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セガは自社ハードを誰より使いこなしていた?メガドライブ・サターンを全ソフトTierで検証

目次
  1. セガは自社ハードを使いこなしていた?全ソフトTierでゲーム史を検証
  2. セガは自分のハードを誰より使いこなしていた?先に結論
  3. 「ハードを使いこなした」は、スペックを限界まで使ったという意味ではない
  4. セガが家庭用ゲーム機を作り始めたのは1983年
  5. メガドライブ|ソフトの6割以上は他社。それでもS Tierではセガが過半数
  6. メガCD|新しいCD-ROMを一番うまく使ったのはセガだったのか
  7. アーケードから家庭へ|セガの強さは「完全移植」だけではなかった
  8. セガサターン|1,057本の中でセガ自身は何を残したのか
  9. セガはハードの初期だけでなく、後期までソフトを出せていた
  10. そしてドリームキャストへ|「ネット対応」をゲームにできたのか
  11. 2001年、セガは「ゲーム会社をやめた」のではない
  12. 自社ハードを失った後、セガは新しい代表作を作れたのか
  13. 『ぷよぷよ』や『ペルソナ』まで全部「セガが生んだゲーム」にしてはいけない
  14. 2026年のセガは、もう「一つの箱」のための会社ではない
  15. では「セガらしさ」とは何だったのか
  16. 結局、セガは自分のハードを誰より使いこなしていたのか
  17. セガがゲーム史に残したもの

セガは自社ハードを使いこなしていた?全ソフトTierでゲーム史を検証

セガは自社ハードを使いこなしていたのかをメガドライブ・メガCD・セガサターンの作品評価から検証する記事のアイキャッチ

セガと聞いて、ゲームソフトより先にゲーム機を思い浮かべる人は少なくない。

メガドライブ、セガサターン、ドリームキャスト。さらに遡ればSG-1000やセガ・マークIII、マスターシステムがあり、携帯機のゲームギアやメガCD、スーパー32Xまである。

任天堂やソニーと同じように、自分でゲーム機を作り、その上で動くゲームも売っていた会社だった。

そこで一つ、素朴な疑問が出てくる。

ゲーム機そのものを作っていたセガは、そのゲーム機で遊ぶべきソフトまで、自分で誰よりうまく用意できていたのだろうか。

これは有名作品だけを思い出すと、簡単に「そうだった」と答えたくなる。

『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』があり、『バーチャファイター』があり、『セガラリー・チャンピオンシップ』『NiGHTS into dreams...』『サクラ大戦』『パンツァードラグーン』がある。ドリームキャストまで進めば、『ソニックアドベンチャー』『シェンムー』『ジェットセットラジオ』『ファンタシースターオンライン』も出てくる。

ただ、名作だけを抜き出してセガ史を作ると、都合の悪い作品も、他社メーカーの功績も見えなくなる。

そこで今回は、つぶログで評価してきたメガドライブ全422ソフトTierメガCD全114ソフトTier、そしてセガサターン全1,057ソフトTierを横断して見る。

この「作品からメーカー史を追う」シリーズでは、これまでカプコンが40年以上にわたって強さの形をどう変えてきたのかハドソンの黄金期がなぜ一つに決められないのかを見てきた。

第3回はセガである。

セガは自分のハードを誰より使いこなしていた?先に結論

先に答えると、「どのセガハードでも、セガ自身が他社を圧倒していた」とまでは言えない。

ただし、自社ソフトがハードの個性を作っていた度合いはかなり大きい。

しかも、その形はハードごとに違った。

ハード今回の母集団セガ発売Tierから見えること
メガドライブ国内ROMカートリッジ422本161本(38.2%)S Tier42本ではセガ発売25本。全体では他社発売が多数派だが、最上位ではセガの比率が59.5%まで上がる
メガCD国内114本37本他社発売77本。S Tier5本もセガ3本、他社2本で、新媒体を生かした上位作はセガだけのものではない
セガサターン国内1,057本147本『AZEL』『バーチャファイター2』『セガラリー』『NiGHTS』など上位に自社発売作が並ぶ一方、総合首位は他社発売の『レイディアント シルバーガン』
ドリームキャスト全ソフトTier制作途中今回は定量比較しないネットワーク、3D、アーケード連携、家庭用オリジナル作品を定性面から確認する

