
発売情報
- 作品:ルックバック
- 著者:藤本タツキ
- 出版社:集英社 ジャンプコミックス
- 巻数:単巻(完結)
- 電子:Kindle版配信中(集英社)
『チェンソーマン』作者が放った衝撃作
2021年7月、少年ジャンプ+で突如公開された『ルックバック』は、その日だけで数百万PVを記録し、瞬く間にSNSやメディアで話題となった。作者は『チェンソーマン』『ファイアパンチ』で知られる藤本タツキ。だが本作は、バトルでもグロテスクでもなく、“創作に向き合う少女たちの物語”を題材とした、全143ページの読切作品だった。
ジャンプ作品の枠を大きく超え、漫画ファンだけでなく多くのクリエイターや批評家までも巻き込んで議論を呼んだ。その理由は、シンプルで静かな物語に込められた圧倒的な熱量と余白にあった。
あらすじ―二人の少女が交わる瞬間
物語は小学4年生の藤野から始まる。クラス新聞で4コマ漫画を連載し、クラスメイトから「面白い」と称賛される彼女は、自分が特別な存在だと信じて疑わなかった。
しかし学校に登場したもう一人の少女・京本の存在が、藤野の世界を一変させる。引きこもりがちな京本は、ほとんど学校に来ないが、自宅から送られてきた漫画は藤野よりも圧倒的に上手かった。
嫉妬、悔しさ、敗北感。藤野は一度は筆を折ろうとするが、やがて京本との出会いが彼女を再び創作へと駆り立てる。二人の少女の間に芽生える友情ともライバル心ともつかない感情が、物語を静かに動かしていく。
コマ割りと余白の巧みさ
『ルックバック』を語る上で外せないのが、藤本タツキ特有のコマ運びと余白の使い方だ。
藤野が自室で一心不乱に漫画を描く場面では、何枚もの原稿用紙が画面いっぱいに広がり、彼女の情熱をそのまま読者に叩きつける。対して京本が引きこもりながら静かに鉛筆を走らせるシーンは、余白の広いコマ割りで孤独感を強調する。
また、二人が初めて顔を合わせる場面では、言葉よりも沈黙と視線が物語を語る。藤本タツキが得意とする「セリフに頼らず感情を伝える演出」が、ここでも遺憾なく発揮されている。
創作と嫉妬のテーマ
藤野と京本の関係は、クリエイターなら誰もが共感せざるを得ない「才能と嫉妬」の物語だ。
自分より優れた表現を目の当たりにしたときの劣等感。他者に刺激を受けて筆を取る衝動。そして「一緒に描きたい」と願う友情にも似た感情。
藤本はこの複雑な感情を真正面から描き切り、創作に向き合う者なら避けて通れない痛みと喜びを読者に突きつける。第1部(前半)の時点で、すでに『ルックバック』が単なる友情物語を超えていることがはっきりと分かる。
運命の分岐と喪失
物語の中盤、藤野と京本は高校卒業後も漫画家を目指し、それぞれの道を歩み出す。藤野は週刊連載を夢見て編集部に通い、京本は自宅で静かに創作を続ける。二人の関係は淡く続いていくが、ある日突然の事件がその均衡を打ち砕く。
京本が美術大学に進学する矢先、無差別殺人事件に巻き込まれて命を落としてしまうのだ。
この出来事は、物語に強烈な断絶を生む。同時に「才能ある者がなぜ突然奪われなければならないのか」という理不尽な問いを、読者に突きつける。
暴力と偶然性
『ルックバック』は創作を題材にしながらも、予期せぬ暴力と偶然性が物語を支配している。
藤野は京本を失った喪失感に押し潰されそうになり、「自分が漫画を描き続けなければ、彼女は死なずに済んだのではないか」という罪悪感に苛まれる。
だが、京本が遺した作品は「誰かに見てほしい」という純粋な創作の証だった。それを受け取った藤野は、再び筆を取る決意を固める。
ここで描かれるのは、暴力や理不尽に抗えなくても、人は創作を通じて生を肯定できるという希望の断片だ。
創作の意味―「描き続けること」が答え
物語のラスト、藤野は机に向かい続ける。京本がいなくても、彼女の作品が語りかけてくる。
藤本タツキはここで、「創作とは誰かのために残す行為であり、それが時に他者を救う」という普遍的なテーマを描き切った。
『ルックバック』というタイトル自体が示すように、過去を振り返り、喪失を抱えながらも前に進む姿勢が、本作の核心にある。
読後感と反響
読後には、圧倒的な虚無感と、それを超えて創作に向かう力強さが同時に残る。
SNSや批評では「藤本タツキ自身の半自伝的作品ではないか」との声も上がった。実際に、作者自身が学生時代に漫画を描き続けた経験や、創作仲間との関係が物語に重なる部分も多い。
また、公開当初は事件描写に関して議論を呼んだが、修正版の配信によってより普遍的なテーマが際立ち、現在は「藤本タツキの最高傑作」と評されることも多い。
総評
『ルックバック』は、友情・才能・嫉妬・喪失といった人間の根源的な感情を、わずか一冊に凝縮した傑作だ。
藤本タツキ特有の斬新なコマ運びと余白の演出によって、読者は声にならない感情をページの隙間から受け取る。
静かな物語でありながら、創作に生きる者にとっては激しく心を揺さぶる作品。「漫画を描くことは、生きることと同じ」
というメッセージを、読後に深く刻み込んでくれる。