- スーパーマリオ64「開かずの扉」の開け方|約28年後に解明された仕組み
- 『スーパーマリオ64』で約28年間開かなかった扉はどこにある?
- なぜ扉は開かなかったのか? 実は鍵の問題ではなかった
- 2005年、すでに扉をすり抜けたプレイヤーがいた
- 2024年4月、ついに扉を外側から開けることに成功
- 開いた扉の向こうには何があったのか?
- チートなしで開けたのなら「正規の開け方」なのか?
- 2005年の壁抜けから、2024年の扉開放まで|何が変わったのか
- ほかにも長年突破できなかった場所はある|『DOOM II』の24年越しの秘密
- では、ゲーム史上最も長く開かなかった扉なのか?
- 発売から約28年後でも、なぜ新しい発見が生まれるのか
- まとめ|28年越しに開いたのは、ただの木の扉だった
スーパーマリオ64「開かずの扉」の開け方|約28年後に解明された仕組み

1996年に発売された『スーパーマリオ64』には、長年、外側から開けられないと考えられていた扉がある。
場所は「さむいさむいマウンテン」の山の麓。スライダーを滑り終えたマリオが外へ出るための、小さな山小屋の扉だ。
内側からは普通に開く。ところが外から入ろうとしても開かない。特別な鍵が必要なわけでも、難しい謎解きが用意されているわけでもない。
そんな一方通行の扉が、2024年4月、発売から約28年を経て外側から開けられた。
突破の鍵になったのは、近くにいる母親ペンギンと、マリオが振り向く一瞬の動作だった。
しかも調べてみると、2005年にはすでに、この扉の突破を試みたプレイヤーの記録が残っていた。壁を抜けるところまでは成功していたのに、最後の問題を解決できなかったのである。
なぜ、ただの木の扉を開けるのに、それほど長い時間がかかったのか。2005年の原投稿から2024年の発見までを追ってみると、ゲームの仕組みを研究し続ける人々の、思いがけない歴史が見えてくる。
『スーパーマリオ64』で約28年間開かなかった扉はどこにある?
『スーパーマリオ64』は、1996年6月23日にNINTENDO 64本体と同時発売された、任天堂の3Dアクションゲームだ。2026年には発売30周年を迎えた。
問題の扉があるのは、雪山を舞台とするコース「さむいさむいマウンテン」。その中でも、スライダーを滑り降りるミッション「スーパースノースライダー」に関係する場所である。
コースの山頂付近にある小屋へ入ると、内部には長いスライダーが広がっている。滑り終えると別の小屋にたどり着き、扉を通って雪山の麓へ出ることができる。
ここまでは通常のプレイだ。ところが、外へ出てから同じ扉を開けようとすると、マリオは小屋の壁に阻まれてしまう。
小屋の内側から開く扉なのだから、外側からも開きそうなものだ。しかし、外側にはドアノブも見当たらず、普通に近づいても扉が開くことはない。
この場所は、新たな隠しステージの入口でも、特定のアイテムで解錠する仕掛けでもなかった。基本的には、スライダーを終えたマリオを外へ出すための出口として機能している。
だからこそ厄介だった。開けるための鍵を探そうにも、ゲーム内にそんな条件は示されていない。そもそも外から入ることを想定していないように見える扉を、どうすれば逆方向から開けられるのか。
この疑問が、後にゲーム内部の動作処理まで調べる研究へとつながっていった。
なぜ扉は開かなかったのか? 実は鍵の問題ではなかった
この扉が長年開かなかった理由は、意外にも扉そのものにはない。
『スーパーマリオ64』の動作解析で知られるpannenkoek2012氏の解説によれば、問題の扉には、ほかの扉と同じように開閉を処理する仕組みがある。
つまり、ゲームのプログラム上、絶対に開けられない特別な扉として作られているわけではない。
障害となっていたのは、マリオの位置と行動状態だった。
第1の障害|見えない壁が扉への接近を妨げていた
ゲーム内の扉には、マリオが接近したことを判定する領域が設定されている。条件を満たした状態でその範囲に触れれば、扉を開ける動作へ移行できる。
ところが、山小屋の外側には壁の当たり判定がある。
画面上では扉が見えていても、マリオはその前にある壁の判定に阻まれる。扉を開けるために必要な位置へ、普通の方法では到達できないのだ。
ここで、壁をすり抜ける方法があればどうなるだろうか。
