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日本最古級の「ネット小説」を探す|1990年代の作品は今も全文読める?

目次
  1. 1990年代のネット小説は今も読める?1996年公開の全文を確認
  2. 先に結論|1996年公開の小説『タイトルのない夏』は今も全文読める
  3. 1996年の小説が残っていた「糸納豆ホームページ」
  4. 『タイトルのない夏』は1996年9月25日に公開開始、11月6日に完結
  5. 同じサイトには『青猫亭奇談』も残っていた
  6. 1996年9月には、すでに多くのネット小説が存在していた
  7. 1996年4月開始の『99人の最終電車』は、もっと早いWeb小説だった
  8. 『神様』も1990年代のWeb文学を考える重要な作品
  9. 『空の境界』も1998年に個人ホームページから始まった
  10. 1990年代のネット小説・現存状況を比較
  11. そもそも「日本最初のネット小説」はいつ生まれた?
  12. なぜ1990年代のネット小説は残りにくいのか
  13. 「全文読める」と判断するためには何が必要?
  14. 小説だけでなく、当時の「書き手と読者の距離」も見えてくる
  15. 結局、日本最古級のネット小説は今も読めるのか

1990年代のネット小説は今も読める?1996年公開の全文を確認

夕焼けに染まる1990年代を思わせる街並みを背景に、「日本最古級のネット小説を探す」「1990年代の作品は今も全文読める?」と書かれた記事アイキャッチ画像。

1990年代、インターネットにはどんな小説が公開されていたのだろうか。

「ネット小説」というと、現在では『小説家になろう』などの投稿サイトを思い浮かべる人が多いかもしれない。しかし、そうしたサービスが登場する以前から、個人ホームページで小説を連載したり、読者が物語の展開を選んだりする試みは行われていた。

では、その頃の作品を2026年の今も読むことはできるのか。

1990年代の個人サイトをたどっていくと、驚くべきものが見つかった。1996年9月25日にWeb公開が始まった小説『タイトルのない夏』が、全19章そろった状態で現在も無料公開されている。

当時の更新履歴には公開日が残り、作品の目次から第1章、最終第19章まで直接開ける。単にタイトルだけが残っているのではない。30年前に掲載された小説の本文を、今のブラウザで読むことができるのだ。

今回は、この作品を出発点として、1990年代の日本語ネット小説を追いかける。初期のWeb文学にはどんな作品があり、どんな読み方ができたのか。出版された有名作品だけでなく、今も個人サイトに残る小説を実際の公開記録とともに見ていこう。

先に結論|1996年公開の小説『タイトルのない夏』は今も全文読める

今回、1990年代の公開記録と現在の全文閲覧をともに確認できた有力な作品が、糸納豆ホームページに掲載されている『タイトルのない夏』だ。

同サイトの1996年更新履歴によると、9月25日に掲載を開始し、11月6日に第19章まで公開して完結している。

現在の作品目次にも第1章から第19章までが並び、すべての章の本文ページが残っている。Internet Archiveの過去ページを復元する必要もない。

『タイトルのない夏』の全19章を読む(糸納豆ホームページ)

同じサイトでは、両谷承氏による連作短編『青猫亭奇談』も第1~5話と番外編が残っている。

ただし、『タイトルのない夏』が日本最初のネット小説というわけではない。1996年4月には井上夢人氏の『99人の最終電車』がWeb連載を開始しており、同年9月2日のニュース記事でも多数のオンライン小説が紹介されている。

つまり、今回確認できたのは「日本最古のネット小説」ではなく、1990年代当時の公開履歴と、現在も読める全章の本文がそろった、現存最古級の有力例ということになる。

1996年の小説が残っていた「糸納豆ホームページ」

『タイトルのない夏』が残っているのは、ASAHIネット上の「糸納豆ホームページ」。現在の大手小説投稿サイトとは異なり、個人ホームページの一角に設けられた小説コーナーだ。

1996年9月25日の更新履歴には、ホームページ開設1周年を迎えたことが書かれている。つまり、サイト自体は1995年9月25日を開設の起点としている。

当時のサイトでは、日記、漫画についてのエッセイ、リンク集、同人誌の電脳版などが公開されていた。小説は、その中の一コンテンツだった。

現在のように小説投稿専用のサービスへ作品を登録するのではなく、個人が自分のホームページに作品の入口を作り、読者がそこから本文へ進む。1990年代らしい公開方法だ。

