- 『ワンダープロジェクトJ2』レビュー|今遊んでも面白い?現在の遊び方も解説
- 『ワンダープロジェクトJ2』はどんなゲーム?
- ジョゼットは直接動かせない――プレイヤーが操作するのは「バード」
- 「育成」はステータスを上げるだけではない
- なぜ「自分が育てた」と感じるのか
- 思い通りに動かないことが、面白さと遊びにくさを同時に作っている
- 町で暮らし、働くことで「覚えたこと」の意味が広がる
- 初代『ワンダープロジェクトJ』から何が変わった?
- 3Dを競ったNINTENDO 64で、大きなキャラクターアニメを前面に出した
- 途中から、ゲームの重心は「育てる」から「物語を見る」側へ移っていく
- 2026年に遊んでも面白いところ
- 今遊ぶと気になるのは、操作よりも「待たされること」
- 2010年にはiモード版も登場した
- 2026年現在『ワンダープロジェクトJ2』を遊ぶ方法
- 独創的なのに、なぜ80点・A Tierなのか
- まとめ|直接動かせないからこそ、ジョゼット自身の行動に見える
『ワンダープロジェクトJ2』レビュー|今遊んでも面白い?現在の遊び方も解説

1996年11月22日、エニックスからNINTENDO 64向けに発売された『ワンダープロジェクトJ2 コルロの森のジョゼット』。
このゲームには、最初から少し変わったところがあります。主人公のジョゼットを、プレイヤーは自由に動かせません。右へ歩いてほしいから3Dスティックを右へ倒す、手元の道具を使いたいからボタンを押す――そういう操作ではないのです。
実際に動かすのは、プレイヤーとジョゼットの間を取り持つ鳥型のインターフェースロボ「バード」。バードで場所や物を示し、ジョゼットがどう反応するかを見る。うまくできたら肯定し、違うと思えば否定する。その積み重ねによって、最初は世間知らずだったジョゼットが少しずつ物事を覚えていきます。
面白いのは、正しい行動をプレイヤー自身が入力しているわけではないことです。思った通りに動いてくれないこともある。それでも前に教えたことを覚え、こちらが直接手を出していないところで期待した行動を取ってくれた瞬間、「操作が成功した」というより「覚えてくれた」と感じられる。この距離感こそ、『ワンダープロジェクトJ2』を普通の育成ゲームとは違うものにしています。
『ワンダープロジェクトJ2』はどんなゲーム?
物語の舞台は、前作『ワンダープロジェクトJ~機械の少年ピーノ~』から15年後。機械人間「ギジン」の少女ジョゼットは、生みの親であるジェペット・ラマルク博士のもとを離れ、バードとともにブルーランドへ向かいます。
ジョゼットは考える力には優れているものの、人間社会で暮らしていくための知識や常識が十分ではありません。プレイヤーはバードを通して彼女と接しながら、物の使い方、会話、行動などを教え、ブルーランドでの生活を支えていくことになります。
| タイトル | ワンダープロジェクトJ2 コルロの森のジョゼット |
|---|---|
| 発売日 | 1996年11月22日 |
| 対応機種 | NINTENDO 64 |
| 発売元 | エニックス |
| 企画・制作 | エニックス/ギブロ |
| ジャンル | コミュニケーション・アドベンチャー |
| キャラクターデザイン | 山下明彦 |
| キャラクターボイス | 日髙のり子 |
| セーブ | コントローラパック必須 |
基本となる発想は前作から続いています。ピーノを直接操作せず、ティンカーを介して教えていった初代の仕組みについては、『ワンダープロジェクトJ』レビューで詳しく扱っています。J2ではその考え方をジョゼットとバードへ受け継ぎながら、会話、記憶、感情表現といった部分をさらに広げました。
ジョゼットは直接動かせない――プレイヤーが操作するのは「バード」
本作の操作を理解すると、ゲーム全体の狙いがかなり分かりやすくなります。
プレイヤーが実際に3Dスティックで動かせるのはバードです。ジョゼットに移動してほしい場所へバードを動かし、Zトリガーで指示する。物を調べてもらいたいときも、対象へバードを合わせて働きかけます。
アイテムを使わせるときも同じです。プレイヤーが「この道具ならこう使う」と直接コマンドを入力するのではなく、アイテムをジョゼットの前へ出し、それを見た本人がどう扱うのかを待ちます。
