- スクウェアと任天堂の決裂は、日本ゲーム史最大級の分岐点だった
- まず史実|なぜスクウェアは任天堂から離れたのか
- もし決裂しなかったとしても、FF7がそのままN64に出たとは限らない
- 分岐A|任天堂がCD-ROMを採用していたら、スクウェアは残った可能性が高い
- 分岐B|カートリッジのままスクウェアが残った場合、FF7は別物になっていた
- 分岐C|FF7はプレイステーション、でも任天堂向け作品も続いていた世界
- プレイステーションは負けたのか|FF7がなくてもソニーは簡単には消えなかった
- 任天堂はどう変わったのか|64時代の“ソフト不足”はかなり緩和されていた
- セガサターンとドリームキャストの運命は変わったのか
- スクウェア自身はどう変わったのか|大作路線一辺倒にはならなかった可能性
- ドラクエ7はどうなったのか|エニックスの判断も変わっていた可能性
- それでも任天堂とスクウェアは、後に少しずつ戻っていった
- 結局、一番あり得た未来はどれだったのか
- それでも変わらなかったこと|任天堂もスクウェアも、本質は変わらない
- スクウェアと任天堂が決裂しなかった場合の分岐まとめ
- まとめ|決裂しなかった世界でも、ゲーム史は完全には逆転しなかった
スクウェアと任天堂の決裂は、日本ゲーム史最大級の分岐点だった

1990年代の日本ゲーム史を振り返るとき、避けて通れない出来事があります。
それが、スクウェアと任天堂の決裂です。
ファミコン、スーパーファミコン時代のスクウェアは、任天堂ハードを代表するRPGメーカーのひとつでした。
『ファイナルファンタジー』『聖剣伝説』『ロマンシング サ・ガ』『クロノ・トリガー』など、スクウェア作品はスーパーファミコンの黄金期を支えた重要な存在でした。
しかし、次世代機の時代に入ると、その関係は大きく変わります。
任天堂はNINTENDO64でROMカートリッジを採用。
一方、スクウェアは大容量の映像表現を求め、CD-ROMを採用したプレイステーションへ主力タイトルを移しました。
その象徴となったのが、1997年にプレイステーションで発売された『ファイナルファンタジーVII』です。
『FF7』は、プレイステーションの普及を大きく後押ししたタイトルとして語られることが多く、スクウェアの移籍は単なるソフトメーカーの方針転換ではなく、家庭用ゲーム機の勢力図そのものを変える出来事でした。
では、もしスクウェアと任天堂が決裂しなかったらどうなっていたのでしょうか。
『FF7』はNINTENDO64で発売されていたのか。
プレイステーションはそれでも勝てたのか。
任天堂は据え置き機市場で今とは違う道を歩んでいたのか。
セガサターンやドリームキャストの運命まで変わっていたのか。
そして、スクウェア・エニックスという会社の未来はどうなっていたのか。
もちろん、歴史に「もし」はありません。
ただ、この分岐点を考えることは、日本のゲーム業界がどのように変わっていったのかを理解するうえで非常に面白いです。
スクウェアが任天堂から離れたことで、プレイステーションはRPGファンを一気に取り込みました。
任天堂は64時代に、サードパーティの大作RPGという面では苦戦することになります。
そしてスクウェア自身も、映像表現と大作志向を強め、後の『FFVIII』『FFX』、さらには映画事業やスクウェア・エニックス誕生へとつながる道を歩んでいきました。
もしこの流れが変わっていたら、日本のゲーム史はかなり違う形になっていたはずです。
この記事では、「スクウェアと任天堂が決裂しなかった世界」を仮定しながら、FF7、NINTENDO64、プレイステーション、セガ、そして日本RPGの未来がどう変わっていた可能性があるのかを考察していきます。
まず史実|なぜスクウェアは任天堂から離れたのか
まず、前提を整理しておきます。
スクウェアと任天堂の関係は、最初から悪かったわけではありません。
むしろ、ファミコンからスーパーファミコンにかけて、スクウェアは任天堂ハードを支える重要なメーカーでした。
『ファイナルファンタジー』シリーズはファミコンで始まり、スーパーファミコンでは『ファイナルファンタジーIV』『ファイナルファンタジーV』『ファイナルファンタジーVI』と進化していきました。
さらに『聖剣伝説2』『ロマンシング サ・ガ』シリーズ、『ライブ・ア・ライブ』『フロントミッション』『クロノ・トリガー』など、今でも語られる作品を数多く生み出しています。
スーパーファミコン時代のスクウェアは、間違いなく任天堂ハード黄金期の主役の一角でした。
しかし、次世代機の時代になると状況が変わります。
最大の分岐点は、ソフトの記録メディアでした。
任天堂は、NINTENDO64でROMカートリッジを採用しました。
一方、ソニーのプレイステーションはCD-ROMを採用しました。
ここが、スクウェアにとって非常に大きな問題になります。
当時のスクウェアは、映像表現、音楽、演出、3D表現を大きく進化させようとしていました。
特に『ファイナルファンタジーVII』では、プリレンダムービーや大容量の映像演出を使い、これまでのRPGとは違うスケールの作品を作ろうとしていました。
その方向性と、カートリッジ中心のNINTENDO64は相性が悪かった。
カートリッジには、読み込みが速い、耐久性が高い、扱いやすいという利点があります。
しかし、当時の大容量ムービーや音声、グラフィック素材を大量に収録するには、CD-ROMの方が有利でした。
つまり、スクウェアがプレイステーションへ移った理由は、単なる感情的な対立だけではありません。
「作りたいゲーム」と「任天堂が選んだハード設計」が噛み合わなくなったことが大きかったのです。
そして、その象徴になったのが『ファイナルファンタジーVII』でした。
『FF7』がプレイステーションで発売されたことにより、RPGファンは一気にプレイステーションへ流れます。
それまで任天堂ハードで育ってきた多くのユーザーにとって、「次のファイナルファンタジーを遊ぶにはプレイステーションが必要」という状況が生まれたのです。
これは、単なるソフト1本の移籍ではありませんでした。
家庭用ゲーム機の勢力図を変える出来事でした。
任天堂はNINTENDO64で『スーパーマリオ64』『ゼルダの伝説 時のオカリナ』『マリオカート64』『大乱闘スマッシュブラザーズ』など、歴史的な名作を生み出しました。
しかし、RPGやサードパーティの大作ソフトという面では、プレイステーションに大きく差をつけられます。
一方のプレイステーションは、『FF7』をきっかけに大作RPGの受け皿として存在感を増していきました。
その後、『ファイナルファンタジーVIII』『ファイナルファンタジーIX』『ゼノギアス』『サガ フロンティア』『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』など、スクウェア作品がプレイステーション市場を支えていきます。
ここで重要なのは、スクウェアの移籍がスクウェアだけの問題ではなかったことです。
スクウェアが動いたことで、他のメーカーもプレイステーションを主戦場として見やすくなりました。
プレイステーションは、単なる新興ハードではなく、大作ゲームが集まるハードになっていきます。
逆に言えば、もしスクウェアが任天堂側に残っていたら、プレイステーションの勝ち方はかなり違っていた可能性があります。
もちろん、プレイステーションには『バイオハザード』『鉄拳』『リッジレーサー』『グランツーリスモ』『パラッパラッパー』など、スクウェア以外にも強力なタイトルがありました。
そのため、スクウェアがいなければプレイステーションが必ず失敗した、とまでは言えません。
しかし、日本市場で「RPGを遊ぶならプレイステーション」という空気を決定づけた存在として、『FF7』とスクウェアの影響は非常に大きかったと思います。
任天堂とスクウェアの決裂は、単なる企業同士の関係悪化ではありません。
カートリッジとCD-ROM。
任天堂中心の時代と、ソニーが台頭する時代。
ドット絵RPGから、映像演出重視の大作RPGへ。
サードパーティの力関係の変化。
そのすべてが重なった、日本ゲーム史の大きな分岐点だったのです。
もし決裂しなかったとしても、FF7がそのままN64に出たとは限らない
「もしスクウェアと任天堂が決裂しなかったら」と聞くと、まず思い浮かぶのはこの展開だと思います。
『ファイナルファンタジーVII』がNINTENDO64で発売されていた世界。
たしかに、それは最もわかりやすいIFです。
もし『FF7』がNINTENDO64で出ていたら、プレイステーションの勢いは大きく変わっていたかもしれません。
任天堂は、マリオ、ゼルダ、ポケモンに加えて、ファイナルファンタジーまで抱えることになります。
そうなれば、NINTENDO64の弱点だった大作RPG不足はかなり補われていたはずです。
ただし、ここで注意したいのは、スクウェアと任天堂が決裂しなかったとしても、『FF7』がそのままNINTENDO64に出たとは限らないということです。
なぜなら、問題の本質は単なる仲違いではなく、ハード設計とソフト制作の方向性の違いだったからです。
スクウェアが作ろうとしていた『FF7』は、大容量のムービー、背景、音楽、演出を前提とした作品でした。
一方、NINTENDO64はカートリッジ媒体を採用していました。
カートリッジには、ロードが速いという大きな利点があります。
アクションゲームや3D空間をリアルタイムに動かすゲームには、非常に相性が良い部分もありました。
実際、『スーパーマリオ64』や『ゼルダの伝説 時のオカリナ』は、NINTENDO64だからこそ成立した歴史的名作です。
任天堂が目指していたのは、読み込みの少ない快適な3Dゲーム体験だったとも言えます。
しかし、当時のスクウェアが『FF7』でやろうとしていたことは、別の方向でした。
映画的な演出。
プリレンダムービー。
多数の背景データ。
大容量の音楽やビジュアル表現。
そして、プレイヤーに「次世代のRPG」を感じさせる見せ方。
この方向性では、CD-ROMの大容量が大きな武器になります。
つまり、もし両社の関係が壊れなかったとしても、スクウェア側が「この表現をN64でやるのは難しい」と判断した可能性は高いです。
では、決裂しなかった世界では何が変わるのか。
重要なのは、『FF7』がN64に出るかどうかだけではありません。
むしろ、現実的には次のような分岐が考えられます。
まず、任天堂がCD-ROMまたは大容量メディアの導入を検討する世界。
次に、スクウェアがN64向けに別仕様の『FF7』を作る世界。
あるいは、『FF7』本編はプレイステーションで出しつつ、任天堂との関係は維持される世界。
さらに、スクウェアが任天堂ハード向けに別ラインのRPGを継続する世界。
