中田敦彦がテレビに戻った理由|藤森慎吾との再共演・吉本退所・帰国の経緯

テレビを離れてYouTubeに活動の場を移し、家族とともにシンガポールへ移住。それから約5年を経て日本に戻ってきたオリエンタルラジオの中田敦彦さんが、再びテレビに出演するようになった理由を明かしました。
2026年10月13日放送のテレビ朝日系『耳の穴かっぽじって聞け!』で語ったのは、単なる仕事の方針転換ではありません。相方の藤森慎吾さんと、もう一度テレビの世界で活動したいという思いでした。
かつてテレビや芸人に批判的な発言をしていた中田さんが、なぜ再びテレビに戻ろうと思ったのでしょうか。
その背景を調べると、2026年4月の藤森さんの発言、8月のコンビ共演、さらに中田さんが一度は引退を考えていたという話まで、いくつもの出来事がつながってきます。
今回は10月13日の発言を入口に、吉本興業退所から海外移住、日本への帰国、そしてオリエンタルラジオの再始動までを時系列で振り返ります。
中田敦彦がテレビに戻った理由は「藤森慎吾ともう一度やりたい」
今回の発言で最も重要なのは、中田さんがテレビに戻った理由として、相方・藤森慎吾さんとの活動を挙げたことです。
2026年10月13日午前1時55分から放送された『耳の穴かっぽじって聞け!』には、中田さんがゲストとして出演しました。
番組のレギュラー出演者である、とろサーモンの久保田かずのぶさんが、YouTubeを中心に活動するため日本のテレビから離れたはずなのに、なぜまたテレビに出演しているのかと質問。これに対し、中田さんは自身の心境に変化があったことを認めています。
以前はテレビで自分の希望する仕事ができていないと感じており、特にMCを担当したくても実現は難しいと考えていたそうです。そこで、自分がやりたいことを自分の手で実現するため、YouTubeへ活動の中心を移しました。
ところが、YouTubeで活動を続け、年齢を重ねるうちに考え方が変わっていきます。
芸人としてあと何年活動できるのか。まだやり残していることはないのか。そう考えたとき、中田さんの頭に浮かんだのが、藤森さんと再びテレビに出演することだったといいます。
中田さんは、現在もテレビで活動を続ける藤森さんに追いつけるよう頑張りたいという思いも明かしました。出演の機会があるなら、積極的に受けたいという姿勢です。
ここで押さえておきたいのは、10月13日に新たなテレビ復帰を発表したわけではないという点です。
中田さんはすでに2026年8月から日本のテレビ番組に出演しています。今回の放送では、なぜ以前とは考え方が変わったのか、その理由を本人が詳しく説明したことがニュースになりました。
実は藤森慎吾も4月からコンビ活動への思いを語っていた
今回の話を理解するうえで見逃せないのが、相方の藤森さんも中田さんの帰国前から、コンビ活動について悩みを明かしていたことです。
4月6日放送の番組で「相方がいない」と本音
2026年4月6日放送の『MEGUMIママのいるBar』に、藤森さんとテレビプロデューサーの佐久間宣行さんが出演しました。
藤森さんが悩みとして挙げたのは、相方の中田さんが日本にいないことでした。
テレビなどで一人の仕事を続けながらも、お笑いをやりたいという思いがあり、それまで自分を先導していた中田さんがそばにいないことで、コンビとして何をすればよいのか分からなくなっていたと語っています。
この話を聞いた佐久間さんは、中田さん本人に相談してみてはどうかと提案。藤森さんも、5年間離れていた相方に直接聞いてみるというやり取りで盛り上がりました。
当時の詳しい内容は、テレビ朝日が運営するテレ朝POSTの2026年4月8日付記事で確認できます。
つまり、コンビとしてもう一度活動したいという気持ちは、10月になって突然出てきたものではありません。藤森さん自身も、かなり早い段階から今後の活動を考えていたことが分かります。
