトの面的配置で抑止効果の事例あり
    〈一言メモ〉観光と共存の運用設計が鍵

— 近畿・中国・四国(ツキノワ南限域)

  • 局所的に“初見の出没”が話題化しやすい=過剰反応に注意
  • 山林内の作業道・林道での早朝遭遇が増
  • 住民向け講習(遭遇時の動き方)の効果が数字に反映
    〈一言メモ〉“正しい行動”の普及が即効薬

— 九州(局所)

  • 出没は稀だが、単発事例の報道インパクトが大
  • 里山管理の空白が点で表出。迅速な初動が抑止に直結
    〈一言メモ〉“点の管理”で十分に効く地域

ホットスポット早見(読者が今すぐ見るべき指標)

  • 今週の出没マップ更新頻度(自治体サイト/防災アプリ)
  • 地域の堅果豊凶マップ(“隣の谷”との差)
  • 放置果樹の有無(自宅・近所)
  • 学校・通学路の巡回体制(教委・PTAの連絡網)

私たちが取れる対策 ― 正しい備えと“やってはいけないこと”

□ まず確認すること
・住んでいる自治体の「クマ出没情報マップ」をブックマーク
・最寄りの山・河川敷・通学路の出没履歴を一度チェック
・庭木に果実やドングリが落ちていないか点検
・ペットフード・生ゴミを屋外に放置しない

□ 山・林道へ入る前に
・熊鈴やラジオなど“音を出す”装備を携行
・単独行動を避け、夕方以降の入山は控える
・匂いの強い食品をバッグに入れない
・出没情報が出ている地域は「短縮ルート」で済ませる判断を

× やってはいけない行動
・「静かに歩けば見つからない」と思って無音で山に入る
・子グマを見て写真を撮ろうと近づく
・目撃しても大声で威嚇しようとする(逆効果)
・ゴミを埋める/放置する(クマの嗅覚は人間の約100倍)

□ もし遭遇したら
・背を向けず、ゆっくりと後退
・走らない、叫ばない、物を投げない
・親子グマを見たらすぐ退避。子グマの近くは最も危険
・複数人で行動している場合はまとまって動く

□ 家の周りでできる対策
・柿の実・落果を放置せず収穫または剪定
・夜間の外灯を増設し、暗がりを減らす
・裏庭や倉庫に食べ物・飼料を置かない
・クマの足跡や糞を見つけたら、必ず自治体に通報


こうした対策は“完璧な防御策”ではありません。
しかし、「人の匂い」「人の気配」「人の管理」が戻るだけで、クマの出没率は確実に下がると言われています。
自然と人の距離を保つのは、特別な装備よりも「意識を持ち続けること」です。

結論:人と野生動物の距離を、もう一度考える

クマの出没は、山からの侵入ではなく、
人間の生活圏が静かに森へ近づいてしまった結果でもある。
人が去った里山、放置された畑、手入れの途絶えた果樹。
そこに再び命が戻るのは自然の摂理だが、
そのバランスを取る知恵を、私たちは十分に持てていない。

過去には、人とクマの間に“緊張と敬意”があった。
畑に立つ案山子、鳴らされる熊鈴、焚かれた火の煙。
それらは境界のサインであり、互いの世界を守るための合図だった。
いま、その線引きが曖昧になりつつある。
都市化が進み、里が空き、自然が静まり返ったとき、
クマにとっての「安全地帯」は拡大していった。

必要なのは、恐怖でも排除でもない。
“人がいる”という存在感を、山と町の境界に取り戻すこと。
それは草刈りや収穫といった作業だけでなく、
地域で情報を共有し、環境を維持していくことでもある。
クマの問題は“自然の異変”ではなく、“社会の鏡”なのかもしれない。

これからの日本は、
「保護」と「共存」のあいだにある現実的な道を選ばなければならない。
そのためには、行政の仕組みだけでなく、
一人ひとりの暮らしの中に“自然と向き合う意識”を取り戻すことが出発点になる。

クマが近づく年は、人の気配が遠のいた年。
それを思い出すことが、この問題に向き合う第一歩だろう。

出典メモ

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