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発売から何十年も攻略されなかったゲームは?エルナーク13年・テトリス34年の真相

目次
  1. 何十年も攻略されなかったゲーム|エルナーク・テトリス・Halo 2の記録
  2. 結論|ゲーム史上最も遅くクリアされた作品は特定できるのか?
  3. 『エルナークの財宝』|発売13年後、クリア不可能と噂されたゲームの攻略法が明らかに
  4. 『テトリス』|発売34年後、人間が初めてゲームを停止させた
  5. 『Halo 2』|18年越しに達成された最高難度・死亡ゼロクリア
  6. 『スーパーマリオ64』|28年後、Aボタンを一度も押さずにエンディングへ
  7. 『スーパーマリオメーカー』|サービス終了直前、最後の未攻略コースが消えた
  8. 『ピクダン2』|発売から約8年、58階の謎が解けなかった
  9. 『ドンキーコング』|43年半後、進行不能だった画面の先へ進んだ
  10. なぜ、発売から何十年も経って攻略できるようになるのか
  11. 「誰もクリアしていなかった」と「記録が残っていない」は違う
  12. まとめ|ゲームは発売された時点では、まだ攻略し尽くされていない

何十年も攻略されなかったゲーム|エルナーク・テトリス・Halo 2の記録

古いゲームカートリッジと砂時計、数十年越しの攻略を象徴する光り輝く扉のイラスト

1987年に発売されたファミコンソフトが2000年になってようやく攻略された。そんな話を聞いたことはないだろうか。

その代表例が『エルナークの財宝』だ。発売から約13年後、長年クリア不可能とも噂されていた作品の攻略方法を、一人のプレイヤーが自力で突き止めた。

だが、ゲーム史にはさらに驚くべき記録がある。1989年のNES版『テトリス』では、2023年になって初めて人間がキルスクリーンへ到達。『Halo 2』では発売18年後に、特殊な最高難度条件で死亡ゼロの完走が達成された。

いったい、ゲームは発売から何年後まで攻略され続けるのだろう。

今回は、長年不明だった正規攻略法、何年も解けなかった最後の謎、数十年越しに達成された限界突破を調査した。単に大きな年数を並べるのではなく、誰が、いつ、何を達成したのか。本当にそれ以前は誰もクリアできなかったのかまで追っていく。

結論|ゲーム史上最も遅くクリアされた作品は特定できるのか?

結論から言えば、発売から通常クリアまで最も長い時間がかかったゲームを、世界で一つだけ確定することはできなかった。

理由は単純だ。昔のゲームには、全プレイヤーのクリア履歴を保存する仕組みがなかった。誰かがエンディングを見ても、映像や攻略記録を残していなければ、その事実を後から確認するのは難しい。

さらに、「普通にエンディングを見た」「最高難度で初めてクリアした」「ゲームが停止する限界に到達した」では、達成の意味が異なる。

その違いを踏まえても、発売から長い年月を経て歴史的な攻略が達成された作品は、実際に存在する。

作品発売年達成年経過期間達成内容
ドンキーコング1981年2025年約43年半入力補助でキルスクリーン突破
テトリス(NES版)1989年2023年約34年人間初のキルスクリーン到達
スーパーマリオ641996年2024年約28年Aボタン0回でクリア
Halo 22004年2022年約18年最高難度の特殊条件で死亡ゼロ完走
エルナークの財宝1987年2000年約13年正規攻略法を自力で発見・記録
スーパーマリオメーカー2015年2024年約8年半未攻略の投稿コース群を攻略
ダンジョンRPG ピクダン22012年2020年約7年7か月58階に残された完全攻略の謎が解明

