- ドリームキャストのネットは何ができた?1998年の機能と通信料金・PSO
- ドリームキャストのネットは何ができた?発売当初から使えた機能
- 1998年、電話線をゲーム機につないでインターネットへ
- ドリームパスポートとは?テレビでWeb・メール・チャットができた
- 1999年、ドリームキャストのネット対戦が本格的に始まる
- 『あつまれ!ぐるぐる温泉』が広げた、知らない人と遊ぶ楽しさ
- ネット通販までできた|ドリームキャストダイレクトの登場
- 2000年、ドリームライブラリで昔のゲームをダウンロードできた
- ドリームパスポート3で広がったネット上のコミュニケーション
- テレビ電話もできた?ドリームアイと通信カラオケの意外な機能
- 2000年12月、『ファンタシースターオンライン』がゲームの遊び方を変えた
- ドリームキャストのネット料金はいくらだった?無料ではなかったのか
- ブロードバンドアダプタで高速回線にも対応した
- ドリームキャストのネットはなぜ未来を先取りしていたのか
- ドリームキャストのネットサービスはいつ終了した?
- 2026年現在、ドリームキャストでネット接続やオンライン対戦はできる?
- ドリームキャストが残したのは「ネットにつながるゲーム機」という発想だった
- まとめ|1998年のドリームキャストは、ゲームの外にも世界を広げていた
ドリームキャストのネットは何ができた?1998年の機能と通信料金・PSO

1998年11月27日、セガから発売されたドリームキャスト。
このゲーム機が持っていた大きな特徴のひとつが、インターネットに接続できることでした。
今ならゲーム機がネットにつながるのは当たり前です。オンライン対戦も、ゲームのダウンロード購入も、フレンドとのメッセージのやり取りも珍しくありません。
しかし、ドリームキャストが登場した1998年は違いました。
家庭のテレビにゲーム機をつなぎ、電話回線を接続すると、ホームページを見られる。メールを送れる。チャットで遠くの人と話せる。
そして1999年以降、ネット対戦、オンライン上の交流、ゲームのダウンロード配信、ネット通販、さらにはテレビ電話や通信カラオケへと、その世界は広がっていきました。
ただし、これらが発売初日からすべて利用できたわけではありません。
ドリームキャストのネット機能は、発売時点ですでに存在したものと、その後の数年間で追加されたサービスを分けて見ると、面白さがよく分かります。
今回は当時のセガの公式資料や発売直後の実機検証、サービス開始・終了時の報道をもとに、1998年から始まったドリームキャストのネット生活を振り返ります。
ドリームキャストのネットは何ができた?発売当初から使えた機能
結論からいうと、1998年11月の発売時点で、ドリームキャストは一般のホームページ閲覧、電子メールの送受信、リアルタイムチャットに対応していました。
その後、対応ゲームやネットサービスの登場によって、通信対戦、協力プレイ、ネット通販、旧作ゲームの配信なども楽しめるようになりました。
主な機能を開始時期と一緒に整理すると、次のようになります。
| 機能・サービス | 利用できるようになった時期 | 具体的にできたこと |
|---|---|---|
| ホームページ閲覧 | 1998年11月 | ブラウザからWebサイトにアクセス |
| 電子メール | 1998年11月 | メールアドレス取得、送受信、アドレス帳 |
| チャット | 1998年11月 | IRC方式のチャットルームで会話 |
| 通信対戦 | 1999年1月 | 『セガラリー2』などで遠隔対戦 |
| WebTV | 1999年4月 | 別サービスを利用したテレビ向けネット閲覧 |
| ネット通販 | 1999年4月 | ゲームソフトや周辺機器の注文・予約 |
| オンライン交流ゲーム | 1999年9月 | 『あつまれ!ぐるぐる温泉』で遊びながら交流 |
| 旧作ゲーム配信 | 2000年5月 | メガドライブやPCエンジンのゲームをレンタル配信 |
| テレビ電話・ビデオメール | 2000年9月 | 別売りのドリームアイを利用 |
| オンライン協力RPG | 2000年12月 | 『ファンタシースターオンライン』で最大4人の冒険 |
| 通信カラオケ | 2001年3月 | ネットから演奏データを受信してカラオケ |
これだけでも、ドリームキャストが単に通信対戦用の機能を付けたゲーム機ではなかったことが分かります。
セガが目指していたのは、ゲーム機をインターネットにつながる家庭用端末にすることでした。
そして注目したいのは、当時のインターネットが、現在のように誰もが常時接続して使うものではなかった点です。
1998年、電話線をゲーム機につないでインターネットへ
ドリームキャストは、1998年11月27日に29,800円で発売されました。
通信機能の中心となったのが、本体に標準装備された33.6kbpsのアナログモデムです。
33.6kbpsは、理論上の通信速度で毎秒33,600ビットという意味です。現在の光回線やスマートフォンの通信速度と比較すれば極めて低速ですが、当時はこうした電話回線を使ったダイヤルアップ接続が一般的でした。
