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ゲームセンターの「1プレイ100円」はなぜ長く変えられなかった?100円玉・筐体・消費税が生んだ価格の壁

目次
  1. ゲームセンターの1プレイ100円はなぜ?110円にしにくかった理由と消費税の歴史
  2. 「1プレイ100円」は最初から決まっていたわけではない
  3. そもそも誰がゲーム料金を決めていたのか
  4. 100円玉を入れると、ゲーム機の中では何が起きる?
  5. 100円硬貨そのものはゲームセンターより先に普及していた
  6. 1989年、消費税3%で「100円の弱点」が表面化した
  7. では、103円や110円にすればよかったのでは?
  8. 自動販売機は110円になれたのに、なぜゲームは100円のままだった?
  9. だったら100円から200円にすればよかった?
  10. 50円ゲーセンがあったことが「100円固定ではない」証拠になる
  11. 2009年、本当に「1プレイ120円」を試したゲームセンターがあった
  12. 同じ2009年、ナムコは「100円玉そのもの」から離れようとしていた
  13. PASELIも「100円硬貨からの脱却」という課題から生まれた
  14. 電子マネーは「100円の壁」を壊したが、すべてを解決したわけではない
  15. 消費税5%、8%、10%でも「100円問題」は続いた
  16. 大型筐体やカードゲームは昔から100円とは限らなかった
  17. 2026年現在も「1プレイ100円」は残っている
  18. 技術上は自由になっても、「ゲームは100円」という文化が残った
  19. よくある「1プレイ100円」の説明を整理すると
  20. 結局、なぜ「1プレイ100円」はこんなに長く続いたのか
  21. まとめ|「100円の壁」を作ったのは100円玉だけではなかった
  22. 主な参考資料

ゲームセンターの1プレイ100円はなぜ?110円にしにくかった理由と消費税の歴史

ゲームセンターの1プレイ100円が長く続いた理由を表現したレトロなアーケードゲームのイラスト

ジュースも、電車代も、外食も値上がりしてきました。それなのに、ゲームセンターでは長いあいだ「100円玉を1枚入れて遊ぶ」という光景が残り続けています。

少し不思議です。

消費税が3%になったなら103円、5%なら105円、10%なら110円――ほかの商品なら、そうした価格変更は珍しくありません。ところがアーケードゲームでは、100円の次が110円や120円にならず、長く100円のまま残ったタイトルが数多くありました。

理由は「昔のゲーム機は100円玉しか使えなかったから」だけではありません。

実際には50円で遊べるゲームもあり、100円で2クレジットにする設定も存在しました。2009年にはタイトーが本当に1プレイ120円を試し、ナムコも90円・110円・120円といった料金を設定できる仕組みを導入しています。

それでも100円は、驚くほど長く残りました。

結論から言えば、「1プレイ100円」を長く残したのは100円玉ひとつではありません。硬貨を受け付ける機械、クレジットの仕組み、店舗の集金や両替、利用者の価格感覚、そして消費税。複数の事情が重なった結果、100円は単なる料金ではなく、ゲームセンターの“標準単位”になっていったのです。

「1プレイ100円」は最初から決まっていたわけではない

まず大前提として、ゲームセンターの料金が最初から「100円で1プレイ」に統一されていたわけではありません。

タイトーの公式社史では、1973年に登場した業務用テレビゲーム『エレポン』について、ゲーム料金は基本2プレイ100円だったと説明されています。

つまり1970年代前半には、すでに100円硬貨を投入して遊ぶテレビゲームは存在していたものの、「100円=1ゲーム」が唯一の形だったわけではありません。

さらに、業界紙『ゲームマシン』の1976年11月1日号には、スペースインベーダー登場前の時点ですでに「1プレイ100円」と表示された業務用ゲームの広告を確認できます。

ここは重要です。

「1978年の『スペースインベーダー』が1プレイ100円という料金そのものを作った」という説明は成立しません。

スペースインベーダーが広げたのは「100円を入れて遊ぶ光景」だった

では、1978年に登場した『スペースインベーダー』は関係なかったのでしょうか。

そういうわけでもありません。

タイトーの記録では、『エレポン』の時代からヒットしたゲームのキャッシュボックスが100円玉でいっぱいになる現象が起きており、その後『スペースインベーダー』でも大量の100円硬貨が集まったことが語られています。