※経過期間は原作の発売時期から該当する達成までの概数。通常クリア、特殊条件、完全攻略、入力補助による突破が混在しているため、順位を示すランキングではない。

まずは、今回の調査の出発点になったファミコンの難関作品から見ていこう。

『エルナークの財宝』|発売13年後、クリア不可能と噂されたゲームの攻略法が明らかに

1987年8月10日、トーワチキからファミリーコンピュータ用ソフト『エルナークの財宝』が発売された。

主人公は南米の遺跡を舞台に、行方不明になった親友ジョーを追って進む。見下ろし型のアクションゲームだが、ただ敵を倒して先へ進める作品ではない。

隠された通路、複雑なマップ、分かりにくいヒント。そして何より厄介だったのが、主人公の属性を変化させる仕組みだ。

本作は、長らくクリア不可能とも噂されていた。ところが2000年12月、プレイヤーののぶすま ゆーいち氏が自力で攻略に成功する。

最後の難関は、光と闇の属性だった

『エルナークの財宝』では、アイテムの取得や妖精との接触によって、主人公の属性が光(ライト)と闇(ダーク)の間で変化する。

問題は最終面にあった。

途中には闇属性で通過できる扉があり、その先では親友ジョーと戦うことになる。しかしジョーを倒すには、主人公がライト100%でなければならない。

闇属性で扉を抜けた後、道中で手に入る光属性のアイテムを取っても、なぜかライト100%に届かない。敵を倒す腕前だけでは解決できない、仕組みそのものが分からない難所だった。

のぶすま氏は、属性ゲージに何目盛りあるのかを数えるところから考え直した。

そこで発見したのが、ゲージを中央に合わせると、光と闇の両方の属性を持てるという性質だ。さらに、アイテム「大天使の紋章」の効果が、ゲーム内の説明から想像されるものとは異なることにも気付いた。

こうして、闇の扉を通過する条件と、ジョーを倒すためのライト100%という条件を両立する道筋が見えてきた。

重要なのは、ROMを書き換えたり、不具合を利用したりして無理やりエンディングを表示させたわけではないこと。製品版に用意されていた仕組みを理解し、正規の方法でクリアしたのである。

2000年の攻略から、2001年のテレビ放送へ

のぶすま氏がこのゲームを知ったのは、2000年夏のコミックマーケットだった。

ファミコン関連の同人サークルが配布していたリーフレットに、「エルナークの財宝はクリア不可能なのではないか」という趣旨の話が書かれていた。それをきっかけに中古ソフトを購入し、自分で攻略することを決意したという。

当時の攻略は、現在のように動画を検索して答えを見るものではなかった。紙のノートにマップを書き、進めない場所を調べ、ゲーム内のヒントを読み直す。最終面で行き詰まってからも、試行錯誤は続いた。

2000年12月に攻略を達成した後、氏はエンディングをVHSに録画し、攻略報告書とともに「ファミコンエンディング倶楽部」へ送付した。

その映像は2001年7月、テレビ東京系の番組『GAMEWAVE』で紹介された。さらに2003年には自身のWebサイトを開設し、詳しい攻略情報を公開している。

この経緯は、本人が2017年8月10日に公開した『エルナークの財宝発売30周年記念』に詳しく残されている。攻略当時の手書きノートや報告書についても確認できる、貴重な当事者の記録だ。

ただし「13年間、世界中の誰もクリアできなかった」は確定していない

ここは、よく知られた伝説と実際の記録が食い違う部分だ。

のぶすま氏は後年、2000年に自分が攻略する以前から、別の個人サイトに『エルナークの財宝』のエンディング画像が掲載されていたことを明かしている。

そのサイトは「1st.AAA」。Okada氏が運営していた攻略サイトだった。

画像が存在した以上、2000年まで誰もエンディングを見たことがなかったとは言い切れない。ただし、画像を掲載した人物が正規の手順でクリアしていたのか、解析などで表示させたのかは分かっていない。

しかも、そこには最終面を突破するための肝心な攻略方法が説明されていなかったという。

したがって、確認できる歴史的な出来事は、1987年発売の難関ゲームについて、2000年に正規の攻略法を自力で発見したプレイヤーが、その過程を記録し、後年詳しく公開したということになる。

なお、「ROM解析で攻略方法が見つかった」「説明書に嘘が書かれていた」という説明も、のぶすま氏は自身の攻略ページなどで否定している。ゲーム内の説明と実際の効果のずれを、説明書全体の誤記と混同してはいけない。

伝説の数字をそのまま繰り返すより、当時の挑戦と、その成果がどのように広まったのかを残す方が重要だろう。

『テトリス』|発売34年後、人間が初めてゲームを停止させた

次は、さらに長い年月を経て達成された記録だ。

2023年12月21日、当時13歳だったWillis Gibson氏、通称Blue Scutiが、1989年発売のNES版『テトリス』で歴史的な記録を作った。

到達したのはレベル157。スコアは6,850,560点。そしてゲームはフリーズした。

これは、人間のプレイヤーとして初めて、NES版『テトリス』のキルスクリーンに到達したとギネス世界記録に認定されている。

ただし、よく使われる「34年ぶりにテトリスをクリア」という見出しには注意が必要だ。

普通のエンディングを見たわけではない

テトリスそのものが誕生したのは1984年。しかし今回の記録の対象は、1989年に北米で発売されたNintendo Entertainment System(NES)版だ。

