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「倒せない敵」を本当に倒したらどうなる?ゲームが用意した“想定外の勝利”への答え

負けイベントの敵を倒すとどうなる?ゲーム史に残る「想定外の勝利」

倒せないはずの巨大な敵に勝利した冒険者と、その先に分かれる道を描いたアイキャッチ

ゲームには、ときどき「どう考えても勝たせる気がないだろう」と思う敵が出てくる。

圧倒的な攻撃力で叩き潰される。一定時間しのぐとイベントへ移る。負けたことをきっかけに物語が始まる。

普通に遊んでいれば、「ここは負けイベントなんだな」で終わる場面だ。

では、そこで本当に勝ってしまったらどうなるのか。

調べてみると、ゲーム側の対応は作品によってかなり違った。勝ったのに何事もなかったように敗北扱いされるもの。敵のHPを0にしても勝利判定そのものを出さないもの。勝利は認めるが、別の方法で主人公を死なせるもの。そして中には、「そこまでして勝ったなら、もう物語は終わり」と本当にエンディングへ進むゲームまである。

本記事では、通常進行では敗北・撤退・死亡などが前提となっている戦闘を中心に、「それでもプレイヤーが勝ったとき、ゲームはどう答えたのか」を見ていく。

※ストーリー上の重大なネタバレを含みます。『ドラゴンクエストV』『クロノ・トリガー』『FINAL FANTASY IX』『Demon's Souls』『SEKIRO』『ELDEN RING』『Devil May Cry 5』などの展開に触れます。

結論|「倒せない敵」を倒した後の処理は、大きく5種類あった

先に全体を整理すると、今回取り上げる例はおおむね5種類に分けられる。

ゲーム側の答え代表例実際に起こること
戦闘では勝つが、物語は敗北扱いSFC版『ドラゴンクエストV』ゲマ
『エストポリス伝記II』ガデス
撃破しても本来のイベントへ戻される
そもそも敵を倒させない『スーパーメトロイド』リドリー
『FINAL FANTASY IX』ベアトリクス
条件達成で撤退・強制終了し、勝利状態にならない
勝利は認めるが、別の理由で本筋へ戻す『Demon's Souls』拡散の尖兵
『ELDEN RING』接ぎ木の貴公子
報酬を得た後、別イベントで死亡する
勝ったプレイヤー専用の「負け方」を作る『SEKIRO』葦名弦一郎戦闘には勝つが、専用映像で物語上必要な敗北へ戻る
勝ったことを本当に物語へ反映する『クロノ・トリガー』ラヴォス
『Devil May Cry 5』ユリゼン
特殊エンディングへ進む

つまり、「負けイベント」といっても内部の作りは同じではない。

HPは普通に存在していて撃破可能なのか。HPを削り切っても勝利フラグが立たないのか。そもそも敵に死亡状態が用意されていないのか。

そして何より面白いのが、プレイヤーが開発側の用意した通常ルートを力ずくで外れた瞬間、ゲームがどうやって物語を守るかという部分だ。

この記事でいう「倒せない敵」とは?

ここでは「プログラム上絶対に倒せない敵」だけを意味していない。

対象にするのは、通常進行では敗北・撤退・死亡によって先へ進むことが前提となっている、あるいはその場での勝利を要求されていない戦闘だ。

そのため、単純にものすごく強いだけの隠しボスは対象外。どれだけ難しくても、「倒すこと」が本来の目的なら今回の話とは違う。

また、改造コード、MOD、メモリ書き換え、デバッグ機能などを使って強制的に敵を消すケースも除外した。

あくまで、ゲーム本来の仕組みの範囲でレベルを上げる、周回する、プレイスキルを磨くといった方法で予定された展開を突破できる例を中心にしている。

バグ技や改造とは別の話になる。昔のゲームで「本来とは違う遊び」がどう広まったかについては、ゲームの裏技文化がなぜ消えていったのかを振り返った記事で詳しく扱っている。

勝ったのに「負けたこと」にされる|SFC版『ドラゴンクエストV』幼年期ゲマ

日本のRPGで分かりやすい例が、スーパーファミコン版『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』の幼年期ゲマだ。

古代の遺跡で主人公たちの前に現れるゲマは、通常の進行ではまず勝てない。

幼年期としては異常な強さに加え、SFC版では1ターンごとにHPを100回復する。普通に物語を進めてきたレベルでは攻撃が回復量に追いつかず、そのまま全滅するのが自然な流れだ。