ここで大切なのは、バードが単なるカーソルではないことです。設定上も、プレイヤーの声は直接ジョゼットへ届きません。バードがプレイヤーの意図をジョゼットへ伝え、ジョゼットの反応をこちらへ返す仲介役になっています。
A・B・Rボタンは「攻撃」ではなく、こちらの気持ちを伝えるために使う
ジョゼットが何かをしたとき、プレイヤーはその反応に対して意思表示できます。Aボタンは「いいよ」「そうだね」といった肯定、Bボタンは「ダメ」「違うよ」といった否定。Rボタンには「どちらでも」「無視」といった中間的な反応が割り当てられています。
つまり本作で頻繁に押すボタンは、主人公に技を出させるためのものではありません。目の前で起きた行動を見て、「それでいい」「それは違う」と判断するために使います。
この構造のおかげで、プレイヤーはジョゼットを動かす側というより、少し離れたところから行動を見守る側へ回ります。同時に、何を示せば意図が伝わるのか、今の反応を肯定してよいのか、と考える時間が生まれます。
「育成」はステータスを上げるだけではない
ジョゼットには体力や気力があり、お金、経過日数、実績値といった情報も画面に表示されます。けれど、本作の育成を数値上げだけで説明すると一番面白い部分を落としてしまいます。
取扱説明書では、ジョゼットが覚える行動は全部で25種類とされています。ゲームを進めるとさまざまな物を目にし、それをどう扱えばよいのか試します。最初から何でも正しく使えるわけではありません。
たとえば何かの道具を渡してみる。ジョゼットが見当違いの使い方をする。それなら否定する。別の行動を試して、こちらの意図に合った使い方ができたら肯定する。こうしたやり取りを重ねることで、ジョゼット側の知識が増えていきます。
「正解」だけでなく「やってはいけないこと」も覚える
面白いのは、単純に正解だけを暗記させる仕組みではないことです。
当時の説明書では、正しい使い方が一つとは限らない一方、プレイヤーから「それは違う」と教えられた行動については、同じ間違いを繰り返さないようになると説明されています。何かを「できるようにする」だけでなく、「これはしない方がいい」と教えることも学習の一部になっています。
だから、攻略情報を見て正解だけを順番に入力していくのと、自分で反応を確かめながら遊ぶのとでは印象がかなり違います。ジョゼットが何をするか分からない時間そのものが、ゲームの一部だからです。
後年発掘された開発資料からも「記憶」と「感情」の設計が確認できる
2021年に公開された当時の開発資料では、ジョゼットの行動を決める仕組みに加え、「理解情報」と呼ばれる記憶に関する設計や、感情パラメータを段階的に表現する考え方が残されていたことも明らかになっています。
1990年代の資料では「AI」という言葉も使われていますが、これは現在の生成AIと同じ仕組みという意味ではありません。決められたゲーム内ルール、状態、記憶情報、条件に基づいてキャラクターの反応を作るための設計です。「ChatGPTを30年前に先取りしていた」といった説明へ飛躍させる必要はないでしょう。
なぜ「自分が育てた」と感じるのか
ジョゼットがこちらの狙い通りに行動したとき、本作では少し不思議な手応えがあります。
普通のアクションゲームなら、プレイヤーがボタンを押し、主人公がその通りに動けば「自分がうまく操作した」と感じます。J2では、正解となる行動を直接入力していません。プレイヤーがしたのは、物を示したり、前の行動を評価したりするところまでです。
そのため、以前は使い方を分かっていなかった物をジョゼットが自然に扱えるようになったとき、「できた」という結果の主語が少しだけジョゼット側へ移ります。自分が動かしたのではなく、前に教えたことを彼女が覚えていたように見えるからです。
ここに、本作でキャラクターへの愛着が生まれやすい理由があります。表情が豊かだから、声が付いているから、かわいいからというだけではありません。プレイヤーの行動がいったんジョゼットの中を通り、少し時間を置いて本人の反応として返ってくる。その間があることで、画面内のキャラクターが単なる入力装置の延長ではなくなっています。
思い通りに動かないことが、面白さと遊びにくさを同時に作っている
ただし、この仕組みには当然ながら弱点もあります。
プレイヤー側では答えが分かっているのに、ジョゼットへうまく意図を伝えられない。期待した対象へ反応してくれない。状態や気分によって指示を聞いてくれない。何度か同じ誘導をやり直す。現在のゲームのように、目的のコマンドをメニューから選んで一発で実行できる設計ではありません。