とくに面白いのがメガドライブだ。

全422本ではライセンシー発売が261本で、セガの161本を大きく上回る。ところがS Tierだけを見ると、42本中25本がセガ発売になる。

つまりセガは、すべてのソフトを自分で抱え込んでいた会社ではない。それでも「このハードで何を遊ぶのか」を示す最上位層では、自分の存在感をかなり強く残していた。

メガCDではその構図が少し変わる。セガ発売は114本中37本だけで、残る77本はライセンシー各社だ。最上位5本にもゲームアーツやテクモの作品が入る。

サターンになると、再びセガ自身の作品群がハードの顔として前面に出てくる。ただし、1,057本すべての頂点にいるのはセガ作品ではない。

最初から答えは一つではなかった。

メガドライブ・メガCD・セガサターンの全ソフト数とセガ発売作品の割合を比較した図解

「ハードを使いこなした」は、スペックを限界まで使ったという意味ではない

ここでいう「使いこなした」は、CPUやメモリを限界まで使った、ポリゴンを大量に表示した、といった技術競争だけを指していない。

見るのは、大きく四つある。

  • 自社発売作品が、そのハードの上位へどれだけ入っているか
  • 一部の大ヒットだけでなく、複数ジャンルで作品を供給できていたか
  • そのハードに加わった新機能を、ゲームの遊びへ変えられていたか
  • ハードの初期だけでなく、中期・後期まで「この機種で遊びたい」と思わせる作品を出せたか

また、メガドライブ、メガCD、セガサターンの点数を直接並べて「平均点が一番高い時代がセガの全盛期」とはしない。

各Tierはそれぞれのハード内で全作品を見直したものだからだ。重要なのは、そのハードの中でセガがどこにいたかである。

「セガ発売」と「セガ開発」は別

もう一つ、この記事では「発売元」と「開発元」を意識して分ける。

たとえばメガドライブの『ガンスターヒーローズ』は、国内版の発売メーカーはセガだが、ゲームを作ったのはトレジャーである。セガ自身も後年、本作をトレジャー制作の作品として紹介している。

同じことはサターンの『ガーディアンヒーローズ』などにも当てはまる。

実はこの構造はかなり古い。セガ公式のSG-1000回顧でも、家庭用参入当初から自社だけでは開発本数が足りず、外部会社へ開発を依頼し、セガブランドで発売するケースがあったことが説明されている。

だから今回の「セガ発売○本」という数字は、すべてをセガ社員が社内で作ったという意味ではない。

自社ハードの商品ラインアップを、発売元としてどこまで作れたか。

まずはその意味で見る。

セガが家庭用ゲーム機を作り始めたのは1983年

現在の株式会社セガは、会社概要上の設立日を1960年6月3日としている。

一方、2001年のAnnual Reportでは1951年創業、1960年法人化という整理がされている。セガの起点について複数の年が出てくるのはこのためで、「セガは1951年創業」「1960年創業」のどちらかだけで片付けると資料上の違いを落としてしまう。

家庭用ゲーム機の歴史については、もっと明確だ。

セガ公式のハード史が家庭用ゲーム機第1号としているのが、1983年7月15日発売のSG-1000である。

そこからSG-1000II、セガ・マークIII、マスターシステムへ進み、1988年にはメガドライブが登場した。

重要なのは、セガが家庭用だけを見ていた会社ではなかったことだ。

ゲームセンター側では『スペースハリアー』『アウトラン』『アフターバーナー』などを展開し、1992年には『バーチャレーシング』、1993年には『バーチャファイター』が登場する。

このアーケードと家庭用の二本立てが、後のセガハードを考えるうえでかなり重要になる。

メガドライブ|ソフトの6割以上は他社。それでもS Tierではセガが過半数

メガドライブは1988年10月29日発売。セガ公式は北米でGENESISとして展開され、一時期は北米シェアで1位になったと説明している。

ただし、ここで扱うメガドライブ全422ソフトTierは日本国内向けROMカートリッジが母集団だ。北米GENESIS市場の販売実績と国内作品評価を一つの数字にはしない。