そして、その敗北をきっかけにパパスが主人公たちを助けに入り、物語は決定的な場面へ進んでいく。

ところが、このゲマにはHPが設定されており、システム上は倒せる。

実際、幼年期の主人公を極端なところまで育て、本当にゲマを撃破した正規プレイの検証も行われている。

では、長い育成の末にゲマを倒せばパパスを救えるのか。

救えない。

戦闘には勝利できても、その直後のイベントでは主人公たちが倒れている状態になり、物語は通常ルートへ戻る。ゲマを撃破したことによるストーリー分岐はなく、その後の出来事も変わらない。

戦闘システム上ではプレイヤーの勝ち。

物語上では、最初から負けたものとして扱われる。

現在見ると少々強引にも感じるが、1992年の作品ですでに「負けイベントなのに数値上は本当に倒せる敵」が存在した好例だ。

勝者への報酬まであるのに、結局負ける|『エストポリス伝記II』ガデス

1995年の『エストポリス伝記II』には、さらに一歩踏み込んだ例がある。

ゴードバン西の塔で初めて戦うガデスだ。

通常進行では圧倒される相手だが、この戦闘にはきちんと撃破可能なHPが設定されている。十分に育成し、戦術を整えれば勝利できる。

しかも倒した場合は、強力な「ガデスの剣」まで手に入る。

つまりゲーム側も「本当に倒したプレイヤー」を無視しているわけではない。

ところが戦闘後、ガデスは結局パーティーを倒し、物語は本来の展開へ戻っていく。

勝利報酬は渡す。でもシナリオでは負けてもらう。

先ほどのゲマより、プレイヤーの勝利を一度認めたうえで本筋へ戻す作りになっている。

なお、この初戦ガデスについては長年の攻略資料や実機プレイで仕様が一貫して確認されている一方、今回確認できた範囲では当時のメーカー資料で「隠し勝利」として明示されたものまでは確認できなかった。開発意図そのものは断定せず、ゲーム内で実際に起こる挙動として扱う。