この中で最も現実味があるのは、「スクウェアと任天堂が完全には切れず、任天堂ハードにも何らかの形で作品供給が続く世界」だと思います。
『FF7』そのものをN64に無理やり移植するより、スクウェアが任天堂向けの別タイトルや外伝、旧作リメイク、携帯機向け作品を継続していた可能性の方が自然です。
もしそうなっていたら、任天堂64時代の印象はかなり変わっていたはずです。
現実のNINTENDO64は、任天堂の自社タイトルは圧倒的に強かった一方で、RPGの層は薄いハードでした。
『マリオ』や『ゼルダ』は歴史的名作でしたが、スーパーファミコン時代に多くのRPGを遊んでいたユーザーは、プレイステーションへ流れていきました。
しかし、もしスクウェアが任天堂陣営に一定の関係を残していたら、NINTENDO64は「アクションと任天堂ゲームのハード」だけではなく、「RPGもある程度遊べるハード」になっていた可能性があります。
この違いは大きいです。
ハードの勝敗は、一本のソフトだけで決まるわけではありません。
しかし、そのハードを買う理由になるソフトがどれだけあるかで、ユーザーの動きは大きく変わります。
当時のRPGファンにとって、スクウェア作品は非常に強い購入動機でした。
『FF7』がプレイステーションに出たことで、多くのユーザーは「次のFFを遊ぶためにPSを買う」という判断をしました。
もしスクウェアが任天堂側にも残っていたら、その流れはもっと分散していたかもしれません。
プレイステーションが勝つとしても、勝ち方は違っていた。
NINTENDO64が負けるとしても、負け方は違っていた。
そして、スクウェアと任天堂の関係が続いていれば、その後のゲームキューブ、ゲームボーイアドバンス、ニンテンドーDS時代の展開も変わっていた可能性があります。
つまり、このIFで一番面白いのは、
『FF7』がN64に出たかどうか
だけではありません。
スクウェアが任天堂ハードから完全に離れなかった場合、任天堂の据え置き機はどこまでRPGユーザーを失わずに済んだのか。
プレイステーションは、どれほどの勢いで国内市場を制したのか。
そして、スクウェア自身は、映像重視の大作路線へどこまで進んでいたのか。
そこを考えることにあります。
分岐A|任天堂がCD-ROMを採用していたら、スクウェアは残った可能性が高い
もしスクウェアと任天堂が決裂しなかった世界を考えるなら、最も大きな分岐はここです。
任天堂がNINTENDO64でCD-ROMを採用していた場合です。
現実の任天堂は、NINTENDO64でROMカートリッジを選びました。
その判断には、読み込み速度、耐久性、違法コピー対策、子どもが扱いやすいメディアというメリットがありました。
任天堂らしい判断だったとも言えます。
実際、カートリッジだからこそ快適に遊べたゲームもあります。
『スーパーマリオ64』や『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のような作品は、読み込みの少なさも含めてNINTENDO64の強みを活かしたタイトルでした。
しかし、RPGメーカーにとっては話が違いました。
1990年代半ばのRPGは、演出の大規模化に向かっていました。
スーパーファミコン時代のドット絵とテキスト中心のRPGから、3Dムービー、プリレンダ背景、豪華な音楽、映画的な演出へと進化しようとしていた時期です。
その中心にいたのがスクウェアでした。
スクウェアは『ファイナルファンタジーVII』で、次世代のRPGを作ろうとしていました。
そのためには、CD-ROMの大容量が非常に魅力的だったはずです。
もし任天堂がこの時点でCD-ROMを採用していたら、スクウェアが任天堂陣営に残った可能性はかなり高いと思います。
少なくとも、「容量の問題でN64では難しい」という最大の理由は消えます。
そうなると、『FF7』は任天堂の次世代機で発売されていたかもしれません。
この場合、日本のゲーム市場はかなり違った形になっていたはずです。
まず、NINTENDO64は大作RPG不足に悩まされにくくなります。
現実のNINTENDO64は、任天堂の自社タイトルには圧倒的な名作がありました。
しかし、スーパーファミコン時代のように、サードパーティ製RPGが大量に集まるハードではありませんでした。
『FF7』が任天堂ハードに残っていれば、この印象は大きく変わります。
マリオがある。
ゼルダがある。
ポケモンがある。
そこにファイナルファンタジーもある。
この組み合わせは非常に強いです。
さらに、スクウェアが残ることで、他のRPGメーカーの動きも変わった可能性があります。
現実では、プレイステーションが「RPGの集まるハード」として強くなっていきました。
その象徴が『FF7』であり、その後のスクウェア作品群でした。
しかし、もし『FF7』が任天堂ハードに残っていれば、プレイステーションはRPGユーザーを一気に取り込む決定打を失います。
もちろん、プレイステーションには他にも強力なソフトがありました。
『バイオハザード』『鉄拳』『リッジレーサー』『グランツーリスモ』など、スクウェア抜きでも十分に魅力的なハードでした。
それでも、国内市場における『FF7』の存在感は別格です。
特に当時の中高生やRPGファンにとって、ファイナルファンタジーの新作がどのハードで出るかは、ハード選びに直結する問題でした。
もしその答えがNINTENDO64だったなら、プレイステーションの普及スピードは現実より遅くなっていた可能性があります。
一方で、任天堂にも問題は残ります。
CD-ROMを採用したとしても、それだけで全てが解決するわけではありません。
NINTENDO64の開発環境、サードパーティとの関係、任天堂のソフト流通方針、ライセンス条件。
こうした部分が変わらなければ、サードパーティが大量に集まるハードになったとは限りません。
プレイステーションが強かったのは、CD-ROMだったからだけではありません。
ソニーがサードパーティにとって参入しやすい環境を整え、広告や流通面でも強力に支えたことが大きかったのです。
つまり、任天堂がCD-ROMを採用していたとしても、プレイステーションの台頭を完全に止められたとは限りません。
ただし、『FF7』を失わないだけで、任天堂の据え置き機市場での立場はかなり違っていたはずです。
現実のNINTENDO64は、「少数精鋭の名作ハード」という印象が強いです。
しかしこの世界では、「任天堂の3DゲームとスクウェアのRPGが共存するハード」になっていた可能性があります。
そうなると、スーパーファミコンからNINTENDO64への移行は、もっと自然なものになっていたかもしれません。
現実には、スーパーファミコンでRPGを遊んでいたユーザーの多くが、次世代機ではプレイステーションへ移りました。
しかし、任天堂ハードに『FF7』が残っていれば、その流出はかなり抑えられたはずです。
その結果、NINTENDO64は現実よりも大きく売れた可能性があります。
ただし、ここで大事なのは、任天堂が圧勝したとまでは言い切れないことです。
なぜなら、プレイステーションの強みはRPGだけではなかったからです。
低価格なCD-ROMメディア。
豊富なサードパーティ。
大人向け・若者向けの広告展開。
音楽CDプレイヤーとしての親しみやすさ。
アーケード系、ホラー、レース、格闘、実験的ゲームの多さ。
これらは、任天堂がCD-ROMを採用しても簡単には消えません。
つまり、任天堂がCD-ROMを採用していた世界では、プレイステーションが消えるのではなく、任天堂とソニーの勝負がもっと拮抗していた可能性が高いです。
NINTENDO64は現実より強くなる。
プレイステーションは現実より独走しにくくなる。
スクウェアは任天堂との関係を維持する。
RPG市場は、もっと分散する。
これが、最も現実味のある分岐だと思います。
この場合、日本ゲーム史は「プレイステーションが一気に時代を奪った歴史」ではなく、「任天堂とソニーが真正面から競り合った歴史」になっていたかもしれません。
分岐B|カートリッジのままスクウェアが残った場合、FF7は別物になっていた
次に考えたいのは、任天堂がCD-ROMを採用しないまま、スクウェアとの関係だけは維持された世界です。
これは、かなり興味深い分岐です。
現実の任天堂はNINTENDO64でカートリッジを採用しました。
この方針が変わらないまま、スクウェアが任天堂陣営に残った場合、どうなっていたのか。
結論から言うと、『ファイナルファンタジーVII』は、私たちが知っている『FF7』とはまったく違う作品になっていた可能性が高いです。
なぜなら、当時の『FF7』はCD-ROMの大容量を前提に作られた作品だったからです。
プレイステーション版『FF7』は3枚組CDで発売されました。
プリレンダムービー、背景、演出、音楽など、大容量メディアを活かした作りになっています。
もしこれをNINTENDO64のカートリッジに収めようとした場合、同じ形では成立しません。
まず、ムービー演出は大きく削られるはずです。
現実の『FF7』において、ムービーは非常に重要な役割を持っていました。
ミッドガルの導入。
列車や魔晄炉の演出。
神羅ビル。
エアリスに関わる場面。
終盤の大規模なビジュアル表現。
これらは、当時のプレイヤーに「次世代のファイナルファンタジー」を強く印象づけました。
しかし、カートリッジ版では、その多くをリアルタイム演出や簡略化されたイベントに置き換える必要があったはずです。
そうなると、『FF7』の印象はかなり変わります。
映画的なRPGではなく、もっとゲーム的なRPGになっていたかもしれません。
これは悪い意味だけではありません。
NINTENDO64は、リアルタイム3D表現に強みを持ったハードでした。
『スーパーマリオ64』や『ゼルダの伝説 時のオカリナ』のように、3D空間を自分で動き回る体験は、当時としては非常に先進的でした。
もしスクウェアがNINTENDO64向けに『FF7』を作っていたなら、プリレンダムービーよりも、リアルタイム3Dの探索や戦闘に力を入れた作品になっていた可能性があります。
つまり、現実の『FF7』が「映画的なRPG」だったとすれば、N64版の『FF7』は「3D空間を体験するRPG」になっていたかもしれません。
これはかなり面白い分岐です。
ただし、問題も大きいです。
当時のスクウェアが目指していた方向性は、明らかに映像表現の拡張でした。
カートリッジ容量に合わせて作品を作るということは、スクウェアが本来やりたかった表現をかなり抑えることになります。
その場合、スクウェア内部に不満が残った可能性があります。
「本当はもっと大きな映像表現ができたのに」
「CD-ROMならもっと壮大な演出ができたのに」
