- まさゆきの地図とは?場所・入手方法・2009年の拡散史【ドラクエ9】
- まさゆきの地図とは?正式名称・場所・特徴を先に解説
- 2009年7月11日|『ドラクエ9』発売と宝の地図の仕組み
- 2009年7月23日|メタルキングばかり現れる地図を発見
- 2009年7月24日|秋葉原で始まった最初の配布
- なぜ一人が見つけた地図が全国へ広まったのか
- 実は「宝の地図をすれちがい通信で交換する」構想は開発途中で生まれた
- 「川崎ロッカーの地図」とは何が違ったのか
- 2010年にはすれちがい通信がギネス世界記録に認定
- まさゆきの地図は、その後も発見者本人によって配布された
- 2026年現在、まさゆきの地図はまだ入手できる?
- 入手後はどこへ行けばいい?地下15階までの注意点
- ドラクエ11にも「まさゆきの地図」を思わせる場所が登場
- まさゆきの地図が、17年後も語り継がれる理由
- まとめ|2009年、たった一枚の地図が全国を旅した
まさゆきの地図とは?場所・入手方法・2009年の拡散史【ドラクエ9】

2009年7月23日。発売からわずか13日目の『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』で、一人のプレイヤーが奇妙なダンジョンを発見した。
地下15階に現れたのは、経験値を大量に獲得できるメタルキング。1匹倒すと、またメタルキング。さらにもう1匹。同じモンスターが続けて姿を現したことで、発見者はその階層が特別な場所ではないかと気付く。
翌7月24日、そのプレイヤーはニンテンドーDSを持って東京・秋葉原へ向かった。そこで配られた一枚の宝の地図が、受け取った人から別の人へ、さらにその先へと渡り、日本全国に広まっていく。
それが、「まさゆきの地図」だった。
正式名称は「見えざる魔神の地図Lv87」。地下15階にメタルキングのシンボルしか出現しないという特殊な構造から、レベル上げに適した宝の地図として一躍有名になった。
ただし、この地図が歴史に残った理由は、メタルキングを大量に倒せることだけではない。一人が偶然見つけたゲーム内のデータが、現実の人の移動とすれちがい通信によって全国へ拡散したという、2009年ならではの出来事だった。
しかも2024年には、発見者本人が当時の発見から配布までの経緯を詳しく証言している。今回はそのインタビューと、堀井雄二、藤澤仁、市村龍太郎ら開発陣の記録をもとに、伝説の宝の地図が生まれた13日間、その後の全国的な広がり、そして2026年現在の入手方法までを振り返る。
まさゆきの地図とは?正式名称・場所・特徴を先に解説
「まさゆきの地図」は、『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』に登場する特定の宝の地図に付けられた通称だ。
ゲーム内で手に入る特別な配信専用アイテムというわけではなく、通常の宝の地図システムから生み出されたもの。発見者のプレイヤー名が「まさゆき」だったことから、この呼び方が定着した。
| 通称 | まさゆきの地図 |
|---|---|
| 正式な地図名 | 見えざる魔神の地図Lv87 |
| ダンジョン名 | 見えざる魔神の道 |
| 発見者 | まさゆき |
| 発見日 | 2009年7月23日(本人の証言) |
| 最初の配布 | 2009年7月24日・東京の秋葉原 |
| 地図の場所 | カルバド大草原・カルバドの集落の東側 |
| 階層 | 地下15階までが通常フロア、地下16階がボスの階層 |
| 最大の特徴 | 地下15階にメタルキングのシンボルのみ出現 |
| ボス | 破壊神フォロボス |
| 主な用途 | メタルキングを利用したレベル上げ |
地図の入口はカルバドの集落から東へ向かった草原側にある。洞窟内の地下15階まで到達すると、フィールド上で出現する敵シンボルがメタルキングだけになる。
ここで注意したいのは、「メタルキングのシンボルしか現れない」と「戦闘でメタルキングしか出現しない」は違うということだ。
実際の戦闘では、メタルキングと一緒に別の強力なモンスターが現れる場合がある。地下15階までの道中も高レベルの敵が多く、本編をクリアしたばかりのキャラクターで安全に進めるダンジョンではない。
それでも、メタルキングのシンボルを継続して狙えるという点は非常に大きかった。倒せれば多くの経験値が手に入り、レベル上げに費やす時間を短縮できる可能性があったからだ。
なぜメタルキングが大量にいると便利だったのか
