バラエティ/お笑い

豪快キャプテンは何者?山下ギャンブルゴリラとべーやんの経歴・漫才

目次
  1. 豪快キャプテンの結成秘話|証券会社員と工業高校出身の2人が漫才の頂点を目指すまで
  2. 豪快キャプテンとは?山下ギャンブルゴリラとべーやんのプロフィール
  3. 豪快キャプテン結成の経緯|以前は別々のコンビだった
  4. 山下ギャンブルゴリラという芸名の由来は?名付け親はニッポンの社長・辻
  5. 豪快キャプテンの漫才は何が面白い?台本を作らない独特なネタ制作
  6. 豪快キャプテンの代表ネタ|小さいカバン・おでん・おはぎ・おもち
  7. 豪快キャプテンのM-1グランプリ成績|2025年に初の決勝進出
  8. 2023年から2025年の賞レース実績|上方漫才大賞新人賞までの歩み
  9. 2026年NHK上方漫才コンテスト|例えば炎との最終決戦で準優勝
  10. 2026年NHK新人お笑い大賞で優勝|285組の頂点へ
  11. 豪快キャプテンの現在の活動|ラジオ・冠番組・よしもと漫才劇場
  12. 豪快キャプテンについてよくある疑問
  13. まとめ|会社員から芸人へ、苦労の末に大きな賞を獲得した豪快キャプテン

豪快キャプテンの結成秘話|証券会社員と工業高校出身の2人が漫才の頂点を目指すまで

豪快キャプテンの山下ギャンブルゴリラとべーやんの経歴、証券会社からの転身、コンビ結成の経緯、漫才の特徴や賞レース実績を描いたイラスト

2026年11月1日、NHK新人お笑い大賞で優勝を果たしたお笑いコンビ「豪快キャプテン」。

285組が参加した大会で、チェリー大作戦との最終決戦を5対2で制し、大賞に輝きました。

前年の2025年には、上方漫才大賞の新人賞を受賞。さらにM-1グランプリで初めて決勝へ進出し、6位という成績を残しています。

関西の劇場で長く腕を磨いてきた2人が、全国的な舞台でも結果を残すようになったのです。

ところが、その経歴を調べてみると、意外な事実が見えてきます。

ツッコミの山下ギャンブルゴリラさんは、大学卒業後に証券会社で働いていた元会社員。一方、ボケのべーやんさんは、中学生のころから芸人に憧れ、工業高校を卒業してお笑いの世界へ進んだ人物です。

年齢差は約6歳。もともと仲のよかった友人同士ではなく、それぞれ別のコンビで活動していた芸人が、解散をきっかけに出会いました。

しかも、2人とも一度は芸人を辞めることを考えた時期があります。

なぜ会社員だった山下さんは漫才師になったのか。べーやんさんは、なぜ山下さんを相方に選んだのか。そして、あの独特な漫才はどのように生まれるのでしょうか。

この記事では、豪快キャプテンのメンバーと経歴、コンビ結成の秘話、山下ギャンブルゴリラという芸名の由来、代表ネタの誕生、M-1での成績、2026年のNHK新人お笑い大賞優勝まで、2人の歩みを詳しく紹介します。

豪快キャプテンとは?山下ギャンブルゴリラとべーやんのプロフィール

豪快キャプテンは、2019年5月27日に結成された吉本興業所属のお笑いコンビです。

大阪の「よしもと漫才劇場」を中心に活動し、日常の何気ない話題から激しい言い争いへ発展していく、勢いのあるしゃべくり漫才を得意としています。

メンバーは、向かって左に立つべーやんさんと、右に立つ山下ギャンブルゴリラさん。山下さんが主にツッコミ、べーやんさんが主にボケを担当します。

項目べーやん山下ギャンブルゴリラ
生年月日1994年10月2日1988年7月16日
年齢32歳38歳
出身地広島県広島市兵庫県神戸市
NSC大阪36期大阪35期
立ち位置向かって左向かって右
主な役割ボケツッコミ
以前のコンビセントビンセントダークニンゲン

※年齢は2026年11月2日時点。基本プロフィールは吉本興業の公式情報に基づいています。

山下ギャンブルゴリラ|証券会社の営業マンから芸人へ

山下ギャンブルゴリラさんは、1988年7月16日生まれ、兵庫県神戸市出身。NSC大阪35期生です。

大きな声と激しいツッコミが特徴ですが、子どものころからお笑いに親しんできた人物でもあります。

2026年7月24日に公開されたマイナビニュースのインタビューでは、保育園に通っていたころからテレビの漫才番組が好きだったと振り返っています。

中田カウス・ボタン、オール阪神・巨人、大木こだま・ひびき、トミーズなど、関西を代表する漫才師たちの芸に触れて育ちました。

しかし、最初から芸人を職業に選んだわけではありません。

大学卒業後、山下さんは証券会社に就職しました。両親が大学へ進学していなかったこともあり、山下さんの大学進学や証券会社への就職は、家族にとって大きな喜びだったそうです。

