つぶログ深掘り

500mlペットボトルは、なぜ1996年から一気に増えた?「小型PET自主規制」とは何だったのか

目次
  1. 500mlペットボトルはなぜ1996年から増えた?小型PET自主規制とは
  2. 1982年、清涼飲料にPETボトルを使えるようになった
  3. 「小型PETは禁止されていた」は間違いだった
  4. なぜ小型PETだけを自主規制したのか
  5. そもそも「小型PET」は何mlだったのか
  6. 1990年代に入ると、自主規制の前提が崩れ始めた
  7. 1995年にリサイクル法成立。しかし、まだ制度は動いていなかった
  8. では、なぜ1996年だったのか
  9. 1996年4月1日、小型PETの自主規制が撤廃される
  10. しかし、解除をみんなが歓迎していたわけではない
  11. 1996年以前にも500ml PETは日本にあった
  12. 1996年、各社が500mlを投入する
  13. なぜ500mlは一気に広がったのか
  14. 本当に「一気に増えた」のか
  15. 1995年の回収率は「1.6%」か「1.8%」か
  16. 解除した時点では、回収問題はまったく解決していなかった
  17. 500ml PETは、日本人の飲み物の買い方を変えたのか
  18. 結局、「小型PET自主規制」とは何だったのか
  19. 主な確認資料

500mlペットボトルはなぜ1996年から増えた?小型PET自主規制とは

1996年の小型PET自主規制撤廃で、大型中心のPET売場から500ml級の小型PETへ広がる様子を描いたイラスト

コンビニの冷蔵ケースで飲み物を選ぶとき、500ml前後のペットボトルを特別な容器だと思う人はほとんどいないでしょう。

お茶も水もコーラも紅茶も、1人で買って持ち歩くならこのくらいのサイズが普通です。

ところが、日本の清涼飲料業界では1990年代半ばまで、この「普通の500ml」が普通ではありませんでした。

PETボトルを小さく作れなかったわけではありません。法律で500mlが禁止されていたわけでもありません。

国内の清涼飲料業界が、小型PETボトルを自分たちで使わないようにしていたのです。

その自主規制が撤廃された大きな転換点が、1996年4月でした。

ただし、ここで「リサイクル制度が整ったので500mlが解禁された」と一行でまとめてしまうと、当時実際に起きていたことをかなり取りこぼします。

1996年の国会会議録までさかのぼると、輸入された小型PET飲料、業界団体に入っていない企業の参入、自主ルールを加盟企業だけに守らせ続ける難しさ、独占禁止法との関係、そしてまだ発展途上だったリサイクル体制が同時に見えてきます。

しかも、自主規制の撤廃には自治体や消費者団体から反対の声も上がっていました。

なぜ日本では、1982年から十数年間も小型PETを抑えていたのか。そして、なぜ1996年になるとそのルールを維持できなくなったのか。

今回は「500mlペットボトルがいつ登場したのか」だけではなく、その前後で何が変わったのかを資料から追っていきます。

先に結論

500ml前後のPET飲料が国内大手メーカーの商品として一気に広がる転換点は、全国清涼飲料工業会が1996年4月に小型PETボトルの自主規制を廃止したことでした。

ただし、これは政府が小型PETを「解禁」したのではありません。PETの清涼飲料容器への利用は1982年から可能で、小型サイズを控えていたのは業界側の自主ルールです。

また、解除前にも輸入品や業界団体非加盟企業の小型PETが国内市場に存在していました。したがって、「1996年に日本で初めて500ml PETが登場した」という説明も正確ではありません。

1982年、清涼飲料にPETボトルを使えるようになった

話は1996年より14年前、1982年にさかのぼります。

厚生省は1982年2月16日、食品衛生法施行規則と「食品、添加物等の規格基準」を改正しました。2月27日付の厚生省環境衛生局長通知を見ると、清涼飲料水の容器包装について、ガラスや金属だけでなく「合成樹脂製容器包装」などを含む規格が整備されたことが確認できます。

