- 結論|『街 ~運命の交差点~』は2026年に遊んでも面白い?
- 『街』の発売日はいつ?最初に出たのはセガサターン版
- 制作規模も異例だった|構想5年、実写6,000枚以上
- 『街』の8人の主人公|シナリオごとにジャンルまで変わる
- 「ZAP」と「マルチフラグメント」は別物|『街』の仕組みを整理
- BAD ENDが単なる「失敗画面」ではないのも面白い
- 実写なのに古びるどころか、1990年代の渋谷を残す記録になった
- 『街』の評価ポイント|今でも強いのは「シナリオの交差」を発見する瞬間
- TIPSまで読むと、主人公ではない人物の人生まで広がっていく
- 欠点もある|今から遊ぶなら知っておきたいところ
- SS・PS・PSP版は何が違う?今からならどれがおすすめ?
- 『428 ~封鎖された渋谷で~』は『街』の続編なのか
- 「SNS時代を予言した作品」なのか?そこまで断定する必要はない
- なぜ高評価なのに大ヒットしなかった?開発側も「なぜ売れないのか」と悩んでいた
- 2026年に『街』を再評価する理由|『シブヤスクランブルストーリーズ』も動き出した
- 『街』をおすすめできる人・合わない可能性がある人
- まとめ|『街』が今も名作なのは、誰かの人生の「外側」を見せたから
結論|『街 ~運命の交差点~』は2026年に遊んでも面白い?

1998年にセガサターンで登場した『サウンドノベル 街』。その後、PlayStation版で『街 ~運命の交差点~』と改題され、PSPでは『街 ~運命の交差点~ 特別篇』として再び発売されました。
発売から28年以上。映像表現もゲーム機も大きく変わった2026年に、あえて今から遊ぶ価値があるのでしょうか。
結論から言えば、物語を読むゲーム、群像劇、複数の人物の運命が少しずつつながっていく構成が好きなら、今でも十分に遊ぶ価値があります。
むしろ年月が経ったことで、当時は単なる背景だった1990年代の渋谷そのものが記録として残り、実写を使った本作ならではの魅力は強くなった部分さえあります。
一方で、誰にでも無条件でおすすめできる作品ではありません。大量の文章を読むゲームであり、主人公ごとにシナリオの雰囲気が大きく違います。現代のゲームと比べればインターフェースやテンポに古さがあり、セガサターン版では物語を行き来する操作にも慣れが必要です。2026年現在、現行機向けの新しい移植版が発売されていないことも大きな弱点です。
それでもなお『街』が名作として語られ続けている最大の理由は、「昔としては珍しかった実写ゲームだから」だけではありません。
自分が読んでいる物語の外側でも、同じ時刻に別の誰かの人生が進んでいる。
その感覚をゲームの仕組みにまで落とし込んだことに、『街』の本当の強さがあります。
『街』の発売日はいつ?最初に出たのはセガサターン版
まず基本情報から整理しておきます。
『街』が最初に発売されたのは1998年1月22日。対応機種はセガサターンで、当時の正式タイトルは『サウンドノベル 街』でした。
その約1年後となる1999年1月28日にPlayStation版『街 ~運命の交差点~』が発売。さらに2006年4月27日にはPSP版『街 ~運命の交差点~ 特別篇』が発売されています。
「1998年にPlayStationとセガサターンで同時発売された作品」ではありません。オリジナルはセガサターン版で、PlayStation版は後発移植です。
本作は、チュンソフトが『弟切草』『かまいたちの夜』に続いて送り出したサウンドノベル作品。画面に表示される文章を読み、途中の選択肢を選びながら物語を進める基本部分はそれまでの作品と共通しています。
しかし『街』は、閉ざされた洋館や雪山のペンションではなく、実在する巨大都市・渋谷を舞台にしました。
主人公は一人ではありません。本編では8人。それぞれ年齢も立場も目的も違い、10月11日から15日までの5日間を別々の視点で生きています。
それらの物語を読み進めていくと、最初は無関係に見えた人物が同じ場所を通っていたり、一人の何気ない行動がまったく別の人物を窮地へ追い込んだりします。
ゲームタイトルにある「街」は単なる舞台名ではありません。大勢の人間が同じ場所を共有しながら、それぞれ別の人生を生きているという構造自体がゲームになっています。