ドリームキャストの特徴は、別売りの通信機器を買わなくても、モデムが最初から本体に備わっていたことです。
ゲームを遊ぶために購入した本体が、そのままインターネットを利用するための機械にもなりました。
接続には電話回線とプロバイダーが必要だった
ただし、モデムが付いているだけで自動的にネットが使えたわけではありません。
当時の基本的な接続手順は、ドリームキャストのモデム部分に電話用のモジュラーケーブルを接続し、通信ソフトを起動してユーザー登録や接続設定を行うというものでした。
プロバイダーとは、インターネットへ接続するためのサービスを提供する事業者のことです。
ドリームキャストでは、セガが用意した「SEGA PROVIDER」を利用できたほか、契約済みの他社プロバイダーを設定することもできました。
初期設定では電話のダイヤル方式や外線発信番号を入力する項目もあり、現在のWi-Fi接続とは違った準備が必要でした。
さらに接続中は、通常のアナログ電話回線を占有します。同じ回線で家庭の電話を使うことはできません。
ネットを利用するときだけ電話をかけるように接続し、終わったら切断する。
ドリームキャストのインターネット生活は、そんな時代の仕組みの上に成り立っていました。
発売直後はユーザー登録につながらないこともあった
実際、発売当初の通信環境は必ずしも順調ではありませんでした。
1998年11月30日付のINTERNET Watchによる実機検証では、発売日の11月27日にユーザー登録を試みた際、接続がうまくいかなかった様子が記録されています。
サーバーが話し中になったり、電話線やモデムの設定を確認するよう表示されたりして、すぐには登録できなかったのです。
当時セガ側のユーザー登録用サーバーに問題があり、一部で登録できなくなる不具合が発生していました。その後、問題は解消されています。
ゲーム機でネットが使えるという新しさの一方で、接続先のサーバーや通信回線も含めて、まだ発展途上だったことが伝わる出来事です。
ドリームパスポートとは?テレビでWeb・メール・チャットができた
ドリームキャストの初期インターネット機能を支えたのが、付属の通信ソフト「Dream Passport(ドリームパスポート)」です。
ゲームソフトと同じようにディスクをセットして起動すると、Web閲覧、メール、チャットなどの機能を利用できました。
当時の実機検証によると、初期のホーム画面には「dricas」「ゲーム情報」「メール」「チャット通信」「ユーザー情報」「おすすめ」「オプション」「課金情報」という8つの項目が用意されていました。
ゲーム機の画面に、インターネットを利用するためのメニューが並んでいたわけです。
ホームページを見られた|ゲームの公式サイト以外にもアクセス可能
ドリームパスポートのブラウザでは、セガの公式サイトやドリームキャスト向けの情報ページだけでなく、一般のWebサイトも閲覧できました。
URLを指定すれば、外部のホームページにもアクセスできます。
1998年11月の実機検証では、実際にINTERNET Watchのホームページが表示されています。
操作方法も独特でした。
十字方向ボタンでリンクを選び、Aボタンで決定。アナログ方向キーで画面をスクロールします。Lトリガーからメニューを呼び出してURLを入力することもできました。
当時のWebページは、現在のようなスマートフォン向け表示を前提に作られていません。
そのため、ドリームキャストのテレビ画面では文字やページの横幅が大きくなり、左右にスクロールしなければ読めない場合もありました。
JavaやShockwaveなど、初期ブラウザでは対応していない技術もあります。
それでも、パソコンを起動せず、ゲーム機とテレビだけで一般のホームページを見られたことは大きな特徴でした。
当時のWebには、個人が趣味で作ったホームページ、ゲーム攻略情報、掲示板、日記、リンク集などが存在しました。
ドリームキャストで閲覧できたページはブラウザの対応範囲に左右されましたが、そうしたインターネットの世界へゲーム機からアクセスできる入口が用意されていたのです。
1990年代のWebがどんな姿だったのかについては、つぶログの今も生きている日本最古級の個人ホームページを探す記事でも詳しく紹介しています。
メールアドレスを取得して電子メールを送れた
ドリームキャストでは、自分の電子メールアドレスを取得して、メールを送受信することもできました。
初期のユーザー登録では「dricas.com」を使ったメールアドレスが案内されていました。
当時の実機検証では、希望するアカウント名を登録する仕組みや、実際にはサーバー名を含む形式のアドレスが発行されたことも記録されています。
メール機能にはアドレス帳もあり、受信したメールを読むだけでなく、文章を書いて相手へ送信することができました。
ただし、初期の仕組みには制約もありました。
- メールのサーバー保存容量は1MB
- 新着メールの件名を確認してから本文を取得する方式
- 送信メールを保存する機能は未搭載