そこをすべて「操作性が悪い」で片付けてしまうと、本作が目指したものまで消えてしまいます。何でも即座に言うことを聞くなら、ジョゼットはもっと便利な操作キャラクターになる一方、「自分とは別の相手」という感覚は弱くなるでしょう。
とはいえ、思い通りにならないことが毎回楽しいわけでもありません。プレイヤーがすでに解法を理解している場面でまで伝達に時間がかかると、それはコミュニケーションの面白さより反復の負担として感じられます。
J2の長所と短所は別々の場所にあるのではなく、かなりの部分が同じ仕組みから生まれています。
町で暮らし、働くことで「覚えたこと」の意味が広がる
ジョゼットとの生活は、部屋の中で延々と物の使い方を覚えさせるだけではありません。ブルーランドへ出れば人と出会い、さまざまな出来事に関わり、アルバイトもできます。
ここで効いてくるのが、それまでにジョゼットと交わしてきたやり取りです。本や道具に触れ、会話をし、行動の良し悪しを教える。その結果としてできることが増えていくため、新しい場所へ行くことが単なるマップ開放ではなく、育ててきたジョゼットを外の世界へ連れ出す感覚につながります。
一方、ゲームを進めるために必要な出来事と、自由に反応を楽しむための行動が常にきれいにつながっているわけではありません。攻略を急ぐと「何を覚えさせれば次へ進めるのか」を探すゲームにもなりやすく、自由なコミュニケーションとイベント進行の間には少なからず段差があります。
それでも、効率だけを考えず「あの物を渡したら何をするだろう」「この質問にはどう答えるだろう」と横道へそれたときほど、本作独自の反応が見えやすい。最短ルートだけを走るより、少し寄り道した方が面白さを拾いやすいゲームです。
初代『ワンダープロジェクトJ』から何が変わった?
前作から続くのは、「主人公を直接操作せず、仲介役を介して教える」という基本構造です。初代ではティンカーを動かしてピーノへ働きかけ、J2ではバードを通してジョゼットと接します。
ただ、主人公と仲介役を入れ替えただけの続編ではありません。
当時の開発者インタビューでは、前作が内部パラメータを中心にキャラクターの行動を決めていたのに対し、J2では人格やコミュニケーションをより重視したという趣旨が語られています。実際のゲームでも、ジョゼットは質問をしたり、自分から話しかけたり、機嫌を表したりする場面が増えました。
初代にも「思ったように動かない」「何を教えればよいのか分かりにくい」というところはあります。J2はそれを完全に解消したのではなく、むしろキャラクターの反応を厚くする方向へ伸ばした続編です。
操作の確実さを優先するなら、もっと直接的な仕組みにできたはずです。それでもキャラクターの側に余白を残したからこそ、前作以上に「教えている相手そのものを見る」ゲームになっています。
3Dを競ったNINTENDO 64で、大きなキャラクターアニメを前面に出した
『ワンダープロジェクトJ2』が発売された1996年は、日本でNINTENDO 64が登場した年でもあります。同じ年には『スーパーマリオ64』『パイロットウイングス64』『ウエーブレース64』など、3D空間やアナログ操作を前面へ出した作品が並びました。
その中でJ2が強く押し出したのは、ジョゼットという一人のキャラクターの動きです。
山下明彦によるキャラクターデザインをもとに、ジョゼットは大きな2Dキャラクターとして画面内をよく動きます。笑う、怒る、戸惑う、何かを試す。こうしたアニメーションは見栄えのためだけではなく、今どう感じているのか、何を理解しているのかをプレイヤーが読み取る手掛かりになっています。日髙のり子による声も、その距離を縮める要素の一つです。
ただし「N64なのに2Dのゲーム」と言い切るのも正確ではありません。本作は2Dアニメーションを表現の主役に置いていますが、3D処理を使う場面もあり、全編を一種類の描画方法だけで構成した作品ではありません。
興味深いのは、『スーパーマリオ64』が「画面内のキャラクターを思い通りに動かす」方向で新しい操作感を見せたのと同じハードで、J2はほぼ逆の関係を作ろうとしたことです。主人公を直接動かさず、その反応を観察する。N64初期のソフトとしては、ハードの新しさをかなり違う方向へ使った一本でした。
途中から、ゲームの重心は「育てる」から「物語を見る」側へ移っていく
『ワンダープロジェクトJ2』を最後まで評価するとき、無視できないのがゲーム途中での変化です。