マリオを壁の内側へ押し込むことができれば、外からは届かない扉の判定に近づける可能性がある。
その役割を果たしたのが、近くにいる母親ペンギンだった。
第2の障害|壁を抜けても、足元に床がなかった
ただし、ペンギンを利用して壁を抜けられたとしても、それだけでは扉を開けられない。
問題の位置には、マリオを支える床が存在しない。壁の内側へ入り込んだ瞬間、そのまま下へ落ちてしまう。
しかも、扉を開けるためには、マリオが適切な行動状態になっていなければならない。落下しているだけでは、扉の判定に触れても開閉動作が成立しない。
つまり、必要なのは単なる壁抜けではなかった。
壁の内側へ入り込み、落下する前後のごく短い時間に、扉を開けられる行動状態を作り出す。
この2つを同時に満たさなければ、何度挑戦しても小屋へ入れないのである。
2005年、すでに扉をすり抜けたプレイヤーがいた
2024年のニュースだけを見ると、発売から約28年間、誰もこの扉の突破方法に近づけなかったように感じるかもしれない。
しかし、当時のゲーム解析コミュニティには、もっと古い記録が残っている。
ゲームのタイムアタックやTASの研究で知られる「TASVideos」の掲示板では、2005年12月、『スーパーマリオ64』のコインを取らない攻略について議論が行われていた。
そこで話題になったのが、スライダーの出口にある小屋へ逆方向から入れないか、というアイデアだった。
コインを取らずにパワースターを集める挑戦では、通常のルートをそのまま使えない場合がある。スライダーを逆走できれば、攻略の可能性が広がるかもしれない。
そんな事情から、山小屋への侵入方法が検討されていたのである。
12月8日、ペンギンを使った壁抜け成功の報告
2005年12月8日、Weatherton氏は、ペンギンを利用して山麓の小屋の扉をすり抜ける方法を提案した。
そして同日、Myles氏からの助言を受けて実際に試した結果を投稿している。
山麓の小屋の扉をすり抜けることはできたが、そのまま下へ落ちてしまった。
Weatherton氏、2005年12月8日のTASVideos投稿より要旨
その手順も具体的に記されている。
まず母親ペンギンに子ペンギンを返し、再び子ペンギンを持ち上げて母親に追いかけさせる。小屋の扉付近まで誘導したところで子ペンギンを離し、母親ペンギンと扉の間へ飛び込む。
ペンギンの体の当たり判定を利用し、マリオを壁の内側へ押し込むという方法だ。
驚くことに、この時点で壁抜け自体は実現していた。
しかし、扉を開く動作にはつながらず、マリオは落下した。Weatherton氏自身も、この試行だけで不可能と証明されたわけではないことを断っている。
なお、この記録は当事者が残した文章による報告であり、当該試行の映像まで確認できたわけではない。2024年の実演動画とは証拠の性質が異なる点には注意したい。
それでも、2024年に利用された方法と共通する発想が、2005年の時点で検討・実行されていたことを示す、非常に興味深い記録である。
当時の発言は、TASVideosに残る2005年12月8日の原投稿で確認できる。
2006年になっても、入口からは入れないと考えられていた
翌2006年6月3日にも、同じTASVideosの掲示板で、山麓の小屋からスライダーへ入れないかという話題が登場する。
Burning_Death氏は、山の下にある扉からは入れないと説明。nesrocks氏も、そこがエリアの読み込みに関係する場所であり、単純に侵入するだけでは目的のエリアへ移動できないという趣旨の見解を示していた。
この議論は、2005年の壁抜け報告と矛盾しない。
壁を抜けて扉の付近まで到達することと、実際に扉を開き、スライダー側へ移動することは別だからだ。
2005年に最初の障害を越える方法が報告されていた一方、2006年の時点でも、小屋へ正常に入る方法は解決していなかったことが分かる。
当時のやり取りは、TASVideosの2006年6月3日の議論にも残されている。
2024年4月、ついに扉を外側から開けることに成功
状況が変わったのは2024年4月だった。
同年4月22日、『スーパーマリオ64』のファンコミュニティのDiscordで、Alexpalix1氏が山小屋の扉を外側から開ける動画を投稿したと報じられた。