- 初期のメール機能は添付ファイルに非対応
- 別売りのビジュアルメモリに受信メールを保存可能
現在のメールサービスと比べれば不便ですが、ゲーム機だけでメールアドレスを取得し、文章を送れること自体が当時の特徴でした。
特にビジュアルメモリへ受信メールを保存できた点は、ドリームキャストらしい機能といえるでしょう。
ビジュアルメモリは小型液晶画面を備えたメモリーカードで、ゲームデータの保存だけでなく、対応コンテンツを持ち運ぶ使い方も想定されていました。
IRCチャットでパソコンの利用者とも会話できた
メール以上に、インターネットの向こうに人がいることを実感できたのがチャット機能です。
初期のドリームパスポートはIRC方式のチャットに対応していました。
IRCとは、インターネット上のサーバーに接続し、複数の人が同じ会話室でリアルタイムに文章をやり取りする仕組みです。
チャットを始める際はニックネームなどを設定し、サーバーへ接続して会議室を選びます。会議室は自分で開設することもできました。
1998年11月の実機検証では、発売直後から複数の会議室が存在していたことが分かります。
さらに興味深いのが、ドリームキャスト専用の閉じたチャットだけではなかった点です。
通常のIRCサーバーを利用していたため、パソコン用のIRCクライアントから同じ会議室に参加することも可能でした。
実機検証でも、ドリームキャストとパソコンの間でチャットできたことが確認されています。
ゲーム機の利用者とパソコンの利用者が、同じインターネット上で会話できた。
これは、ドリームキャストの通信機能を語るうえで見逃せない特徴です。
文字入力にはキーボードが欲しくなった
もちろん、コントローラーで長い文章を入力するのは簡単ではありません。
ドリームパスポートには画面上のソフトウェアキーボードが用意されていたため、別売りのキーボードがなくても文字入力はできました。
しかし、メールならまだしも、相手の発言が次々と表示されるチャットでは入力速度が重要になります。
当時の実機検証でも、チャットを本格的に楽しむならキーボードが欲しいという評価が示されています。
セガは専用キーボードも用意しており、後にはマウスなどを組み合わせたインターネットスターターキットも登場しました。
こうして見ると、ドリームキャストはゲーム機でありながら、使い方によっては簡易的なインターネット端末のような姿にもなったのです。
1999年、ドリームキャストのネット対戦が本格的に始まる
ドリームキャストは発売時からインターネットに接続できましたが、ネットにつながることと、最初から通信対戦ゲームが揃っていることは別の話です。
発売日の1998年11月27日に登場したゲームは『バーチャファイター3tb』『ゴジラ・ジェネレーションズ』『ペンペントライアイスロン』『July』の4作品でした。
セガが公式のハード史で初の通信対戦対応タイトルとして紹介しているのは、翌1999年1月28日発売の『セガラリー2』です。
『セガラリー2』|全国の相手とレースで競う
『セガラリー2』は、アーケードで人気を集めたラリーゲームのドリームキャスト版です。
家庭用ではチャンピオンシップやタイムアタックなどに加え、通信回線を使ったネットワークバトルにも対応しました。
日本版には最大4人で通信対戦できるモードが搭載されており、遠く離れたプレイヤーとレースを楽しめました。
ここで重要なのは、通信機能が単なるランキング登録ではなく、リアルタイムの対戦に使われていたことです。
現在ではオンラインでほかのプレイヤーと競うことは珍しくありませんが、1999年当時、家庭用ゲーム機で通信対戦を行うには回線速度や通信料金などの制約がありました。
それでも、ゲームセンターや友人の家へ行かずに、離れた相手と同じレースを走れるようになったことには大きな意味があります。
なお、『セガラリー2』の通信対戦機能は地域によって内容が異なります。日本版に搭載されたネットワーク対戦は、北米版や欧州版では同じように利用できる仕様ではありませんでした。
海外版の情報をそのまま日本版に当てはめると誤解しやすい作品です。
『フレームグライド』など、対戦の幅も広がった
1999年には、フロム・ソフトウェアの『フレームグライド』も登場しました。
ロボット同士の戦闘を中心としたアクションゲームで、ネットワーク対戦にも対応しています。
さらに『電脳戦機バーチャロン オラトリオ・タングラム』など、ネットワーク機能を活用するゲームが増えていきました。
ここで注意したいのは、パッケージに「ネット対応」と書かれていても、すべてがリアルタイム通信対戦を意味するわけではないことです。
ドリームキャスト時代には、対戦だけでなく、ランキングの送信、追加データの取得、公式情報の閲覧など、さまざまな用途でネットが使われました。
つまり、ゲームそのものにインターネットを組み込む方法を、各メーカーが模索していた時期でもあったのです。
『あつまれ!ぐるぐる温泉』が広げた、知らない人と遊ぶ楽しさ
ドリームキャストのネット生活を語るうえで、『セガラリー2』と並んで重要なのが、1999年9月23日に発売された『あつまれ!ぐるぐる温泉』です。
