- フランツの経歴と漫才の魅力|土岐真太郎・馬場健吾とM-1の歩み
- フランツは土岐真太郎と馬場健吾の幼なじみコンビ
- 小学生時代の出会い|ドッジボールが幼なじみになるきっかけ
- 会社員から芸人へ|土岐真太郎が馬場健吾を誘った理由
- フランツがマセキ芸能社を選んだ理由
- 「フランツ」というコンビ名の由来は?
- フランツの漫才は何が面白い?2人の掛け合いとネタ作り
- 土岐の休養中、馬場が13回のピンネタ披露に挑戦
- フランツの賞レース・ライブ実績|2022年から結果を積み重ねた
- M-1グランプリの成績|2025年に初の準決勝進出
- 2026年のフランツ|初単独ライブとテレビ賞レースで飛躍
- マイナビ Laughter Nightの月間王者に|2026年11月のチャンピオンLIVEへ
- フランツのラジオ・YouTube活動
- 幼なじみだからこその関係性|土岐の判断と馬場の率直な意見
- まとめ|フランツは幼なじみから漫才師になった実力派コンビ
フランツの経歴と漫才の魅力|土岐真太郎・馬場健吾とM-1の歩み

小学5年生のドッジボールで仲良くなった2人が、大学を卒業し、別々の会社に就職。それでもお笑いへの思いを捨てきれず、幼なじみ同士で漫才コンビを結成する。
そんな少し珍しい経歴を持つのが、マセキ芸能社所属のお笑いコンビ「フランツ」です。
メンバーは土岐真太郎さんと馬場健吾さん。2019年8月1日に結成し、ライブシーンで経験を積みながら、2025年にはM-1グランプリの準決勝へ初めて進出しました。
2026年には『ラヴィット!』の「つかみ-1グランプリ」で優勝し、『ツギクル芸人グランプリ』の決勝にも進出。7月には初の単独ライブを開催するなど、活動の幅を広げています。
しかし、フランツの面白さは賞レースの結果だけではありません。長年の友人関係から生まれる掛け合い、土岐さんが主導するネタ作り、馬場さんの独特なツッコミや表現力など、2人の関係を知るほど漫才の見え方も変わってきます。
この記事では、フランツのメンバープロフィール、小学生時代の出会い、会社員から芸人になった経緯、コンビ名の由来、漫才の特徴、M-1での歩み、2026年現在の活動まで詳しく紹介します。
フランツは土岐真太郎と馬場健吾の幼なじみコンビ
フランツは、土岐真太郎さんと馬場健吾さんによる漫才コンビです。所属事務所はマセキ芸能社で、正式な結成日は2019年8月1日。2人とも兵庫県三田市の出身です。
向かって左が土岐さん、右が馬場さん。主に土岐さんがボケとネタ作り、馬場さんがツッコミを担当しています。
2人は小学5年生のころからの友人ですが、学校を卒業してすぐ芸人になったわけではありません。それぞれ大学へ進学し、卒業後には約1年間の会社員生活を経験しています。
まずは、所属事務所の公式プロフィールをもとに、2人の基本情報を比較してみましょう。
| 項目 | 土岐真太郎 | 馬場健吾 |
|---|---|---|
| 読み方 | とき しんたろう | ばば けんご |
| 生年月日 | 1994年9月21日 | 1994年7月19日 |
| 年齢 | 32歳 | 32歳 |
| 出身地 | 兵庫県三田市 | 兵庫県三田市 |
| 学歴 | 兵庫県立大学経営学部卒業 | 神戸市外国語大学外国語学部卒業 |
| 身長 | 173cm | 175cm |
| 血液型 | O型 | O型 |
| 立ち位置 | 左 | 右 |
| 主な役割 | ボケ・ネタ作り | ツッコミ |
| 趣味 | 『SLAM DUNK』を繰り返し読むこと、テニス、ぷよぷよ | ヒップホップダンス、美容 |
| 会社員経験 | 約1年間 | 約1年間 |
※年齢は2026年11月2日時点。プロフィールはマセキ芸能社の掲載情報を基準にしています。
土岐真太郎はどんな人?大学時代から漫才への思いを持っていた
土岐真太郎さんは1994年9月21日生まれ。兵庫県三田市で育ち、兵庫県立大学経営学部を卒業しました。
現在のフランツではボケを担当し、漫才のネタ作りも主導しています。コンビ名や所属事務所を決める際にも、土岐さんの意見が大きく反映されてきました。
趣味にはテニスやぷよぷよ、『SLAM DUNK』を何度も読むことなどを挙げています。特技は、激辛料理を我慢して食べることや、その場にいる人の中で最も大きく口を開けることなど。少し変わった特技も、土岐さんらしいところです。
高校時代にはすでに芸人になりたいと考えていましたが、すぐにその道へ進んだわけではありません。大学に進学して会社員も経験し、その後、改めてお笑いを仕事にすることを選びました。
ネタ作りや今後の活動方針について、自分の判断を信じて進む性格も本人インタビューで語られています。ただし、相方に何も相談せずすべてを決めているわけではなく、馬場さんと意見を交わしながら活動しています。
