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原神以降、基本プレイ無料ゲームはどこまで進化したのか?|オープンワールドが“無料”の常識を変えた時代

原神以降、基本プレイ無料ゲームは“安っぽいゲーム”ではなくなった

かつて「基本プレイ無料ゲーム」と聞くと、どこかで少し身構えるところがありました。

無料で始められる代わりに、見た目はそこそこ。
遊び続けるには課金が必要。
スマホ向けの軽いゲームで、家庭用ゲーム機の大作とは別物。

そんなイメージを持っていた人は、決して少なくなかったと思います。

しかし、2020年に『原神』が登場してから、その印象は大きく変わりました。『原神』は2020年9月28日に正式サービスを開始したオープンワールドアクションRPGで、基本プレイ無料でありながら、広大なフィールド探索、キャラクター育成、ストーリー、音楽、マルチプラットフォーム展開を高い水準でまとめた作品でした。

そして今では、『鳴潮』のようにアクション性をさらに押し出したタイトルや、都市型オープンワールドとして登場した『NTE: Neverness to Everness』のような作品まで出てきています。『鳴潮』は2024年5月23日にサービス開始したオープンワールドアクションRPGで、『NTE』は2026年4月29日に正式リリースされた基本プレイ無料の超現実都市オープンワールドRPGです。

特に『NTE』をPS5 Proで触ったとき、個人的には「基本無料ゲームもここまで来たか」とかなり驚かされました。街並みの奥行き、ビル群の密度、光の表現、現代都市を歩く感覚は、これまでの草原や幻想世界を旅するオープンワールドとはまた違うインパクトがあります。

もちろん、基本プレイ無料ゲームには今も課金、ガチャ、日課、育成負担、運営方針といった不安があります。
それでも、もはや「無料だから大作には及ばない」と簡単に言える時代ではなくなりました。

この記事では、『原神』以降に基本プレイ無料ゲームがどのように進化してきたのか。そして『鳴潮』や『NTE』の登場によって、オープンワールドゲームの常識がどこまで変わり始めているのかを、実際に遊んできたプレイヤー目線で考えていきます。

「スマホゲームか……」と言われていた時代

今でこそ、PS5・PC・スマホ同時展開のゲームは珍しくありません。
しかし少し前まで、ゲームファンの間では「スマホ向け」という言葉そのものに、独特の空気がありました。

期待されていた新作タイトルが発表されても、最後に「対応プラットフォーム:iOS / Android」と表示された瞬間、SNSやコメント欄の空気が一気に変わる。
「ああ、スマホゲームなのか」
そんな反応を見かけることは、当時かなり多かったように思います。

もちろん、スマホゲームにも人気作はありました。
ただ、少なくとも“家庭用ゲーム機の大型タイトルと同じ熱量で期待される存在”ではなかった。

グラフィック、操作性、世界の広さ、ゲームボリューム。
どこかで「スマホだから限界がある」という前提を、多くの人が無意識に持っていた気がします。

だからこそ、『原神』が登場した時の衝撃は大きかった。

基本プレイ無料。
スマホ対応。
それなのに、広大なオープンワールドを自由に探索できる。

しかも、ただ広いだけではなく、「ちゃんと冒険している感覚」があった。

ここで初めて、“スマホでも遊べるゲーム”ではなく、

「スマホでも、このレベルのゲームが動く時代」

へ空気が変わり始めたように感じます。

原神が変えたのは“無料ゲームの見られ方”だった

『原神』が与えた影響は、単に「大ヒットした基本プレイ無料ゲームが出た」という話だけではありません。

一番大きかったのは、無料ゲームを見る目そのものを変えたことだと思います。

それまでの基本プレイ無料ゲームは、どうしても「課金でキャラクターを集める」「イベントを周回する」「毎日ログインする」といった運営型のイメージが先に来がちでした。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。継続して遊ぶ楽しさ、キャラクターを集める楽しさ、少しずつ育てる楽しさは、基本プレイ無料ゲームならではの魅力でもあります。

ただ、『原神』が違っていたのは、その前にまず“ゲームとしての体験”を見せてきたことです。

フィールドに出る。
高い場所を見つける。
崖を登る。
空を滑空する。
遠くに見える目的地へ、自分の足で向かう。

この一連の流れが、基本プレイ無料のゲームとして成立していたことが大きかった。

『原神』は2020年9月28日に正式サービスを開始した基本プレイ無料のオープンワールドアクションRPGで、配信当初からPC、PS4、iOS、Androidに対応していました。つまり、最初から“スマホだけのゲーム”ではなく、複数の環境で遊べる本格的なオープンワールドとして出てきたわけです。