『ドラクエ9』は、エンディングを見た後もキャラクターを育て、宝の地図を攻略し続けられる作品として設計されていた。
職業ごとにレベルを上げ、スキルポイントを獲得し、さらに転生して育成を続ける。高レベルの地図を攻略することも、やり込み要素の一つだった。
しかし、育成を続けるほど次のレベルまでに必要な経験値は増えていく。経験値を多く持つメタル系モンスターも、必ず遭遇できるとは限らず、出会っても逃げられることがある。
まさゆきの地図では、地下15階に到達さえすれば、メタルキングのシンボルを繰り返し狙える。経験値稼ぎの対象を探し回る手間が大幅に減るのだ。
メタルキングを確実に倒す戦力や、地下15階まで安全に移動する準備は必要だったが、やり込みを続ける冒険者にとって、その価値は明白だった。
後には、メタルキングの出現階層がもっと浅い地図なども発見されている。まさゆきの地図が、あらゆる時期を通じて最も効率的な地図だったというわけではない。
歴史的に重要なのは、メタルキングが集中して出現する宝の地図の存在を全国に知らしめた代表例になったことだ。
2009年7月11日|『ドラクエ9』発売と宝の地図の仕組み
2009年7月11日、ニンテンドーDS向けに『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』が発売された。
ナンバリング本編として初めて携帯ゲーム機で発売された作品であり、最大4人でのマルチプレイ、キャラクターメイク、クエスト、錬金、宝の地図など、多彩なシステムが盛り込まれていた。
中でも、ニンテンドーDSの特徴を生かした「すれちがい通信」は、その後の人気を決定付ける要素となった。
宝の地図は、クリア後も冒険を続けるための仕組みだった
『ドラクエ9』の宝の地図は、世界のどこかにある隠されたダンジョンへ入るためのアイテムだ。
地図に示された場所を探してダンジョンへ入り、各階層を進んで最深部のボスを倒す。ダンジョンによって地形、階層、出現する敵、宝箱の配置などが異なり、クリアすれば新しい宝の地図を手に入れられる。
この仕組みによって、一度エンディングを迎えても新しいダンジョンを探し続けられる。レベル上げと宝の地図の攻略がつながり、さらに強くなれば新たな地図に挑戦する楽しみも生まれた。
2009年9月3日に開催された開発者向けイベント「CEDEC 2009」で、堀井雄二らは『ドラクエ9』を「ずっと遊べる」「みんなで遊べる」作品にすることを目指したと説明している。
宝の地図は、エンディング後にプレイヤーが遊び続けるための仕組みであり、その攻略情報を人と共有することも想定されていた。
参考:ITmedia NEWS「売れ続ける『ドラクエIX』の作り方」(2009年9月3日)
すれちがい通信で、地図は他人にも渡せた
すれちがい通信とは、通信待機状態にしたニンテンドーDS同士が近づくと、互いにゲーム内のデータを送受信できる仕組みだ。
『ドラクエ9』では、セントシュタイン城下町の「リッカの宿屋」で呼び込みを行うことで利用できた。
通信に成功すると、相手のキャラクターが宿屋に訪れる。プロフィールや戦歴、メッセージを確認できるほか、相手が宝の地図を持たせていれば、それを受け取ることもできた。
配布できるのはクリア済みの宝の地図。つまり、他人から受け取った地図を自分でもクリアすれば、今度は別のプレイヤーへ渡す側になれる。
これが、まさゆきの地図が全国へ広がるうえで決定的に重要な仕組みだった。
発売前の2009年2月12日には、GAME Watchがすれちがい通信と宝の地図交換の詳細を報じている。開発側は発売前から、受け取った地図がさらに別の人へ広がることを想定していた。
ただし、その仕組みからまさゆきの地図のような存在が生まれ、社会現象にまで広がることまでは予測していなかった。
2009年7月23日|メタルキングばかり現れる地図を発見
ここから、発見者本人の記録をたどっていこう。
2024年11月22日、ゲーム文化保存研究所は「北海道ゲーマーズ・オーラルヒストリー」の番外編として、まさゆきさんのインタビュー第2回を公開した。
2009年当時、まさゆきさんは神奈川県に住んでいた。『ドラクエ9』は発売日の7月11日に購入し、短期間でエンディングを迎え、その後も宝の地図の攻略に熱中していたという。
地図を発見する7月23日までのプレイ時間は、本人の記憶では150~170時間ほど。発売から13日目の時点で、すでに相当な時間を費やしていた。
