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津田健次郎のAI音声裁判は敗訴?請求棄却でも「声」がパブリシティ権の対象と示された理由

津田健次郎AI音声裁判は敗訴?請求棄却と「声のパブリシティ権」を解説

AI音声の波形と天秤で津田健次郎さんのAI音声裁判とパブリシティ権を表現したイラスト

声優・俳優の津田健次郎さんが、自身の声に類似すると主張した音声を使ったTikTok動画をめぐり、運営会社に削除を求めた裁判で、東京地方裁判所は2026年9月30日、津田さん側の請求を棄却しました。

「請求棄却」と聞くと、津田さん側が主張していた「声の権利」そのものが否定されたようにも見えます。

ところが、判決の内容はそう単純ではありません。

東京地裁は、人の声について肖像と同じように個人の人格の象徴になり得るとしたうえで、実演家などの声に顧客を引き付ける力があり、その力を利用することだけを目的として無断使用する場合には、パブリシティ権侵害になり得るとの考え方を示しました。

一方で、裁判で削除を求めていた188件の投稿は、判決前にアカウントごと削除され、サーバー上のデータも消えていたと認定されています。

そのため今回の判決は、「本件のAI音声が実際に津田健次郎さんのパブリシティ権を侵害した」と認定したものではありません。

「請求は棄却されたのに、なぜ日本俳優連合は『大きな成果』と評価したのか」。判決文を基に、何が認められ、何がまだ判断されていないのかを整理します。

津田健次郎さんのAI音声裁判、結論は「削除請求を棄却」

今回の事件は、東京地方裁判所民事第46部の令和7年(ワ)第70635号「投稿記事削除請求事件」です。

判決日は2026年9月30日。原告が津田健次郎さん、被告がTikTokを運営するシンガポール法人のTikTok Pte. Ltd.でした。

主文は明確です。

原告の請求をいずれも棄却する。

津田さん側が裁判で求めていたのは、問題となったTikTok投稿の削除です。不正競争防止法3条と、パブリシティ権に基づく侵害排除請求権を根拠として、188件の投稿を削除するよう求めていました。

損害賠償を求めた裁判ではありません。判決後、津田さん側の代理人も、金銭を目的とした訴訟ではなく、損害賠償は当初から請求していなかったと説明しています。

したがって今回の判決を、「TikTokに賠償責任が認められなかった裁判」と説明するのも正確ではありません。

何があった?188本のTikTok動画をめぐる裁判

判決文によると、氏名不詳の投稿者は、2024年7月から2025年9月までの間にTikTokへ188件の記事を投稿していました。

内容は、映像や字幕に、都市伝説や心霊現象などの雑学を読み上げるナレーションを組み合わせた動画です。

津田さん側は、このナレーション音声が津田さんの声に類似していると主張しました。

アカウントは2025年11月時点で21万人以上のフォロワーを持ち、判決文によると、各投稿には数千から数万件の「いいね」が付いていました。コメント欄にも、津田さんを想起した利用者による書き込みが確認されています。

「津田健次郎さん本人の声をAIに学習させた」と認定されたわけではない

ここはニュースだけを読むと誤解しやすいところです。

問題のアカウントからリンクされていた外部サイトには、津田さん本人の声を無断でAIに学習させたものではなく、「声真似が上手い友人の声をAIに学習させたデータを使用した」という趣旨の説明が掲載されていました。

ただし、裁判所がその説明内容を真実だと認定したわけではありません。

反対に、「津田健次郎さん本人の音声データをAIへ学習させた」と認定したわけでもありません。

そのため本件を説明する際は、「津田さん本人の声を無断学習したAI音声」と断定するより、津田さんの声に類似するとして争われた音声と捉えるのが正確です。

津田健次郎さんは「敗訴」したのか

裁判の結論だけを見れば、津田さん側が求めた動画削除は認められていません。

その意味で「請求棄却」という結果は動きません。

ただし、そこから「津田さんが主張した声の権利を裁判所が否定した」と読むのは誤りです。

東京地裁はむしろ、声についてパブリシティ権の保護が及び得るという一般論を示しています。

今回の判決を整理すると、次の2つが同時に成立します。

判決の結論判決理由で示された考え方
188件の投稿を削除するよう求めた請求は棄却人の声も一定の場合にはパブリシティ権侵害の対象になり得る

「請求棄却」と「声の保護について重要な判断が示された」は矛盾しません。

日本俳優連合が判決を「大きな成果」と評価した理由も、ここにあります。

なぜ削除請求は棄却された?動画は判決前に消えていた

請求棄却の直接的な理由は、裁判所が削除を求めていた投稿データはすでに存在しないと認定したことです。

判決文で確認できる流れは次の通りです。

日付動き
2026年5月29日投稿者が問題のアカウントを削除
6月28日経過時復旧申請がなく、裁判所は投稿データがTikTokのサーバーから削除されたと認定
7月3日口頭弁論終結
9月30日東京地裁が判決