発売日の1996年6月23日から数えると、約27年10か月。28周年を迎える少し前の出来事である。
この発見を詳しく紹介したのが、『スーパーマリオ64』の動作解析で知られるpannenkoek2012氏だ。
同氏は2024年5月、YouTubeに「SM64's Unopenable Door Has Finally Been Opened!」という動画を公開し、扉が開かなかった理由と、今回の突破方法を解説した。
発見を報告したAlexpalix1氏と、その仕組みを解説したpannenkoek2012氏は別人である。
2024年当時のDiscord原投稿そのものは今回直接確認できていないものの、4月22日という日付と発見者については、同時代の専門メディアによる報道が残っている。
突破の手順|母親ペンギンと振り向き動作を組み合わせる
基本的な発想は、2005年の壁抜けと共通している。
母親ペンギンを山小屋の扉付近まで誘導し、その体を利用してマリオを壁の内側へ押し込む。
2024年の突破で決定的だったのは、その後の操作だ。
- 子ペンギンを利用し、母親ペンギンを小屋の扉付近へ誘導する。
- 母親ペンギンと壁の間へ入り、宙返りなどの動作で壁の当たり判定をすり抜ける。
- マリオが落下し始めるタイミングで、扉とは反対方向から向きを変える動作を成立させる。
- 一瞬だけ発生する歩行状態を利用し、扉の開閉判定を作動させる。
こう書くと簡単そうだが、単にペンギンのそばでジャンプし、振り向けばよいわけではない。
ペンギンの位置、マリオの向き、壁への接触、落下と振り向きのタイミングがそろわなければ成立しない。
2005年の方法に不足していたのは、まさにこの最後の条件だった。
なぜ「1フレームの歩行」で扉が開くのか
ここから少しだけ、ゲーム内部の仕組みに踏み込んでみよう。
『スーパーマリオ64』では、マリオの状況に応じて、歩く、振り向く、ジャンプする、落下するといった行動状態が切り替わる。
普通であれば、マリオが地面から離れたら落下状態になる。空中で扉に近づいても、地上で歩いているときと同じようには開けられない。
ところが、振り向き動作の終了と落下への移行が重なると、内部処理の順番によって、落下状態が一瞬だけ歩行状態で上書きされる場合がある。
pannenkoek2012氏が解説しているのは、この挙動だ。
マリオが空中にいるにもかかわらず、わずか1フレームだけ歩行状態になる。その瞬間、扉の開閉判定に触れることで、通常は成立しない扉を開ける処理が実行される。
1フレームとは、60フレームで1秒を描画する場合、およそ60分の1秒に相当する。
扉を開けるために必要だったのは、新しい鍵でも隠しコマンドでもなく、ゲームがマリオを「歩いている」と扱う、ほんの一瞬の状態だった。
以下はpannenkoek2012氏が公開した解説動画だ。実際の突破映像に加え、壁の当たり判定や、なぜ振り向き動作が必要だったのかを確認できる。
動画は任天堂の公式映像ではなく、ゲーム解析を行うpannenkoek2012氏自身による解説である。2024年の発見を理解するうえで、最も重要な記録の一つだ。
開いた扉の向こうには何があったのか?
ここまで聞くと、長年閉ざされていた扉の向こうに、何か特別なものが用意されていたのではないかと思うかもしれない。
しかし、今回の発見によって、新たな隠し部屋や未公開のステージが出現したわけではない。
小屋の扉は、もともとスライダー側と雪山の麓をつなぐものだ。通常とは逆方向から開くことで、既存のスライダー側へ移動できたことが成果だった。
新しいボスが登場するわけでも、見たことのないアイテムが手に入るわけでもない。
では、攻略上の近道になるのだろうか。
これについても、pannenkoek2012氏の動画では通常のスライダー攻略と比較されている。母親ペンギンを誘導して位置を調整する手間が大きく、一般的なクリア時間の短縮にはつながらないという結果だった。
つまり、扉を開けられたこと自体は大きな発見でも、ゲームを有利に進めるための便利な裏技とは言いにくい。
それでも意味がある。
開けられないと思われていた扉に、ゲームの仕様を変えることなく、既存の動作だけで開く可能性が残っていた。その事実を実演によって示したからだ。
チートなしで開けたのなら「正規の開け方」なのか?
