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東映アニメーション70周年|白蛇伝からドラゴンボールまで歴史と代表作を振り返る

『ドラゴンボール』『ONE PIECE』『プリキュア』など、世代を超えて親しまれるアニメを生み出してきた東映アニメーションが、2026年7月31日に創立70周年を迎えました。

その歴史は、1956年に「東映動画株式会社」として誕生したところから始まります。

1958年には国産初の長編カラーアニメーション映画『白蛇伝』を完成させ、1963年には初のテレビシリーズ『狼少年ケン』を放送。その後も、映画、テレビ、玩具、ゲーム、動画配信、イベントへと活動の場を広げてきました。

2026年3月31日までに制作された作品は、テレビアニメ247作品、劇場アニメ278作品に達しています。

この70年間は、一つの制作会社の歩みにとどまりません。

映画館でアニメーションを見る時代から、家庭のテレビで毎週楽しむ時代、キャラクター商品やゲームへ世界が広がる時代、そして日本と海外の視聴者が配信を通じて新作を共有する現在まで、日本のアニメ文化がどのように発展してきたのかを映し出す歴史でもあります。

この記事では、東映動画の創立から現在までを年代順にたどりながら、各時代を代表する作品と、東映アニメーションが日本のアニメ界へもたらした変化を振り返ります。

目次
  1. 東映アニメーションが創立70周年
  2. 東映アニメーションの前身は1948年設立の日本動画
  3. 白蛇伝から始まった劇場長編アニメの歴史
  4. 1960年代|劇場アニメからテレビシリーズへ
  5. 1970年代|マジンガーZが変えたアニメと玩具の関係
  6. 1970年代に現在へ続く仕組みが整った
  7. 1980年代|少年漫画アニメが築いた新たな黄金期
  8. ドラゴンボールが東映動画を代表する世界的シリーズへ
  9. 1980年代に少年漫画アニメの制作力が確立
  10. 1990年代|少女・スポーツ・デジタル世界へ広がる
  11. 美少女戦士セーラームーンが戦う少女を世界へ
  12. SLAM DUNKが現実的なスポーツの熱気を伝える
  13. 少女向け作品が恋愛・家族・将来へ広がる
  14. 制作工程のデジタル化が始まる
  15. デジモンアドベンチャーが人間とデジタル生命体を結ぶ
  16. おジャ魔女どれみが子どもの日常を丁寧に描く
  17. 東映動画から東映アニメーションへ社名変更
  18. 2000年代|ONE PIECE・デジモン・プリキュアが長期シリーズへ
  19. ONE PIECEが長期冒険アニメの中心へ
  20. デジモンは世界観を変えながら挑戦を続ける
  21. ふたりはプリキュアが新しい少女ヒーローを生む
  22. 制作のデジタル化と海外拠点の整備
  23. 2000年代に複数の継続モデルが完成
  24. 2010年代|過去の代表作が現役シリーズとして復活
  25. ドラゴンボールが映画から本格的に再始動
  26. 原点回帰と成長後の物語で名作を受け継ぐ
  27. ONE PIECEの映画が世界的なイベントへ成長
  28. 配信・ゲーム・施設が作品との接点を広げる
  29. 2010年代は歴史を未来の作品へ変えた時代
  30. 2020年代|劇場アニメと新しい映像表現が飛躍
  31. 2022年に大型劇場アニメ3作品が公開
  32. 長期シリーズの空白や成長後を新たな作品に
  33. ガールズバンドクライで新たなオリジナル作品を育成
  34. ドラゴンボールDAIMAが40周年に新たな冒険を描く
  35. 70周年後も続く新たな制作体制
  36. 東映アニメーションが70年間続いた理由
  37. VISION2030で目指す次の東映アニメーション
  38. まとめ|東映アニメーションの70年は変化を続けた歴史

東映アニメーションが創立70周年

東映アニメーションは2026年7月31日、創立70周年を迎えました。

創立日は、東映が日動映画株式会社を買収し、東映動画株式会社へ商号を変更した1956年7月31日です。

1998年に現在の「東映アニメーション株式会社」へ社名を変更しましたが、7月31日は会社の原点となる日として受け継がれています。

70周年のキャッチフレーズは「アニメに愛を、世界に夢を。」

創立70周年を記念して掲げられたキャッチフレーズは、

「アニメに愛を、世界に夢を。」

です。

これまで作品を支えてきた人々への感謝と歴史への誇りを持ちながら、新しい挑戦を続け、アニメーションの楽しさを世界へ広げていくという思いが込められています。

長い歴史を懐かしむだけではなく、その蓄積を次の作品や世界展開へつなげようとする東映アニメーションの姿勢を表した言葉といえるでしょう。

7月31日が「東映アニメーションの日」に認定

創立日の7月31日は、日本記念日協会から「東映アニメーションの日」として正式に認定されました。

毎年7月31日に作品との思い出を振り返り、SNSなどを通じてアニメーション文化全体を盛り上げていくことを目的としています。

特定の作品やキャラクターではなく、制作会社の創立日そのものが記念日になった点も、70年間にわたって幅広い世代へ作品を届けてきた歴史を象徴しています。

記念映像や特設サイトも公開

70周年当日には、記念スペシャルムービーと特設サイトが公開されました。

スペシャルムービーには、これまで制作されてきた作品への敬意と感謝、未来へアニメーションの楽しさを届けていく思いが込められています。

大泉学園の東映アニメーションミュージアムには、記念広告、フォトスポット、ARフォトフレームが登場。本社のある中野でも、70年間に手がけた作品を紹介する展示が行われています。

公式発表では、これらは70周年施策の一部とされており、今後も特設サイトなどを通じて新たな企画が発表される予定です。

国立映画アーカイブで約50作品を上映

70周年企画の一つとして、国立映画アーカイブでは2026年7月21日から9月6日まで、上映企画「フィルムでみよう!東映アニメーション」が開催されています。

『白蛇伝』『太陽の王子 ホルスの大冒険』『長靴をはいた猫』『銀河鉄道999』『キン肉マン』など、約50作品をフィルムで上映する大規模な特集です。

劇場作品だけでなくテレビアニメもフィルムで上映され、デジタル配信では味わえない公開当時に近い映像体験を通じて、同社の歩みを振り返る内容になっています。

東映アニメーションの前身は1948年設立の日本動画

東映アニメーションの創立は1956年ですが、法人としての源流はさらに前へさかのぼります。

1948年1月、東京都新宿区原町に「日本動画株式会社」が設立され、アニメーション制作を開始しました。

1952年には日動映画株式会社へ商号を変更。1956年7月に東映が同社を買収し、東映動画株式会社が誕生します。

現在の会社概要に、

  • 設立:1948年1月23日
  • 創立:1956年7月31日

という二つの日付が記載されているのは、この経緯によるものです。法人としての始まりと、東映グループのアニメーション会社として出発した日を区別しています。

日本にも大規模なアニメーションスタジオを

1950年代の日本でもアニメーション作品は制作されていましたが、劇場で上映される短編が中心でした。

長編作品を継続的に作るには、多数の制作者を集め、作画、背景、彩色、撮影、音響などの工程を組織的に進める環境が必要です。

東映動画は、日本にも本格的な長編アニメーションを制作できるスタジオを築き、作品を国内だけでなく海外へ届けることを目指しました。

東映動画の発足は、アニメーションを個別の作品づくりから、継続的な産業へ発展させようとする挑戦の始まりだったのです。

1957年に練馬区東大泉へ移転

1957年1月、東映動画は制作拠点を東京都練馬区東大泉へ移しました。

東映の撮影所に隣接する場所へスタジオを構え、長編アニメーションを制作するための設備と人員を整えていきます。

現在、練馬区は多くのアニメ制作会社が集まる地域として知られています。東映動画が東大泉に拠点を置いたことは、同社だけでなく、練馬区が日本のアニメ産業を代表する地域へ発展するうえでも重要な出来事でした。

