桂正和「電影少女」原稿盗難とは?消えた生原稿と署名活動が注目される背景

2025年12月現在、「電影少女」「I”s」「ウイングマン」などで知られる漫画家・桂正和さんの生原稿が盗難され、その一部がネットオークションで転売されていた問題が大きな話題になっています。作品のファンだけでなく、同業の漫画家やクリエイターからも心配と怒りの声が上がり、桂さんの知人であるマジシャン・KiLaさんがオンライン署名サイトで「警察に丁寧な再対応と適切な調査を求める」署名活動を開始したことでも注目が集まっています。
報道や署名ページの説明によると、盗まれたのは桂さんの代表作「電影少女」の生原稿で、その一部がオークションサイトなどで高額で出品・落札されていたことが確認されています。現在も所轄警察署では被害届の受理に至っておらず、事件の全体像や原稿の行方ははっきりしていませんが、生原稿という「作者の創作の歴史そのもの」が不正に扱われている状況に対し、漫画文化をどう守るかという点でも大きな問題提起となっています。
桂正和「電影少女」原稿盗難事件の経緯を時系列で整理
まず、この原稿盗難がどのように明らかになっていったのか、報道や署名ページなどから分かる範囲で時系列を整理しておきます。桂正和さんは、代表作「電影少女」の生原稿を1巻ごとに封筒へ入れ、アトリエのロッカーで長年保管していました。ところが、2024年10月ごろにスタジオの引っ越し作業を行った後、そのロッカーから「電影少女」全15巻分に相当する多数の原稿が失われていることに気づいたとされています。
その少し前後には、別件として「ウイングマン」の撮影用スーツが盗難に遭い、フィギュアなどのイベントで出品されていたことも判明しており、桂さん本人がX上で「売りに出すようなことはない」「盗品です」といった趣旨のコメントを出していました。この際、一般ユーザーから「電影少女と思われる原稿がヤフオク!に出ている」と指摘され、桂さんがそれを認めたことで、「電影少女」の原稿もまた盗難被害に遭っていることが広く知られるようになります。
その後も、オークションサイト上では「電影少女」の生原稿と見られる出品が継続し、一部はカラー扉絵や印象的な名シーンを含むページが10万〜100万円超の高値で落札されていたことが各種メディアで報じられました。過去半年ほどの取引履歴からは、2ページ分の原稿が185万円、第18話のカラー扉絵が180万円で落札されていた例も確認されています。
こうした状況を受けて、桂さん側は弁護士を通じてオークション運営会社に情報開示請求を行い、出品アカウントの一部が古物商に関連するものだったことなどを把握します。一方、所轄警察署には相談済みであるものの、2025年12月2日の時点で被害届の受理には至っていないと報じられており、ここに対する問題意識から、知人マジシャンのKiLaさんがChange.orgで「警察に誠実で適切な調査を求める」署名活動を開始しました。署名ページには、桂さん本人の理解と了承を得たうえで立ち上げたこと、批判や糾弾ではなく静かな後押しを目的としていることが明記されています。
桂正和原稿盗難をめぐる署名活動の内容と広がり
この原稿盗難問題が一気に可視化された大きなきっかけが、マジシャン・KiLaさんによるオンライン署名活動です。2025年12月2日、KiLaさんは署名サイト「Change.org」で「桂正和先生の原稿盗難事件における、警察の適切な調査をお願いする署名」というタイトルのキャンペーンを立ち上げました。署名ページでは、長年多くの読者に影響を与えてきた桂正和さんの生原稿が盗難に遭い、その一部がオークションサイト等で転売されている事実が明らかになったこと、そして現在も所轄警察署で被害届の受理に至っておらず状況が進展していないことが説明されています。
署名文の中では、生原稿は「作者の努力と創作の歴史そのもの」であり、単なる物ではないという点が強調されています。創作者が大切に守ってきた原稿が不当に扱われることは、桂さん個人の問題にとどまらず、漫画文化全体にとっても大きな損失であるという考え方です。そのうえで、本件について誠実かつ適切な調査が行われることを警察に求めること、そしてこの署名が批判や糾弾を目的としたものではなく、「静かな後押し」として関係機関に丁寧な再対応をお願いするためのものであることが明記されています。