1996年当時の更新履歴そのものも、現在まで残っている。

糸納豆ホームページ「更新履歴(~1996年)」

この記録を読むと、どの日にどの作品を追加したかだけでなく、当時のホームページがどのように更新されていたのかも分かる。作品の追加が特別なイベントとして、日記やリンク集の更新と一緒に報告されていたのだ。

『タイトルのない夏』は1996年9月25日に公開開始、11月6日に完結

『タイトルのない夏』は、当時の更新履歴で青春小説として紹介されている作品だ。

サイト運営者の後輩である室本氏が、文芸賞への投稿用に書いた原稿をWeb公開したもので、現在の目次には英語タイトルとして「Trinity」も併記されている。

最初からWeb連載のために書き下ろされた作品というわけではない。文芸賞への投稿を想定して執筆された原稿が、インターネット上でも読めるようになった例だ。

当時の更新履歴と現行目次を照合すると、掲載の流れは次のようになる。

日付当時の記録現行目次の掲載日
1996年9月25日作品のアップロード開始第1・第2章
1996年10月16日第2~10章を更新第3~10章
1996年11月6日第11~19章を掲載して完結第11~19章

ここで一つ、細かな違いがある。

10月16日の更新履歴には「第2~10章を更新」とある一方、現行目次では第2章が9月25日掲載となっている。第2章が10月16日に再更新された可能性もあるが、内容が改稿されたかどうかまでは分からない。

それでも、9月25日に公開が始まり、11月6日に全19章の掲載が完了したことは、当時の記録から明確に読み取れる。

全19章は現在も実際に開ける

掲載年月日が残っていても、肝心の作品ページが消えていては全文を読むことはできない。

そこで『タイトルのない夏』について、作品目次に掲載されている第1章から第19章までの個別ページを確認した。

結果は全19章とも本文を取得できた。

最初の章から最後の章まで、通常のWebページとしてアクセスできる。現在の大手小説投稿サービスへ移植されているのではなく、ASAHIネット上に残った作品ページから読む形式だ。

実際の本文を確認したい場合は、次のリンクから開ける。

一部の環境では古い日本語ページの文字コードが正しく認識されず、文字化けする可能性がある。また、スマートフォン向けに作られたページではないため、現在の小説投稿サイトと同じ読みやすさを期待すると戸惑うかもしれない。

それでも、1996年に公開された作品を、2026年の通常Webから無料で最後まで読めることは大きい。

30年間、まったく同じ内容だったのか?

ここは少し区別して考えたい。

現行ページには1996年のアップロード日が記され、当時の更新履歴とも対応している。一方、現在のHTMLファイルが1996年から一度も書き換えられていないことや、小説本文に一文字の修正も加えられていないことまで証明できるわけではない。

重要なのは、1996年の公開記録と現在の全19章が同じサイトの中で結び付いていることだ。

古い作品の中には、題名と発表年だけが残り、本文が失われているものもある。それに対して『タイトルのない夏』は、読者が今も実際に物語を読める状態にある。

同じサイトには『青猫亭奇談』も残っていた

『タイトルのない夏』と同じ小説コーナーには、もう一つ興味深い作品がある。

両谷承氏による連作短編『青猫亭奇談』だ。

作品目次には「Tales from "Blue Cat"」という英語表記もあり、現在は次の6ページが公開されている。

  • 第1話「La Belle Dame Sans Merci」
  • 第2話「Portrait de Maitresses」
  • 第3話「Blue Blue Guitar」
  • 第4話「Drive Without Moonlight」
  • 第5話「The Flying Fatman」
  • 番外編「Les Saisons, Les Esprits」

この6ページについても、それぞれ本文が残っていることを確認できる。

『青猫亭奇談』の各話を読む(作品目次)

1996年10月には第4話が公開されていた

『青猫亭奇談』の公開時期も、当時の更新履歴から一部を追うことができる。

1996年10月16日の履歴には第4話を新規登録したことが記されている。さらに1997年8月13日には、番外編を登録したという記録がある。

糸納豆ホームページ「更新履歴(1997年)」

ただし、第1~3話が最初にWeb公開された日までは特定できない。第4話が1996年10月に掲載されている以上、それ以前に作品が始まっていた可能性は高いが、『タイトルのない夏』よりも古いとは断定できない。