現在の全国清涼飲料連合会とPETボトルリサイクル推進協議会は、この1982年2月を日本で清涼飲料用PETボトルの使用が認められた時期として整理しています。

つまり、1996年にPETボトルそのものが解禁されたわけではありません。

実際、日本コカ・コーラは1982年に1.5L PETを導入したと公式に記録しています。全国清涼飲料連合会の沿革にも、1982年に1L入りの清涼飲料PETが登場した記録があります。

ここで不思議なことが起こります。

PETは使えるようになったのに、小さいPETは使わない。

全国清涼飲料工業会は、小型PETボトルについて製造・販売を自主的に控えるようになりました。

「小型PETは禁止されていた」は間違いだった

この話で最も誤解しやすいのが、「昔は500mlペットボトルが法律で禁止されていた」という説明です。

1996年6月12日の衆議院厚生委員会で、当時の菅直人厚生大臣は、小型PETについて、1982年に清涼飲料の容器としてPETの使用が認められて以来、業界団体である全国清涼飲料工業会が製造・販売を自粛してきたと説明しています。

さらに、この仕組みを「自主ルール」と位置づけています。

政府が「500mlを売ってはいけない」と法律で禁止していたのではありません。

清涼飲料メーカーの業界団体が、加盟企業に対して小型PETの使用を控えるよう求めていたのです。

よくある説明確認結果
1996年まで500ml PETは禁止されていた誤り。法律による禁止ではなく業界の自主規制
1996年にPET飲料そのものが解禁された誤り。清涼飲料用PETは1982年から
政府が1996年に規制緩和した誤り。全国清涼飲料工業会が自主規制を撤廃

なぜ小型PETだけを自主規制したのか

では、使える容器をなぜ自分たちで使わなかったのでしょうか。

現在の全国清涼飲料連合会は、その理由を「散乱ゴミに対する懸念」と説明しています。

大型PETは家庭へ持ち帰り、複数人で分けて飲む使われ方が中心です。一方、小型容器は1人で持ち歩く商品になりやすい。小型化が進めば家庭の外へ持ち出される容器も増え、空き容器の散乱につながるのではないか――という問題意識が当時存在しました。

