- 地下だけで一生を過ごす生物とは?地面の下に広がる巨大世界の正体
- 地面の下に広がる「地下世界」の正体
- 本当に地下だけで一生を過ごす生物がいるのか?
- 地下だけで生きる奇妙な生物たち
- なぜ地下生物は眼を失い、体が白くなるのか
- 太陽の光が届かないのに、地下生物は何を食べている?
- 地上から食べ物が届かなくても生きられる洞窟がある
- 地下1,300mから発見された動物「デビルワーム」
- さらに深い岩盤の中には、巨大な微生物の世界がある
- 地下の生物圏は、いったいどれほど巨大なのか
- 地下生物は全部で何種類いる?まだ未知の生物もいるのか
- 地下にいる生物は、地上の環境変化と無関係なのか
- 私たちの足元にも、未知の地下世界が広がっているのか
- まとめ|洞窟は、地下世界のほんの一部だった
地下だけで一生を過ごす生物とは?地面の下に広がる巨大世界の正体

私たちが歩いている地面の下には、どれほど多くの生き物がいるのでしょうか。
土の中にミミズやアリがいるのは、よく知られています。しかし、さらに奥には、一度も地上へ出ることなく、暗闇の中で生まれ、食べ、繁殖し、一生を終える動物たちがいます。
眼を失った透明なエビ。細長い脚で岩の隙間を歩く昆虫。寿命が100年以上に達する可能性があるサンショウウオ。そして、地下1,000mを超える場所から発見された小さな線虫まで。
しかも、こうした生物が暮らしているのは、人間が入れる洞窟だけではありません。
岩の亀裂、砂利の隙間、地下水の流れる空間。私たちの目には見えない場所にも、生物たちの生活が広がっています。
地面の下に、もう一つの巨大な世界がある。ただし、それは地球内部にぽっかりと開いた巨大空洞ではありません。
人間がほとんど立ち入れない、小さな空間の積み重なりです。
地面の下に広がる「地下世界」の正体
地下世界と聞くと、大きな鍾乳洞や、地底湖が広がる光景を想像するかもしれません。
もちろん、そうした洞窟も地下生物の重要な生息場所です。しかし、地下に暮らす生物の立場から考えると、人間が入れるかどうかは、それほど重要な条件ではありません。
たとえば、岩と岩の間に数ミリメートルの隙間があったとします。
人間にとっては、ただの小さな割れ目です。ところが、体長数ミリメートルの昆虫なら、その隙間を移動できる場合があります。
地下水の流れる砂礫の間も、小さな甲殻類や微生物にとっては生活の場になります。洞窟の壁の向こう側にも、こうした微細な空間が続いているのです。
2018年、日本動物分類学会誌『タクサ』に掲載された小松貴氏の総説「日本の地下空隙に生息する陸生節足動物の多様性」では、地下性生物が洞窟の内部だけではなく、周囲の岩盤の隙間を本来の生息場所としていることが説明されています。
実際、人間が新しく掘ったトンネルから、地下生活に高度に適応した生物が見つかることもあります。
何千年も前から存在する洞窟でなければ、地下生物が暮らせないわけではないのです。
洞窟は地下世界をのぞく「窓」のようなもの
地下に生息する動物にとって、洞窟は数ある生活空間の一つです。
岩の亀裂が大きくなった場所には人間が入れますが、その周囲には、私たちが通れないほど狭い隙間が広がっています。
そのため、人間が洞窟で生物を発見したとしても、必ずしもその生物が洞窟の内部だけに暮らしているとは限りません。
地下の生息環境を整理すると、大きく次のような違いがあります。
| 地下の環境 | どんな場所? | 代表的な生物 |
|---|---|---|
| 洞窟・岩の亀裂 | 光が届きにくい岩盤の空間 | 地下性甲虫、クモ、ヤスデなど |
| 地下水・砂礫の隙間 | 水が満たす空間や地下水脈 | 地下性エビ、ホライモリ、微生物など |
| 地下深部の岩盤 | 深い地層の亀裂や地下水 | 細菌、古細菌、一部の線虫など |
ただし、これらは深さによって明確に三分されるものではありません。洞窟、地下水、岩盤の亀裂は、地質によって複雑に入り組んでいます。
また、地下全体に生物がいるわけでもありません。水分や栄養、温度、移動できる隙間の有無によって、住める場所は限られます。
つまり、地下世界は一つの巨大な洞穴ではなく、生物が暮らせる場所と暮らせない場所が複雑に入り組んだ、三次元の生息環境なのです。
本当に地下だけで一生を過ごす生物がいるのか?