また、この署名活動は桂正和さん本人の理解と承諾を得たうえで、KiLaさんが代理として立ち上げていることもはっきりと書かれています。KiLaさん自身もXで、「以前から桂先生と直接交流があり、今回の件についてもご本人から相談を受けた」「先生の体調面の負担を減らすため、ご本人が表に立たずに済む形で支えたい」といった趣旨の投稿を行っており、署名活動の背景や立ち位置を説明しています。
署名は公開から短期間で数千筆規模まで集まり、Change.orgの「マンガ」カテゴリでも目立つキャンペーンとして表示されています。SNS上では、Change.org日本公式アカウントが署名ページを紹介したほか、冨樫義博さんが「全ての原稿が桂先生のもとに戻りますように」というコメントとともに『電影少女』のヒロイン・天野あいのイラストを投稿し、大きな反響を呼びました。こうした動きも追い風となり、「原稿は単なる商品ではなく文化的な財産である」という問題意識が、漫画ファン以外にも広がりつつあります。
HUNTER×HUNTER・冨樫義博先生からのエール
HUNTER×HUNTERなどで知られる漫画家・冨樫義博先生も、この原稿盗難の件にいち早く反応しました。2025年12月2日、冨樫先生は自身のX(旧Twitter)アカウントで『電影少女』のヒロイン・天野あいを描いたイラストを投稿し、そこに「全ての原稿が桂先生の もとに戻りますように。」という一文を添えています。
この投稿はニュースサイトやファンサイトでも取り上げられ、「桂先生の原稿が盗難被害に遭っている状況を受けて描かれた、応援のメッセージだ」として大きな反響を呼びました。電撃オンラインなどの報道によれば、このポストには公開後まもなく十数万件規模の「いいね」が集まり、多くのファンが「原稿が無事に戻ってきてほしい」という思いを共有するきっかけにもなっています。
冨樫先生は、桂正和先生と同じく週刊少年ジャンプで活躍してきた世代の作家でもあり、代表作を支えた生原稿が盗難・転売の対象になっている現状に、強い問題意識を持っていることがうかがえます。同業のトップクリエイターが公に声を上げたことで、この問題は漫画ファンの枠を超え、より広い層に「原稿は作者と作品史にとってどれほど重要か」を考えさせる出来事になりました。
オークションでの取引実態と「7億5000万円」という数字の意味

ネットオークション上での「電影少女」原稿の取引状況については、いくつかの報道で具体的な落札例が紹介されています。記事によると、問題の出品は主にヤフオク!で行われており、出品タイトルや写真から「電影少女」の生原稿と見られるページが多数確認されています。その中には、物語の印象的なシーンやカラー扉絵など、ファンにとって特に価値の高いページも含まれていました。
週刊誌系メディアの調査では、過去の取引履歴から「2ページ分の原稿が185万円」「第18話のカラー扉絵が180万円」など、1件あたり数十万円〜100万円超で落札されている例が報告されています。こうした高額落札は一部に限られるものの、「人気作の直筆原稿には、コレクター市場でそれだけの値がつく」という現実が改めて示される形になりました。
一方で、「被害額約7億5000万円」という数字は、あくまで一部報道が示した“試算”である点も押さえておく必要があります。これは、行方不明になっているとされる「電影少女」の生原稿約2500枚を、「原稿1枚あたり平均30万円」と見立てて計算した金額です(2500枚×30万円=7億5000万円)。実際の取引価格はページごとに大きく異なり、セリの状況や人気度によっても変動するため、この金額がそのまま公式な損害額として認定されているわけではありません。ただ、「生原稿の市場価値を金額に置き換えると、これほどの規模の被害になり得る」という目安として広く引用されています。
こうした事情から、今回の盗難は「高額なコレクターズアイテムが不正に流通した事件」であると同時に、創作物の“原本”が市場で切り売りされてしまうことへの違和感や危機感を呼び起こす出来事にもなっています。ファンの間では、「どれだけ高く売れるとしても、本来あるべき場所は作者の手元だ」という意見が多く、金額面だけでなく、文化的な損失という観点からも問題視されている状況です。
警察の対応状況と、これからの焦点
