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新聞のテレビ欄にあった「Gコード」は何だった?数字だけで録画予約できた“謎の暗号”の正体

目次
  1. 新聞のテレビ欄にあった「Gコード」とは?数字だけで録画予約できた仕組み
  2. Gコードとは何だったのか
  3. なぜ数字だけで録画予約できたのか
  4. 最大の謎――なぜGコードは番組によって桁数が違ったのか
  5. 「Gコードは最大8桁」と「9桁」の資料が両方あるのはなぜ?
  6. Gコード以前の録画予約は、何が面倒だったのか
  7. Gコードを作ったのは誰だったのか
  8. 世界では「Gコード」と呼ばれていなかった
  9. 1992年、日本上陸――最初の壁は「鶏と卵」だった
  10. 「ビデオプラス」とGコードは同じものではない
  11. 新聞社がGコードを勝手に付けていたわけではない
  12. 全国で同じ数字を入れれば、そのまま録画できたわけではない
  13. Gコード以前には「バーコードで予約する」方式もあった
  14. Gコードはどこまで広がったのか
  15. 弱点はやはり「野球延長」だった
  16. 紙の数字から、テレビ画面の番組表へ
  17. Gコードは地デジ化した2011年に完全消滅したわけではない
  18. 今でもGコード対応ビデオで予約できる?
  19. 「暗号」だったのか?
  20. 新聞の数字は、紙と家電をつなぐインターフェースだった
  21. あわせて読みたい
  22. 主な確認資料

新聞のテレビ欄にあった「Gコード」とは?数字だけで録画予約できた仕組み

新聞のテレビ欄に掲載されたGコードをリモコンで入力し、ビデオデッキに録画予約する仕組みを描いたイラスト

新聞のテレビ欄を眺めると、番組名や放送時刻の横に、数桁の数字が並んでいた時代がありました。

「Gコード」。

数字をリモコンへ打ち込むだけで、ビデオデッキの録画予約ができる。1990年代にビデオを使っていた人なら、この操作を覚えているかもしれません。

しかし、あらためて考えると不思議です。

インターネットにつながっているわけでもないビデオデッキが、新聞に印刷された数字だけを見て、どうして「何日の、何チャンネルを、何時から、何分間録画するのか」を判断できたのでしょうか。

しかもGコードは、番組によって3桁だったり、6桁だったり、8桁だったりしました。

あの数字は、番組を検索するための整理番号ではありません。

Gコードの正体は、「放送日・チャンネル・開始時刻・番組の長さ」という録画予約に必要な情報を、短い数字へ符号化した予約コードです。

新聞の数字をビデオデッキへ入力すると、機器の中で数字が元の録画情報へ戻される。だから通信回線がなくても予約できました。

そして、この仕組みを追っていくと、Gコードは単なる便利機能ではなく、新聞社と家電メーカーの両方を巻き込んで成立した、インターネット普及以前ならではの情報システムだったことが見えてきます。

Gコードとは何だったのか

ジェムスタージャパンは、Gコードを録画予約のためにテレビ番組ごとへ付けられた番号と説明しています。

ただし「番組番号」とだけ覚えると、本当の仕組みが分かりにくくなります。

Gコードから取り出せる基本情報は、次の4つでした。

情報何を決めるものか
放送日何日に録画するか
チャンネルどの放送局を録画するか
開始時刻何時何分から録画するか
番組の長さ何分間録画するか

Gemstar Developmentの特許にも、G-CODEが「channel, date, start time, length」の情報を持つことが記されています。

一方、VHSで使う「標準」「3倍」といった録画モードまで、この数字だけで決まるわけではありません。実際の機器では、Gコードを入力して予約内容へ変換した後、録画モードを別途選択する製品がありました。

つまり、Gコードは「録画操作のすべてを一つの数字へ詰め込んだもの」ではなく、番組を時間指定で録画するための基本情報を圧縮したコードと考えると分かりやすいでしょう。