白蛇伝から始まった劇場長編アニメの歴史

最初に完成させた作品は『こねこのらくがき』

東映動画が最初に完成させた作品は、1957年5月の短編アニメーション『こねこのらくがき』です。

いきなり長編映画だけへ取り組んだのではなく、短編制作を通じて、作画、背景、彩色、撮影といった工程を確認し、新たに集まったスタッフへ技術を伝えていきました。

作品を作りながら人材を育て、次の作品へ経験を受け継ぐ。

この制作体制が、翌年に完成する本格的な長編映画の土台になります。

国産初の長編カラーアニメーション映画『白蛇伝』

1958年10月22日、『白蛇伝』が劇場公開されました。

中国に伝わる説話をもとに、白蛇の精・白娘と青年・許仙の恋を描いた作品です。

『白蛇伝』以前にも日本では長編アニメーションが制作されていました。そのため「日本初の長編アニメ映画」と表現するのは正確ではありません。

歴史的に重要なのは、日本人の手によって作られた国産初の長編カラーアニメーション映画だったことです。

作品制作と人材育成を同時に進めた

当時の日本には、長編アニメーション制作の経験を持つスタッフが十分にそろっていたわけではありません。

経験豊富な制作者を中心に、多くの若いスタッフが実際の制作へ参加し、絵を動かす技術や大規模な制作工程を学んでいきました。

この環境から、後に日本のアニメーション界を支える制作者が育っていきます。

『白蛇伝』が残したものは一本の映画だけではありません。

大勢のスタッフが同じスタジオで長編作品を作り、技術を次の世代へ伝える仕組みを形にしたことが、日本のアニメ産業にとって大きな意味を持ちました。

日本のアニメを海外へ届ける出発点

東映動画は設立当初から、作品を海外へ届けることも意識していました。

『白蛇伝』に東アジアで広く知られる中国の説話を採用した背景にも、国外の観客を視野に入れた方針がありました。

作品は後に海外でも公開され、2019年には4Kデジタルリマスター版がカンヌ国際映画祭のカンヌ・クラシック部門で上映されています。

公開から半世紀以上が経過しても、『白蛇伝』は東映アニメーションの原点であり、日本アニメ史を語るうえで欠かせない作品として評価され続けています。

1960年代|劇場アニメからテレビシリーズへ

長編映画の制作会社として出発した東映動画に、大きな転換をもたらしたのがテレビの普及です。

映画館へ足を運んだ日に見るアニメーションから、家庭で毎週同じ登場人物と出会うテレビアニメへ。

東映動画は、作品を届ける方法だけでなく、制作体制そのものを変える必要に迫られました。

狼少年ケンでテレビアニメへ進出

1963年11月25日、東映動画初のテレビシリーズ『狼少年ケン』が放送を開始しました。

原作漫画をアニメ化した作品ではなく、テレビ向けに企画されたオリジナル作品です。東映アニメーションの公式解説では、同社初のテレビアニメであるとともに、原作漫画を持たない国産オリジナルテレビアニメの先駆けとして紹介されています。

劇場映画では、一本の作品へ長い制作期間をかけられます。

一方、テレビシリーズは約30分の新作を毎週放送しなければなりません。複数の話数について、脚本、絵コンテ、作画、背景、撮影、音響を同時に進める必要があります。

『狼少年ケン』は、東映動画が毎週アニメを作り続ける方法を学び、テレビ時代へ対応するための出発点になりました。

魔法使いサリーが少女向けアニメを開拓

1966年12月には『魔法使いサリー』が始まりました。

魔法の国から人間界へ来た少女・サリーが、学校や友人との生活を通じて成長していく作品です。

東映アニメーションは同作を、日本初の少女向けテレビアニメと位置づけています。少年の冒険や戦いが中心だった時代に、少女の日常、友情、魔法を物語の中心へ置き、新しい視聴者層を開拓しました。

第18話からはカラー制作へ移行。

一つのシリーズの中で白黒からカラーへ変化したことも、テレビとアニメーションの技術が大きく変わり始めた時代を表しています。

『魔法使いサリー』が作った流れは、『ひみつのアッコちゃん』へ受け継がれ、後の魔女っ子アニメや魔法少女アニメの重要な源流になりました。

妖怪・SF・スポーツへジャンルが拡大

テレビシリーズの制作体制が整うと、東映動画は作品ジャンルを急速に広げていきます。

1968年には『ゲゲゲの鬼太郎』と『サイボーグ009』、1969年には『ひみつのアッコちゃん』『タイガーマスク』が始まりました。

妖怪、科学、魔法、スポーツという異なる題材を扱い、少年、少女、家族へ向けて複数の作品を同時に届ける制作会社へ成長していきます。

なかでも『ゲゲゲの鬼太郎』は、その後も時代に合わせて繰り返し映像化されました。

同じ登場人物を受け継ぎながら、その時代の社会や視聴者へ向けて新しく作り直すという、現在まで続く東映アニメーションの特徴が早くも表れています。

劇場アニメでも表現への挑戦を継続

テレビアニメが事業の大きな柱へ成長した後も、劇場作品の制作が終わったわけではありません。

1968年には、高畑勲さんが演出を担当した『太陽の王子 ホルスの大冒険』が公開されました。

公開当時の興行は厳しい結果でしたが、後年になるほど評価が高まり、人物の心理や集団の関係を深く描いた作品として、日本のアニメーション映画史に残っています。

毎週放送を続けるテレビシリーズで制作体制を磨き、劇場作品では時間をかけて新しい表現へ挑戦する。

テレビと映画の両方を手がける現在の東映アニメーションの形は、1960年代に整い始めました。

1970年代|マジンガーZが変えたアニメと玩具の関係

1970年代に入ると、東映動画は巨大ロボット、変身ヒーロー、合体メカ、宇宙SFなど、キャラクター性の強い作品を次々と制作します。

アニメを見るだけでなく、主題歌を歌い、玩具で必殺技や合体を再現し、映画館でヒーローの共演を楽しむ。

現在へ続くメディア展開の形が、本格的に整った時代です。

デビルマンが孤独な変身ヒーローを描く

1972年7月に始まった『デビルマン』では、デーモン族でありながら、人間の少女・牧村美樹を守るために同族と戦う主人公が描かれました。

テレビアニメ版は、同時期に連載された漫画版とは異なる物語として展開されています。

人間社会にもデーモン族にも完全には属せず、守りたい相手のために孤独な戦いを続ける。

正義の主人公でありながら異形の存在でもあるという複雑なヒーロー像は、その後のアニメや特撮作品にもつながる魅力を持っていました。

マジンガーZが「ロボットへ乗る夢」を広げた

1972年12月3日には『マジンガーZ』が放送を開始しました。

兜甲児が小型機ホバーパイルダーで巨大ロボットの頭部へ乗り込み、自ら操縦して機械獣と戦います。

主人公がロボットへ乗り込み、自分の意思で動かす。

この分かりやすい構造によって、視聴者は巨大ロボットを遠くから眺めるだけでなく、自分が操縦席へ座る姿を想像できるようになりました。

ジェットスクランダーなどの装備が加わり、主人公の成長とともにロボットも強化されていく構成は、長期テレビシリーズとの相性にも優れていました。

超合金のヒットで版権事業が拡大

『マジンガーZ』の人気を支えたのは、テレビ放送だけではありません。

劇中の金属「超合金Z」に由来する玩具「超合金 マジンガーZ」が発売され、重量感のある本体やロケットパンチを再現できる商品として人気を集めました。

アニメで見たロボットの動きや必殺技を、手元の玩具で再現する。

作品と商品が互いの魅力を高める仕組みは、東映動画の版権事業を大きく成長させる契機になりました。

アニメを放送して終えるのではなく、キャラクターや世界観を長期的に育てる事業モデルが、この時代に強固なものになっていきます。

ゲッターロボが合体とチーム戦を発展

1974年の『ゲッターロボ』では、3人の操縦者がそれぞれのメカへ乗り込み、合体する順番によって性質の異なるロボットへ変化しました。

一人の主人公が万能ロボットを動かすのではなく、複数の人物が役割を分担し、力を合わせなければ能力を発揮できません。

この設定によって、機体の性能だけでなく、操縦者同士の友情、対立、信頼も物語の中心になります。

複数のメカを組み合わせる遊びは玩具との相性もよく、合体ロボットというジャンルを広げる重要な作品になりました。

キューティーハニーが戦う変身ヒロインを提示

1973年に始まった『キューティーハニー』は、如月ハニーがさまざまな姿へ変身し、犯罪組織と戦う作品です。

『魔法使いサリー』や『ひみつのアッコちゃん』が、魔法と日常生活を組み合わせた少女向け作品だったのに対し、『キューティーハニー』は、自ら敵へ立ち向かう変身ヒロインを前面に出しました。