もともと漫才師になりたい気持ちはありましたが、家族の期待も感じていたため、すぐには言い出せませんでした。

そこで山下さんは、まず会社員として働き、それでも芸人になりたければ自分でためたお金を使ってNSCへ入ろうと考えます。

証券会社では、一般家庭を訪問する飛び込み営業を担当していました。

仕事の中で、営業に応じてくれる高齢者への申し訳なさや、売上目標を追うことへの葛藤を感じるようになったといいます。

それでも、漫才をやりたいという思いは消えませんでした。

最終的に証券会社を退職し、NSC大阪35期生として、お笑いの世界へ進むことを決意します。

母親は本人の意思を尊重しましたが、父親は安定した会社を辞めることに強く反対したそうです。

大きな声で相方を追い詰める現在の芸風からは想像しにくいかもしれませんが、山下さんには会社員として働き、周囲の期待と自分の夢の間で悩んだ経験があります。

べーやん|工業高校から芸人を目指した広島出身の漫才師

べーやんさんは、1994年10月2日生まれ、広島県広島市出身。NSC大阪36期生です。

山下さんが大学卒業後に就職したのに対し、べーやんさんは中学生のころから芸人になりたいと考えていました。

幼いころに好きだったのは、志村けんさんのコント番組です。『志村けんのバカ殿様』などを見て志村さんに憧れたことが、お笑いの世界を意識するきっかけになりました。

高校は、広島市立広島工業高等学校へ進学しています。

父親が電気工事士だったこともあり、手に職を付けたいと考えて工業高校を選びました。第一志望は電気科でしたが、実際に進んだのは環境設備科だったそうです。

在学中には資格試験にも挑戦しましたが、合格には至らなかったと本人が振り返っています。

高校3年生のころには、友人を誘って「ハイスクールマンザイ」に出場しようと考えたものの、一緒に参加してくれる相手が見つかりませんでした。

それでも芸人への思いは変わらず、高校卒業後にNSC大阪36期へ入学します。

父親は当初驚いたそうですが、本人が繰り返し希望を伝えたことで、最終的には進路を認めてもらえたといいます。

吉本興業の公式プロフィールには、映画鑑賞を趣味とし、津軽三味線、バスケットボール、マリオカートなどを特技として挙げています。

漫才では、山下さんが激しく反応している横で、あまり動じることなく自分の話を続ける姿が印象的です。

約6歳の年齢差があるのにNSCでは1期違い

2人の生年月日を見ると、山下さんが1988年生まれ、べーやんさんが1994年生まれで、約6歳の年齢差があります。

ところが、NSCでは山下さんが大阪35期、べーやんさんが36期と、わずか1期しか違いません。

その理由は、芸人になるまでの進路が異なるためです。

山下さんは大学を卒業して証券会社で働いてからNSCへ。一方、べーやんさんは高校卒業後に入学しました。

芸歴では山下さんが1期先輩ですが、現在の漫才では、年齢や先輩後輩の関係を意識させない自然な掛け合いを見せています。

豪快キャプテン結成の経緯|以前は別々のコンビだった

豪快キャプテンの結成日は、2019年5月27日です。

現在の2人は息の合った漫才を披露していますが、もともと親しい友人同士だったわけではありません。

それぞれ別のコンビで活動し、解散した時期が近かったことから、新しい相方として出会いました。

山下は「ダークニンゲン」、べーやんは「セントビンセント」で活動

山下さんは以前、「ダークニンゲン」というコンビを組んでいました。

よしもとの劇場メンバーとして舞台に出演しており、すでに芸人として一定の活動基盤がありました。

一方、べーやんさんは「セントビンセント」というコンビで活動していましたが、劇場メンバーとして定着できず、思うように結果を残せない時期を過ごしていたそうです。

そんな2人の以前のコンビが、近い時期に解散します。

2026年7月の本人インタビューによると、山下さんは同期の芸人から、セントビンセントが解散したことを聞きました。

意外なことに、それまで山下さんとべーやんさんは、ほとんど会話をしたことがなかったといいます。

以前から気心の知れた相手と組んだのではなく、相方を失った芸人同士が、新しい可能性を試すところから始まったのです。

正式にコンビ結成を申し込んだのはべーやん

2人はまず、正式なコンビではなく、試験的なユニットとして漫才を披露してみることになりました。

当時の山下さんは30歳前後。新しい相方ともう一度挑戦し、それでも結果が出なければ芸人を辞めることも考えていたそうです。

対するべーやんさんは、以前から山下さんのツッコミを高く評価していました。

実際に一緒に漫才をやってみると、山下さんのツッコミの面白さを改めて実感します。

それまでなかなか笑いを取れずにいたべーやんさんにとって、2人で漫才を披露した舞台は、大きな手応えを感じられる経験でした。

そこで、べーやんさんから山下さんへ、正式にコンビを組んでほしいと申し込んだのです。

山下さんもその提案を受け入れ、2019年5月27日に豪快キャプテンが誕生しました。

2人の話を振り返ると、漫才師としての状況には違いがありました。

山下さんはすでに劇場で活動していた一方、べーやんさんはまだ十分な実績がなかった。それでも、べーやんさんは山下さんのツッコミに魅力を感じ、山下さんも新しい相方との挑戦を選びました。