今回のニュースでは、改造やチートを使わずに扉を開けたことが注目された。
ただし、それを「任天堂が用意した正しい解錠方法が見つかった」と受け取るのは適切ではない。
今回の突破は、ゲーム内にもともと存在するキャラクターの当たり判定と、マリオの動作処理の組み合わせを利用している。
ゲームデータを書き換えて扉を解錠可能にしたわけではない一方、開発者が意図した通常の攻略手順だったとも確認されていない。
むしろ、振り向きと落下が重なった際の処理を利用しているという説明からは、本来想定されていなかった動作を成立させた例として理解する方が自然だ。
ここで重要なのは、ゲーム内で可能なことと、開発者が意図していたことを分けることである。
また、公開された突破方法がオリジナル版を対象としているからといって、すべての移植版や配信版で同じ操作が再現できるとは限らない。バージョン別の再現条件については、今回確認した資料だけで一律に断定できない。
通常のプレイで偶然成功するような簡単な操作でもないため、攻略用の実用的な手順というより、ゲーム内部の挙動を利用した特殊な突破方法と考えるのが正確だろう。
2005年の壁抜けから、2024年の扉開放まで|何が変わったのか
ここまでの経緯を整理すると、2005年と2024年では、成功した内容が明確に異なることが分かる。
| 時期 | 記録・出来事 | 何が分かったのか |
|---|---|---|
| 1996年6月23日 | 『スーパーマリオ64』発売 | 内側から開く一方通行の扉が存在 |
| 2005年12月8日 | TASVideosで壁抜け成功の報告 | ペンギンを使えば壁を抜けられるが、落下してしまう |
| 2006年6月3日 | TASVideosで再び小屋への侵入を議論 | 外側から正常に入る方法は解決していない |
| 2024年4月22日 | Alexpalix1氏が開放動画を投稿したと報道 | 振り向きと落下の処理を利用して扉が開いた |
| 2024年5月 | pannenkoek2012氏が技術解説動画を公開 | 壁の当たり判定と1フレームの歩行状態が説明された |
ただし、この期間ずっと同じ研究者たちが扉の攻略に取り組み続けていたとまでは確認できない。
2005年に壁抜けの報告が残り、約18年後の2024年に扉を開く方法が報告された、というのが資料から確認できる経緯である。
それでも、2005年に利用されていたペンギンの当たり判定が、後年の突破でも重要な役割を果たしたことは興味深い。
問題の半分は、すでに解けていた。残っていたのは、マリオが落下する際の行動状態をどう扱うかという、さらに細かな問題だったのである。
ほかにも長年突破できなかった場所はある|『DOOM II』の24年越しの秘密
発売から何十年も経って、ゲーム内の思いがけない挙動が利用される例は『スーパーマリオ64』だけではない。
代表的なのが、1994年発売の『DOOM II』だ。
この作品の第15ステージ「Industrial Zone」には、長年、通常のプレイでは発見済みの判定を成立させられないと考えられていたシークレットが存在した。
重要なのは、隠しエリアの存在自体は以前から知られていたことである。
問題は、ゲーム内の判定を満たす方法が見つからなかったことだった。
2018年、Zero Master氏が敵の攻撃による押し出しを利用し、チートなしでシークレットの達成判定を成立させる方法を実演した。
この成果については、原作の開発者の一人であるJohn Romero氏も祝福している。発売からおよそ24年後の出来事だった。
『スーパーマリオ64』と似ているのは、ただ隠し場所を見つければよかったわけではない点だ。
場所が分かっていても、ゲーム内部の判定を成立させなければ攻略できない。しかも、そのために利用されたのは敵やキャラクターの動作だった。
『DOOM II』の事例は文字どおり扉を開けたものではないが、長年不可能と思われていた操作が、ゲーム内の仕組みの理解によって実現した好例である。
なお、『DOOM II』の2018年の発見は、当時のPC Gamerによる報道でも確認できる。
では、ゲーム史上最も長く開かなかった扉なのか?
