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今も生きている日本最古級の「個人ホームページ」を探す|1995年のサイトは2026年も開く?

日本最古級の個人ホームページは今も見られる?1990年代の現存サイトを調査

1990年代の個人ホームページが表示されたCRTモニターと現在まで続く通信ケーブルを描いたイラスト

30年以上前に作られた個人ホームページのURLを、2026年の今、ブラウザに入力したらどうなるのか。

ページが消えている。別のサイトに変わっている。Internet Archiveにだけ残っている。そんなケースが多い一方で、調べていくと1990年代半ばに作られたページが、今でも普通のWebサイトとして直接開く例が実際に残っています。

しかも、ただドメインが生きているだけではありません。1995年当時の日記、アクセスカウンター、古いリンク集、「リンクはご自由に」といった時代を感じさせる記述まで、そのまま残っているページがあります。

先に今回の結論

「日本最初期の個人ホームページ」として有力なのは、伊藤穰一氏らが1993年から構築したWebサイトと、その後の「富ヶ谷/TOMIGAYA」の系譜です。ただし1993年当時の最初のページそのものは現存していません。

一方、今回確認した中で1995年当時からの個人ホームページとして、2026年現在も直接アクセスできる特に古い有力例は、大森望氏の「nozomi Ohmori SF page」。開設日は1995年3月31日です。

さらに「The Web KANZAKI」は1995年開始のサイトでありながら、2026年10月にも更新が続いていました。

まず「現存」の意味を決めないと、最古は決められない

古いホームページを調べると、すぐに問題になるのが「残っている」の意味です。

Internet Archiveで1995年の画面を見ることができても、それは2026年現在もサイトが運営されていることを意味しません。逆に、URLを変えながら30年間コンテンツを引き継いできたサイトもあります。

そこで今回は、次のように分けました。

区分状態今回「現存」とするか
A当時のURL・ホスト名で現在も直接アクセスできる○
BURLは変わったが、同じサイトの系譜として継続○
C現在のサイト内に1990年代のコンテンツが残る○
D公式の復元版・保存版のみ×
EInternet Archiveやミラーでしか見られない×
F存在した記録はあるが、サイト自体は消滅×

HTTPからHTTPSへの変更や、wwwの有無程度は同じサイトとして扱います。ただし、古いドメインを開いたら全く別の会社や広告ページになった場合は「現存」には含めません。

日本最初のWebページは1992年。ただし個人ホームページではない

出発点として押さえておきたいのが、日本最初のWebページです。

高エネルギー加速器研究機構(KEK)によると、日本で最初のWebページが公開されたのは1992年9月30日。当時KEKデータ処理センターの森田洋平氏がCERNを訪れた際にHTMLファイルを作り、KEKのサーバーに置いたものが日本初とされています。

KEK自身が「日本初のホームページ」として経緯を公開しており、当時使われたサーバーも保存されています。

ただし、これは研究機関のWebページです。今回探している「個人が自分の情報や趣味を発信する個人ホームページ」とは別になります。

1993年、「富ヶ谷」はどこまで今につながっているのか

個人ホームページの歴史を追うと、かなり早い段階で出てくるのが伊藤穰一氏の「富ヶ谷/TOMIGAYA」です。

デジタルガレージは公式の沿革で、1993年に伊藤氏の自宅へインターネット専用回線が引かれ、「日本初の個人ホームページ『富ヶ谷/TOMIGAYA』」が誕生したと説明しています。

デジタルガレージのコンテクストタイムラインにも1993年の出来事として明記されています。

ただし「1993年」と「1994年」を一緒にすると話がおかしくなる

ここは少し複雑です。

伊藤氏本人は後年の博士論文で、1993年にNCSA HTTPdを使ってWebサイトをセットアップした一方、1994年にeccosys.comで「Tomigaya」と呼ぶ最初の本格的なWebサイトを作ったと振り返っています。

つまり、「Webサイトの活動開始」を1993年、「Tomigayaとして本格化した時期」を1994年と見ると、資料同士の食い違いを無理なく説明できます。

そして重要なのは、1993年当時のページがそのまま今も開くわけではないことです。

伊藤氏自身が2016年に書いた「ブログのリフォームとこのサイトの歴史」では、1993年にWebサーバーを立ち上げたこと、コンテンツの多くを後のサイトへ引き継いできたことが説明されています。その一方で、1993年の最初のバージョンは失われているともしています。

現在のJoi Ito's Webは2026年にも直接アクセスでき、2026年4月20日付の記事も確認できます。1993年の日付を持つコンテンツも現サイト内にありますが、後からブログへ移植されたものも含まれるため、「1993年のHTMLがそのまま残っている」と理解するのは正確ではありません。

