十二支んとパリストン──選挙編の裏に潜む駆け引きとは?
ハンター協会会長・ネテロの死後に行われた「会長選挙編」。
ここで初めて本格的に登場したのが、ハンター協会を運営する十二支んと、副会長パリストン=ヒルです。
一見すると淡々とした選挙の場面ですが、物語の裏では十二支ん同士の対立、パリストンの不可解な行動、そしてハンター協会という組織の在り方をめぐる深い駆け引きが描かれていました。
本記事では、HUNTER×HUNTERの選挙編における十二支んとパリストンの関係を整理しながら、その裏に隠された意図と物語全体に与える意味を考察していきます。
十二支んとは何者か

ハンター協会の最高意思決定層としてネテロ会長が選抜した十二人の精鋭──それが「十二支ん」です。
コードネームは干支にちなみ、協会の執行・監査・医療・法務・調査・対外対応など、分野の異なるスペシャリストで構成されています。要は「現場最強の12人」というより、ハンター社会を運営するための“機能別エリート評議会”。作中でも、壮大な冒険譚の裏側で「制度」と「人材」で世界を回していることを象徴する存在として描かれます。
彼らの役割は大きく三つ。
1)協会の基本方針を決める(規約・資格管理・試験設計の監督)
2)非常時の指揮(大規模事案へのリソース配分、緊急決議)
3)会長の補佐と牽制(権限が一点に偏らないよう相互監督)
この仕組みがよく見えるのが、ネテロ死去後の「会長選挙編」です。
トップ不在という最大級の混乱のなかでも、十二支んは合議を保ち、投票の枠組みを整備し、候補者の適性や組織の継続性を議題に上げます。派閥や価値観の違いはあるものの、“組織を止めない”という一点で合意を形成していく。その過程で、理念先行の理事、規範を重んじる実務家、現実主義の交渉役……といった性格の差が鮮明になり、読者は「力(念)」だけでは動かせない世界の重力を実感します。
また、十二支んは“戦うだけのヒーロー集団”ではありません。
医師や検察官タイプのように、専門職としての倫理やプロトコルを持ち込む人物が多く、個々の信条が意思決定に影響します。これが時に摩擦を生み、時に多角的な解を導く。HUNTER×HUNTERが「群像劇」と呼ばれるゆえんであり、後述のパリストンのような“攪乱要因”が混じることで、組織が試されるドラマが立ち上がります。
総じて十二支んは、協会という巨大組織の「頭脳」と「ブレーキ」と「アクセル」を兼ねる存在。
権威の象徴であると同時に、価値観のぶつかり合いを露出させる鏡でもあります。選挙編は、その鏡にひびを入れつつ、次章で取り上げるパリストンという“愉悦の戦略家”を通じて、組織がいかに変質するのかを描いた章と言えるでしょう。
パリストンの狙い

副会長パリストン=ヒルは、会長選挙編の中心人物として強烈な存在感を放ちました。
彼の特徴は、どんな場面でも柔らかな笑顔を浮かべ続けること。しかしその笑みは、表面的な親しみやすさでありながら、同時に相手を不安にさせる「得体の知れなさ」をまとっています。
パリストンが語る言葉は一見すれば正義感に満ちています。「自分が会長になれば失踪者は減る」と穏やかに語りかける場面もありました。しかし、その裏で実際には彼が副会長として在任した3年間で、消息不明となるハンターの数は増加していたと指摘されています。十二支んのメンバー、特に法務や規範を重んじるボトバイらは、パリストンの姿勢に強い不信を抱いていました。
それでもパリストンは動じません。むしろ、他者の批判や警戒心すら「楽しむ材料」として受け止めているように見えます。彼にとって重要なのは「会長になること」ではなく、「協会を混乱に巻き込み、その反応を観察すること」。秩序を破壊し、場を乱しながら、その状況そのものを面白がっているのです。
この姿勢は、単なる悪役的な行動とは異なります。パリストンは明確な利権や権力欲を示していません。彼の本質は「勝利よりも混沌を好む存在」であり、それが結果的に他の十二支んを試し、組織そのものを揺さぶる役割を担っていました。ネテロ亡き後の協会において、彼ほど分かりやすく“異物”として作用する人物は他にいません。
パリストンの狙いをひと言で表すなら、それは「楽しむために乱す」。
だからこそ彼は憎まれながらも、確実に読者やキャラクターの印象に残り続けるのです。
選挙編の駆け引き