華やかな変身と本格的なアクションを一つにしたことで、少女が変身する作品の可能性を別の方向へ広げています。

その要素は、後の『美少女戦士セーラームーン』や『プリキュア』にも通じる、東映アニメーションの大きな流れの一つです。

一休さんから銀河鉄道999まで幅広く制作

1970年代の東映動画は、ロボットや変身ヒーローだけを作っていたわけではありません。

1975年に始まった『一休さん』は、とんちと人情を中心に描き、約7年間続く長寿作品となりました。

1978年には『宇宙海賊キャプテンハーロック』と『銀河鉄道999』が放送開始。

信念を貫くハーロックや、星々を旅しながら命と人間らしさを考える星野鉄郎の物語は、子どもだけでなく大人や若者も引きつけました。

1979年に公開された劇場版『銀河鉄道999』は、テレビアニメの人気を映画館へつなぎ、当時のアニメブームを象徴する作品の一つになります。

海外販売とクロスオーバー映画も本格化

東映動画は1975年からテレビシリーズの海外販売を開始しました。

『UFOロボ グレンダイザー』や『キャンディ・キャンディ』は、1970年代後半にヨーロッパで大きな人気を獲得。その後の世界展開へつながる道を開きました。

劇場作品では、『マジンガーZ対デビルマン』をはじめ、異なるテレビ作品のヒーローが同じ映画へ登場する企画も展開されます。

普段は出会わない人気キャラクターが映画館へ集まる特別感は、後の周年映画やオールスター作品にも受け継がれていきました。

1970年代に現在へ続く仕組みが整った

1970年代の東映動画では、テレビ、映画、漫画、主題歌、玩具、海外販売が強く結びつきました。

作品を見てキャラクターを好きになり、玩具で場面を再現し、映画館で特別な共演を楽しむ。

放送終了後も、商品や再放送、海外展開を通じて作品との接点が残るようになります。

一方で、ロボット、変身ヒロイン、歴史、宇宙SFなど、特定の流行だけに依存せず、異なるジャンルを同時に育てました。

作品を多方面へ展開する事業力と、幅広いジャンルを制作できるスタジオの力。

この二つが、東映動画を長期的に支える基盤になります。

そして1980年代には、『Dr.スランプ アラレちゃん』『キン肉マン』『北斗の拳』『ドラゴンボール』『聖闘士星矢』が登場。

人気少年漫画とテレビアニメが結びつき、東映動画は新たな黄金期へ進んでいきます。

1980年代|少年漫画アニメが築いた新たな黄金期

1970年代の東映動画は、ロボット、変身ヒーロー、宇宙SFなど、多彩なジャンルをテレビ、映画、玩具へ広げました。

1980年代に入ると、その経験が人気漫画のテレビアニメ化で大きく生かされます。

『週刊少年ジャンプ』を中心とする作品が次々に映像化され、原作漫画、テレビアニメ、劇場版、主題歌、玩具、ゲームが連動。放送翌日に学校で物語や必殺技が話題になるような、子どもたちの日常と密接に結びついた作品が生まれました。

同じ少年漫画原作でも、ギャグ、超人プロレス、世紀末アクション、冒険、神話など、それぞれ異なる魅力を引き出したことが、1980年代の東映動画を象徴しています。

Dr.スランプ アラレちゃんが明るいギャグアニメを定着

1981年4月8日、鳥山明さんの漫画を原作とする『Dr.スランプ アラレちゃん』が放送を開始しました。

少女型アンドロイド・則巻アラレと、ペンギン村の個性的な住人たちが騒動を巻き起こすギャグアニメです。

巨大な敵を倒すことや、壮大な目的地へ向かうことではなく、キャラクターの会話、発明品、言葉遊び、予想できない展開によって毎週視聴者を楽しませました。

丸い眼鏡と帽子を身につけたアラレの姿や、「んちゃ」「バイちゃ」といった言葉も広く親しまれ、作品を見ていない層にも知られる国民的なキャラクターへ成長します。

テレビシリーズは1986年2月まで約5年間続きました。戦いや冒険に限らず、ギャグとキャラクターの魅力だけでも長期シリーズを成立させられることを示した作品です。

また、鳥山明さんが描く機械、乗り物、丸みのある人物をアニメで表現した経験は、後に始まる『ドラゴンボール』へも受け継がれました。

『Dr.スランプ アラレちゃん』は、鳥山明作品と東映動画の長い関係を築いた出発点でもあります。

キン肉マンが友情と超人バトルを社会現象へ

1983年4月には、ゆでたまごの漫画を原作とする『キン肉マン』が始まりました。

物語の初期では失敗の多いギャグヒーローだったキン肉マンが、超人オリンピックや強敵との戦いを経て、仲間から信頼される存在へ成長していきます。

テリーマン、ロビンマスク、ラーメンマンなど、敵味方を問わず個性的な超人が次々と登場。それぞれに必殺技、信念、過去が与えられたことで、主人公以外にも応援したくなる人物が生まれました。

笑いから始まりながら、友情、逆転、自己犠牲を描く熱い格闘作品へ発展したことが大きな特徴です。

東映アニメーションは『キン肉マン』について、『週刊少年ジャンプ』と東映動画によるアクション作品の本格的な協力関係を築いた作品として紹介しています。

多数の超人を小型人形にした商品も人気を集め、集める、交換する、戦わせるという遊びが子どもたちの間へ広がりました。

作品へ登場する人物の多さが、物語の幅だけでなく、商品展開の幅にも直結する。

『キン肉マン』は、キャラクターを集める楽しさと少年漫画の物語を強く結びつけた作品でした。

北斗の拳が少年アニメの世界観を広げた

1984年10月には、武論尊さん原作・原哲夫さん作画の漫画をアニメ化した『北斗の拳』が放送を開始しました。

文明が崩壊した世界、筋肉質な人物、拳法を使った激しい戦いなど、それまでの子ども向けテレビアニメとは異なる重厚な雰囲気を持った作品です。

しかし、作品の中心にあるのは戦いの激しさだけではありません。

ケンシロウとユリアの愛、ラオウやトキとの宿命、強敵同士の敬意、弱い人々を守ろうとする人物たちの思いが、物語へ深みを与えました。

敵として登場した人物にも信念や悲しい過去があり、勝敗が決した後に感情が残る。

この構成によって、少年向けアニメでありながら、より大人びた世界観と人間ドラマを描くことが可能になりました。

独特の台詞、必殺技、決着までの間を生かした演出も広く知られ、後のアニメ、ゲーム、広告などで繰り返し引用される作品となっています。

『北斗の拳』は、東映動画の少年漫画アニメが扱える題材と視聴者層を大きく広げました。

ドラゴンボールが東映動画を代表する世界的シリーズへ

冒険と笑いから始まった孫悟空の物語

『Dr.スランプ アラレちゃん』の終了翌週となる1986年2月、同じ放送枠で『ドラゴンボール』が始まりました。

山奥で暮らしていた孫悟空がブルマと出会い、7つそろえると願いがかなうドラゴンボールを探して旅に出る物語です。

初期は未知の土地を進む冒険と笑いを中心に、仲間との出会い、亀仙人のもとでの修業、天下一武道会などを描きました。

悟空は旅と戦いを繰り返しながら子どもから青年へ成長し、物語も冒険から本格的なバトルへ少しずつ変化していきます。

最初から一つの型を決めるのではなく、主人公の成長に合わせて作品の規模と魅力を変えていったことが、長期シリーズへ発展する大きな力になりました。テレビシリーズは1989年4月まで全153話が放送されています。