なぜ数字だけで録画予約できたのか

ここがGコード最大のポイントです。

新聞に載っていた数字を入力すると、ビデオデッキがどこかのサーバーへ問い合わせて番組情報を取得していた――わけではありません。

一般的なGコード予約は、通信なしで成立します。

流れを単純化すると、こうなります。

番組情報
放送日・チャンネル・開始時刻・番組の長さ

↓

数字へ符号化
1~8桁のGコードを生成

↓

新聞・テレビ雑誌へ掲載

↓

視聴者が数字を入力

↓

ビデオデッキ内部で復号
放送日・チャンネル・開始時刻・番組時間へ戻してタイマー予約

Gコードを新聞のテレビ欄から入力し、VTR内部で放送日・チャンネル・開始時刻・番組の長さへ変換して録画予約する仕組み

特許資料では、コードを受け取った機器内のマイクロコンピューターが、それをチャンネル、日付、開始時刻、番組時間へ展開する処理が記されています。

つまり、新聞に載った数字は「情報を取りに行くための住所」ではありません。

必要な情報そのものが、数字の中へ折り畳まれていた。

ここが、現在のQRコードやWeb上のIDを見慣れた感覚では誤解しやすいところです。

「日付+時刻+チャンネル」をそのまま並べた数字でもない

もう一つ重要なのは、単純な連結ではなかったことです。

たとえば「15日・4チャンネル・19時30分・30分番組」だから、「154193030」のように数字をそのまま並べたわけではありません。

Gemstarの特許には、「priority vector」と「bit hierarchy key」を使って数値を割り当てる仕組みが記されています。

数式を追わなくても、本質は理解できます。

よく使われるチャンネル、放送時間帯、番組時間などの組み合わせには、できるだけ小さい数値を割り当てる。そこから必要な情報を機器側で逆算できるようにしていたのです。

だから、4つの情報を普通に数字で書くより短くできました。

最大の謎――なぜGコードは番組によって桁数が違ったのか

新聞を覚えている人なら、「Gコードって全部同じ長さではなかった」と気付くかもしれません。

ジェムスタージャパンの現在の資料では、Gコードは最小1桁の「1」から最大8桁の「99999999」までと説明されています。

桁数が一定でなかったのは、ただ気まぐれに番号を付けていたからではありません。

Gemstarの特許では、チャンネル、放送時刻、番組の長さなどについて、利用される可能性を考慮してコードを割り当てる設計が確認できます。

分かりやすく言えば、よく使われる条件ほど小さい番号になりやすく、小さい数字なら10進数で表したときの桁数も短くなるという仕組みです。

ジェムスタージャパン自身も、ゴールデンタイムの番組や人気番組では桁数を小さくする工夫があったと説明しています。

ただし、「視聴率の高い番組なら必ず3桁」「人気のない番組なら必ず8桁」というランキングではありません。

コードを決める条件にはチャンネルや開始時刻、番組時間など複数の要素が関係します。したがって、「短いGコード=その番組自体が人気だった」と単純化しない方が正確です。

本当に「1桁」のGコードもあったのか

方式上は存在します。

ジェムスタージャパンは最小値を「1」と明記しており、特許資料でも1~8桁のコードとして定義されています。

ただし今回確認できた資料では、「新聞のこの番組に実際に1桁のGコードが掲載されていた」という当時紙面の具体例までは確認できませんでした。

そのため、架空の番組と1桁コードを組み合わせて例示することはしません。

「Gコードは最大8桁」と「9桁」の資料が両方あるのはなぜ?

Gコードについて調べていると、少し困ったことが起きます。

ジェムスタージャパンや日立の取扱説明書では「最大8桁」。ところがシャープのDVDレコーダー取扱説明書には、はっきり「Gコード番号が9桁のとき」という説明があります。

しかも例として示されているのは、

012345678

という9桁の番号です。

一見すると、8桁説と9桁説が矛盾しているように見えます。

ここで手掛かりになるのが、日立の取扱説明書に登場する「Gコード・インフォ」です。

日立はこれを従来のGコードシステムを応用・展開した予約録画システムと説明し、そこで使うコードは「0」で始まるとしています。

一方、通常のGコードは1~99,999,999。つまり先頭が0ではありません。

資料上の区分確認できる特徴
通常のGコード1~8桁。最小1、最大99,999,999
Gコード・インフォ系従来方式の応用・展開。0で始まるコードを使用する資料あり
シャープ取説の9桁例「012345678」と、先頭0の9桁を例示