ここで、多くのプレイヤーの中にあった「無料ゲームは家庭用ゲームの代わりにはならない」という思い込みが、かなり揺らいだのではないでしょうか。

もちろん、『原神』にもガチャはあります。
キャラクターや武器の入手に運の要素が絡む以上、課金モデルへの賛否は今もあります。実際、海外メディアでも『原神』のガチャ構造や課金誘導については批判的に論じられてきました。

それでも、『原神』がすごかったのは、課金以前に「まず世界を歩くだけで楽しい」と思わせたことです。

これはかなり重要です。

ガチャで強いキャラクターを引く前に、フィールドを探索する楽しさがある。
イベントを走る前に、知らない土地へ行くワクワクがある。
育成素材を集める前に、遠くの景色へ向かって移動したくなる。

この“ゲーム本体の魅力”が最初に伝わったからこそ、『原神』は基本プレイ無料ゲームの印象を大きく変えたのだと思います。

そして、その後の作品にも影響は続いています。

『鳴潮』は、オープンワールドにより鋭いアクション性を加えました。
『NTE』は、広大な自然ではなく現代都市の密度で驚かせる方向へ進みました。

つまり、『原神』以降の基本プレイ無料ゲームは、ただ「無料で遊べる」ことを売りにするだけでは足りなくなったのだと思います。

無料なのに、どこまで本格的な世界を作れるのか。
スマホでも遊べるのに、どこまで据え置き機に近い体験を出せるのか。
ガチャや運営型コンテンツを抱えながら、どこまで“純粋にゲームとして面白い”と思わせられるのか。

その基準を、一段上に引き上げたのが『原神』だったのではないでしょうか。

鳴潮が示した“アクションで勝負する”基本無料ゲームの進化

『原神』以降、基本プレイ無料のオープンワールドゲームは一気に注目されるようになりました。

ただ、その一方で「原神っぽいゲームが増えるだけではないか」という見方もあったと思います。
広いフィールド、キャラクター収集、元素のような属性システム、探索、ガチャ。そうした要素をなぞるだけなら、結局は後追いで終わってしまいます。

そこで違う方向から存在感を出したのが『鳴潮』でした。

『鳴潮』は2024年5月23日に正式リリースされたオープンワールドアクションRPGです。リリース時点ではPC、iOS、Android向けに展開され、クロスプレイにも対応していました。

『鳴潮』が印象的だったのは、基本無料オープンワールドの中でも、かなり明確に“アクションの気持ちよさ”へ寄せていたことです。

回避、パリィ、ジャストタイミングの反撃、空中戦、スピード感のある移動。
ただフィールドを広くするだけではなく、動かして気持ちいいか、戦って面白いかにかなり力を入れている作品でした。

ここが、『原神』以降の変化として大きい部分だと思います。

『原神』が「無料でも広大な世界を冒険できる」という衝撃を与えたとすれば、『鳴潮』は「無料でもここまでアクションを作り込める」という方向で勝負してきた作品でした。

もちろん、『鳴潮』にも基本無料ゲームとしての課題はあります。
キャラクター育成、素材集め、ガチャ、イベント更新、日課。このあたりは長期運営型ゲームである以上、避けて通れません。

ただ、それでも戦闘に入った瞬間の手触りには、はっきりとした個性があります。
敵の攻撃を見て避ける。タイミングよく反撃する。キャラクターを切り替えながらコンボをつなぐ。そうした部分に重心を置いたことで、「基本無料ゲーム=作業的に周回するもの」という印象をかなり薄めていたように感じます。

そして、この流れはかなり重要です。

なぜなら、基本プレイ無料ゲームが進化するためには、グラフィックやボリュームだけでは足りないからです。
どれだけ見た目が綺麗でも、実際に操作していて退屈なら長くは続きません。

『鳴潮』は、その意味で“動かして楽しい基本無料ゲーム”の存在感を強めたタイトルでした。

原神以降の時代は、ただ世界が広いだけでは驚かれにくくなっています。
その中で、戦闘の手応え、移動の気持ちよさ、キャラクターを動かす楽しさをどこまで磨けるか。

『鳴潮』は、基本プレイ無料のオープンワールドゲームが次の段階へ進むうえで、その基準のひとつを示した作品だったと思います。

NTEが見せた“都市オープンワールド”という次の段階

『原神』が基本プレイ無料ゲームのスケールを変え、『鳴潮』がアクションの手触りを前に押し出したとすれば、『NTE: Neverness to Everness』が見せてきたのは“都市そのものを遊び場にする”方向の進化です。