ドラゴンボールZで物語が宇宙規模へ

1989年4月には、前作の終了から間を置かず『ドラゴンボールZ』が始まりました。

少年だった悟空は父親となり、物語の舞台は地球から宇宙へ拡大。悟飯、ベジータ、ピッコロなど、悟空以外の人物にも長期的な成長と変化が与えられます。

強い敵に敗れ、修業によって成長し、新たな力を得て再び挑む。

この構造は、その後の少年バトル作品へ大きな影響を与えました。

一方で、かつての敵が仲間になり、自分以外の誰かを守るために戦うようになる変化も、長期シリーズならではの魅力です。

テレビシリーズ、劇場版、玩具、カード、家庭用ゲームなどが継続的に展開され、作品との接点は放送時間の外へ広がっていきました。

東映アニメーションの公式解説でも、『ドラゴンボールZ』が世界へ与えた影響は非常に大きいと紹介されています。

『ドラゴンボール』は、東映動画の一時代を支えただけでなく、数十年後も新作が作られる世界的な作品群へ成長しました。

聖闘士星矢が神話と美しいキャラクターを融合

『ドラゴンボール』と同じ1986年には、車田正美さんの漫画を原作とする『聖闘士星矢』も放送を開始しました。

星座の力を宿す聖衣をまとった少年たちが、女神アテナを守るために戦う物語です。

ギリシャ神話、星座、必殺技、強敵が待つ神殿という要素を組み合わせ、独自の世界観を築きました。

聖衣は人物が身につける防具であると同時に、星座を象徴する形へ組み替えられる設定を持っています。

この構造は商品としても再現され、装着させる楽しさと、星座の形へ組み直す楽しさを両立しました。

さらに、荒木伸吾さんと姫野美智さんによる華やかで美しいキャラクター表現は、少年だけでなく少女層からも支持を集めます。

東映アニメーションも、神話と星座を取り入れた設定や聖衣が、少年少女の心をつかんだ作品として紹介しています。

戦いの強さだけでなく、人物の美しさ、関係性、宿命を楽しむ視聴者が増えたことで、少年漫画アニメのファン層はさらに広がりました。

1980年代に少年漫画アニメの制作力が確立

1980年代の東映動画では、人気漫画を映像化することが会社を支える大きな柱へ成長しました。

しかし、原作の絵をそのまま動かすだけでは、毎週放送されるテレビアニメとして成立しません。

漫画の物語を放送時間へ合わせ、声、動き、色彩、音楽を加え、次の回を見たくなる場面で終える。

原作の連載へ追いつかないよう、アニメ独自の人物や物語を加えることもありました。

また、同じ少年漫画原作でも、

『Dr.スランプ アラレちゃん』ではギャグとキャラクター、

『キン肉マン』では友情と多彩な超人、

『北斗の拳』では重厚な世界と人間ドラマ、

『ドラゴンボール』では冒険と成長、

『聖闘士星矢』では神話と美しい人物表現、

という異なる強みが引き出されています。

一つの成功作を模倣するのではなく、原作ごとに最適な見せ方を探したことが重要です。

漫画、テレビ、映画、音楽、商品、ゲームを結びつける総合的な展開は、1980年代の少年漫画アニメによって大きく成長しました。

1990年代|少女・スポーツ・デジタル世界へ広がる

1990年代に入っても、『ドラゴンボールZ』をはじめとする少年漫画アニメの人気は続きました。

一方で、東映動画を代表する作品は少年バトルだけではなくなっていきます。

少女たちがチームで戦う『美少女戦士セーラームーン』、現実の競技へ向き合う高校生を描いた『SLAM DUNK』、人間とデジタル生命体の冒険を描いた『デジモンアドベンチャー』が登場。