この出会いが、後のM-1決勝進出や新人賞受賞へとつながっていきます。

コロナ禍には芸人を辞めることも考えた

2019年にコンビを結成した豪快キャプテンですが、すぐに順調な活動が始まったわけではありません。

翌2020年には新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、劇場での公演や芸人の仕事が大きく制限されました。

芸人として十分な収入を得ることが難しい中、2人は将来について考えざるを得なくなります。

2026年のマイナビニュースのインタビューで、山下さんは当時の印象的な出来事を振り返っています。

ある日、べーやんさんから交際相手との間に子どもができたことを報告されました。

山下さんは、家庭を支えるためにべーやんさんが芸人を辞めるのだろうと考えたそうです。

ところが、べーやんさんは芸人を続けたいという意思を示しました。

当時の山下さんは、エアコンの清掃などのアルバイトをしながら活動しており、お笑いの仕事よりアルバイトで多くの収入を得ていた時期もあったといいます。

厳しい状況だっただけに、相方が芸人を続けるという決断は、山下さんにとっても大きな出来事でした。

生活のために別の仕事を選ぶこともできた2人が、それでも漫才を続ける道を選んだのです。

その後も劇場で経験を積み重ね、2022年にはM-1準々決勝、2023年と2024年には準決勝へと進出するようになりました。

山下ギャンブルゴリラという芸名の由来は?名付け親はニッポンの社長・辻

豪快キャプテンを初めて知った人が、思わず二度見してしまいそうなのが「山下ギャンブルゴリラ」という芸名です。

「ギャンブル」と「ゴリラ」が並んだ強烈な名前ですが、実は名付け親がいます。

この芸名を付けたのは、お笑いコンビ「ニッポンの社長」の辻さんです。

2020年のお笑いナタリーの企画でも、辻さんが山下さんに付けた名前であることが紹介されています。

山下さん自身も、以前のインタビューや配信で、辻さんが自分をその呼び名で呼んでいたことを説明しています。

山下さんの吉本興業公式プロフィールには、趣味としてパチンコと競馬が掲載されています。

そのため「ギャンブル」という言葉には本人の趣味と重なる部分がありますが、芸名の細かな命名意図まで推測で説明する必要はありません。

重要なのは、もともと先輩芸人が呼んでいた特徴的な名前が、現在の芸名として定着したという点です。

芸人仲間からは「ギャンゴリ」という略称でも呼ばれています。

2024年のch FILESのインタビューで、べーやんさんは、山下さんがギャンゴリという呼び名で知られるようになったことも、コンビの魅力が伝わるきっかけになったのではないかと振り返っていました。

名前のインパクトと、漫才中の激しいツッコミ。その両方が重なることで、豪快キャプテンの個性はより印象に残るものになっています。

豪快キャプテンの漫才は何が面白い?台本を作らない独特なネタ制作

豪快キャプテンの漫才を見ていると、普通の会話がいつの間にか激しい言い争いへ変わっていることがあります。

山下さんが声を荒らげ、べーやんさんは平然と自分の意見を続ける。ところが、山下さんの主張もどこか極端で、必ずしも一方だけが正しいわけではありません。

この関係性こそ、豪快キャプテンの漫才を理解するうえで重要なポイントです。

ネタ帳は使わず、2人で話しながら漫才を作る

一般的な漫才では、台本を書き、言葉や展開を細かく調整しながら仕上げていく方法があります。

しかし、豪快キャプテンのネタ作りは少し違います。

2024年1月のch FILESのインタビューで、山下さんは、自分が大まかな題材を考え、べーやんさんと話しながら漫才を作っていくと説明しています。

べーやんさんが題材を持ち込むこともありますが、基本的には2人の会話から形を作り、舞台で披露した内容をスマートフォンなどで録音。後から聞き直し、気になる部分を直していく方法です。