本人が目標としていたのは、レベル99の宝の地図を手に入れること。そのために何度もダンジョンへ入り、次の宝の地図を集めていた。
そして7月23日、「見えざる魔神の地図Lv87」を入手する。
すでにレベル90台の宝の地図を持っていたため、最初はレベル87という数字に特別な期待を抱いていなかったという。それでも一度は攻略してみようと洞窟へ入り、地下15階にたどり着いた。
3匹目のメタルキングで異変に気付いた
地下15階で最初に現れたのは、メタルキングだった。
貴重なモンスターと遭遇できたことを喜び、そのまま戦闘。倒した後に再びメタルキングが現れても、まだ偶然だと思っていた。
ところが、3匹目もメタルキングだった。
当時、はぐれメタルのシンボルだけが出現する地図の存在を知っていたまさゆきさんは、そこで初めて、この階層も特定のモンスターしか現れない場所ではないかと考えた。
ゲーム画面に並ぶメタルキング。偶然が続いているだけなのか、それとも特別な地図なのか。
確認するため、インターネットの攻略掲示板へ書き込んだ。しかし、最初から信じてもらえたわけではなかった。
疑われたため、DSの画面を撮影して証明した
まさゆきさんの説明によれば、掲示板では「本当にメタルキングしか出ないのか」という反応があった。
証拠として求められたのは、メタルキングが複数映ったゲーム画面の写真だった。
そこでニンテンドーDSの画面を撮影し、掲示板へ投稿した。本人は、ちょうどメタルキングが3匹映った写真を撮ることができたと振り返っている。
写真をきっかけに反応は変わり、その地図を配布してほしいという声が集まった。
2009年当時、SNSで短い動画を投稿したり、スマートフォンからゲーム画面を簡単に配信したりする環境は、現在ほど一般的ではなかった。掲示板と携帯ゲーム機の画面写真が、珍しい発見を共有するための手段になっていた。
まさゆきさんは翌日、秋葉原へ地図を配りに行くことを決める。
ここまでの経緯は、ゲーム文化保存研究所「まさゆきさん Vol.2」(2024年11月22日)で本人が詳しく語っている。
2009年7月24日|秋葉原で始まった最初の配布
翌2009年7月24日。まさゆきさんは、自宅から秋葉原へ向かった。
前日の7月22日にも、すれちがい通信の人数を増やすために秋葉原へ出かけていた。しかし、この日の目的は違う。自分が発見したメタルキングの地図を、欲しがっているプレイヤーに渡すためだった。
本人によれば、配布を行ったのはおおむね午前11時から午後2時まで。場所は秋葉原のヨドバシカメラ6階にあったゲーム売り場付近だった。
当時の売り場には「ニンテンドーWi-Fiステーション」が設置されており、すれちがい通信を行うプレイヤーが集まりやすい場所でもあった。
ただし、Wi-Fiステーションを経由して地図をインターネット配信したという意味ではない。地図の受け渡しは、近くにいるニンテンドーDS同士のすれちがい通信によるものだ。
発見者はロッカーにDSを置いていなかった
当時の配布方法については、同時代に広まった「川崎ロッカーの地図」と混同されることがある。
しかし、まさゆきさんが2009年7月24日に行った最初の配布では、DSをロッカーへ入れて放置していたわけではない。
本人がDSを持ってヨドバシカメラの売り場付近に滞在し、すれちがい通信を行っていた。
人が集まって混雑することを気に掛け、掲示板では具体的な立ち位置を細かく明かさず、同じフロアのどこかにいるという形で案内したこともあったという。
この違いは、二つの有名な宝の地図が広まった経緯を理解するうえで大切な部分だ。
午後2時には、すでに別の人が配り始めていた
まさゆきさんの2024年の証言で、特に印象的なのが配布終了の判断だ。
午後2時ごろ、売り場付近が大変な人だかりになっているのを見かけ、混雑を避けるために自分の配布を終えることにした。
その時点で、掲示板にはすでに、地図を受け取ったプレイヤーがダンジョンをクリアし、別の人へ配布を始めたという書き込みがあった。
つまり、最初に配り始めてから数時間のうちに、受け取った側が新たな配布者になっていたのだ。
まさゆきさんは、自分が配らなくても地図が広がっていくだろうと考え、最初の配布を終了した。
その頃には、掲示板上で発見者の名前を取って「まさゆきの地図」と呼ばれるようになっていたという。
発見からわずか翌日。宝の地図は、発見した本人の手を離れ、多くのプレイヤーによって受け継がれていく存在となった。
なぜ一人が見つけた地図が全国へ広まったのか