制作規模も異例だった|構想5年、実写6,000枚以上
『街』の大きな特徴である実写は、単に当時のCD-ROM容量を生かして映像を派手に見せるためだけに採用されたものではありません。
企画の背景には、渋谷を行き交う大勢の人物それぞれに人生があり、それらを描いていく「主人公100人構想」がありました。
100人もの人物をグラフィックで描き分けるより、実際の俳優を起用する。その発想から、『街』では現実の渋谷で大規模なロケが行われました。
使用された実写は6,000枚以上、出演者は約400人とされています。当時は現在ほどデジタルカメラが普及しておらず、多くの場面はフィルムで撮影されました。
原作・脚本・監督には長坂秀佳氏が関わり、複数の脚本家によって作られたシナリオを一つの世界へまとめていきました。麻野一哉氏は本作の総監督として知られています。
この「複数の書き手が、まったく違うジャンルの物語を同じ街と時間へ収める」という作り方も、『街』の独特な読み味につながっています。
『街』の8人の主人公|シナリオごとにジャンルまで変わる
本編で最初から選べる主人公は8人です。
- 雨宮桂馬「オタク刑事走る!」
- 牛尾政美「The wrong man 牛」
- 馬部甚太郎「The wrong man 馬」
- 篠田正志「七曜会」
- 市川文靖「シュレディンガーの手」
- 飛沢陽平「で・き・ちゃっ・た」
- 高峰隆士「迷える外人部隊」
- 細井美子「やせるおもい」
ここで面白いのが、8本を同じジャンルに揃えていないことです。
刑事ものがあり、入れ替わりコメディがあり、恋愛や青春を扱う話があり、かなり重い心理劇もあります。最初から最後まで一定のトーンで進む長編小説というより、違う番組を同じ時間帯に次々と切り替えて見ているような感覚に近いところがあります。
当然、シナリオごとの好みは分かれます。「この話は早く続きを読みたいのに、別の主人公へ移らなければならない」と感じる場面もあります。
ところが、そのばらつきこそが後半で効いてきます。
同じ人物でも、あるシナリオではコミカルな脇役として映り、別のシナリオではまったく違う顔を見せる。自分が読んでいた物語だけでは分からなかった人物像が、別視点から少しずつ補われていきます。
誰かの物語に登場した「変な人」にも、その人自身の生活がある。
この多面性が、『街』を単なる8本入りの短編集ではなく、一つの群像劇にしています。
「ZAP」と「マルチフラグメント」は別物|『街』の仕組みを整理
『街』を紹介する記事では、「一人の選択が別主人公へ影響するシステム=ZAP」と説明されることがあります。
しかし、厳密にはここを分けて考えた方が本作の仕組みを理解しやすくなります。
別主人公の選択がBAD ENDを生むのが「マルチフラグメント」
『街』では、ある主人公が選んだ行動によって、その本人ではなく別の主人公がBAD ENDへ入ってしまう場合があります。
たとえばAという人物の物語で何気なく選んだ行動が、同時刻に近くを歩いていたBの人生へ影響する。B側だけを読んでいると、なぜ突然失敗したのか分からないことさえあります。
そこで別の主人公へ戻り、どこで運命が狂ったのかを探す。
この「複数の物語の選択結果が相互に影響する」仕組みが、マルチフラグメントです。
一人の主人公だけを正しく操作すれば終わるゲームではありません。全員の時間を見渡し、誰の行動を直せば別の誰かを救えるのか考える必要があります。
別シナリオから続きを開くのが「ZAP」
一方のZAPは別の仕組みです。
物語を読み進めていると、途中で「つづく」と表示され、それ以上先へ進めなくなることがあります。続きを開くには、別の主人公のシナリオにある緑色の「ZAP」を見つけ、そこから対象の物語へ移る必要があります。
つまり、選択肢の影響を他主人公へ伝えるのがマルチフラグメント、別主人公のシナリオから物語を接続するのがZAPです。
両方を組み合わせることで、「8人の物語を読む」という行為そのものが一種のパズルになります。
文章を読むだけのサウンドノベルでありながら、プレイヤーは時間軸を行ったり来たりして原因を探します。物語の構造を理解すること自体がゲームプレイになっている点は、現在遊んでも十分に特徴的です。
BAD ENDが単なる「失敗画面」ではないのも面白い