この原稿盗難をめぐっては、「警察がどう動いているのか」という点にも大きな注目が集まっています。KiLaさんの署名ページや各種報道によると、桂正和さん側はすでに所轄警察署に相談し、被害届の提出も試みていますが、2025年12月初旬の時点では「被害届の受理には至っていない」と説明されています。署名文でも「現時点では、所轄警察署での被害届の受理に至っておらず、状況が進展していない状態が続いています」と明記されており、この停滞感が署名活動の大きな動機となっています。
一方で、桂さん側の代理人弁護士は、オークションの出品アカウントに関する情報開示などを通じて、原稿の流通経路や関係者の特定を進めていると報じられています。記事によって表現は異なるものの、「刑事告訴の準備を進めている」「証拠を整理して、改めて警察に対応を求めていく」といった趣旨のコメントも紹介されており、法的手続きを見据えた動きが続いている状況です。
今後の焦点としては、まず「被害届が正式に受理され、事件としての捜査が本格的に行われるかどうか」が挙げられます。そのうえで、盗難と転売の経緯、関与した人物や業者の範囲、現在流通している原稿がどこまで回収可能なのか、といった点が明らかになるのかが注目されています。また、ネットオークションや古物商が、著名な漫画原稿やイラストなどの取り扱いに際して、どのような真贋確認・来歴確認を行うべきかという「業界全体のルール作り」も、今回の件をきっかけに議論が進む可能性があります。
現時点では、桂さん自身が前面に出て警察批判や個人名の追及をしているわけではなく、体調面への配慮からも、署名活動や弁護士を通じた形で静かに対応が進められています。読者としてこの問題を追う際も、「誰かを決めつける」というよりは、「原稿という文化的な財産がどのように守られるべきか」という点に目を向けることが、この事件の意味を考えるうえで重要になってきそうです。
漫画原稿の価値とは何か

今回の「電影少女」原稿盗難が大きな波紋を呼んでいる背景には、そもそも「漫画の生原稿」というものの価値が、ここ10〜20年で大きく変わってきた流れがあります。
まず経済的な意味で言えば、漫画・コミックの原画は、今や世界的なアート市場の一部として扱われています。海外のオリジナルコミックアート専門サイトでは、無名作品の未使用原稿なら100ドル以下から、歴史的名作の表紙や代表的シーンは1ページ10万ドル以上(日本円で数百万円〜1000万円超)に達する例もある、といった価格帯が示されています。
日本国内でも、漫画の生原稿は「出版物の元データ」ではなく「肉筆画としての美術作品」と捉え直されつつあります。集英社の「MANGA-ART HERITAGE」プロジェクトは、原画について「印刷物では再現できない迫力と質感を持つ芸術作品」と位置づけ、国内外の美術館・ギャラリーでの展示や販売を進めています。また、明治大学などの研究者も、近年では一部の漫画原画が海外オークションで数千万円規模の値が付く例が出ていることを指摘し、原画が日本のポップカルチャー資産として再評価されていると論じています。
文化的な意味でも、原稿は「その作家がどのように描き、どのように直し、どのようにページを構成してきたか」が一枚一枚に刻まれた記録です。コマの余白の書き込み、ホワイトでの修正跡、トーンの貼り直しなどは、単行本や電子版には残りません。秋田県横手市の「横手市増田まんが美術館」など、原画を体系的に収集・保存する施設も増えており、「今ある膨大な原画をどう守るか」が、日本の文化政策の一テーマにもなりつつあります。
一方で、こうした動きが出てくる以前、漫画やアメコミの原稿は「印刷用の作業物」として軽く扱われていた時代も長くありました。アメリカのジャック・カービーらの原稿は、かつては出版社の倉庫から廃棄されたり、わずかな金額で処分されたり、行方不明になったページも多かったことが資料や関係者の証言からわかっています。その「軽視の時代」と、現在の「アートとしての再評価」のギャップがあるからこそ、今回のような盗難・流出が起きたとき、金銭的損害だけでなく「歴史そのものが欠けてしまう」という重さで受け止められやすい状況になっていると言えます。
その意味で、桂正和さんの「電影少女」原稿は、単に高額で取引できる“商品”というだけでなく、80〜90年代の少年誌文化を象徴する資料であり、作者本人の創作の足跡でもあります。だからこそ、「元の持ち主のもとに戻してほしい」「正しい形で保存してほしい」という声が国内外から上がっているわけです。
海外での原稿盗難・流出例との比較
