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海の底に「湖」がある?海中なのに岸辺と波まで存在する不思議な場所

海底に「湖」がある?ブラインプールとは|岸辺や波ができる理由

深海の海底に湖のように広がるブラインプールと、その上を進む無人探査機のイラスト

海の底を潜水艇で進んでいると、突然、海底に「水面」のような境界が現れる。

その向こうには湖のような水の塊が広がり、周囲には岸辺らしき場所まである。しかも、その水面には波が立つことさえあります。

海の中なのに、さらに湖がある。

一見すると矛盾しているようですが、これは実際に深海で確認されている現象です。

正体は「ブラインプール(brine pool)」。周囲の海水よりはるかに塩分が高く、密度の大きな水が海底の窪みにたまったものです。

普通の湖がそのまま海底へ沈んでいるわけではありません。それでも、研究者や海洋探査機関が「湖」「岸」「浜」「波」と表現するほど、見た目も振る舞いも地上の湖によく似ています。

海の底にある「湖」の正体はブラインプール

ブラインとは、非常に塩分濃度の高い水のことです。

海水にも塩は含まれていますが、ブラインプールを満たしている水は、それよりさらに塩分が高くなっています。

塩を多く含む水は、同じ体積なら普通の海水より密度が大きくなります。そのため海底へ出てきたブラインは周囲の海水の中を上昇せず、低い場所へ流れ落ち、窪地にたまります。

米国海洋大気庁(NOAA)は、こうしてできるブラインプールを「海中の湖」にたとえています。場所によっては湖だけでなく、海底を流れる川や滝のような形になることも確認されています。

つまり、海の中に別の種類の液体が存在しているわけではありません。

どちらも主成分は水。ただし塩分と密度が大きく違うため、同じ海中に二つの水の層ができているのです。

NOAAの映像では、本当に「水面」のように見える

NOAA Ocean Todayには、ブラインプールを紹介する公式映像「Lakes in an Ocean」が公開されています。

映像を見ると、「海中に湖」という表現が単なる言葉遊びではないことが分かります。

出典:NOAA Ocean Today「The Depths Below - Lakes in an Ocean」

NOAAはこの中で、海底のブラインプールには地上の湖と同じように岸辺、表面、さらには波まで存在すると説明しています。

水の中なのに、なぜ「水面」ができる?

一番不思議なのはここでしょう。

コップへ水を注げば混ざるのに、なぜ海水とブラインは一つにならず、湖面のような境界を作れるのでしょうか。

大きな理由は密度差です。

高濃度の塩を含んだブラインは普通の海水より重いため海底側へ沈み、その上に比較的軽い海水が乗ります。

海底のブラインプールを単純化すると
通常の海水
比較的軽い
↑ 塩分・密度が急に変化する境界 ↑
高濃度のブライン
重いため海底にたまる

重い水が下、軽い水が上にある状態は安定しています。そのため、両者の間で大規模な混合が起こりにくく、はっきりした境界が維持されます。

探査映像では、その境界がゆらゆらと揺れたり、潜水艇が上に乗っているように見えたりします。

ただし、ここには透明な膜や壁があるわけではありません。

また「絶対に混ざらない」という説明も正確ではありません。境界を越えた拡散は起こりますし、大きな撹乱が加われば混合も進みます。それでも密度差があるため、静かな状態では強い成層を保ちやすいということです。

「水の中にもう一つ水面が浮かんでいる」という奇妙な景色は、この密度差が目に見える形で現れたものなのです。

本当に「岸辺」がある|深海1,770mで見つかったNEOM Brine Pools

「湖みたいに見える」というだけなら、まだ比喩の範囲に感じるかもしれません。

ところが、実際の研究論文には「shore(岸)」「beach(浜)」「swash zone(波打ち際)」に相当する表現まで登場します。

その代表例が、紅海北部のアカバ湾で発見されたNEOM Brine Poolsです。

2020年、調査船「OceanXplorer」による探査で、水深約1,770mの海底から一つの大きなブラインプールと三つの小さなプールが発見されました。

2022年に『Communications Earth & Environment』で発表された研究によると、最大のプールは長さ約260m、幅約70m、面積約1万平方メートル。中央部ではブラインの厚さが最大約6mあります。