通常、アドベンチャーゲームのBAD ENDは「間違えたから戻ってやり直すもの」と考えがちです。
『街』では、その失敗にも専用の展開が多数用意されています。
「この選択をしたらどうなるのか」をあえて確認したくなるようなBAD ENDもあり、正解だけを一直線に探すより、寄り道を含めて世界を見る楽しみがあります。
本編8人のシナリオだけでも相当な情報量がありますが、条件を満たすことで隠しシナリオも登場します。セガサターン版には122のBAD ENDが用意され、すべてを見ること自体が大きなやり込み要素になっていました。
ここでも「正しい物語だけが本編で、それ以外は無駄」という作りにはなっていません。
失敗した世界にも人物の性格や関係性を知る情報があり、時には本筋以上に記憶へ残る展開があります。この大量の脇道が、渋谷に本当に大勢の人間が暮らしているような厚みを作っています。
実写なのに古びるどころか、1990年代の渋谷を残す記録になった

1990年代の実写ゲームと聞くと、現在では映像技術の古さを想像するかもしれません。
確かに『街』の画面は、現代の高解像度3Dゲームとは比較になりません。映像作品のように人物が常時動くわけでもなく、基本的には実写の静止画と文章で物語が進みます。
ところが28年以上の時間が経ったことで、その実写には別の価値が加わりました。
ゲームには1990年代の渋谷が大量に写っています。街並み、看板、店舗、服装、車、人の雰囲気。現在は姿を変えた場所も多く、当時は何気ない背景だった風景そのものが時代の記録になっています。
ゲームのために作られた架空都市ではなく、現実の渋谷で俳優たちを撮影した作品だからこそ残ったものです。
さらに実写は、「大勢の人物を見分ける」というゲーム上の役割にも合っています。
主人公だけでなく大量の脇役が複数のシナリオへ顔を出すため、同じ人物を別の物語で見つけた瞬間に、「この人はあの場面にいた」と気づけます。
実写が単なる派手な演出ではなく、群像劇そのものを成立させる機能になっているわけです。
『街』の評価ポイント|今でも強いのは「シナリオの交差」を発見する瞬間
『街』を現在の基準で見たとき、もっとも高く評価したいのは、単独のシナリオ一本だけではありません。
それまで無関係だと思っていた出来事が、別のシナリオを読んだことで突然つながる瞬間です。
ある主人公にとっては人生を左右する大事件なのに、すぐ横を歩く別の人物にとっては何でもない風景かもしれない。
逆に、自分では重要だと思っていなかった行動が、別の人間の人生では決定的な意味を持っていることもあります。
普通の物語では、作者が「実はここがつながっていました」と種明かししてくれます。
『街』ではプレイヤー自身が別の時間へ戻り、複数の視点を読み比べながらその接点を探します。
だから、「物語を読んで驚く」だけでなく、自分で物語同士の関係を発見した感覚が残りやすい。
現在では複数主人公のゲームや群像劇自体は珍しくありません。それでも、複数主人公を用意するだけでなく、それぞれの時間と選択をプレイヤーが実際に往復しなければ物語が完成しない構造は、『街』の個性として残っています。
TIPSまで読むと、主人公ではない人物の人生まで広がっていく
もう一つ、『街』の世界を大きくしているのが「TIP」です。
本文中の言葉から開ける注釈で、用語の説明だけが入っていることもあれば、人物の裏話や、本筋とはほとんど関係のない話が延々と展開されることもあります。
普通なら読み飛ばしても困らない補足情報です。
ところが『街』では、その寄り道を読んでいるうちに、「この脇役にも本当は一本のシナリオがあったのではないか」と思えてきます。
実際、本作はもともと主人公100人という構想から始まっており、本編で脇役として登場している人物の中には、別シナリオの主人公候補だった人物もいました。
ゲーム内に写り込んだ一人一人へ、画面外の生活まで想像できる。
『街』というタイトルが強く感じられるのは、こうした本筋とは直接関係のない情報まで大量に残しているからでしょう。
欠点もある|今から遊ぶなら知っておきたいところ
名作として評価されているからといって、2026年に初めて遊ぶ人が何の違和感もなく楽しめるとは限りません。
シナリオによってかなり好みが分かれる