恋愛、学校生活、将来への夢を扱う少女向け作品も増えました。

さらに制作現場ではデジタル技術の導入が進み、1998年には社名が東映動画から東映アニメーションへ変わります。

1990年代は、作品の対象、制作技術、会社の名前が現在の姿へ近づいた転換期でした。

美少女戦士セーラームーンが戦う少女を世界へ

普通の少女たちがチームで立ち向かう

1992年3月7日、『美少女戦士セーラームーン』の放送が始まりました。

主人公の月野うさぎは、失敗や遅刻を繰り返す普通の中学生です。

その少女がセーラームーンへ変身し、仲間となるセーラー戦士と力を合わせて敵へ立ち向かいます。

東映動画は以前から、魔法や変身を題材とする少女向け作品を制作してきました。

『美少女戦士セーラームーン』では、華やかな変身、恋愛、学校生活に加え、複数の少女が役割を分担して戦うチームヒーローの要素が強く打ち出されています。

東映アニメーションは同作を、普通の少女が変身して戦う「美少女バトルアニメ」というジャンルを確立した記念碑的な作品と位置づけています。

毎年新しい物語を加えて5年間継続

最初のシリーズ終了後も、物語は『R』『S』『SuperS』『セーラースターズ』へ引き継がれました。

主人公と基本的な世界観を残しながら、新しい仲間、敵、変身、アイテムを加えることで、毎年新鮮な展開を届けています。

特定の一人だけを中心にせず、それぞれ異なる性格や力を持つ戦士をそろえたことで、視聴者が自分に近い人物や憧れる人物を見つけられる作品になりました。

変身アイテムやアクセサリーの商品展開も、物語の中で見た力を実際に体験する入口として機能します。

テレビシリーズは1992年から1997年まで5年間続き、日本国外でも広く展開されました。

少女が自ら戦い、友情によって強くなる物語を世界へ広げたことが、『美少女戦士セーラームーン』の大きな功績です。

SLAM DUNKが現実的なスポーツの熱気を伝える

1993年10月には、井上雄彦さんの漫画を原作とする『SLAM DUNK』が放送を開始しました。

主人公の桜木花道は、バスケットボールの経験を持たない初心者です。

身体能力には恵まれているものの、ルールも基礎技術も知らない花道が、練習、失敗、試合を通じて競技へ本気になっていきます。

初心者を主人公にしたことで、視聴者も花道と一緒にバスケットボールのルールや技術を学ぶことができました。

試合では、特別な必殺技だけで勝敗が決まるのではありません。

選手ごとの体力、得意なプレー、守備、リバウンド、心理状態が試合の流れを変えます。

赤木剛憲、流川楓、宮城リョータ、三井寿らが、それぞれ異なる事情を抱えながら湘北高校へ集まり、一つのチームになっていく過程も丁寧に描かれました。

競技の現実感と、少年漫画らしい成長や友情を両立したことが、作品を長く支持されるものにしています。

また、オープニングやエンディングに使用された楽曲も広く親しまれ、音楽が作品の青春感や人物の感情を強く印象づけました。

『SLAM DUNK』は、東映動画が少年バトル以外の分野でも、若い世代の熱気と成長を描けることを示した作品です。

少女向け作品が恋愛・家族・将来へ広がる

『美少女戦士セーラームーン』が変身と戦いを中心に人気を集める一方、1990年代の東映動画は、少女の日常や恋愛を正面から描く作品も制作しました。

『ママレード・ボーイ』では複雑な家族関係と恋愛を連続ドラマのように描き、『ご近所物語』では服飾デザイナーを目指す若者たちの夢、友情、進路を扱いました。

日常の悩みや人間関係は、一話の中で完全に解決するとは限りません。

感情の変化やすれ違いを次回へ持ち越す構成は、毎週続くテレビシリーズとの相性に優れていました。

少女向けアニメの題材は、魔法や変身だけでなく、家族、恋愛、学校、仕事、将来の夢へ広がっていきます。

同じ少女向け作品でも、年齢や関心の異なる視聴者へ対応できるようになったことが、1990年代の東映動画の強みでした。

制作工程のデジタル化が始まる

1990年代後半には、アニメーションの制作方法にも大きな変化が起こりました。

東映動画は1997年、CG映像制作ソフト「RETAS」を活用し、テレビシリーズのデジタル化を開始しています。

それまでのアニメ制作では、紙に描いた絵をセルへ写し、手作業で色を塗り、撮影する工程が中心でした。

コンピューターを活用することで、彩色、撮影、素材の管理や修正を効率化できるようになります。

最初からすべての工程がデジタルへ変わったわけではありません。

紙と鉛筆による作画を残しながら、仕上げや撮影から少しずつ技術を導入し、従来の表現と新しい制作環境を組み合わせていきました。

作品の見た目だけでなく、複数のスタッフや制作会社が協力して映像を完成させる仕組みそのものが、次の時代へ向けて変わり始めたのです。

デジモンアドベンチャーが人間とデジタル生命体を結ぶ

1999年3月、『デジモンアドベンチャー』の放送が始まりました。

もとになったのは、1997年に発売された携帯液晶ゲーム「デジタルモンスター」です。

育てる、進化する、戦うという商品の仕組みを生かしながら、テレビアニメではほぼ完全なオリジナルストーリーが作られました。

八神太一たち子どもと、それぞれのパートナーデジモンが異世界を旅し、危機へ立ち向かいます。

デジモンの進化は単なる能力の上昇ではありません。

子どもたちが恐怖、嫉妬、家庭の問題、自信のなさと向き合い、勇気や友情を示したときに起こる心の変化として描かれました。

そのため、商品から始まった作品でありながら、人間とパートナーの信頼、成長、別れを描く物語として強い支持を集めます。

『デジモンアドベンチャー』は、商品に存在した遊びの仕組みを、人物の感情と成長を伝える物語へ変えた作品でした。

おジャ魔女どれみが子どもの日常を丁寧に描く

『デジモンアドベンチャー』と同じ1999年には、オリジナルアニメ『おジャ魔女どれみ』も始まりました。

春風どれみたちは魔女見習いになりますが、物語の中心は悪との戦いではありません。

友達との関係、家族、転校、学校生活、失敗への後悔など、子どもたちが日常で直面する問題を一話ずつ丁寧に描きました。

魔法は何でも簡単に解決する道具ではなく、人物が相手の気持ちを考え、自分自身で行動するきっかけとして使われます。

シリーズは続編へ引き継がれ、登場人物も視聴者と同じように進級。最後には小学校卒業という節目を迎えました。

毎年設定を最初から作り直すのではなく、過去の経験と人間関係を積み重ねていく。

『おジャ魔女どれみ』は、少女向けアニメに生活と心の成長という大きな柱を加えました。

東映動画から東映アニメーションへ社名変更

1998年10月、東映動画株式会社は、現在の「東映アニメーション株式会社」へ商号を変更しました。

1956年から使われてきた名称を改め、海外でもアニメーション企業であることを伝えやすい社名へ移行します。

名前は変わりましたが、過去の作品や制作方針を手放したわけではありません。

劇場用長編から始まり、テレビ、商品、海外販売へ広げてきた事業を受け継ぎながら、デジタル制作と世界展開へ対応していくための転換でした。

そして1999年10月には、尾田栄一郎さんの漫画を原作とする『ONE PIECE』が放送を開始します。

創立から半世紀を迎えようとしていた会社が、次の時代を長く支える新たな冒険作品と出会ったのです。

2000年代|ONE PIECE・デジモン・プリキュアが長期シリーズへ

2000年代の東映アニメーションは、一つの大ヒット作だけに支えられた時代ではありません。

『ONE PIECE』は同じ主人公たちの壮大な物語を長く描き続け、『デジモン』は主人公や世界観を変えながら新しい物語へ挑戦。

『おジャ魔女どれみ』は登場人物の成長を積み重ね、『プリキュア』は毎年新しい主人公へ物語を受け継ぐ仕組みを築きました。

作品ごとに異なる継続方法を作り上げたことが、2000年代の大きな特徴です。

ONE PIECEが長期冒険アニメの中心へ

仲間と世界を増やし続けられる物語

『ONE PIECE』は、海賊王を目指すモンキー・D・ルフィが仲間を集め、ひとつなぎの大秘宝を求めて海を進む作品です。

一つの目的地を目指しながら、訪れる島ごとに異なる社会、歴史、敵、問題を描くことができます。

さらに麦わらの一味それぞれが、自分の夢、故郷、過去を持っています。

仲間が増えるたびに物語を見る視点も増え、新しい土地へ進むたびに作品世界が広がっていく。

この構造が、長期放送を支える大きな力になりました。

テレビシリーズでは原作の物語を積み重ね、劇場版では映画独自の舞台や敵との冒険を描く展開も早い段階から始まっています。

最初の劇場版は、テレビ放送開始から約5か月後となる2000年3月に公開されました。

STRONG WORLDが劇場版を大型作品へ

2009年12月には、劇場版第10作『ONE PIECE FILM STRONG WORLD』が公開されました。

同作は国内興行収入48億円を記録し、その後の『FILM Z』『FILM GOLD』『FILM RED』へ続く大型映画路線の出発点になります。

テレビで人気を得た人物を映画へ登場させるだけではなく、映画そのものを作品全体の大きなイベントにする。

公開に合わせて原作、テレビ、商品、キャンペーンを連動させ、普段はアニメを見ていない層にも話題を広げました。

2000年代の『ONE PIECE』は、長寿テレビシリーズと大型劇場版を両立する、東映アニメーションの新たな中心作品へ成長しました。

デジモンは世界観を変えながら挑戦を続ける

『デジモンアドベンチャー』終了後、2000年には同じ世界の未来を描く『デジモンアドベンチャー02』が始まりました。

前作の登場人物を成長させながら、新しい主人公へ物語を引き継ぐ続編です。

一方、2001年の『デジモンテイマーズ』では、前作までの世界観を引き継がず、登場人物やデジモンとの関係を最初から構築しました。

2002年の『デジモンフロンティア』では、子ども自身がデジモンへ変化する設定を採用。

2006年の『デジモンセイバーズ』では、より少年漫画的な熱さを前面に出しました。

シリーズ名やデジモンという存在を共通させながら、主人公、世界、進化方法、対象とする視聴者を変える。