この作品は、トランプ、麻雀、将棋、占いなどを題材にしたオンライン対応のテーブルゲームでした。
最大の特徴は、ゲームの勝ち負けだけでなく、プレイヤー同士の交流を重視していたことです。
ネットワーク上では、チャットや名刺交換を通じてほかのユーザーと交流できました。
ゲームを始める前に会話したり、遊びながら相手とやり取りしたりする。そんな時間もゲームの一部になっていたのです。
これは、単に通信対戦ができるという話とは少し違います。
『セガラリー2』の通信対戦では、離れた相手と競えることが中心でした。
一方、『あつまれ!ぐるぐる温泉』では、誰かと一緒に過ごす場所そのものが、ネットワーク上に用意されていました。
2001年1月には、セガが『セガ マリンフィッシング』と合同でネット上のイベントを実施しており、こうした企画も当時のオンラインゲーム文化の一部でした。
顔も知らない相手とゲームで出会い、名前を覚え、チャットを交わす。
今ではオンラインゲームのロビーやコミュニティで当たり前に行われていることですが、ドリームキャストでは1999年の段階で、こうした体験を家庭用ゲーム機に取り入れていたのです。
ネット通販までできた|ドリームキャストダイレクトの登場
ドリームキャストのインターネットは、ゲームを遊ぶためだけのものではありませんでした。
1999年4月27日、セガは「ドリームキャストダイレクト」というインターネットショッピングサービスを開始しました。
ドリームキャストから本体、周辺機器、ゲームソフトなどを注文できる仕組みです。
サービス開始時の商品数は約50点。最初はセガが製造・販売する商品を中心に扱い、取扱商品の拡大も計画されていました。
新作ゲームを予約し、発売日に自宅へ届けてもらうサービスも用意されていました。
決済はクレジットカードや代金引換に対応。ドリームキャストから利用するユーザー向けには、郵便振替やコンビニエンスストアでの後払いも用意されていました。
当時は現在のようにスマートフォンから簡単に通販サイトを開く時代ではありません。
ゲーム機で商品の情報を見て、予約し、自宅へ届けてもらうという流れそのものが、インターネットの新しい使い方でした。
ゲームソフトは店頭で買うものという習慣が強かった時代に、家庭用ゲーム機から買い物をする入口を作っていた点は、ドリームキャストの先進性を示す出来事です。
WebTVにも対応|テレビでネットを使う選択肢が増えた
1999年4月23日には、ドリームキャスト向けのWebTV接続キットの配布と、対応サービスの提供も始まりました。
WebTVは、家庭のテレビを使ってインターネットへ接続することを想定したサービスです。
ドリームキャストの標準ブラウザとは別のサービスで、当時発表された料金は月15時間まで2,000円、超過分が1分5円でした。
標準のドリームパスポートだけが唯一の選択肢ではなく、ゲーム機をインターネット端末として使うための別サービスまで存在していたのです。
2000年、ドリームライブラリで昔のゲームをダウンロードできた
現在のゲーム機では、過去のゲームをダウンロードして遊ぶことも珍しくありません。
ドリームキャストは2000年、その仕組みに通じるサービスも展開していました。
それが「ドリームライブラリ」です。
2000年5月に始まったこのサービスでは、メガドライブやPCエンジン向けに発売されたゲームをダウンロードして楽しめました。
セガ以外のメーカーのタイトルも提供対象となり、昔のゲームを新しいハード上で遊ぶ仕組みとして注目されました。
ただし、現在のダウンロード購入と同じ仕組みではありません。
買い切りではなく、一定期間遊べるレンタル方式
当初のドリームライブラリでは、料金を支払うと一定期間ゲームを利用できるレンタル方式が採用されていました。
サービス開始前の案内では、150円で2日間利用できる料金例が示されています。
ゲームのデータはドリームキャストのメモリに読み込んで実行し、電源を切ると保持されない仕組みでした。
利用期間内であれば再ダウンロードでき、対応するゲームの進行状況はビジュアルメモリへ保存することもできました。
ゲームを購入して自分のライブラリに永久保存するのではなく、利用権を借りて遊ぶ方式だった点が特徴です。
現在の定額制ゲームサービスやクラシックゲーム配信とは料金体系も利用条件も異なりますが、家庭用ゲーム機がネット経由で過去のゲームを提供するという発想は共通しています。
ドリームライブラリは一度停止し、その後再開していた
ドリームライブラリの歴史は、2000年に始まって終わりという単純なものではありません。
2000年12月には、ブロードバンド対応などを理由としてサービスの一時停止が発表されました。
その後、2001年には「DreamPassport PREMIER」の提供に合わせて再開しています。
最終的には2002年12月31日にダウンロード権の販売を終了し、2003年1月31日に専用サイトが閉鎖されました。
ゲーム機で昔のゲームをダウンロードできるという取り組みは早かったものの、サービスを安定して長期間提供することには難しさもあったと分かります。