「任天堂ハードに残ったことで、表現の幅が狭くなった」
そうした感覚が開発側に残れば、たとえ決裂しなかったとしても、関係は長期的には不安定だったかもしれません。
また、ユーザー側の受け止め方も変わります。
現実の『FF7』は、プレイステーションの象徴として「次世代感」を見せつけた作品でした。
もしN64版として出ていた場合、その次世代感は別の形になっていたはずです。
ロードの少なさ。
カートリッジならではの快適さ。
3D空間の操作感。
リアルタイム演出。
これらが評価された可能性はあります。
しかし、当時の広告や雑誌で強く伝わりやすかったのは、やはりムービーの迫力でした。
スクリーンショットや店頭デモで「すごい」と感じさせる力は、CD-ROM版『FF7』の方が強かったと思います。
その意味で、N64版『FF7』は、ゲームとして面白くなった可能性はあっても、社会現象的なインパクトでは現実のPS版に届かなかったかもしれません。
さらに、カートリッジの製造コストも問題になります。
CD-ROMに比べて、カートリッジは製造コストが高くなりやすいメディアでした。
大容量カートリッジを使えば使うほど、ソフト価格や利益率に影響が出ます。
ファイナルファンタジーのような大作RPGをカートリッジで出す場合、価格が高くなったり、内容を削ったりする必要が出てくる可能性があります。
そうなると、スクウェアにとっても任天堂にとっても簡単な選択ではありません。
つまり、カートリッジのままスクウェアが残った世界では、『FF7』は発売できたとしても、現実とはかなり違う作品になったはずです。
ムービーは少ない。
演出はリアルタイム中心。
容量の都合で一部の表現は削られる。
その代わり、ロードの少ない快適なRPGになる。
N64らしい3D探索やゲーム性が強化される。
これはこれで見てみたい作品です。
しかし、現実の『FF7』が持っていた「プレイステーション時代の幕開け」というインパクトとは別物になります。
この分岐で一番大きく変わるのは、スクウェア自身の進化の方向です。
現実のスクウェアは、プレイステーションで映像表現を強めていきました。
『FF7』『FF8』『FF9』、そしてプレイステーション2の『FF10』へと、映画的演出と大作志向を加速させていきます。
しかし、N64に残った場合、その進化は遅くなったかもしれません。
映像のスクウェアではなく、ゲームシステムや3D空間表現のスクウェアになっていた可能性もあります。
そう考えると、カートリッジのままスクウェアが残る世界は、任天堂にとってはプラスですが、スクウェアにとってはかなり窮屈な世界だったかもしれません。
決裂は避けられた。
でも、スクウェアが本当に作りたいものを作れたとは限らない。
この分岐は、そこが一番面白いところです。
任天堂とスクウェアが仲良く続いていたとしても、ハードの方向性が噛み合わなければ、いずれ別の形で限界が来ていた可能性があります。
つまり、この世界の『FF7』は、存在したかもしれません。
しかし、それは私たちが知っている『FF7』ではなかった。
もっとゲーム的で、もっと任天堂ハードらしい作品。
けれど、映像革命としての衝撃は弱まった作品。
そんな「もうひとつのファイナルファンタジーVII」になっていたのではないでしょうか。
分岐C|FF7はプレイステーション、でも任天堂向け作品も続いていた世界
もうひとつ、かなり現実味のある分岐があります。
それは、『ファイナルファンタジーVII』本編はプレイステーションで発売される。
しかし、スクウェアと任天堂の関係は決定的には壊れず、任天堂ハード向けの作品供給も続いていた世界です。
このルートは、実はかなり自然です。
なぜなら、スクウェアが『FF7』をプレイステーションで作る理由はありました。
大容量のCD-ROMを使いたい。
ムービーや背景、音楽を大量に入れたい。
次世代RPGとして、映像的なインパクトを出したい。
この条件を考えれば、『FF7』本編がプレイステーションへ行くこと自体は避けにくかったと思います。
しかし、それと同時に、任天堂との関係を完全に断つ必要があったのかは別問題です。
もし両社の関係が冷え切らず、スクウェアが任天堂ハード向けの開発も続けていたら、ゲーム史はかなり違う形になっていた可能性があります。
たとえば、NINTENDO64には『FF7』本編ではなく、別系統のスクウェアRPGが出ていたかもしれません。
大容量ムービーを前提にしない作品。
カートリッジでも成立する作品。
リアルタイム3Dやゲームシステムを重視した作品。
あるいは、スーパーファミコン時代の流れを受け継ぐ2D寄りのRPG。
こうした作品であれば、NINTENDO64でも十分に成立した可能性があります。
現実のNINTENDO64は、任天堂の自社タイトルは非常に強かった一方で、RPGファンにとっては選択肢が少ないハードでした。
そこにスクウェアの別ライン作品が数本でも加わっていれば、印象は大きく変わります。
たとえば、N64向けの『聖剣伝説』。
N64向けの『サガ』。
N64向けの『フロントミッション』。
あるいは、完全新作のスクウェアRPG。
もしそうした作品が存在していたら、NINTENDO64は「RPGが弱いハード」というイメージをある程度避けられたかもしれません。
一方で、プレイステーションにも『FF7』は出る。
この場合、スクウェアは完全にソニー陣営へ移るのではなく、プレイステーションと任天堂ハードを使い分けるメーカーになっていた可能性があります。
これは、現在の感覚で見るとかなり自然です。
今のゲーム業界では、ひとつのメーカーが複数のハードに向けてタイトルを出すことは珍しくありません。
しかし当時は、ハードの性能差やメディア、開発環境、メーカー同士の関係が今以上に強く影響していました。
だからこそ、スクウェアがプレイステーションへ大きく舵を切ったことは、非常に象徴的だったのです。
もしここで関係が維持されていたら、スクウェアはもっと柔軟な立場を取れたかもしれません。
映像重視の大作はプレイステーション。
ゲーム性重視や携帯機向け作品は任天堂。
旧作リメイクや外伝は任天堂ハード。
完全新作RPGはハードごとの特徴に合わせて展開。
このような棲み分けができていれば、スクウェアと任天堂の断絶期間はかなり短くなっていたはずです。
特に大きいのは、携帯機市場です。
任天堂はゲームボーイ、ゲームボーイカラー、ゲームボーイアドバンスと、携帯ゲーム機市場で非常に強い立場を持ち続けました。
もしスクウェアが任天堂と良好な関係を維持していたら、携帯機向けにもっと早く、もっと多くの作品を展開していた可能性があります。
現実には、スクウェアが任天堂ハードへ本格的に戻ってくるまでには時間がかかりました。
しかし、この分岐では、ゲームボーイカラーやゲームボーイアドバンス初期からスクウェア作品が積極的に展開されていたかもしれません。
これはかなり大きいです。
なぜなら、スクウェアは据え置き機の大作だけでなく、携帯機向けRPGとの相性も本来かなり良かったからです。
『ファイナルファンタジー』の過去作リメイク。
『聖剣伝説』の新作。
『サガ』系の携帯機向け展開。
『クロノ・トリガー』の移植や関連作。
スーパーファミコン時代の名作を携帯機で遊べる流れ。
これらがもっと早く実現していたら、任天堂の携帯機市場はさらに厚みを増していたはずです。
また、スクウェアにとってもメリットがあります。
プレイステーションで大作路線を進めながら、任天堂ハードで中規模作品やリメイク作品を展開できれば、開発リスクを分散できます。
現実のスクウェアは、プレイステーション以降、映像表現や大作志向を強めていきました。
その流れは大きな成功を生みましたが、一方で開発費や事業リスクも大きくなっていきます。
もし任天堂ハード向けの別ラインを維持していたら、スクウェアはもう少し多様な作品作りを続けていたかもしれません。
大作FFだけではないスクウェア。
実験作や中規模RPGを継続するスクウェア。
携帯機でも存在感を持つスクウェア。
この世界のスクウェアは、現実よりも少しスーパーファミコン時代の多様性を残していた可能性があります。
もちろん、この分岐でもプレイステーションの勢いは強かったでしょう。
『FF7』本編がプレイステーションに出る以上、ソニーがRPGファンを大きく取り込む流れは残ります。
『FF8』『FF9』もプレイステーションで発売されていた可能性が高いです。
しかし、任天堂が完全にスクウェアを失わなければ、NINTENDO64やゲームキューブの印象は変わっていたはずです。
少なくとも、
「任天堂ハードではスクウェアの大作RPGが遊べない」
という強い断絶感は薄れていたと思います。
そしてそれは、後の任天堂ハードにも影響します。
ゲームキューブがもっとRPGを集めやすくなった可能性。
ゲームボーイアドバンスでスクウェア作品が早く増えた可能性。
ニンテンドーDS時代に至る前から、任天堂とスクウェアの協力関係が再構築されていた可能性。
この分岐は、プレイステーションの勝利そのものを完全に消すものではありません。
しかし、任天堂の苦戦の形をかなり変えた可能性があります。
つまり、最も現実的な「決裂しなかった世界」は、『FF7』がN64に出る世界ではなく、
『FF7』はプレイステーションに出るが、スクウェアは任天堂ハードから完全には離れない世界
だったのかもしれません。
この場合、日本ゲーム史はもっと複雑になります。
ソニーは勝つ。
しかし、任天堂はRPGユーザーを完全には失わない。
スクウェアは大作路線と中規模作品を両立する。
任天堂携帯機には、もっと早くスクウェア作品が揃う。
派手な逆転劇ではありません。
しかし、長期的にはかなり大きな違いを生んだ分岐だと思います。
プレイステーションは負けたのか|FF7がなくてもソニーは簡単には消えなかった
もしスクウェアと任天堂が決裂しなかった場合、まず考えたくなるのは「プレイステーションは勝てなかったのではないか」ということです。
たしかに、『ファイナルファンタジーVII』の存在は大きすぎました。
1997年にプレイステーションで発売された『FF7』は、RPGファンにとって決定的なソフトでした。
それまでスーパーファミコンでスクウェア作品を遊んできたユーザーに対して、「次の時代のRPGはプレイステーションに来る」と強く印象づけたからです。
その意味で、もし『FF7』が任天堂ハードに残っていたら、プレイステーションの勢いは現実よりも弱まっていた可能性が高いです。
特に日本市場では、RPGの存在感が非常に大きかった時代です。
ファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト、サガ、聖剣伝説、テイルズ、幻想水滸伝、スターオーシャン。
こうしたタイトルが集まるハードは、それだけで強い購入理由になりました。