100回攻撃しても死なない|『スーパーメトロイド』セレスのリドリー

「いくら頑張っても殺させない」という別タイプもある。

『スーパーメトロイド』冒頭、セレス宇宙コロニーで戦うリドリーだ。

通常はサムスのエネルギーが一定まで減ると、リドリーがベビーメトロイドを持って逃走し、コロニーの自爆イベントへ移る。

初めて遊んだときは、ここで負けるように作られた戦闘だと思うのが自然だろう。

では、攻撃を避け続けてリドリーへ撃ち込み続けたらどうなるのか。

この戦闘では一般的なボスのようなHP処理ではなく、攻撃が当たった回数が使われている。

100回攻撃を当てると、リドリーはベビーメトロイドのカプセルを一度落とし、それを拾い直して逃走する。

つまり、100回当てても倒せない。

その代わりゲーム側には、「サムスがやられる前に十分な回数を当てた」という、普通ならなかなか起きないケース用の撤退条件が用意されている。

イベントを壊すのではなく、リドリー本人を殺さないまま同じ地点へ合流させるわけだ。

HPを0にしても「勝利」にならない|『FINAL FANTASY IX』ベアトリクス

RPGでは「敵のHPを0にする=勝ち」というルールがほとんど無意識に共有されている。

『FINAL FANTASY IX』のベアトリクス戦は、その常識を意図的に外している。

ブルメシアで行われる最初のベアトリクス戦では、普通のボスと同じように攻撃でき、HPも設定されている。

実際にHPを0まで削ることも可能だ。

しかし、そこで勝利ファンファーレにはならない。

ベアトリクスのHPを0にする、または一定回数の行動を許すと、彼女は「ストックブレイク」を使用。パーティーのHPを1にして戦闘を強制終了し、イベントが続く。

経験値などを得て「ベアトリクスを撃破した」という結果にはならない。

つまりこの戦闘では、

HPを0にすることは戦闘終了条件ではあっても、勝利条件ではない。

負けイベントというものが、必ずしも「敵を異常に強くする」ことで成立しているわけではないことがよく分かる。

勝った? では別の方法で死んでもらう|『Demon's Souls』拡散の尖兵

ここからはゲーム側の処理がさらに巧妙になる。

『Demon's Souls』のチュートリアルに登場する「拡散の尖兵」は、ゲーム開始直後のキャラクターで戦うには明らかに危険な相手だ。

通常はここで死亡し、その死を経て楔の神殿へ送られる。

ところが、攻撃をきちんと見切れば拡散の尖兵は倒せる。

しかもゲームはその勝利を認めてくれる。

撃破するとデモンズソウルを獲得し、通常の敗北時には進めない追加エリアへ移動できる。そこにはアイテムも置かれている。

初見で倒したプレイヤーなら、「もしかして死なずに物語へ入れるのでは」と思うはずだ。

しかし最後まで進むと、待っているのは竜の神。

戦闘にはならず、イベントで主人公を叩き潰す。

そして結局、楔の神殿へ。

実に『Demon's Souls』らしい。

拡散の尖兵を倒した腕前は認める。ご褒美も渡す。でも、この物語を始めるには一度死んでもらう。

予定された敗北を回避したプレイヤーへ、ゲーム側が第2の死亡ルートを用意している。

『ELDEN RING』でも同じ問題に別の答えを出した

2022年の『ELDEN RING』にも、よく似た仕掛けがある。

「王を待つ礼拝堂」で最初に戦う接ぎ木の貴公子だ。

ゲーム開始直後で回復手段も乏しく、初見では倒される可能性が高い。その死亡から通常のスタート地点へ移るようになっている。

しかし、こちらも撃破可能。

勝てば「儀仗の直剣」「獣紋の黄金盾」、3200ルーンを受け取れる。

では、そのまま外へ出て冒険開始かというと、そうではない。

接ぎ木の貴公子の先へ進むと、足場が崩れて落下し、結局は死亡する。そして通常ルートへ合流する。

『Demon's Souls』と考え方はよく似ている。

ボス戦の結果を書き換えるのではなく、「ボスに負ける」という死亡理由だけを「その先で死ぬ」に差し替えている。

プレイヤーの勝利も、物語の開始条件も、どちらも捨てない処理だ。

勝った人だけ「別の負け方」になる|『SEKIRO』葦名弦一郎

同じフロム・ソフトウェア作品でも、『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』はさらに一段手が込んでいる。

物語序盤、狼は葦名弦一郎との一騎打ちに敗れ、左腕を失う。

左腕を失うことは、その後に忍義手を得るために欠かせない。ゲームシステムそのものにつながる出来事なので、ここだけ勝って腕を失わなかったことにはできない。

それでも弦一郎との最初の戦いは、本当に勝てる。

初回プレイではかなり厳しいが、戦闘を理解していれば撃破可能。周回プレイならなおさら現実的だ。

そこでゲームはどうするのか。

勝ったとき専用のカットシーンへ切り替わる。

狼が弦一郎を追い詰めたところで、葦名側の忍びによる横槍が入る。狼がそちらへ反応した隙を突き、弦一郎が左腕を斬り落とす。

普通に負けた場合とは、そこへ至る理由が違う。

戦闘で勝った事実を映像側でも認めつつ、物語に必要な「左腕を失う」という結果だけは変えない。

単純に勝利を無視して敗北ムービーを流すより、はるかに自然だ。

ゲームプレイと物語が食い違う瞬間を、勝者専用の演出を作ることで埋めている。

負けイベントを突破したら「開発室」へ|『クロノ・トリガー』海底神殿ラヴォス

ここまでは、どうにかして本来のストーリーへ戻すゲームが多かった。

ところが『クロノ・トリガー』は逆だ。

海底神殿で戦うラヴォスは、通常の物語では敗北することで先の重大な展開へ進む相手。

普通にゲームを進めてきた戦力で突破するのは非常に厳しい。

しかしラヴォス自体は倒せる。

そして海底神殿で本当に撃破した場合、ゲームは通常シナリオへ無理に戻そうとはしない。

「ドリームプロジェクト」と呼ばれる特殊エンディングへ進む。

開発スタッフをモチーフにしたキャラクターたちが登場する、いわゆる開発室系のエンディングだ。

この仕掛けは『クロノ・トリガー』の「つよくてニューゲーム」と非常に相性がいい。

1周目なら現実的ではない時期のラヴォスでも、前周の強さを持ったまま再スタートすれば本当に倒せる。

そこで、

「普通ならここは負ける。でも、そこまで強いなら特別な結末を見せよう」

という答えを用意した。

1995年の時点で、負けイベントの突破そのものを周回プレイヤーへの隠しコンテンツに変えていたわけだ。

倒したなら、もう本編をやる必要がない|『Devil May Cry 5』ユリゼン

今回取り上げる中で、もっとも潔い答えを出したのは『Devil May Cry 5』かもしれない。

プロローグでネロたちは強敵ユリゼンと対峙する。

通常ルートでは、この戦いに敗れることから本編が動き出す。

ところがユリゼンには勝てる。

非常に厳しい戦闘ではあるが、プレイヤーが本当に倒してしまうと、ゲームはその勝利をなかったことにはしない。

その場でシークレットエンディングへ入り、物語が終わる。

考えてみれば当然でもある。

これから長い物語をかけて倒すはずだった脅威を、開始直後に片付けてしまった。

ならば事件は解決である。

しかもこれは偶然見つかった抜け道ではない。日本語版には「想定外の結末」というトロフィー/実績が用意され、説明にも「圧倒的な力を振るい意外な結末を引き出す」とある。