ドリームパスポート3で広がったネット上のコミュニケーション
ドリームパスポート自体も、発売当初のままではありませんでした。
新しいバージョンが登場するたびに、ブラウザやコミュニケーション機能が拡張されていきました。
2000年に登場した「ドリームパスポート3」では、インスタントメッセージ機能「ch@b talk」や、同じWebページを見ている人と交流する「どこでもチャット」などが注目されました。
ch@b talkは、チャットルームに集まる従来のIRC方式とは異なり、利用者同士が個別に連絡を取るための仕組みです。
どこでもチャットは、Webページを閲覧する体験に会話を組み合わせるというものでした。
初期のドリームパスポートでは、ホームページを見ることと、チャットをすることは別々の機能として用意されていました。
それが次第に、同じページを見ている人と会話する、知り合いにメッセージを送るといった、ネット上の活動をつなぐ方向へ広がっていったのです。
なお、ドリームパスポート3の機能を1998年発売時の初代ドリームパスポートにさかのぼって紹介するのは正確ではありません。
発売初期と後期では、ドリームキャストでできるネット上の行動が増えていました。
テレビ電話もできた?ドリームアイと通信カラオケの意外な機能
ドリームキャストのネット生活は、ブラウザとゲームだけにとどまりません。
2000年以降には、映像を使った会話や通信カラオケといった、より生活に近いサービスにも広がっていました。
ドリームアイ|2000年にテレビ電話やビデオメールへ対応
2000年9月14日、セガはドリームキャスト用周辺機器「ドリームアイ」を発売しました。
価格は14,800円。31万画素のCMOSセンサーを搭載したカメラで、単体ではデジタルカメラとしても使える製品です。
ドリームキャストに接続すると、対応環境で相手の映像を見ながら会話するビデオチャットが利用できました。
撮影した写真を加工して送るフォトメールや、音声・動画を送るビデオメールにも対応していました。
今ならビデオ通話はスマートフォンやパソコンで簡単にできますが、ドリームアイは2000年の家庭用ゲーム機で、映像を使ったコミュニケーションを実現するための製品でした。
もちろん、ドリームキャスト本体を購入するだけで誰でもテレビ電話ができたわけではありません。別売りのドリームアイと、対応する通信環境が必要です。
ドリームキャスト・カラオケ|ネットから曲を受信して歌えた
さらに2001年3月29日には、「ドリームキャスト・カラオケ」が登場しました。
ネットワークカラオケ「セガカラ」を家庭で楽しむための周辺機器で、価格は9,800円でした。
カラオケサーバーへ接続して演奏データをダウンロードし、自宅で歌うことができました。
当時の公式資料では、1万6,000曲以上に対応していたことが案内されています。
さらに採点結果をサーバーへ保存し、全国採点や楽曲ごとのハイスコア情報を確認する機能もありました。
ドリームアイを接続して、カラオケ中の映像を表示することもできました。
ゲーム機がネットにつながることで、レースやRPGだけでなく、自宅で歌う娯楽にまで使い道が広がっていたのです。
2000年12月、『ファンタシースターオンライン』がゲームの遊び方を変えた
ドリームキャストのオンラインゲームを代表する作品といえば、やはり『ファンタシースターオンライン(PSO)』でしょう。
日本での発売日は2000年12月21日です。
ドリームキャスト本体の発売から約2年が経過していました。
つまり、『PSO』は1998年の発売当初から存在したネット機能ではなく、その後のネットワーク展開を象徴する作品です。
離れた4人が同じ世界で冒険できた
『ファンタシースターオンライン』では、最大4人のプレイヤーがオンラインで協力し、敵と戦いながら冒険を進めることができました。
キャラクターを作り、装備を整え、仲間と一緒に冒険する。敵を倒してアイテムを探し、さらに強い敵へ挑んでいく。
一人で遊ぶこともできましたが、オンラインに接続すると、ほかのプレイヤーと同じ世界を共有する楽しさが生まれました。
知らない相手と協力して強敵を倒す。仲間と何度も冒険する。ゲームの目的だけでなく、そこで出会った人との関係もプレイを続ける理由になります。
この体験は、ドリームキャスト以前からパソコンのオンラインゲームで存在していたものの、家庭用ゲーム機のユーザーにとっては大きな変化でした。
『PSO』は、そうしたネット上の共同冒険を家庭用ゲーム機で広く知らしめた代表作のひとつです。
言葉が違っても交流できる工夫があった
『PSO』には、初めてオンラインRPGを遊ぶユーザーを意識したコミュニケーション機能も用意されていました。
代表的なのが「ワードセレクト」と「シンボルチャット」です。
ワードセレクトは、あらかじめ用意された言葉を選択することで、多言語での意思疎通を助ける仕組みでした。
シンボルチャットは、絵や記号を組み合わせた表現で気持ちや意思を伝える機能です。
文字入力の速度に制約があり、言語が異なるプレイヤーもいるオンライン環境で、会話しやすくする工夫が取り入れられていました。