前半では、ジョゼットへ物を試させたり、町へ出たり、会話をしたりしながら、自分なりのペースで成長を見守る時間が大きな割合を占めます。ところが物語が進むにつれ、自由に教えたり反応を試したりする遊びより、決められた展開を追うアドベンチャーとしての比重が大きくなっていきます。
後半そのものが不要という話ではありません。ジョゼットが外の世界で人々と関わってきたからこそ成立する物語もあり、キャラクターを育てるだけでは終わらない展開には本作らしい魅力があります。
ただ、前半で最も面白かった「何をするか分からない相手へ教え、反応を見て、少しずつ分かり合っていく」というループは、ゲーム全編を同じ密度で支え続けるわけではありません。後半へ進むほど、プレイヤーとジョゼットの間にあった自由な試行錯誤より、用意された物語を見る時間が前へ出てきます。
ここは、本作の独創性を高く評価しながらも、さらに上の評価へ届きにくい大きな理由です。序盤から中盤にかけて作り上げた独特な遊びを、そのまま最後まで深化させる構成だったなら、作品全体の印象はまた違ったはずです。
2026年に遊んでも面白いところ
30年前のゲームになっても、『ワンダープロジェクトJ2』の中心にある体験はかなり変わっています。
現在はキャラクターを育てるゲームそのものが珍しいわけではありません。それでも「自分では主人公を動かせない」「教えたことを相手の行動として返してもらう」という感触は、ほかのゲームへ簡単に置き換えにくいものがあります。
とくに面白いのは、効率から外れたところです。正解を知ったうえで必要行動だけ覚えさせれば進行は速くなりますが、本作らしさが見えるのは、何をするか分からない道具を渡したり、こちらから話しかけたり、ジョゼットの機嫌を眺めたりしている時間です。
攻略対象として見るより、一人のキャラクターの反応を観察するゲームとして遊んだ方が、2026年でも古びにくい魅力が見えてきます。
今遊ぶと気になるのは、操作よりも「待たされること」
一方、現在のゲームに慣れているほど負担になりやすい部分もあります。
Zトリガーへ多くの指示が集まった独特の操作、アイテムの出し入れ、ジョゼットが意図を理解してくれるまでの誘導、同じ動作をやり直す場面などは、現代のUIと比べると回りくどく感じやすいところです。
セーブも好きな場所で瞬時に行えるわけではありません。ジョゼットたちの拠点であるドルフィン号に戻り、ソファーで休む流れの中で日記へ記録します。
そして、物語が進むにつれてコミュニケーション主体だった遊びの比重が変わる構成も、人によっては物足りなさが残るでしょう。前半の仕組みが好きになったほど、「このままもっとジョゼットへ教え続けたかった」と感じやすい作りでもあります。
2010年にはiモード版も登場した
NINTENDO 64版から約13年半後の2010年4月12日には、スクウェア・エニックスからドコモのiモード向け『ワンダープロジェクトJ2 コルロの森のジョゼット』も配信されました。
こちらはN64版をそのまま携帯電話へ移しただけのものではありません。携帯版独自の会話やアクションが追加され、アニメーションも変更。キャラクターデザインを担当した山下明彦による描き下ろしイラストも収録されました。
携帯版は第1部「コミュニケーション編」と第2部「ストーリー編」に分けて販売されています。この名称は2010年版で公式に確認できる区分ですが、携帯版独自の追加・変更もあるため、本記事では1996年のN64版と同一仕様として扱っていません。
なお、配信元だった「スクエニモバイル」は2018年3月31日にサービスを終了しています。さらにドコモのFOMA/iモードも2026年3月31日に終了しているため、2010年版を現在購入できる現行移植として考えることはできません。
2026年現在『ワンダープロジェクトJ2』を遊ぶ方法
2026年9月27日時点で、任天堂のNintendo Classics公式タイトル一覧に『ワンダープロジェクトJ2』は掲載されていません。
Nintendo Switch/Nintendo Switch 2向けのNINTENDO 64 Nintendo Classicsを含め、今回確認できた現行機向けの公式配信・復刻もありません。2010年のiモード版もサービス終了済みです。
そのため、現在確実に確認できる正規のプレイ方法は、1996年発売の日本国内NINTENDO 64版を実機で遊ぶ方法です。