したがって記事上は、「標準的なGコードは最大8桁。一部機器の資料には先頭0を含む9桁コードも登場する」と分けるのが安全です。

確認できた9桁の例が、すべてGコード・インフォだったとまで断定できる資料は見つかっていません。ここは「9桁は誤記だった」と処理せず、資料上の違いとして残しておきます。

Gコード以前の録画予約は、何が面倒だったのか

Gコードの便利さは、それ以前のタイマー予約を考えると分かりやすくなります。

1980年代から1990年代初頭のビデオデッキでは機種差が大きいものの、録画予約では一般に、日付や曜日、チャンネル、開始時刻、終了時刻などを一つずつ設定する必要がありました。

現在のレコーダーのように、テレビ画面へ番組表を出し、番組名を選んで「録画」を押す方式ではありません。

本体やリモコンの表示窓を見ながら、複数の数字を間違えずに設定する。

時計が合っていなければ、まず時計合わせも必要です。

Gemstarの特許でも、従来のタイマー予約について、複数情報の入力は複雑で間違いが起きやすく、慣れた利用者にとっても煩雑だったという問題意識が記されています。

Gコードが減らしたのは、録画そのものの手間ではありません。

番組表を見てから、ビデオデッキへ予約内容を転記する手間でした。

4つの条件を別々に設定する代わりに、新聞に載った数字をそのまま入力する。この違いは大きかったわけです。

Gコードを作ったのは誰だったのか

ジェムスタージャパンは、Gコードの「生みの親」として数学博士のヘンリー・ユーエン(Henry C. Yuen)を紹介しています。

同社の説明では、自身の録画ミスをきっかけに、録画予約を簡単にする仕組みを考えたとされています。

一方、技術史を一人の発明物語だけでまとめるのは正確ではありません。

米連邦巡回区控訴裁判所の1995年判決には、Gemstar Development Corporationが1988年後半、YuenとDaniel S. Kwohを通じてVCR予約装置の開発を始めたことが記録されています。

その開発から生まれた米国の商品が「VCR Plus+」で、番組表に掲載された「PlusCode」を入力すると録画予約できる仕組みでした。

つまり、記事としては「ヘンリー・ユーエンが中心人物だった」としつつ、技術開発にはKwohらも関わっていた、と見るのが適切です。

世界では「Gコード」と呼ばれていなかった

日本であまりにも「Gコード」の名前が定着したため、世界共通名称のようにも見えます。

実際には地域によって名称が違いました。

地域・資料名称
米国VCR Plus+/PlusCode
欧州の多くの地域ShowView
英国などの製品資料VideoPlus+
日本Gコード

ジェムスタージャパンは、「Gコード」という名称そのものが日本で生まれたと説明しています。

また日立の取扱説明書には、Gコードについて「ジェムスターコードの略」と明記されています。

そのため、日本での「G」はGemstarに由来すると説明して問題ありません。

1992年、日本上陸――最初の壁は「鶏と卵」だった

技術が完成しても、Gコードはそれだけでは使えません。

新聞やテレビ雑誌へコードを載せてもらわなければ、家庭では入力する数字を入手できない。一方で、Gコードを読める機械が普及していなければ、新聞社が紙面を使って数字を掲載する意味も薄い。

ジェムスタージャパンは、日本導入時のこの問題を「鶏と卵」と表現しています。

家電メーカーへ行けば「新聞への掲載が決まってから」。新聞社へ行けば「メーカーの採用が決まってから」。

Gコードは、家電会社だけで完成する商品ではありませんでした。

番組表を作る側と、それを読む機械を作る側の両方が参加して、初めて価値を持つ仕組みだったのです。

1992年4月1日、朝日新聞が日本初掲載

転機になったのが1992年4月1日です。

ジェムスタージャパンの沿革では、この日に朝日新聞が日本で初めてテレビ番組欄へのGコード掲載を開始したとされています。

同社の現在の公式ページでは「朝日新聞」までが確認でき、今回の調査では初掲載紙面そのものまでは確認できませんでした。そのため、朝刊・夕刊や版などの細部はここでは断定しません。