馬場健吾はどんな人?ダンスとツッコミが持ち味
馬場健吾さんは1994年7月19日生まれ。土岐さんと同じ兵庫県三田市の出身で、神戸市外国語大学外国語学部を卒業しました。
フランツでは主にツッコミを担当。土岐さんのボケに対する言葉の返しだけでなく、動作を交えた表現も持ち味です。
趣味はヒップホップダンスと美容。特技にもダンスで気持ちを表現すること、シガーボックス、頭モノマネなどを挙げています。
実は小学生のころからムーンウォークができたそうで、土岐さんは当時の馬場さんについて、クラスの女子から注目されていたと振り返っています。
漫才では相方の発想を受け止める役割が中心ですが、馬場さん自身もネタのアイデアを出してきました。2025年には土岐さんの休養中に一人で舞台へ立ち、ピン芸人としてネタを披露した経験もあります。
土岐さんを信頼しながらも、不満や意見があれば率直に伝える。その関係性も、幼いころから一緒に過ごしてきた2人の特徴です。
小学生時代の出会い|ドッジボールが幼なじみになるきっかけ
フランツの結成秘話で最も印象的なのは、2人が仲良くなったきっかけです。
2022年10月7日に公開されたお笑い専門メディア「ワラパー」のインタビューで、土岐さんと馬場さんは小学生時代の思い出を語っています。
2人が同じクラスになったのは小学5年生のころ。休み時間にはクラスでドッジボールをしていました。
一般的なドッジボールでは、相手にボールを当てることが注目されがちです。しかし、2人が大切にしていたのは、ボールをひたすら避けることでした。
土岐さんも馬場さんも、自分はボールを避けるのが得意だと思っていたそうです。
ところが同じクラスになると、自分と同じくらい避けるのが上手な相手がいることに気付きます。
「あいつもボールを避けることを大事にしている」と、互いのプレースタイルに親近感を覚えたことが、仲良くなるきっかけだったのです。
そこから、もう1人の友人を交えた3人でよく遊ぶようになりました。
お笑いが好きだからコンビを組もうと約束したわけでも、最初から将来の相方として意識していたわけでもありません。あくまで小学生同士の、何気ない遊びから始まった友人関係でした。
子どものころから笑いの感覚を共有していた
土岐さんによると、小学生時代の馬場さんはムーンウォークができるなど、周囲の注目を集める存在だったそうです。
一方、土岐さんは少し人見知りなところがありながら、親しい男子のグループでは大いに盛り上がるタイプだったと馬場さんが語っています。
性格はまったく同じではありませんが、2人は幼いころから同じようなお笑いを楽しみ、一緒にライブを見に行くこともありました。
2022年のインタビューでは、好きなお笑いや目指す方向がかなり一致しているとも話しています。
現在の漫才では、土岐さんが独特な発想を出し、馬場さんが素早く反応する場面があります。長い友人関係が、その掛け合いを支える一つの土台になっていると考えられます。
ただし、小学校時代から正式な漫才コンビを組んでいたわけではありません。フランツとしての活動が始まったのは、2人が大学卒業後に社会人生活を経験してからです。
会社員から芸人へ|土岐真太郎が馬場健吾を誘った理由
フランツの2人は、学校を卒業するとすぐに芸人になったわけではありません。
土岐さんは兵庫県立大学、馬場さんは神戸市外国語大学へ進学し、それぞれ大学生活を送ります。
卒業後には別々の会社へ就職。一度は、お笑いとは違う仕事に就いていたのです。
土岐は高校3年生の誕生日に芸人への夢を告白
土岐さんがお笑いを仕事にしたいと考えたのは、大学卒業後が初めてではありません。
高校3年生の誕生日に、母親へ芸人になりたいという思いを打ち明けたことがありました。
ところが母親は反対し、その日のうちに学校の教師を交えた三者面談が行われたと本人が振り返っています。
教師からも大学へ進学した方がよいと勧められ、土岐さんはいったん芸人になることを諦めました。
その後、大学ではテニスサークルに入り、学生生活を楽しんでいたそうです。お笑いを仕事にしたいという気持ちから離れた時期もありました。
そして大学卒業後、会社員になります。
しかし、約1年間働いたころ、仕事を続ける中で物足りなさを感じるようになりました。そこで、以前から芸人になりたいと考えていたことを思い出します。
一度は現実的な進路を選んだものの、社会人になってから再びお笑いの道を目指す決意を固めたのです。
馬場は古着を扱いたくて就職したのに家電担当に
同じころ、馬場さんも会社員として働いていました。
就職先はリサイクルショップ。もともとは古着を扱う仕事がしたくて入社したそうです。
しかし、実際に担当することになったのは家電でした。希望していた仕事内容とは違い、馬場さんも仕事への不満を抱えていました。