つまり、裁判所がTikTokに削除を命じ、その結果として動画が消えたわけではありません。

投稿者自身がアカウントを削除し、その後、復旧申請がなかったため、裁判所は6月28日の経過をもって投稿データもTikTokのサーバーから削除されたと認定しました。

「訴えの利益がなくなったから棄却」ではない

さらに細かいですが、判決文を読むうえで重要な点があります。

TikTok側は、投稿が削除済みである以上、津田さん側の訴えは「訴えの利益」を欠くと主張していました。

しかし東京地裁は、この主張をそのまま採用していません。

裁判所は、削除対象が存在するかどうかは「訴えの利益」の問題ではなく、実際に削除を求める権利が残っているかという問題だと整理しました。

そのうえで、口頭弁論終結時までに対象の記事は削除されており、仮にTikTokに削除義務が生じ得たとしても、それ以上の削除義務を負うものではないと判断しています。

その結果、「請求には理由がない」として棄却されました。

単に「動画が消えたので裁判自体が成立しなくなった」という判決ではありません。

裁判所は「声」にどんな権利があると判断した?

今回の判決で最も注目されたのが、声とパブリシティ権について示された部分です。

東京地裁は、次の考え方を示しました。

人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴である

そのうえで、例えば実演家の声などを無断で使った場合、その声に商品の販売などを促進する「顧客吸引力」があり、使用目的が専らその顧客吸引力を利用することにあるなら、パブリシティ権侵害になり得るとしています。

重要なのは、「他人の声を使ったら自動的にパブリシティ権侵害になる」と判断したわけではないことです。

声に人を引き付ける経済的な価値があるか、その価値を利用する目的なのかといった条件が関係します。

そもそもパブリシティ権とは?

パブリシティ権は、有名人などの氏名や肖像といったものが持つ「人を引き付ける力」を、本人が排他的に利用できる利益として保護する考え方です。

「パブリシティ権法」という名前の法律があるわけではなく、過去の裁判例を通じて形成されてきました。

代表的なのが、2012年の最高裁判決として知られる「ピンク・レディー事件」です。

今回の東京地裁判決は、その考え方を「声」にも明示的に及ぼし得ると示した点が注目されています。

逆に言えば、2026年9月30日に新しく「声の権利」という独立した法律上の権利が創設されたわけではありません。

もちろん「声に著作権が発生した」という判決でもありません。

問題のAI音声が「違法」と認定されたわけではない

今回の記事で最も誤解を避けたいのが、この部分です。

東京地裁は、声が一定の場合にパブリシティ権の保護対象になり得るとの一般論を示しました。

しかし、その後に問題となった188件の投稿がすでに削除されたと認定したため、判決文は「その余の争点についてこれ以上の判断はしない」としています。

裁判所が示したこと今回の判決では最終判断されていないこと
人の声も一定の場合にパブリシティ権侵害の対象になり得る188件の音声が実際に津田さん本人の声と法的に評価できるか
対象投稿のデータはすでに削除されていた188件それぞれが津田さんのパブリシティ権を侵害したか
TikTokにさらに削除義務を負わせる理由はないTikTokがパブリシティ権侵害について法的責任を負うか
声とパブリシティ権について一般的な判断基準を示したAIによる声真似が一律に違法になるか

したがって、「津田健次郎さんのAI音声についてパブリシティ権侵害が認定された」と書くと、判決の範囲を超えてしまいます。

本件の具体的な音声が津田さん本人の声とどの程度似ていたのか、投稿者が津田さんの声の顧客吸引力を利用する目的だったのか、不正競争防止法上の問題が成立するのかといった点について、裁判所は最終判断を示していません。

TikTok側の違法行為も認定されていない

被告はTikTok Pte. Ltd.でしたが、今回の判決は「TikTokが違法なAI音声を投稿した」と認定したものではありません。

問題の動画を投稿した氏名不詳の人物と、サービスを運営するTikTokは別です。

仮に投稿者の行為が権利侵害に当たる場合、プラットフォームであるTikTokがどこまで削除義務を負うのかという点も、今回の判決では最後まで判断されませんでした。

もちろんTikTokに損害賠償を命じた判決でもありません。

なぜ日本俳優連合は請求棄却でも「大きな成果」と評価した?