後年の研究では、1982年当時、厚生省が「PETが小型化し、自動販売機などで販売されればごみが増える」と懸念して業界に働きかけた経緯も紹介されています。

ただし、今回確認できた公開資料では、1982年当時の全国清涼飲料工業会による自主基準原文そのものまでは確認できませんでした。

そのため、「厚生省がどのような文言で要請したのか」「携帯性や自販機を自主基準本文でどう位置づけていたのか」までを確定事項として広げることは避けます。

少なくとも現在の業界公式資料と1996年当時の国会会議録から確実に言えるのは、散乱問題を背景として、小型PETを業界が自主的に抑えていたというところまでです。

そもそも「小型PET」は何mlだったのか

ここにも少し厄介な問題があります。

現在の全国清涼飲料連合会は、自粛していた小型サイズを「概ね1L未満」と説明しています。

一方、主婦連合会が残している1996年の記録では「1リットル未満」。後年の業界資料には「1000ml以下」など別の表記も見られます。

これらをすべて同じ意味だったと決めつけることはできません。

特に1982年には1L入り清涼飲料PETの発売例が確認できるため、「1L以下がすべて禁止だった」と断定すると別の資料と整合しなくなります。

今回、1982年当時の自主基準原文そのものを確認できていないため、本記事では現在の全国清涼飲料連合会による「概ね1L未満」を基本表現とします。

重要なのは、規制対象が500mlだけではなかったことです。

500mlは、1996年の自主規制撤廃後に急速に主流となった代表的な小型サイズと考える方が実態に近いでしょう。

1990年代に入ると、自主規制の前提が崩れ始めた

十数年間続いた自主規制が、なぜ1996年に終わったのか。

ここが今回の検証の中心です。

現在の全国清涼飲料連合会は、「リサイクルの取り組みが本格化した1996年、消費者ニーズに応えて500mlサイズを導入した」と説明しています。

それ自体は間違いではありません。

ただ、1996年当時の資料まで戻ると、もう少し複雑な事情が見えてきます。

小型の輸入PETがすでに日本へ入っていた

全国清涼飲料連合会が残している1994年の「業界年間10大ニュース」には、

「小型輸入PET、ミネラルウォーター業界に波紋」

という出来事が入っています。

つまり、大手国内メーカーが自主規制を続けている一方、海外からは小型PET入りのミネラルウォーターなどが日本へ入ってきていました。

さらに1996年4月11日の参議院厚生委員会で、菅厚生大臣は、自主規制撤廃の経緯について小型PET入りミネラルウォーターの輸入が急増したことを挙げています。

「国内メーカーが小型PETを作らない」ことと、「日本市場に小型PETが存在しない」ことは、すでに別の話になっていたのです。

業界団体に入っていない企業も販売を始めた

同じ国会答弁では、全国清涼飲料工業会に加盟していない企業でも、小型PETによる製造・販売が始まっていたことが説明されています。

自主規制は法律ではありません。

当然ながら、業界団体の外にいる企業や海外企業まで一律に拘束することはできません。

加盟企業だけが小型PETを控え続ける一方、競合商品は市場へ入ってくる。

こうなると、十数年間機能してきた自主ルールそのものを維持することが難しくなります。

厚生大臣の答弁も、業界側から「これ以上の自粛は困難」と聞いている、としています。

独占禁止法の問題も持ち上がっていた

さらに重要なのが、独占禁止法との関係です。

1996年4月と6月の国会答弁では、業界団体として加盟企業に小型PETを使わせない仕組みについて、独占禁止法に抵触する可能性もあるとして解除に至ったとの説明があります。

ただし、ここは表現に注意が必要です。

公正取引委員会が「この自主規制は独占禁止法違反だ」と正式認定したことを確認できたわけではありません。

あくまで当時の厚生大臣が、「業界からそのように聞いている」と国会で説明したものです。

したがって、「独禁法違反だったので廃止された」と断定するのは行き過ぎです。

正確には、自主規制を業界団体として維持することについて競争法上の懸念も生じていた、という位置づけになります。

1995年にリサイクル法成立。しかし、まだ制度は動いていなかった

もう一つ、1996年の小型PETを説明するときによく登場するのが「容器包装リサイクル法」です。

ところが、ここは時系列を間違えやすいところです。

年PET・リサイクルをめぐる主な動き
1990年高知市、神奈川県伊勢原市でPETボトル回収実験
1991年神奈川県で通商産業省モデルリサイクル実験
1992年10月通商産業省・農林水産省・大蔵省の指導のもと、PETボトル用自主設計ガイドライン設定
1993年PETボトルリサイクル推進協議会設立。再商品化施設が稼働し、PETリサイクルが本格化
1995年6月容器包装リサイクル法成立
1995年12月PETボトルリサイクル推進協議会が全国8工場の再商品化工場構想を発表
1996年4月全国清涼飲料工業会が小型PETボトルの自主規制を廃止
1996年9月日本容器包装リサイクル協会発足
1997年4月容器包装リサイクル法がPETボトルなどへ適用
2000年4月容器包装リサイクル法が完全施行