『青猫亭奇談』の現行目次には第1~5話と番外編が残るものの、作者がそれ以外の作品を制作していなかったかどうかも別問題だ。

それでも、1996年から1997年の公開記録と、2026年に直接読める本文がそろっている点で、こちらも貴重な現存例だろう。

1996年9月には、すでに多くのネット小説が存在していた

『タイトルのない夏』が公開された1996年9月25日よりも前に、ネット小説はどれほど広まっていたのだろうか。

その手掛かりになるのが、1996年9月2日付のINTERNET Watchに掲載された「特集 オンライン小説」だ。

INTERNET Watch「特集 オンライン小説」(1996年9月2日)

この記事は1996年当時に公開されたもので、編集部が実際に閲覧できた日本語小説サイトを紹介している。後年の回想ではなく、当時のネット小説の様子を知るための同時代資料だ。

読んでみると、その内容は想像以上に多彩だった。

短編小説の作品集だけでなく、毎週更新される連載、読者が選択肢を選ぶ分岐型の物語、ハイパーリンクを利用した小説などが並んでいる。

当時のネット小説が、単に紙の小説をパソコン画面で読むだけのものではなかったことが分かる。

選択肢で結末が変わる『ペンション』

同特集には、『ペンション』というハイパーリンク小説が紹介されている。

1ページごとに提示される2つの選択肢から一つを選び、その結果によって物語の展開や結末が変わる形式だった。

現在のゲームブックやノベルゲームに近い感覚だが、Webページ同士のリンクによって実現していた点に特徴がある。

1996年9月2日の時点で公開されていたことは確かだが、正確な公開開始日と、すべての分岐が現在も読めるかについては特定できていない。

短編を集めた個人サイトも数多くあった

同じ特集では、『ゐんばの大型小説の世界』に約30本の短編が掲載されていたことや、『文駄羅幸左衛門作品集』で13本の超短編が公開されていたことも紹介されている。

また、桑高克直氏のサイトには短編5本とショートショート8話が掲載され、そのうち複数の作品が連載途中だったとされる。

小説投稿サービスが広まる前から、作者ごとに作品を集めたWebページが存在していたのだ。

ただし、当時の紹介記事に作品名とURLが残っていても、現在の閲覧状況は別に確かめる必要がある。URLが移転している場合や、当時のページだけが失われている場合も考えられる。

読者の反応が物語に影響する仕組みもあった

「インターショートストーリー」というサイトでは、冒頭だけが書かれた作品を公開し、続きを読みたい人に拍手ボタンを押してもらう仕組みが紹介されている。

拍手の数を今後の作品追加につなげようという発想で、読者の反応を創作活動へ取り込む試みだった。

さらに「小説企業講座」では、作中人物が経営上の判断をする場面で、読者が電子メールによる投票に参加できたと記されている。

1990年代のネット小説には、読むだけでなく、物語の進行や更新へ読者が関わる仕組みも存在していた。

1996年4月開始の『99人の最終電車』は、もっと早いWeb小説だった

1996年のネット小説を調べるうえで外せないのが、作家・井上夢人氏の『99人の最終電車』だ。

新潮社に残る井上氏のインタビューによると、連載開始は1996年4月。『タイトルのない夏』より約5か月早い。

舞台は東京の地下鉄銀座線。浅草側と渋谷側から走る2本の最終電車に乗る人々を中心に、さまざまな人物の視点から物語をたどる作品だ。

この小説の特徴は、読む順序が一つに決まっていないことにある。

1998年のインタビューでは、路線図や駅、時刻を選択する仕組みについて井上氏自身が説明している。同じ場面でも、どの登場人物の視点から読むかによって印象が変わるように作られていた。

井上夢人インタビュー「この小説は本になりません」(新潮社)

紙の小説では難しい構造に挑んでいた

普通の長編小説では、読者は基本的に最初のページから最後のページへ進む。

しかし『99人の最終電車』では、同じ時間に別々の場所で起こっている出来事を、読者が異なる順序で追うことができる。

作者が用意した文章を読むという点では小説だが、その順番を選べるところにWebならではの特徴があった。

さらに新潮社に残る対談では、読者から登場人物を募集したことや、別の作家が物語に関わったことも語られている。

1996年のネット小説が、すでに作者と読者の関係そのものを変えようとしていたことが分かる。

2026年現在も公式サイトは残っている

『99人の最終電車』については、新潮社の公式特設サイトが現在も公開されている。

『99人の最終電車』公式特設サイト(新潮社)