国内422本を発売元で分けると、セガ161本、ライセンシー261本。

つまり全体の61.8%は他社発売だった。

ここだけを見ると、「メガドライブのソフト市場はセガ自身より他社が作っていた」とも見える。

ところが、最上位だけを見ると数字が逆方向へ動く。

メガドライブセガ発売ライセンシー発売
全422本161本(38.2%)261本(61.8%)
S Tier42本25本(59.5%)17本(40.5%)
各発売元内のS到達率15.5%6.5%

今回のTierでは、発売本数では少数側だったセガが、S Tierでは過半数を占めた。

もちろん、「セガが発売したから高得点になった」という意味ではない。ジャンル構成も違えば、外部開発作品も含まれる。

それでも、メガドライブの最上位作品群を作るうえで、発売元セガが非常に大きな役割を持っていたことは数字に出ている。

『ソニック2』が1位でも、「ソニックだけのハード」ではなかった

現在のTierで総合1位は99点の3作品。

『ソニック・ザ・ヘッジホッグ2』『ガンスターヒーローズ』『ぷよぷよ通』である。

この並びだけでも面白い。

『ソニック2』はセガを象徴する自社シリーズ。

『ガンスターヒーローズ』はセガ発売だがトレジャー制作。

『ぷよぷよ通』はコンパイル発売で、セガ作品ではない。

メガドライブの頂点からして、すでに「セガだけ」で成立していない。

それでもセガ自身は、『ソニック』だけでなく『ベア・ナックル』『ファンタシースター』『シャイニング』など異なる遊びを揃えていた。

とくにRPGは24本中16本がセガ発売で、全体の66.7%を占める。アクションの速さばかりが語られやすいメガドライブだが、セガ自身はRPGラインアップにもかなり深く関わっていた。

メガドライブでセガが示したのは、「16ビットだから画面が豪華」というだけではない。

高速で走る。複数人で戦う。アーケードの感触を家庭へ持ち帰る。一方で長時間遊ぶRPGも置く。

ハードの遊び方を一つに決めず、自社発売作品の側から複数の入口を作っていた。

メガCD|新しいCD-ROMを一番うまく使ったのはセガだったのか

1991年12月12日、メガドライブへ接続するメガCDが発売された。

セガ公式によれば、専用CPUを搭載し、回転・拡大・縮小処理にも対応。CD-ROMの大容量を使えるようになり、音声、音楽、アニメーション、映像、長編作品へ表現の幅が広がった。

では、ハードを作ったセガが、その新しい媒体でも圧倒的だったのか。

メガCD全114ソフトTierを見ると、答えはもう少し複雑だ。

全114本の内訳は、セガ発売37本、ライセンシー発売77本

上位5本は次のようになっている。

順位タイトル点数発売元区分
1位シャイニング・フォースCD93点セガ発売
1位ルナ エターナルブルー93点ゲームアーツ発売
3位ソニック・ザ・ヘッジホッグCD92点セガ発売
4位ぽっぷるメイル91点セガ発売
5位キャプテン翼90点テクモ発売

S Tier5本のうち、セガ発売は3本。残る2本はゲームアーツとテクモである。

セガが弱かったわけではない。『シャイニング・フォースCD』『ソニックCD』『ぽっぷるメイル』が最上位へ入っている。

しかし同率首位にはゲームアーツの『ルナ エターナルブルー』がいて、『キャプテン翼』もテクモ発売だ。

新しいメディアを作った会社が、そのメディアを最もうまく使う作品を独占できたわけではなかった。

CDを使ったことと、CDをゲームへ生かしたことは違う

メガCDを振り返るとき、「CD音源がある」「アニメが入っている」「実写映像を使った」といった分かりやすい特徴へ目が行きやすい。

しかし全114本を並べると、それだけで評価が決まっていない。

『ルナ エターナルブルー』は音声やアニメーション以前にRPGとしての戦闘、探索、成長が強い。『ソニックCD』もムービーを見るゲームではなく、時間移動をステージ攻略へ組み込んでいる。『ぽっぷるメイル』も音声演出を増やしながら、操作する時間を薄くしていない。