まさゆきの地図が広がった背景には、いくつもの条件が重なっていた。
メタルキングのシンボルしか出ない階層という価値、すれちがい通信によるデータ交換、ニンテンドーDSの普及、そしてゲームショップや駅に人が集まる環境だ。
しかし、最大の理由は単純だった。
地図を受け取った人が、その地図をクリアして次の人に渡せたからだ。
配布者が増えるほど、地図を手に入れる機会も増えた
もし宝の地図が、発見者からしか配布できない仕組みだったらどうなっていただろうか。
秋葉原の特定の場所へ行けた人だけが受け取れ、ほかの地域へ広めるには発見者自身が移動する必要があったはずだ。
ところが、『ドラクエ9』では一度受け取った地図を自分で攻略し、それを別の人へ渡せた。
最初の受取人が複数の人へ渡し、その人たちもまた次の相手へ渡す。配布の中心が一人ではなくなり、地図が人から人へ受け継がれていく。
地図を渡しても自分のデータから消えるわけではないため、手元に残したまま次の人へ配れることも重要だった。
ただし、通信だけで自動的に全国へ広がる仕組みではない。すれちがい通信を行うプレイヤーが実際に近づく必要があり、受け取った地図をさらに配るにはゲーム内での準備も必要だった。
人が地図を欲しがり、ゲームを進め、外へ出かける。その行動の連鎖が拡散を支えていた。
秋葉原や駅が、ゲーム内アイテムの交換場所になった
すれちがい通信の特徴は、ゲームの中だけで完結しないことだ。
欲しい宝の地図があれば、それを持っている人と実際にすれ違わなければならない。ゲームショップ、駅、商業施設、人の集まる場所などが、ゲーム内アイテムを交換するための拠点になった。
まさゆきさん自身も、地図を発見する前日の7月22日に、すれちがい通信の人数を増やすため秋葉原へ出かけている。
本人の記憶では、この日だけで約100人とすれちがったという。特別な地図を求める以前から、秋葉原にはすれちがい通信を目的とするプレイヤーが集まっていた。
こうした環境があったからこそ、7月24日に配られた一枚の地図は、短い時間で多くのプレイヤーへ届くことができた。
駅から家へ持ち帰られた地図は、次の日には別の地域へ渡ったかもしれない。人の移動そのものが、ゲーム内データの移動につながっていた。
2009年の宝の地図交換は、現在のオンラインゲームでアイテムを送信することとは、まったく違う感覚を伴う体験だった。
発見者名が残る仕組みも、地図を有名にした
宝の地図には、最初にその地図を見つけた「発見者」と、地図を攻略した「更新者」の情報が記録される仕組みがあった。
この仕組みのおかげで、地図が遠くへ渡っても発見者の名前が伝わった。
「見えざる魔神の地図Lv87」という正式名称だけなら、数ある宝の地図の一つとして記憶されていたかもしれない。
しかし発見者名が「まさゆき」だったことで、プレイヤーは地図を一人の人物の発見と結びつけて覚えられた。
誰が見つけたのか、どこで受け取ったのか、次は誰に渡すのか。ゲーム内のデータが、人の名前を持つことで物語になっていったのである。
実は「宝の地図をすれちがい通信で交換する」構想は開発途中で生まれた
まさゆきの地図の歴史をさらに面白くするのが、開発段階のエピソードだ。
2012年に任天堂が公開した「社長が訊く『ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン』」では、堀井雄二と藤澤仁が『ドラクエ9』の開発中に起きた出来事を振り返っている。
藤澤によれば、当初「すれちがい通信」と「宝の地図」は、それぞれ独立したシステムとして制作されていた。
ところが、開発がある程度進んだ段階で、堀井が二つを組み合わせ、すれちがい通信で宝の地図を交換できるようにしたいと提案した。
すでに形になっていたシステムを結びつける変更は、開発現場にとって小さな仕事ではなかった。藤澤はディレクターとして難色を示したが、結果的にその変更が実現した。
そして発売から約2週間後、まさゆきの地図が発見される。
堀井が当初想定していたのは、強いボスが出現する宝の地図をプレイヤー同士で交換し、発見者や攻略した人の名前が広まるような遊び方だった。
ところが実際に最初の大きな話題になったのは、ボスの強さではなく、特定の階層でメタルキングが大量に現れる地図だった。
設計した仕組みの面白さが、開発者の当初の想定とは少し違う方向から花開いたのである。
出典:任天堂「社長が訊く『ドラゴンクエストX』」第7回(『IX』の開発を振り返った対談)
まさゆきの地図は開発者が仕込んだものだった?