つまり、

「1996年に容器包装リサイクル法がPETへ施行されたので、小型PETを解禁した」

という説明は時系列が合いません。

法律そのものは1995年に成立していますが、PETボトルなどを対象とする制度が動き始めるのは1997年4月です。

1996年6月の国会答弁でも、厚生大臣は容器包装リサイクル法について「来年の四月」からの制度として説明しています。

小型PET自主規制を撤廃した時点では、リサイクルの実験、ガイドライン、再商品化施設、法律などの準備は進んでいました。

しかし、PETの全国的な法定再商品化制度がすでに完成していたわけではありません。

では、なぜ1996年だったのか

ここまでの資料を並べると、「1996年だった理由」を一つに決めること自体が適切ではないことが分かります。

当時資料から直接確認できる事情と、後年の業界史から確認できる市場背景を分けると、次のようになります。

事情確認できる位置づけ
輸入小型PETの増加1994年の業界史、1996年の国会答弁で確認できる
非加盟企業による製造・販売1996年の厚生大臣答弁で明示
加盟企業だけで自粛を続ける限界「これ以上の自粛は困難」とする当時の答弁あり
独占禁止法上の懸念抵触する「可能性」として当時の国会答弁に登場。違反認定ではない
リサイクル体制整備1992~95年に制度・施設整備が進行。ただし1996年時点で完成してはいない
小容量・携帯需要現在の全清飲やメーカー公式史が500ml導入・普及の背景として説明

こうして見ると、1996年の自主規制撤廃は、環境対策が完了したので安心して始めた、という単純な出来事ではありません。

環境対策は進み始めていた。しかし同時に、輸入品や非加盟企業が小型PET市場へ入り、加盟メーカーだけを自主ルールで縛り続ける仕組みそのものが限界を迎えていた。

そこへ、消費者側の小容量・持ち歩き需要が重なっていました。

この複数の事情が交差した地点が1996年だった、と考えるのが資料に最も忠実です。

1996年4月1日、小型PETの自主規制が撤廃される

PETボトルリサイクル推進協議会の年表では、1996年4月に全国清涼飲料工業会が「小型PETボトルの発売の自主規制を廃止」したと記録されています。

さらに、主婦連合会が1996年4月5日に飲料メーカー各社へ送った質問状には、4月1日付で「小型ペットボトルの使用自粛に関する自主規制」を撤廃したとあります。

解除直後の記録であり、1996年4月1日という日付を裏付ける重要な資料です。

このため本記事では1996年4月1日を、自主規制撤廃の日として扱います。

「500ml PET解禁」と表現されることもありますが、法律上は禁止されていなかったため、正確には「業界による小型PET自主規制の撤廃」です。

結果として国内大手飲料メーカーが500ml前後のPETを本格投入できるようになったという意味では、「事実上の解禁」と呼ぶことはできるでしょう。

しかし、解除をみんなが歓迎していたわけではない

今から見ると500ml PETは便利な容器です。

だからといって、1996年にも「便利になるなら問題ない」と社会全体が受け入れていたわけではありません。

むしろ、自主規制撤廃をめぐってはかなり強い反対がありました。

主婦連合会はメーカー各社へ質問状を送った

自主規制撤廃から4日後の1996年4月5日、主婦連合会は飲料メーカー各社へ「小型ペットボトルについての質問状」を送っています。

そこで問題にしているのは、当時のPETボトルの回収率が低く、リサイクルシステムも不十分な状態で小型PETを増やせば、ごみ増加につながるのではないかという点でした。