さらに興味深いのが、その外周です。

研究チームがプールの縁を調べると、通常の海底からブライン本体へ向かって、いくつもの帯状の環境が並んでいました。

  • 通常の海底
  • 微生物によって灰色に見える幅約1~2mの「beach」に相当する帯
  • オレンジ色をした「swash zone(波打ち際)」
  • 常にブラインに覆われているプール内部

つまり、人間が勝手に写真を見て「浜辺っぽい」と呼んでいるわけではありません。

研究論文そのものが、地上の海岸になぞらえて「beach」「shore」「swash zone」と記述しているのです。

しかも「波」まで立つ|海中の波打ち際は本当にあった

では、タイトルにある「波」はどうでしょうか。

これも確認されています。

NEOM Brine Poolsの調査では、ROV(遠隔操作無人探査機)の動きによってブライン表面に小さな波が起きると、そのブラインが周囲の灰色の「beach」部分まで一時的に押し寄せる様子が観察されました。

研究チームは自然状態でも、ブラインそのものの流入、大型生物が表面に触れること、斜面から物質が流れ込むことなどによって表面が乱され、同様の冠水が起きると考えています。

NOAAの資料にも、ブラインプール表面に波紋が見える実例があります。

ただし、この「波」を地上の湖の波とまったく同じものだと考えるのは違います。

風が吹いてできる波ではない

地上の湖では、風が水面を押すことで波が生まれます。

深海のブラインプールには、そのような意味での「水面上の空気」はありません。上にあるのも水です。

それでも、密度の異なる二つの水の境界は動くことができます。境界が何らかの力で押されたり乱されたりすれば、その揺れが伝わります。

こうした密度境界を伝わる揺れは、内部波として理解できます。

空気と水の境界ではなく、海水と高密度のブラインの境界にできる波。

だからこそ、「海の中なのに水面が波打つ」という、一見あり得ない光景が生まれます。

そもそも、そんなに濃い塩水はどこから来る?

ブラインプールの作られ方は、場所によって同じではありません。

メキシコ湾でよく知られているタイプでは、海底の下に厚い岩塩層があります。

そこへ水が入り込むと岩塩が溶け、非常に塩分の高い水になります。そのブラインが断層や地層の隙間などを通って海底へ出てくると、普通の海水より重いため海底を下るように流れ、窪地へ集まります。

NOAAは、海底を流れる高密度のブラインが「川」になり、窪みにたまると「湖」を作ると説明しています。

2018年のメキシコ湾探査では、斜面から下のブラインプールへ向かって続く変色した筋が見つかり、NOAAはこれを「海中のブラインの滝」として紹介しました。

湖だけではありません。

海中に「川」が流れ、その先に「滝」があり、「湖」へ注ぎ込む。

もちろん、流れているのは周囲と別物の液体ではなく、高濃度で重くなった海水です。

なお、紅海や地中海などにもブラインプールはありますが、地下の塩、地質構造、熱水活動など形成条件は地域によって異なります。「世界中のブラインプールがすべて同じ仕組みでできる」と考えない方が正確です。

大きさは数メートルから100平方キロ超まで

「海底の湖」と聞くと、一つの決まった大きさを想像してしまいますが、実際にはかなり幅があります。

場所・名称規模など特徴
Brine Pool NR-1
メキシコ湾
水深約650m
約22m×11m
1989年に発見。周囲を多数の二枚貝が取り囲む
NEOM Brine Pools
アカバ湾
水深約1,770m
主プール約260m×70m
面積約1万㎡
「beach」「swash zone」が研究で確認された代表例
Orca Basin
メキシコ湾
ブラインプール面積約123km²
最大厚約220m
地球上でも特に大規模な海底ブラインプールの一つ

特にOrca Basinは桁違いです。

2019年に『Scientific Reports』で発表された研究では、ブラインプールの面積は約123平方キロメートル、最大厚は約220m、ブライン量は約13.3立方キロメートルとされています。

「海底の小さな水たまり」のようなものだけではなく、場所によっては巨大な盆地そのものを満たす規模にまでなります。

海底の湖に入った魚はどうなる?