8本の物語は意図的に作風が変えられています。
コメディを読みたい人には重い話が長く感じられるかもしれませんし、シリアスな群像劇を期待すると、かなり突き抜けたギャグに戸惑う可能性があります。
一本のストーリーが最初から最後まで同じテンションで盛り上がり続けるタイプではありません。
ただし、その温度差が最終的には「同じ街に全然違う人生が存在する」という作品の個性にもなっています。短所と長所がほぼ同じ場所にある作品です。
現代では古く感じる価値観や表現もある
物語が作られたのは1990年代です。
人物同士の会話、恋愛観、ギャグ、扱われる題材には、現在の感覚とはかなり違う部分があります。
そこを「時代を超えてすべて普遍的」と持ち上げる必要はありません。今読むと古く感じるところは、はっきり古い。
一方で、人の思い込み、すれ違い、他人から見た自分と自分自身が思っている自分との違いなど、時代が変わっても成立する部分もあります。
古さまで含めて1990年代の作品として読めるかどうかで、評価は変わりそうです。
セガサターン版はシナリオ移動が分かりにくい
オリジナルのセガサターン版には、後のPlayStation版で追加された移動チャートがありません。
複数の人物を行き来して解くことが重要なゲームだけに、現代から戻るとこの違いはかなり大きく感じられる部分です。
オリジナル版ならではの要素を重視するならセガサターン版ですが、純粋な遊びやすさでは後発版に利があります。
現行機で気軽に買えないのが最大の問題
2026年9月時点で、『街 ~運命の交差点~』にはPS5、PS4、Nintendo Switch、Nintendo Switch 2、Steamといった現行環境向けの新しい移植版は確認できません。
過去にはPSP版のダウンロード販売も行われましたが、これから新しく遊ぶ場合、確実なのはセガサターン版、PlayStation版、PSP版の中古ソフトと対応する実機を用意する方法です。
作品そのものより「遊び始めるまでのハードル」が高くなっているのは、現在の『街』にとって大きな弱点です。
SS・PS・PSP版は何が違う?今からならどれがおすすめ?
『街』には大きく分けてセガサターン、PlayStation、PSPの3バージョンがあります。
セガサターン版|1998年1月22日発売のオリジナル
最初の『街』をそのまま知りたいならセガサターン版です。
後発版にある移動チャートやBAD ENDリストがなく、攻略面ではもっとも不便ですが、その不便さも含めて当時の設計を体験できます。
発売前に実施されたプリクラキャンペーンに由来する、セガサターン版だけの要素もあります。
一方、初めて遊ぶ人へ無条件で最優先する版ではありません。オリジナル性を重視する人向けです。
つぶログでは、セガサターンで国内発売された全1,057タイトルを同一基準で評価したセガサターン全ソフトTier表も公開しています。『街』だけでなく、同時代の作品全体からサターンを見たい場合はこちらも参考にしてください。
PlayStation版|チャート追加でかなり遊びやすくなった
1999年1月28日に発売されたPlayStation版では、タイトルが『街 ~運命の交差点~』となりました。
大きな変更は、主人公ごとの時間を確認して移動できるチャート、BAD ENDリスト、難易度設定などが追加されたことです。
複数シナリオを往復するゲームなので、チャートの追加は単なる便利機能以上の意味があります。
またPS版では、人物を『かまいたちの夜』のようなシルエットで表示する「シルエットモード」も追加されました。
ただ、『街』では俳優の表情や人物同士の見分けがゲームの魅力と結びついているため、実写を隠すことには賛否があります。開発側も後年、PS版でシルエットを用意したものの、逆に実写の良さが分かったという趣旨の振り返りをしています。
PSP版『特別篇』|追加シナリオも収録
2006年4月27日発売のPSP版『街 ~運命の交差点~ 特別篇』は、後発版ならではの追加要素を持っています。
特に大きいのが、本編では脇役として登場していた人物を扱う「サギ山編」「パトリック・ダンディ編」の追加です。
本編8人の物語そのものが別作品のように変わっているわけではありませんが、できるだけ収録内容の多い『街』を読みたいなら有力候補です。