あまりにも都合のよい地図だったため、当時は開発側が意図的に用意したのではないか、あるいは不正な改造で作られたのではないかという疑問も生まれた。
しかし、開発陣はこれを否定している。
2009年9月3日のCEDEC 2009では、市村龍太郎プロデューサーが、まさゆきの地図は偶然生まれたものであり、開発側が仕込んだものではないと説明した。
同年11月27日の講演でも、宝の地図が自動生成される仕組みであり、このような珍しい地図が生まれることは開発側にとっても想定外だったと語っている。
この講演では、まれな地図の生成についてプログラム上でおよそ30万分の1という数字も紹介された。
ただし、この数字は講演で説明された希少な地図の生成確率に関するものであり、誰がどのような条件で地図を入手しても、必ず30万回に1回だけ「まさゆき」という発見者名の地図が出現するという意味ではない。
重要なのは、メタルキングが集中する階層が通常の地図生成システムから生じたこと、そして発見者が一般プレイヤーだったという事実だ。
参考:GAME Watch「レアな宝の地図はプログラム的には30万分の1の確率だった」(2009年11月27日)
「川崎ロッカーの地図」とは何が違ったのか
2009年の宝の地図ブームを語るうえで、まさゆきの地図と並んで有名なのが「川崎ロッカーの地図」だ。
こちらの正式名称は「あらぶる光の地図Lv86」。まさゆきの地図がレベル上げを目的とした地図だったのに対し、川崎ロッカーの地図は高ランクの宝箱が多く、レアアイテム収集に適した地図として知られた。
| 比較 | まさゆきの地図 | 川崎ロッカーの地図 |
|---|---|---|
| 正式名称 | 見えざる魔神の地図Lv87 | あらぶる光の地図Lv86 |
| 主な用途 | 経験値・レベル上げ | 装備品・レアアイテム収集 |
| 最大の特徴 | 地下15階にメタルキングのシンボルのみ出現 | 高ランクの宝箱が多数配置 |
| ボス | 破壊神フォロボス | 邪眼皇帝アウルート |
| 通称の由来 | 発見者の名前 | 川崎駅のロッカーを利用した配布 |
川崎ロッカーの地図では、Sランクの宝箱が4個、Aランクの宝箱が6個配置されている。高ランク装備や貴重な素材を狙うために繰り返し利用され、宝箱を効率よく回収する経路なども研究された。
つまり、二つの地図は人気の理由が異なる。
まさゆきの地図は、強くなるための地図。川崎ロッカーの地図は、強力な装備や貴重なアイテムを集めるための地図だった。
どちらも、地図の内容を知っていることが攻略上の大きな利点になり、誰かが発見した情報をほかのプレイヤーへ渡すことの価値を高めた。
なお、「川崎ロッカー」という名前は発見者名ではなく配布方法に由来する。一方、まさゆきの地図の最初の配布は、秋葉原で発見者本人がDSを持って行ったものだった。
2010年にはすれちがい通信がギネス世界記録に認定
宝の地図を中心に広がったすれちがい通信の人気は、数字としても記録されている。
2010年5月20日、スクウェア・エニックスは『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』が、すれちがい通信の利用に関するギネス世界記録に認定されたと発表した。
認定に使われたのは、2010年3月4日時点の1億1,757万7,073という記録だ。
これは、1億人以上の異なる人がソフトを購入した、あるいは1億人の日本人がプレイしたという数字ではない。
すれちがい通信で生じた出会いの累計を表したものであり、同じプレイヤーが繰り返し通信した場合も含まれる。