その話を土岐さんは聞いていました。
自分もお笑いをやりたい。そして馬場さんも現在の仕事に満足しているわけではない。それなら、一緒に芸人を目指してみないか。
土岐さんは、長年の友人である馬場さんをお笑いの世界へ誘いました。
馬場さんはその誘いを受け、会社を辞めることにします。
フランツは、別々の会社で働いていた幼なじみのうち、土岐さんがもう一度芸人を目指す決断をし、馬場さんを誘ったことで生まれたコンビです。
土岐は両親にもう一度、お笑いへの思いを伝えた
馬場さんが誘いに応じた後、土岐さんは両親へ改めて芸人になりたいと伝えました。
高校時代にも一度反対されていたため、簡単に認めてもらえたわけではなかったそうです。
しかし、18歳のときに一度諦めても、24歳になった今またお笑いをやりたくなっている。ここで諦めても、30歳になったら同じことを言い出すかもしれない。
土岐さんは、そのような思いを両親へ伝えました。
こうして2人は、会社員生活から芸人への道へ進みます。
子どものころからの友人同士が、大人になって同じ夢へ向かうことになった。この経緯は、フランツというコンビを知るうえで欠かせない部分です。
フランツがマセキ芸能社を選んだ理由
フランツが所属しているのは、ウッチャンナンチャン、ナイツ、三四郎、モグライダーなどが在籍するマセキ芸能社です。
2人がこの事務所を選んだ理由にも、土岐さんのお笑いへの考え方が表れています。
2022年の本人インタビューによると、土岐さんは大阪で会社員として働いていたころから、マセキ芸能社所属の芸人のネタをYouTubeで見ていました。
特に好きだった芸人として挙げているのが、ルシファー吉岡さんやサスペンダーズです。
そのため、東京で芸人活動を始めるならマセキ芸能社に入りたいと考えていました。
養成所を経るより、早く舞台に立ちたかった
土岐さんが重視していたのは、できるだけ早く芸人としての活動を始めることでした。
2人がお笑いを始めようと考えた時期から養成所への入学を待つと、芸人として本格的に活動を始めるまでにさらに時間がかかります。
土岐さんはそれを避け、オーディションを受けて活動の機会を得る道を選びました。
また、自分たちがYouTubeで芸人のネタを見ていたように、早く多くの人へ漫才を届けたいという思いもあったそうです。
このため、フランツを吉本興業のNSC出身コンビと紹介するのは正確ではありません。
本人たちが選んだのは、マセキ芸能社のオーディションを受ける道でした。
なお、現在の所属は公式プロフィールで確認できますが、正式に所属が決まった詳細な日付までは確認できていません。結成日と事務所所属日を同じ日として扱わないことが重要です。
「フランツ」というコンビ名の由来は?
「フランツ」という名前を聞くと、作曲家のフランツ・シューベルトや、作家のフランツ・カフカを思い浮かべる人もいるかもしれません。
しかし、本人が語ったコンビ名の決め方は、もう少しシンプルなものでした。
2022年のワラパーのインタビューによると、土岐さんは4~5文字程度の、かっこいいカタカナの名前を付けたいと考えていたそうです。
候補として挙がっていたのは「ペガサス」や「スポーツ」など。
ところが「ペガサス」は、すでに同じ名前でM-1に出場している人たちがいました。ほかにも思い付いた名前を調べてみると、既に使われているものが多かったそうです。
そこで、7番目くらいに思い付いたのが「フランツ」でした。
検索しても同じ名前の芸人が見つからなかったため、この名前に決めたと説明しています。
フランツというコンビ名は、特定の作曲家や作家から取ったというより、土岐さんが響きのよいカタカナ名を探す中で決めたものです。
もし先に思い付いた候補が採用されていたら、今とはまったく違う名前で活動していたかもしれません。
コンビ名だけでなく、所属事務所や動画チャンネルの名前も土岐さんが決めてきたと、2人は当時のインタビューで語っています。
このようなところにも、土岐さんがコンビの方向性を主導してきたことが表れています。
フランツの漫才は何が面白い?2人の掛け合いとネタ作り
フランツの漫才では、主に土岐さんがボケを担当し、馬場さんがツッコミを入れます。
しかし、単にボケとツッコミを分担しているだけではありません。
土岐さんの独特な発想、馬場さんの言葉による反応、動作を使った表現が重なり、テンポのよい掛け合いを生み出しています。
小学生のころから同じお笑いを楽しんできた2人は、互いの考え方をよく知っています。一方で、土岐さんの決断が遅いことに馬場さんが不満を感じるなど、何でも意見が一致する関係というわけでもありません。
そうした違いも含めて、相手に言いたいことを伝えられる関係が、漫才の掛け合いに生かされています。
土岐がネタ作りを主導し、馬場もアイデアを出してきた