漫画原稿やコミックアートをめぐる盗難・流出は、日本だけの問題ではありません。海外でも、いくつか象徴的なケースが報じられています。
ヨーロッパでは、ベルギーの名作コミック「ブレイク&モーティマー」の原稿が大量に持ち出され、出版元のアーカイブから「本物が抜き取られ、代わりにコピーが差し替えられていた」というスキャンダルが近年大きく報じられました。後に関係者の調査で、原稿の一部がコレクター市場に流れていたことが判明し、フランス語圏のコミック界では「史上最大級の原画スキャンダル」として波紋が広がりました。
アメリカでも、個々の作家レベルでの原稿盗難は繰り返し起きています。マーベル作品で知られるジーン・コランは、2010年に強盗被害に遭い、「スター・ウォーズ」関連作や『Nathaniel Dusk』などのオリジナル原稿が盗まれたとして、ファンやコレクターに対し「市場で不審なコラン原稿を見かけたら連絡してほしい」と注意喚起が行われました。また、DC関連のアーティストのオリジナルページが、郵送途中や倉庫から盗まれ、後に「盗難作品」としてコミックアートファンサイトに注意喚起が掲載された事例もあります。
展示用に貸し出された原稿が輸送中に失われるケースもあります。アメリカの作家デニス・コーワンの原稿が、ボルチモアのGeppi’s Entertainment Museumで開催予定だった展示へ送られる途中でほとんど行方不明になり、「盗難もしくは紛失」として作品画像が公開され、「もし市場で見かけたら連絡を」という呼びかけが行われたことも報じられました。
さらに、世界的に愛される「ピーナッツ」の原画が盗まれ、FBIが「National Stolen Art File(盗難美術品データベース)」に登録し、一般から情報提供を求めたケースもあります。これは、アニメスペシャル「A Charlie Brown Christmas」に関連する原画が盗難に遭い、連邦レベルで捜査対象となったもので、漫画・アニメ関連の原画が美術品として扱われていることを象徴する出来事でした。
こうした海外事例と今回の「電影少女」原稿盗難を並べて見ると、
- 原稿やセル画が「美術品・文化財」として扱われるようになったことで、窃盗・流出が起きた際には、警察やFBI、専門機関が動くようになってきていること
- 出版社や美術館だけでなく、個人作家の自宅・アトリエ、輸送業者・倉庫など、さまざまな場所がリスクポイントになっていること
- 一度市場に流出してしまうと、コレクター同士の売買やオークションを経て行方を追うのが難しくなるため、早い段階での周知と情報提供が重要になること
といった共通点が見えてきます。
今回の桂正和さんのケースは、日本の漫画原稿が「国際的なアート・コレクションの対象になっている」という現実を、良くも悪くも多くの人に意識させる出来事と言えます。そのぶん、「どう守るか」「どう流通させるか」というルール作りや、原稿を預かる業者・施設の責任のあり方も、今後いっそう議論されていきそうです。
まとめ

桂正和さんの「電影少女」原稿盗難問題は、単なる金銭的な被害にとどまらず、漫画文化そのものに関わる深いテーマを投げかけています。引っ越し後に原稿が大量に失われ、一部がネットオークションで高額取引されていた事実は、多くのファンやクリエイターに衝撃を与えました。署名活動が短期間で大きく広がったことも、この問題が「誰の作品か」という所有権の次元を超えて、「創作物をどう守るか」という文化的課題と結びついていることを示しています。
漫画の生原稿は、作者の手の動きや修正跡が残る“唯一無二の記録”であり、印刷物では再現できない価値を持っています。海外でも原稿の盗難・流出は起きており、そのたびに出版社・美術館・警察が動いて対応してきました。つまり、原稿は世界的に見ても「貴重な文化資産」として扱われているのです。
今回の件では、原稿の行方や流通経路、そして法的な扱いが今後どのように整理されるかが重要なポイントになります。また、オークションや古物市場が著名作家の原稿を扱う際のチェック体制、作家や出版社が原稿を保管するための新しい仕組みづくりなど、再発防止の議論が進む可能性もあります。
何より、多くの読者やクリエイターが願っているのはただひとつ──
「作者の元に原稿が戻り、正しく保存されること」。
この事件をきっかけに、創作物の価値をより深く理解し、文化財としてどう守っていくべきかを考える動きが広がっていくことが期待されています。