当時の連載に関するインタビューや対談を、今も読むことができる貴重な資料だ。

ただし、公式特設サイトが存在することと、1996年から公開されていたすべての本文・分岐を現在も正常にたどれることは別だ。

今回の調査では、当時の全ルートを最後まで閲覧できる状態までは確定できなかったため、『タイトルのない夏』と同じ「全文現存確認済み」には含めていない。

なお、1996年9月のINTERNET Watchでは作品名が『99人の最終列車』と表記されている。現在の新潮社公式タイトルは『99人の最終電車』なので、本記事ではこちらに統一した。

『神様』も1990年代のWeb文学を考える重要な作品

1996年9月のINTERNET Watchには、「パスカル短篇文学新人賞」の受賞作をWebで読めるページも紹介されている。

この賞の第1回受賞者が、後に芥川賞を受賞する川上弘美氏だ。受賞作は『神様』で、受賞年は1994年だった。

新潮社の著者プロフィールでも、1994年の受賞が明記されている。

川上弘美・著者プロフィール(新潮社)

ここで注意したいのが、受賞年とWeb公開年の違いだ。

『神様』が1994年に受賞したことは確認できる。一方、1996年9月2日のINTERNET Watchでは、第1回と第2回の受賞作品をWebで読めると紹介している。

しかし、それだけで『神様』が1994年からWeb公開されていたとは言えない。作品が書かれた年、賞を受賞した年、Webに掲載された年はそれぞれ異なる可能性がある。

現在も1990年代当時のWeb版全文を直接読めるかについても、今回の調査では特定できなかった。

なお、川上弘美氏の短編集『神様』は1998年9月に中央公論社から刊行されている。これはBunkamuraの受賞作品紹介でも確認できる。

Bunkamuraドゥマゴ文学賞・『神様』紹介

1994年の受賞、1996年までに確認できる受賞作のWeb公開、1998年の書籍刊行。この3つを分けて考える必要がある。

『空の境界』も1998年に個人ホームページから始まった

1990年代後半のネット小説から商業出版へつながった作品としては、奈須きのこ氏の『空の境界』も重要だ。

劇場版『空の境界』の公式年表によると、1998年10月、武内崇氏と奈須きのこ氏の個人サークル「竹箒」のホームページ上で、Web小説『空の境界式』として第1話「俯瞰風景」が公開された。

以降、1998年11月に第2話、同年12月に第3・4話、1999年3月に第5話がWeb掲載されている。

『空の境界』公式年表

ここで興味深いのは、全7話すべてが最初からWebで公開されたわけではないことだ。

公式年表では、第6話と第7話は1999年8月に頒布された同人誌へ収録されたものとして記録されている。その後、2001年に全7話を収録した完全版の同人誌が刊行され、2004年6月8日に講談社ノベルスから商業出版された。

つまり『空の境界』は、Web掲載、同人誌、商業出版という複数の形態を経て広まった作品だ。

現在の書籍を全巻読めることと、1998年に竹箒のホームページで公開された初期Web版をそのまま読めることは別になる。

今回、初期Web公開分の全文が当時の形式で現在もそろっていることまでは確認できなかったため、1998年のWeb小説史を代表する作品として紹介するに留める。

1990年代のネット小説・現存状況を比較

ここまで登場した作品について、公開時期と2026年現在の確認状況を整理すると次のようになる。

作品当時の公開記録2026年の閲覧状況確認できる範囲
タイトルのない夏1996年9月25日開始、11月6日完結無料で全19章を閲覧可能当時の更新履歴・現存本文
青猫亭奇談遅くとも1996年10月に第4話を掲載第1~5話・番外編の本文が現存現行掲載分6ページ
99人の最終電車1996年4月連載開始公式特設サイトが現存初期版の全分岐は未確認
神様1994年受賞、1996年までに受賞作Web紹介初期Web本文は未確認受賞・書籍化の記録
空の境界式1998年10月Web掲載開始初期Web版全文は未確認公式年表で掲載・出版経緯を確認

この表で特に区別したいのは、当時の公開記録が残っている作品と、現在も本文を直接読める作品だ。

『99人の最終電車』は『タイトルのない夏』よりも早く連載が始まっている。一方、2026年現在の全章閲覧まで確認できたという点では、『タイトルのない夏』に強い証拠がある。

最初に公開された作品と、今回確認できた最古級の全文現存作品は、必ずしも一致しない。

そもそも「日本最初のネット小説」はいつ生まれた?