つまり、完成された台本から舞台を再現するよりも、舞台で生まれる会話を生かして漫才を育てていくスタイルなのです。

2026年7月の本人インタビューでも、山下さんは楽屋で話しているような自然な会話を大切にしていると説明しています。

かつては喫茶店でノートを広げてネタを考えていた時期もありましたが、思うように題材が出ないこともありました。

そんな中、新ネタライブの直前に2人で話して作った漫才が好評だったことで、現在の制作方法につながったといいます。

ただし、台本を書かないことと、何も決めずに漫才をしていることは同じではありません。

2人の中には、相手が何を言えば自分がどう返すかという共通認識があり、それを舞台で繰り返し試すことで掛け合いを磨いています。

べーやんの自然体と山下の激しい反応が笑いを生む

豪快キャプテンの漫才では、べーやんさんが何気ない話題を持ち出すところから始まる展開が目立ちます。

話の内容は日常的で、特別に奇抜な設定ではありません。

ところが、その一言に対する山下さんの反応が非常に大きいのです。

べーやんさんは山下さんの怒りを受け止めながらも、自分の考えを簡単には変えません。

山下さんは何とか納得させようとしますが、話が進むほど自分の言い分も極端になっていきます。

この漫才の面白さは、単に声の大きいツッコミがあることではありません。

互いに相手の言い分を十分には受け入れないまま、どちらにもおかしな部分が見えてくるところに特徴があります。

2026年1月のch FILESのインタビューで、山下さんは、以前は自分が怒ってべーやんさんが短く返す形が多かったものの、少しずつべーやんさんの発言をきっかけに掛け合いが発展するよう意識してきたと振り返っています。

その変化が、2025年のM-1決勝進出にもつながったのではないかと本人は考えています。

激しいツッコミに注目しがちですが、べーやんさんが自然体のまま会話を進めるからこそ、山下さんの反応も際立つのです。

豪快キャプテンの代表ネタ|小さいカバン・おでん・おはぎ・おもち

豪快キャプテンの特徴を知るには、実際に披露してきた漫才を振り返るのが分かりやすいでしょう。

特に「小さいカバン」「おでん」「おはぎ」「おもち」は、それぞれ大きな舞台で披露された重要なネタです。

小さいカバン|M-1グランプリ2025決勝で披露

「小さいカバン」は、豪快キャプテンを全国に知らしめた代表的な漫才です。

題材は、文字どおり小さなカバン。

べーやんさんは小さいカバンが便利だと考えますが、山下さんはその必要性に納得できません。

普通なら好みの違いで終わりそうな話が、2人の掛け合いによって大きな言い争いへと発展していきます。

このネタの誕生にも、豪快キャプテンらしいエピソードがあります。

2024年のLmaga.jpのインタビューで、山下さんは、よしもと漫才劇場の楽屋に「20世紀」のしげさんがスーツケースと小さなカバンを持って入ってきた姿を見たことがきっかけだったと説明しています。