ドリームパスポートのチャットでは、キーボードで素早く文章を打つことが重要でした。
それに対して『PSO』では、ゲームを遊びながら意思を伝えるための独自の仕組みが用意されていたのです。
『PSO』は通信対戦ではなく、協力して過ごすゲームだった
ドリームキャストのオンラインゲームを年代順に見ていくと、その変化がよく分かります。
1999年の『セガラリー2』では、離れた相手と競うことが大きな目的でした。
同年の『あつまれ!ぐるぐる温泉』では、ゲームを遊びながら人と交流する場が生まれました。
そして2000年の『PSO』では、仲間と同じ世界で冒険し、協力して戦い、何度も一緒に遊ぶことが中心になりました。
わずか2年ほどの間に、ドリームキャストのオンラインゲームは異なる方向へ広がっていたのです。
ほかにもどんな作品が発売されたのか知りたい場合は、つぶログのドリームキャスト全463作品Tier表で、国内発売タイトルを年代別に振り返ることができます。
ドリームキャストのネット料金はいくらだった?無料ではなかったのか
ここまで紹介してきたネット機能には、現在の感覚では見落としやすい問題があります。
通信料金です。
1998年当時、ネットを利用するためには、インターネット接続サービスの料金と、電話回線の料金を考える必要がありました。
さらにオンラインゲームでは、作品やサービスによって別の利用料金が設定される場合もありました。
発売当初のSEGA PROVIDERは1分5円だった
1998年11月の実機検証で確認できる「SEGA PROVIDER」の基本料金は、1分5円の従量制でした。
1分5円なら、30分で150円、1時間で300円です。
ただし、これはプロバイダーの接続料だけを計算したものです。電話会社の通話料などは別に考える必要があります。
また、発売当初から一切の無料期間がなかったわけでもありません。
初期の案内では、ユーザー登録後に120分の無料接続時間があり、発売記念キャンペーンとして1998年12月26日まで接続料が無料になる仕組みも用意されていました。
この無料扱いはSEGA PROVIDERの接続料についての説明であり、当時の電話回線の通話料まで一律無料だったという意味ではありません。
| 料金の種類 | 1998年発売当初の考え方 |
|---|---|
| SEGA PROVIDER接続料 | 原則1分5円の従量制 |
| 登録特典 | 120分の無料接続時間 |
| 発売記念キャンペーン | 1998年12月26日まで接続料無料の案内 |
| 電話回線の通話料 | 電話契約・接続先などに応じて別途発生 |
| ゲームごとの利用料 | サービスごとに異なる。1998年時点では後年の対応作は未発売 |
ここで大切なのは、1998年発売時の料金体系を、ドリームキャストが販売されていた全期間に当てはめないことです。
1999年以降はキャンペーンや接続サービスの内容が変化しており、2000年にはISAOが定額制や条件付き無料コースも展開しました。
そのため、「ドリームキャストのネットはずっと1分5円だった」という説明は正確ではありません。
WebMoneyで利用時間を購入する仕組みもあった
発売当初のSEGA PROVIDERでは、無料接続時間を使い終えた後、WebMoneyを使って接続時間を前払いで購入する方式が案内されていました。
現在のゲーム内通貨やオンライン決済に似ている部分もありますが、購入していたのはインターネットへ接続するための時間です。
通信時間を意識しながらネットを利用する必要があった点は、現在との大きな違いでしょう。
電話料金を気にしながら遊ぶ時代だった
ネットに接続している間、通信時間は進みます。
ホームページを読んでいる時間も、チャットで返事を考えている時間も、接続を切らなければ通信時間に含まれます。
当時は電話料金の体系や接続先によって負担が変わるため、利用時間を気にする必要がありました。
もちろん、すべての家庭で高額な電話代が発生していたわけではありません。無料キャンペーン、利用する回線、プロバイダー、接続時間によって実際の負担は異なります。
それでも、インターネットを利用するために毎回接続し、終わったら切断するという習慣は、当時のネット体験を理解するうえで欠かせません。
ブロードバンドアダプタで高速回線にも対応した
ドリームキャストは、最後まで33.6kbpsのモデムだけを使うゲーム機だったわけではありません。
2000年には、別売りの「ブロードバンドアダプタ」が登場しました。
ドリームキャストのモデム部分は取り外せる構造になっており、その部分をブロードバンドアダプタに交換することで、LANケーブルを使った接続が可能になります。
セガの公式周辺機器資料では、10BASE-Tに対応したアダプタとして紹介されています。
10BASE-Tは最大10MbpsのEthernet規格です。ただし、この数値はネットワークインターフェースの規格上の速度であり、インターネット上の実効通信速度を保証するものではありません。
このアダプタによって、当時広がり始めていたADSLやCATVなどの接続環境を利用する道が開かれました。