フランツのネタ作りについては、時期の異なる本人の発言をあわせて見ると、役割分担がよく分かります。
2022年のインタビューでは、2人で一つのテーマを決め、思い付いたボケやツッコミを互いに提案すると説明していました。
そこで2人が盛り上がれば採用し、最後の判断は主に土岐さんが行うという方法です。
事務所ライブのネタ見せがある前日の夜になってから作り始め、深夜まで作業が続くこともあったそうです。
一方、2025年4月に馬場さんが公開したnoteでは、普段の漫才台本は基本的に土岐さんが書いていると説明しています。
つまり、土岐さんが中心になってネタを書き、馬場さんがツッコミ役として舞台で演じる。その一方で、過去には2人でアイデアを出し合ってネタを作っていたことも確認できます。
「土岐がすべてを一人で作る」「馬場はネタ作りに一切関わらない」という二者択一ではなく、土岐さん主導の制作体制と考えるのが自然です。
なお、2026年現在の細かな制作手順は公表資料だけでは断定できないため、ここでは本人が語った当時の方法として紹介しています。
土岐が影響を受けたのは霜降り明星の漫才
土岐さんは、大学時代に霜降り明星の単独ライブを見たことがあります。
2022年のインタビューでは、漫才の最初から最後まで笑いが詰まっているべきだという考え方に、霜降り明星からの影響があると語っていました。
これは、フランツのネタ作りを理解するうえで重要な発言です。
一つの大きなボケだけを待つのではなく、漫才の途中にも次々と笑いを作りたい。そのために、発想を広げ、言葉のやり取りを重ねていくという考え方です。
もちろん、霜降り明星と同じ芸風という意味ではありません。影響を受けたうえで、幼なじみの2人にしかできない掛け合いを形にしてきました。
土岐さんは当時、いつか霜降り明星から自分たちの漫才を面白いと認めてもらいたいとも語っています。
馬場のツッコミは言葉と動きの両方に注目
馬場さんのツッコミでは、言葉の勢いに加えて、身体を使った表現も見どころです。
趣味のヒップホップダンスをはじめ、動作による表現を得意としており、舞台上でもその感覚が生かされています。
また、ワラパーのライブレポートでは、長い言葉を使ったツッコミについても紹介されています。
土岐さんがボケを考え、馬場さんが一言だけ返すという単純な構造ではなく、ツッコミの言い方や動きによって笑いが広がる場面もあるのです。
2人の漫才を見る際には、土岐さんの発想だけでなく、馬場さんがどのような反応で受け止め、次の笑いにつなげているかにも注目してみてください。
公式漫才『ケーキ屋さん』でフランツの掛け合いを見る
フランツの漫才を実際に見てみたい人には、所属事務所のマセキ芸能社が公開している公式動画があります。
次の映像は、2026年2月21日にマセキ芸能社公式YouTubeチャンネルで公開された漫才『ケーキ屋さん』です。
2026年2月に開催されたライブ『ネモフィラブルー』での漫才を収録したもので、土岐さんの発想と馬場さんのツッコミを楽しめます。
なお、この動画はマセキ芸能社の公式ライブ映像であり、M-1グランプリ2025の敗者復活戦で披露した映像ではありません。
土岐の休養中、馬場が13回のピンネタ披露に挑戦
フランツの役割分担を知るうえで、2025年3月の出来事も興味深いエピソードです。
この時期、土岐さんは扁桃腺の手術のため約1か月間、コンビでの活動を休んでいました。
その間、馬場さんは一人でライブ出演を続けることになります。
馬場さんは主催者に、ピンでの出演でもよければ対応できると伝えていました。すると、多くのライブでその申し出が受け入れられたそうです。
本人が2025年4月10日に公開したnoteによると、3月に披露したピンネタは合計13回でした。
なお、当初は15回と話していましたが、あとから数え直して13回に訂正しています。
新ネタ4本と既存ネタ2本で13回を乗り切った
普段は土岐さんが漫才の台本を書くことが多いため、馬場さんにとって一人でネタを考えることは大きな挑戦でした。
そこで、できるだけ新しいネタに挑戦しようと考え、自分なりのルールを設けて舞台に立ったそうです。
結果として制作したのは、新ネタ4本。これに既存のネタ2本を加え、合計6本を使って13回のネタ披露に対応しました。
当初は同じネタを使うのを2回までにしようとしていましたが、13回という奇数の回数だったため、1本だけ3回使ったことも本人が明かしています。
13本の新ネタを作ったのではなく、6本のネタで13回の舞台を乗り切ったというのが正確な経緯です。
普段は相方が主導するネタ作りを自分で経験したことは、馬場さんにとって新しい挑戦になりました。
その後、土岐さんが復帰し、2人はコンビでの活動を再開しています。