これまでのオープンワールドRPGは、草原、山、砂漠、遺跡、ファンタジー世界の絶景でプレイヤーを引き込む作品が多くありました。
もちろん、それは今でも大きな魅力です。広い大地を走り、遠くの山を目指し、まだ見ぬ土地へ進んでいく感覚は、オープンワールドの王道と言えます。

ただ、『NTE』は少し違います。

本作の舞台は、超常現象と日常が交差する現代都市「ヘテロシティ」。プレイヤーは非公認の異象ハンターとして、骨董屋「エイボン」を拠点に、街で起きる不思議な事件や依頼に関わっていきます。ジャンルとしても、公式では“超現実都市オープンワールドRPG”と位置づけられています。

ここで面白いのは、冒険の舞台が“遠い異世界”ではなく、“生活感のある街”になっていることです。

ビルが並び、道路が続き、看板が光り、車が走る。
その中に、異象という非日常が混ざっている。

この組み合わせは、基本プレイ無料オープンワールドの進化としてかなり重要だと思います。
なぜなら、広いフィールドを作るだけではなく、「街をどれだけ魅力的な空間にできるか」が勝負になっているからです。

実際、『NTE』はUnreal Engine 5を活用して開発されており、Epic Gamesの開発者インタビューでは、都市の様式化された超現実的なビジュアル表現や、ボリュメトリッククラウド、フォグ、ライトシャドウ、DFAO、コンタクトシャドウ、ポストプロセス処理などを組み合わせて都市の空気感を作っていることが語られています。

これがプレイ中の印象にもつながっています。

『NTE』をPS5 Proで触ると、街の奥行きやビル群の密度がかなり強く感じられます。
自然の絶景で圧倒するのではなく、都市の立体感、光の反射、遠くまで続く道路、建物の重なりで驚かせてくる。

これは『原神』や『鳴潮』とはまた違う進化です。

『原神』が「無料で広大な世界を冒険できる」ことを見せ、『鳴潮』が「無料でもアクションはここまで作れる」ことを示した。
そして『NTE』は、「無料ゲームでも、現代都市そのものをここまで見せられる」という方向へ踏み込んできた作品だと感じます。

もちろん、都市型オープンワールドは簡単ではありません。

街並みが美しいだけでは、長く遊び続ける理由にはなりません。
建物の中にどれだけ入れるのか、NPCとの関わりがどこまであるのか、車移動や生活系コンテンツがどれだけ遊びとして成立するのか。そこが弱ければ、“見た目はすごいけれど、やることはいつもの日課”になってしまう危険もあります。

それでも、『NTE』が見せた第一印象にはかなり大きな意味があります。

基本プレイ無料ゲームは、もはや草原やファンタジー世界だけで勝負する段階を超え始めています。
現代都市、生活感、車移動、ネオン、建物の奥行き、街の空気。そうした要素まで含めて、“無料で遊べる大作”の表現範囲が広がってきた。

『NTE』は、その変化をかなり分かりやすく見せてくれるタイトルだと思います。

それでも基本プレイ無料ゲームには“運営型”ならではの不安が残る

基本プレイ無料ゲームの進化は、ここ数年で明らかに加速しています。

グラフィック、アクション、フィールドの広さ、演出、音楽、マルチプラットフォーム展開。
どれを見ても、かつての“無料ゲーム”という言葉から想像する水準を大きく超えてきました。

ただし、それでも買い切りゲームとは違う不安は残ります。

一番分かりやすいのは、やはりガチャ、育成、日課、イベント更新といった“運営型ゲーム”ならではの仕組みです。

『原神』以降、基本プレイ無料ゲームは一気に大規模化しました。
しかしその一方で、「欲しいキャラクターを引くために石を貯める」「限定イベントを逃したくない」「毎日ログインしないと損をする気がする」といった、運営型ならではのプレイ感覚も強くなっていきました。