逆に、新しい表現を大量に盛り込んでも、それを眺める時間に対してプレイヤーの判断や操作が弱ければ、Tierは伸びなかった。

「新技術へ早く手を出した」ことと、「新技術を良いゲームへ変えた」ことは分けて考える必要がある。

その意味でメガCDは、セガ史の中でもかなり重要なハードだ。

アーケードから家庭へ|セガの強さは「完全移植」だけではなかった

セガの家庭用ゲームを語ると、どうしてもゲームセンターとの関係が出てくる。

『スペースハリアー』『アウトラン』『アフターバーナー』から、『バーチャレーシング』『バーチャファイター』『デイトナUSA』『セガラリー』『バーチャコップ』『電脳戦機バーチャロン』へ。

とくに1990年代前半のセガは、ゲームセンターで3Dゲームを展開しながら、その体験を家庭用へ持ち帰ろうとしていた。

ただし、ここで「アーケード版と同じ映像を出せたか」だけを見ると、セガの家庭用史をかなり狭くしてしまう。

家庭用版には、限られた性能の中で何を残すかという別の設計が必要になる。操作感、モード、ロード、家庭で繰り返し遊ぶ理由まで含めて初めて一本の商品になる。

そしてセガは、そもそもアーケード移植だけを作っていたわけではない。

この点が最もはっきり見えるのが、次のセガサターンである。

セガサターン|1,057本の中でセガ自身は何を残したのか

セガサターンは1994年11月22日に発売された。

今回の最新Tierでは国内1,057本を評価し、最終分布はS65本、A304本、B243本、C296本、D135本、E14本。平均72.80点、中央値73点となった。

このうち、セガ発売として整理できるのは147本である。

単純な本数なら全体の13.9%ほどだが、中身を見るとハードの印象を作った作品がかなり多い。

セガ発売の主な上位作品現在のTier評価位置付け
AZEL -パンツァードラグーンRPG-95点・S Tierサターン発のシリーズをRPGへ転換
バーチャファイター294点・S Tierアーケード3D格闘を家庭へ展開
セガラリー・チャンピオンシップ94点・S Tier路面ごとの挙動を家庭用レースでも成立させた
ガーディアンヒーローズ94点・S Tierトレジャー開発・セガ発売。外部開発との協業例
NiGHTS into dreams...93点・S Tierアーケード移植ではないサターン向けオリジナル