います。ただし、「洞窟で見つかった生物」と「地下でしか暮らせない生物」は区別しなければなりません。
分かりやすい例がコウモリです。
コウモリは洞窟を休息や繁殖などに利用しますが、外へ飛び出して餌を取る種類が多く、地下だけで生活を完結させる動物ではありません。
一方、地下で生まれ、その環境で餌を探し、繁殖することに高度に適応した生物もいます。
研究では、こうした地下環境に強く依存する生物を「トログロバイオント(troglobiont)」などと呼びます。地下水中に生息する専門種については「スティゴバイオント(stygobiont)」という呼び方も使われます。
呼び方には研究分野による違いがありますが、ここで重要なのは、単に地下を利用しているのではなく、地下での生活に特化しているという点です。
米国国立公園局も、洞窟を一時的に利用する動物、地上でも地下でも暮らせる動物、地下生活に特化した動物を区別しています。
次の映像では、マンモス・ケーブ国立公園に生息する動物たちと、それぞれの地下環境への依存度が紹介されています。
米国国立公園局の公式動画「Cave Critters of Mammoth Cave National Park」を見る(約2分10秒・英語)
では、地下だけで暮らす動物は、実際にどんな姿をしているのでしょうか。
地下だけで生きる奇妙な生物たち
ホライモリ|100年以上生きる可能性がある地下の両生類
ヨーロッパの地下水系に生息するホライモリ(学名:Proteus anguinus)は、地下世界を代表する動物の一つです。
名前に「モリ」と付いていますが、イモリではなくサンショウウオの仲間です。
細長い体に短い脚、頭の両側には赤みを帯びた外鰓があります。一般的に知られている白っぽいホライモリは、眼が退化し、体内の色素も少なくなっています。
この生物で特に驚かされるのが寿命です。
2010年に学術誌『Biology Letters』で発表された研究では、飼育個体群の生存率や繁殖データから、最大寿命が100年以上に達する可能性が推定されました。
同研究では、性成熟する年齢は平均約15.6年、成体の平均寿命は約68.5年という推定も示されています。
ただし、100年以上というのは統計的な推定値であり、野生で100歳を超えた個体を実際に確認した記録という意味ではありません。
体重がわずか15~20gほどの小さな両生類が、これほど長く生きる可能性を持つ。地下の生物が、地上で見慣れた動物とは大きく異なる生活史を持つことが分かります。
もっとも、地下生物なら何でも長寿というわけではありません。寿命は種によって異なり、ホライモリの長寿を説明する仕組みも完全には解明されていません。
さらに、ホライモリには興味深い例外があります。
スロベニア南東部には、黒っぽい体色と発達した眼を持つ系統も知られています。2024年公表のIUCNレッドリスト評価でも、この系統について説明されています。
地下で暮らす生物が、必ず白くなり、眼を完全に失うわけではないのです。
ケンタッキー・ケーブ・シュリンプ|透明な体で一生を地下水の中で過ごす
米国ケンタッキー州、マンモス・ケーブ国立公園周辺の地下水系には、眼を持たない淡水エビが生息しています。
ケンタッキー・ケーブ・シュリンプ(学名:Palaemonias ganteri)です。
米国国立公園局の資料によると、このエビは地下で全生活史を送り、眼を持たず、殻にも色素がほとんどありません。そのため体は透明で、暗い地下水の中では非常に見つけにくい存在です。
眼がなくても、何も感じられないわけではありません。
触角などを使って周囲の状態や餌を探ります。地下の水中にできる微生物の膜、いわゆるバイオフィルムは、このエビたちにとって重要な食物です。
国立公園局は、寿命を約10~15年と推定しています。
このエビの生活を考えると、地下世界が単に生物の隠れ場所ではないことが分かります。
地下水の中に食べ物があり、ほかの生物との関係があり、そこで次の世代が生まれる。地上へ出なくても、生涯を送れる環境が成立しているのです。
なお、公的資料の一部には異なる学名表記も見られますが、ここでは米国の統合分類情報システム(ITIS)が有効名として扱うPalaemonias ganteriを採用しています。
アシナガメクラチビゴミムシ|日本の地下に暮らす細長い昆虫
こうした生物は、海外の巨大洞窟にしかいないのでしょうか。
そんなことはありません。日本の地下にも、独特な姿へ進化した生物が暮らしています。