8月には佐久間宣行のラジオでコンビ共演が実現
その後、2026年8月26日深夜の『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』に、オリエンタルラジオの2人がそろってゲスト出演しました。
番組の放送時間は8月26日27時から、つまり日付が変わった27日午前3時からです。
ニッポン放送の公式発表では、佐久間さんが以前から、コンビとしての活動を大切にしてほしいと助言していたことが紹介されています。その言葉が、2人の活動再開を考えるきっかけになったという説明でした。
実際のラジオでは、藤森さんが中田さんの過去の言動や、海外に移住していた間のことについて不満をぶつける場面もありました。
決して、何も問題がなかったかのように昔の関係へ戻ったわけではありません。
むしろ、それまで別々に活動していた2人が、互いの考えをぶつけ合いながら、これから何をやっていくのか話し始めたことに意味があります。
なお、この放送は単に将来の共演を約束したものではなく、帰国後のオリエンタルラジオとして実際に実現した共演です。
中田敦彦は一度、芸能活動からの引退も考えていた
8月のラジオでは、中田さんが一度は芸能活動から引退することを考えていたという話も出ています。
リズムネタ、音楽活動、テレビ、YouTubeと、さまざまな挑戦を続けてきた中田さん。自分の中ではやり尽くしたという感覚があり、同じことを繰り返すことへの疲れも感じていたそうです。
しかし、これまでの活動を振り返ったとき、まだやっていないことがあると思い直しました。
その一つが、藤森さんとの仕事です。
中田さんは、かつて自分から提案した企画に藤森さんが乗ってこなかった理由について、そもそも相方のやりたい仕事ではなかったのかもしれないと振り返っています。
藤森さんが好きなのはテレビの仕事。それなら今度は、自分の方から藤森さんのいる世界へ歩み寄ってみようと考えたわけです。
この8月の発言と、10月13日のテレビ復帰理由はつながっています。
ただし、引退を考えたことがあるという話と、正式に引退を発表していたという話は別です。実際に引退を発表して撤回したわけではありません。
また、藤森さんが中田さんの新しい方針を全面的に受け入れ、今後のコンビ活動についてすべて合意したと断定することもできません。
なぜ中田敦彦はテレビから距離を置いたのか
現在の心境が分かったところで、そもそもなぜ中田さんがテレビから離れ、YouTubeに活動の中心を移したのかを振り返ってみます。
「武勇伝」でブレイクしたオリエンタルラジオ
オリエンタルラジオは、中田敦彦さんと藤森慎吾さんによるお笑いコンビです。
2004年に吉本興業の養成所であるNSC東京校に入り、翌2005年にはリズムネタ「武勇伝」で大ブレイクしました。
デビュー間もない時期からテレビへの出演が急増し、若手芸人としては異例ともいえるスピードで知名度を獲得します。
しかし、人気が落ち着いた後は、コンビとして活動の方向性を何度も変えてきました。
中田さんは知識を生かしたインテリキャラ、藤森さんはチャラ男キャラでそれぞれ存在感を示し、2010年代には音楽ユニット「RADIO FISH」でも活動。2016年には『PERFECT HUMAN』が大きな話題となり、NHK紅白歌合戦にも出場しています。
こうした経歴を見ると、オリエンタルラジオは同じ芸風だけで活動してきたコンビではありません。
新しい表現方法や活動場所を探しながら、何度も方向転換してきたことが特徴です。
MCをやりたいという思いとYouTubeへの転身
中田さんは2019年に『中田敦彦のYouTube大学』を開始しました。
歴史、社会、ビジネス、書籍など幅広いテーマを取り上げ、独自の解説スタイルで視聴者を集めていきます。