1996年よりも前にネット小説は存在していなかったのか、と考える人もいるだろう。

実際には、Webが普及する前から、パソコン通信などのネットワークで小説を発表する文化があった。

しかし、1980年代のパソコン通信で発表された作品と、1990年代のWebブラウザから閲覧する小説を、そのまま同じ条件で比較することはできない。

パソコン通信の小説とWeb小説の違い

パソコン通信では、会員制サービスや草の根BBSに接続し、その中の掲示板やデータライブラリから文章を読む形式が利用されていた。

一方、Web小説は、ブラウザでURLを開いて本文を表示する仕組みを利用する。小説の章ごとにページを分けたり、リンクによって別の場面へ移動したりすることもできた。

もちろん両者は完全に独立していたわけではない。パソコン通信で発表された作品が後にWebへ移されたり、両方で公開されたりすることもある。

そのため、日本最初の「オンライン小説」を探すのか、日本最初の「Web小説」を探すのかによって、答えが変わってくる。

今回は、1990年代に日本語の小説がWeb上で公開されていたことを重視し、現在も通常URLから本文を読める作品を優先している。

作品を書いた年と、Web公開年も違う

古い作品を探すとき、もう一つ気を付けたいのが執筆年だ。

例えば、糸納豆ホームページには『モンキー・スター・ダンシング』という作品も掲載されている。作品紹介では1989年に書かれた原稿と説明されているが、Web目次のアップロード日は2002年6月30日だ。

1989年に書かれた作品が現在Webで読めるとしても、それだけで1989年のネット小説にはならない。

逆に、1996年に書かれた原稿が同年にWeb公開され、その公開記録も残っていれば、少なくとも1996年のWeb掲載作品として扱うことができる。

日本最古級のネット小説を考えるうえでは、作品の執筆日、Web初公開日、書籍化の日付を分ける必要がある。

なぜ1990年代のネット小説は残りにくいのか

1990年代のネット小説が現在も読めるかどうかは、作品の人気や文学的な評価だけでは決まらない。

当時の公開場所が現在まで維持されているか、作者や管理人が本文を保存しているか、別のサイトへ引き継がれているか。こうした事情にも左右される。

個人ホームページの移転や閉鎖

1990年代には、プロバイダの個人向けWebスペースや大学の個人ページなどに小説が掲載されていた。

その後、プロバイダのサービス終了やサーバー移転でURLが変わることもある。サイトの入口だけが残り、作品ページへのリンクが切れてしまう場合もある。

反対に、管理人が古いHTMLを保存し、現在のサイトへ残していれば、今回の糸納豆ホームページのように30年前の作品を直接読むことができる。

1990年代の個人サイトがどこまで現在も残っているかについては、今も生きている日本最古級の「個人ホームページ」を探すでも検証している。

商業出版されても、初期Web版が残るとは限らない

『空の境界』のように、Webから始まって同人誌や商業出版へ進んだ作品もある。

しかし、現在販売されている書籍が存在するからといって、最初のWeb版を無料で読めるとは限らない。

初期版だけにあった文章、Webページ同士のリンク、読者が関与する仕組みなどは、別媒体への移行で変わる可能性もある。

特に分岐型・ハイパーテキスト小説では、文章だけが残っていても、当時の読書体験をそのまま再現できるとは限らない。

Internet Archiveで読める場合はどうなる?

古いWebページを調べる際に役立つのがInternet Archiveの「Wayback Machine」だ。公開当時のページが保存されていれば、現在のサイトから消えた小説を読める場合もある。

ただし、長編小説では途中の章が保存されていなかったり、ページ間のリンクが切れていたりする可能性がある。

第1章だけが保存されていても、それを「全文が現存」とは言えない。分岐型の作品なら、すべての分岐先を確認する必要もある。

今回『タイトルのない夏』を特に強い現存候補として扱ったのは、保存サービス上の断片だけでなく、現在の通常Webから19章すべてを読めるためだ。

「全文読める」と判断するためには何が必要?