主婦連合会は、地方自治体からも決定の白紙撤回を求める声が出ていると記録しています。

国会では「首都圏93自治体が撤回要求」と指摘された

1996年6月12日の衆議院厚生委員会では、青山二三議員が、東京都など首都圏の93自治体が自主規制解除の撤回を業界へ求めていると指摘しています。

ただし、この「93自治体」という数字について、今回確認できた一次資料は国会での議員発言です。93自治体すべてを列挙した共同要望書原本までは確認できませんでした。

そのため、「93自治体が確実に共同声明を出した」と資料を広げるのではなく、「国会では93自治体が撤回要求をしていると指摘された」とするのが正確です。

厚生大臣自身も手放しでは歓迎していなかった

興味深いのは、政府側も単純に解除を歓迎していたわけではないことです。

1996年4月11日の参議院厚生委員会で菅厚生大臣は、散乱問題への懸念を示したうえで、本来なら自粛を続けてもらいたい気持ちもあるという趣旨の答弁をしています。

しかし、そもそも政府による法規制ではなく業界の自主判断で始まったルールだったため、行政がそのまま継続を命じる仕組みではありませんでした。

業界は自主規制を維持できない。自治体や消費者側はごみの増加を心配する。行政も散乱を懸念する。

1996年の解除は、きれいな合意のもとで進んだ出来事ではなかったのです。

1996年以前にも500ml PETは日本にあった

ここで、「では日本初の500mlペットボトルは1996年なのか?」という疑問が出てきます。

答えはいいえです。

そもそも清涼飲料に限らなければ、PETボトルリサイクル推進協議会は、日本でPETボトルが使われ始めた例として1977年のしょうゆ500ml容器を記録しています。

これは清涼飲料ではないため、1996年の小型PET自主規制とは別の話です。

さらに清涼飲料に限っても、解除前には輸入された小型PET入りミネラルウォーターが国内市場へ入っており、業界団体に加盟していない企業でも小型PETの製造・販売が始まっていたことが、1996年当時の国会答弁で確認できます。

したがって、

「1996年、日本で初めて500mlペットボトルが発売された」

とは書けません。

1996年の意味は、日本に500mlという容器が初めて存在したことではなく、国内の主要清涼飲料メーカーが小型PETを本格的に投入できるようになった転換点にあります。

1996年、各社が500mlを投入する

自主規制撤廃後、国内飲料メーカーは主力ブランドへ500ml PETを投入していきます。

公式資料で確認できる代表例を挙げてみましょう。

商品1996年の動き注意点
お~いお茶500ml PET発売伊藤園は「パーソナルサイズのPETボトル入り茶系飲料製品」で業界初と説明。「日本初の500ml PET飲料」ではない
キリン 午後の紅茶持ち運び用500ml PET発売キリン公式ブランド史が「持ち運びに便利」と説明
コカ・コーラ500ml PETを導入日本コカ・コーラ公式資料で1982年1.5L PET、1996年500ml PETという容器史を確認できる

ここで伊藤園の「業界初」という表現は範囲に注意が必要です。

伊藤園が公式に示しているのは、500mlの「茶系飲料製品」について業界初という位置づけです。

これを「日本で初めての500ml PET飲料」と読み替えることはできません。

なぜ500mlは一気に広がったのか

1996年に自主規制をやめたとしても、売れなければ500mlは定着しません。

ところが実際には、その後数年で急速に売場を広げていきます。

全国清涼飲料連合会の業界史は、1996年について、各メーカーが主力商品の500ml PETを発売し、コンビニエンスストアを中心に売上を拡大したと記録しています。

翌1997年には、無糖茶、ミネラルウォーター、ニアウォーター、紅茶飲料などの小型PET商品が好調となり、前年に続いてCVSを中心に500ml PETの売場が広がりました。