ネテロ会長の死後に行われた協会会長選挙は、ただの権力争いではありませんでした。
ルールはシンプルで「過半数の票を得られる者が当選。しかし過半数に届かなければ再投票」という仕組み。これにより候補者が次第に絞り込まれていく流れが生まれます。表向きは民主的な制度ですが、裏を返せば「人心を動かす駆け引き」がすべてを左右する舞台でもありました。
この場面で際立ったのが、副会長パリストンの立ち回りです。
彼は決して「当選したい」とは言いません。むしろ自ら嫌われるように振る舞い、票を失う方向へ進んでいるかのように見せます。にもかかわらず、結果として彼には多くの票が集まり続ける。そこには「混乱を楽しむ」パリストンらしい狡猾さがあります。彼は自分を嫌う者も味方にしてしまうような不可解な魅力を放ち、十二支んのメンバーさえも翻弄していきます。
一方で、この選挙を通じて浮き彫りになったのは、十二支ん内部の多様な価値観です。
規範を重んじる者、現実的に組織運営を考える者、そして場を盛り上げることに注力する者。十二支んは一致団結するどころか、立場の違いからしばしば衝突しました。その混乱の中心に常にいたのがパリストンであり、彼の存在によって選挙は単なる投票劇ではなく「組織を揺さぶる心理戦」へと変貌していったのです。
選挙編の面白さは、勝ち負けの行方以上に「過程」にあります。
票をめぐる駆け引き、互いの立場を利用し合う思惑、そしてパリストンの不可解な戦略。彼は勝利に固執していないのに、なぜか常に主役であり続けました。この構図そのものが、HUNTER×HUNTERという作品の“勝ち負けを超えたテーマ”を象徴しているのです。
クライマックス──パリストンの真意

選挙戦の最終局面、ついに副会長パリストンが会長に選出されます。
ここまでの流れからすれば「ついに彼が権力を握るのか」と思わせますが、次の瞬間、彼は驚きの行動に出ました。なんと自ら会長職を辞退し、副会長の座にチードルを指名したのです。
この行動は、単なる権力争いを期待していた読者を大きく裏切りました。
パリストンは「勝つこと」を目標としていなかったのです。彼にとって大切だったのは、組織をかき乱し、他者の反応を楽しむこと。そして最後の最後に、すべてを自らの手で手放すことで「真の主導権は自分にある」と示したのです。
一方で、チードルは真面目で責任感の強いタイプ。パリストンの指名を受けて14代会長に就任しますが、これは単に役職が移っただけではありません。混乱を極めた選挙を経て、「秩序を取り戻す側」と「混沌を生む側」という対照的な立場が明確化した瞬間でもありました。
パリストンは敗北したように見えて、実際にはまったく負けていません。むしろ「勝敗すら超越した立場」に立ち、場をコントロールし続けたのです。この構図は、HUNTER×HUNTERに繰り返し登場するテーマ──「勝ち負けより過程が大事」という思想を強烈に表現しています。
彼の辞任劇は、会長選挙編の結末でありながら、同時に“次への布石”でもありました。
なぜなら、チードルの新体制は安定を目指すものの、そこにパリストンのような攪乱者が存在し続けることで、協会は再び揺さぶられる可能性を残したからです。
まとめと余韻
会長選挙編は、十二支んの存在感を一気に読者へ知らしめた章であり、その中心にいたのが副会長パリストンでした。
彼は「当選」を狙うのではなく、むしろ「混乱そのもの」を楽しみながら、組織を揺さぶり続けた存在です。
結果として会長の座をチードルに譲ったものの、それは敗北ではなく、むしろ彼自身の「遊戯の一部」だったと考えられます。
この展開は、HUNTER×HUNTERという作品が単純な勝ち負けの物語ではないことを強調しています。
ジンが繰り返す「目的地より過程が大事」という思想が、パリストンという異端のキャラクターを通じて改めて描かれたのです。
読者にとっても「なぜ彼はここまで余裕でいられるのか?」という疑問を残し、物語の余韻を深める効果を持ちました。
さらに重要なのは、パリストンが物語から完全に退場していないという点です。
彼のような攪乱者は、今後の暗黒大陸編や協会の動向においても再び登場する可能性を秘めています。チードルの秩序的な体制と、パリストンの混沌の思想。両者が再び交差する瞬間は、物語全体をさらに揺さぶる大きな転機になるかもしれません。

最後に残された横顔の一コマが示すのは、「彼はまだ終わっていない」という暗示です。
静かに笑みを浮かべるその姿は、読者に不気味な期待を抱かせ、選挙編を単なる一章にとどめない余韻を残しました。
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出版社:集英社(ジャンプコミックスDIGITAL)
© 冨樫義博/集英社 『HUNTER×HUNTER』