その代表例が、四国カルストなどから知られるアシナガメクラチビゴミムシ(学名:Nipponaphaenops erraticus)です。
愛媛県レッドデータブックによると、体長は約5.8~7.3mm。頭部や胸部が細長く、脚と触角も非常に長い、地下生活に高度に適応した昆虫です。
一般的な甲虫のずんぐりとした姿を想像すると、かなり印象が違います。
このような地下性昆虫は、岩の隙間という狭い空間で暮らしています。人間が目にする洞窟の床だけでなく、その周囲にある細かな亀裂や地下浅層も生息場所です。
愛媛県の資料では、四国カルストの洞窟や地下浅層に広く分布する、日本を代表する地下適応型の昆虫として紹介されています。
日本の地面の下にも、人間が普段まったく意識しない生物の世界があります。
その住民は、必ずしも大きな洞窟を必要としていません。小さな隙間さえあれば、そこが生活空間になり得るのです。
なぜ地下生物は眼を失い、体が白くなるのか
地下専門生物には、似たような特徴を持つものが少なくありません。
眼が小さい、あるいは眼そのものがない。体の色素が少ない。脚や触角が長く、視覚以外の感覚を利用する。
これらは、暗闇の中で長い時間をかけて進化してきた生物に、繰り返し見られる特徴です。
では、なぜ眼がなくなるのでしょうか。
光が届かない場所では、眼で周囲を見るという機能の価値が小さくなります。一方、触覚や化学物質を感じ取る能力は、餌や周囲の状態を把握するうえで重要になります。
ただし、「使わなくなった眼が自然に消えた」と説明するだけでは不十分です。
眼の形成には多くの遺伝子が関係しています。眼の縮小や消失が進化する過程には、自然選択、遺伝的浮動、発生に関わる仕組みの変化など、複数の要因が関わると考えられています。
地上と洞窟の両方に暮らす魚が教えてくれること
地下適応の進化を研究するうえで有名なのが、メキシコ洞窟魚として知られるAstyanax mexicanusです。
この魚には、眼と色素を持つ地表性の集団と、眼が退化した洞窟性の集団が存在します。
同じ種の中で異なる環境に適応した集団を比較できるため、眼の形成や色素の減少がどのように進化したのかを調べる重要な研究対象になっています。
ただし、この魚という種全体が地下でしか暮らせないわけではありません。地下環境に適応した集団と、地上の水域に暮らす集団を区別する必要があります。
もう一つ面白いのは、同じ暗闇でも、生物が必ず同じ方向に進化するわけではないことです。
たとえば深海魚が奇妙な姿へ進化した理由を見ても、眼を大きくする魚と、逆に眼を小さくする魚がいます。深海と地下では環境が異なり、利用できる光や餌、感覚器の役割も一様ではありません。
「暗闇に住めば必ず盲目になる」という単純な法則はないのです。
太陽の光が届かないのに、地下生物は何を食べている?
地下世界について考えると、避けて通れない疑問があります。
光がないのに、どうやって食べ物を手に入れるのでしょうか。
地上の生態系では、多くの植物が太陽の光を使って光合成を行い、有機物を作っています。その植物を動物が食べ、別の動物が捕食することで食物網が成立します。
ところが、光が届かない洞窟の奥では、普通の緑色植物は光合成できません。
それでも洞窟には、地上で作られた有機物が流れ込んできます。
たとえば雨が降ると、地表の土壌や落ち葉に含まれる有機物が、水と一緒に地下へ運ばれる場合があります。
植物の根が地下空間まで伸びることもありますし、洞窟を出入りする動物が食べ物や排泄物を持ち込む場合もあります。
コウモリが集まる洞窟では、糞に含まれる有機物が、さまざまな小動物や微生物の栄養源になることがあります。
地下にも食物網が存在する
米国のマンモス・ケーブでは、微生物が地下水中の食物網を支える重要な存在になっています。
岩の表面などに形成される微生物の膜を、小さな甲殻類や巻貝などが食べます。そうした小動物は、さらに別の捕食者の餌になります。
ケンタッキー・ケーブ・シュリンプも、その食物網に加わっている生物の一つです。
地下に光が届かなくても、食べ物がまったく存在しないわけではありません。
ただし、地上から運ばれる有機物が少なければ、利用できるエネルギーも限られます。そのため、多くの地下生態系では、餌をめぐる条件が地上とは大きく異なります。
ここで重要なのは、「光が届かない場所に住んでいる」ことと、「太陽のエネルギーにまったく依存していない」ことは同じではないという点です。