ネット小説の現存状況は、作品の形式によって確認するべき範囲が変わる。

短編なら、作品の冒頭から結末までが1ページに収まっていることもある。長編連載なら、全章へのリンクと、それぞれの本文が必要だ。

未完の連載では、公開された全話が残っていたとしても、物語そのものが完結しているとは限らない。

また、後年の改稿版が残っている場合、それは「現在読める作品」ではあっても、「初公開時の文章と完全に同じ」とは別の評価になる。

現存状態具体的な意味
現行サイトで全文閲覧可能作者や掲載者の現在のページで、作品を最初から最後まで読める
改稿版・移転版が現存内容やURLは変わったが、同じ作品の全文が公開されている
保存サービスにのみ現存Internet Archiveなどに本文が残っている
一部のみ現存冒頭、抜粋、一部の章などを読める
存在記録のみ現存当時の紹介記事や更新履歴はあるが、本文を確認できない

『タイトルのない夏』は、現行サイトで全19章が読める例に当たる。

一方、『99人の最終電車』は歴史資料と公式特設サイトが残っているものの、初期公開版の全分岐を現在も読めるかまでは確定していない。

この二つを同じ「現存作品」として紹介すると、読者が実際にアクセスしたときの状況と説明が食い違ってしまう。

小説だけでなく、当時の「書き手と読者の距離」も見えてくる

1990年代の個人ホームページに残る作品を調べていると、単に小説本文が残っているだけではないことに気付く。

同じサイトには日記や更新履歴、リンク集などが置かれ、作者や管理人がどんなことを考えながらページを更新していたのかも記録されている。

新しい作品を公開した日、続きを追加した日、作品について一言紹介した日。こうした記録が残っていることで、当時の読者がどのように作品へたどり着いていたのかを想像しやすくなる。

さらに、個人サイトには掲示板や伝言板も置かれていた。作品を読んだ訪問者が管理人に感想を伝えたり、ほかの読者と交流したりする場所だった。

こうした交流の実例については、日本最古級の「個人サイト掲示板」を探す|1990年代のBBSは今も書き込める?で、1996年3月の実際の投稿ログを紹介している。

当時のネット小説は、現在の投稿サイトほど仕組みが統一されていなかった。その代わり、作者やサイト管理人がページの構成、公開方法、読者との交流手段を自由に作り上げる余地が大きかった。

『99人の最終電車』のようにWebの機能を物語へ取り込む作品があれば、『タイトルのない夏』のように一つの個人サイトで章ごとに公開された作品もある。

1990年代のネット小説には、現在とは違う形の多様さがあった。

結局、日本最古級のネット小説は今も読めるのか

今回の調査で最もはっきりしたのは、1996年の日本語ネット小説が、2026年現在も全文を読める状態で残っているということだ。

『タイトルのない夏』は1996年9月25日にWeb公開が始まり、同年11月6日には第19章まで掲載されている。当時の更新履歴が残り、全19章の本文も現在のサイトから直接開ける。

『青猫亭奇談』も、1996年の第4話掲載記録と、現在読める第1~5話・番外編が残っていた。

一方、1996年4月に始まった『99人の最終電車』など、それ以前のネット小説も確かに存在していた。1996年9月のINTERNET Watchには、さらに多くの作品が紹介されている。

したがって『タイトルのない夏』を日本最初のネット小説と決めることはできないし、1993~1995年の作品に全文現存例がないとも言い切れない。

ただ、今回確認できた中では、1996年当時の掲載日と現在の作品本文がこれほど明確につながっている例は貴重だ。

1996年9月25日。個人ホームページの更新履歴に、新しい小説を公開したという記録が残された。

その小説を、30年後の今も最初から最後まで読むことができる。

昔のインターネットを調べる面白さは、こんなところにもある。歴史上の出来事として名前を知るだけでなく、当時公開された作品そのものに、現在のWebから直接会いに行けるのだ。

興味を持ったなら、ぜひ一度糸納豆ホームページの小説目次を開いてみてほしい。1990年代のWebで公開された文章が、今もそこに残っている。

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