このNES版は当時の日本では発売されていない。1988年の日本のファミコン版や、1989年のゲームボーイ版とは別に考える必要がある。

NES版のA-TYPEは、基本的に高得点を目指し、ブロックが積み上がってゲームオーバーになるまで続けるモード。物語のラスボスを倒すような通常のエンディングは存在しない。

Blue Scutiが達成したのは、極めて高いレベルまでプレイを続け、プログラムが正常に処理できなくなる地点に到達したことだ。

この違いを踏まえても、発売から約34年という期間の重みは変わらない。

なぜ34年後になって突破できたのか

NES版では、レベルが上がるほどブロックの落下速度が増していく。長い間、レベル29付近が人間の操作限界と考えられていた。

ところが競技コミュニティでは、その常識を破る操作方法が研究され続けた。

指を高速で動かすハイパータッピング、そしてコントローラーの背面を使ったローリング。新しい操作技術によって、以前は間に合わなかった速度でもブロックを移動できるようになった。

2018年にはJoseph Saelee氏がレベル29の壁を突破。その後も記録が伸び、ついに2023年、Blue Scutiがゲームそのものの処理限界に到達した。

つまり、34年間ずっと同じ方法で挑んでいたわけではない。人間の操作技術が進化し、それまで到達できなかった場所へ進めるようになったのである。

歴史的な達成の瞬間が映像で残っている

Blue Scutiのプレイは、Classic Tetrisの公式競技コミュニティによる動画で確認できる。38分21秒付近からが、キルスクリーン到達の場面だ。

ギネスの記録ページには2023年12月26日という日付が表示されているが、本文では実際のプレイが12月21日だったと明記されている。ここではプレイ日を基準としている。

さらに2024年には、クラッシュの原因となる処理を修正した改変版で、レベル255を越えてレベル0へ戻る「Rebirth」も達成された。こちらはオリジナル版のキルスクリーン到達とは別の記録だ。

発売から35年が経っても、プレイヤーはまだ新しい限界を探していた。

『Halo 2』|18年越しに達成された最高難度・死亡ゼロクリア

2004年発売の『Halo 2』は、通常のキャンペーンをクリアするだけなら発売当時から可能だった。

しかし、ある特別な条件でのクリアは別だった。

最高難度のLegendaryでプレイし、ゲームを厳しくする特殊なSkullを有効にする。そして、一度も死亡せずに最初から最後まで完走する。

この「LASO Deathless」と呼ばれる挑戦で、2022年8月3日、JerValiN氏が歴史的な成功を収めた。

タイムは6時間29分44秒。発売から約18年後の出来事であり、ギネス世界記録にも登録されている。

ただ難しいだけではない、極端な制約

Legendaryはもともと難度が高い。そこにSkullの効果が加わると、敵はさらに手強くなり、弾薬や画面表示などにも厳しい制約が発生する。

しかも今回の挑戦では、主人公に透明化能力を与える「Envy Skull」は除外されていた。単純に「すべてのSkullをオンにしてクリア」と説明すると、実際のレギュレーションと食い違ってしまう。

通常なら何度も倒されながら覚える場所でも、一度の失敗が挑戦終了につながる。約6時間半の完走には、戦闘技術だけでなく、危険を回避するルートの知識と集中力が必要だった。