現実のプレイステーションは、スクウェアを取り込んだことで「RPGの本命ハード」という印象を強めていきます。
もしスクウェアが任天堂側に残っていたら、このイメージはかなり弱くなります。
しかし、それでもプレイステーションが簡単に負けたとは思いません。
理由は、プレイステーションの強みが『FF7』だけではなかったからです。
まず、プレイステーションはCD-ROMメディアを活かして、ソフトの量と幅を一気に広げました。
開発コストや製造コストの面で、CD-ROMはサードパーティにとって魅力的でした。
カートリッジよりも大量生産しやすく、容量も大きい。
映像や音声を使ったゲームにも向いている。
この環境は、スクウェア以外のメーカーにも大きな意味を持ちました。
『リッジレーサー』のようなアーケード感覚のレースゲーム。
『鉄拳』のような3D格闘ゲーム。
『バイオハザード』のようなホラーアドベンチャー。
『グランツーリスモ』のようなリアル志向のレースゲーム。
『パラッパラッパー』のような新しい感覚の音楽ゲーム。
プレイステーションは、任天堂ハードとは違う空気を持っていました。
子ども向けだけではない。
おしゃれで、少し大人っぽく、若者向けのゲームが多い。
ゲームセンターや音楽、映像文化とも近い。
このブランドイメージは、『FF7』がなかったとしてもある程度は成立していたと思います。
つまり、スクウェアが任天堂と決裂しなかった世界でも、プレイステーションは一定の成功を収めた可能性が高いです。
ただし、現実ほど一気に王者になれたかは疑問です。
現実のプレイステーションは、ソフトの多さと話題作の連続で圧倒的な勢いを作りました。
そこに『FF7』が加わったことで、ゲームファンの空気が一気に変わりました。
「次の時代はプレイステーションだ」
そう感じさせる決定打として、『FF7』は非常に大きかった。
もしその決定打がなければ、プレイステーションはもっと時間をかけて普及したかもしれません。
あるいは、セガサターンやNINTENDO64との三つ巴が長引いた可能性もあります。
特にセガサターンは、日本では序盤かなり健闘していました。
2D格闘、アーケード移植、セガファン向けタイトルなど、独自の強さがありました。
プレイステーションが『FF7』で一気にRPGファンを取り込まなければ、サターンにももう少し勝負の余地が残ったかもしれません。
ただ、長期的に見ると、プレイステーションはやはり強かったと思います。
理由は、ソニーがゲーム機を「任天堂とは違う文化」として売り出すことに成功していたからです。
任天堂が家族向け、子ども向け、安心感のあるゲーム体験を重視していたのに対し、プレイステーションはより幅広い層に訴えました。
中高生、大学生、若い社会人。
ゲームに少し距離を置いていた層まで取り込もうとした。
この戦略は、当時の時代感とも合っていました。
CD-ROM、3Dポリゴン、ムービー、音楽、雑誌広告、テレビCM。
プレイステーションは、ゲーム機でありながら、90年代後半の若者文化と結びついていました。
だから、スクウェアが任天堂側に残ったとしても、プレイステーションが完全に失敗したとは考えにくいです。
ただし、結果は現実よりもかなり接戦になったはずです。
現実では、プレイステーションは国内外で大きな成功を収め、ソニーは家庭用ゲーム機市場の中心に躍り出ました。
しかしこのIFでは、任天堂が『FF』またはスクウェア作品を失わないため、RPGユーザーの流出が弱まります。
プレイステーションは勝つかもしれない。
でも、圧勝ではない。
NINTENDO64は負けるかもしれない。
でも、現実ほど孤立しない。
セガサターンも、もう少し長く粘る。
このような三つ巴の市場になっていた可能性があります。
特に大きいのは、ソニーの「プレイステーション2」へのつながりです。
現実のプレイステーションの大成功があったからこそ、PS2は圧倒的な期待を背負って登場しました。
もし初代プレイステーションの勝利がもっと接戦だった場合、PS2のスタートダッシュも少し変わっていたかもしれません。
もちろん、DVD再生機能というPS2の強みは残ります。
そのため、PS2が成功しないとまでは言えません。
しかし、スクウェアが完全なソニー寄りになっていない世界では、PS2時代のソフト展開もより分散していた可能性があります。
つまり、スクウェアと任天堂が決裂しなかった世界でも、プレイステーションは消えない。
しかし、ゲーム史におけるソニーの勝ち方はかなり変わる。
現実のように、プレイステーションが一気に「次世代機の本命」として定着するのではなく、任天堂、ソニー、セガがもう少し長く競り合う市場になっていた可能性が高いと思います。
その意味で、『FF7』はプレイステーションを誕生させたソフトではありません。
しかし、プレイステーションを一気に王者へ近づけたソフトではありました。
スクウェアと任天堂が決裂しなかった世界では、その加速装置が弱まる。
それが、プレイステーションに起きた最大の変化だったのではないでしょうか。
任天堂はどう変わったのか|64時代の“ソフト不足”はかなり緩和されていた
もしスクウェアと任天堂が決裂しなかった場合、最も大きく変わるのは任天堂側です。
現実のNINTENDO64は、非常に評価が難しいハードでした。
『スーパーマリオ64』は3Dアクションゲームの歴史を変えました。
『ゼルダの伝説 時のオカリナ』は、今でも語り継がれる名作です。
『マリオカート64』『スターフォックス64』『大乱闘スマッシュブラザーズ』『ゴールデンアイ 007』など、強烈なタイトルもありました。
一本一本の完成度で見れば、NINTENDO64は決して弱いハードではありません。
むしろ、任天堂の自社タイトルや一部の有力タイトルに限れば、ゲーム史に残る名作をいくつも生み出したハードです。
しかし、弱点もはっきりしていました。
ソフトの数が少ない。
サードパーティの大作が集まりにくい。
特にRPGの層が薄い。
ここが、プレイステーションとの大きな差になりました。
スーパーファミコン時代の任天堂ハードには、スクウェアやエニックスをはじめ、多くのRPGが集まっていました。
『ファイナルファンタジー』『ドラゴンクエスト』『ロマンシング サ・ガ』『聖剣伝説』『クロノ・トリガー』など、RPGファンにとってスーパーファミコンは非常に強いハードでした。
ところが、NINTENDO64になるとその流れが大きく変わります。
任天堂のゲームは素晴らしい。
でも、RPGを遊びたいならプレイステーション。
この空気が生まれてしまいました。
もしスクウェアが任天堂側に残っていたら、ここはかなり変わっていたはずです。
たとえ『FF7』本編がプレイステーションに出たとしても、スクウェアがNINTENDO64向けに別作品を出していれば、N64の印象は大きく違います。
NINTENDO64にスクウェアのRPGがある。
それだけで、スーパーファミコンから続くユーザーの安心感は変わります。
もちろん、1本や2本でハードの勢力図が完全に逆転するわけではありません。
しかし、ソフトラインナップの印象は確実に変わります。
NINTENDO64の最大の弱点は、任天堂のゲームが弱かったことではありません。
任天堂以外の選択肢が少なく見えたことです。
スクウェアが残っていれば、この弱点はかなり緩和されていたでしょう。
たとえば、カートリッジでも成立する中規模RPG。
アクションRPG寄りの『聖剣伝説』系作品。
システム重視の『サガ』系作品。
シミュレーションRPGや外伝作品。
スーパーファミコン作品のリメイクや続編。
こうしたタイトルがNINTENDO64に数本あるだけでも、ハードの印象はかなり変わります。
さらに、任天堂にとって重要なのは、サードパーティへの見え方です。
現実のNINTENDO64は、サードパーティがプレイステーションへ流れた印象が強いハードでした。
しかし、スクウェアが任天堂と良好な関係を保っていれば、他メーカーも「任天堂ハードに残る選択肢」を考えやすくなったかもしれません。
スクウェアがいるなら、任天堂ハードにもRPG市場がある。
任天堂がサードパーティと完全に距離を置いたわけではない。
カートリッジでも工夫次第で作品を出せる。
そうした空気があれば、NINTENDO64のソフト不足は現実よりも軽くなっていた可能性があります。
ただし、任天堂が完全に勝ち続けたとは思いません。
なぜなら、NINTENDO64の課題はスクウェアだけでは解決しないからです。
カートリッジの製造コスト。
容量制限。
開発の難しさ。
サードパーティにとっての参入しやすさ。
ソニーの強力な流通と広告展開。
これらの問題は、スクウェアが残っても残ります。
つまり、スクウェアが任天堂と決裂しなかったとしても、NINTENDO64が現実のプレイステーションのように圧倒的なサードパーティ天国になったとは考えにくいです。
それでも、任天堂にとって一番大きかったのは、「スーパーファミコン時代の流れが断ち切られなかったこと」です。
現実の任天堂は、NINTENDO64からゲームキューブにかけて、据え置き機市場で苦しい時期を経験します。
ハード販売台数で見ても、NINTENDO64は世界累計3293万台、ゲームキューブは2174万台にとどまりました。
この数字自体が悪いというより、ファミコン、スーパーファミコン時代の圧倒的な存在感と比べると、任天堂の据え置き機が主流から外れた印象は強くなります。
もしスクウェアとの関係が続いていたら、ゲームキューブ時代の景色も少し変わっていたはずです。
NINTENDO64でスクウェア作品が継続していれば、ゲームキューブでもスクウェアや関連RPGがもっと自然に展開されていた可能性があります。
そうなれば、ゲームキューブは現実よりもRPG面で厚みを持てたかもしれません。
さらに、ゲームボーイアドバンスやニンテンドーDSへの流れにも影響します。
現実でも、スクウェア・エニックスは後に任天堂携帯機へ多くの作品を出すようになります。
しかし、もし関係が途切れていなければ、その流れはもっと早かった可能性があります。
スーパーファミコンの名作RPGが、ゲームボーイカラーやゲームボーイアドバンスに早く移植される。
携帯機向けの新作RPGが増える。
任天堂ハードでもスクウェア作品を遊ぶのが当たり前になる。
そうなっていれば、任天堂は据え置き機で苦戦しても、スクウェアとの関係を携帯機市場で強く活かせたはずです。
つまり、スクウェアと任天堂が決裂しなかった世界で、任天堂が得た最大のメリットは、NINTENDO64が圧勝することではありません。
サードパーティとの断絶感を弱められたこと。
RPGユーザーを完全には失わなかったこと。
ゲームキューブ以降の苦戦を少し緩和できたこと。
携帯機市場でのスクウェア作品展開が早まった可能性があること。