2026年10月13日の番組で、中田さんは当時のテレビ活動について、MCを務めたいという希望があっても、それが実現できるとは思えなかったと説明しています。
テレビの場合、番組の企画や出演者の役割は制作側との関係によって決まります。出演者本人が希望するだけで番組を始められるわけではありません。
一方、YouTubeであれば、自分でテーマを決め、構成を考え、撮影したものを公開できます。
中田さんにとってYouTubeは、単にテレビ以外で収入を得る手段だったのではなく、自分の思い描く活動を実現できる場所でもあったことが、今回の本人発言からうかがえます。
ただし、当時のテレビ局が中田さんを一方的に排除したとか、出演を拒絶していたといった事実まで確認されたわけではありません。
ここで説明しているのは、あくまで中田さん本人が2026年になって振り返った、当時の仕事に対する思いです。
吉本興業を辞めた理由はYouTubeの収益をめぐる方針の違い
テレビからYouTubeへ活動を移した中田さんにとって、大きな転換点となったのが2020年末の吉本興業退所でした。
2020年12月28日、吉本興業はオリエンタルラジオの中田さん、藤森さんとのマネジメント契約を同月31日付で終了すると発表しました。
このときの公式説明では、会社と2人がマネジメント方針について話し合いを続け、それぞれが確立した方針で活動したいという意向を尊重し、合意のうえで契約を終了したとされています。
つまり、吉本興業を離れたこと自体は事実ですが、会社を解雇された、追放されたといった説明は公式発表とは一致しません。
2026年10月に本人が語った退所の経緯
それから約6年後の2026年10月13日、中田さんは『耳の穴かっぽじって聞け!』で、退所の経緯をもう少し具体的に説明しました。
本人によると、問題になったのはYouTubeの収益をどう扱うかという点でした。
中田さんとしては、吉本興業には所属し続けながら、YouTubeの活動については自分自身で管理したいという考えがあったそうです。
一方、事務所側には、特定の所属芸人だけにそのような条件を認めることは難しいという考えがあり、折り合いがつかなかったと振り返っています。
当時は、芸能事務所に所属するタレントが自分のYouTubeチャンネルを大きく成長させた場合、その収益や運営権限をどこまで本人が管理するのかという問題が、現在ほど一般的ではありませんでした。
従来のテレビ出演や広告の仕事と違い、YouTubeではタレント自身が動画の企画・制作・公開を主導できるため、事務所との役割分担も変わってきます。
中田さんは、そうした新しい働き方を芸能事務所がどう扱うかという、初期の事例だったのではないかと振り返りました。
ただし、具体的な収益配分率、契約条件、交渉の全内容が明らかになったわけではありません。吉本興業側の詳細な交渉記録も公表されていないため、どちらか一方に問題があったと決めつけることはできません。
藤森慎吾も退所したが、コンビは解散していない
2020年末の退所では、中田さんだけでなく藤森さんも吉本興業を離れました。
当時、藤森さんは中田さんの退所を知らされた後、自分も事務所を離れるべきか悩み、最終的には相方と一緒に活動する道を選んだと説明しています。
その後、中田さんはシンガポールへ移住しますが、オリエンタルラジオが正式に解散したわけではありません。
ここは、今回のテレビ復帰を考えるうえでも重要です。
2人はコンビという関係を残したまま、それぞれの仕事を続けていました。2026年の動きは、解散したコンビの再結成ではなく、離れた場所で活動していた2人が再び一緒に仕事をするようになった、という理解が正確です。
なぜシンガポールに移住し、2026年に日本へ帰国したのか
中田さんは2021年、妻の福田萌さんや子どもたちとともにシンガポールへ移住しました。
そして2026年7月、日本へ帰国しています。