これは、ゲームが悪いという話ではありません。

好きなキャラクターを迎える楽しさ。
長く世界を追い続ける楽しさ。
大型アップデートを待つワクワク。

そうした魅力は、基本プレイ無料ゲームだからこそ生まれる部分でもあります。

ただ、その一方で、プレイヤー側には常に“続ける負担”も発生します。

このキャラは引くべきなのか。
石は温存するべきなのか。
イベントはどこまで走るべきなのか。
日課をサボると置いていかれるのか。

こうした積み重ねが、楽しい間は良いのですが、少しでも義務感へ変わると、一気に疲れへ繋がってしまいます。

だからこそ最近は、基本プレイ無料ゲーム側も少しずつ変わり始めています。

たとえば『NTE: Neverness to Everness』は、従来型の“すり抜けあり”ガチャとは違い、限定キャラクターガチャですり抜けが発生しない仕様を採用しています。

これ、実はかなり大きな変化です。

以前の基本プレイ無料ゲームでは、「天井まで回したのに目当てではないキャラが出た」という体験が、プレイヤー側の強いストレスになりやすかった。
しかし最近は、“欲しいキャラクターを狙いやすくする方向”へ、少しずつ設計そのものが変わり始めています。

さらに興味深いのが、『デュエットナイトアビス』です。

同作は、正式サービス版でキャラクターガチャと武器ガチャそのものを廃止し、全キャラクターを無料入手可能にすると発表。さらに、スタミナ制も撤廃されました。

これはかなり象徴的です。

これまでの基本プレイ無料ゲームは、

  • キャラをガチャで引く
  • スタミナを消費する
  • 日課を回す

という構造が“当たり前”でした。

しかし今は、その前提そのものを見直そうとする動きが出始めています。

そして、今後登場予定の『無限大ANANTA』でも、キャラクター入手のためのガチャは行わない方針が語られています。課金要素は、主にスキンなど外見系へ寄せる方向になると言われています。

つまり今、基本プレイ無料ゲームは、“ゲーム内容”だけではなく、“遊ばせ方そのもの”も変わり始めているわけです。

もちろん、これで全ての問題が解決するわけではありません。

キャラガチャがなくても、スキン課金が高額化する可能性はあります。
スタミナ制がなくても、素材周回が重ければ疲れます。
アップデート方針ひとつで、ゲームの空気は大きく変わります。

それでも、少なくとも今は、昔のように

「基本無料=ガチャで搾り取るゲーム」

と一言で片づけられる時代ではなくなってきました。

『原神』以降、基本プレイ無料ゲームの表現力は大きく進化しました。
そして今、その“遊ばせ方”そのものも、次の段階へ入り始めているように感じます。

スマホ対応は“妥協”ではなく“遊び方の自由”になった

基本プレイ無料ゲームの印象が変わった理由は、グラフィックやフィールドの広さだけではありません。

もうひとつ大きいのは、スマホ対応そのものの意味が変わったことです。

かつては、対応機種に「iOS / Android」と書かれていると、それだけで少し不安になった時代がありました。
「スマホ向けなら操作は簡略化されるのではないか」
「家庭用ゲーム機の大作とは別物なのではないか」
「画面の小ささに合わせた軽いゲームなのではないか」

そういう先入観は、確かにあったと思います。

しかし今は、スマホ対応が必ずしも“格下”を意味しなくなりました。

むしろ、PS5やPCでしっかり遊びながら、スマホでも同じゲームに触れられることが大きな強みになっています。
家では大画面で探索やストーリーを進める。外ではスマホでログインや軽い確認をする。PCでは作業環境の合間に遊ぶ。そうした遊び方が、運営型ゲームではかなり自然になりました。

『原神』も、サービス開始時点でPC、PS4、iOS、Androidに対応していました。その後、Ver.2.0ではPSNアカウントとHoYoverse通行証の連携により、PlayStationとPC・モバイル間のクロスセーブにも対応しています。つまり、ひとつの世界を複数の環境で続けられる遊び方が、より現実的になっていきました。

『NTE: Neverness to Everness』でも、PS5版では条件を満たしたPSNアカウントとPWGアカウントを連携することで、iOS、Android、PC、PS5の同一サーバー間でプレイデータを共有できます。これは、家ではPS5 Proで街並みをじっくり楽しみ、別の環境では同じデータの続きを触る、という遊び方につながります。