同じ成功した物語を繰り返さず、作品ごとに新しい方向を試したことで、『デジモン』は特定の主人公だけに依存しないシリーズへ発展しました。

2005年の『DIGITAL MONSTER X-evolution』では、シリーズ初となる全編フルCG作品にも挑戦しています。

『デジモン』は、設定を固定しないことによって継続するという、長期シリーズの別の形を示しました。

ふたりはプリキュアが新しい少女ヒーローを生む

二人の友情と力強いアクション

2004年2月1日、『ふたりはプリキュア』の放送が始まりました。

活発な美墨なぎさと、知的で冷静な雪城ほのか。性格も生活も異なる二人がプリキュアへ変身し、力を合わせて戦います。

華やかな変身や学校生活に加え、パンチやキックを中心とする力強いアクションを打ち出したことが大きな特徴です。

どちらか一人だけでは十分な力を発揮できず、二人の信頼関係そのものが戦う力になる。

異なる二人がぶつかりながら友情を育てる構成が、最初のプリキュアを支えました。

第1作の主人公は、翌年の『ふたりはプリキュア Max Heart』にも引き継がれます。

一方、2006年の『ふたりはプリキュア Splash☆Star』では、主人公、舞台、敵を新しくしながら、二人で力を合わせる基本的な魅力を受け継ぎました。

この交代によって、プリキュアは特定の人物だけの物語ではなく、毎年新しく始められるシリーズへ進みます。

Yes!プリキュア5でチームヒーローへ拡大

2007年の『Yes!プリキュア5』では、それまで二人を基本としていた構成を変更し、5人のプリキュアによるチームアクションを導入しました。

人物ごとに異なる色、性格、夢、能力を与えることで、視聴者が自分に近い主人公や憧れる主人公を選びやすくなります。

作品ごとに人数や題材を変えながら、少女が自ら強大な敵へ立ち向かい、友情や成長を描く中心は受け継ぐ。

この柔軟な仕組みによって、プリキュアは毎年新しい子どもが見始められる長期シリーズになりました。

オールスター映画で歴代作品をつなぐ

2005年からは単独の劇場版も制作され、2009年には歴代プリキュアが共演する『映画プリキュアオールスターズDX』が公開されました。

毎年主人公が交代すると、過去の人物は通常のテレビシリーズへ登場しにくくなります。

しかし、映画や周年企画で歴代主人公を集めることで、過去作品もシリーズ全体の歴史として残り続けます。

新作を見始める入口と、以前の作品を振り返る楽しさを同時に持たせたことが、プリキュアの長期展開を支える重要な仕組みになりました。

制作のデジタル化と海外拠点の整備

2000年代には、作品だけでなく、アニメを作り、世界へ届ける仕組みも大きく変わりました。

2000年5月、東映アニメーションは広域通信網を利用し、国内の制作会社10社との間で素材をやり取りするネットワークを構築。同年10月には21社へ拡大しました。

原画、動画、彩色、撮影などの素材をデータとして共有できれば、離れた制作会社とも作業や確認を進めやすくなります。

紙やセルを物理的に運ぶ必要があった制作環境から、デジタルデータをネットワークでつなぐ環境へ移行していきました。

海外事業では、2004年にアメリカ・ロサンゼルスへ北中南米を担当する拠点を設立。

同年にはフランス・パリにも欧州・中東を担当する拠点を設け、2006年には中国・上海へ情報収集拠点を置きました。

完成した作品を日本から販売するだけでなく、現地に近い場所で放送、配信、商品化、市場調査を進める。

『ドラゴンボール』『美少女戦士セーラームーン』『ONE PIECE』など、国外でも支持される作品が増えたことで、海外事業は一時的な輸出から長期的に作品を育てる活動へ変わっていきました。

2000年代に複数の継続モデルが完成

2000年代の東映アニメーションでは、作品を長く続ける方法が一つではないことが明確になりました。

『ONE PIECE』は、同じ主人公と物語を長期間積み重ねる。

『デジモン』は、作品ごとに世界観や主人公を変えて挑戦する。

『おジャ魔女どれみ』は、登場人物を進級させ、日常と成長を時間の流れに沿って描く。

『プリキュア』は、毎年新しい主人公へ交代しながら、シリーズの理念を受け継ぐ。

同じ作品を延ばすだけでなく、作品の性質に合わせた継続方法を選んだことが重要です。

テレビシリーズ、劇場版、商品、ゲーム、配信、海外展開を組み合わせ、作品を放送期間より長く育てる。

一方で、デジタル制作と海外拠点の整備を進め、作品を作り届ける会社の仕組みも更新しました。

2000年代は、東映アニメーションが過去の名作を持つ老舗から、複数の世界的シリーズを同時に運営する企業へ変わった時代といえるでしょう。

2010年代に入ると、過去の代表作が新作映画や配信シリーズとして本格的に復活します。

『ドラゴンボール』の物語が再び動き、『ONE PIECE』の映画は大型化。

『美少女戦士セーラームーン』『デジモンアドベンチャー』『マジンガーZ』なども、当時の視聴者が成長したことを踏まえた新しい作品として戻ってくることになります。

日本アニメ史―手塚治虫、宮崎駿、庵野秀明、新海誠らの100年

東映アニメーションの歩みをきっかけに、日本アニメ全体の歴史を知りたい方には『日本アニメ史』がおすすめです。戦前から現代まで、日本アニメ100年余りの流れを一冊でたどれます。

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2010年代|過去の代表作が現役シリーズとして復活

2000年代までに複数の長期シリーズを育てた東映アニメーションは、2010年代に入ると、長い歴史そのものを新たな作品づくりへ生かし始めます。

かつて人気を集めた作品を再放送するだけではなく、原作終了後の物語を描く新作、成長した登場人物を描く続編、現代の技術で最初から作り直すシリーズなど、作品ごとに異なる方法で再始動させました。

過去作品を知る世代には新しい発見を、初めて触れる視聴者には分かりやすい入口を用意する。

豊富な作品群を懐かしさだけで消費せず、現在進行形のシリーズへ戻したことが、2010年代の大きな特徴です。

ドラゴンボールが映画から本格的に再始動

神と神が原作終了後の物語を動かす

2013年3月、『ドラゴンボールZ 神と神』が公開されました。

1996年の『ドラゴンボール 最強への道』以来、17年ぶりとなる劇場用新作です。

物語は魔人ブウとの戦いを終えた後を舞台に、破壊神ビルスや超サイヤ人ゴッドなど、その後のシリーズを支える新しい設定を提示しました。

過去の名場面を集めた記念映画ではなく、孫悟空たちの時間を前へ進めたことが重要です。鳥山明さんの作品らしい笑いや日常を残しながら、新たな世界へ踏み出す入口となりました。

2015年には『ドラゴンボールZ 復活の「F」』が公開され、かつての宿敵フリーザを新しい姿で再登場させました。

昔の敵をそのまま復活させるのではなく、現在の悟空たちに対抗できる存在へ更新したことで、過去の物語と新シリーズをつないでいます。同作は国内だけでなく、多数の国と地域で展開されました。

ドラゴンボール超でテレビシリーズも復活

映画で新たな設定を提示した後、2015年7月には『ドラゴンボール超』の放送が始まりました。

鳥山明さんの原案による物語として、複数の宇宙、未来トランクスをめぐる事件、力の大会などが描かれます。

悟空やベジータだけでなく、過去に活躍した仲間や敵にも新たな役割を与えたことで、長い作品史が現在の物語へ組み込まれました。

2018年の映画『ドラゴンボール超 ブロリー』では、過去の劇場作品で知られたブロリーを、新しい人物設定と物語で再構築しています。

人気のある外見や能力だけを戻すのではなく、生い立ちや戦う理由まで描き直す。

昔の人物を新しいシリーズの正式な登場人物として生まれ変わらせたことにも、東映アニメーションの再構築力が表れていました。

原点回帰と成長後の物語で名作を受け継ぐ

セーラームーンCrystalが原作から再出発

2014年には『美少女戦士セーラームーンCrystal』の配信が始まりました。

1990年代のテレビアニメをそのまま再現するのではなく、武内直子さんの原作漫画へ改めて向き合い、物語を第1話から描く新シリーズです。

東映アニメーションは、原作の魅力を現代の映像表現によって届ける「原点回帰」を、同作の使命として掲げています。

1990年代版を見ていた人は、同じ登場人物の新たな表現を楽しめます。

初めて触れる人は、過去シリーズの知識を必要とせず、物語の始まりから見られる。

続編ではなく、作品の原点から再び入口を作ることで、『美少女戦士セーラームーン』を次の世代へつなぎました。

デジモンアドベンチャー tri.が成長した主人公を描く

2015年からは、『デジモンアドベンチャー tri.』が全6章で展開されました。

初代シリーズで小学生だった八神太一たちは高校生となり、将来や人間関係、戦いによって現実世界へ生じる被害に悩みます。

幼い頃には迷わず行動できた人物も、成長すれば責任や周囲への影響を考えるようになります。

登場人物を子どもの姿へ戻さず、視聴者と同じように年齢を重ねさせたことで、初代作品を見ていた世代が自分自身の変化を重ねられる続編になりました。

過去の人気を再現するのではなく、作品と視聴者の間に流れた時間を物語へ取り入れたことが特徴です。

ゲゲゲの鬼太郎は現代社会を映す作品へ

2018年には、『ゲゲゲの鬼太郎』のテレビアニメ第6期が始まりました。

鬼太郎、目玉おやじ、ねずみ男といった基本的な登場人物を受け継ぎながら、インターネットやSNSが浸透した現代社会を物語の背景に取り入れています。

『ゲゲゲの鬼太郎』は、同じ時代設定を守り続けるのではなく、放送される時代の人間社会と妖怪を組み合わせてきました。

変わらない人物と変化する社会を共存させることで、過去作品の再現ではなく、その時代の新作として成立させています。

ONE PIECEの映画が世界的なイベントへ成長

『ONE PIECE』では、2009年の『FILM STRONG WORLD』から始まった大型劇場版の流れが、2010年代にさらに発展しました。

2012年の『ONE PIECE FILM Z』、2016年の『ONE PIECE FILM GOLD』、2019年の『ONE PIECE STAMPEDE』と、数年ごとに大規模な映画が公開されます。