つまり開発側は、通常なら敗北するプロローグでユリゼンを倒すプレイヤーが現れることまで明確に考えている。

このため、「開発者すら想定していなかった勝利」と表現するのは正しくない。

むしろ正反対だ。

通常進行から外れて勝つプレイヤーまで、完全に想定したうえで用意された結末なのである。

「本来倒せない敵」は、必ずしも無敵ではない

こうして並べると、「倒せない敵」という言葉自体がかなり曖昧だと分かる。

SFC版『ドラゴンクエストV』のゲマは、本当にHPを削り切れる。ただし物語が勝利を認めない。

『スーパーメトロイド』のリドリーは、何度攻撃しても死亡せず、一定条件で撤退する。

『FINAL FANTASY IX』のベアトリクスはHPを0にできるのに、通常の「敵撃破」へ移らない。

『Demon's Souls』や『ELDEN RING』は勝利そのものをきちんと認め、報酬まで渡した後に別の死亡イベントを置く。

『SEKIRO』は勝者専用の敗北理由を作った。

そして『クロノ・トリガー』と『Devil May Cry 5』は、プレイヤーの勝利を物語そのものへ反映させる。

同じ「ここは負ける場面」の裏側で、実際にはまったく違う処理が走っている。

なぜわざわざ「勝った場合」まで作るのか

ゲーム制作だけを考えれば、負けてほしい敵を完全無敵にする方法もある。

攻撃を無効にする。HPを減らなくする。一定時間で強制的に戦闘を切る。

それならシナリオは絶対に壊れない。

それでも多くのゲームは、プレイヤーが常識外れの育成をしたり、2周目で腕を上げて戻ってきたりする余地を残している。

その理由を開発者の明言なしに一つへ決めることはできない。

ただ、実際のゲームを見る限り、勝利可能にしておくことで生まれるものは大きい。

「もしかしたら倒せるのでは」という好奇心。

普通なら必要のないほどキャラクターを育てる理由。

周回プレイで腕前が上がったことを試す場所。

そして本当に突破した人だけが見ることのできる、小さなご褒美や特別な演出。

『Devil May Cry 5』のようにエンディングまで用意する必要はない。『スーパーメトロイド』のリドリーがいつもと少し違う動きをするだけでも、「ゲームはこちらの無茶を見ていた」という感覚は残る。

チートで無理やり倒した場合は別の話

このテーマを掘ると、「改造コードで本当にHPを0にしたら?」「本来攻撃できないNPCを消したら?」という話も出てくる。

それは面白いが、今回は含めていない。

プログラムを書き換えて本来起こらない状態を作れば、イベントが止まる、画面が固まる、フラグが立たなくなるといった現象も起こり得る。

それは「ゲーム側が勝者へ用意した答え」というより、ゲームの想定外へシステムを押し出した結果だ。

今回見てきた面白さは逆である。

普通ならほとんどの人が見ない勝利なのに、その先までゲーム側が作ってある。

だからこそ、ただのバグとは違う。

まとめ|面白いのは「倒したこと」より、その後ゲームがどう答えたか

「負けイベントの敵を、本当に倒したらどうなるのか」。

答えはゲームによってまったく違った。

SFC版『ドラゴンクエストV』では、ゲマを倒してもストーリーは敗北したものとして進む。

『スーパーメトロイド』では、リドリーへ100回攻撃しても死亡せず、特殊な形で撤退する。

『FINAL FANTASY IX』では、ベアトリクスのHPを0にしても勝利にならない。

『Demon's Souls』と『ELDEN RING』は、勝ったプレイヤーへ報酬を渡しながら、別の方法で必要な「死」を成立させる。

『SEKIRO』は、弦一郎に勝った人だけが見る「それでも腕を失う理由」を用意した。

そして『クロノ・トリガー』や『Devil May Cry 5』は、予定された敗北を突破したことそのものを認め、特別なエンディングへ進ませる。

ゲームにはシナリオがある。

しかしプレイヤーは、ときどきそのシナリオが想定する以上に強くなる。

その瞬間に「それは無効です」と押し戻すのか。「よくやった。でも話は続ける」とするのか。それとも「そこまで勝ったなら、あなたの結末はこれ」と別の答えを返すのか。

予定された敗北を覆したとき、そのゲームがどんな反応を返すのか。

そこには、普通にクリアするだけでは見えないゲームデザインの考え方が表れている。

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