PSP本体だけで遊べる取り回しの良さもあり、2026年に中古環境から始めるなら、遊びやすさと追加内容のバランスではPSP版が候補になります。
ただしPSP本体もすでに生産終了から長い年月が経っています。中古本体の液晶、バッテリー、UMDドライブの状態には注意が必要です。
『428 ~封鎖された渋谷で~』は『街』の続編なのか
『街』を調べていると、必ずと言っていいほど名前が出てくるのが『428 ~封鎖された渋谷で~』です。
『428』は2008年にWiiで発売されたサウンドノベルで、こちらも渋谷を舞台に、複数主人公の物語を切り替えながら一日の事件を追います。
実写、渋谷、複数主人公、TIPS、人物同士の運命がつながる構造など、『街』を知っていれば共通する感触はすぐ分かります。
ただし、『街2』という意味での直接的な続編ではありません。
『街』を遊んでいなくても『428』の物語は理解できますし、『428』から先に遊んでも問題ありません。
一方で、『428』のTIPSなどには『街』を知るプレイヤーなら反応できる要素があり、制作思想の系譜も強く感じられます。そのため「精神的続編」と表現されることがあります。
大きな違いは物語の密度です。
『街』は10月11日から15日までの5日間を複数主人公で描くのに対し、『428』はタイトルにもなっている4月28日の一日へ物語を集中させています。
『428』の方が現代的なテンポで入りやすいと感じる人は多いでしょう。逆に『街』は寄り道が多く、個々の人物をじっくり眺める時間があります。
『428』が好きで「この形式の原点側も見てみたい」と思った人なら、『街』は今から遊ぶ理由が十分にあります。
「SNS時代を予言した作品」なのか?そこまで断定する必要はない
現在『街』を見ると、複数の人間の視点が同時に存在し、それぞれの行動が知らないところで他者へ影響する構造を、SNSのタイムラインへ重ねたくなる部分があります。
ただし、「1998年の時点でSNS社会を予見していた」とまで言うのは後からの解釈です。
開発時に描こうとしていたのは、渋谷の交差点でたまたま同じ信号を待っている大勢の人にも、それぞれ別の人生があり、無関係に見える人生がどこかで交差しているという発想でした。
だからこそ、SNSが普及した現在の感覚と重なって見えることはあっても、SNSを予言したから名作なのではありません。
自分からは見えない場所にも他人の人生が続いている。
その普遍的な構造を扱ったから、時代が変わっても別の形で読み直せる。こちらの方が『街』が長く残っている理由として自然です。
なぜ高評価なのに大ヒットしなかった?開発側も「なぜ売れないのか」と悩んでいた
『街』には「名作なのになぜ売れなかったのか」という話が長く付きまとっています。
ここは、後からもっともらしい理由を並べるより、開発側の証言を基準にした方が正確です。
チュンソフト創業者の中村光一氏は、後年のインタビューで、『街』について手応えはあったものの期待したほどの売上にはならず、ロングスパンで「13万本くらいだったかな」と振り返っています。
しかも評価まで低かったわけではありません。ランキングでは長く高い評価を得て、ユーザーからの評判もあった。それだけに中村氏自身、「なぜ売れないのか」とかなり悩んだと語っています。
当時寄せられた反応として、「実写がよくないのでは」「もっとアイドル的な出演者が必要なのでは」といった意見もあったそうです。
PlayStation版にシルエットモードが追加された背景にも、当時の実写ゲームに対するイメージが関係していました。
ところがシルエットを実装すると、今度は「やはり実写の方がいい」という反応も出たと中村氏は振り返っています。
つまり、「実写だから売れなかった」と一つの理由で片づけることすら難しい作品です。
まして、「SNSがなかったから売れなかった」「もし2020年代なら実況で大ヒットしていた」と断定することはできません。
現在確認できるのは、制作側にも手応えがあり評価も得ていた一方、販売規模は期待ほど伸びず、その理由を開発側自身も模索していたというところまでです。
その結果、「主人公100人構想」で想定されていた『街2』『街3』が実現することはありませんでした。
だからこそ、一本で終わった巨大な企画として、現在まで特別な存在感を残している面もあります。