ブラインプールを紹介する映像では、ときどき魚などの死骸が映ります。

そのため「一度入った生き物はすべて死ぬ」「生命の存在しない死の湖」と説明されることがありますが、これも少し単純化しすぎです。

多くのブラインプールでは塩分が非常に高いうえ、内部がほぼ無酸素になっています。普通の魚や甲殻類にとっては極めて過酷な環境で、内部へ入り込んだ動物が動けなくなったり、死んだりすることは実際に確認されています。

一方で、生命がまったく存在しないわけではありません。

ブラインと普通の海水が接する境界には、特殊な微生物が生息します。その微生物を土台として、周囲に独特の生態系が成立している場所があります。

「危険な湖」が、逆に餌場になっている

NEOM Brine Poolsでは、さらに意外な行動が観察されています。

ウナギ類やサメ、カレイ類などがブライン表面付近を泳ぎ、エビの仲間はブラインによって動けなくなった小動物を回収していました。

研究チームは、これらの捕食者がブラインを餌を得るために利用していると考えています。

つまりブラインは、多くの動物にとって危険な場所でありながら、その危険さそのものを利用する生物までいるわけです。

メキシコ湾のBrine Pool NR-1でも、プールを囲むように二枚貝の大群が生息しています。周囲にはメタンなどを利用する化学合成微生物と結びついた独特の生態系があります。

何も生きられない暗い穴というより、プールの内側と岸辺で、生きられるものが劇的に変わる場所と考えた方が実態に近いでしょう。

巨大な「海底津波」が起きる可能性まで研究されている

ブラインプールの波には、さらにスケールの大きな研究もあります。

Orca Basinには、周囲の斜面から海底地すべりが流れ込んだ痕跡が残っています。

研究者が地形・地震探査データと物理モデルを使って調べたところ、大規模な海底地すべりがブラインへ突入した場合、密度境界に非常に大きな波を発生させ得ることが示されました。

論文では、条件によっては振幅が100m単位に達する可能性が計算されています。

ただし、ここは誤解しないよう注意が必要です。

高さ数百メートルの波が現代の探査で直接撮影されたわけではありません。

過去の地すべり跡とモデルから、大規模な内部波が起こり得ることを示した研究です。普段のブラインプールで数百メートルの波が立っているわけではありません。

では「海底に湖がある」は正しいのか

結局、「海底に湖がある」という言い方はどこまで正しいのでしょうか。

地上の湖とまったく同じ意味で使うなら、少し違います。

海底に巨大な透明容器があり、その中だけ別の水が閉じ込められているわけでもありません。海水とブラインの間に固体の壁があるわけでもありません。

科学的には「ブラインプール」と呼ぶのが適切です。

しかし「湖」は単なる誇張とも言えません。

高密度のブラインが窪みにたまり、周囲の海水との間には明瞭な境界ができる。

外周には岸辺のような帯ができる。

境界を乱せば波が立つ。

場所によっては川のように流れ、滝のように斜面を下り、別のプールへ流れ込む。

NOAAや研究者自身が「lake」「shore」「beach」「waves」といった言葉を使うのも、それだけ地上の水辺によく似た現象がそろっているからです。

「絶対に混ざらない」「入れば必ず死ぬ」ではない

最後に、ブラインプールについて広まりやすい説明を整理しておきます。

よくある説明より正確には
海底に普通の湖がある高密度のブラインが海底の窪みにたまり、湖のように見える
海水とは絶対に混ざらない密度差で混ざりにくいが、拡散や撹乱による混合は起こる
表面張力で湖ができる主に塩分差による密度差と安定した成層が重要
普通の湖と同じ波が立つ海水とブラインの密度境界に生じる内部波として理解できる
中には生命がいない大型動物には過酷でも、微生物が存在し、岸辺には独特の生態系がある

まとめ|海の底には、本当に「もう一つの水辺」がある

海の底に、地上の湖とまったく同じものが沈んでいるわけではありません。

その正体は、周囲の海水よりはるかに塩分が高く、密度の大きなブラインが海底へたまってできるブラインプールです。

ところが、そこには本当に水面のような境界があります。

研究者が「岸」「浜」「波打ち際」と呼ぶ場所があり、境界が乱れれば波まで立ちます。

周囲には独特の生態系が形成され、海底を流れるブラインが川や滝のような地形を作ることさえあります。

海の中に、もう一つの湖がある。

その表現は、完全な比喩ではありません。

水深1000mを超える暗い海底に、岸辺があり、水面が揺れ、生き物がその縁を利用して暮らしている。

私たちが地上で見慣れた「水辺」によく似た景色が、光の届かない海の底にも存在しています。

主な参考資料

-つぶログ深掘り
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