映画の公開に合わせ、テレビ特別編、商品、ゲーム、キャンペーンなども展開され、一本の映画を中心にシリーズ全体を盛り上げる形が定着しました。『FILM Z』は国内興行収入68.7億円を記録しています。

『STAMPEDE』では、テレビアニメ放送20周年を記念し、海賊、海軍、革命軍など、多数の人気人物が作品の枠を越えて集まりました。

長期シリーズだからこそ実現できる人物の多さを生かし、物語の一章というより、作品史そのものを祝う映画として作られています。

『ONE PIECE』の劇場版は、テレビの番外編から、国内外のファンが公開時期を共有する大型イベントへ変わりました。

配信・ゲーム・施設が作品との接点を広げる

2010年代には、アニメを見る場所と作品へ触れる方法も多様化しました。

テレビ放送や映画館に加え、動画配信、公式アプリ、スマートフォンゲーム、専門ショップ、展覧会、ライブイベントなどが重要な役割を持つようになります。

放送終了後もゲームや商品を通じて人物へ触れられ、新作がない時期でも作品との関係が途切れにくくなりました。

過去と現在の人物を一つのゲームへ登場させれば、異なる年代の作品を同時に知る入口にもなります。

新大泉スタジオとミュージアムが完成

東映アニメーションは大泉スタジオの建て替えを進め、2018年1月に新しいスタジオへ移転しました。

同年7月には、敷地内に東映アニメーションミュージアムが開館。

歴代作品の資料や映像、キャラクターに触れられる展示、ショップなどを通じて、同社の歴史を体験できる施設となっています。

1957年から制作拠点が置かれてきた大泉の地に、新しい制作スタジオと歴史を伝える施設を整備する。

この取り組みは、過去の作品を保管するだけでなく、新しい世代へ伝えることも制作会社の役割として重視していることを示しています。

2010年代は歴史を未来の作品へ変えた時代

2010年代の東映アニメーションは、過去の代表作を守るだけの時代ではありませんでした。

原作終了後の物語を進める作品、原点から作り直すシリーズ、成長した人物のその後を描く続編、現代社会を反映させた再映像化など、作品に応じて異なる方法を選んでいます。

一方で、劇場映画は大型化し、配信、スマートフォンゲーム、店舗、施設が新たな入口になりました。

70年近い歴史を持つことを、新作を作る際の制約ではなく、物語や人物を豊かにする資源へ変えたことが、この時代の成果です。

2020年代|劇場アニメと新しい映像表現が飛躍

2020年代に入ると、東映アニメーションの劇場作品は、国内だけでなく世界市場でも大きな存在感を示します。

特に2022年には、『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』『ONE PIECE FILM RED』『THE FIRST SLAM DUNK』が相次いで公開されました。

いずれも長い歴史を持つシリーズの映画ですが、過去の成功をそのまま再現した作品ではありません。

主人公の置き方、物語の視点、音楽、3DCGの使い方を変え、現在の映画として作り直したことで、新旧の観客を映画館へ呼び込みました。

ONE PIECEがアニメ1000話へ到達

2021年11月、テレビアニメ『ONE PIECE』は第1000話へ到達しました。

同じ年にはコミックスも第100巻を迎え、集英社と東映アニメーションは記念映像企画「WE ARE ONE.」を共同制作しています。

1000話という数字は、放送回数の多さだけを表すものではありません。

長い航海の中で登場人物や土地の歴史を積み重ね、視聴者も作品とともに年齢を重ねてきたことを示す節目です。

短期間では描けない再会や伏線の回収、人物の変化を持つことが、長期シリーズならではの価値になりました。

2022年に大型劇場アニメ3作品が公開

ドラゴンボール超 スーパーヒーローが3DCGへ挑戦

2022年6月に公開された『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』では、孫悟空やベジータだけに頼らず、ピッコロと孫悟飯が物語の中心を担いました。

長く活躍してきた人物へ改めて焦点を当て、師弟関係や家族のつながりを物語の軸にしています。

映像面では3DCGを本格的に導入し、立体的な空間と大きく動くカメラによって戦闘を表現しました。

従来の人物らしい表情や動きを残しながら、新しい制作方法へ踏み込んだ作品です。同作は日本で初週末興行収入1位を記録し、北米でも初登場1位を獲得しました。

ONE PIECE FILM REDが音楽から新しい観客へ届く

2022年8月には、『ONE PIECE FILM RED』が公開されました。

世界的な歌手・ウタを中心に据え、複数の楽曲を人物の感情や物語の進行へ組み込んだ作品です。

映画の公開前から楽曲やミュージックビデオを展開し、作品を見ていない人にも音楽からウタの存在を伝えました。

アニメの主題歌を宣伝へ使うだけでなく、音楽そのものを映画の中心へ置いたことで、従来とは異なる層にも『ONE PIECE』を知る入口が生まれています。

国内興行収入は、2023年のアンコール上映を含めて203.3億円、観客動員数は1474万人に到達しました。

アニメ、音楽、映像配信、商品展開を一つの流れへ組み込んだことが、『FILM RED』の大きな特徴です。

THE FIRST SLAM DUNKが名作を新しい映画へ再構築

2022年12月には、『THE FIRST SLAM DUNK』が公開されました。

1990年代のテレビアニメをそのまま復活させるのではなく、原作者の井上雄彦さんが監督と脚本を務め、宮城リョータを中心とする新しい視点から物語を描いています。

映像では3DCGを基盤としながら、原作漫画の線や人物の表情を生かし、選手の身体の重さ、足運び、コート上の位置関係を表現しました。

原作で知られる試合を扱っていても、人物の見せ方を変えれば、結末を知る観客にも新しい体験を届けられます。

国内興行収入は158.7億円を記録し、2023年の邦画興行収入ランキングで第1位となりました。

『THE FIRST SLAM DUNK』は、名作を懐かしさの再現で終わらせず、作者の新たな表現によって現代の映画へ作り直せることを示しました。

長期シリーズの空白や成長後を新たな作品に

2023年にはプリキュアシリーズが20周年を迎え、歴代作品をつなぐ映画や、大人になった登場人物を描く作品が展開されました。

毎年新しい子どもへ物語を届けるだけでなく、過去の視聴者が成長していることも、新たな作品づくりへ取り入れられています。

同年公開の『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』では、鬼太郎本人の冒険ではなく、鬼太郎が誕生する以前の出来事へ焦点を当てました。

長期シリーズの中で詳しく描かれていなかった過去や、脇にいた人物の視点へ光を当てれば、既存の世界から新たな物語を生み出せます。

人気主人公を繰り返し登場させるだけでなく、作品世界に残された空白そのものを新作の可能性へ変える動きが進みました。

ガールズバンドクライで新たなオリジナル作品を育成

2024年4月には、東映アニメーションが原作・企画・製作を手がけるオリジナルテレビアニメ『ガールズバンドクライ』が放送されました。

学校や家庭、人間関係に悩む少女たちがバンドを結成し、自分の感情を音楽によって表現していく作品です。

映像は3DCGを中心に構成され、会話中の細かな表情や視線、ライブでの身体の動き、実在する街の空気まで描きました。

作品内のバンド「トゲナシトゲアリ」は、アニメの外でも楽曲制作やライブ活動を展開しています。

架空の人物による物語と、現実のバンド活動が互いを盛り上げることで、テレビ放送終了後も作品との接点を増やしました。

2025年にはテレビシリーズを再編集した劇場版総集編が公開され、日本武道館公演も開催。東映アニメーションは新作映画の製作も発表し、今後の主力作品へ育てる方針を示しています。