1992年7月10日、日本ビクターから内蔵型第1号機

その約3カ月後の1992年7月10日には、日本ビクターからGコード機能搭載ビデオデッキの第1号機が発売されました。

現在のジェムスタージャパン公式沿革で日付までは確認できますが、今回確認した一次資料だけでは第1号機の型番を十分に裏付けられなかったため、型番は記載しません。

「ビデオプラス」とGコードは同じものではない

当時を調べると、もう一つ「ビデオプラス」という名前が出てきます。

ここは名称が非常に紛らわしいところです。

Gコードは、録画情報を数字へ変えたコードと、その予約方式。

日本の「ビデオプラス」は、Gコードを使って既存のビデオデッキを予約できるようにする専用リモコンでした。

ジェムスタージャパンは1991年9月17日の創業後、日本でGコードのライセンス事業とともに、このGコード録画予約専用リモコン「ビデオプラス」の開発を開始したと記録しています。

対応ビデオデッキを新しく買わなくても、メーカーごとの赤外線信号に対応した外付けコントローラーから既存VTRを操作できる考え方です。

後にはGコード機能そのものがVTR、テレビデオ、テレビ、DVDレコーダー、HDDレコーダーへ組み込まれていきました。

なお、海外で使われたブランド名「VideoPlus+」と、日本で売られた専用リモコン「ビデオプラス」を同じ意味で扱うと混乱するため、記事では分けて考えます。

新聞社がGコードを勝手に付けていたわけではない

では、新聞に載る数字は誰が作っていたのでしょうか。

Gemstarの特許には、Gコードのエンコード処理はテレビ番組表を作成する前に行われ、チャンネル、日付、開始時刻、番組時間の値をコンピューターへ入力してコードを生成すると記されています。

つまり、新聞社の編集者が各番組へ適当に番号を振っていたものではありません。

一方で、1990年代の日本で番組データがどの経路を通り、誰がどの工程で各新聞社へGコード付き番組表データを渡していたのかという運用の細部までは、今回確認した公開一次資料だけでは完全に追えませんでした。

ここは「新聞社が番号を作った」とも、「全国分をジェムスターがすべて直接新聞社へ配信した」とも断定しません。

全国で同じ数字を入れれば、そのまま録画できたわけではない

Gコードにはチャンネル情報も含まれています。

しかし、地域が違えば同じ系列局でも受信するチャンネル番号が異なることがあります。CATVでは、さらに別のチャンネルへ変換される場合もあります。

そこで使われたのがガイドチャンネルという考え方です。

パイオニアのレコーダー取扱説明書にも、Gコード予約を使うにはガイドチャンネル設定が必要であることが明記されています。

考え方はこうです。

Gコード内部の基準となるチャンネル

↓

機器に登録された対応表

↓

その家庭で実際に受信するチャンネル

米国のVCR Plus+について扱った裁判記録でも、同じ放送局が地域によって異なるチャンネルで受信されるため、「Guide Channel」と実際の視聴チャンネルを対応させる仕組みが説明されています。

Gコードが通信なしで使えたからといって、数字だけを入れれば世界中の機器が何の初期設定もなく目的の放送局を見つけられたわけではありません。

Gコード以前には「バーコードで予約する」方式もあった

録画予約を簡単にしようとしたのはGemstarだけではありません。

Gコードが日本で始まる以前から、番組表や予約用紙などのバーコードを専用リーダーで読み取り、録画情報を設定する方式が存在しました。

Panasonic Museumの所蔵品資料では、松下電器の1987年製「Hi-Fiマックロード NV-F15」を、バーコード予約システムを普及させたハイファイビデオと紹介しています。

数字を手入力するGコードとは違い、バーコード方式は「必要な情報を光学的に読み取らせる」という方向から予約操作を簡単にしようとしていました。

ジェムスタージャパンは後年、ミニバーコード方式について、専用リーダーが必要だったこと、紙面スペースや紙面状態による読み取りなどを普及上の問題として挙げています。

ただし、これはGコード側の企業による回顧でもあります。

そのため「Gコードがバーコードを完全に打ち負かした」と単純な勝敗にするより、1980年代から1990年代には、面倒なタイマー予約をどう簡単にするかを各社が模索していたと見る方が実態に近いでしょう。