また、すべての通信でまさゆきの地図が交換されたわけではない。すれちがい通信では、プロフィールやメッセージなども交換できた。
それでも、ゲーム内の通信記録が世界記録として公表されるほど利用されたことは、2009年の『ドラクエ9』が単なる一人用RPGを超えた存在だったことを示している。
スクウェア・エニックスの公式ニュース「『ドラゴンクエストIX』がギネスブック認定!」にも、認定日と集計対象の時期が記録されている。
ゲームを遊ぶために、現実の街へ出かける文化
このブームの特殊なところは、ゲームを進めたい人が現実の街へ出かける必要があったことだ。
今なら、オンライン上でゲームの攻略情報を共有したり、ネットワークを通じてアイテムを受け渡したりすることは珍しくない。
しかし『ドラクエ9』では、地図を持っている人が近くに来なければ受け取れない。どの場所へ行けば誰とすれちがえるかという情報まで、ゲーム攻略の一部になった。
秋葉原、駅、家電量販店、ゲームショップ。普段ならただ通り過ぎる場所が、宝の地図を求める冒険の目的地になった。
しかも、その場で初めて会った人と会話する必要すらない。互いに通信待機状態のDSを持っていれば、知らない誰かとの出会いがゲーム内に記録される。
誰かの生活圏と、自分の生活圏が、短い無線通信によって交差する。
まさゆきの地図は、その仕組みが持つ面白さを最も分かりやすい形で世の中に伝えた存在だった。
まさゆきの地図は、その後も発見者本人によって配布された
2009年7月24日を境に、まさゆきの地図は発見者本人の手を離れて全国へ広がっていった。
まさゆきさんによれば、当時、自分から不特定多数へ向けて配布を告知したのは、最初の秋葉原での一度だけだったという。
ただ、伝説の地図と発見者本人の物語は、2009年で終わったわけではない。
2022年7月24日、13年ぶりに札幌で配布
2022年7月24日、まさゆきさんは北海道の札幌で、再び地図の配布を行った。
ちょうど13年前に秋葉原で初配布を行ったのと同じ日付だ。
このときは、JR札幌駅のロッカーにDSを入れ、すれちがい通信を行った。本人が確認できた範囲では、受け取った人からの反応はわずかだったという。
2009年の秋葉原で短時間のうちに人が集まった状況とは、大きく異なっていた。
それでも、地図を求めて遠方から足を運んだ人がいたことが、本人の励みになったと語られている。
同年12月には、大阪の万博記念公園で開催された『ドラゴンクエストウォーク』のリアルイベントに合わせ、再びすれちがい通信を行った。
2023年の秋葉原では、約60人が集まる交流会も
2023年7月には、秋葉原で複数日にわたって地図を配布する機会が設けられた。
7月7日から10日までの4日間、駅周辺やレンタルスペースなどですれちがい通信を実施。そのうちレンタルスペースでの交流会には、本人の記憶で約60人が集まったという。
興味深いのは、地図を受け取った人がすぐ帰るとは限らなかったことだ。
『ドラクエ』シリーズの思い出や、初めて遊んだ作品について話し合い、長時間その場に残った人もいた。地図の配布が、ファン同士の交流につながっていたのである。
2024年にも秋葉原で配布の機会があったことが、本人のインタビューで確認できる。
2026年現在も毎日配布されている、あるいは特定の会場で常時受け取れるという意味ではない。過去の配布会の記録と、現在の開催予定は分けて考える必要がある。
出典:ゲーム文化保存研究所「まさゆきさん Vol.3」(2024年12月6日)
2026年現在、まさゆきの地図はまだ入手できる?