『スーパーマリオ64』は1996年発売で、扉の突破が報告されたのは2024年。発売から約28年後の発見である。
2026年現在、ゲーム自体は発売30周年を迎えているが、扉が30年以上開かなかったわけではない。
また、ゲーム史上最も長い期間開かなかった扉という世界記録が、今回の事例について公式に認定されているわけでもない。
昔のゲームには、開けられない扉、到達できない場所、開発途中の名残と思われるオブジェクトなどが数多く存在する。しかし、それらをすべて同じ基準で比較することは難しい。
最初から開ける機能が存在しない扉と、機能はあるのにプレイヤーが条件を満たせなかった扉では、そもそも問題の性質が違うからだ。
そのため、『スーパーマリオ64』の山小屋を世界最長の開かずの扉と断定することはできない。
一方、今回の事例には、ほかにはない強みがある。
発売時期が明確で、2005年の研究記録が残り、2024年には実際の突破映像と技術解説が公開された。長い時間を隔てて何が変わったのかを、具体的に追跡できるのである。
長年見つからなかったゲームの秘密そのものに興味がある場合は、つぶログの「発売から数十年後に発見されたゲームの秘密|最も長く眠っていたのは?」も参考になる。こちらでは、隠しコマンドやイースターエッグなどの発見記録を中心に、数十年後に判明した秘密を検証している。
発売から約28年後でも、なぜ新しい発見が生まれるのか
『スーパーマリオ64』は、1996年の発売当時から多くのプレイヤーに遊ばれ、攻略方法や裏技について膨大な情報が蓄積されてきた作品だ。
それほど研究が進んだゲームで、なぜ2024年になって扉を開く方法が見つかったのか。
一つには、通常の攻略では調べる必要のない条件が残っていたことが挙げられる。
スライダーをクリアするだけなら、山小屋の扉を外から開ける必要はない。パワースターを集める通常のプレイでも、この問題を解決しなくて困る場面はほとんどない。
ところが、コインを一切取らずに攻略したい、通常とは逆方向から移動したい、ゲームの処理がどこまで許すのか調べたいといった目的を持つと、話は変わってくる。
本来の攻略ルートから外れた条件を調べることで、通常のプレイでは気に留めない壁の判定や、マリオの行動状態が重要になる。
2005年のTASVideosに残る議論も、その一例だ。コインを取らない攻略を検討する中で、スライダーを逆方向から進めないかという発想が生まれていた。
そして2024年には、既存の壁抜けの方法に、振り向きと落下の処理を組み合わせる発想が加わった。
この扉の場合、何か大きな秘密が隠されていたから調査が続いたというより、ゲームが本当に許している操作の限界を確かめようとした結果、扉を開けるという成果につながったと考える方が、残された記録に合っている。
ゲームをクリアすることと、そのゲームのすべての挙動を理解することは同じではない。
何十年も前の作品であっても、プレイヤーがまだ試していない操作の組み合わせが残っている可能性はある。今回の発見は、それを具体的に示したものだった。
まとめ|28年越しに開いたのは、ただの木の扉だった
『スーパーマリオ64』の「さむいさむいマウンテン」にある山小屋の扉は、2024年4月、外側から開ける方法が報告された。
1996年の発売から約28年。2005年には母親ペンギンを利用した壁抜けが報告されていたものの、扉を開く動作にはつながっていなかった。
2024年の突破では、そこへ振り向き動作が組み合わされた。落下する場面で一瞬だけ歩行状態を成立させ、扉を開く処理を実行できたのである。
扉の向こうに新しいステージが眠っていたわけではない。通常の攻略に便利な近道でもなかった。
けれども、約28年間開けられないと思われていた扉が、ゲームにもともと備わっていた動作だけで開いたことには、確かな価値がある。
2005年に壁を抜けて落下したという一つの記録。それから約18年後に見つかった、わずか1フレームの歩行状態。
その二つをつなげてみると、この発見の面白さは、扉の向こうに何があったのかということ以上に、そこへ到達する方法が長い時間を経て明らかになったことにある。
1996年のゲームに、2024年になって初めて実演された操作があった。
30年近く前のゲームの、何の変哲もない木の扉。そこには、まだ解き明かされていなかったゲームの仕組みが残されていたのである。