この5年間についても、移住した理由と帰国した理由を分けて考える必要があります。
移住の大きな目的は子どもたちの英語教育
2026年8月10日放送の日本テレビ系『しゃべくり007』で、中田さんは子どもたちの英語教育をシンガポール移住の理由として説明しています。
自身は大学まで進学したものの、英語を実際に話す能力については十分ではなかったという思いがあり、子どもたちには日常的に英語を使う環境で学んでほしいと考えたそうです。
さらに、YouTube中心の仕事であれば日本国内に住み続ける必要がないことも、海外移住を選べる条件の一つになっていました。
10月13日の番組では、海外へ飛び出してみたいという好奇心もあったと振り返っています。
つまり、移住の背景には子どもの教育、仕事の自由度、本人の関心といった複数の事情がありました。
2026年7月に帰国を報告した理由
2026年7月5日、福田萌さんが自身のInstagramで家族の日本帰国を報告しました。
7月5日は帰国を報告した日であり、必ずしも実際に飛行機で日本へ戻った日を意味するわけではありません。
その後、8月28日放送のフジテレビ系『ぽかぽか』に出演した中田さんは、日本へ戻った理由の一つとして、子どもたちの言語環境を挙げています。
シンガポール生活によって子どもたちの英語力は伸びたものの、日本語も学ぶ必要があり、家庭内で使う言葉にも違いが生まれていたそうです。
番組では、英語で呼ばれる遊びの名前が分からず、子どもとの会話がかみ合わなかったというエピソードも披露しました。
また、第三子が誕生したことにも触れ、今後の子どもたちの日本語教育を考えて、そろそろ日本に戻ってもよいのではないかと思ったと説明しています。
帰国については本人が家族の事情を具体的に語っているため、テレビの仕事を再開するためだけに日本へ戻ったと断定するのは不正確です。
日本に戻る理由と、テレビに再び出演したいと思った理由は、重なる部分があったとしても同じ話ではありません。
「もう二度とやりたくない」と語った5年間の意味
10月13日の『耳の穴かっぽじって聞け!』では、シンガポールで過ごした5年間についても詳しく話しています。
中田さんによると、現地では自宅の寝室にカメラを設置して動画を撮影し、家族との生活とYouTubeの制作が中心になる日々を送っていたそうです。
自分がどのような人間なのか、何ができるのかを示したいという強い思いで取り組んだ期間だったと振り返りました。
番組の予告などでは、この5年間をもう二度と経験したくないという強い表現が取り上げられています。
しかし、それはシンガポールという国での暮らしを全面的に否定したという意味ではありません。
本人が説明していたのは、自分の存在を証明しようと、強い執念でYouTubeの制作に取り組んだ5年間についてです。
この発言をもとに「海外移住が失敗した」「シンガポールが嫌になった」と解釈するのは、発言の文脈から外れています。
テレビ復帰はいつ?2026年の主な出来事を時系列で整理
ここまでの流れを時系列で並べると、テレビへの出演再開が突然決まったわけではないことが分かります。
| 時期 | 出来事 | 確認できる意味 |
|---|---|---|
| 2019年 | 『中田敦彦のYouTube大学』開始 | 活動の中心をYouTubeへ移す転換点 |
| 2020年12月 | 中田・藤森が吉本興業を退所 | コンビは解散せず、それぞれ活動を継続 |
| 2021年 | 中田が家族でシンガポールへ移住 | 海外でYouTube中心の生活を開始 |
| 2026年4月6日 | 藤森が『MEGUMIママのいるBar』に出演 | 相方不在とコンビ活動への悩みを語る |
| 7月5日 | 福田萌が家族の日本帰国を報告 | 海外を拠点とした生活に一区切り |
| 8月10日 | 『しゃべくり007』出演 | 帰国後初のテレビ出演と案内 |