富ヶ谷は「日本最古級の個人Webの系譜」として非常に重要。ただし「1993年のURLとページがそのまま残る現存最古サイト」ではありません。

1994年の個人サイトを探す。しかし「そのまま生存」が難しい

次に1994年を追いました。

この時期には、大学サーバーなどを利用した個人ページがすでにいくつも存在します。ところが2026年まで追うと、「当時の個人サイトが、そのまま個人サイトとして今も直接開く」という条件を満たす例は急に見つけにくくなります。

代表的なのが「秋保窓」です。

1994年、東北大学のサーバー内で樋口隆司氏が個人ページとして始めたオンラインソフト紹介ページで、後にインプレスへ移転して「窓の杜」となりました。

この経緯は窓の杜自身の5周年記事にも詳しく残っています。

サイトの系譜自体は現在まで続いていますが、今の窓の杜は企業メディアです。今回の「今も生きている個人ホームページ」には含めません。

ほかにも1994年には複数の個人ページが確認できますが、今回調べた範囲では、1994年開始でA~Cの条件を明確に満たすサイトを断定できませんでした。

ここで「1994年のサイトはすべて消えた」と言うのも危険です。完全な母集団を作ることは難しく、大学・プロバイダの古いユーザー領域に未発見のページが残っている可能性もあります。

1995年3月31日。ついに「本当に開く」個人ホームページへ

1995年まで進むと、状況が変わります。

現在もASAHIネット上で直接開く「nozomi Ohmori SF page」です。

運営者はSF翻訳家・評論家の大森望氏。現在のページタイトルにも「since Mar.31 1995」とあり、さらにサイト内の1995年更新履歴には3月31日にホームページを開設した記録が残っています。

現在のnozomi Ohmori SF pageは、Internet Archiveを経由する必要がありません。2026年現在のURLへアクセスすると、そのままページが表示されます。

1995年の日記まで今のサイト内に残っている

さらに面白いのが、ページの中身です。

「狂乱西葛西日記」は1995年4月9日に始まったとされ、現在のページから「1995年~2004年の日記」へそのまま辿れます。トップには1999年12月7日に100万アクセスへ到達した記録も残っています。

「電脳写真館」「profile」「超軽量万能links」といったリンクが並ぶ構成も、現在のWebサイトとはかなり違います。

このサイトがさらに興味深いのは、URLも一度も変わっていないわけではない点です。

2008年の大森氏自身の告知によれば、1995年から使っていた「www.ltokyo.com」(それ以前のsdw.com系を含む)が運用終了となり、それまでミラーだったASAHIネット側を本サイトへ昇格させています。

つまりこれは、30年前と同じURLが生き続けた例ではなく、移転しながら同じ個人サイトの内容が生き延びた例です。

今回確認した範囲では、2026年に直接開く「1995年開始の個人ホームページ」として最古級の非常に強い候補です。ただし、日本中の全個人サイトを網羅しているわけではないため「現存する日本最古」とまでは断定しません。

1995年夏開始のMacTreeも現在まで残っている

同じ1995年には、Macintosh関連情報を扱ったMacTreeも登場しています。

現在のMacTreeのAboutページには、1995年の夏、日本のインターネット黎明期に海外のMac情報を国内へ紹介する形で始まったと記されています。

当時の記録では8月1日に「Welcomehome」として開設され、8月15日に「MacintoshTree」へ改称。その後MacTreeとなりました。

現在もmactree.netへ直接アクセスできます。

ただし、最初から現在まで一人だけで運営しているわけではありません。開始当初は岸田浩一氏による個人ページでしたが、後に「MacTree Project」として複数人運営へ変わっています。

「個人サイトから始まり、形を変えながら30年以上残った」という意味で重要な一例です。

1995年12月開始なのに、2026年10月にも更新中の「The Web KANZAKI」

今回の調査で、長寿という意味で特に驚かされたのが神崎正英氏の「The Web KANZAKI」でした。

神崎氏自身が公開しているメタデータの記述例では、「The Web KANZAKI」のURLを「http://www.kanzaki.com/」、日付を1995年12月15日としています。

そして2026年10月6日に現在のThe Web KANZAKIを確認すると、普通に開きます。

さらにトップページには「最近の雑談集(2026年10月05日)」の表示があります。

1995年から30年以上が過ぎても、「昔あったサイト」ではなく、まだ動いているサイトです。

古いページも消さず、新しいページと同居している

The Web KANZAKIには、1995~1998年の世論調査、1996~1998年の週刊誌見出し、1990年代のPC関連情報など、かなり古いコンテンツへのリンクが今も残っています。