普通の洞窟生態系の多くは、何らかの形で地表から供給される有機物に支えられています。
しかし、世界には、それとは大きく異なる仕組みを持った地下生態系も存在します。
地上から食べ物が届かなくても生きられる洞窟がある
ルーマニア南東部に、モヴィレ洞窟(Movile Cave)という特殊な洞窟があります。
1986年に発見されたこの洞窟では、地表からの有機物供給に依存しない、化学合成を基礎とする地下生態系が確認されています。
普通の洞窟と決定的に違うのは、食物網の出発点です。
地上の植物は太陽光を利用して有機物を作ります。一方、モヴィレ洞窟では、地下水に含まれる硫化水素などの物質を利用する微生物が、化学反応から得たエネルギーによって有機物を作っています。
これを化学合成といいます。
微生物が作った有機物は、原生生物や小さな無脊椎動物などに利用されます。さらに、それらを捕食する生物も存在します。
つまり、太陽光を使う植物を食物網の出発点にしなくても、地下に生態系が成立するのです。
特殊な地下世界に数多くの固有種がいる
2021年に学術誌『Diversity』で発表された研究では、モヴィレ洞窟から52種の無脊椎動物が報告され、そのうち37種が固有種とされました。
水中には甲殻類や線虫、巻貝などが生息し、陸上部分にはクモ、ムカデ、ヤスデ、甲虫なども存在します。
ただし、52種と37種という数字は2021年の研究による集計です。その後も新種の記載が続いており、現在の確定総数として扱うべきではありません。
また、モヴィレ洞窟を「地球上の生命と完全に切り離された世界」と説明するのも正確ではありません。
化学合成によって食物網が支えられていることと、水や酸素を含むすべての物質の供給が地表と完全に無関係であることは別の問題です。
それでも、光合成を基礎とする一般的な生態系とは異なる仕組みで、多様な動物たちが生活している事実は驚くべきものです。
そして、地下世界の不思議はここで終わりません。
さらに深い場所にも、生命が確認されているからです。
地下1,300mから発見された動物「デビルワーム」
地下深部の生物を研究するうえで、大きな発見となったのが2011年の線虫の報告です。
南アフリカの鉱山で、地下深くの岩盤亀裂を満たす水から、線虫の仲間が発見されました。
線虫は細長い体を持つ動物の一群で、地表の土壌や水中などにも広く分布しています。
この調査で報告された新種の一つが、デビルワームと呼ばれるHalicephalobus mephistoです。
2019年の『Nature Communications』論文によると、この種は南アフリカのBeatrix Gold Mineにある、地下約1.3kmの地下水環境から発見されました。
発見場所の地下水は約37℃で、酸素も少ない環境でした。それでも、この線虫は地下の微生物を餌にして生きることができます。
深い地下には細菌や古細菌が存在することが知られていましたが、動物のような多細胞生物がどこまで深く生息できるのかについては、長く研究が続けられてきました。
2011年の『Nature』論文では、地下0.9~3.6kmの亀裂水から、複数の線虫が検出または回収されたと報告されています。
ただし、これはデビルワームという特定の種の生体が、地下3.6kmから確認されたことを意味しません。デビルワームについては、地下約1.3kmという確認された発見深度を基準にするのが適切です。
地下深くでは、動物の生き方も変わる
地下1.3kmというだけでも、地表の生態系からは想像しにくい環境です。
太陽光は届かず、地下水は温かく、酸素や利用できるエネルギーも限られています。
デビルワームについては、熱への耐性に関わる遺伝子なども研究されています。2019年の研究では、熱ストレスに対応するタンパク質に関係した遺伝子群の増加が確認されました。
ただし、地下深部で見つかったからといって、どんな動物でも同じように生息できるわけではありません。温度、酸素、水、食物の条件が合う場所は限られています。
また、地下水から生物が発見されたことと、野外で誕生から死亡までの全生活史を直接観察したことは区別する必要があります。
この発見の重要性は、地球の地下深部が微生物だけの世界とは限らず、条件次第では小さな動物も生活できると示したことにあります。
さらに深い岩盤の中には、巨大な微生物の世界がある
ここまでは主に動物を紹介してきましたが、地中深くでは細菌や古細菌といった微生物が中心になります。