| 8月26日深夜 | 『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』にコンビ出演 | コンビ共演が実現し、今後の活動を語る |
| 8月28日 | 『ぽかぽか』生出演 | 帰国理由と藤森とのテレビ活動への意欲を説明 |
| 10月13日 | 『耳の穴かっぽじって聞け!』出演 | テレビに戻った理由、過去の批判、吉本退所を振り返る |
| 10月18日 | 『サンデー・ジャポン』出演者に名を連ねる | テレビ出演を継続している状況が確認できる |
8月10日の『しゃべくり007』について、日本テレビは帰国後初のテレビ出演と説明しています。
これは、海外移住中を含めた過去5年間に一切テレビ出演がなかったという意味ではありません。
また、8月28日の『ぽかぽか』でも、藤森さんとのテレビ活動を希望する考えを明かしていました。
そのため、10月13日に初めて「テレビに戻りたい」と宣言したという説明も正確ではありません。
今回の10月13日の発言は、すでに始まっていた活動の変化について、その理由をより詳しく説明したものと位置づけることができます。
以前はテレビを批判していたのに、なぜ考えが変わったのか
中田さんのテレビ復帰が注目される理由には、過去にテレビや芸人について批判的な発言をしてきたことも関係しています。
2026年10月13日の番組でも、こうした過去の言動が話題になりました。
中田さん自身も、テレビを批判して海外へ移住しながら、帰国後に再びテレビに出ようとする自分について、批判されても仕方がないという認識を示しています。
自分を「恥知らず」と評するような厳しい言葉も使っていました。
ただし、ここで重要なのは、過去の発言をすべて撤回したとか、テレビ業界全体に正式に謝罪したという発表ではないことです。
本人が説明したのは、自分の発言や姿勢を振り返ったうえで、再びテレビに出演することへの考え方が変わったという点でした。
以前は「自分のやりたいこと」が中心だった
中田さんの説明を整理すると、かつてテレビから距離を置いた理由には、自分の希望する形で仕事ができないという不満がありました。
自分で企画を決められるYouTubeへ移ったのは、その状況を変えるための選択でもあったわけです。
しかし、独立して自分の活動を続けた結果、もう一度やってみたいと思うようになったのは、自分一人で完結する仕事ではなく、相方と一緒に出演するテレビの仕事でした。
この変化は、テレビとYouTubeのどちらが優れているかという単純な話ではありません。
以前は自分の希望する活動を実現することが大きな目標だった中田さんが、今度は誰と仕事をしたいのかという点を重視するようになった、と理解すると一連の発言がつながります。
もちろん、これは本人の発言から読み取れる変化を整理したものであり、内心のすべてを外部から判断できるわけではありません。
テレビとYouTubeを対立するものとして考えなくなった
10月13日の番組では、テレビとYouTubeの関係についても触れています。
中田さんは、テレビとYouTubeのどちらがよいのかという議論そのものが、以前とは変わってきたという趣旨の考えを示しました。
実際、現在ではテレビで活躍しながらYouTubeチャンネルを運営する芸能人もいれば、ネットで人気を獲得してからテレビに出演する人もいます。
両方の媒体を活用すること自体は、特別なことではなくなりました。
中田さんも、YouTubeを中心とする活動を経たうえで、再びテレビに出演しています。
だからといって、YouTube活動を終了してテレビへ完全に移行するという発表があったわけではありません。
今後はテレビかYouTubeかの二者択一ではなく、それぞれの活動がどのような形で続いていくかを見る必要がありそうです。
今後オリエンタルラジオのテレビ共演は増える?