その小ささに疑問を抱き、そこから漫才の題材として話を広げていきました。

2024年のM-1では3回戦で披露され、翌2025年12月21日にはM-1決勝の舞台でも選ばれました。

日常のちょっとした違和感を大きな笑いに変える、豪快キャプテンの持ち味がよく表れたネタです。

おでん|例えば炎のタキノの一言から誕生した新人賞受賞ネタ

「おでん」は、2025年4月12日の第60回上方漫才大賞で、新人賞を獲得した漫才です。

このネタの誕生には、別のお笑いコンビが深く関係しています。

それが、例えば炎のタキノルイさんです。

2025年3月、全国ツアーを控えていた豪快キャプテンは、新しく披露するネタが足りずに困っていました。

山下さんが劇場の喫煙所で題材を探していたところ、近くにいたタキノさんが「おでん」という題材を提案したそうです。

そこからイメージを広げ、舞台で試しながら漫才を作り上げました。

そして、その約1か月後に行われた上方漫才大賞では、バッテリィズらとの競争を制して新人賞を受賞します。

何気ない一言から生まれたネタが、大きな賞を獲得するまでに成長したのです。

しかも、題材を提案した例えば炎とは、2026年3月のNHK上方漫才コンテストで優勝を争うことになります。

互いの漫才活動が思いがけない形でつながっている、興味深いエピソードです。

おはぎ・おもち|2026年NHK新人お笑い大賞で優勝した2本

2026年11月1日のNHK新人お笑い大賞では、豪快キャプテンは「おはぎ」と「おもち」を題材にした漫才を披露しました。

Aブロックの1本目で披露したのが「おはぎ」。そしてチェリー大作戦との最終決戦では「おもち」を選びました。

大会後の取材で山下さんは、観覧客に年配の方が多いと聞いていたため、親しみのある題材を選んだという趣旨を説明しています。

奇抜な設定や専門的な知識を必要とする題材ではなく、誰もがイメージしやすい食べ物から会話を広げていく点は、これまでの代表ネタとも共通しています。

「おでん」で上方漫才大賞新人賞を受賞し、翌年には「おはぎ」「おもち」でNHK新人お笑い大賞を獲得しました。

日常にある身近なものを題材に、2人の掛け合いそのものを笑いへ変えるスタイルが、大きな舞台で続けて評価されたことになります。

豪快キャプテンの漫才を公式YouTubeで見る

豪快キャプテンの漫才を実際に見てみたい人には、よしもと漫才劇場の公式YouTubeチャンネルで公開されている映像があります。

次の動画は、2025年12月19日に公開された「よしもと漫才劇場11周年記念」のネタ映像です。

山下さんの勢いのあるツッコミと、べーやんさんの自然な受け答えがどのように重なるのか、実際の舞台で確認できます。

※よしもと漫才劇場の公式公開映像です。M-1グランプリ2025決勝やNHK新人お笑い大賞2026で放送された映像そのものではありません。

豪快キャプテンのM-1グランプリ成績|2025年に初の決勝進出

豪快キャプテンが全国的に知られる大きなきっかけとなったのが、2025年のM-1グランプリです。

しかし、2025年に突然決勝へ進んだわけではありません。

2019年の結成から毎年挑戦を続け、準々決勝、準決勝と段階を踏んで結果を残してきました。

2019年から2026年11月2日までの戦績は、次のとおりです。

開催年結果補足
2019年3回戦敗退結成年
2020年2回戦敗退―
2021年3回戦敗退―
2022年準々決勝敗退初の準々決勝進出
2023年準決勝敗退敗者復活戦出場
2024年準決勝敗退敗者復活戦出場
2025年決勝6位839点・初の決勝進出
2026年準々決勝進出決定11月2日時点・大会進行中

2026年大会は進行中のため、準々決勝進出が最終結果ではありません。準決勝以降の成績は、今後の審査結果によって決まります。

2023年・2024年は2年連続で準決勝に進出

2022年に準々決勝へ進んだ豪快キャプテンは、翌2023年に初めて準決勝へ進出しました。

しかし、決勝進出はならず、敗者復活戦へ回ることになります。

2024年も準決勝まで勝ち上がりましたが、結果は再び敗退。2年連続で敗者復活戦に挑みました。

2024年のLmaga.jpのインタビューで、山下さんは前年の準決勝を振り返り、周囲の芸人がネタを細かく変更しているのを見て、自分たちも変えなければならないと考えすぎてしまったことを明かしています。

一方、2024年には、べーやんさん自身もM-1決勝進出や優勝を現実的な目標として意識するようになっていました。

2年連続で準決勝まで進める実力がありながら、決勝には届かない。

この経験があったからこそ、2025年の初決勝進出は、2人にとって大きな意味を持つ出来事になりました。

2025年M-1決勝で6位|839点を獲得

2025年12月21日、豪快キャプテンはついにM-1グランプリの決勝へ初進出しました。

この年のエントリー総数は11,521組。その中から決勝の舞台へ進んだ10組の一つが豪快キャプテンでした。

決勝では9組目に登場し、代表ネタの「小さいカバン」を披露しました。

審査員9人の合計得点は839点。ファーストラウンドで6位となりました。

最終決戦へ進出したのは、エバース、たくろう、ドンデコルテの3組です。

豪快キャプテンは最終決戦に進むことはできませんでしたが、初めてのM-1決勝で全国の視聴者に存在感を示しました。

2025年大会の優勝はたくろう。最終決戦では審査員9人中8票を獲得しています。

なお、2026年1月の本人インタビューで、2人は決勝の出番まで約2時間半待っていたことや、緊張しながらネタ合わせを続けていたことを振り返っています。

大きな舞台であっても、普段の自然な掛け合いを大切にする漫才を披露したことは、豪快キャプテンにとって重要な経験になりました。

2025年大会の全体結果や他のファイナリストについては、M-1グランプリ2025の結果・順位・大会情報まとめでも紹介しています。

2026年もM-1に出場|大阪3回戦を突破して準々決勝へ

豪快キャプテンは2026年もM-1グランプリに出場しています。

公式サイトに掲載されたエントリー番号は2768。前年の実績によるシード権で1回戦を通過し、10月14日に大阪のSPACE 14で開催された2回戦も突破しました。

続いて10月30日、大阪のドーンセンターで行われた3回戦に出場。

10月31日に発表された審査結果で、豪快キャプテンは大阪会場からの準々決勝進出34組に選ばれました。

大阪会場からは、もも、例えば炎、ぐろう、天才ピアニスト、チェリー大作戦、フースーヤ、ネイビーズアフロなども準々決勝に進んでいます。

2026年大会のエントリー総数は、再エントリーを含めて過去最多の12,663組。ただし、10月31日に発表された34組は大阪3回戦の通過者であり、全国の準々決勝進出者の総数ではありません。