この挑戦には、配信者のCharles White Jr.氏が2万ドルの賞金を設定していた。JerValiN氏は条件を達成し、その賞金も獲得している。

ただし「18年間、誰もHalo 2をクリアできなかった」わけではない。この特別な条件での完走を裏付ける公開映像が、それまで確認されていなかったという記録だ。

通常クリアとは別の挑戦とはいえ、発売後18年を経てもなお、達成されていない目標が存在したことは興味深い。

達成日時とタイムについては、ギネス世界記録の登録内容で確認できる。

『スーパーマリオ64』|28年後、Aボタンを一度も押さずにエンディングへ

『スーパーマリオ64』を、ジャンプボタンを一度も押さずにクリアできるだろうか。

普通に考えれば無理に思える。マリオにとってジャンプは、ゲームの根幹を成す操作だからだ。

それでも、長年にわたり「A Button Challenge」と呼ばれる研究が続けられてきた。

そして2024年5月21日、プレイヤーのMarbler氏がAボタンを一度も押さないまま、70枚のスターを集めてエンディングまで到達した。

記録は86時間48分30秒。1996年の原作発売から約28年後だった。

86時間のうち、約78時間は待機していた

この挑戦には、信じがたい攻略方法が使われている。

大きな難関だったのは「ほのおの うみの クッパ」にある、ポールを使って先へ進む場所だ。普通ならAボタンを押してポールから離れるが、それを禁止すると通過できない。

ところがWiiバーチャルコンソール版には、特定の足場が浮動小数点演算の誤差によって、ごくわずかずつ上昇していく挙動がある。

上昇は非常に遅い。しかし、何日も待てば、本来はポールを使わなければ届かない高さまで足場が上がる。

Marbler氏はスター49枚を集めた後、この場所で約78時間待機した。

足場が十分な高さに達すると、Aボタンを使わない動作で先へ進み、残りのスターを回収。最後のクッパを倒してクリアを達成した。

ゲーム機を動かし続け、何日も待つことが攻略手段になるとは、発売当時にどれほどのプレイヤーが想像できただろう。

ただし、この記録はWiiバーチャルコンソール版で成立したものだ。1996年のNINTENDO64実機版で、同じ条件を達成したことを意味するわけではない。

また、Aボタンを押さない挑戦が1996年から同じ規模で続いていたわけでもない。発売から28年後の達成と、後年発展した攻略研究の期間は区別する必要がある。

それでも、操作技術だけでなく、ゲーム内部の計算誤差まで攻略に利用したという点で、非常に異色の達成記録だ。

『スーパーマリオメーカー』|サービス終了直前、最後の未攻略コースが消えた

2015年9月10日に発売されたWii U用『スーパーマリオメーカー』には、プレイヤー自身がコースを制作し、オンラインで公開できる仕組みがあった。

世界中から投稿されたコースの中には、信じられないほど難しく、挑戦者が誰もクリアできていないものも存在した。

2023年10月、任天堂はWii Uとニンテンドー3DSのオンラインサービス終了予定を発表。最終的な終了日時は、2024年4月9日午前9時となった。

オンラインサービスが終われば、従来の形で投稿コースを探して挑戦する機会も失われる。

そこで動いたのが、未攻略コースをなくすことを目指すコミュニティ「Team 0%」だった。

2023年10月時点で対象となっていた未攻略コースは約2万5,000。プレイヤーたちは次々に挑戦し、残りの数を減らしていった。

最後に残ったのは「The Last Dance」ではなかった?

2024年3月15日(米国時間)、Yamada_SMM2氏が「The Last Dance」をクリアした。

これで残るのは「Trimming the Herbs」という1コースだけと思われていた。

ところが、そのコースの制作者がTASを利用して不正な方法でアップロードしたことを認める。つまり、通常の人間のプレイによって投稿条件を満たした正規コースではなかった。

Team 0%はこれを対象から除外し、「The Last Dance」を最後の正規対象コースとして、全攻略を達成したと判断した。

それでも、プレイヤーたちは終わらなかった。

除外された「Trimming the Herbs」にも挑戦を続け、2024年4月6日、Sanyx91SMM2氏が人間の操作によるクリアを達成したのである。

オンラインサービス終了まで、あとわずか3日。最後まで残っていた難関が、ついに人の手で突破された。

厳密には『スーパーマリオメーカー』というゲーム本編が発売8年半後に初クリアされたわけではない。投稿されたコースの中で、コミュニティが対象とした未攻略コースを攻略し尽くした記録だ。