2026年10月現在も、仕組み上は入手可能だ。ただし、まさゆきの地図を持つプレイヤーとのすれちがい通信が必要になる。
『ドラクエ9』の宝の地図交換は、近くにあるゲーム機同士で直接通信する仕組みを利用している。
ニンテンドーWi-Fiコネクションのサービスは2014年5月20日に終了したが、それはインターネットを利用する機能の終了だ。DS同士の近距離無線通信が同じ日に使えなくなったという意味ではない。
そのため、現在でも通信に対応するゲーム機とソフト、地図を持つ相手が揃えば、受け渡しを行える。
ただし、2009年のように街中で自然に『ドラクエ9』の通信相手が見つかる状況ではない。入手するには、事前に相手を探したり、交流会などの開催情報を確認したりする必要があるだろう。
入手するために必要なもの
- 『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』のニンテンドーDS用ソフト
- ソフトを起動できるニンテンドーDSシリーズ、またはニンテンドー3DSシリーズの本体
- ゲーム内で「リッカの宿屋」のすれちがい通信を利用できる状態まで進めたセーブデータ
- 「まさゆきの地図」を配布用に設定している相手
- 二つの本体を近づけて通信できる環境
インターネット回線やWi-Fiサービスへの接続は、地図の受け渡しには必要ない。
一方、ソフトだけを購入すれば自動で地図を入手できるわけでもない。セーブデータに地図を持つ相手がいることが重要だ。
すれちがい通信の基本手順
『ドラクエ9』での地図交換は、ゲーム内の「リッカの宿屋」から行う。
- セントシュタイン城下町のリッカの宿屋へ行く。
- リッカに話しかけ、「呼び込みに行く」を選択する。
- すれちがい通信の待機状態にする。
- 同じく通信待機状態の『ドラクエ9』を持つ人の本体と近づける。
- 通信に成功したら待機状態を終了し、宿屋に来た冒険者を確認する。
- 相手が宝の地図を持たせていれば、宿泊している冒険者からその地図を受け取る。
一度の呼び込みで受け取れる冒険者のデータは最大3人。さらに多くの人とすれちがいたい場合は、いったん宿屋へ戻り、再び呼び込みを開始する必要がある。
自分が宝の地図を配布する側になる場合は、クリア済みの地図を設定する。受け取っただけで未クリアの地図を、そのまま配布することはできない。
また、交換用に地図を設定しても、地図のデータが自分の手元から消えるわけではない。
3DSでもすれちがい通信はできる?
『ドラクエ9』はニンテンドーDS用ソフトだが、対応するニンテンドー3DSシリーズでも遊べる。
ただし、3DS用ソフトのすれちがい通信とは操作が異なる。
3DS用ソフトは本体にすれちがい通信の設定を登録しておけば、ほかのソフトを使用している間やスリープ中に通信できる作品もある。
しかし、DS用ソフトの『ドラクエ9』では、実際にソフトを起動し、ゲーム内ですれちがい通信モードにしておく必要がある。
単に3DS本体へ『ドラクエ9』のゲームカードを差して閉じておくだけでは、必要な通信待機状態にはならない。
任天堂のニンテンドー3DS公式取扱説明書でも、DS・DSiソフトではソフトを起動してすれちがい通信モードにする必要があると案内されている。
今から自力でまさゆきの地図を発見できる?
宝の地図はゲーム内の仕組みによって生成されるため、同様の特徴を持つ地図を自力で引き当てる可能性はある。
ただし、2009年に発見された「まさゆきの地図」と同じ内容の地図を、普通にプレイして簡単に狙えるわけではない。
また、似た特徴を持つメタルキング出現地図と、2009年の発見者名が残る「まさゆきの地図」は区別して考えたい。
歴史上のまさゆきの地図そのものを手に入れたい場合は、元の地図を受け継いでいるプレイヤーから、すれちがい通信によって受け取る方法が分かりやすい。
なお、改造されたデータや出所の不明なセーブデータの使用には注意が必要だ。公式の通信機能を利用した交換と、非公式なデータ改変は別のものとなる。
入手後はどこへ行けばいい?地下15階までの注意点
まさゆきの地図を受け取ったら、地図を開いて入口がある場所を確認しよう。
地図の入口は、カルバドの集落の東側に位置する草原地帯。ダンジョン名は「見えざる魔神の道」で、地下15階にメタルキングが集中している。
ただし、高レベルの宝の地図だけあって、最初から地下15階まで安全に進めるとは限らない。
上層から下層へ進むにつれて強敵が増え、探索中の戦闘で消耗しやすくなる。メタルキングを倒す前に、ダンジョンへ到達するための準備が必要だ。
道中では、敵との不要な接触を減らすために「ステルス」や「せいすい」を利用する方法がある。帰還する際には、リレミトを使用できる職業を用意しておくと移動の負担を減らせる。