幼なじみとして一緒に活動している一方、必要なときにはそれぞれが単独で舞台へ立つ。そんな経験も、フランツの歩みの一部です。
フランツの賞レース・ライブ実績|2022年から結果を積み重ねた
フランツは、2025年のM-1グランプリで突然注目されるようになったコンビではありません。
それ以前から若手芸人のライブ大会で結果を残し、漫才だけでなくコンビ大喜利でも実績を積んできました。
主な大会成績を時系列で整理します。
| 開催年 | 大会・実績 | 結果 |
|---|---|---|
| 2022年 | THE VERY BEST OF FIVE | 優勝 |
| 2022年 | K-PROライブアワード | 新人賞1位 |
| 2024年1月 | 第7回 AUN~新呼吸~ | 予選優勝 |
| 2024年5月 | マセキUNDER9グランプリ | 優勝 |
| 2024年 | 第45回ABCお笑いグランプリ | 準決勝進出 |
| 2024年9月 | 第8回 AUN~新呼吸~第二陣 | 予選優勝 |
| 2025年 | M-1グランプリ | 準決勝進出・敗者復活戦出場 |
| 2026年1月 | マイナビ Laughter Night | 月間チャンピオン |
| 2026年7月 | 第4回つかみ-1グランプリ | 優勝 |
| 2026年8月 | ツギクル芸人グランプリ2026 | 決勝15組・ファーストステージ敗退 |
大会には、全国規模の賞レースだけでなく、事務所内の大会、ライブ主催者による大会、テレビ番組の企画も含まれています。それぞれ競技形式や対象者が異なるため、優勝という言葉だけで同列に比較することはできません。
2022年|THE VERY BEST OF FIVE優勝とK-PRO新人賞1位
フランツが若手ライブシーンで実績を残した大きな節目が、2022年です。
芸歴5年目以下の芸人を対象とする大会『THE VERY BEST OF FIVE』で優勝。さらに『K-PROライブアワード2022』では新人賞1位に選ばれました。
K-PROは若手芸人のライブを数多く開催している主催者です。ライブアワードの新人賞では、人間横丁やジャンクを抑えてフランツが1位となりました。
主催者側は、THE VERY BEST OF FIVEでの優勝や、ライブバトルでの活躍などを評価しています。
テレビでの知名度が高まる前から、劇場で漫才を披露し、観客や芸人仲間から評価されるようになっていたことが分かります。
2024年|マセキUNDER9グランプリ優勝
2024年5月には『マセキUNDER9グランプリ』で優勝しました。
この大会は、マセキ芸能社に所属する芸歴9年以下の芸人を対象とする大会です。
全国のすべての芸人が参加する大会ではありませんが、同じ事務所の若手が競う中で結果を残したことには意味があります。
同じ年には、第45回ABCお笑いグランプリでも準決勝へ進出しています。
2022年のライブ大会での優勝に続き、2024年にも異なる大会で実績を積み重ねたことで、フランツは若手コンビとしての存在感を強めていきました。
コンビ大喜利『AUN~新呼吸~』では2024年に2度優勝
フランツの実績を語る際に見落とせないのが、コンビ大喜利での活躍です。
『AUN~コンビ大喜利王決定戦~』は、2人1組で協力しながら大喜利のお題に答える大会です。
通常の漫才とは異なり、その場で発想を出し合う力や、相方の回答を受けて笑いを広げる力が求められます。
フランツは2024年1月21日、第7回大会の予選『AUN~新呼吸~』で優勝しました。
さらに同年9月20日、第8回大会の予選『AUN~新呼吸~』第二陣でも優勝しています。
これらの結果によって本戦へ出場しましたが、AUN本戦全体の優勝者になったわけではありません。
2024年に2度優勝したのは、本戦への出場権を争う予選大会です。
それでも、長年の幼なじみ同士が息を合わせて答えるコンビ大喜利は、フランツの持ち味がよく表れる分野です。
漫才の台本を作って披露するだけでなく、その場で互いの発想を受け止め、展開できることも、2人の関係の強みといえるでしょう。
M-1グランプリの成績|2025年に初の準決勝進出
フランツが全国的な注目を集めるきっかけの一つとなったのが、2025年のM-1グランプリです。
この年、フランツは初めて準決勝に進出しました。
ただし、結成当初から準決勝に進めていたわけではありません。2回戦や3回戦での敗退を重ねながら、少しずつ結果を伸ばしてきました。
確認できている近年の成績を整理します。
| 開催年 | 結果 | 補足 |
|---|---|---|
| 2021年 | 2回戦敗退 | 本人の過去の発言で確認 |
| 2022年 | 3回戦敗退 | 3回戦へ初進出 |
| 2023年 | 3回戦敗退 | 前年に続き3回戦へ |
| 2024年 | 3回戦敗退 | 2回戦の追加合格で進出 |