私たちが普段目にしている土壌だけでなく、岩盤内部の亀裂水や、地中深くの地下水系にも微生物が存在します。
その環境では、地上と同じように栄養が供給されるとは限りません。
しかし、微生物の中には、地下で起きる化学反応を利用して生きるものがいます。
たとえば、岩石と水の反応や、天然の放射性物質による水の放射線分解などで生じた水素が、特定の微生物にとってエネルギー源になる場合があります。
「岩を食べる微生物」と表現されることもありますが、岩石そのものを動物のようにかじって食べているという意味ではありません。
岩石や地下水に由来する化学物質を利用して、生命活動に必要なエネルギーを得ているのです。
地下2.8kmで見つかった、ほぼ1種類の細菌が占める環境
2008年に『Science』へ掲載された研究では、南アフリカの金鉱山の地下約2.8kmで採取された亀裂水から、非常に特殊な微生物群集が報告されました。
その試料の液体部分に存在する微生物の99.9%超を、Candidatus Desulforudis audaxviatorという細菌が占めていたのです。
研究では、この細菌のゲノムが解析され、硫酸還元や化学合成独立栄養などに関係する能力が示されました。
ほかの生物から大量の有機物が届かなくても、地下の化学エネルギーを利用することで生活できる可能性を示した例です。
ただし、99.9%超という数字は、調査対象となった特定の亀裂水についての結果です。
地下2.8kmの世界全体に、この細菌しか存在しないという意味ではありません。
それでも、多様な植物や動物が目に入る地上とは、大きく異なる生態系が成立していることが分かります。
少ないエネルギーで生き続ける地下微生物
2026年7月21日に公開された『Nature Microbiology』の総説では、地下水中の微生物が、非常に限られたエネルギーの中で生存する仕組みが整理されました。
地下微生物の中には、増殖速度を低く抑えたり、必要に応じて代謝を切り替えたり、死んだ微生物に由来する有機物を再利用したりするものがいます。
食べ物を大量に取り込み、活発に増えることだけが、生き残る方法ではありません。
エネルギーの乏しい環境では、できるだけ少ない資源で生命活動を維持することも重要になります。
もちろん、すべての地下微生物が同じ速さで増殖するわけではなく、その生存戦略も一様ではありません。
地中深くには、周囲の条件に応じてさまざまな方法で生き続ける、膨大な微生物の世界が存在しているのです。
地下の生物圏は、いったいどれほど巨大なのか
地下世界の規模を考えるうえで、よく引用される研究があります。
2018年12月、国際研究計画Deep Carbon Observatoryは、深部地下生物圏の推定規模を公表しました。
発表によれば、深部地下生物圏の推定体積は約20億~23億立方キロメートル。地下生命に含まれる炭素の総量は約150億~230億トンと推定されました。
ただし、この数字には重要な条件があります。
これは陸地の地下だけではなく、海底下に広がる深部生物圏も含めた推定です。
また、20億~23億立方キロメートルという数字は、巨大な空洞がその体積だけ存在するという意味ではありません。
生物が存在する岩盤や堆積物、その内部の水などを含めた地下生物圏の規模を表しています。
この推定は、各地の鉱山、掘削孔、海底下などから得られた調査結果を基にしています。地球内部のすべてを直接調べ、正確な体積を確定させたものではありません。
それでも、私たちが普段暮らしている地表だけが、地球の生命の舞台ではないことを示す重要な研究です。
地下世界を「巨大」と呼べる理由は、一つの空洞が広いからではありません。
岩石や地下水の内部に、生物が暮らせる環境が地球規模で分布しているからです。
地下生物は全部で何種類いる?まだ未知の生物もいるのか
地下でしか暮らせない動物は、世界に何種類いるのでしょうか。
実は、その正確な総数は分かっていません。
地下性の動物については、すでに数千種規模が知られていますが、未調査の場所や未記載種も多く、地下に生息する専門種の全体像は明らかになっていません。
理由の一つは、そもそも調査が難しいことです。
地下性生物は岩盤の奥や、水で満たされた狭い通路に生息しています。そこへ人間が直接入ることはできません。
たとえ洞窟へ入れたとしても、壁の向こう側や地下水系の全体を調べられるとは限りません。
さらに、地下に住む動物の中には、非常に狭い範囲にしか分布しない種類が存在します。