スペースインベーダーは喫茶店や専門店など幅広い場所へ広がり、日本のアーケードゲーム市場そのものを急拡大させました。

そのため、位置付けとしては「100円1プレイを発明したゲーム」ではなく、「100円硬貨を投入してビデオゲームを遊ぶ文化を巨大化させた象徴的な作品」と考える方が正確です。

1970年代前半には2プレイ100円の例があり、70年代半ばには1プレイ100円も存在する。そして70年代末から80年代にかけてビデオゲーム市場そのものが拡大していく。

「1プレイ100円」は、ある日突然誰かが全国統一ルールとして決めたのではなく、こうした過程の中で強い標準価格へ育っていったと見るのが自然です。

そもそも誰がゲーム料金を決めていたのか

「ゲームセンター業界が100円と決めていた」と思われがちですが、全国一律で100円を義務付けるようなルールが存在したわけではありません。

料金は、ゲーム機側の仕様、コイン装置、ゲーム基板の設定、店舗の運営方針などによって変えられます。

実際、昔から次のような料金体系が存在しました。

  • 1プレイ50円
  • 100円で2クレジット
  • 1プレイ100円
  • 100円を複数枚入れて1クレジット
  • 大型筐体などで1プレイ200円以上

つまり、100円以外を技術的に設定できなかったわけではありません。

では、何が価格変更を難しくしていたのでしょうか。

100円玉を入れると、ゲーム機の中では何が起きる?

昔のアーケード筐体の仕組みを簡単にすると、次のようになります。

順番動作
1硬貨を投入口へ入れる
2コインセレクターが硬貨を判別する
3正しい硬貨なら信号を出す
4ゲーム側が信号を受け取りクレジットを加算する
5必要なクレジット数に達するとゲームを開始できる

硬貨を判別する装置は一般に「コインセレクター」「コインメック」などと呼ばれます。

旭精工が現在販売しているコインセレクターでも、硬貨の外径、厚み、材質などを利用して投入された硬貨を判別する仕組みが採用されています。

ただし、ここで「100円玉を1枚認識した=必ず1プレイ」ではありません。

100円1枚で2クレジットにもできた

ゲーム側は、何回コイン信号が入ったら何クレジット付与するかを設定できます。

機種や年代によって方法は異なりますが、DIPスイッチなどの設定によって、1コイン1クレジットだけでなく、2コイン1クレジット、1コイン2クレジットといった料金体系を作れるゲームもありました。

1981年の『ゲームマシン』にも、50円硬貨へ対応させるのではなく、100円投入で2ゲーム遊べるようにする機器が掲載されています。

「50円ゲーセン」が成立できたのも同じ理由です。

50円硬貨を受け付けるコインセレクターを使う方法もあれば、100円で2クレジット付ける方法もあります。

1979年の旭精工の広告でも、100円用だけでなく50円用のコインセレクターが確認できます。

問題は「100円以外を設定できなかった」ことではありません。

100円を基準にした機器と店舗運営が大量に存在していたため、その状態から細かな値上げを行うと別の手間が一気に増えたことがポイントです。

100円硬貨そのものはゲームセンターより先に普及していた

日本で100円硬貨が登場したのはゲームセンターより前です。

100円銀貨は1957年に発行され、現在の100円硬貨につながる白銅貨は1967年に登場しました。

その後、1970年代に業務用テレビゲームが広がります。

ゲームセンターが成長する頃には、100円玉はすでに日常的に流通している硬貨でした。機械に1枚投入し、その場で料金を支払うビジネスとの相性がよかったことは想像しやすいでしょう。

ただし、「100円硬貨があったからゲーム料金が100円になった」と直接証明できる資料は確認できません。

ここは因果関係を逆転させないことが重要です。

言えるのは、100円硬貨という扱いやすい単位と、料金を先に投入してクレジットを付与するゲーム機の仕組みが組み合わさり、100円料金を運用しやすい環境ができていたというところまでです。