サイト全体を現代風に作り直して昔のページを捨てるのではなく、古い情報と新しい情報が同じWebサイト内に積み重なっている。そのため、30年以上という時間の厚みがそのまま見えます。

「現存最古」という一点だけでなく、1990年代開始の個人Webが2026年まで更新を続けている例として非常に価値の高いサイトです。

1996年の「東京トイレマップ」は、20世紀のページがそのまま開く

さらに1年進めて1996年。

ここで強烈な「時間が止まったサイト」が出てきます。

林雄司氏が作った「東京トイレマップ」です。

林氏自身が後年、1996年1月に開設したと振り返っており、現サイトには「1996年1月15日からアクセス回数」というカウンターの記述まで残っています。

現在の東京トイレマップを開くと、ページ冒頭には「2010/10/18更新」と表示されています。

そこから少し下へ進むと、さらにすごい一文があります。

「以下は全て1998年以前の情報です」

そして区切りには「ここから20世紀」。

きれいなトイレ、汚いトイレ、トイレリンクス、駅ごとの評価などが並びます。

林氏は2010年のデイリーポータルZの記事で、1996年に始め、約2年間更新したあと1998年から止まっていたページを14年ぶりに一部更新したと説明しています。

ページの多くは1990年代の情報のまま。にもかかわらず、2026年現在もASAHIネット上のURLへ直接アクセスできます。

「昔のホームページをInternet Archiveで見る」のではなく、20世紀に作られたページを現在のWebから直接開いているという感覚を最も味わいやすい一例です。

文章の日付まで1995年へ遡る「雑文館」

もう一つ紹介しておきたいのが「雑文館」です。

現在の雑文館の保管庫は2026年現在も直接開きます。トップにはバックナンバー、自己紹介、リンク集があり、「リンクは御存分にどうぞ」という文言やアクセスカウンターの画像も残っています。

バックナンバーを遡ると、最初の文章として1995年10月16日付の「この秋いちばん」が現在も読めます。

ただし、ここでは「1995年10月16日=Webサイト開設日」と単純には扱いません。

文章が書かれた日と、それがWebサイトとして公開された日は同じとは限らないからです。

今回のテーマでは、こうした違いがかなり重要です。「1995年の日付がページにある」ことと、「1995年から同じWebサイトが存在する」ことは別の証拠になります。

それでも、1995~2000年の文章、昔ながらのリンク集、カウンターなどが現在の通常URL上に残るサイトとして、非常に面白い存在です。

「今もある」ように見えても、個人サイトではなくなった例もある

古いサイトを探すと、「URLも名前も残っているから現存」と判断したくなるケースがあります。

しかし、運営主体まで見ると事情が違うことがあります。

1996年1月18日に始まった「検索デスク」はその代表例です。

当時の運営記録には、開始当初は一人で運営していたこと、1998年に独自ドメイン「searchdesk.com」へ移ったこと、アクセスカウンターを毎朝記録していたことなどが細かく残っています。

検索デスクの「歩み」は、1990年代のWeb文化そのものを読む資料としてもかなり面白いページです。

現在も検索デスクは稼働していますが、創業者が2023年12月に亡くなり、2024年4月から親族が設立した検索デスク株式会社が事業を承継しています。

そのため「1996年から同じ個人が運営し続けているサイト」とは扱えません。一方で、「個人サイトとして始まり、形を変えながら30年残ったサイト」という歴史的価値は十分にあります。

今回確認できた最古級サイトを並べるとこうなる

サイト開始時期2026年の状態URL・運営の連続性扱い
富ヶ谷/Joi Ito's Web1993年にWeb活動開始、1994年にTOMIGAYA本格化現サイトは2026年にも更新URL・システムは変化。最初期版は失われたB・C/最古級の系譜
nozomi Ohmori SF page1995年3月31日直接アクセス可。1995年の日記・更新履歴も残る旧URL終了後、ミラーだったASAHIネットへ移転B・C/現存最古級の強い候補
MacTree1995年夏mactree.netが直接開く名称・URL変更、後に複数人運営B
The Web KANZAKI1995年12月15日2026年10月にも更新kanzaki.comで現在も公開A・C/現役型の超古参
東京トイレマップ1996年1月直接アクセス可。最終更新表示は2010年10月18日ASAHIネットの古いURLが生存A・C/時間停止型
検索デスク1996年1月18日現在もサービス継続個人サイトから法人運営へ承継B/現在は純粋な個人サイトではない