これだけを見ると、サターンこそ「セガ自身が最もハードを使いこなした時代」と言いたくなる。

だが、ここでもセガだけで話は終わらない。

全1,057本の最高点97点は、トレジャー/ESP発売の『レイディアント シルバーガン』だ。93点にはゲームアーツ発売の『グランディア』もいる。

サターンでも、「ハードメーカーが最高のソフトを独占していた」という構図ではない。

むしろ面白いのは、セガ自身も非常に強く、その上で他社メーカーまで同じハードの上限を引き上げていたことである。

「サターンは2Dに強く3Dに弱かった」だけでは説明できない

セガサターンは、後世になるほど「2Dには強かったが3Dは苦手だった」という短い説明で語られやすい。

ハード構造の比較として論じる余地はあるが、実際のゲームをそこだけで切ると見えなくなるものが多い。

現在のTier上位には、『バーチャファイター2』『セガラリー』『NiGHTS』『AZEL』が入っている。

どれも同じ3Dゲームではない。

格闘の読み合い、車を滑らせる感覚、空中を周回してスコアを伸ばす遊び、敵の周囲を位置取りしながら戦うRPG。

重要なのはポリゴン数そのものではなく、立体表現を何のゲームルールへ使ったかだった。

『サクラ大戦』が入ると、さらにセガ像が変わる

1996年9月27日には『サクラ大戦』が発売された。

これは『バーチャファイター』や『セガラリー』とはまったく違う方向の作品である。

アドベンチャーと戦術的な戦闘、キャラクターとの関係、アニメーション演出を一つの商品へまとめた。

同じ時期には『NiGHTS』があり、『パンツァードラグーン ツヴァイ』があり、『ドラゴンフォース』があり、後には『AZEL』や『バーニングレンジャー』も出る。

だからサターン期のセガを、

「アーケードゲームを家庭へ移植する会社」

だけで説明することは難しい。

ゲームセンターから持ち帰る力と、家庭用向けの新しいシリーズを作る力。その両方が同時に動いていた。

セガはハードの初期だけでなく、後期までソフトを出せていた

ハードメーカーの自社ソフトを見るときは、ローンチだけでは足りない。

発売直後だけ大量に出して、途中から他社任せになったのか。それともライフサイクルの後半まで自分で作品を供給できたのか。

サターンでは後者だった。

1994年の発売日には『バーチャファイター』があり、1995年には『バーチャファイター2』『セガラリー』、1996年には『ガーディアンヒーローズ』『NiGHTS』『サクラ大戦』、1997年末には『シャイニング・フォースIII』、1998年には『AZEL』『バーニングレンジャー』『ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド』が続く。

ハードの顔になる作品が一時期へ集中していない。

この点では、サターンは「自分のハードを自分のソフトで支える」という意味で、セガの存在感がとくに見えやすい世代だった。

そしてドリームキャストへ|「ネット対応」をゲームにできたのか

1998年11月27日、ドリームキャストが発売された。

つぶログではドリームキャスト全ソフトTierの制作自体は進んでいるが、現時点では最終Authorityとして完成していない。そのため、ここだけ架空の平均点やセガ占有率を作ることはしない。

ただし、「セガが最後の自社ハードで何をしようとしたのか」は作品から十分に見える。

セガ公式のドリームキャスト史によれば、国内モデルには33.6kbpsモデムを標準搭載。付属の「Dream Passport」を使い、ウェブ閲覧やメール、チャット、通信対戦などを家庭用ゲーム機から利用できる環境を用意した。

もちろん、ネットにつながるだけならゲームとして面白いとは限らない。

重要なのは、その機能を何に使ったかだ。

『ファンタシースターオンライン』は、通信機能そのものを遊びへ変えた

その代表が2000年12月発売の『ファンタシースターオンライン』だった。

セガは現在も本作を「家庭用ゲーム機初の本格オンラインRPG」と位置付けている。

遠くにいるプレイヤーとつながり、同じフィールドで敵と戦い、アイテムを拾い、協力する。

ここではモデムがスペック表の一行で終わっていない。

通信できることそのものが、ゲームのルールと体験へ入っている。

同じ時代には『ソニックアドベンチャー』『シェンムー』『クレイジータクシー』『スペースチャンネル5』『ジェットセットラジオ』など、アーケード移植だけでは括れない作品も並んだ。

「ドリームキャストは時代を先取りしすぎた」という一言は便利だが、それでは何を先に試したのかが消えてしまう。

作品側から見るなら、セガは最後の自社ハードでも、ネットワーク、3D空間、音楽、オンライン協力などをゲームの中心へ持ち込もうとしていた。

2001年、セガは「ゲーム会社をやめた」のではない

そして2001年、セガの歴史は大きく切り替わる。

ここは今でも誤解されやすい。

セガは2001年に倒産したわけでも、ゲーム事業そのものから撤退したわけでもない。

当時のSEGA Annual Report 2001では、2001年1月31日に構造改革方針を決定し、ハード事業から撤退すること、コンテンツではマルチプラットフォーム戦略を採ること、海外の家庭用事業もソフト供給企業へ構造転換することが明記されている。

同社の2002年Annual Reportでも、1月31日の取締役会でドリームキャストの生産中止を決め、その後はコンテンツとアミューズメントへ経営資源を集中したことが確認できる。