| 2025年 | 準決勝敗退 | 初の準決勝・敗者復活戦出場 |
| 2026年 | 2回戦通過 | 11月2日朝時点・3回戦進出 |
2019年・2020年の正確な最終ラウンドについては、今回の確認資料だけでは十分に確定できないため、一覧には含めていません。
また、2026年は大会進行中のため、11月2日朝までに確認できた結果を掲載しています。
2022年から2024年まで3年連続で3回戦敗退
フランツは2022年にM-1の3回戦へ初進出しました。
しかし、その年は準々決勝へ進めず、翌2023年も3回戦で敗退します。
2024年には、一度は2回戦で敗退したものの、10月29日に大会公式が発表した追加合格者15組に選ばれ、3回戦へ進出しました。
ところが、その3回戦でも敗退。結果的に3年連続で3回戦の壁を越えられませんでした。
この経緯は、2025年8月に馬場さんが公開したnoteでも振り返られています。
なお、2024年については最初の2回戦結果だけを見ると敗退と記録されていますが、その後に追加合格しています。
そのため、最終成績を「2回戦敗退」とするのは正確ではありません。正式には3回戦敗退です。
2025年|ついにM-1準決勝へ初進出
2025年、フランツはそれまで越えられなかった3回戦を突破し、準々決勝へ進出しました。
さらに準々決勝も勝ち抜き、初めてM-1グランプリの準決勝30組に選ばれます。
2025年の準決勝には、真空ジェシカ、エバース、ママタルト、ヨネダ2000、ドンデコルテなど、実績のあるコンビも数多く進出していました。
フランツもその30組の一つとして舞台に立ちましたが、12月4日の準決勝で敗退。決勝への直接進出は果たせませんでした。
それでも、3年連続で3回戦敗退を経験していた2人にとって、準決勝進出は大きな前進でした。
そして12月21日には、決勝進出への最後のチャンスとなる敗者復活戦に出場します。
2025年のM-1準決勝進出者や大会全体の結果については、M-1グランプリ2025の予選・決勝結果まとめでも紹介しています。
2025年敗者復活戦|ひつじねいりとの対戦で36%
2025年12月21日のM-1敗者復活戦では、フランツはBブロックに出場しました。
敗者復活戦は、準決勝で敗退した芸人が、決勝の最後の1枠を目指して争う大会です。
フランツが対戦したのは、ひつじねいりでした。
会場で選ばれた観客による投票結果は、ひつじねいりが64%、フランツが36%。
フランツはこの対戦で敗れ、敗者復活戦からの決勝進出も逃しました。
この36%は、ひつじねいりとの一対一の比較で獲得した投票割合です。敗者復活戦全体での得票率や順位を表すものではありません。
最終的に2025年の敗者復活戦を勝ち抜いたのは、同じマセキ芸能社所属のカナメストーンでした。
フランツ自身は決勝へ進めませんでしたが、初めて準決勝と敗者復活戦を経験したことで、全国の視聴者に漫才を披露する機会を得ました。
2025年のM-1成績は、あくまで「準決勝敗退・敗者復活戦出場」です。敗者復活戦のテレビ放送に出演したことと、決勝進出は区別する必要があります。
2026年|M-1は2回戦を通過し3回戦へ
フランツは2026年もM-1グランプリに出場しています。
10月14日に行われた東京2回戦では、M-1公式の合格者発表にフランツの名前が掲載されました。
これにより、2026年も3回戦へ進出しています。
東京3回戦は11月2日から4日まで開催予定で、フランツは11月2日のKANDA SQUARE HALL、13時開演の公演に出演予定として掲載されました。
ただし、13時は公演の開演時刻であり、フランツ自身の登場時刻ではありません。
2026年11月2日朝時点では、2回戦通過・3回戦進出までが確定している結果です。
3回戦の通過結果や準々決勝進出については、この時点で正式発表されていません。
今後の大会日程や発表済みの結果については、M-1グランプリ2026の予選結果・日程まとめで整理しています。
2026年のフランツ|初単独ライブとテレビ賞レースで飛躍
2025年のM-1準決勝進出を経て、フランツは2026年にも新しい実績を重ねています。
この年は初めての単独ライブを開催したほか、テレビ番組の企画で優勝し、全国放送の賞レースでも決勝の舞台に立ちました。
2026年7月|初単独ライブ『MUSCLE ROCKET』を開催
2026年7月、フランツは第1回単独ライブ『MUSCLE ROCKET』を開催しました。
チケット販売記録で確認できる公演日は、7月20日、25日、28日の3日間です。
7月20日は東京・新宿Vatios、25日は大阪・楽屋A、28日は東京・座・高円寺2で開催されました。
結成から約7年。ライブ大会やM-1で経験を重ねてきた2人が、自分たちの単独ライブを東京と大阪で開催するまでになりました。