2026年2月号の『BioScience』に掲載された世界規模の研究でも、地下専門生物の分布の狭さや調査不足が、地下生物多様性を理解するうえで重要な問題として挙げられています。
巨大な地下世界なのに、生物の行動範囲は狭いことがある
地下の生き物について、もう一つ面白いことがあります。
地下には非常に広い生息環境が存在する一方で、そこに暮らす生物が自由に移動できるとは限りません。
岩の隙間が途切れたり、乾燥した場所があったりすれば、地下に高度に適応した小動物にとっては移動を妨げる障壁になることがあります。
小松貴氏の2018年の総説では、九州の大分県沿岸で、半径約20kmの範囲に5種3亜種の地下性甲虫が生息域を分けて分布する例が紹介されています。
わずかな地理的な違いが、生物の分布を大きく分けることもあるのです。
地上では同じように見える場所でも、その下にいる生物の顔ぶれが違っている可能性があります。
地下世界は広大ですが、そこに暮らす生物にとっての世界は、驚くほど小さい場合があるのです。
地下にいる生物は、地上の環境変化と無関係なのか
地下で一生を過ごす生物は、地上の出来事を知らずに生きているのかもしれません。
しかし、地上で起きた変化が地下へ届かないわけではありません。
雨水は地表から地下へ浸透します。その過程で、汚染物質が地下水へ流れ込むこともあります。
農業排水、下水、道路からの流出水などによる水質の変化は、地下水に依存する生物に影響する可能性があります。
実際、米国国立公園局はケンタッキー・ケーブ・シュリンプの保全において、水質汚染や河川の流れの改変などを重要な問題として説明しています。
さらに、地下専門生物の中には、生息範囲が非常に狭い種類もあります。
ある地下水系にしか生息していない生物にとって、その環境が変わることは、生活できる場所そのものを失うことにつながりかねません。
2026年10月1日に公開された『Nature Reviews Microbiology』の総説でも、浅い地下水の微生物生態系について、地下水汚染や温暖化などの影響が研究課題として取り上げられています。
地下は地表から隔てられた環境ですが、決して完全に独立した世界ではないのです。
私たちの足元にも、未知の地下世界が広がっているのか
ここまで読んで、「では、自分が住んでいる場所の下にも、こうした生き物がいるのだろうか」と思うかもしれません。
地下にはさまざまな微生物が存在し、地下水も大きな生息環境になっています。
2026年の『Nature Reviews Microbiology』では、浅い地下水系が地球でも特に大きな淡水生物圏であり、多様な微生物の生息場所になっていると整理されています。
ただし、地面を掘ればどこにでもホライモリや眼のない甲虫がいる、というわけではありません。
地下専門動物が生息できるかどうかは、地質、水分、餌、温度など、多くの条件に左右されます。
また、ある場所で調査して生物が見つからなかったとしても、それだけで周辺の地下空間に生物がいないと断定することはできません。
地下の生物を調べるには、洞窟や井戸、地下水、掘削孔など、限られた観測手段を利用する必要があります。
人間が直接入れない場所ほど、そこで何が起きているのかを調べることは難しくなります。
そのため、地下にはまだ十分に調査されていない環境が数多く残されています。
何が生息しているのか。どのような食物網が成立しているのか。地上の生態系とどの程度つながっているのか。
こうした疑問のすべてに、現在の科学が答えを出せているわけではありません。
まとめ|洞窟は、地下世界のほんの一部だった
地面の下には、実際に地下だけで生活を完結させる生物が存在しています。
眼のない透明なエビや、日本の地下に生息する細長い甲虫。さらに、地下1.3kmで発見された線虫や、深い岩盤の中で化学エネルギーを利用する微生物たち。
ただし、すべての地下生物が盲目というわけではなく、すべての地下生態系が太陽から独立しているわけでもありません。
地下には、地表から運ばれる有機物に支えられた場所もあれば、化学合成を基礎とする特殊な生態系もあります。
そして何より重要なのは、地下世界のほとんどが、人間の入れる大きな洞窟として存在しているわけではないことです。
岩の亀裂や砂礫の隙間、地下水が流れる小さな空間。そこには、人間に見られることなく生活を続けている生物がいます。
私たちが歩いている地面は、単に地球の表面であるだけではありません。
その下にも、まだ全体像の分かっていない生命の世界が続いているのです。