
『MASTERキートン』の主人公、平賀=キートン・太一は、肩書きだけ並べるとかなり盛られた人物です。
大学で考古学を教え、保険の調査員として世界を飛び回り、さらに英国軍SASでサバイバル術の教官を務めた経験まである。
普通なら「何でもできる万能主人公」になりそうな設定です。
ところが実際に読んでみると、キートンは不思議なくらい万能人には見えません。
理由は単純で、彼がいちばんやりたい仕事と、周囲から求められる仕事がずれているからです。
キートンが本当にやりたいのは「考古学」
小学館公式の紹介でも、キートンの夢は考古学者として「幻のドナウ文明」を発掘することだと説明されています。
ところが現実には、大学では非常勤的な立場で教えながら、保険会社のオプ――調査員として危険な仕事へ呼ばれます。
本人が本当にやりたいのは遺跡を掘り、歴史を研究すること。それでも生活のため、あるいは能力を買われて、事件や紛争の現場へ行くことになる。
この「得意なこと」と「やりたいこと」の食い違いが、キートンをただの超人に見せません。
元SASという設定は「必殺技」ではない
キートンは英国軍SASでサバイバル術の教官を務めた経歴を持ちます。
ただ、本作で軍歴は「敵を倒すための強さ」として使われることばかりではありません。
天候を見る。地形を見る。身の回りにある物を使う。相手が何をしようとしているのか考える。
公式紹介でも、砂漠へ放り出された際に知識を使って生き残り、爆弾へ対処する場面が例として挙げられています。
つまり、キートンの強さは「戦闘力」よりも、知っていることをその場で使えることにあります。
考古学も軍事知識も、うんちくで終わらない
『MASTERキートン』には歴史、考古学、地理、軍事、民族、政治など、かなり多くの知識が出てきます。
旧レビューでは「読んで学べる知的エンターテインメント」とまとめていましたが、それだけだと本作の面白さを少し取り逃がします。
重要なのは知識量ではありません。
「この場面で、この知識がどう役に立つのか」が毎回物語の中へ落とし込まれていることです。
知識を披露して相手を言い負かすのではなく、生き残る、人を助ける、事件の背景を理解するために使う。
だから説明が多い作品なのに、講義を読んでいるだけにはなりません。
保険調査員という仕事が、1話完結形式とよく合っている
シリーズの大きな特徴が、1話完結を基本にした構成です。
保険調査員という仕事なら、事故、盗難、戦争の傷、家族問題、政治的な事件まで、毎回まったく違う人生へ自然に入っていけます。
キートン自身が刑事や探偵事務所の経営者ではないため、「事件を解決すること」そのものが目的ではありません。
調べていくうちに、契約書の裏側にいた人間や、その土地の歴史へたどり着く。
この構造が、本作を単純な推理漫画から少し外れたものにしています。
私生活まで完璧ではないから、肩書きの多さが嫌味にならない
キートンには娘の百合子がいて、別れた妻への未練もあります。父の太平や、保険調査員仲間のダニエルとの関係も描かれます。
危険な現場では冷静なのに、人生全体を器用に整理できているわけではありません。
考古学者として大成したいのに、現実には別の仕事へ時間を取られる。
家族についても、すべて正しい答えを持っている父親ではない。
この不器用さがあるため、「元SASで考古学者で敏腕調査員」という設定を持っていても、設定だけが前に出ません。
1980〜90年代のヨーロッパそのものが、物語の背景になる
『MASTERキートン』はヨーロッパ各地を舞台にします。
冷戦末期からその後へ向かう社会の変化、戦争や政治に人生を左右された人々、国境や民族の問題が、短編の背景として入ってきます。
そのため、現在読むと「当時の国際社会を背景にした作品」という時間の層も見えてきます。
ただし、現実の歴史をそのまま説明する資料ではありません。実際の国際情勢や歴史を背景にしながら、人間ドラマとして再構成したフィクションです。
1話完結だから読みやすい。でも長編を求める人には物足りない
1話完結形式は本作の大きな長所ですが、同時に好みが分かれるところでもあります。
一本の巨大な謎を何巻もかけて追い、毎回次の引きで読ませるタイプではありません。
短編ごとに舞台も登場人物も変わり、キートン自身の人生が少しずつ積み重なっていきます。
そのため『MONSTER』や『20世紀少年』のような長編サスペンスを期待して読むと、かなり違う作品に感じるはずです。
逆に、毎回一つの人生を読み切りながら、主人公の輪郭が少しずつ増えていく形式が好きなら、非常に読みやすいシリーズです。
現在読むなら「完全版」が分かりやすい
現在、小学館からは『MASTERキートン 完全版』全12巻が刊行され、そのデジタル版も配信されています。
完全版第1集は2011年8月30日発売、A5判338ページ。雑誌掲載時の4色・2色ページも再現した版です。
脚本クレジットについては、小学館公式で1〜5集が「勝鹿北星・長崎尚志」、6〜12集が「勝鹿北星・浦沢直樹」と案内されています。
旧版を探すより、現在シリーズを最初から読むなら完全版/完全版デジタルVer.が分かりやすいでしょう。
『MASTERキートン Reマスター』は約20年後の新作
本編とは別に、後年には『MASTERキートン Reマスター』も刊行されています。
こちらは再編集版ではなく、キートンのその後を描いた新作です。
最初から読む場合は本編を先にした方が、考古学者としての夢や家族との関係が分かりやすくなります。
まとめ|キートンが面白いのは、何でもできるからではない
『MASTERキートン』の主人公は、設定だけ見ると何でもできる人です。
でも、作品の面白さはそこではありません。
考古学者になりたいのに、調査員としての能力を求められる。
危険な現場では知識と経験を使って冷静に動けるのに、自分の人生まで完璧に整理できるわけではない。
そのズレがあるから、肩書きの多さがキャラクターの厚みになります。
そして知識は飾りではなく、毎回「この状況でどう使うか」へ変換される。
知っていることを生きる力へ変える主人公。それが『MASTERキートン』を今読んでも面白くしている核です。
マンガレビューをさらに探す場合は、マンガレビュー一覧から確認できます。
平賀=キートン・太一の考古学者、保険調査員、元SASという複数の顔から始まるシリーズ第1集。現在シリーズを最初から読むなら分かりやすい完全版です。
価格・在庫・仕様や版の違いなどは変動します。購入の際は各ショップの商品ページで最新情報をご確認ください。
知識や観察力で仕事を進める主人公が好きなら、宇宙人を対象にした保険調査を描く『COSMOS』1巻レビューとの読み比べも面白い。歴史や研究に関心がある方には、漫画案内所の「歴史・科学・知的探究」もおすすめだ。
完全版第1集の書誌情報
- 浦沢直樹
- 脚本:勝鹿北星・長崎尚志
- 発売日:2011年8月30日
- 出版社:小学館
- 判型:A5判
- ページ数:338ページ
- ISBN:9784091841612
書誌情報・作品概要・脚本クレジットは小学館公式を基準に確認しています。