単独ライブは、賞レースのように短い制限時間で評価を競う場所とは異なります。
複数のネタをまとめて披露し、普段の寄席やテレビとは違う形で自分たちのお笑いを届けられる舞台です。
本人たちのラジオ『フランツのGood Audio』でも、7月30日に「単独ライブ終了」という回が公開され、単独ライブを終えた後の話が配信されています。
初めての単独ライブ開催は、フランツの活動の歩みを振り返るうえで大切な節目となりました。
『ラヴィット!』つかみ-1グランプリで優勝
2026年7月1日、TBS『ラヴィット!』で開催された第4回「つかみ-1グランプリ」で、フランツは優勝しました。
「つかみ」とは、漫才やネタの冒頭で観客の興味を引き、笑いを生むための部分です。
この企画では、芸人たちが短い時間で観客や審査員の心をつかむ面白さを競います。
フランツは予選を突破し、決勝では「強烈」「たむたむ&沙羅」と競って優勝しました。
ただし、これはM-1のように4分間の漫才全体を競う大会とは異なります。あくまで『ラヴィット!』内の「つかみ」をテーマにした企画での優勝です。
短い時間でも笑いを生む力を評価されたことは、フランツが得意とする発想と掛け合いの面白さを示す実績の一つといえるでしょう。
ツギクル芸人グランプリ2026は初の決勝進出
2026年8月1日には、フジテレビ系で放送された『ツギクル芸人グランプリ2026』の決勝に初進出しました。
この大会は、これからのお笑い界を担う若手芸人を発掘することを目的とした賞レースです。
フランツは決勝15組の一つに選ばれ、Cブロックの5番目に登場しました。
同じブロックには、相性はいいよね、ヤッホイ、群青団地、ヒロ・オクムラも出場しています。
Cブロックを勝ち抜いたのは相性はいいよねで、フランツはファーストステージで敗退しました。
そして大会全体の優勝者も、相性はいいよねでした。
なお、フランツの出番を示す「Cブロック⑤」という表記は出演順を意味し、大会5位という順位ではありません。
優勝には届かなかったものの、全国放送の決勝15組に選ばれたことは、それまでのライブ中心の実績からさらに活動の場が広がったことを示しています。
『アリタチャンピオン²』では番組内の漫才対決で勝利
2026年10月31日未明に放送されたTBS『アリタチャンピオン²』にも、フランツが出演しました。
この回は、空前メテオ、フランツ、ドラマ☆麺の3組がネタを披露し、未来のM-1チャンピオン候補として競う企画でした。
審査を担当したのは、2010年のM-1グランプリ王者・笑い飯の西田幸治さんです。
放送内容の記録によると、西田さんは3組の中からフランツを勝者に選び、漫才のばかばかしさを評価しました。
この結果はテレビ番組内の対決によるものであり、M-1グランプリそのものの優勝や、全国規模の賞レースでの優勝を意味するものではありません。
それでも、漫才を知る先輩芸人から評価されたことは、2人にとって印象に残る出来事だったでしょう。
マイナビ Laughter Nightの月間王者に|2026年11月のチャンピオンLIVEへ
テレビの賞レースだけでなく、ラジオのお笑い番組でもフランツは結果を残しています。
TBSラジオの『マイナビ Laughter Night』では、2026年1月の月間チャンピオンに選ばれました。
この番組は、若手芸人のネタを紹介し、リスナー投票や音声の再生回数、番組審査員のポイントなどを総合して月間チャンピオンを決めています。
フランツは1月の月間王者となったことで、同年11月のチャンピオンLIVEへの出場権を獲得しました。
11月7日に有楽町よみうりホールで開催予定
第12回『マイナビ Laughter Night チャンピオンLIVE』は、2026年11月7日に東京・有楽町よみうりホールで開催予定です。
開演は17時。フランツは2026年1月の月間チャンピオンとして出場します。
ほかにも、オッパショ石、ゼロカラン、ヤッホイ、めぞん、ツンツクツン万博、豆鉄砲など、各月を勝ち抜いた芸人が出場予定です。
優勝者には賞金100万円と、TBSラジオの冠特番が用意されています。
ただし、2026年11月2日時点では大会はまだ開催されていません。
現在確定しているのは、フランツが2026年1月の月間チャンピオンであり、年間チャンピオンを決める大会へ出場予定ということです。
同じ大会に出場予定のゼロカランについては、ゼロカランの結成・経歴と賞レース実績でも詳しく紹介しています。
フランツのラジオ・YouTube活動
フランツの2人の掛け合いを楽しめるのは、漫才の舞台だけではありません。
音声配信サービスstand.fmでは、フランツのラジオ番組『フランツのGood Audio』が配信されています。