1989年、消費税3%で「100円の弱点」が表面化した

大きな転換点が1989年4月1日です。

日本で消費税3%が導入されました。

タイトーは70周年の公式史でこの時代を振り返り、「100円1プレイを基本とするゲームセンターは価格変更が難しい」ため、消費税対策に頭を悩ませたと説明しています。

それまで便利だった「100円玉を1枚入れれば遊べる」という仕組みが、ここで逆に弱点になりました。

「100円が103円にならなかったから3円丸損」は正確ではない

ここで注意したいのが消費税の説明です。

「1プレイ100円に3%の消費税が付くから、本来103円。100円のままなら店が毎回3円ずつ損をした」と説明されることがありますが、これは単純化しすぎています。

消費税の納税額は、基本的には課税売上げに係る税額から、課税仕入れ等に係る税額を控除して計算します。事業者の実際の税負担を「1プレイにつき必ず3円」と切り分けることはできません。

ただ、利用者から受け取る料金を100円のまま維持すれば、消費税導入前と同じ100円という売価の中で税負担も含めて経営を組み立てなければならなくなります。

ゲームセンター側にとって、価格転嫁がしにくかったこと自体は事実です。

では、103円や110円にすればよかったのでは?

ここで多くの人が思うはずです。

「100円が安すぎるなら、103円や110円にすればいいのでは?」

理屈としてはその通りです。ただし、硬貨を直接受け取るアーケードゲームでは、飲食店のメニュー価格を100円から110円に書き換えるのと同じようにはいきません。

100円専用の機器構成なら、110円にするためには少なくとも10円硬貨を受け付ける仕組みが必要です。

すると、料金変更は単に数字を書き換えるだけでは済みません。

  • 10円硬貨を判別する機器を追加する
  • 100円と10円を組み合わせてクレジットを付ける仕組みを作る
  • 利用者が10円玉を用意できるよう両替環境を整える
  • 集金後に100円と10円を分けて扱う
  • 筐体の料金表示を変更する
  • 既存筐体を改造・調整する

しかも、多くのビデオゲーム筐体は、自動販売機のように「多めにお金を入れて、お釣りを返す」ことを前提としていません。

料金を受け取ったら、対応するクレジットを増やす。基本はそれだけです。

この違いが、自動販売機とゲーム機の価格変更を大きく分けました。

110円ゲームは技術的に不可能だったわけではない

ただし、「昔のゲーム機では110円にすること自体が不可能だった」と書くのも正しくありません。

複数金種を扱う仕組みを用意すれば、100円+10円という料金も作れます。

現在、旭精工が販売するコインセレクターにも、100円と10円の両方を受け付け、100円料金を110円へ変更する用途を想定した製品があります。

つまり正確には、「110円にはできなかった」のではなく、「100円1枚で完結していた仕組みから110円へ変えると、機械にも店舗運営にも新しい手間が発生した」ということです。

自動販売機は110円になれたのに、なぜゲームは100円のままだった?

この違いを考えると、「100円の壁」が分かりやすくなります。

自動販売機は、複数種類の硬貨を受け取り、投入額を合計し、必要ならお釣りを返すことを前提に作られています。

100円の商品を110円にするなら、100円玉と10円玉を受け取り、合計110円になった時点で商品を出せばいい。

一方、多くのアーケード筐体では、「指定された硬貨を受け付けてコイン信号をゲームへ送る」という簡素な仕組みが長く使われました。

100円1枚で完結していたものを110円にすると、10円という別の硬貨を扱うための仕組みを追加しなければなりません。

1997年、消費税率が3%から5%へ上がる直前には、当時の業界団体AOUが消費税対応をテーマに専門セミナーを開催しています。

そこで話し合われていたのは、単純な「100円か200円か」だけではありません。コインセレクターやプリペイドカードなど、100円単位から料金をどう動かすかという問題まで含まれていました。

つまり、ワンコイン料金と消費税の相性の悪さは、後から作られた都市伝説ではなく、当時の業界自身が認識していた現実的な課題でした。

だったら100円から200円にすればよかった?