気になるのは、オリエンタルラジオが今後どのような活動をしていくのかという点です。
2026年10月18日時点で確認できるのは、中田さんがテレビ出演を再開していること、藤森さんとのコンビ活動への意欲を明かしていること、そして8月には実際にラジオで共演していることです。
また、10月18日放送のTBS系『サンデー・ジャポン』でも、中田さんが出演者として公式の番組情報に掲載されています。
一方、これらの事実だけでは、今後の出演形態まですべて決まったとはいえません。
| 確認したいこと | 2026年10月18日時点の状況 |
|---|---|
| 中田敦彦のテレビ出演再開 | 確認済み。複数の番組に出演 |
| 藤森慎吾とのコンビ活動 | 再開の動きがあり、8月にはラジオで共演 |
| 今後のコンビでのテレビ出演 | 本人に意欲あり。具体的な出演予定は別途確認が必要 |
| 新しい冠番組・レギュラー番組 | 新番組決定の発表は確認できず |
| YouTube活動の終了 | 終了するという発表は確認できず |
| 吉本興業への再所属 | 再所属の発表は確認できず |
中田さんがテレビに戻りたいと考えるようになったことと、テレビ局が新しいレギュラー番組を用意することは別の話です。
また、藤森さんにもそれまで積み重ねてきた個人の活動があります。今後コンビとしてどの程度の頻度で共演するかは、双方の仕事や具体的な企画によって変わってくるでしょう。
8月のラジオでは、藤森さんが中田さんの過去の言動について率直に不満を語る場面もありました。
それでも2人がそろって番組に出演し、今後の活動について話したことは、オリエンタルラジオにとって一つの節目になっています。
中田敦彦のテレビ復帰で見えてきたこと
2026年10月13日の中田さんの発言を、単に「以前はテレビを批判していたのに戻ってきた」と捉えることもできます。
しかし、2020年の吉本興業退所から現在までを振り返ると、もう少し複雑な経緯が見えてきます。
中田さんはテレビで自分の希望する活動ができないと感じ、YouTubeへ移りました。海外移住後は、家族との生活と動画制作を中心に過ごし、独自の活動を続けてきました。
一方の藤森さんは日本でテレビ出演などを続けながら、コンビとしてお笑いをしたいという思いも抱えていました。
そして2026年、中田さんは芸人としての残りの活動時間を考えるなかで、藤森さんとの仕事をもう一度やりたいと感じるようになりました。
8月のラジオで中田さんは、かつて一度は引退を考えたことにも触れています。それでも、まだ相方とやってみたいことがあると気づいたことが、現在の活動につながっています。
テレビからYouTubeへ、そして再びテレビへ。
活動場所だけを見れば元に戻ったようにも見えますが、そこでやりたいことは以前と同じではありません。
かつては自分が中心となって何を実現できるかを考えていた中田さんが、今は藤森さんと一緒にどんな仕事ができるのかを考えている。その変化こそ、今回のテレビ復帰について本人が説明したかったことの一つなのでしょう。
もちろん、テレビに再び出演したいという気持ちが明らかになっただけで、コンビの新番組や今後の活動がすべて決まったわけではありません。
それでも、長く別々の場所で仕事をしてきた2人が、もう一度同じ番組で何かをやってみようと考え始めたことは、オリエンタルラジオの活動を振り返るうえで見逃せない出来事です。
主な確認資料
本文は2026年10月18日時点で確認できた放送局の公式情報、番組制作側の発表、本人の発言を記録した報道をもとに構成しています。テレビ出演への意欲と、今後の具体的な出演予定は区別しています。
- テレビ朝日|『耳の穴かっぽじって聞け!』2026年10月13日放送内容
- ENCOUNT|中田敦彦が明かしたテレビ復帰の理由(2026年10月13日)
- ENCOUNT|吉本興業退所の経緯についての本人発言(2026年10月13日)
- テレ朝POST|藤森慎吾が語った相方不在の悩み(2026年4月8日)
- ニッポン放送|オリエンタルラジオのラジオ共演についての公式発表(2026年8月13日)
- マイナビニュース|ラジオで語った引退への思いと藤森慎吾との活動(2026年9月1日)
- 日本テレビ|『しゃべくり007』2026年8月10日放送内容
- テレビ西日本|『ぽかぽか』2026年8月28日放送情報
- 日刊スポーツ|中田敦彦が語った帰国理由(2026年8月28日)
- スポニチ|吉本興業による2020年12月28日の契約終了発表
- TBSテレビ|『サンデー・ジャポン』2026年10月18日放送情報