2026年10月には「Round101 二回戦通過」という回が公開され、M-1グランプリ2026の2回戦についても話しています。
番組では、賞レースやライブの話題だけでなく、普段の出来事や2人の考え方にも触れることができます。
また、フランツは以前から『芸人Boom!Boom! フランツのGeneral Audience』というラジオ番組でも活動していました。
過去の番組名と、現在確認できる『フランツのGood Audio』は区別しておくと分かりやすいでしょう。
YouTubeには「おもしろフランツ倉庫」というチャンネルもあり、コンビの活動を知ることができます。
土岐さんは2022年のインタビューで、自分たちが面白いと思う芸人が集まり、一緒に企画を楽しむような番組を持ちたいとも語っていました。
一方、馬場さんは、さまざまな個性的な人物と出会える番組のMCをやりたいと話しています。
2人とも漫才を大切にしながら、その先にはテレビや企画番組への思いも持っているのです。
幼なじみだからこその関係性|土岐の判断と馬場の率直な意見
フランツの結成秘話を振り返ると、土岐さんがコンビを主導してきた場面が目立ちます。
芸人を目指そうと誘ったのも土岐さん。コンビ名を考え、マセキ芸能社を選んだのも土岐さんでした。
漫才のネタ作りも、基本的には土岐さんが中心です。
しかし、だからといって馬場さんが何でも土岐さんに従うだけの関係ではありません。
2022年のワラパーのインタビューでは、馬場さんが土岐さんの判断を信頼する一方、決定が遅いところには不満もあると話しています。
また、舞台上で土岐さんのボケに対して馬場さんが言ったことについて、降壇後に土岐さんが気持ちを伝えたというエピソードも語られています。
土岐さんは、舞台上でボケ役の自分に対して「かかっている」と言われると、その後のボケが出しにくくなると説明しました。
馬場さんもその意味を理解し、謝ったそうです。
長く一緒にいるからすべてを言わなくても伝わる、というわけではありません。必要なことはその場で言葉にして伝える。
そうした関係が、2人のコンビ活動を支えてきました。
2人が目指すお笑いには共通点がある
2022年のインタビューで、土岐さんはお笑いだけで生活できるようになりたいと語っていました。
馬場さんもその目標に共感し、土岐さんが芸人として生活できる状態になれば、自分も同じように生活できると冗談を交えて話しています。
また、好きなお笑いや目指している方向がかなり一致していることも、2人は強調していました。
土岐さんは、4分間の漫才なら最初から最後まで観客が大笑いするような舞台を目指したいと語っています。
そして、自分が面白いと思っている先輩芸人たちにも、漫才を認めてもらいたいという思いを明かしました。
2025年のM-1準決勝進出や、2026年の初単独ライブは、こうした目標へ向かって積み重ねてきた活動の延長線上にあります。
小学生時代にドッジボールで仲良くなった2人が、長い時間を経て同じ夢を目指している。その関係こそが、フランツの大きな魅力の一つです。
まとめ|フランツは幼なじみから漫才師になった実力派コンビ
フランツは、土岐真太郎さんと馬場健吾さんによる、マセキ芸能社所属のお笑いコンビです。
正式な結成日は2019年8月1日。2人とも兵庫県三田市の出身で、小学5年生のころから友人関係が続いています。
仲良くなったきっかけは、休み時間のドッジボール。互いにボールを避け続けることを得意としていた2人は、そこから親しい友人になりました。
その後は別々の大学へ進学し、卒業後には約1年間の会社員生活を経験。高校時代から芸人への思いを持っていた土岐さんが、馬場さんを誘ってお笑いの世界へ進みました。
漫才では土岐さんがボケとネタ作りを主導し、馬場さんがツッコミを担当。幼なじみとしての長い関係を生かしながら、互いに意見を交わして活動しています。
2022年にはTHE VERY BEST OF FIVEで優勝し、2024年にはマセキUNDER9グランプリで優勝。コンビ大喜利の予選大会『AUN~新呼吸~』でも2度優勝しました。
2025年にはM-1グランプリの準決勝へ初進出し、敗者復活戦にも出場。2026年には初の単独ライブ『MUSCLE ROCKET』を開催し、『ラヴィット!』の「つかみ-1グランプリ」で優勝、『ツギクル芸人グランプリ』でも決勝へ進みました。
フランツの魅力は、幼いころから一緒に過ごしてきた2人が、社会人生活を経て同じ夢へ向かい、舞台で経験を積み重ねてきたことにあります。
漫才を見るときは、土岐さんのボケだけでなく、馬場さんの返しや動き、そして2人の会話のテンポにも注目してみてください。
小学5年生のドッジボールから始まった2人の関係が、これからどのような舞台へつながっていくのか。フランツの今後の活動も楽しみです。