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なるたる(1)レビュー|可愛い日常に潜む“残酷さ”と世界の冷たさ

発売情報

  • 発売日:2003年7月23日(アフタヌーンKC第1巻)
  • 出版社/レーベル:講談社/アフタヌーンKC
  • 判型・ページ数:B6判・208ページ
  • ISBN:978-4063143041
    ※講談社公式・Amazon商品ページ参照済み。

どんな物語?(ネタバレなし導入)

中学生の少女・玉依シイナは、祖父母の家がある島で一匹の“ヒトデのような不思議な生き物”を拾う。彼女はそれに「ホシ丸」と名付け、ペットのように可愛がり始める。しかしその出会いは、世界の在り方を揺さぶる出来事の序章に過ぎなかった。1巻は「少女と謎の生物」という牧歌的な入り口をとりつつ、“可愛い”と“恐怖”が隣り合う独特の空気感で読者を不安へと導く。作者・鬼頭莫宏は『ぼくらの』で知られるが、『なるたる』はその原点にあたる問題作として評価されている。

読み味のコア:“かわいい”の裏側

1巻最大の特徴は、ほのぼのした絵柄と日常描写の心地よさが、突如として不穏さに転じる瞬間の切り替えだ。

  • 海や空の広がり:シイナの無垢さと自由を象徴する舞台。
  • ホシ丸のデザイン:ぬいぐるみのようで無害に見えるフォルム。
  • 台詞の軽やかさ:無邪気な中学生らしい会話。
    これらが「かわいい」「安心」として積み上げられる。だが次第に、ホシ丸の能力や“竜の子”と呼ばれる存在の不気味さが覗き始め、「可愛さの裏側にある不条理」を予感させる。読者は「この可愛さは安全なのか?」と疑念を抱えつつ読み進めることになる。

キャラクター造形

  • 玉依シイナ:快活で天然な中学生。彼女の純粋さが、後の展開の残酷さを一層際立たせる。
  • ホシ丸:人懐っこいように見えて、実際は強大な力を秘めた“竜の子”。シイナとの関係はペットを超えて、作品全体の軸に。
  • シイナの友人たち:1巻時点では典型的な同年代のキャラクターとして登場するが、のちにそれぞれの“暗部”や“欲望”が浮き彫りになっていく伏線を感じさせる。

キャラクターたちは“無邪気さ”と“影”を併せ持って描かれ、作品全体に不穏な余白を漂わせる。

少年誌的フォーマットとの距離

『なるたる』はアフタヌーン連載で、対象読者は青年層だが、1巻冒頭は“友情×冒険×未知の生物”という少年漫画的フォーマットを踏襲している。しかし物語はすぐにその期待を裏切り、過酷で不可逆なテーマへと舵を切る。つまり「少年漫画の枠組みに入ったつもりでページを開くと、途中から地面が崩れ落ちる」という体験設計がなされている。ここが“問題作”と呼ばれるゆえんだ。

見どころ

  • シイナとホシ丸の交流:序盤は“少女と不思議な友だち”の暖かさが前面に。
  • 竜の子の存在感:1巻終盤でその恐ろしい片鱗が覗き、日常が歪む。
  • 海や空の描写:開放感と孤立感を同時に抱かせるビジュアルは、作品の“広さ”と“怖さ”を象徴している。

この“日常から非日常への断絶”の描写が、1巻最大のインパクトとなっている。

初心者ガイド:どう読むと沁みる?

まずは“ほのぼの×不穏”の温度差を味わう読み方がおすすめ。1巻は〈海と空の開放感/軽やかな会話/ホシ丸の丸いフォルム〉で安心感を積み上げ、それを一瞬の違和感(視線、沈黙、間の伸び)で崩す設計です。台詞より所作を見ると変調に気づきやすい。ページ送りは「白が広い場面=呼吸を長く」「黒が増える場面=短く」とリズムを変えると、揺らぎが身体に入ります。紙は見開きの“引き”が効き、電子はコマの陰影や筆圧を拡大で追えるので、どちらでも“可愛い”の下に敷かれた薄氷が見えてくるはず。

“可愛い”と“残酷さ”の両立

鬼頭莫宏は、可愛いを否定しません。むしろ徹底的に肯定したうえで、その裏側にある暴力を静かに露出させます。だからショックは偶然ではなく因果として刺さる。ホシ丸は頼もしい相棒にも、制御不能な力にもなり得る両義の象徴。〈守ってくれる/巻き込まれるかもしれない〉という期待と恐れの混合が、読者の心拍を上げ続けます。海や空の広さも二面性を持つ。自由の景色であると同時に、だれも助けてくれない孤立の遠景にもなる——“広大さ”ゆえの怖さを画面が伝えてくるのです。

テーマの芯:世界は“人の都合”で回らない

1巻段階で明確なのは、世界のルールが人間の倫理より上位にあるという実感です。竜の子の力も、シイナの善意も、世界の運動を止めない。人の願いを斜めにすり抜けていく冷たさがあり、その冷たさの中でもなお“今日の楽しい”を拾うシイナの感性が、読者の心を救います。だから読後感は暗転一色ではなく、小さな明るさと薄い恐怖が同居する独特の余韻になる。

コンテンツノート(初見向けの注意)

シリーズ全体では暴力・性的加害・自死等の重い表現が含まれます。1巻は“予感”の段階ですが、以後は心理的負荷が高まる章も。体調の良い時に、ページを閉じる自由を確保して読み進めるのが推奨です。

近縁作比較

  • 『ぼくらの』(同著者):〈可愛いデザイン×容赦ない因果〉という核は共通。ただし『なるたる』はより日常側から侵食してくる点が異なる。
  • 『新世紀エヴァンゲリオン』:思春期×巨大存在×世界の冷たさ、という骨格が通じるが、『なるたる』は個の生活圏の壊れ方を粘着質に追う。
  • 『みずほアンビバレンツ』(鬼頭短編集):日常のひび割れに宿る不条理への“目の向け方”を補助教材にできる。

まとめ:可憐な輪郭で残酷を抱く

『なるたる(1)』は“怖さ”を大声で叫ばず、可憐な輪郭に包んで手渡す。その手触りのまま読者のなかに残り、ページを閉じても遅れて痛みが来るタイプの作品です。だからこそ、痛みは無駄に消費されない。シイナの鈍い強さ、ホシ丸の両義、海と空の広さ——すべてが“人間中心ではない世界”の前で、私たちがどう小さく明るいほうへ寄るかを促す。1巻はその“警告”と“祈り”が同時に始まる開巻です。

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