ここまで来ると、スマホ対応はもはや“スマホ向けに落とし込まれたゲーム”という意味ではありません。

むしろ、

「どの環境でも同じ世界に戻れる」
「遊ぶ場所を選ばない」
「続けやすい」
「入口が広い」

という強みに変わっています。

もちろん、スマホ対応には難しさもあります。
PS5やPCの表現力を活かしながら、スマホでも動く設計にする必要があるため、UI、操作性、日課、戦闘テンポなどがモバイル寄りに感じられる場面はあるかもしれません。

それでも、昔のように「スマホ対応だから不安」と単純に言える時代ではなくなりました。

今はむしろ、スマホ対応があることで、そのゲームの世界が生活の中に入り込みやすくなっています。
据え置き機で深く遊び、スマホで軽く続ける。
この二段構えの遊び方は、買い切りゲームにはない運営型タイトルならではの強みです。

基本プレイ無料ゲームが進化したのは、映像やアクションだけではありません。
“遊ぶ場所を選ばないゲーム体験”を作ったことも、原神以降の大きな変化だと思います。

買い切り大作と基本無料ゲームの境界が薄くなってきた

かつては、買い切りゲームと基本プレイ無料ゲームの間には、かなり分かりやすい境界がありました。

家庭用ゲーム機やPCで発売される買い切りタイトルは、最初にお金を払って遊ぶ“大作”。
スマホや基本無料タイトルは、無料で始められる代わりに、ガチャやイベント更新で長く遊ばせる“サービス型”。

もちろん今でもその違いはあります。
買い切りゲームと運営型ゲームは、ビジネスモデルも遊び方もまったく同じではありません。

ただ、プレイヤーが実際に触れたときの感覚として、その境界はかなり薄くなってきたように感じます。

『原神』は、基本プレイ無料でありながら、オープンワールドを歩き回り、ストーリーを追い、キャラクターを育て、継続的なアップデートで世界を広げていく作品でした。2020年9月28日にPC、PS4、iOS、Android向けに正式リリースされ、後にPS5版も展開されています。

『鳴潮』も、自由度の高い戦闘とオープンワールド探索を前面に出したアクションRPGとして展開されています。公式でも、自由度の高い戦闘と多彩なコンテンツを楽しめるオープンワールドアクションRPGと位置づけられています。

そして『NTE: Neverness to Everness』は、超常現象が起こる都市を舞台にしたオープンワールドRPGとして、PC、PlayStation 5、モバイルをまたぐ形で展開されています。公式でも、Hotta Studioが開発する超現実都市オープンワールドRPGとされています。

ここまで来ると、少なくとも見た目や第一印象だけで「これは無料ゲームだから軽いものだ」とは言いにくくなりました。

むしろ、基本プレイ無料ゲームの方が、買い切りゲームにはないスピードで世界を広げていくこともあります。
新キャラクターが追加される。
新エリアが開く。
イベントが更新される。
数ヶ月ごとに物語が進む。
プレイヤーの生活の中に、ゲームの世界が継続して存在し続ける。

これは買い切りゲームにはない強みです。

一方で、買い切りゲームには買い切りゲームの良さがあります。
最初にお金を払えば、基本的には自分のペースで遊べる。
ガチャの更新に追われない。
イベント期限を気にせず進められる。
作品として完結した体験を味わいやすい。

だから、どちらが上という話ではありません。

ただ、昔のように、

「本気の大作は買い切り」
「基本無料はその下」

という単純な見方は、もうかなり古くなっていると思います。

今の基本プレイ無料ゲームは、映像、音楽、アクション、世界観、運営規模まで含めて、明らかに“大作”として作られるようになってきました。
そしてプレイヤー側も、無料だからという理由だけで低く見るのではなく、「このゲームはどこまで本気で作られているのか」を見るようになってきた。

『原神』以降に起きた変化は、まさにそこだと思います。

基本プレイ無料ゲームは、買い切りゲームの代用品ではなくなった。
それぞれ違う形で、ゲームの“本命”になり得る時代に入ったのだと思います。

これからの基本プレイ無料ゲームに求められるもの

基本プレイ無料ゲームは、もう「無料なのにすごい」と言われるだけの段階を超えつつあります。

『原神』が登場した頃は、無料で広い世界を冒険できること自体に大きな驚きがありました。
しかし今は、プレイヤー側の目もかなり肥えています。

グラフィックが綺麗。
マップが広い。
キャラクターが多い。
スマホでも遊べる。

それだけでは、もう長く評価されにくい時代になってきました。

これから重要になるのは、「続けたい」と思える理由をどれだけ自然に作れるかだと思います。

毎日ログインしないと損をするから続ける。
限定イベントを逃したくないから続ける。
育成素材が必要だから続ける。

こうした仕組みでプレイヤーを引っ張ることはできます。
ただ、それが強すぎると、ゲームはすぐに“楽しみ”ではなく“義務”になってしまいます。

本当に強い運営型ゲームは、日課で縛るのではなく、「またこの世界に戻りたい」と思わせる力を持っています。

『原神』であれば、新しい国や物語への期待。
『鳴潮』であれば、キャラクターを動かす気持ちよさや戦闘の手応え。
『NTE』であれば、ヘテロシティという都市が今後どう広がっていくのかという期待。