「コンビニが増えたから500mlが誕生した」という単純な因果ではありません。

ただ、1990年代のコンビニという売場と500ml PETの性質は非常に相性がよかったと考えられます。

「家で分けて飲む容器」から「1人で持ち歩く容器」へ

PETボトルリサイクル推進協議会は、PETボトルの特徴として、

  • 軽くて持ち運びやすい
  • 開栓後も再栓できる
  • 衝撃が加わっても割れにくい
  • 透明度が高く、中身が見える

といった点を挙げています。

大容量PETにも同じ特徴はあります。

しかし500ml前後まで小さくなると、これらの性質が「1人で買って、そのまま持ち歩く飲み物」として一気に生きてきます。

缶は一度開ければ閉じられません。ガラスびんは重量があり、落とせば割れる可能性があります。

500ml PETなら飲み切らなくてもふたを閉められ、かばんに入れて再び持ち歩けます。

キリンが「午後の紅茶」500mlを公式ブランド史で「持ち運び用」と表現しているのは、この変化をよく表しています。

伊藤園も500ml「お~いお茶」の登場を、緑茶飲料市場の拡大につながった転換点として位置づけています。

お茶や水を家庭で用意して持っていくのではなく、外出先で1本買い、そのまま持ち歩く。

現在では何でもないその行動に、500ml PETは非常によく適合していたわけです。

自動販売機は「1996年解除の原因」とは言いにくい

小型飲料といえば自動販売機も思い浮かびます。

ただし、今回確認した資料では、1996~97年の普及初期について全清飲が明確に挙げている販売チャネルはCVSです。

日本コカ・コーラの自動販売機史でも、PETボトル製品の自販機販売対応開始は1997年とされています。

したがって、「自販機で売るために1996年に小型PETを解禁した」とする根拠は確認できません。

自販機はその後の小型PET販売・回収を考えるうえでは重要ですが、自主規制解除そのものと、解除後に広がった販売チャネルは分けて考える必要があります。

本当に「一気に増えた」のか

では、タイトルにある「一気に増えた」は数字でも確認できるのでしょうか。

500ml PETだけを1995年から連続比較できる公的な販売本数データは、今回確認できませんでした。

ここでPET全体の数字を500mlの販売本数であるかのように扱うのは避けなければなりません。

そのうえで、二つの資料を組み合わせると急拡大そのものはかなりはっきり見えます。

業界自身が3年連続で「急増」「大幅増」と記録

全国清涼飲料連合会の年間10大ニュースを見ると、500ml PETについて、

  • 1997年:「500ml PETボトルの消費急増」
  • 1998年:「500ml PET飲料、今年も大幅増」
  • 1999年:「500ml PET飲料、今年も大幅増」

と3年続けて記録されています。

自主規制撤廃の翌年から500mlが一時的な新商品で終わらず、急速に市場へ定着していったことが分かります。

PET全体の樹脂生産量も急増している

PETボトルリサイクル推進協議会が現在公開している「旧回収率」の統計では、指定PETボトル用樹脂生産量は次のように推移しています。

年指定PETボトル用樹脂生産量回収量旧回収率
1995年142,110t2,594t1.8%
1996年172,902t5,094t2.9%
1997年218,806t21,361t9.8%
1998年281,927t47,620t16.9%
1999年332,202t75,811t22.8%
2000年361,944t124,873t34.5%