また、投稿コースは制作者自身がクリアを確認してからアップロードする仕組みだった。「未攻略」とは、制作者以外によるクリアが記録されていなかったという意味になる。

それでも、サービス終了という明確な期限に向かって、世界中のプレイヤーが協力して最後の難関をなくした出来事は、ゲーム史に残る挑戦の一つだろう。

『ピクダン2』|発売から約8年、58階の謎が解けなかった

ここで再び、正規のゲーム攻略に近い話へ戻ろう。

2012年8月22日に配信されたニンテンドー3DS用『ダンジョンRPG ピクダン2』は、全60階のダンジョンを探索する作品だ。

各フロアには隠された仕掛けがあり、単に階段を見つけて進むだけでは完全攻略にならない。

なかでも長年謎のまま残っていたのが、58階に隠されたメッセージを出現させる方法だった。

2017年7月29日、ブログ「神殿岸2」は、58階を完全攻略した人が見つからない状況を詳しく記録している。

複数の国内攻略サイトは58階で行き詰まり、海外のGameFAQsでも解法が分からないという質問が投稿されていた。

そして2020年4月4日、58階の攻略動画が投稿された。2017年の記事にも同年7月に追記され、最後まで残っていた完全攻略の謎が解明されたことが紹介されている。

解けなかったのは、エンディングではなく隠されたメッセージ

ここにも、よくある「何年間もクリアされなかった」という表現の落とし穴がある。

『ピクダン2』では、各フロアのマップを埋めればエンディングへ進める。しかし、フロアごとに用意された隠しメッセージを確認するには、さらに別の謎を解かなければならない。

58階で長く解明されていなかったのは、後者の仕掛けだった。

北側に並ぶ6つの看板、スイッチ、オーブ、そして数字の位置関係。残されたヒントから正しい手順を導かなければ、隠しメッセージが出現しない。

特に分かりにくかったのは、数字と数字の間隔にも意味があり、看板の位置だけを考えていては答えにたどり着けないことだった。

発売から約7年7か月後に公開された攻略動画によって、ようやく全フロアの隠し謎が解明されたことになる。

この経緯は、2017年当時の未解明状況と2020年の追記を併せて読める「ピクダン2の58階を完全クリアした人がいなかった話」に詳しい。

長年解けなかったのは通常のクリア条件ではない。それでも、ゲーム内に最初から存在していた仕掛けが、何年も経ってようやく解明されたという点では、『エルナークの財宝』と通じるものがある。