この表を見るだけでも、「最古」という言葉を一つにまとめるのが難しいことが分かります。

  • 最初期の個人Webの系譜なら富ヶ谷
  • 今回直接アクセスまで確認できた1995年初頭の個人HPなら大森望氏のサイト
  • 1995年開始で2026年も更新中ならThe Web KANZAKI
  • 昔のページが時間を止めたように残るなら東京トイレマップ

一つのサイトへ無理に「日本最古」の称号を集中させるより、このように条件を分けた方が実態に近いでしょう。

1990年代の個人ホームページは、本当にこんな感じだった

今回面白かったのは、古いサイトについて書かれた資料を読むだけでなく、現在のURLを実際に開くことで「当時のWebの癖」が見えてきたことです。

大森望氏のページにはアクセス数の節目を記録したログがあり、東京トイレマップには1996年1月15日からのアクセスカウンター表記があります。雑文館にもカウンター画像が残っています。

このアクセスカウンターから「キリ番」文化が広がっていった経緯については、ホームページの「キリ番」はなぜあんなに重要だった?アクセスカウンターが消えたインターネットでも詳しく紹介しています。

リンク集が独立した主要コンテンツになっているのも特徴的です。検索エンジンが今ほど強くなかった時代、誰かのホームページに置かれた「おすすめリンク」は、そのまま次のサイトへ進む入口でした。

雑文館の「リンクは御存分にどうぞ」のように、リンクそのものについて方針を書いているサイトも残っています。

検索デスクの1998年の運営記録には、Internet ExplorerとNetscape Navigatorの利用比率を調べた記録や、フレームを使っていた記述まで残されています。

ただし、「90年代のホームページは全部GIFアニメで、MIDIが鳴って、工事中マークだらけだった」と決めつけるのも違います。

今回確認した最古級サイトは、むしろ文字とリンクを中心にした比較的シンプルなページも多くありました。

Internet Archiveに残っていることと、「生きている」ことは別

古いWebを調べるうえでInternet ArchiveのWayback Machineは欠かせません。

当時のURL、ページデザイン、閉鎖したサイトなどを確認できるため、歴史調査では極めて有用です。

しかし今回のテーマでは、アーカイブだけに存在するページは「現存」としていません。

たとえばURLを入力すると現在のサーバーからHTMLが返ってくるサイトと、Wayback Machineへ行かなければ見られないサイトでは、状態がまったく違うからです。

逆に言えば、大森望氏のページや東京トイレマップが面白いのは、「昔のページを保存サイトで見ている」のではなく、今も公開されているWebページそのものを見ている点にあります。

古いURLを開いて404になったときに表示される「404 Not Found」の由来については、「404 Not Found」の404って何?有名な“404号室説”は本当なのかでも検証しています。

では、「今も生きている日本最古の個人ホームページ」はどこなのか

ここまで調べても、答えを一つに絞ることはできませんでした。

「日本最初期の個人ホームページ」という意味では、1993年から始まった伊藤穰一氏らのWeb活動と「富ヶ谷」が最重要候補です。デジタルガレージは日本初の個人ホームページと位置づけています。

ただし、その1993年版そのものは失われています。

一方、今回の調査で1995年当時の個人ホームページとして開始時期を確認でき、2026年現在も通常URLから直接アクセスできた最古級の有力例は、大森望氏の「nozomi Ohmori SF page」でした。

そしてThe Web KANZAKIは1995年12月からのサイトでありながら、2026年10月現在も更新が続いています。

1996年の東京トイレマップに至っては、ページの中に「ここから20世紀」と書かれた領域が今でも普通に開きます。

30年前のWebは、すべて博物館やInternet Archiveの中に閉じ込められているわけではありません。

2026年のインターネットの片隅には、1990年代に書かれたHTMLが、古いリンクやカウンターと一緒にまだ接続されたまま残っています。

そして、The Web KANZAKIのように、その30年分の歴史の上へ今も新しい文章を書き足している人までいます。

Webは新しい情報へ置き換わり続ける場所に見えますが、探してみると意外なほど古い地層がそのまま残っている。今回見つけたのは、「日本最古」という一つの記録以上に、そんなインターネットの姿でした。

あわせて読む|Web黎明期の記録

個人ホームページより前の日本のWeb史を知りたい方には、日本最古級のWebサイトを追跡した記事があります。また、ホームページに残された文章そのものをたどるなら、1990年代の個人Web日記の現存調査へ進めます。

主な確認資料・現存サイト

※現存状況・更新状況は2026年10月6日時点で確認。古いWebサイトは予告なく閉鎖・移転される可能性があります。また、本記事の「最古級」は確認できた資料と現存URLに基づくもので、日本国内に存在したすべての個人ホームページを網羅した絶対順位ではありません。

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