つまり2001年は、

「セガがゲームを作るのをやめた年」ではなく、「自分のゲーム機でだけ戦う会社ではなくなった年」

と考える方が実態に近い。

大川功氏の資産提供は重要。ただし、それだけで会社史を説明しない

この時期には、当時の会長兼社長だった大川功氏による資産提供もあった。

Annual Reportでは、受け入れた総資産は約1,086億円、引き受けた負債を差し引いた会計上の受贈益は約779億円と記録されている。

非常に大きな出来事だが、「大川氏一人がセガを救ったから現在まで続いた」と一本の因果関係へまとめるのも正確ではない。

同時に大規模な構造改革があり、ハード撤退があり、マルチプラットフォーム化があった。

今回重要なのは、その後セガがどんなゲームを作ったかである。

自社ハードを失った後、セガは新しい代表作を作れたのか

ハード撤退後のセガを、昔のIPを他社機へ移した会社と考えると見誤る。

2004年にはセガサミーホールディングスが設立される。

そして2005年には、新しいシリーズとして『龍が如く』が登場した。

これは今回のセガ史でかなり大きい。

『ソニック』や『ファンタシースター』を自社ハードの外へ運んだだけではなく、自社ハードを持たなくなった後に、セガを代表する新しいIPを作ったからだ。

同じ2005年にはCreative Assemblyを買収し、2006年にはSports Interactiveを買収。2013年には『真・女神転生』『ペルソナ』などを展開するアトラスがグループへ加わった。

これは1980~90年代のセガとはかなり違う会社の姿である。

かつては、

「自社のゲーム機へ何を置くか」

を考える会社だった。

ハード撤退後は、

「複数のゲーム機、PC、オンラインサービス、スマートデバイスへ、どのIPをどう展開するか」

を考える会社へ変わっていった。

『ぷよぷよ』や『ペルソナ』まで全部「セガが生んだゲーム」にしてはいけない

現在のセガを語るとき、もう一つ注意したいことがある。

今セガが展開しているIPと、歴史的にセガが生み出したIPは同じではない。

『ぷよぷよ』の初代は1991年、コンパイルからMSX2版が発売された。翌1992年にセガがアーケード版とメガドライブ版を発売している。

したがって「セガが生み出した『ぷよぷよ』」とは書けない。

一方で2026年現在は、セガ自身が『ソニック』『龍が如く』と並べて『ぷよぷよ』を「セガ」ブランドの主要シリーズとして紹介している。

『ペルソナ』『真・女神転生』も同じように注意が必要だ。

現在はセガグループの重要IPだが、セガ公式の事業紹介でも「セガ」ブランドと「アトラス」ブランドは分けて記載されている。

現在の事業規模を説明する材料にはなるが、1980年代から続く「セガ製ゲーム」の歴史へ遡って混ぜるものではない。

2026年のセガは、もう「一つの箱」のための会社ではない

2026年現在のセガ公式事業紹介を見ると、会社の形が自社ハード時代からどれほど変わったかが分かる。

セガブランドには『ソニック』『龍が如く』『ぷよぷよ』。

オンラインでは『PSO2 ニュージェネシス』、スマートデバイスでは『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』などを展開し、海外では『Total War』『Football Manager』といったシリーズも抱える。

アトラスブランドには『真・女神転生』『ペルソナ』がある。

現在の株式会社セガの主要事業は、家庭用ゲーム機だけではなく、PCやスマートデバイスを含むゲーム関連コンテンツの企画・開発・販売である。

自社ハードという一つの場所へユーザーを集める会社ではなくなった。

その代わり、一つの会社の中から複数のプラットフォームへ出ていく構造になった。

昔のセガがそのまま大きくなって2026年へ来た、と考えるのも違う。企業再編もあれば、買収もあり、グループへ加わったブランドもある。

ただ、ゲームを見ていくと、昔と完全に切れてしまったわけでもない。

では「セガらしさ」とは何だったのか

セガについて調べると、「時代を先取りしていた」「尖っていた」「マニア向けだった」といった言葉がよく出てくる。

どれも一部は説明できる。

しかし、それだけでは作品の違いが見えない。

今回、メガドライブ、メガCD、サターン、ドリームキャストまで通して見ると、もう少し具体的な共通点がある。

新しい技術やハードを、それ自体で終わらせず「何を遊ばせるか」まで試そうとしていたこと。

メガドライブでは高速アクションだけでなく、RPGや協力・対戦ゲームまで自社ラインアップへ入れた。

メガCDではCD-ROMを使った映像・音声だけでなく、『ソニックCD』の時間移動や『シャイニング・フォースCD』の大容量構成のようにゲーム側へ落とし込もうとした。