中古ソフトだけではセーブできない――コントローラパックが必要
実機で遊ぶ場合に最も注意したいのがセーブ環境です。
『ワンダープロジェクトJ2』はカセット内部へセーブする方式ではなく、NINTENDO 64のコントローラへ挿すコントローラパックが必要です。当時の取扱説明書にも「コントローラパックがないとデータセーブできない」と明記されています。
ゲーム開始時にはセーブ用の「日記」を3つまで用意でき、1つの日記にコントローラパックの24ページを使用します。中古でソフト単体を購入するときは、手元に使用可能なコントローラパックがあるかも確認しておいた方がよいでしょう。
N64本体を持っていても、カセットだけ買えば完全に遊ぶ準備が終わるタイトルではありません。
現行機向けの公式配信が確認できないため、実機で遊ぶ場合は1996年発売のNINTENDO 64版を探すことになります。中古在庫が中心なので、価格だけでなく箱・説明書・コントローラパックの有無や商品の状態も確認してください。
※中古商品が中心です。価格・在庫・付属品・商品の状態は各ショップの商品ページで確認してください。
独創的なのに、なぜ80点・A Tierなのか
つぶログのNINTENDO 64全ソフトTier表では、『ワンダープロジェクトJ2』を80点・A Tierとしています。
80点まで押し上げている最大の理由は、やはり「主人公を直接動かさない」という設計です。
普通なら操作の不自由さになりそうな距離を、ジョゼットへ教え、反応を見て、覚えた結果を待つ遊びへ変えた。しかもその仕組みを、会話、表情、アニメーション、記憶、感情、町での生活までつないでいます。単に変わったシステムを搭載しただけではなく、キャラクターを一人の相手に見せるための要素が同じ方向を向いているのは強いところです。
一方、上位評価へ届かない理由も、その中心システムから離れたところにはありません。
ジョゼットへ意図が伝わるまで待つ時間は愛着を生む反面、同じことを繰り返す負担にもなります。操作やUIにも独特の癖があり、現在遊ぶとテンポの遅さは無視できません。そして何より、前半で完成している「教える→反応を見る→覚える→本人の行動として返ってくる」という遊びが、最後まで同じ密度で発展し続ける構成にはなっていません。
アイデアの珍しさだけなら、もっと高い点を付けたくなる作品です。しかしゲーム全体として見ると、その独自システムが生む不便さと、後半での遊びの重心変化まで評価から外すことはできない。
| 評価 | 80点/100点 |
|---|---|
| Tier | A Tier |
| 特に強いところ | ジョゼットを直接操作せず、教えた結果を本人の行動として返すコミュニケーション設計 |
| 評価を抑えたところ | 伝達の回りくどさ、反復時のテンポ、独自のコミュニケーション主体の遊びが全編を同じ密度では支えない構成 |
強烈な独自性を持ちながら、その独自性ゆえの遊びにくさまで抱えている。80点という位置は、本作を低く見た結果ではなく、長所と弱点が同じ根から伸びている作品として見た結果です。
まとめ|直接動かせないからこそ、ジョゼット自身の行動に見える
『ワンダープロジェクトJ2』でプレイヤーがしていることを簡単に言えば、バードを通してジョゼットへ物事を教えることです。
けれど、その間にジョゼット本人の反応が入ることで、同じ「育成」でも感触が変わります。プレイヤーが入力した通りに動いたのではなく、自分が見せたもの、肯定したこと、否定したことを覚え、後になって本人が行動したように見える。その瞬間に、ジョゼットは操作キャラクターから少し離れ、「育ててきた相手」に近づきます。
もちろん、その距離は快適さだけを生みません。なかなか意図が伝わらないことも、同じ誘導をやり直すこともあります。さらに物語が進むと、序盤から中盤で強かった自由なコミュニケーションの比重も変わっていきます。
それでも30年を経て、このゲームを説明するときに真っ先に残るのはグラフィックの古さでもN64というハードでもありません。「主人公を思い通りに操作する快感」を少し手放し、その代わりに「教えた相手が自分で動いたように見える喜び」をゲームにしたことです。
現在のゲームと比べても面倒なところはあります。それでも、この不便さを全部取り除いたら『ワンダープロジェクトJ2』ではなくなってしまう。そんな長所と弱点が表裏一体になった、いま遊んでもかなり変わった一本です。