Gコードはどこまで広がったのか

ジェムスタージャパンの沿革を見ると、日本での掲載媒体は1990年代に急速に増えています。

時点新聞TV雑誌公式沿革の掲載率
1993年4月1日6紙13誌39.4%
1994年4月1日40紙14誌79.4%
1998年4月1日62紙32誌87.8%
2008年4月1日79紙34誌95.8%

現在の公式ページでは、ピーク時に国内の新聞・出版社約90社、120紙誌へ掲載され、家電メーカー15社の製品へ採用されたとも説明されています。

一方、「製品の85%以上」という数字も掲載されていますが、現在のページだけでは母数となる対象製品の定義を細部まで確認できません。

そのため、これを「日本の全録画機器の85%」などと広げて解釈することは避けます。

弱点はやはり「野球延長」だった

Gコードには、仕組み上どうしても苦手な場面がありました。

予約時にコードから復元するのは、あくまで予定されている開始時刻と番組時間です。

ところがテレビ放送は予定どおりに進むとは限りません。

代表例が、プロ野球中継の延長です。

前の試合が30分延びれば、その後のドラマも30分遅れる。Gコードを入力した時点では、その変更を知ることはできません。

実際、Gemstarの特許自身が、スポーツ中継の延長などによって実際の放送開始や番組長が変わると、Gコードだけで設定した録画では番組全体を録画できない場合があることを課題として挙げています。