110円にするのが面倒なら、100円玉を2枚入れて200円にすれば簡単そうです。

機械的には、その方がずっと扱いやすいケースがあります。

実際、複数コインで1クレジットにする設定は可能ですし、大型体感ゲームや特殊な筐体では200円以上の料金も存在してきました。

それでも一般的なビデオゲームが一斉に100円から200円へ移らなかった最大の問題は、値上げ幅です。

100円から200円は100%の値上げです。

消費税3%や5%への対応として行うには、あまりにも価格差が大きくなります。

しかもゲームは、1回遊べば必ず同じ時間楽しめる商品ではありません。

上手な人なら長く遊べる一方、慣れていない人は短時間でゲームオーバーになることもあります。100円なら挑戦できても、1回200円になれば受け止め方は変わります。

後にタイトーが120円を試した際にも、わずか20円の値上げですら利用者の納得を得る難しさが語られました。

200円化そのものが不可能だったのではなく、「100円から次の扱いやすい硬貨単位へ動かすと、値上げ幅が大きくなりすぎる」という問題があったわけです。

50円ゲーセンがあったことが「100円固定ではない」証拠になる

ここまで読むと、「値上げが難しいなら、値下げも難しかったのでは?」という疑問も出てきます。

ところが実際には、1プレイ50円で営業する店舗や、100円で2クレジット遊べる店舗は存在しました。

これが示しているのは重要です。

100円以外の価格を技術的に設定できなかったわけではない。

50円硬貨に対応したコイン機構を使うこともできましたし、100円を入れたときに2クレジット付ける方法もありました。

一方、値上げでは事情が違います。

100円2クレジットにするなら、利用者はこれまでと同じ100円玉を1枚入れるだけです。

しかし120円にするなら、10円玉という別の硬貨を追加で用意しなければなりません。

同じ「料金変更」でも、値下げと細かな値上げでは店舗の負担が違いました。

2009年、本当に「1プレイ120円」を試したゲームセンターがあった

「100円から120円への変更は面倒だった」という話を、実際に試した会社があります。

タイトーです。

業界紙『ゲームマシン』によると、2009年2月、タイトーは首都圏の一部店舗でゲーム料金の値上げテストを始めました。

開始日店舗料金変更例
2009年2月2日タイトーステーション渋谷店100円→120円など
2009年2月6日海老名店同様の価格テスト
2009年2月9日国分寺店同様の価格テスト

一部では100円だったゲームを120円へ、400円だったものを480円へ変更しました。

そして面白いのが、その120円をどう受け取ったかです。

100円硬貨の投入口とは別に10円硬貨の投入口を設け、合計120円分の信号が入ると1クレジットを付与する方式が採られました。

つまり、「120円ゲームは硬貨では作れない」というわけではありません。

実際に作れたのです。

では、なぜ全国のゲームセンターが120円にならなかったのでしょうか。

20円上げるだけでも、機械以外の問題が出てきた

2015年、タイトーの大和一彦副社長はGAME Watchのインタビューで、この120円実験を振り返っています。

そこで挙げられた問題は、機械の改造だけではありませんでした。

  • 利用者が10円玉を持ち歩く必要がある
  • 100円と10円という複数の金種を店舗で扱うことになる
  • 集金や両替の工程が増える
  • 20%の値上げを利用者にどう納得してもらうかという問題がある

ここに「1プレイ100円」が長く残った理由が凝縮されています。

100円から120円へ変えることはできる。しかし、20円を上げるために、利用者にも店にも新しい負担が生まれる。

機械だけを見れば可能でも、店舗運営まで含めると簡単ではありませんでした。

同じ2009年、ナムコは「100円玉そのもの」から離れようとしていた

興味深いことに、タイトーが120円を現金で試していた2009年、ナムコは別の方向から同じ問題を解こうとしていました。

プリペイド式ICコイン「ナムコイン」です。

バンダイナムコグループの資料によると、ナムコインは旭精工と共同開発され、NAMCOLAND平塚店で運用を開始しました。

従来の現金投入口では100円単位になりやすかった料金を、IC方式なら10円単位で設定できます。

当時の報道では、90円、110円、120円といった料金設定のほか、店舗のPCから料金を変更したり、曜日や時間帯に応じて割引したりする仕組みも紹介されました。

これは単に「小銭を使わなくて済む」という便利機能ではありません。

ゲーム料金を、100円硬貨という物理的な単位から切り離す試みだったのです。

ただし、ナムコインが全国のゲームセンターで標準方式にならなかった理由について、今回確認できた一次資料だけから一つの原因へ絞ることはできません。

「利用者に嫌われたから失敗した」といった単純な説明は避けるべきでしょう。

PASELIも「100円硬貨からの脱却」という課題から生まれた

2009年には、コナミも電子マネー「PASELI」を開始しています。

日本アミューズメント産業協会が2021年に掲載したコナミアミューズメント沖田勝典社長へのインタビューでは、長年続いた「1プレイ100円」のビジネスモデルと、100円硬貨からの脱却が業界の課題として語られています。

