
『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』1巻の斎藤悠介は、自分が何をしてきたのかを知りません。
半年間の失踪を経て、過去の記憶を失った高校生。本人にとっては、いま目の前にある学校生活が自分の現実です。
ところが、悠介を知る人々は違います。
15歳の頃、彼は周囲から「悪魔」と呼ばれるほど重大な加害を繰り返していた。
なぜ物語は、過去の罪を覚えていない加害者本人から始まるのか。
1巻は「悠介は赦されるべきか」という結論を急がず、本人が知らない過去と、周囲だけが知っている過去をぶつけることでサスペンスを作っています。
悠介にとっての「現在」と、周囲にとっての「現在」が違う
記憶を失った悠介は、いまの自分を基準に生活しています。
学校へ行き、人と話し、現在の関係の中で自分を理解している。
しかし過去を知る側から見れば、悠介は「突然別人になった人」ではありません。
自分たちを傷つけた人物が、その記憶だけを失って平穏に暮らしているように見える。
この認識の差が、1巻の緊張を作ります。
悠介本人が「覚えていない」と言っても、それで相手側の過去まで消えるわけではありません。
記憶喪失にすることで、読者も悠介と同じ順番で過去を知る
もし主人公が最初から自分の過去を全部覚えていれば、読者はその説明を聞きながら物語へ入れます。
本作はそうしません。
悠介自身が分からないため、読者も過去を知る人物の言葉や、断片的に戻る記憶から状況を組み立てます。
「本当にそんなことをしたのか」「どこまでが事実なのか」という疑問が、悠介本人と読者の両方に残る。
この構造によって、過去の加害は単なる設定説明ではなく、1巻を進める謎そのものになります。
「悪魔」という呼び名を、作品側の最終評価にはしない
タイトルにもある「悪魔」という言葉は強烈です。
ただし、1巻でこの言葉をそのまま作品の結論として受け取る必要はありません。
それは、過去の悠介を知る人々が彼をどう見ていたかを示す言葉です。
一方、現在の悠介はその時期を覚えていない。
「悪魔と呼ばれた人物」と「いま目の前にいる高校生」が、読者の中で簡単に重ならない。
そのずれを保つことで、作品は早い段階で善悪の答えを固定せず、まず何が起きたのかを追わせます。
過去を知る人々を「復讐者」とだけ呼ぶと、1巻の重さを落とす
悠介の前には、過去を知る人物が次々と現れます。
彼らの中には、悠介へ強い怒りや敵意を向ける人もいます。
しかし、その反応を「主人公を追い詰める敵」とだけ整理すると、物語の位置関係が逆転します。
悠介は自分の過去を知らなくても、相手側は経験を失っていません。
読者が主人公の視点にいるからといって、主人公の不安だけが中心ではない。
1巻は、過去を知る人が現れるたびに「悠介にとっては初対面に近い相手が、なぜこれほど強い感情を向けるのか」という形で、被害の痕跡を現在へ持ち込みます。
「更生した」と1巻の時点で決められない理由
現行の悠介が穏やかに見えるからといって、それだけで「更生した」と断定することはできません。
本人は過去を覚えていないからです。
過去を反省して行動を変えたのか、それとも記憶を失ったことで現在の人格が違って見えるのか。
1巻では、そこに明確な答えはありません。
だから「加害者は変われるのか」という大きな問いへ急ぐより、まずは現在の悠介と過去の悠介の間に、本人すら説明できない断絶があることを見るべきでしょう。
記憶の断片が戻るたび、「知らない他人の罪」ではなくなる
悠介は過去を覚えていません。
しかし物語の中では、断片的なイメージや感覚が現在へ入り込んできます。
これによって、過去は「誰かに聞かされた話」だけでは済まなくなります。
知らない自分がやったことだと思いたくても、少しずつ身体感覚を伴ったものへ近づいてくる。
その変化が、単なる犯人探しではなく「自分自身の過去を調べるサスペンス」にしています。
1巻では、被害者側の時間をすべて説明しない
1巻は悠介を主人公にしているため、過去に傷つけられた人々の時間が同じ量だけ描かれるわけではありません。
これは作品の構造上の強みである一方、弱点にもなります。
読者はどうしても、記憶のない悠介の恐怖や混乱へ近い位置に置かれるからです。
そのため、過去を知る相手が強く反応する場面で「なぜそこまで」と感じても、1巻ではまだ事情が足りないことがあります。
ここを「被害者が主人公を責めすぎている」と早く判断しないことが、この巻を読むうえで重要です。
弱点|重い加害描写と、主人公視点への近さがかなり人を選ぶ
本作は、過去のいじめや暴力など重大な加害を扱います。
1巻から心理的に負荷の高い場面があり、軽く読めるサスペンスではありません。
また、主人公が過去を覚えていないため、読者も「現在の悠介」に近い場所から入りやすい。
その構造自体に不快さを感じる人もいるでしょう。
一方で、その居心地の悪さを使って、「本人が忘れたことと、起きたことは別」という問題をサスペンスとして持続させる作品でもあります。
原作は全14巻で完結
『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』は全14巻で完結しています。
最終14巻は2020年10月9日に発売されました。
全体を知ったあとで1巻へ戻ると、序盤の言葉や視線の意味が変わる作品ですが、1巻レビューでは後の答えを先回りせず、「悠介自身も過去を知らない」という出発点を中心に読む方が構造がよく見えます。
関連記事
まとめ|1巻が問うのは「赦せるか」より先に、「知らない自分の過去をどう受け取るか」
『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』1巻の悠介は、自分が過去に何をしたのか知りません。
けれど、周囲の人々にとってその過去は消えていない。
だから物語は、いきなり赦しや更生の結論へ進めません。
本人が忘れている過去を、他人の記憶と自分の断片的な記憶から受け取り直す。
その過程そのものが1巻のサスペンスです。
「今の悠介は昔と違うのか」という問いは残ります。でも、その答えを出す前に「昔の悠介は何をしたのか」を知らなければならない。
1巻は、その不快で逃げにくい入口を作る巻です。
マンガレビューをさらに探す場合は、マンガレビュー一覧から確認できます。
半年間の失踪を経て過去の記憶を失った高校生・斎藤悠介の前に、彼の重大な加害を知る人々が現れ始める第1巻。
価格・在庫・版の違いなどは変動します。購入時は各ショップの商品ページで最新情報をご確認ください。
書誌情報
- 作品:『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』1巻
- 著者:さの隆
- 出版社:講談社
- シリーズ:講談社コミックス
- 発売日:2018年3月9日
- 判型:新書判
- ページ数:192ページ
- 定価:495円(税込)
- ISBN:9784065111970
書誌・完結情報は講談社公式を基準に確認しています。