このあたりが大きいと思います。
任天堂は、現実でも後にWiiやNintendo DS、Nintendo Switchで再び大きな成功を収めます。
そのため、長期的に見れば任天堂はスクウェアとの決裂だけで沈んだわけではありません。
むしろ、任天堂はサードパーティに頼りすぎない独自路線を強めたことで、後の成功につなげたとも言えます。
ただし、90年代後半から2000年代前半の据え置き機市場に限れば、スクウェアとの関係断絶はかなり大きな痛手でした。
もし決裂していなければ、任天堂はプレイステーションに敗れるとしても、もう少し違う負け方をしていたはずです。
NINTENDO64は、孤高の名作ハードではなく、任天堂ゲームとスクウェアRPGが共存するハードになっていたかもしれません。
そしてその違いは、ゲームキューブ以降の任天堂ハードにも、じわじわと影響を残していたと思います。
セガサターンとドリームキャストの運命は変わったのか
スクウェアと任天堂が決裂しなかった世界を考えるとき、忘れてはいけないのがセガです。
1990年代半ばの次世代機戦争は、任天堂とソニーだけの戦いではありませんでした。
日本市場では、セガサターンも序盤はかなり存在感のあるハードでした。
特にセガサターンは、2D格闘ゲーム、アーケード移植、セガファン向けタイトルに強みがありました。
『バーチャファイター』『サクラ大戦』『NiGHTS』『デビルサマナー ソウルハッカーズ』『グランディア』など、独自の魅力を持った作品も多くあります。
ただ、現実の歴史では、プレイステーションが大きく伸び、セガサターンは次第に苦しくなっていきました。
その流れを決定づけた要素のひとつが、大作RPGの集まり方です。
プレイステーションには、スクウェア作品が集まりました。
『ファイナルファンタジーVII』を筆頭に、『ファイナルファンタジーVIII』『ファイナルファンタジーIX』『サガ フロンティア』『ゼノギアス』『聖剣伝説 LEGEND OF MANA』など、RPGファンを引き寄せる作品が続きました。
その結果、プレイステーションは「RPGを遊ぶならこのハード」という空気を強めていきます。
では、もしスクウェアと任天堂が決裂せず、プレイステーションの勢いが現実ほど一気に強まらなかったら、セガサターンはもっと粘れたのでしょうか。
答えは、ある程度は粘れた可能性があると思います。
プレイステーションが『FF7』でRPGファンを一気に取り込む力が弱まれば、サターンにも時間が残ります。
特に日本では、サターンは序盤から一定のユーザーを獲得していました。
アーケードゲームが好きな層、セガファン、2D格闘ゲームを遊びたい層には強い訴求力がありました。
もしプレイステーションの独走が遅れていれば、サターンはもう少し長く「有力な選択肢」として残れたかもしれません。
ただし、セガサターンが最終的に勝者になれたかというと、そこはかなり難しいです。
なぜなら、サターンにも構造的な弱点があったからです。
3Dポリゴン表現では、プレイステーションの方がわかりやすく強い印象を作りました。
サターンは2D表現に強く、アーケード移植では魅力がありましたが、時代の空気は急速に3Dへ向かっていました。
さらに、セガはハード事業全体で余裕がある会社ではありませんでした。
メガドライブ、メガCD、スーパー32X、セガサターンと、ハード戦略が複雑になり、ユーザーや小売店に混乱を与えた面もあります。
つまり、スクウェアと任天堂の関係が続いていたとしても、セガサターンがプレイステーションを逆転するには、別の大きな改革が必要だったと思います。
ただ、サターンの敗北のスピードは遅くなった可能性があります。
現実では、プレイステーションが大きな流れを作ったことで、サターンは早い段階で「次の主流ハードではない」と見られていきました。
しかし、プレイステーションの勝利がもっと接戦になれば、セガはサターンで粘る時間を得られたかもしれません。
そして、その影響はドリームキャストにも及びます。
現実のドリームキャストは、セガが家庭用ゲーム機市場で最後に出したハードです。
オンライン機能、ビジュアルメモリ、アーケードゲームとの連携など、先進的な要素を持っていました。
しかし、セガはサターン時代の苦戦を背負ったままドリームキャストへ移行し、最終的にハード事業から撤退することになります。
もしサターンが現実より長く健闘していれば、ドリームキャストのスタート条件は少し良くなっていたかもしれません。
ブランドイメージがもう少し保たれる。
小売店やユーザーの信頼が少し残る。
開発資金や広告展開にも余裕が生まれる。
サードパーティも、セガハードを完全に見捨てる判断を少し遅らせる。
こうした違いはあり得ます。
ただし、それでもドリームキャストが勝てたかは別問題です。
ドリームキャストの前には、プレイステーション2が控えていました。
PS2はDVD再生機能という非常に大きな武器を持って登場します。
ゲーム機でありながら、家庭用DVDプレイヤーとしても使えることは、当時かなり強い魅力でした。
さらに、プレイステーションで築いたソフト資産とブランドもありました。
仮に初代プレイステーションの勝利が現実より弱かったとしても、ソニーが次世代機で強力な勝負を仕掛けてくることは変わらなかったでしょう。
そのため、スクウェアと任天堂が決裂しなかった世界でも、セガがハード事業で生き残るには、かなり多くの条件が必要です。
プレイステーションの独走が弱まる。
サターンがもう少し長く粘る。
ドリームキャストの投入タイミングと戦略が改善される。
サードパーティがもう少し集まる。
PS2の勢いを抑える何かがある。
ここまで重ならなければ、セガの運命を大きく変えるのは難しいと思います。
ただし、ひとつ言えるのは、スクウェアと任天堂の決裂がなければ、次世代機戦争は現実よりも長く混戦になっていた可能性が高いということです。
プレイステーションが一気に抜け出さない。
任天堂はRPGユーザーを完全には失わない。
サターンは序盤の勢いをもう少し維持する。
その結果、1990年代後半のゲーム市場は、もっと三つ巴の空気が続いたかもしれません。
この場合、セガは勝者にはなれなかったとしても、現実より少しだけ長く戦えた可能性があります。
そして、もしドリームキャストがもう少し余裕のある状態で発売されていたなら、セガのハード撤退時期も変わっていたかもしれません。
スクウェアと任天堂の関係は、直接的にはセガの問題ではありません。
しかし、プレイステーションの勝ち方が変われば、セガの負け方も変わります。
そう考えると、この分岐は任天堂とソニーだけでなく、セガの運命にも影を落としていたのです。
スクウェア自身はどう変わったのか|大作路線一辺倒にはならなかった可能性
スクウェアと任天堂が決裂しなかった場合、任天堂やソニーだけでなく、スクウェア自身の未来も変わっていた可能性があります。
現実のスクウェアは、プレイステーション時代以降、映像表現と大作路線を強めていきました。
『ファイナルファンタジーVII』で映画的な演出を大きく進化させ、『ファイナルファンタジーVIII』ではさらにビジュアル面を強化し、『ファイナルファンタジーX』では音声や表情表現を含めた次世代RPGへ進みます。
この流れは、スクウェアに大きな成功をもたらしました。
しかし同時に、開発規模も大きくなっていきます。
映像を豪華にする。
ムービーを増やす。
キャラクター表現を強化する。
世界観を広げる。
一本のタイトルにかかるコストと期待値が上がる。
この方向性は、スクウェアを一流メーカーに押し上げた一方で、会社としてのリスクも大きくしていきました。
もしスクウェアが任天堂との関係を維持していたら、この流れは少し違っていたかもしれません。
プレイステーション向けには大作FFを作る。
一方で、任天堂ハード向けには中規模RPGや外伝、リメイク、携帯機向け作品を作る。
こうした二本立ての展開が可能だったからです。
スーパーファミコン時代のスクウェアは、今振り返ると非常に多様でした。
『ファイナルファンタジー』のような大作RPGがありました。
『ロマンシング サ・ガ』のような実験的なRPGがありました。
『聖剣伝説2』のようなアクションRPGがありました。
『ライブ・ア・ライブ』のような挑戦的な作品がありました。
『フロントミッション』のようなシミュレーションRPGもありました。
『クロノ・トリガー』のような共同企画の名作もありました。
つまり、スクウェアはもともと、大作FFだけの会社ではありませんでした。
しかしプレイステーション以降、スクウェアのイメージはどんどん「映像のFF」「大作RPGのスクウェア」に寄っていきます。
もちろん、それ自体は間違いではありません。
『FF7』が与えた衝撃は本物ですし、スクウェアは新しい時代のRPG表現を切り開きました。
ただ、任天堂との関係が続いていれば、もう少し別のスクウェアも残っていた可能性があります。
たとえば、NINTENDO64向けにカートリッジでも成立するシステム重視のRPGを作る。
ゲームボーイカラーやゲームボーイアドバンス向けに、スーパーファミコン作品の流れを受け継ぐ新作を出す。
携帯機で『サガ』や『聖剣伝説』を早く展開する。
据え置きの大作と携帯機の中規模作品を同時に育てる。
こうした展開があれば、スクウェアの作品ラインナップは現実よりも分散していたかもしれません。
これは会社にとって大きな意味があります。
大作路線は当たれば大きい。
しかし、失敗したときのダメージも大きい。
中規模作品や携帯機向け作品が継続していれば、開発リスクを分散できます。
また、若手クリエイターが新しい企画を試す場所にもなります。
スーパーファミコン時代のスクウェアには、そうした実験の余地がありました。
もし任天堂ハード向けの別ラインが残っていれば、その空気がもう少し長く続いたかもしれません。
さらに、スクウェア・エニックス誕生にも影響した可能性があります。
史実では、スクウェアとエニックスは2003年4月に合併し、スクウェア・エニックスとなりました。
スクウェア・エニックス公式の沿革でも、2003年4月に株式会社スクウェアと株式会社エニックスが合併し、株式会社スクウェア・エニックスへ商号変更したことが記載されています。(hd.square-enix.com)
この合併には、業界再編や開発費の増大、経営体力の強化といった背景がありました。
もしスクウェアが任天堂向けの中規模路線を維持し、作品展開がもう少し分散していたら、会社のリスク構造は現実と違っていたかもしれません。
もちろん、それだけでスクウェアとエニックスの合併がなくなったとは言えません。
エニックス側も出版、ドラゴンクエスト、外部開発を組み合わせた独自のビジネスモデルを持っていました。
スクウェアとエニックスの合併は、日本のRPG市場を代表する2社が手を組む大きな再編でもありました。