電子決済なら、110円や120円といった価格を設定するために、10円硬貨用の投入口を増やす必要はありません。

80円、90円、110円、120円、150円といった金額も、システム上は扱いやすくなります。

100円から200円へ一気に飛ぶ必要もなくなります。

電子マネーは「100円の壁」を壊したが、すべてを解決したわけではない

キャッシュレス化によって、価格設定の自由度は大きく上がりました。

タイトーが2015年に電子マネー決済を本格導入した際にも、110円や90円など、現金では扱いにくかった細かな料金設定ができることが利点として挙げられています。

ここまで来ると、「100円玉だから料金を変えられない」という技術上の制約はかなり小さくなります。

しかし、キャッシュレスなら何もかも解決するわけではありません。

  • 決済端末の導入費
  • 通信設備
  • 決済手数料
  • 古い筐体との接続
  • 店舗システムの改修
  • 現金しか使わない利用者への対応

といった別のコストが発生します。

JAIAのインタビューでも、キャッシュレス化では設備投資や決済手数料が新たな負担になることが指摘されています。

したがって、電子マネーが解決したのは「価格を100円硬貨の額面に合わせなければならない」という問題であって、ゲームセンター経営全体のコスト問題ではありません。

消費税5%、8%、10%でも「100円問題」は続いた

時期消費税率ゲームセンターを巡る主な動き
1989年4月3%100円1プレイの価格変更の難しさが顕在化
1997年4月5%AOUが消費税対応、コイン機構、カード方式などを議論
2009年5%タイトー120円実験、ナムコイン、PASELIなど価格多様化への試み
2014年4月8%100円単位料金を巡る問題が継続
2019年10月10%電子マネー、QR決済、複数金種対応など選択肢が拡大

ただし、「消費税が3%、5%、8%、10%と上がるたび、その分だけゲームセンターの利益が減った」と単純化するのも適切ではありません。

店舗経営には筐体価格、基板代、家賃、人件費、電気代、通信費、修理費など多くの費用があります。ネットワークゲームではタイトルや契約によって別の費用構造もあります。

100円価格の問題はその一部です。

ゲームセンターがなぜ減ったのかについては、店舗数、家庭用ゲーム、スマートフォン、運営費、プライズゲームへのシフトなどを別記事で詳しく整理しています。

「ゲームセンターが減った最大の原因は100円料金だった」と結論付けることはできません。

大型筐体やカードゲームは昔から100円とは限らなかった

もう一つ外せないのが例外です。

ゲームセンターにあるすべてのゲームが何十年間も100円だったわけではありません。

大型体感ゲーム、レースゲーム、カード排出型ゲーム、特殊な設備を使うゲームなどでは、200円以上の料金も使われてきました。

タイトーの『電車でGO!!』でも、1プレイ200円からという料金設定例があります。

クレーンゲームも同じです。

100円1回、200円1回、500円で複数回など店舗や機種によって料金が異なります。

この記事で扱っている「100円文化」は、主に1970年代末以降のビデオゲームを中心に長く定着した100円1クレジットという標準的な感覚です。

「ゲームセンターは全部100円だった」と置き換えてしまうと、実態から外れてしまいます。

2026年現在も「1プレイ100円」は残っている

では、キャッシュレスが広がった現在、「1プレイ100円」は過去のものになったのでしょうか。

いいえ。

2026年7月に行われたバンダイナムコアミューズメントの『湾岸ミッドナイト マキシマムチューン イグニッション』ロケテストでも、公式案内は1プレイ100円、コンティニュー100円でした。

新しいアーケードゲームでも、100円料金はまだ現役です。

一方で、現在のゲームセンターには200円のゲーム、カード購入を伴うゲーム、電子マネー対応機、独自ポイントを使う店舗、複数回料金のプライズゲームなど、さまざまな料金体系があります。