もっとも、アダプタを装着すればすべてのオンライン対応ソフトが高速回線で利用できたわけではありません。
ゲームや通信ソフトごとに対応状況が異なり、モデム利用を前提とした機能がそのまま使えない場合もありました。
『ファンタシースターオンライン』のように対応したゲームはありましたが、ネット対応タイトル全体が一斉にブロードバンド化されたわけではない点に注意が必要です。
ドリームキャストのネットはなぜ未来を先取りしていたのか
ドリームキャストのネット機能を振り返るとき、「世界で初めてネットができたゲーム機」と説明されることがあります。
しかし、ゲーム機の通信機能そのものはドリームキャスト以前から存在していました。
セガもメガドライブ時代から通信サービスに挑戦しており、セガサターンには通信機能を利用するための周辺機器が存在しました。
したがって、ドリームキャストの価値は、単純に「通信機能が世界初だった」とすることでは説明しきれません。
重要だったのは、インターネット接続用モデムを標準搭載し、ブラウザ、メール、チャット、オンラインゲーム、関連サービスをまとめて展開しようとしたことです。
従来のゲーム機で通信を楽しむには、追加機器や限られたサービスを利用する必要がありました。
ドリームキャストでは、インターネットに接続することが本体の基本設計に組み込まれていました。
ゲームを遊ばない時間にも使えるゲーム機だった
ゲーム機は、ゲームソフトを起動して遊ぶためのもの。
その考え方に、ドリームキャストは別の可能性を加えました。
ゲームを遊ばない時間にホームページを見る。友人から届いたメールを読む。チャットで誰かと話す。新作ソフトを予約する。
こうした行動は、ゲームの攻略や勝敗とは直接関係ありません。
それでも、テレビの前でゲーム機を使い続ける理由になりました。
ドリームキャストが目指していたのは、ゲームソフトを入れたときだけ役立つ機械ではなく、家庭のネットワーク生活にも参加する機械だったと考えられます。
ゲームソフトの発売後もネット上で世界が続くようになった
もうひとつの変化は、ゲームソフトを買った後の楽しみ方です。
従来の家庭用ゲームでは、基本的にパッケージに収録された内容を遊ぶことが中心でした。
しかしネット対応ゲームでは、ランキング、追加データ、オンラインイベント、対戦相手、協力する仲間など、購入後もネットワークを通じて変化する要素が生まれました。
特に『PSO』では、同じゲームソフトを持っていても、誰と一緒に遊ぶかによって体験が変わります。
家庭用ゲームの価値が、パッケージに収録されたデータだけでなく、接続先のサービスやコミュニティによって広がっていくようになったのです。
一方で、先進的な機能があれば売れるわけではなかった
ただし、ドリームキャストのネット機能が先進的だったことと、ハードの販売が成功したことは同じではありません。
セガは2001年1月31日に、ドリームキャストの製造中止と家庭用ハード事業の方針転換を発表しました。
背景には、本体供給の問題、競合機との販売競争、広告宣伝費、価格改定など、複数の事情がありました。
セガの公式ハード史でも、プロバイダーなど従来のゲーム機にはなかった周辺環境の整備費用が、事業上の負担の一部になったことが説明されています。
ネットにつながるゲーム機を売るには、本体を製造するだけでは足りません。
接続サービス、通信環境、サーバー運営、ユーザーサポート、オンラインゲームの開発など、さまざまな仕組みを維持する必要があります。
ドリームキャストのネット機能は未来を先取りしていた一方で、その未来を実現するための事業や運営の難しさも抱えていたのです。
ドリームキャストのネットサービスはいつ終了した?
ドリームキャストの製造中止が発表されたのは2001年ですが、ネットサービスが同じ日にすべて終了したわけではありません。
オンラインゲームやネット配信のサービスは、それぞれ異なる時期に終了しています。
| ゲーム・サービス | 終了時期 | 補足 |
|---|---|---|
| 『セガラリー2』公式通信対戦 | 2001年2月28日 | 当時のセガによる終了案内 |
| 初代『あつまれ!ぐるぐる温泉』 | 2001年9月23日 | 続編とは別のネットワークサービス |
| ドリームライブラリ | 2002年12月31日 | ダウンロード権販売終了。サイト閉鎖は2003年1月31日 |
| DC版『PSO』シリーズ | 2007年3月31日 | セガの公式ネットワークサービス終了 |
特に注目したいのは、『ファンタシースターオンライン』の公式ネットワークサービスが2007年3月31日まで続いたことです。
ドリームキャスト本体の製造が終了した後も、約6年にわたって公式オンラインサービスが続いていました。
セガは2006年5月からドリームキャスト版『PSO』のサービス利用料を無料化しており、終了までプレイヤーが接続できる環境を維持していました。
ゲーム機の製造終了と、ネットワーク上の遊びが終わる時期は別だったのです。
2026年現在、ドリームキャストでネット接続やオンライン対戦はできる?