2026年に『街』を再評価する理由|『シブヤスクランブルストーリーズ』も動き出した
『街』そのものに新作や現行機移植が発表されたわけではありません。
ただ、2026年現在、「渋谷を舞台にした実写群像劇」という流れには新しい動きがあります。
イシイジロウ氏が総指揮を務める新作ビジュアルノベル『シブヤスクランブルストーリーズ』です。
2025年にプロジェクトが動き始め、現在は2028年発売へ向けて正式に開発が進行しています。2026年にも公式サイトの更新やクラウドファンディング、新キャスト発表などが続いています。
出演者にも注目で、『街』でADのサギ山を演じた窪塚洋介さんがメインキャストの一人として参加。ほかにも『街』『428』に関わった出演者やスタッフが新作へ集まっています。
ただし、ここは誤解しないようにしたいところです。
『シブヤスクランブルストーリーズ』は『街』でも『428』でもなく、両作品の続編ではない独立した新作と明言されています。
世界観をそのまま引き継いだ『街3』のような作品ではありません。
それでも、約30年前に『街』が挑戦し、『428』へつながっていった「渋谷で複数の人生を描く実写アドベンチャー」が、2020年代に再び新作として作られていることには意味があります。
新作を待つ間に、その系譜の原点に近い『街』を読み直す。2026年は、そんな遊び方ができるタイミングでもあります。
『街』をおすすめできる人・合わない可能性がある人
『街』を特におすすめしやすいのは、ゲームに派手な操作より物語を求める人です。
複数主人公の群像劇が好き、『428 ~封鎖された渋谷で~』が好き、伏線や人物同士の意外なつながりを見つけるのが好き、1990年代の渋谷や当時の空気に興味がある。こうした条件に当てはまるほど、現在でも楽しめる可能性は高くなります。
逆に、文章を大量に読むゲームが苦手な人、常にストーリーが大きく動いていないと退屈に感じる人、古い価値観や演出が気になる人には合わない可能性があります。
また、一人の主人公へ感情移入して最後まで一気に読みたいタイプの人にとって、強制的に別人物へ視点を移されるZAPはストレスになる場合があります。
『街』は万人向けだから残ったゲームではありません。
かなり癖があるのに、その癖と作品のテーマが一致しているから残ったゲームです。
まとめ|『街』が今も名作なのは、誰かの人生の「外側」を見せたから
『街 ~運命の交差点~』は、1998年1月22日にセガサターンで『サウンドノベル 街』として始まりました。
本編8人の主人公が10月11日から15日の渋谷を生き、一人の選択が別の人物のBAD ENDへつながるマルチフラグメントと、他シナリオから続きを開くZAPによって、それぞれの人生がゲームとして結びついていきます。
現在のゲームから見れば、古い部分は間違いなくあります。
シナリオごとの温度差は大きく、時代を感じる表現もあり、現行機で簡単に購入できません。セガサターン版の操作性も、後発版と比べれば不便です。
それでも、6,000枚を超える実写によって残された1990年代の渋谷、複数の脚本と大量の登場人物、BAD ENDやTIPにまで人生を詰め込んだ情報量は、28年以上経った現在も簡単には代わりが見つかりません。
そして何より面白いのは、自分が主人公だと思って読んでいた人物が、別の誰かのシナリオへ行けばただの通行人になることです。
逆もあります。
さっきまで背景にいた人が、視点を切り替えた瞬間、その人自身の悩みや目的を持った主人公になる。
現実の街も同じです。
交差点ですれ違った相手が何を考え、どこから来て、このあとどこへ向かうのかは分かりません。それでも、その人には自分から見えていない人生があります。
『街』は、その当たり前なのに普段は意識しないことを、サウンドノベルというゲームの仕組みで見せました。
誰もが自分の物語では主人公で、誰かの物語では脇役になる。
発売から何年経っても『街』について語りたくなる人がいる理由は、実写の珍しさでも、「昔の隠れた名作」という肩書でもなく、この一点にあるのかもしれません。
『シブヤスクランブルストーリーズ』という新しい渋谷の群像劇が動き始めた今、原点の一つである『街』をもう一度歩いてみるのも面白いはずです。