東京3回戦は11月2日から4日に開催され、その後に東京会場の進出者が発表されます。

大阪の準々決勝は11月18日、なんばグランド花月で開催予定です。

2025年の決勝進出を経験した2人が、2026年大会でどこまで勝ち上がるのか。今後の結果が注目されます。

2026年大会全体の進出者や日程については、M-1グランプリ2026の準々決勝進出者・最新日程まとめで詳しく紹介しています。

2023年から2025年の賞レース実績|上方漫才大賞新人賞までの歩み

豪快キャプテンの実績は、M-1グランプリだけではありません。

関西の若手漫才師が競い合う賞レースにも出場を続け、2023年にはytv漫才新人賞決定戦、2025年には上方漫才大賞で結果を残しています。

2023年|第12回ytv漫才新人賞決定戦で3位

2023年3月19日、豪快キャプテンは第12回ytv漫才新人賞決定戦に出場しました。

ファーストラウンドでは3位という成績を残しています。

この大会の優勝はダブルヒガシでした。

豪快キャプテンは優勝には届きませんでしたが、同じ2023年にはM-1準決勝にも初めて進出しています。

関西の若手漫才師の中で、実力が評価される機会が増え始めた時期だったといえるでしょう。

また、同年7月には大阪のよしもと漫才劇場で、初の単独ライブ「頑張れ!豪快キャプテン~ほんまに頑張れ編~」を開催しています。

賞レースへの挑戦だけでなく、単独ライブを通して自分たちの漫才を披露する機会も増えていきました。

2025年|第60回上方漫才大賞の新人賞を受賞

2025年4月12日、豪快キャプテンは第60回上方漫才大賞で新人賞を受賞しました。

上方漫才大賞は、1966年から続く歴史のある漫才賞です。

第60回大会では銀シャリが大賞、ヘンダーソンが奨励賞を受賞。豪快キャプテンは、新人賞に選ばれました。

新人賞には、前年のM-1グランプリで準優勝したバッテリィズをはじめ、ジョックロックやフースーヤなど、実績のある若手漫才師もノミネートされていました。

そんな中、豪快キャプテンは「おでん」のネタで92点を獲得。

バッテリィズとの差はわずか1点という接戦を制し、新人賞に輝きました。

受賞後の取材で、山下さんは自分たちが新人賞を獲得できるとは思っていなかったと驚きを語っています。

べーやんさんも、漫才を続けてきてよかったという思いを明かしました。

以前のコンビで苦労し、結成後にはコロナ禍を経験しながら活動を続けてきた2人にとって、この受賞は大きな節目になりました。

そして同じ2025年12月、M-1グランプリでも初めて決勝へ進出します。

春に上方漫才大賞新人賞を獲得し、年末にはM-1決勝6位。2025年は、豪快キャプテンが大きく飛躍した年となりました。

2026年NHK上方漫才コンテスト|例えば炎との最終決戦で準優勝

2026年3月20日、豪快キャプテンは第55回NHK上方漫才コンテストに出場しました。

この大会でも、2人は最終優勝決定戦まで勝ち上がっています。

Aブロックでは、豪快キャプテンとライムギが審査員7人による投票で同票となりました。

そのため決選投票が行われ、豪快キャプテンが最終優勝決定戦への進出を決めます。

一方、Bブロックを勝ち上がったのは、例えば炎でした。

最終決戦では、豪快キャプテンが「不倫」を題材にした漫才を披露。例えば炎は「医者」のネタで対抗しました。

結果は、審査員7人中5票を集めた例えば炎が優勝。豪快キャプテンは2票で、タイトル獲得には届きませんでした。

豪快キャプテンにとっては悔しい結果でしたが、最終優勝決定戦へ進んだ実績が残りました。

ここで興味深いのは、決勝の相手が「おでん」のネタ誕生にも関係していた、例えば炎だったことです。

例えば炎のタキノさんが提案した題材から、2025年の上方漫才大賞新人賞を獲得。そして2026年3月には、その例えば炎とNHKの舞台で優勝を争うことになりました。

関西の劇場で活動する芸人たちのつながりが、大きな賞レースにも現れた出来事といえるでしょう。

なお、NHK上方漫才コンテストと、11月に開催されたNHK新人お笑い大賞は別の大会です。豪快キャプテンが2026年3月に優勝したわけではありません。

例えば炎の経歴や結成秘話、2026年3月の優勝については、例えば炎の結成秘話とNHK上方漫才コンテスト優勝までの歩みでも詳しく紹介しています。

2026年NHK新人お笑い大賞で優勝|285組の頂点へ

2026年11月1日、豪快キャプテンは「NHK新人お笑い大賞2026」で優勝を果たしました。

NHK新人お笑い大賞は、若手芸人たちが漫才やコントなどで競い合う伝統ある賞レースです。

現在の名称になったのは2014年ですが、前身の大会から数えると約70年の歴史があります。

近年の優勝者には、令和ロマン、ニッポンの社長、天才ピアニスト、エバースなどが名を連ねています。

2026年は東京予選146組、大阪予選139組の計285組が参加しました。

その中から8組が本選へ進出。豪快キャプテンは2025年に続き、2年連続2回目の本選出場となりました。