ただし、これは「Gコードだけが欠陥だった」という話ではありません。

予定時刻をあらかじめ入力しておくタイプのタイマー録画なら、同じ問題が起こります。

必要だったのは、予約した時点の予定だけでなく、放送直前や放送中に変化した番組情報をレコーダー側が知る仕組みでした。

紙の数字から、テレビ画面の番組表へ

Gコードを展開したジェムスター自身も、次の録画予約方式へ進んでいきます。

1994年10月4日、ジェムスタージャパンは次期システム「Gガイド」の開発を発表しました。

Gガイドは、新聞に印刷された数字ではなく、テレビ画面上で番組表を見られる仕組みです。

手動タイマー予約からGコード、Gガイド・EPGへ変化したテレビ録画予約の流れを示す図解

1998年3月16日にはTBSでGガイドの本放送が始まり、同年4月には日立からGガイド機能搭載テレビが発売されました。

ここで操作は大きく変わります。

方式予約するときの操作
従来の手動タイマー日付・局・開始・終了などを個別入力
Gコード新聞・雑誌の数字を入力
Gガイド/EPG画面上の番組を選択して予約

GコードとGガイドは同じものではありません。

しかし、ユーザーが複雑な日時設定を意識しなくても録画予約できるようにする、という目的には共通点があります。

紙の番組表を見て数字を打ち込む方式から、機械の中にある番組表から番組そのものを選ぶ方式へ移ったわけです。

EPG時代には「放送時間が変わった」ことも利用できるようになった

2000年代のHDD/DVDレコーダーになると、電子番組表を利用した追従機能も目立つようになります。

たとえばソニーが2005年に発表した「スゴ録」では、EPGの番組情報を使った「番組追跡録画」や「スポーツ延長対応」を搭載していました。

連続ドラマの最終回だけ放送枠が延びた場合や、前のスポーツ中継が延長した場合などに、更新された番組表情報を利用して録画時間を調整する機能です。

もちろん、EPGがあればどんな変更にも必ず対応できるわけではありません。放送側から提供される情報や機器側の対応条件に左右されます。

それでも、予約した瞬間の「予定」を数字へ固定するGコードだけの時代からは、大きく前進しました。

Gコードは地デジ化した2011年に完全消滅したわけではない

Gコードの終わりについては、「2011年7月24日の地デジ化で終了」と説明されることがあります。

大筋では間違っていませんが、「その日を境に日本から完全に消えた」とすると正確ではありません。

ジェムスタージャパンの沿革では、2011年7月24日のアナログ放送終了に伴ってGコード掲載を終了したと記録されています。

ただし同じ欄に、東日本大震災の復興支援のため東北地域では掲載を継続したとの注記があります。

さらに、紙の新聞とは別にオンライン上の掲載も残りました。

ジェムスタージャパンの沿革には、

2016年9月30日 Yahoo!テレビのGコード掲載終了

とあります。

したがって、「Gコードは2011年7月24日に完全消滅した」とするより、

新聞などでの主要な役割はアナログ放送終了とともに終わり、その後もしばらく一部地域やインターネット上には残っていた

と整理する方が実態に近いでしょう。

今でもGコード対応ビデオで予約できる?

古いGコード対応VTRが動作するなら、日時を直接指定する通常のタイマー録画など、機器そのものの機能が使える場合はあります。

しかし、現在放送されている地上デジタル番組について、新しいGコードを新聞などから取得して予約するサービスはすでに終了しています。

また、古いVTRの多くはアナログテレビチューナーを前提としています。

したがって、「Gコード対応機だから現在の地デジ番組もGコードで予約できる」という意味ではありません。

「暗号」だったのか?

見た目だけなら、新聞に並んでいた数桁の数字は確かに暗号のようです。

ただ、技術用語としての暗号は、情報を第三者から秘密にするための処理を意味します。

Gコードの目的は秘密保持ではありません。

録画予約に必要なデータを短くし、機器が元へ戻せる形で表現することです。

そのため、正確には「録画情報を圧縮・符号化した予約コード」と呼ぶ方が合っています。

タイトルでは「謎の暗号」。本文を読み終えたときには「実は暗号ではなく、紙に載せられるほど短くした録画データだった」と分かる。

この違いこそ、Gコードという技術のおもしろさです。

新聞の数字は、紙と家電をつなぐインターフェースだった

いまなら、テレビやレコーダーの画面に番組表が表示されます。

番組を選び、録画ボタンを押す。

その裏側で放送局、日時、番組IDなどが処理されていても、利用者はほとんど意識しません。

Gコードの時代には、その途中に「紙」がありました。

番組情報を数字にする。

新聞社やテレビ雑誌がその数字を印刷する。

人間が数字を見てリモコンへ入力する。

ビデオデッキが数字を元の情報へ戻す。

人間自身が、紙と機械の間でデータを運んでいたことになります。

しかも、そこで運んでいたのはただの番組番号ではありません。

「何を、いつ、どのくらい録画するか」という命令そのもの。

新聞のテレビ欄に何気なく印刷されていた最大8桁の数字は、インターネットが家庭へ広く普及する前の時代に、メディアと家電をつないだ小さなインターフェースでした。

数字が短かった番組にも理由がある。

地域によってはガイドチャンネル設定も必要だった。

そして、テレビ画面の中へ番組表そのものが入るようになると、紙から数字を写す役割は少しずつ必要なくなっていった。

そう考えると、Gコードが消えたのは単に一つの規格が古くなったからではありません。

番組表を見る場所そのものが、新聞から録画機器の中へ移った。

あの謎の数字が姿を消した背景には、テレビを見る方法だけでなく、「情報を機械へ渡す方法」が変わった歴史があります。

あわせて読みたい

Gコードと同じく、インターネットが一般家庭へ広く普及する以前に「情報をデータとして届ける」ことへ挑んだ技術として、1986年のソフト自販機TAKERUがあります。のちの通信カラオケへ技術がつながっていった経緯は、「失敗したソフト自販機」はどうJOYSOUNDにつながった?TAKERUから通信カラオケへ続く技術史で詳しく追っています。

また、「昔から見慣れている数字には、なぜその番号なのか」という別の技術史として、「404 Not Found」の404って何?有名な“404号室説”は本当なのかもあわせてどうぞ。

ゲーム史、デジタル文化、昔の技術を一次資料まで遡って調べる記事は、つぶログ深掘りにまとめています。

主な確認資料

※Gコードの普及率やピーク時の採用状況などは、現在公開されているジェムスタージャパンの資料に基づき、同社が示す数値として扱っています。資料だけでは母数や運用の細部を特定できない事項については、本文中で推測による補完を行っていません。

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