『ドンキーコング』|43年半後、進行不能だった画面の先へ進んだ

今回の候補の中で、発売年と達成年の差が最も大きいのが、1981年のアーケード版『ドンキーコング』だ。

ただし、これは人間が普通の操作でクリアした事例ではない。技術的な限界突破として、別に紹介したい。

本作には、長くプレイを続けるとレベル22-1で正常に進めなくなる「キルスクリーン」が存在する。

原因はボーナスタイマーの計算処理にある。高レベルになると時間が極端に短くなり、通常の方法ではステージを進み切る前にミスになってしまう。

このキルスクリーンへの到達は、1982年の時点で記録されている。しかし、その先へ進むことは、長い間不可能と考えられていた。

状況が変わったのは2025年1月31日。

プレイヤーのKosmic氏が、はしごの特殊な挙動とエミュレーターのフレーム単位の入力操作を組み合わせ、レベル22-1を突破した動画を公開した。

本来なら登れないはしごを少しずつ上昇する特殊な操作を繰り返し、敵の樽投げによるタイマーの遅延も利用する。こうして、長年越えられなかった画面の先へ進んだ。

その後、レベル22-6まで到達したものの、そこでも新たな限界に阻まれている。

この突破は、エミュレーター上で1フレームずつ入力を調整したもの。アーケード実機を人間がリアルタイム操作して達成した記録ではない。

ゲームのプログラムそのものを修正しなくても先へ進める可能性が実証された点に、今回の価値がある。

発売から約43年半。1981年のゲームには、まだ誰も普通には見ることができなかった画面が残っていた。

Kosmic氏による実証と、その仕組みの解説は次の動画で確認できる。

なぜ、発売から何十年も経って攻略できるようになるのか

今回の記録を並べると、長年突破できなかった理由は作品によって大きく異なる。

攻略情報が、今ほど簡単に共有されなかった

『エルナークの財宝』が発売された1987年には、誰でもプレイ動画を公開して検索できる環境はなかった。

攻略方法を見つけた人がいても、雑誌へ投稿する、友人に教える、攻略ノートを残すといった限られた手段しかない。

その情報が広まらなければ、別のプレイヤーは何年後でも同じ場所で詰まることになる。

現在は、SNSや動画配信で発見を共有できる。昔のゲームの攻略史は、プレイヤーの技術だけでなく、情報を伝える仕組みの歴史でもある。

当時は想定されなかった操作技術が生まれた

『テトリス』のローリング技術は、その典型だ。

ゲームの内容は同じでも、コントローラーを操作する方法が変われば、到達できるレベルは大きく変わる。

『Halo 2』でも、敵の行動を研究し、危険な場所を避け、細かな操作を磨くことで、以前は考えにくかった条件での完走が実現した。

ゲーム内部の挙動まで攻略対象になった

『スーパーマリオ64』では、演算の誤差による足場の上昇が攻略手段になった。『ドンキーコング』では、はしごの特殊な挙動とタイマーの仕組みを調べたことで、キルスクリーンの先へ進めた。

従来の攻略は、ゲーム内に表示される敵や仕掛けをどう突破するかが中心だった。しかし現在は、ゲームを動かしているプログラムの性質そのものを研究するプレイヤーもいる。

その結果、開発当時には想定されていなかったような攻略が、何十年も後になって成立することがある。

「誰もクリアしていなかった」と「記録が残っていない」は違う

ゲーム史を調べるうえで、最も気を付けたいのがこの違いだ。

たとえば、あるゲームのエンディング画像が2000年に初めて広く紹介されたとしても、それ以前に誰もクリアしていなかったとは限らない。

『エルナークの財宝』のように、後から過去のエンディング画像が存在していたと分かる場合もある。

また、世界初の記録として認定されているものでも、その対象が通常のエンディングではなく、キルスクリーンや特殊な挑戦条件ということがある。

今回の代表例を整理すると、次のようになる。

作品確実に言えること断定できないこと
エルナークの財宝2000年、自力攻略とその記録が残された2000年が世界初クリアだった
テトリス2023年、人間初のNES版キルスクリーン到達全テトリス作品で初めて通常クリアされた
Halo 22022年、特定条件で死亡ゼロ完走本編が18年間クリアできなかった
ピクダン22020年、58階の完全攻略方法が共有された通常エンディングが8年間見られなかった
ドンキーコング2025年、入力補助を使って22-1を突破人間が実機を普通に操作して全面クリアした

今回の調査では、全ゲームを横断した「初通常クリアまでの最長記録」を証明できる資料は確認できなかった。

それでも、いつ、どの条件で、何が達成されたのかを明確にすれば、発売から何年も経って突破されたゲームの歴史を正確に追うことはできる。

なお、攻略とは別に、発売から何十年も経って初めて発見された隠しコマンドやイースターエッグも存在する。そちらについては、発売から数十年後に発見されたゲームの秘密を追った記事で詳しく検証している。

まとめ|ゲームは発売された時点では、まだ攻略し尽くされていない

『エルナークの財宝』の発売から13年後の攻略、『テトリス』の34年後のキルスクリーン到達、『Halo 2』の18年後の死亡ゼロ完走。

それぞれの達成内容は異なるが、共通しているのは、発売から長い年月が経ってもプレイヤーが挑戦を続けていたことだ。

今回確認した中で、当初から用意されていた正規攻略法を長い年月を経て明らかにした代表例は、やはり『エルナークの財宝』だった。2000年の攻略者本人が、その苦労や発見の経緯を記録していたことも大きい。

一方、経過年数が長い『ドンキーコング』や『テトリス』は、通常のエンディングに初到達した記録ではない。年数が長いからといって、そのまま「クリアが最も遅かったゲーム」とは言えない。

そして、確認できる記録だけでは、ゲーム史上最も遅く通常クリアされた作品を一つに決めることはできない。

それでも、1980年代のゲームが2020年代になって新たな限界を突破され、1990年代のゲームが何日も待機するという思いもよらない方法で攻略されている。

ゲームそのものは昔と変わっていない。変わったのは、プレイヤーの知識、操作技術、そして情報を共有する環境だ。

すでに何度もクリアしたゲームでも、まだ誰も達成していない条件が残っているかもしれない。何十年も前に発売された一本のソフトから、今後また新しい攻略記録が生まれる可能性はある。

そう考えると、ゲームの攻略史に本当の終わりがあるのかどうか。それ自体が、まだ答えの出ていない問いなのかもしれない。

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