また、メタルキング自体も逃走するため、遭遇できることと確実に倒せることは同じではない。会心の一撃を狙える特技など、メタル系モンスターへの対策が重要になる。
地下15階の戦闘で強力な別モンスターが一緒に出現することもあるため、レベル上げだけを目的にする場合でも油断はできない。
地図の階層構造や宝箱の配置を詳しく確認したい場合は、『ドラクエ9』攻略Wikiのまさゆきの地図詳細に、当時から蓄積されてきたマップ情報が残っている。
ドラクエ11にも「まさゆきの地図」を思わせる場所が登場
2009年の一枚の宝の地図は、後の『ドラゴンクエスト』シリーズにも足跡を残している。
『ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて』の3DS版や、過去作の世界を冒険できる『ドラゴンクエストXI S』には、歴代シリーズにちなんだ場所が登場する。
その一つが、『ドラクエ9』を題材にした「見えざる魔神の道」だ。
この場所では、まさゆきという人物が登場するクエスト「ああ…すれちがい」が用意されている。地下でメタルキングが関わる内容もあり、2009年の宝の地図ブームを知る人には懐かしい仕掛けになっている。
2009年に一般のプレイヤーが偶然発見したものが、後のシリーズ作品でも思い出として扱われるようになった。
まさゆきの地図が単なる効率のよいレベル上げ用ダンジョンを超え、『ドラクエ9』を象徴する出来事として記憶されたことが分かる。
まさゆきの地図が、17年後も語り継がれる理由
2009年に発見されたまさゆきの地図は、当時の『ドラクエ9』において、非常に便利なレベル上げの手段だった。
しかし、それだけなら、もっと効率のよい地図が見つかった時点で、思い出の中から消えていっても不思議ではない。
実際、その後には地下15階より浅い場所でメタルキングを狙える地図なども発見され、レベル上げの効率という観点では別の選択肢が増えている。
それでも「まさゆき」という名前だけは、2026年になっても『ドラクエ9』の歴史を語るうえで繰り返し登場する。
その理由は、地図の性能よりも、地図をめぐって起きた人と人との出来事が忘れられていないからだろう。
発見した本人が掲示板へ投稿し、疑われたため写真を撮り、翌日秋葉原へ向かう。受け取った人がまた別の人へ渡し、本人が配布を終えた後も地図が広まっていく。
この流れには、2009年のゲーム文化が詰まっている。
攻略掲示板、持ち歩くニンテンドーDS、ゲームショップに集まる人々、通信で受け取るアイテム、知らない誰かに残される発見者の名前。
一枚の宝の地図は、ゲームの中だけではなく、現実の街でも人を動かした。
2022年や2023年に発見者本人が再び地図を配った際も、単に便利なアイテムを入手したい人だけが集まったわけではない。かつてのすれちがい通信を思い出し、当時の話をしたい人、地図の発見者本人と会いたい人もいた。
それは、ゲーム内で手に入れたデータそのものよりも、そのデータに結び付いた記憶に価値が生まれたことを示している。
『ドラクエ9』のすれちがい通信による共有体験は、その後のシリーズにも影響を与えた。2012年の任天堂の開発者対談では、藤澤仁が『IX』でみんなと『ドラゴンクエスト』を遊ぶ体験を共有できたことが、『X』の開発にとって大きかったと説明している。
オンラインRPGとして発展した『ドラゴンクエストX』とは遊び方が違っても、他の人と冒険の経験を共有するという点では、確かなつながりがある。
『X』がオンラインRPGへ踏み出した背景については、『ドラゴンクエストX』はなぜWii末期に発売されたのかでも詳しく紹介している。
また、『IX』がシリーズ全体の中でどのような役割を果たしたのかは、ドラゴンクエスト歴代本編Tier表でも取り上げている。
まとめ|2009年、たった一枚の地図が全国を旅した
まさゆきの地図は、2009年7月23日に発見された「見えざる魔神の地図Lv87」の通称だ。
地下15階にメタルキングのシンボルだけが現れるという特徴から、レベル上げに適した地図として注目され、翌24日の秋葉原での初配布をきっかけに全国へ広がっていった。
その拡散を可能にしたのは、クリア済みの宝の地図をすれちがい通信で他人へ渡せる仕組みだった。発見者が直接渡すだけでなく、受け取った人自身が次の配布者になれる。だからこそ、一人の発見が全国的な出来事になった。
2026年現在も、対応するDS・3DS本体とゲームソフト、地図を持つ相手がいれば、近距離通信による受け渡しは可能だ。ただし、当時と同じように街を歩くだけで簡単に受け取れる環境ではない。
開発者が意図したのは、人と人が宝の地図を交換し、ゲームを長く楽しむ仕組みだった。その仕組みを通じて生まれたのが、開発者自身も予想していなかった一枚の地図である。
2009年7月24日、秋葉原から全国へ。まさゆきの地図は、プレイヤーがゲームの外でも冒険を続けられた時代を象徴する、忘れがたい記録となった。