そのため、このIFでも合併自体は起きた可能性があります。
ただし、合併時の力関係や意味合いは変わっていたかもしれません。
現実のスクウェアは、映画『ファイナルファンタジー』の失敗などもあり、経営面で大きなダメージを受けた時期がありました。
もし任天堂との関係を保ち、中規模作品や携帯機展開で安定した収益源を持っていたら、スクウェアはもう少し違う立場でエニックスと向き合っていた可能性があります。
また、スクウェアのクリエイティブ面も変わります。
現実のスクウェアは、プレイステーション以降、映像表現を武器に世界を狙う方向へ進みました。
その延長線上には、映画事業への挑戦もありました。
もし任天堂との関係が続き、ゲーム性重視の作品や携帯機向け作品が大きな柱として残っていたら、スクウェアはもう少し「ゲーム会社としての多様性」を保っていたかもしれません。
大作FFのスクウェア。
携帯機RPGのスクウェア。
実験作のスクウェア。
任天堂ハード向けに遊びやすいRPGを作るスクウェア。
そうした複数の顔を持つ会社になっていた可能性があります。
この違いは、ファンにとっても大きいです。
現実のスクウェア作品には、プレイステーション時代ならではの魅力があります。
『FF7』『FF8』『ゼノギアス』『サガ フロンティア』『ベイグラントストーリー』など、あの時代だからこそ生まれた作品も多いです。
だから、任天堂と決裂しなかった方が必ず良かったとは言いません。
もしスクウェアが任天堂側にも残っていたら、現実のような映像革命の勢いは少し弱まったかもしれません。
一方で、スーパーファミコン時代のような多様なスクウェアが、もう少し長く続いたかもしれません。
どちらが正解かは簡単には言えません。
ただ、このIFで見えてくるのは、スクウェアの歴史が「FF7をPSに出した会社」というだけではないことです。
スクウェアは、ハードの選択によって自分たちの作風そのものを変えていきました。
任天堂に残っていれば、ゲーム性や中規模作品の幅がもっと残ったかもしれない。
ソニーへ移ったからこそ、映像表現と大作路線で時代を変えた。
つまり、スクウェアと任天堂の決裂は、ハード戦争だけでなく、スクウェアという会社が何を作る会社になるのかを決めた分岐点でもあったのです。
ドラクエ7はどうなったのか|エニックスの判断も変わっていた可能性
スクウェアと任天堂の決裂を考えるうえで、もうひとつ外せない存在があります。
それが『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』です。
現実の『ドラクエ7』は、2000年にプレイステーションで発売されました。
ソニー公式のドラゴンクエスト特集でも、『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』は2000年にPlayStation用タイトルとして発売された作品として紹介されています。
この事実は、当時のハード戦争において非常に大きいです。
なぜなら、ファイナルファンタジーだけでなく、ドラゴンクエストまでプレイステーションに来たからです。
スーパーファミコン時代まで、任天堂ハードは日本RPGの中心でした。
しかし、プレイステーション時代になると、『FF7』だけでなく『ドラクエ7』までプレイステーションへ移ります。
これによって、日本のRPGファンにとってプレイステーションは決定的な存在になります。
「FFもDQも遊べるハード」
この状態は、あまりにも強いです。
では、もしスクウェアと任天堂が決裂していなかったら、『ドラクエ7』はどうなっていたのでしょうか。
まず大前提として、エニックスはスクウェアとは別会社でした。
そのため、スクウェアと任天堂の関係が続いていたからといって、エニックスが必ず任天堂ハードを選んだとは限りません。
ドラゴンクエストシリーズは、基本的に「最も普及しているハード」に出る傾向が強いシリーズです。
つまり、『ドラクエ7』がどのハードに出るかは、スクウェアの動きだけでなく、当時どのハードが最も広く普及していたかに左右されます。
現実では、プレイステーションが圧倒的に普及していました。
だからこそ、エニックスは『ドラクエ7』をプレイステーションで出す判断をしたと考えるのが自然です。
しかし、もしスクウェアが任天堂と決裂せず、NINTENDO64が現実よりも強いハードになっていたら話は変わります。
NINTENDO64にスクウェア作品が残る。
RPGユーザーの一部が任天堂ハードに残る。
プレイステーションの独走が弱まる。
任天堂とソニーの市場差が現実より小さくなる。
この状況なら、エニックスが『ドラクエ7』のプラットフォームを決めるとき、判断はもっと難しくなっていたはずです。
可能性としては、3つあります。
ひとつ目は、それでも『ドラクエ7』がプレイステーションに出る世界です。
これはかなり現実的です。
プレイステーションはCD-ROMを採用しており、RPGを作りやすい環境がありました。
ソフト市場も広く、ユーザー層も厚い。
たとえ任天堂が現実より強くても、プレイステーションが十分に普及していれば、エニックスはPSを選んだ可能性があります。
ふたつ目は、『ドラクエ7』がNINTENDO64に出る世界です。
これはかなり大きな歴史改変です。
もしNINTENDO64がスクウェア作品を抱え、RPGユーザーを維持し、国内でプレイステーションと拮抗するほど普及していたなら、エニックスが任天堂ハードを選ぶ可能性も出てきます。
ただし、NINTENDO64のカートリッジ容量や製造コストを考えると、現実の『ドラクエ7』をそのまま出すのは簡単ではありません。
『ドラクエ7』は非常に長大なRPGです。
石版を集め、過去と現在の世界を行き来し、多数の町やエピソードを積み重ねる作品でした。
そのボリュームをカートリッジで実現するには、かなりの調整が必要だったはずです。
そのため、N64版になっていた場合、シナリオの構成や演出、データ量は現実とは違っていた可能性があります。
みっつ目は、発売時期がさらに遅れる世界です。
これは意外とあり得ます。
『ドラクエ7』は現実でも、スーパーファミコンではなくプレイステーションで発売されるまでに時間がかかりました。
もしエニックスがハード選定でさらに迷う状況になっていたら、発売時期がもっと遅れた可能性があります。
任天堂ハードに出すか。
プレイステーションに出すか。
あるいは次世代機まで待つか。
この判断が難しくなれば、『ドラクエ7』は2000年より後にずれ込んでいたかもしれません。
ここで重要なのは、『ドラクエ7』の存在がプレイステーションの勝利をさらに確定させたことです。
『FF7』でRPGファンを引き寄せる。
その後、『ドラクエ7』までプレイステーションに来る。
この流れによって、プレイステーションは日本の据え置きRPG市場で圧倒的な立場を得ました。
もしスクウェアと任天堂が決裂していなければ、この流れは弱まっていた可能性があります。
『FF7』が任天堂に残る、またはスクウェアが任天堂にも作品を出す。
その結果、NINTENDO64の存在感が増す。
そうなれば、『ドラクエ7』の判断にも影響が出る。
つまり、スクウェアの移籍は、エニックスの判断にも間接的に影響した可能性があります。
もちろん、エニックスはエニックスで独自に判断しています。
スクウェアが動いたからエニックスも自動的に動いた、という単純な話ではありません。
しかし、市場の空気は確実に変わりました。
RPGユーザーはプレイステーションにいる。
大作RPGを出すならプレイステーションが自然。
FFもPSにあるなら、DQもPSに来る流れは受け入れられやすい。
こうした空気を作った意味で、スクウェアと任天堂の決裂は、ドラクエ7にも間接的な影響を与えたと考えられます。
もしこの分岐が変わっていたら、『ドラクエ7』はプレイステーション独占ではなかったかもしれません。
あるいは、NINTENDO64や後のゲームキューブ、もしくは別の形で任天堂ハードとの関係を保った作品になっていたかもしれません。
ただ、個人的には、最も現実味があるのはこうです。
『FF7』がどうなっても、プレイステーションが十分に普及していれば、『ドラクエ7』は最終的にPSに出た可能性が高い。
しかし、スクウェアが任天堂と決裂していなければ、エニックスが迷う時間は長くなり、プレイステーションが「FFもDQも独占するハード」として見られるまでの流れは少し遅れた。
つまり、ドラクエ7の行き先そのものよりも、プレイステーションがRPG市場を独占的に見せる速度が変わったのだと思います。
FF7とDQ7。
この2本がプレイステーションに揃ったことで、90年代後半から2000年代初頭の日本RPG市場は決定づけられました。
もしスクウェアと任天堂が決裂していなかったら、その決定的な流れは、もっと遅く、もっと複雑なものになっていたはずです。
それでも任天堂とスクウェアは、後に少しずつ戻っていった
スクウェアと任天堂の決裂は、日本ゲーム史の大きな分岐点でした。
しかし、重要なのは、両社の関係が永久に完全断絶したわけではないことです。
時間はかかりましたが、スクウェアは後に任天堂ハードへ戻っていきます。
その象徴のひとつが、『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』です。
この作品は、2003年にニンテンドーゲームキューブ向けに発売されました。
2020年にNintendo Switch向けリマスター版が発売された際の任天堂公式記事でも、原作は2003年にニンテンドーゲームキューブで発売されたアクションRPGと紹介されています。(nintendo.com)
ここで面白いのは、『クリスタルクロニクル』が本編ファイナルファンタジーではなかったことです。
『FF7』『FF8』『FF9』『FF10』のようなナンバリング本編ではなく、外伝的な位置づけの作品でした。
しかも、ゲームキューブとゲームボーイアドバンスを接続して遊ぶマルチプレイ要素を持ち、任天堂ハードらしい遊び方を意識したタイトルでもありました。
つまり、スクウェアが任天堂ハードへ戻ったといっても、それは単純な「昔の関係に戻った」ではありませんでした。
プレイステーションでは大作RPG。
任天堂ハードでは外伝や携帯機、独自の遊び方を持つ作品。
そういう形で、少しずつ距離を縮めていった印象があります。
この流れを考えると、もし90年代に決裂していなかった場合、こうした関係修復はもっと早く、もっと自然に起きていた可能性があります。
現実では、任天堂ハードにファイナルファンタジーが戻ってくるまでに時間がかかりました。
しかし、関係が維持されていれば、ゲームキューブ時代を待たずに、NINTENDO64やゲームボーイカラー、ゲームボーイアドバンス初期からスクウェア作品が展開されていたかもしれません。