サターンでは、アーケードの3D格闘やレースを持ち帰りながら、『NiGHTS』『サクラ大戦』『パンツァードラグーン』のような家庭用側の顔も作った。

ドリームキャストでは、モデムを載せただけで終わらず、『ファンタシースターオンライン』まで進んだ。

もちろん、全部が成功したわけではない。

新技術を使ってもTier下位へ落ちた作品はあるし、他社メーカーの方がハードをうまく使った作品もある。メガCDはそのことをかなり分かりやすく示している。

挑戦したことと、良いゲームになったことは別だ。

それでも、次の機能が増えたときに「スペック表へ何を書けるか」だけではなく、その機能でどんなゲームを作れるかへ向かった作品が、各世代に繰り返し現れる。

結局、セガは自分のハードを誰より使いこなしていたのか

最初の問いへ戻ろう。

セガは、自分のゲーム機を誰より使いこなしていたのか。

「いつでも、どのハードでも一番だった」と答えるのは難しい。

メガドライブでは、全422本のうちセガ発売は38.2%にすぎない。それでもS Tierでは59.5%まで比率が上がり、自社発売作品が最上位層へ強く食い込んだ。

メガCDでは114本中77本が他社発売で、S Tierにもゲームアーツとテクモが入った。新しいCD-ROMを生かした名作を、セガだけが作っていたわけではない。

サターンでは『バーチャファイター2』『セガラリー』『NiGHTS』『AZEL』など、ハードを象徴する作品をセガ自身が次々に供給した。

しかし全1,057本の最高点は他社発売の『レイディアント シルバーガン』である。

ドリームキャストでは最終Tierがまだ完成していないため数字では断定できないが、ネットワークを使った『ファンタシースターオンライン』をはじめ、自社ハードで新しい遊びを試していたことは確認できる。

つまり、今回見えてきたセガ像は、

「自分のハードなら自分が全部一番うまく作れた会社」ではない。

むしろ、

「自分で遊び場を作り、そこで何ができるかを自分のゲームでも試し続けた会社」

と見る方がしっくりくる。

セガがゲーム史に残したもの

セガのメーカー史をハード撤退までで切ると、最後はどうしても「ドリームキャストで敗れた会社」という話になりやすい。

しかしゲームから追うと、そこで終わらない。

1983年にSG-1000で家庭用へ入った。

メガドライブでは、自社発売161本を送り出し、最上位Tierでは全体の発売比率以上の存在感を残した。

メガCDでは、自社だけでは答えを出せず、ゲームアーツやテクモをはじめとするライセンシー作品も新媒体の可能性を広げた。

サターンでは、アーケード移植と家庭用オリジナルを同時に走らせた。

ドリームキャストではネットワークまでゲームの中へ持ち込んだ。

2001年に自社ハードを失うと、今度は他社プラットフォームへ出ていく会社へ変わり、2005年には『龍が如く』という新しい代表シリーズを生み出した。

2026年には、『ソニック』『龍が如く』『ぷよぷよ』から『PSO2 ニュージェネシス』、海外スタジオ作品、アトラスブランドまで、かつてとは比較にならないほど広い場所でゲームを展開している。

昔のセガと今のセガは、会社の構造まで含めれば同じではない。

それでも、自分たちの持つ技術や環境が変わったときに、その先でどんなゲームを作れるかを探す動きは何度も出てくる。

セガがゲーム史に残したものは、メガドライブでも、サターンでも、ドリームキャストでもないのかもしれない。

ハードそのものを作ることも含めて、まだ定番になっていない遊びを試せる場所を自分で作ろうとしたこと。

そして自社ハードがなくなった後には、その場所を他社ハード、PC、オンラインへ移していったこと。

全ソフトを並べてみると、「セガは変なゲーム機を作っていた会社」という昔ながらの一言より、そちらの方がずっと実像に近く見えてくる。

ゲーム業界全体でセガの立ち位置がどう変化したのかは、80年代~2020年代のゲーム業界勢力図でも年代ごとに比較している。

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