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『甘々と稲妻』1巻レビュー|犬塚公平はなぜ娘のために料理を始めた?

雨隠ギド『甘々と稲妻』第1巻の表紙

『甘々と稲妻』1巻の基本情報

  • 作者:雨隠ギド
  • 発売日:2013年9月6日
  • 出版社/レーベル:講談社/アフタヌーンKC
  • 判型:B6判
  • ページ数:192ページ
  • 定価:649円(税込)
  • ISBN-13:9784063879179

父と娘の食事は、最初から壊れていたわけではない

高校教師の犬塚公平は、妻を亡くし、幼い娘・つむぎと二人で暮らしている。食事を用意していないわけではない。ただ、仕事と子育てを一人で抱える中で、料理まで十分に手が回らない。そんな父娘が、教え子の飯田小鳥との出会いをきっかけに、自分たちで料理を作って食べるようになる。

この導入を「料理によって傷ついた家族が再生する話」とまとめると、『甘々と稲妻』1巻の面白さはかなりこぼれる。公平は食事を放棄していた父親ではないし、料理を始めた瞬間に何かを乗り越えるわけでもない。1巻が丁寧に描くのは、娘が何を食べたいのか、どんな顔で食べるのかを公平があらためて見るようになる過程だ。

犬塚公平はなぜ娘のために料理を始めた?

公平を動かすのは、「父親なら手料理を作るべきだ」という義務感だけではない。つむぎが食べ物へ向ける反応を目の前で見ることが大きい。食べたいものがあり、おいしそうな料理に目を輝かせ、実際に食卓を囲めば表情が変わる。その具体的な反応によって、公平の中で食事の意味が変わっていく。

だから本作では、料理の腕前が上がることそのものがゴールにならない。公平は料理の才能に目覚める主人公ではなく、知らないことを一つずつ確認しながら作る。失敗や戸惑いも消えない。それでも続ける理由が、つむぎとの食卓の中にある。

この距離感がいい。「良い父親になるための料理」ではなく、目の前の娘と一緒に食べるための料理として始まっている。

つむぎは「父親を励ますための子ども」ではない

つむぎの存在も重要だ。子どもらしい無邪気さはあるが、公平の物語を前向きにするためだけの役ではない。食べたい、嫌だ、うれしい、寂しいという反応がかなり直接的で、その都度公平は自分の都合だけでは決められなくなる。

親が子どもを導くだけではなく、子どもの反応によって親の行動も変わる。父娘の関係が一方向ではないから、食卓の場面が単なる「いい話」で終わらない。つむぎがおいしそうに食べる顔には意味があるが、それは読者を癒やすためではなく、公平が次に何をするかを決める情報になっている。

小鳥を「父娘を救う存在」にしない三人の距離

飯田小鳥が加わることで、物語は父娘だけの閉じた話ではなくなる。ただし、小鳥が二人に料理を教え、欠けた家庭を埋めるという単純な役割には置かれていない。小鳥自身にもできないことや事情があり、三人の中で最初から万能な人物はいない。

この不完全さが三人で料理する理由になる。公平だけでは難しい。小鳥一人でも完結しない。つむぎは大人の事情とは関係なく食べたいものを口にする。誰か一人が残り二人を救うのではなく、それぞれ足りない部分を抱えたまま同じ台所に立つことで食卓が成立する。

完成した料理より「作っている時間」を読ませる

料理漫画として見ると、1巻で目を引くのは完成品の豪華さではない。材料を確認する、手順に戸惑う、手を動かす、待つ、食べる。その工程にページを使う。

手元の作業から、つむぎの表情へ移り、最後に三人が同じ食卓へ収まる。こうした画面の切り替えによって、料理が完成していくことと三人の関係が少しずつ変わることが並行して見える。レシピを説明するだけなら文章でもできるが、作業する手と食べる顔を往復して見せられることが、この作品では漫画として効いている。

料理の失敗も大げさな事件にはしない。慣れていない人が作れば時間がかかるし、段取りも悪い。それを笑いにしながらも、「不器用でも作ればいい」という教訓へ急がず、三人がその時間を過ごしていること自体を描く。

公式アニメPVで三人の空気を確認する

『甘々と稲妻』は後にTVアニメ化された。下の公式PVは原作1巻そのものの映像ではないが、公平・つむぎ・小鳥が食卓を囲む作品の雰囲気をつかみやすい。

全12巻で完結した現在、1巻はどんな位置にある?

原作は全12巻で完結している。最終12巻は2019年2月7日に発売された。シリーズ全体の結末を知ってから1巻を評価し直す必要はないが、現在は「この先が完結するか分からない作品」ではなく、最後まで読めるシリーズとして手に取れる。

そのうえで1巻単体を見ると、後の展開を予告することより、まず公平・つむぎ・小鳥がなぜ同じ台所へ立つのかを成立させることに集中している。シリーズの長さを支える関係の土台は、すでにここで作られている。

弱点|「作る→食べる」の反復を楽しめるか

1巻は大きな事件を連続させるタイプではない。基本になるのは、料理を作り、三人で食べ、その中で少し関係が変わるという反復だ。強い謎や急展開を求める場合は、進行がゆっくりに感じる可能性がある。

また、料理の工程を比較的しっかり見せるため、食事場面だけをテンポよく読みたい人には長く感じるところもある。ただ、この工程を削ってしまうと三人が一緒にいる時間まで短くなる。本作の場合は長所と弱点が同じ場所にある。

甘々と稲妻 第1巻

妻を亡くした高校教師・犬塚公平が、娘のつむぎ、教え子の飯田小鳥と一緒に料理を始めるシリーズ第1巻。原作は全12巻で完結しています。

価格・在庫・仕様や版の違いなどは変動します。購入の際は各ショップの商品ページで最新情報をご確認ください。

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まとめ

『甘々と稲妻』1巻で大切なのは、料理が公平の悲しみを治すことではない。つむぎが食べる姿を見て、公平が「自分で作って一緒に食べる」という行動を選び、その場に小鳥も加わっていく。三人の関係は、誰か一人が残りを救う形では始まらない。

だから1巻の料理は、完成した一皿以上に、そこへたどり着くまでの時間に意味がある。なぜ公平は娘のために料理を始めたのか。その答えを、大きな決意ではなく、つむぎの表情と三人の食卓で見せていく一冊だ。

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