特に携帯機市場は大きなポイントです。
任天堂は、ゲームボーイ、ゲームボーイカラー、ゲームボーイアドバンス、ニンテンドーDSと、携帯機市場で非常に強い存在でした。
スクウェアが任天堂との関係を断たなければ、この市場にもっと早く本格参入していた可能性があります。
スーパーファミコン時代の名作移植。
『ファイナルファンタジー』旧作のリメイク。
『聖剣伝説』や『サガ』系の携帯機向け新作。
小規模でも濃いRPG。
通信要素を取り入れた実験的な作品。
こうした展開がもっと早く起きていれば、スクウェアの作品ラインナップは現実よりも幅広くなっていたはずです。
実際、後のスクウェア・エニックスは任天堂携帯機との相性を見せていきます。
ゲームボーイアドバンスやニンテンドーDSでは、ファイナルファンタジー旧作移植やリメイク、ドラゴンクエスト関連作品、外伝作品などが展開されました。
この流れを見ると、スクウェア・エニックスと任天堂ハードの相性が悪かったわけではありません。
むしろ、任天堂ハードはスクウェア・エニックスにとって、大作本編とは別の作品を展開する場として非常に向いていました。
だからこそ、決裂しなかった世界では、任天堂ハードにおけるスクウェア作品の空白期間がほとんど生まれなかった可能性があります。
これは、任天堂にとっても大きいです。
NINTENDO64やゲームキューブが、RPG面で現実よりも厚みを持てた可能性がある。
携帯機では、もっと早くスクウェア作品を取り込めた可能性がある。
「任天堂ハードではスクウェア作品が遊べない」という印象が薄まった可能性がある。
そしてスクウェアにとっても、プレイステーション一極ではない展開ができた可能性があります。
大作FFはソニー系ハード。
外伝やリメイクは任天堂ハード。
携帯機で中規模RPG。
任天堂の遊び方に合わせた協力プレイ型RPG。
このような分散展開が早く実現していれば、スクウェアのビジネスリスクも少し変わっていたかもしれません。
ただし、ここでも注意したいのは、関係が戻ったとしても、ナンバリングFFがすぐに任天堂ハードへ戻ったとは限らないことです。
プレイステーション以降のFF本編は、映像表現と大作志向を強めていきました。
『FF10』以降は音声演出や高精細な映像表現も重要になり、当時の任天堂ハードとは方向性が異なる部分もありました。
そのため、決裂しなかった世界でも、ナンバリング本編はソニー系ハード中心になっていた可能性があります。
しかし、それでも任天堂ハードにスクウェア作品が継続して存在しているかどうかは、ユーザー心理としてかなり違います。
現実では、スーパーファミコン時代にスクウェア作品を遊んでいたユーザーが、次世代機でプレイステーションへ移る大きな流れがありました。
しかし、任天堂ハードにもスクウェア作品が継続していれば、任天堂を選ぶ理由はもっと残りました。
この違いは、単に販売本数だけの問題ではありません。
ハードに対する信頼感の問題です。
「このハードを買えば、任天堂のゲームもスクウェアのゲームも遊べる」
スーパーファミコン時代には、それが自然でした。
もしその感覚がNINTENDO64以降も続いていたら、任天堂ハードの印象はかなり変わっていたはずです。
任天堂とスクウェアの関係は、後にある程度修復されました。
しかし、その修復は、現実には次世代機戦争の大勢が決まった後でした。
もしそれが最初から切れていなかったら。
任天堂はRPG面の空白を小さくできた。
スクウェアは大作路線だけでなく、多様な作品を維持しやすかった。
ユーザーはハード選びで、もう少し迷うことになった。
そう考えると、決裂しなかった世界は、単に『FF7』がどのハードに出るかだけの話ではありません。
任天堂ハードにスクウェア作品が「継続して存在する」こと自体が、日本ゲーム史の空気を大きく変えていたのだと思います。
結局、一番あり得た未来はどれだったのか
ここまで、いくつかの分岐を考えてきました。
任天堂がCD-ROMを採用していた世界。
カートリッジのままスクウェアが残った世界。
『FF7』はプレイステーションに出るが、任天堂向け作品も続いていた世界。
プレイステーションの勝ち方が変わる世界。
ドラクエ7やセガの運命まで、少しずつ変わっていく世界。
では、この中で一番現実味があるのはどれだったのでしょうか。
個人的には、「FF7本編はプレイステーションに出るが、スクウェアと任天堂の関係は完全には切れない世界」だと思います。
理由はシンプルです。
当時の『FF7』が目指していた映像表現や大容量路線を考えると、プレイステーションで発売される流れ自体はかなり自然でした。
CD-ROMを使い、ムービーや背景、音楽、演出を大きく広げる。
この方向性は、当時のスクウェアが進もうとしていた道と非常に噛み合っていました。
そのため、「FF7がそのままNINTENDO64で出ていた」と考えるのは、少し無理があります。
もちろん、N64版FF7という存在は見てみたいです。
しかし、それは現実のFF7とは別物になっていたはずです。
ムービーは減る。
演出は変わる。
ゲーム構造も調整される。
カートリッジ容量に合わせて、かなり違う作品になる。
それはそれで面白いかもしれませんが、現実のFF7が持っていた「プレイステーション時代の象徴」としての衝撃は弱まっていたと思います。
一方で、スクウェアが任天堂と完全に断絶する必要があったのかというと、そこは別です。
FF7本編はプレイステーション。
でも、任天堂ハードにも別の作品を出す。
携帯機向けに旧作移植や外伝を展開する。
NINTENDO64には中規模RPGや実験作を出す。
ゲームキューブやゲームボーイアドバンスへの復帰も、もっと早く自然に進む。
この形なら、かなり現実味があります。
つまり、スクウェアと任天堂が決裂しなかった世界とは、
「FF7がN64に出た世界」
というより、
「FF7がPSに出ても、任天堂ハードからスクウェアが消えなかった世界」
だったのではないでしょうか。
この違いは大きいです。
前者は、歴史がかなり派手に変わるIFです。
後者は、現実の流れを大きく崩さず、それでもじわじわとゲーム史を変えるIFです。
そして、長期的に見ると後者の方が影響は深かったかもしれません。
もし任天堂ハードにスクウェア作品が継続して出ていたら、NINTENDO64は現実ほどRPG不足の印象を持たれなかったはずです。
ゲームキューブも、もう少しRPG面で厚みを持てたかもしれません。
ゲームボーイアドバンスには、もっと早くスクウェア作品が揃っていた可能性があります。
プレイステーションは勝ったかもしれない。
それでも、任天堂は現実ほどRPGユーザーを手放さなかった。
セガも、プレイステーションの独走が弱まることで、もう少し長く粘れた。
エニックスも、ドラクエ7の行き先をもう少し慎重に見極めた。
こう考えると、スクウェアと任天堂の決裂は、単に「FF7がPSに出た」という一事件ではありません。
ハードの勢力図。
RPGファンの移動。
サードパーティの判断。
スクウェア自身の作品作り。
任天堂の据え置き機の印象。
ソニーの勝ち方。
セガの負け方。
そのすべてに影響していた出来事だったとわかります。
ただし、どのIFを選んでも、完全に任天堂が勝ち続ける未来にはなりにくいと思います。
プレイステーションには、FF以外の強さもありました。
CD-ROMの低コストと大容量。
サードパーティの集めやすさ。
若者向けのブランド戦略。
ゲームセンターや音楽、映像文化との近さ。
任天堂とは違う市場を作る力。
これらは、スクウェアが任天堂側に残っても消えません。
だから、ソニーの台頭そのものは起きた可能性が高いです。
ただし、現実ほど一気にプレイステーションがゲーム市場の中心になるかは別です。
スクウェアが任天堂と関係を保っていれば、ソニーの勝利はもっと緩やかだったかもしれません。
任天堂の敗北はもっと浅かったかもしれません。
セガの撤退も、少しだけ違うタイミングになっていたかもしれません。
そしてスクウェアは、映像の大作メーカーでありながら、任天堂ハード向けの多様な作品も作り続ける会社になっていたかもしれません。
このIFで一番面白いのは、歴史が完全に逆転することではありません。
勝者と敗者が入れ替わるのではなく、勝ち方と負け方が変わることです。
プレイステーションは強い。
任天堂も強い。
セガもまだ粘る。
スクウェアは大作と中規模作品を両立する。
そんな、もう少し混戦で、もう少し多様な90年代後半のゲーム市場があったのかもしれません。
もしスクウェアと任天堂が決裂しなかったら。
日本ゲーム史は、任天堂がそのまま天下を守った世界ではなく、ソニーの台頭が少し遅れ、任天堂の失速が少し緩やかになり、スクウェアの作品展開がもう少し広がった世界になっていた。
私は、そう考えるのが一番自然だと思います。
それでも変わらなかったこと|任天堂もスクウェアも、本質は変わらない
もしスクウェアと任天堂が決裂しなかったら、ゲーム史はかなり違っていた可能性があります。
NINTENDO64の印象は変わったかもしれません。
プレイステーションの勝ち方も変わったかもしれません。
セガサターンはもう少し長く粘れたかもしれません。
スクウェアの作品展開も、現実より多様になっていたかもしれません。
しかし、すべてが変わったわけではないと思います。
むしろ、このIFを考えるほど見えてくるのは、任天堂とスクウェア、それぞれの本質は簡単には変わらないということです。
任天堂は、おそらくどの世界でも「遊び」を中心にした会社であり続けます。
ハード性能や映像表現そのものより、コントローラー、操作感、家族で遊べる安心感、ゲームとしての手触りを重視する。
『スーパーマリオ64』や『ゼルダの伝説 時のオカリナ』が示したように、NINTENDO64時代の任天堂は、3D空間で遊ぶことそのものを大きく進化させました。
もしスクウェアが残っていたとしても、任天堂が急に映像重視の大作RPGメーカーのためだけに会社の思想を変えたとは考えにくいです。
任天堂は任天堂のままです。
読み込みの少ない快適さ。
子どもでも扱いやすいメディア。
自社タイトルの完成度。
キャラクターIPの強さ。
ゲームとしての新しい体験。
こうした方向性は、おそらく変わりません。
一方で、スクウェアもまた、次世代の表現を追いかける会社であり続けたはずです。
スーパーファミコン時代から、スクウェアは常にRPGの表現を押し広げようとしていました。
『FFIV』のドラマ性。
『FFV』のシステム。
『FFVI』の群像劇と演出。
『クロノ・トリガー』のテンポと完成度。
そして『FFVII』の映像表現。
スクウェアは、過去の成功をそのまま繰り返すだけの会社ではありませんでした。