Aブロックでは例えば炎らを抑えて最終決戦へ

2026年の本選は、8組をA・Bの2ブロックに分け、それぞれの勝者が最終決戦へ進む方式で行われました。

豪快キャプテンが出場したAブロックの顔ぶれは、次のとおりです。

出番コンビ・芸人名
1ナチョス。
2例えば炎
3ぎょねこ
4豪快キャプテン

豪快キャプテンは最後の4番手として登場し、「おはぎ」を題材にした漫才を披露しました。

同じブロックには、3月のNHK上方漫才コンテストで敗れた例えば炎も出場していました。

しかし今回は豪快キャプテンがAブロックを勝ち抜き、最終決戦へ進出します。

一方、Bブロックではチェリー大作戦が勝利しました。

こうして、関西を拠点とする2組が優勝を争うことになったのです。

1本目は4分28秒|失格ラインまで残り2秒だった

今回の優勝には、舞台裏での意外なエピソードもあります。

NHK新人お笑い大賞のネタ時間は4分間ですが、2026年大会では4分30秒を超えると失格となるルールが設けられていました。

ところが、豪快キャプテンがAブロックで披露した1本目の漫才は、4分28秒だったといいます。

失格となる4分30秒のラインまで、わずか2秒しか残っていなかったのです。

大会後の取材で、べーやんさんは、NHKスタッフのインカムの音が聞こえてきたことで焦ったと振り返っています。

ほんの少し長く漫才を続けていれば、優勝とはまったく違う結果になっていた可能性があります。

本人たちも大会後、この2秒差を印象的な出来事として語っていました。

ここでの「残り2秒」とは、通常の持ち時間4分までの残り時間ではなく、失格ラインである4分30秒までの時間を意味します。

台本を書き込むよりも自然な会話を大切にする豪快キャプテンらしいエピソードですが、大舞台では時間管理の難しさも伴うことが分かります。

最終決戦ではチェリー大作戦を5対2で破り優勝

Aブロックを勝ち抜いた豪快キャプテンは、Bブロック代表のチェリー大作戦と最終決戦で対戦しました。

豪快キャプテンが披露したのは、「おもち」を題材にした漫才です。

審査員は7人。最終投票の結果、豪快キャプテンが5票、チェリー大作戦が2票を獲得しました。

こうして豪快キャプテンは、285組が参加したNHK新人お笑い大賞2026の優勝者となりました。

この大会では、岩崎う大さん、奥田修二さん、里見まさとさん、清水ミチコさん、田中卓志さん、中川家の剛さん、渡辺正行さんが審査員を務めています。

個性の異なる審査員が評価する舞台で、豪快キャプテンの漫才が支持されたことになります。

しかも、最終決戦で対戦したチェリー大作戦とは、普段から一緒にライブを開催するなど交流がある間柄です。

特にチェリー大作戦の宗安聖さんとべーやんさんは、以前ルームシェアをしていたこともあります。

大会後、べーやんさんは、親しい芸人と最終決戦を戦い、優勝できたことへの感慨を語っていました。

単なるライバル同士の対決ではなく、長く舞台で活動してきた芸人同士が、大きな賞を争う場面でもあったのです。

2025年の新人賞、M-1決勝、2026年のNHK優勝がつながった

今回の優勝を、2025年からの流れで振り返ると、豪快キャプテンが着実に結果を残してきたことが分かります。

2025年4月には上方漫才大賞新人賞を獲得し、12月にはM-1グランプリで初の決勝進出を達成しました。

そして2026年3月にはNHK上方漫才コンテストで最終優勝決定戦へ進み、11月にはNHK新人お笑い大賞で優勝しています。

なお、2025年に獲得した「上方漫才大賞新人賞」と、2026年に獲得した「NHK新人お笑い大賞」は異なる賞です。

前者は上方漫才大賞の新人賞部門、後者はNHK新人お笑い大賞という大会そのものの大賞にあたります。

大会名を混同しなければ、豪快キャプテンが2年続けて異なる大きな賞を獲得したことが分かります。

山下さんは大会後の取材で、2026年3月のNHK上方漫才コンテストで敗れたことが悔しかったため、今回は負けたくなかったという思いを明かしています。

また、2人は2026年のM-1グランプリでも優勝を目指したいと語りました。

ただし、NHK新人お笑い大賞優勝によって、M-1の準決勝や決勝への進出が保証されるわけではありません。M-1では、その大会ごとの審査を勝ち抜く必要があります。

豪快キャプテンの現在の活動|ラジオ・冠番組・よしもと漫才劇場

2025年のM-1決勝進出を経て、豪快キャプテンの活動は劇場だけでなく、ラジオやテレビにも広がっています。

2026年にはレギュラー番組や冠番組が始まり、漫才以外でも2人の掛け合いを楽しめる機会が増えました。

2026年4月から『豪快キャプテンのMBSヤングタウン』を担当

2026年4月6日から、MBSラジオで『豪快キャプテンのMBSヤングタウン』がスタートしました。

放送時間は毎週月曜日22時から23時30分です。

もともと『MBSヤングタウンNEXT』を担当していた2人が、本家の『MBSヤングタウン』へ昇格する形で番組を持つことになりました。