2026年10月5日、日本俳優連合は今回の判決について声明を発表し、「声」のパブリシティ権保護を司法が認めた点を「大きな成果」と評価しました。

削除請求自体は棄却されています。

それでも評価しているのは、「声はそもそもパブリシティ権で守られるのか」という入り口の部分について、裁判所が明確な考え方を示したためです。

知的財産法を専門とする早稲田大学の上野達弘教授も、声がパブリシティ権の保護対象になり得ることを日本の裁判所が明言したのは初めてだと評価しています。

ただし、ここでも「日本で初めてAI音声を違法とした判決」と置き換えてはいけません。

初めてと評価されているのは、裁判所が声についてパブリシティ権の保護が及び得ることを明示した点です。

本件のAI音声そのものについて侵害認定した初判決、という意味ではありません。

法務省も判決前に「声」の法的保護を整理していた

今回の判決より前の2026年8月7日、法務省は「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」の取りまとめ報告書を公表しています。

生成AIの普及によって、著名人などの肖像や声を本人の許可なく利用する問題が広がっていることを受け、パブリシティ権など既存の法律や判例をどう適用するか整理したものです。

法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書」では、現行法と既存の判例法理を前提に、声や肖像の無断利用にどのような民事責任が生じ得るのかが検討されています。

これは新しい「AI音声規制法」ではありません。

また、法務省報告書があったから東京地裁が今回の結論を出した、と因果関係まで断定できる資料も確認できません。

法務省による法的整理と、東京地裁が実際の裁判で示した判断は、分けて理解する必要があります。

AIで有名人の声を似せたら今後は全部違法になる?

今回の判決だけを根拠に、「AIで他人の声を似せたら全部違法」とすることはできません。

東京地裁が示したパブリシティ権の考え方では、その声に顧客吸引力があるか、その声の使用が専ら顧客吸引力を利用する目的なのかが重要になります。

逆に、「AIで作った音声なら本人の録音を直接使っていないから自由」という結論にもなっていません。

AIを使った音声であっても、実際に誰の声として認識されるのか、どのような目的で利用されているのか、商業的な利用なのかなどによって法的な評価が変わる可能性があります。

ものまねまで全部違法になったわけではない

今回の判決を受け、「声真似やものまね芸も違法になるのでは」と考える人もいるかもしれません。

しかし、判決はそこまで判断していません。

人によるものまねなのかAIによる音声なのかにかかわらず、本人だと誤認させる使い方なのか、独立した芸として行われているのか、本人の知名度や顧客吸引力を利用する目的なのかなど、利用の仕方によって事情は異なります。

少なくとも今回の裁判から、「声を似せる行為そのものが禁止された」と読むことはできません。

津田健次郎さん側は控訴しない方針

判決後、津田さん側の代理人である平野敬弁護士は、問題のアカウントと動画がすべて削除されたことで、当初の目的は達成したと説明しています。

また、津田さん側は控訴しない方針であることも明らかにしました。

ただし、2026年10月5日時点で、この東京地裁判決が「確定判決になった」と確認できる公表情報まではありません。

そのため現段階では、東京地裁の一審判決として扱うのが正確です。

今回の判決で分かったこと

今回の裁判は、「津田健次郎さんがAI音声の違法性を争って勝った、負けた」という二択だけで見ると、判決の意味を取り違えやすい事件です。

  • 津田さん側が求めた188件の投稿削除は棄却された
  • 対象投稿が判決前にすでに削除され、TikTokにそれ以上の削除義務を負わせる理由がなかった
  • 東京地裁は、人の声も一定の場合にはパブリシティ権侵害の対象になり得るとの考え方を示した
  • 本件188投稿が実際に津田さんのパブリシティ権を侵害したかまでは判断していない
  • TikTokの違法性や損害賠償責任も認定されていない
  • AIによる声真似が一律に違法になったわけではない

請求棄却という結論と、「声」がパブリシティ権の保護対象になり得ると示されたことは両立します。

だからこそ日本俳優連合は、削除請求が認められなかった判決でありながら、声の保護について司法が考え方を示した点を「大きな成果」と評価しています。

一方、本件の音声が実際に津田さん本人の声と法的に評価できるのか、188件の投稿が権利侵害だったのか、プラットフォーム側がどこまで責任を負うのかといった重要な論点は、今回の一審判決には残されています。

「声にも権利が認められた」という部分だけでなく、何を判断し、何を判断しなかった判決なのかまで分けて見ることが重要です。

※本記事は2026年10月5日時点で公表されている東京地方裁判所の判決文、法務省資料、日本俳優連合の声明、判決後の代理人コメントなどを基に整理しています。

一次資料:東京地方裁判所 令和7年(ワ)第70635号「投稿記事削除請求事件」判決文

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