それぞれ方向性は違いますが、共通しているのは、単なる報酬ではなく“世界そのものへの興味”でプレイヤーを引き戻せるかどうかです。

今後の基本プレイ無料ゲームに求められるのは、派手な初動だけではありません。

課金に納得感があること。
日課が重すぎないこと。
無課金・微課金でも世界を楽しめること。
アップデートでちゃんと驚きがあること。
キャラクターだけでなく、ゲームとして触って楽しいこと。

このあたりをどれだけ丁寧に作れるかが、これからの評価を分けると思います。

特に重要なのは、“プレイヤーの時間を大事にする設計”です。

基本プレイ無料ゲームは、どうしても長く遊ばせる方向へ設計されます。
しかし、今のプレイヤーは他にも多くのゲームを抱えています。買い切りの大作もあり、インディーゲームもあり、動画や配信、SNSもあります。

その中で、毎日何十分も義務的に周回させるだけでは、いずれ疲れてしまいます。

これからの基本プレイ無料ゲームは、ただ長く拘束するのではなく、「短時間でも満足できる」「戻ってきた時に楽しい」「離れても復帰しやすい」ことが、より大事になっていくはずです。

基本プレイ無料ゲームの進化は、グラフィックや規模だけでは完結しません。

本当の意味で次の段階へ進むには、プレイヤーが気持ちよく付き合える運営、納得できる課金、そして“また戻りたい世界”を作れるかどうか。
そこまで含めて、ようやく新しい時代の基本プレイ無料ゲームと言えるのだと思います。

原神 ファンブック

『原神』が切り開いた“基本プレイ無料オープンワールド時代”を象徴する一冊。美麗なビジュアルや世界観設定を通して、なぜ多くのプレイヤーがこの世界に惹き込まれたのかを改めて感じられるファンブックです。

価格・在庫・仕様や版の違いなどは変動します。購入の際は各ショップの商品ページで最新情報をご確認ください。

まとめ

『原神』以降、基本プレイ無料ゲームは明らかに変わりました。

以前は、無料ゲームやスマホ向けタイトルと聞くと、どこかで「本格的な大作とは別物」という印象がありました。
しかし今では、その見方はかなり古くなりつつあります。

『原神』は、基本プレイ無料でも広大な世界を冒険できることを見せました。
『鳴潮』は、アクションの気持ちよさで勝負できることを示しました。
そして『NTE』は、都市そのものを歩く楽しさや、PS5 Pro世代の映像表現で新しい可能性を感じさせてくれました。

もちろん、ガチャ、日課、育成負担、運営方針への不安は今も残ります。
どれだけ見た目が進化しても、長く遊ぶうえで課金圧や作業感が強ければ、プレイヤーは疲れてしまいます。

それでも、今の基本プレイ無料ゲームは、もう単なる“無料で遊べるゲーム”ではありません。

家庭用ゲーム機、PC、スマホをまたいで遊べる。
大規模な世界を継続的に更新できる。
買い切りゲームとは違う形で、長くプレイヤーの生活に入り込める。

これは、基本プレイ無料ゲームならではの強みです。

これから重要になるのは、「無料なのにすごい」ではなく、「無料で始められて、長く気持ちよく付き合えるか」だと思います。

『原神』が変えた時代の流れは、まだ終わっていません。
むしろ今は、『鳴潮』や『NTE』のような作品によって、その次の段階へ進み始めている最中です。

基本プレイ無料ゲームは、かつての“安っぽいゲーム”という印象を超え、今ではゲーム業界の中心のひとつになりました。

そしてこれからは、映像の美しさやフィールドの広さだけでなく、プレイヤーの時間をどれだけ大切にできるか。
そこが、本当に長く愛される作品になるための分かれ道になっていくのだと思います。

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