『MBSヤングタウン』は、明石家さんまさんをはじめ、多くの人気タレントが出演してきた歴史あるラジオ番組です。

豪快キャプテンが月曜日を担当することになったのは、関西の若手漫才師として大きな転機といえるでしょう。

番組では、山下さんの怒る芸風を生かした「架空ブチギレ」や、リスナーの不満に代わって怒る「代わりに怒ったるよ!」といったコーナーも用意されています。

漫才では山下さんの激しいツッコミが印象的ですが、ラジオでは2人の普段の会話や、舞台とは違う一面も楽しめます。

2026年7月にはGAORAで初の冠番組がスタート

2026年7月4日には、CSチャンネル「GAORA SPORTS」で『豪快キャプテンの よそはよそ、うちはうち。』がスタートしました。

豪快キャプテンにとって、初めての冠番組です。

番組では、周囲の目や常識を気にしすぎず、自分たちらしい笑いを届けることをテーマに、ゲスト芸人との企画やコメディ、トークなどに挑戦しています。

2026年6月5日には、よしもと漫才劇場で初回の公開収録も行われました。

GAORAの同じ放送枠では、これまで千鳥、麒麟、見取り図などの人気芸人も番組を担当してきました。

漫才での実績を積み重ねてきた2人が、今度は番組の中心として企画を進める立場になったことも注目すべき変化です。

2025年から2026年にかけて、豪快キャプテンは賞レースでの結果だけでなく、自分たちの名前を冠した番組も持つようになりました。

漫才を続けることが2人の長期的な目標

テレビやラジオの仕事が増える一方で、豪快キャプテンが大切にしているのは、やはり漫才です。

2026年7月のインタビューで山下さんは、年齢を重ねても漫才を続けていきたいという思いを語っています。

テレビでは世代交代があっても、漫才なら年齢を重ねた師匠が舞台の最後に登場して、大きな笑いを取ることができます。

そうした漫才師への憧れが、山下さんにはあるようです。

べーやんさんも、格好いい漫才師になりたいという思いを明かしています。

2人にとって賞レースは、単に一度優勝するためのものではありません。

将来も漫才を続けていくために、自分たちの存在を広く知ってもらう重要な機会でもあるのです。

豪快キャプテンについてよくある疑問

豪快キャプテンはいつ結成された?

2019年5月27日に結成されました。山下ギャンブルゴリラさんとべーやんさんは、それぞれ以前のコンビを解散した後に試験的なユニットを組み、べーやんさんから正式なコンビ結成を申し込んでいます。

山下ギャンブルゴリラは本当に証券会社で働いていた?

はい。大学卒業後に証券会社へ就職し、一般家庭への飛び込み営業などを経験しています。もともと漫才師になりたいという思いがあり、会社員として働いた後にNSC大阪35期へ入学しました。

豪快キャプテンのM-1最高成績は?

2026年11月2日時点では、2025年の決勝6位が最高成績です。決勝では839点を獲得しました。2026年大会は大阪3回戦を突破し、準々決勝への進出が決定しています。

2026年に優勝したNHKの大会はどっち?

優勝したのは、2026年11月1日の「NHK新人お笑い大賞2026」です。同年3月20日の「第55回NHK上方漫才コンテスト」では最終優勝決定戦へ進みましたが、例えば炎に敗れています。

豪快キャプテンは現在も大阪で活動している?

2026年11月時点でも大阪のよしもと漫才劇場を中心に活動しています。MBSラジオの冠番組やGAORAの冠番組も担当しており、劇場以外でも活動の幅を広げています。

まとめ|会社員から芸人へ、苦労の末に大きな賞を獲得した豪快キャプテン

豪快キャプテンは、山下ギャンブルゴリラさんとべーやんさんによる、吉本興業所属のお笑いコンビです。

2019年5月27日に結成され、大阪のよしもと漫才劇場を中心に活動してきました。

山下さんは証券会社で働いた経験を持ち、べーやんさんは工業高校卒業後に芸人の道へ進みました。

異なる経歴を持つ2人は、それぞれ以前のコンビを解散した後に出会い、新しい漫才を始めています。

結成後も決して順調だったわけではなく、コロナ禍には芸人を辞めることまで考えました。

それでも漫才を続け、2023年と2024年にはM-1準決勝へ進出。2025年には上方漫才大賞新人賞を獲得し、M-1決勝6位という成績を残しました。

そして2026年11月1日、NHK新人お笑い大賞で優勝を果たしています。

身近な題材から生まれる自然な会話と、山下さんの激しい反応、べーやんさんの独特な受け答え。その2人ならではの漫才が、全国的な賞レースでも評価されるようになりました。

2026年のM-1グランプリでも準々決勝進出が決まり、挑戦は続いています。

一度は別の道を選ぶことも考えた2人が、漫才師として大きな舞台に立つまでになった豪快キャプテン。これからどのような漫才を見せてくれるのか、引き続き注目したいコンビです。

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