『ガールズバンドクライ』は、長期シリーズを多く持つ会社が、次の時代を担う作品を一から生み出そうとする挑戦です。

ドラゴンボールDAIMAが40周年に新たな冒険を描く

2024年10月には、完全新作テレビアニメ『ドラゴンボールDAIMA』が始まりました。

鳥山明さんが原作、ストーリー、キャラクターデザインに携わり、ある陰謀によって小さな姿にされた悟空たちが、大魔界を冒険する物語です。

『ドラゴンボール超』で広がった宇宙規模の戦いとは異なり、未知の土地、乗り物、魔物、如意棒を使う悟空など、初期作品を思わせる冒険の楽しさが前面に出されました。

40周年で過去の名場面を集めるのではなく、まだ描かれていない世界を舞台とする完全新作を送り出す。

代表作を振り返るだけでなく、新たな物語を加え続けることが、作品を現役のシリーズとして保つ力になっています。

70周年後も続く新たな制作体制

東映アニメーションは2026年7月31日に創立70周年を迎えました。

2026年3月末時点の従業員数は連結1048人、単体758人。テレビ、劇場、配信作品の制作だけでなく、版権、商品、海外事業を行う企業へ成長しています。

制作拠点も大泉だけに限られません。

2025年には、新たな国内制作拠点として大阪スタジオを設立しました。地域を広げて制作者を採用・育成し、作品を安定して送り出す体制を強化する取り組みです。

70周年は歴史を振り返る到着点ではなく、制作する人材と場所を次の時代へ広げる機会にもなっています。

東映アニメーションが70年間続いた理由

時代に合わせて作品との出会い方を変えた

東映アニメーションは、映画館で見る長編作品から始まり、テレビ、映像ソフト、専門チャンネル、配信、スマートフォン、イベントへと活動の場を広げてきました。

新しい媒体が登場しても、以前の方法をすべて捨てたわけではありません。

テレビシリーズと映画を並行して制作し、新作を届けながら過去作品も配信する。

それぞれの媒体へ異なる役割を持たせることで、視聴者が作品と出会う入口を増やしました。

アニメを見る方法が変わっても、作品との接点を絶やさなかったことが、長い歴史を支えています。

作品ごとに最適な継続方法を選んだ

一つの主人公の物語を積み重ねる作品もあれば、毎年主人公を交代する作品、世界観を作り直す作品、成長後を描く作品もあります。

すべてを同じ方法で長期化するのではなく、作品の魅力に合った続け方を選んできました。

過去の成功を守るだけでは、新しい視聴者が入りにくくなります。

一方、設定を大きく変えすぎれば、長く支持してきたファンが大切にしている魅力を失う可能性があります。

変える部分と受け継ぐ部分を作品ごとに見極めてきたことが、複数のシリーズを世代を越えて育てられた理由です。

映像制作と版権事業を結びつけた

東映アニメーションは映像を制作・販売するだけでなく、その著作権をもとに版権事業や関連事業を展開しています。

玩具、ゲーム、衣類、文房具、店舗、展示、ライブなどへ作品が広がれば、放送や映画公開が終わった後もキャラクターと接することができます。

商品やゲームから作品を知り、後からアニメを見る人も生まれます。

映像が商品の魅力を高め、商品やイベントが次の視聴者を作品へ導く。

この循環によって、作品の価値を放送期間だけに限定せず、長い時間をかけて育てられるようになりました。

複数のジャンルと世代へ作品を届けた

東映アニメーションの歴史には、冒険、格闘、魔法、スポーツ、ロボット、妖怪、日常、音楽など、異なるジャンルの作品があります。

対象となる視聴者も、子ども、少年少女、家族、成人した過去作品のファンまで幅広く存在します。

一つの作品やジャンルの人気が変化しても、別の分野から新しい柱を育てられる。

漫画原作の映像化と、アニメから始まるオリジナル企画の両方を持つことも、会社としての幅につながっています。

特定の成功パターンだけへ依存しなかったことが、時代の変化へ対応できた大きな理由です。

国内作品を世界で長期的に育てた

東映アニメーションは、完成した映像を海外へ販売するだけでなく、配信、ゲーム、商品、イベントを含めた事業を世界で展開しています。

2026年3月期には、『ONE PIECE』『ドラゴンボール』の北米・欧州事業が好調だったほか、『ガールズバンドクライ』『デジモン』も版権事業を中心に成長しました。

日本で放送が終わった作品でも、海外で新しい視聴者を獲得し、ゲームや配信を通じて再び注目されることがあります。

作品を国内の放送期間だけで評価せず、地域ごとに時間をかけて育てる視点が、70年間に生み出した作品群の価値をさらに広げています。

VISION2030で目指す次の東映アニメーション

東映アニメーションは2025年10月、中期経営計画「VISION2030」を発表しました。

目指す姿として掲げているのは、

「世界中の人々を魅了する、アニメーションのトップランナーとして進化し続ける」

というものです。

2031年3月期には、連結売上高2000億円、営業利益500億円を目標に掲げています。

その実現へ向けた成長戦略は、次の4本柱です。

スタジオの進化

IPの強化

地域展開の強化

顧客接点の拡大

既存作品の価値を高めるだけでなく、新しい作品を生み出し、世界各地へ届け、商品やイベントを通してファンとの関係を深める方針です。

長期シリーズと新規IPを両立できるか

『ドラゴンボール』『ONE PIECE』『プリキュア』などの長期シリーズは、東映アニメーションにとって大きな財産です。

しかし、過去に生まれた作品だけで将来を支え続けることはできません。

今の子どもや若い世代が初めて出会い、10年、20年後にも応援したいと思える新しい人物と物語を育てる必要があります。

長期シリーズを丁寧に受け継ぎながら、『ガールズバンドクライ』のような新しい企画にも挑む。

歴史ある作品と、まだ歴史を持たない作品を同時に育てられるかが、70周年後の重要な課題になります。

制作する人と作品の質を守る

世界でアニメへの需要が高まれば、より多くの作品が求められます。

一方、制作本数を増やすだけでは、長く支持される作品は生まれません。

作画、3DCG、背景、美術、撮影、音響など、それぞれの技術を磨き、作品に適した表現を選ぶ必要があります。

大泉スタジオと大阪スタジオをはじめとする制作拠点で、人材を育成し、技術を次の世代へ受け継ぐ。

これは『白蛇伝』の制作時代から続く、東映アニメーションの根本的な役割でもあります。

まとめ|東映アニメーションの70年は変化を続けた歴史

東映アニメーションは、1956年に東映動画として歩み始めました。

長編カラーアニメーション、毎週放送されるテレビシリーズ、玩具と結びついたロボット作品、少年漫画アニメ、変身ヒロイン、スポーツ、デジタル世界、長期シリーズ、大型劇場映画、3DCG、配信、音楽プロジェクトへと活動を広げてきました。

その歴史は、一つの成功作を守り続けた70年間ではありません。

視聴者がアニメを見る場所、求める物語、映像を作る技術、作品を届ける国や地域が変わるたびに、制作会社としての形も変えてきた70年間です。

一方で、時代が変わっても受け継がれているものがあります。

魅力的な人物を生み出し、友情、成長、冒険、家族、夢を描き、アニメーションを通じて幅広い人々へ楽しさを届けることです。

東映アニメーションの強みは、数多くの名作を持っていることだけではありません。

過去作品をその時代の現役シリーズへ戻す力。

一つの作品を映画、商品、ゲーム、イベント、海外市場へ広げる力。

そして、積み重ねた歴史に頼り切らず、新しい物語と映像表現へ挑戦する力です。

創立70周年は、歴史の完成を意味する到着点ではありません。

『白蛇伝』から始まった挑戦を受け継ぎながら、まだ誰も見たことのない作品を、次の世代と世界へ届けるための新しい出発点なのです。

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