1995年の約14.2万トンから、1999年には約33.2万トン。

4年間で約2.34倍です。

ただし、この数字には大型PETも含まれます。また対象は「指定PETボトル」であり、500ml清涼飲料だけを数えた統計ではありません。

したがって、

「500ml PETの本数が4年で2.34倍になった」

という意味ではありません。

言えるのは、500ml PETが業界史で急増したと記録されている同じ時期に、PETボトル全体の樹脂生産量も大幅に増えていたというところまでです。

1995年の回収率は「1.6%」か「1.8%」か

当時の議論を追っていると、もう一つ数字の食い違いに出会います。

1996年6月12日の衆議院厚生委員会では、青山二三議員が1995年のPETボトル回収率について「推計で1.6%」と発言しています。

一方、PETボトルリサイクル推進協議会が現在公開している旧回収率の系列では、1995年は1.8%です。

現在の公式表では、回収量2,594トンを指定PETボトル用樹脂生産量142,110トンで割った値として1.8%が掲載されています。

今回確認した範囲では、当時の1.6%と現在の1.8%の差が、速報値と確定値の違いなのか、集計条件の違いなのか、後年の統計修正なのかまでは特定できませんでした。

そのため本記事では、統計表については現在のPETボトルリサイクル推進協議会公式系列である1.8%を使用しています。

同時に、1996年当時の国会では1.6%という数字が使われていた事実も残しておきます。

解除した時点では、回収問題はまったく解決していなかった

1996年の旧回収率は2.9%です。

翌1997年に9.8%、1998年に16.9%、1999年に22.8%、2000年には34.5%まで上昇していきます。

これを見ると、1990年代後半に回収システムが急速に広がったことは確かです。

しかし重要なのは順番です。

高い回収率を実現してから小型PETを解除したのではありません。

小型PETを解除した1996年は、まだ旧回収率2.9%の段階でした。

1996年6月の国会では厚生省側も、PETの再商品化施設が近年まで整備されておらず、施設の地域偏在や輸送費などが回収を妨げる要因だったと説明しています。

その後、容器包装リサイクル法の適用、市町村の分別収集拡大、再商品化施設の増設などが進み、回収率が上昇していきました。

つまり1996年は、

「リサイクルが完成してから500mlが始まった年」ではなく、「500mlの急拡大とリサイクル体制の本格整備がほぼ同時進行で始まった時期」

と見る方が実態に近いのです。

500ml PETは、日本人の飲み物の買い方を変えたのか

ここまで調べると、500ml PETの普及は単なる「容器サイズの追加」ではなかったことが見えてきます。

1980年代のPET飲料には、1Lや1.5Lなど家庭へ持ち帰る大型容器がすでに存在していました。

1996年以降はそこへ、1人が外出先で買い、そのまま持ち歩けるPETが大量に加わります。

1996年に主力商品へ500mlが投入され、コンビニを中心に販売が伸びる。

1997年には無糖茶、水、ニアウォーター、紅茶飲料へ広がる。

同年にはコカ・コーラの自動販売機でもPETボトルへの対応が始まります。

そして1997年、1998年、1999年と、業界自身が500ml PETの急増を毎年ニュースとして記録するほどになりました。

「飲み物を買う」という行為の中に、

買う → 開ける → 少し飲む → 閉める → 持ち歩く → また飲む

という使い方が自然に入り込んでいきます。

もちろん、これを500ml PETだけが生み出したと断定することはできません。

コンビニの成長、無糖茶やミネラルウォーター市場の拡大、生活行動の変化なども同じ1990年代に進んでいました。

それでも、軽く、割れにくく、再栓できる500ml前後のPETが、そうした個人消費と極めて相性のよい容器だったことは、メーカーや業界の記録からも読み取れます。

結局、「小型PET自主規制」とは何だったのか

最初は「なぜ昔は500mlのペットボトルが少なかったのか」という素朴な疑問でした。

調べてみると、答えは思ったより複雑です。

1982年、清涼飲料へのPET利用が可能になった。

しかし散乱ごみへの懸念から、国内清涼飲料業界は概ね1L未満の小型PETを自主的に抑えた。

その状態が十数年間続く。

ところが1990年代になると、小型PET入り輸入飲料が増え、業界団体に加盟していない企業も販売を始める。

同時に、PETのリサイクル実験、再商品化施設、容器包装リサイクル法などの整備も進み始める。

加盟企業だけに自主規制を守らせ続けることは難しくなり、独占禁止法との関係も問題になる。

そして1996年4月、全国清涼飲料工業会は自主規制を撤廃しました。

ただし、その時点でリサイクル問題が解決していたわけではありません。

自治体や消費者団体からは反対が起き、厚生大臣も散乱への懸念を国会で示しています。

それでも市場に出た500ml PETは、持ち運びや再栓という特徴と、コンビニ、茶飲料、水、紅茶などの市場拡大がかみ合い、数年で急速に普及しました。

今回の検証結果

1996年に起きたのは「500ml PETそのものの発明」でも「政府による規制解除」でもありません。

1982年から続いていた清涼飲料業界の自主ルールが、環境整備、輸入品、非加盟企業、競争上の問題、消費者需要といった複数の変化の中で維持できなくなり、撤廃された。その結果、国内主要メーカーが500ml PETへ一斉に進み、現在につながる「飲み物を買って持ち歩く」スタイルが急速に広がった――というのが、今回確認できた資料から見える1996年です。

主な確認資料

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