だから、任天堂と関係が続いていたとしても、スクウェアが大容量メディアや映像演出に興味を持たなかったとは考えにくいです。
『FF7』がプレイステーションに出るかどうかは別として、スクウェアはどこかで「映画的なRPG」「次世代のビジュアル表現」へ進んでいたと思います。
つまり、両社の決裂がなかったとしても、思想の違いは残ります。
任天堂は、ゲームとしての手触りを重視する。
スクウェアは、RPGの物語表現と映像演出を拡張したい。
ソニーは、CD-ROMとサードパーティ戦略で新しい市場を作る。
この3者の方向性は、それぞれ違っていました。
だからこそ、90年代のゲーム市場は面白かったのだと思います。
もし任天堂がスクウェアのためにCD-ROMを採用していたら、たしかに関係は続いたかもしれません。
しかし、その場合でも任天堂は、ソニーのような会社になったわけではないでしょう。
もしスクウェアがNINTENDO64に残っていたら、たしかに任天堂ハードのRPG不足は緩和されたかもしれません。
しかし、スクウェアが映像表現への欲求を完全に捨てたとは思えません。
もしプレイステーションの勢いが弱まっていたとしても、ソニーが若者向けの新しいゲーム文化を作ろうとしたことは変わらなかったはずです。
つまり、このIFは「誰かが完全に別人になる話」ではありません。
それぞれの会社が持っていた本質はそのままに、関係性とタイミングだけが少し変わる話です。
その少しの違いが、ゲーム史には大きく響きます。
スクウェアが任天堂ハードにも作品を出し続けていれば、任天堂の据え置き機は現実ほどRPG不足に見えなかった。
プレイステーションは勝つとしても、現実ほど一気に独走しなかった。
セガはもう少し長く戦えた。
エニックスの判断も少し遅れた。
スクウェア自身も、大作路線だけでなく、もう少し多様な作品展開を保てた。
けれど、任天堂は任天堂であり、スクウェアはスクウェアであり、ソニーはソニーだった。
そこは変わらないと思います。
だからこそ、スクウェアと任天堂の決裂は単なる「仲違い」ではなく、会社ごとのゲーム観が分かれた瞬間だったとも言えます。
任天堂は、ゲーム機を遊びのための専用機として磨き続けた。
スクウェアは、RPGを映像と物語の総合表現へ広げようとした。
ソニーは、ゲーム機を若者文化とサードパーティの受け皿として再定義した。
この3つの流れがぶつかったから、90年代後半のゲーム史は大きく動きました。
もし決裂しなかったとしても、その衝突そのものはどこかで起きていたはずです。
ただ、その衝突が現実より少し穏やかだったかもしれない。
任天堂とスクウェアの関係が完全に切れず、もう少し柔軟な形で共存できたかもしれない。
この違いこそが、「もしスクウェアと任天堂が決裂しなかったら」というIFの一番面白い部分だと思います。
歴史は、一本のソフトだけで変わるわけではありません。
しかし、一本のソフトをめぐる判断が、会社の関係、ハードの勢力図、ユーザーの移動、作品の方向性まで変えてしまうことはあります。
『ファイナルファンタジーVII』と、スクウェアと任天堂の関係は、まさにその象徴でした。
スクウェアと任天堂が決裂しなかった場合の分岐まとめ
ここまでの考察を、分岐ごとに整理すると以下のようになります。
| 分岐 | 可能性 | 起きたかもしれない変化 |
|---|---|---|
| 任天堂がN64でCD-ROMを採用していた | 低〜中 | スクウェアが任天堂陣営に残り、『FF7』が任天堂ハードで発売された可能性がある |
| N64がカートリッジのまま『FF7』を発売していた | 低 | ムービーや演出が大きく変わり、現実の『FF7』とは別物になっていた可能性が高い |
| 『FF7』はPSで発売、任天堂向け作品も継続 | 高 | 最も現実的なIF。PSは強いまま、任天堂もRPG不足をある程度緩和できた |
| スクウェアが完全に任天堂陣営へ残留 | 低 | PSの勢いはかなり弱まるが、スクウェアの大作路線も現実とは違う形になった可能性がある |
| スクウェアが任天堂携帯機に早期参入 | 中〜高 | ゲームボーイカラーやGBAで、FF旧作移植や聖剣・サガ系作品がもっと早く展開された可能性がある |
| ドラクエ7のハード選定が変化 | 中 | PS発売は有力だが、N64が強ければエニックスの判断はより難しくなった可能性がある |
| セガサターンがもう少し粘る | 中 | PS独走が弱まれば、サターンやドリームキャストの負け方も変わった可能性がある |
この中で、最も現実味があるのは、
『FF7』本編はプレイステーションで発売されるが、スクウェアと任天堂の関係は完全には切れず、任天堂ハード向け作品も続いていた世界
だと思います。
『FF7』の映像表現やCD-ROMとの相性を考えると、プレイステーションへ移る流れ自体はかなり自然でした。
しかし、それによって任天堂との関係まで完全に冷え込む必要があったのかは、また別の問題です。
もしスクウェアが任天堂ハードにも作品を出し続けていれば、NINTENDO64やゲームキューブの印象はかなり変わっていたはずです。
プレイステーションは勝ったとしても、現実ほど一気にRPG市場を独占する空気にはならなかったかもしれません。
つまり、このIFは「任天堂が勝って、ソニーが負ける世界」ではありません。
任天堂の失速が少し緩やかになる世界。
ソニーの勝ち方が少し遅くなる世界。
スクウェアの作品展開がもう少し多様になる世界。
そして、日本のゲーム市場がもう少し長く混戦になっていた世界です。
歴史が完全にひっくり返るわけではない。
けれど、勝者と敗者の見え方はかなり変わる。
それが、スクウェアと任天堂が決裂しなかった場合の一番あり得た未来だったのではないでしょうか。
まとめ|決裂しなかった世界でも、ゲーム史は完全には逆転しなかった
もしスクウェアと任天堂が決裂しなかったら、日本のゲーム史はどう変わっていたのか。
ここまで考えてきましたが、結論としては「すべてが逆転した」とまでは言えないと思います。
プレイステーションは、スクウェアだけで成立したハードではありません。
CD-ROMの大容量と低コスト、サードパーティの集めやすさ、若者向けのブランド戦略、アーケードや映像文化との相性。
こうした強みがあったからこそ、ソニーは家庭用ゲーム機市場で大きく伸びていきました。
そのため、スクウェアが任天堂と決裂しなかったとしても、プレイステーションの台頭そのものは起きた可能性が高いです。
ただし、その勝ち方は現実とはかなり違っていたはずです。
現実では、『ファイナルファンタジーVII』がプレイステーションで発売されたことで、RPGファンの流れが大きく変わりました。
そしてその後、『ドラクエ7』もプレイステーションで発売され、日本のRPG市場は一気にPS中心へ傾きました。
もしスクウェアが任天堂との関係を保っていたら、この流れはもっと緩やかだったと思います。
『FF7』本編はプレイステーションに出たとしても、任天堂ハード向けに別のスクウェア作品が続いていたかもしれません。
NINTENDO64には中規模RPGや外伝が出ていたかもしれません。
ゲームボーイカラーやゲームボーイアドバンスには、もっと早くFF旧作移植や聖剣、サガ系作品が展開されていたかもしれません。
そうなれば、任天堂ハードは現実ほど「RPGが弱いハード」という印象を持たれなかったはずです。
NINTENDO64は、マリオとゼルダだけでなく、スクウェアのRPGもあるハードになっていたかもしれない。
ゲームキューブも、現実より少しRPG面で厚みを持っていたかもしれない。
任天堂携帯機は、より早くスクウェア作品を取り込んでいたかもしれない。
この差は、販売台数以上に大きいです。
なぜなら、ハードの印象を変えるからです。
「このハードには自分の好きなメーカーのゲームが出る」
これは、ユーザーにとって非常に大きな安心感です。
スーパーファミコン時代の任天堂ハードには、その安心感がありました。
しかし、NINTENDO64時代にはそれが弱まりました。
もしスクウェアとの関係が切れていなければ、任天堂はその安心感をある程度残せたかもしれません。
一方で、スクウェア自身も変わっていた可能性があります。
現実のスクウェアは、プレイステーション以降、映像表現と大作路線を強めていきました。
それは大きな成功を生みましたが、同時に開発規模や事業リスクも大きくしていきました。
もし任天堂向けの別ラインが続いていれば、スクウェアはもう少し多様な会社になっていたかもしれません。
大作FFを作るスクウェア。
携帯機向けRPGを作るスクウェア。
中規模の実験作を出すスクウェア。
任天堂ハードに合わせた遊び方を提案するスクウェア。
そんな複数の顔を持つ会社として、もう少し長くスーパーファミコン時代の空気を残していた可能性があります。
ただし、任天堂とスクウェアが決裂しなかったとしても、両社の方向性の違いは消えません。
任天堂は、遊びの手触りやハードとソフトの一体感を重視する会社です。
スクウェアは、RPGの物語性や映像表現を拡張しようとした会社です。
ソニーは、CD-ROMとサードパーティ戦略で新しい市場を作った会社です。
この3つの方向性は、どこかでぶつかっていたはずです。
だから、決裂しなかった世界でも、完全な理想郷にはならなかったと思います。
それでも、現実より柔らかい形で共存できた可能性はあります。
『FF7』はプレイステーションで出る。
でも、スクウェアは任天堂ハードにも残る。
任天堂はRPGユーザーを完全には失わない。
ソニーは勝つが、独走までは少し時間がかかる。
セガはもう少し長く戦う。
エニックスはドラクエ7の判断をもう少し慎重に見る。
このくらいの変化が、一番現実的なIFではないでしょうか。
スクウェアと任天堂の決裂は、単なる企業同士の関係悪化ではありませんでした。
それは、スーパーファミコン時代の終わりを象徴する出来事でした。
任天堂中心だった家庭用ゲーム市場が、ソニーの台頭によって大きく組み替わっていく。
RPGの表現が、ドット絵とカートリッジの時代から、CD-ROMとムービーの時代へ移っていく。
サードパーティの力が、ハード戦争を左右する時代になっていく。
その象徴が、スクウェアの移籍であり、『ファイナルファンタジーVII』でした。
もしあの時、スクウェアと任天堂が決裂していなかったら。
ゲーム史は完全に別物にはならなかったかもしれません。
しかし、NINTENDO64、プレイステーション、セガサターン、そして後のゲームキューブやゲームボーイアドバンスの印象は、かなり違っていたはずです。
歴史は変わらない。
でも、もしを考えることで、当時の選択がどれほど大きかったのかが見えてきます。
スクウェアと任天堂の決裂は、日本ゲーム史におけるひとつの分岐点でした。
そして、その分岐点があったからこそ、今のゲーム業界の形があるのだと思います。