つまり2026年の状況は、

「100円の壁が完全になくなった」のでも、「昔のまま100円しか使えない」のでもありません。

技術的には、価格を100円単位から切り離す手段が揃いました。

それでも100円が残っている。

ここまで来ると、その理由は機械だけでは説明できません。

技術上は自由になっても、「ゲームは100円」という文化が残った

1970年代から何十年も「100円玉を入れて遊ぶ」という体験が続けば、100円そのものがゲームセンターの価格感覚になります。

100円ならもう1回。

負けても100円ならもう一度。

コンティニューするため、筐体へもう1枚100円を入れる。

そうした行動まで含めて、料金体系がゲームの遊ばれ方に組み込まれていきました。

2009年に120円を試したタイトーが、わずか20円でも利用者の受け止めを課題として挙げていることは象徴的です。

価格を変更できる機械を作れば、それだけで問題が終わるわけではありません。

「ゲームセンターのゲームは100円」という長年の感覚そのものも、価格を動かしにくくする要素になっていたと考えることができます。

ただし、これは全国すべての店舗や利用者が同じ感覚を持っていた、という意味ではありません。

店舗、地域、ゲームの種類によって料金は異なります。

よくある「1プレイ100円」の説明を整理すると

よくある説明判定実際は?
スペースインベーダーが1プレイ100円を作った誤り1976年時点ですでに1プレイ100円の例を確認できる
ゲームセンターは昔から全部100円だった誤り1973年『エレポン』は基本2プレイ100円。50円や200円以上の例もある
昔の筐体は100円玉しか認識できなかった誤り50円用などのコインセレクターもあり、クレジット比率も変更できた
消費税3%で1プレイごと3円丸損した不正確実際の消費税納付額は仕入税額控除などを含めて計算する
100円の次は必ず200円だった一部正しい100円中心設備では200円にしやすいが、120円なども実際に可能だった
電子マネー登場まで料金変更できなかった誤り以前から変更可能。電子マネーは細かな価格変更を大幅に容易にした
100円据え置きがゲームセンター衰退の原因断定できない経営には家賃、人件費、電気代、筐体費など多くの要因がある

結局、なぜ「1プレイ100円」はこんなに長く続いたのか

「100円玉しか使えなかったから」という説明だけでは足りません。

「消費税を価格へ転嫁できなかったから」だけでもありません。

実際には、いくつもの事情が重なっています。

要因100円が残りやすくなった理由
100円硬貨1枚で支払いが完結し、硬貨投入型ゲームと相性がよかった
コイン機構既存筐体が100円を中心に構成されると、別金種への変更に機器対応が必要になる
釣り銭を出さない仕組み自販機のように110円、120円へ細かく動かしにくい
店舗運営硬貨の種類が増えると両替、集金、計数などの作業も増える
値上げ幅100円硬貨だけで完結させようとすると、次の分かりやすい価格が200円になりやすい
利用者の価格感覚長年の「1回100円」が基準となり、少額の値上げでも受け止めが問題になる
消費税1989年以降、細かな価格変更がしにくい弱点が何度も表面化した

そして最も興味深いのは、技術が進んだ現在です。

電子マネーなら110円でも120円でも設定できます。

それでも2026年の新しいゲームに「1プレイ100円」が残っています。

つまり、100円はいつの間にか「100円玉でなければ設定できない料金」から、技術的な制約が薄れても残るゲームセンター文化の価格へ変わったとも言えます。

まとめ|「100円の壁」を作ったのは100円玉だけではなかった

ゲームセンターの「1プレイ100円」は、スペースインベーダーとともに突然始まったものではありません。

1973年の『エレポン』は基本2プレイ100円。1976年にはすでに1プレイ100円の例が確認できます。その後、ビデオゲーム市場の拡大とともに100円が強い標準価格になっていきました。

料金そのものは昔から変更できます。

50円ゲームも、100円2クレジットも、200円ゲームもありました。

問題は、100円から少しだけ上げたいときです。

110円や120円へ変更すると、10円硬貨への対応、両替、集金、機器改造など、100円ワンコインでは必要なかった仕事が増えます。

逆に100円硬貨だけで値上げしようとすれば、200円という大きな段差が待っています。

1989年に消費税が導入されると、その構造的な弱点が目立つようになりました。

2009年にはタイトーが本当に120円を試し、ナムコインやPASELIは料金を100円硬貨から切り離そうとしました。

現在は電子マネーによって、細かな価格設定そのものは難しくありません。

それでも100円は残っています。

「1プレイ100円」を長く縛ったのは100円玉だけではなく、その100円玉を中心に何十年も積み上がった機械、店舗運営、価格感覚、そしてゲームセンター文化そのものだった。

100円玉を1枚入れる。

たったそれだけの動作の裏には、半世紀近く続いてきたアーケードゲームの価格の歴史が詰まっていたのです。

主な参考資料

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