2026年10月現在、ドリームキャストで利用されていたセガの主要な公式ネットワークサービスは終了しています。
当時のメールサービスやゲームサーバーへ、購入当時と同じ手順で接続できるわけではありません。
また、古いブラウザには現在のWebサイトで使われる暗号化通信や新しいWeb技術に対応できない問題があります。
2025年12月には、ドリームキャストの古いWebブラウザからGoogleへのアクセスができなくなったことも報じられました。
そのため、「モデムが付いているから、今でも普通にインターネットができる」と考えるのは正確ではありません。
ファンによってオンライン機能が復旧した作品もある
一方で、現在もオンラインプレイを実現しようとするファンコミュニティは存在します。
代表的なのが、ドリームキャストのネットワーク機能の復旧に取り組んでいる「Dreamcast Live」です。
2026年9月10日には、日本版『セガラリー2』のオンライン機能が復旧したことが発表されました。
1999年に登場した通信対戦ゲームが、27年以上の時を経て、再びオンラインで遊べるようになったのです。
ただし、これはセガの公式サービスが再開したという意味ではありません。
また、対応するソフト、専用の接続環境、設定などが必要であり、ドリームキャストをそのまま家庭のルーターにつなぐだけで利用できるものではありません。
非公式サーバーへの対応状況は作品ごとに異なり、現在遊べる作品や接続方法も変更される可能性があります。
2026年現在の状況としては、「公式のネットサービスは終了しているが、一部のゲームではファンによる非公式なオンライン復旧が進んでいる」と理解するのが適切です。
ネットが終わっても遊べる部分は残っている
オンラインサービスが終了したからといって、ドリームキャストのゲームがすべて遊べなくなったわけではありません。
パッケージ内に収録されたオフラインモードや一人用ゲームなどは、ソフトと本体が正常に動作し、必要な周辺機器が揃っていれば、現在でも利用できる作品があります。
例えば『PSO』は一人用のプレイにも対応していました。
ただし、オンライン専用機能、配信サービス、当時のサーバーに依存するデータは、公式サービス終了後にそのまま再現できるとは限りません。
昔のドリームキャスト用ゲームを今から遊ぶ場合は、オンライン対応の有無だけでなく、オフラインでどこまで楽しめるのかを確認することが重要です。
ドリームキャストが残したのは「ネットにつながるゲーム機」という発想だった
ドリームキャストのネット生活を振り返ると、1998年から2001年までの短い期間に、驚くほど多様な試みが行われていたことが分かります。
最初はホームページを見て、メールを送り、チャットで会話するところから始まりました。
1999年には、全国の相手とレースで競い、テーブルゲームで知らない人と交流するようになりました。
2000年には、過去のゲームをダウンロードして遊ぶサービスや、映像を使ったコミュニケーションが加わります。
そして『ファンタシースターオンライン』が、離れた人と同じ世界を冒険する楽しさを家庭用ゲーム機で広く知らしめました。
2001年には通信カラオケまで登場しています。
もちろん、どのサービスも現代のものと同じように快適だったわけではありません。
接続には電話回線が必要で、通信時間によって料金が変わり、文字入力や画面表示にも制約がありました。
ネット対応ソフトのすべてが通信対戦に対応していたわけでもなく、ゲームによっては追加料金や専用機器も必要でした。
それでも、ゲーム機をインターネットにつなぐことで、ソフトを買った後にも新しい体験が生まれるという考え方は、確実に形になっていました。
現在の家庭用ゲーム機では、ゲームのダウンロード、オンライン対戦、フレンドとの交流、追加コンテンツの配信などが広く利用されています。
それらすべてがドリームキャストから始まったわけではありませんが、ドリームキャストは家庭用ゲーム機とインターネットの関係を大きく広げた重要な存在でした。
ゲーム機がネットにつながることで何が変わってきたのか、ほかのハードとの関係も含めて振り返りたい場合は、つぶログの日本家庭用ゲーム史アトラスでも歴代ゲーム機の流れを整理しています。
まとめ|1998年のドリームキャストは、ゲームの外にも世界を広げていた
ドリームキャストが発売された1998年、すでにできたのはホームページの閲覧、メールの送受信、リアルタイムチャットでした。
その後、『セガラリー2』の通信対戦、『あつまれ!ぐるぐる温泉』のオンライン交流、『ファンタシースターオンライン』の協力プレイなどによって、遠くの人と一緒に遊ぶ体験が広がりました。
さらにネット通販、旧作ゲームの配信、テレビ電話、通信カラオケまで用意され、ゲーム機の使い方はソフトを遊ぶだけではなくなりました。
通信料金や回線速度、サービス運営など、当時ならではの難しさは確かにありました。
セガの公式ネットワークサービスは現在では終了しています。それでも2026年には一部タイトルのオンライン機能がファンの手で復旧するなど、その取り組みは今も語り継がれています。
1998年、テレビの前に座ってゲーム機からインターネットへ接続する。
ホームページを開き、メールを送り、画面の向こうにいる誰かと会話する。そして数年後には、その相手と一緒に冒険する。
今では当たり前になったことの多くを、ドリームキャストは当時の技術と通信環境の中で実現しようとしていました。
ドリームキャストのネットが見せていた未来とは、単にゲームがオンラインになることではありません。
ゲーム機を通じて、遠くの人とつながり、遊び、情報を得て、買い物までできる。そんな新しい生活そのものだったのです。