森本レオさんが83歳で死去|9月4日に亡くなり11日に発表

俳優・ナレーターとして長く活躍した森本レオさんが、2026年9月4日に83歳で亡くなっていたことが分かりました。
所属事務所の有限会社ウータニアが9月11日に発表しました。
事務所は死去について「原因不明の突然死」と説明しています。具体的な病名や医学的な死因は公表されていません。
森本さんは2010年に心筋梗塞で入院したことがありますが、今回の死去との関連について事務所から説明は出ていません。
訃報が公表された9月11日は亡くなった日ではなく、死去から7日後に正式発表された日です。
葬儀はすでに家族のみで執り行われ、お別れの会も予定されていません。
森本レオさんの死因は?所属事務所は「原因不明の突然死」と発表
訃報を受けて、特に気になるのが森本さんの死因です。
ただ、9月11日時点で所属事務所が明らかにしているのは、「原因不明の突然死」だったということまでです。
心筋梗塞や心不全、脳梗塞など、具体的な病名は発表されていません。
そのため、現時点で「森本レオさんの死因は○○だった」と特定することはできません。
「突然死」は特定の病名を示す言葉ではない
「突然死」と聞くと、心臓の病気を思い浮かべる人もいるかもしれません。
ただし、突然死は心筋梗塞など特定の病名そのものを指す言葉ではありません。
公的・医学的な資料では、予期されない短時間での死亡を指す際に使われ、厚生労働省の資料でも「発症後24時間以内の病死」などの定義が示されています。一方で、使われる場面によって定義には違いがあります。
また、「心臓突然死」という別の概念もありますが、突然死という言葉だけから心臓病が原因だったと判断することはできません。
何より、森本さんについては所属事務所自身が「原因不明」としています。
過去の病歴などから原因を推測するのではなく、具体的な死因は公表されていないと受け止めるのが現時点では最も正確です。
2010年に心筋梗塞で入院|今回の突然死との関連は不明
森本さんには、過去に心筋梗塞を患ったことがあります。
2010年2月27日、自宅でみぞおち付近に違和感を覚えて病院へ搬送され、心筋梗塞と診断されました。
その後は順調に回復し、3月9日に退院。しばらく静養したのち、仕事への復帰を目指すことが所属事務所から発表されていました。
ここで分けて考えなければならないのが、過去に心筋梗塞を患っていたことと、今回の死因は別の情報だという点です。
「2010年に心筋梗塞になった」というのは確認されている事実ですが、「2026年9月4日も心筋梗塞だった」とする発表はありません。
再発だったのか、心臓とは別の原因だったのかも含め、現時点では分かっていません。
亡くなる直前は?8月下旬には街を歩き取材にも応じていた
森本さんが亡くなる直前まで長期入院や療養生活を送っていた、という発表は確認されていません。
死去の2日前となる9月2日には、NEWSポストセブンが森本さんの近況を伝える記事を公開していました。
取材が行われたのは8月下旬。森本さんは女性マネジャーと食事をした後にカフェへ入り、その後も商店街を歩いたり、スーパーで買い物をしたりしていたと報じられています。
一方で、本人は取材の中で過去の心筋梗塞にも触れ、現在も毎月病院へ通っていることを明かしていました。
さらに、2年ほど前には寝込むほどの病気を経験したという趣旨の話もしています。ただし、その病名は明らかにされていません。
つまり、死去直前まで長期療養中だったとは確認できない一方、「まったく病気がなく健康だった」とも言い切れないということです。
確認できる範囲では、8月下旬には外出し、取材にも応じていました。
最近テレビで見なかった理由は?引退していたわけではない
森本さんは近年、かつてのようにテレビドラマや映画へ頻繁に出演することは少なくなっていました。
そのため、「最近見なくなった」「すでに引退していたのでは」と感じていた人もいるかもしれません。
しかし、芸能活動を完全に終えていたわけではありません。
9月2日に公開されたインタビューでは、森本さん自身が現在の声の仕事としてテレビ朝日系『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』を挙げています。
本人は、元気なうちに引退しようと考えたこともあったものの、ナレーションの仕事で声がかかったことをありがたく感じている、という趣旨の話をしていました。
映像作品への出演機会は以前より少なくなっていましたが、死去直前の取材時点でも声を使った仕事は続いていたことになります。
なお、現時点で「最後の仕事」が何だったのかは正式に発表されていません。収録済みの仕事などがある可能性もあるため、『Qさま!!』が最後の仕事だったと断定することはできません。
葬儀は家族のみですでに終了|お別れの会も予定なし
葬儀については、所属事務所から具体的な発表があります。
森本さん本人と遺族の意向により、葬儀は家族のみですでに執り行われました。
また、お別れの会は予定しておらず、弔問、香典、供花についても辞退するとしています。
事務所は、遺族が深い悲しみの中にあるとして、マスコミに対しても配慮を求めています。
なぜ死去から7日後の発表だった?
森本さんが亡くなったのは9月4日で、所属事務所が訃報を発表したのは9月11日でした。
発表時点ですでに家族だけで葬儀を終えています。
ただし、なぜ死去から7日後の発表になったのかについて、所属事務所は具体的な理由を説明していません。
家族だけで静かに見送るためだったのではないか、といった推測はできますが、公式に発表された理由ではありません。
事実として確認できるのは、9月4日に亡くなり、家族のみで葬儀を行ったうえで9月11日に訃報が公表された、という時系列までです。
『きかんしゃトーマス』では日本語版の初代ナレーター
森本レオさんと聞いて、『きかんしゃトーマス』の声を思い出す人も多いでしょう。
日本でテレビ放送が始まった1990年から、森本さんは日本語版の初代ナレーターを担当しました。
担当したのは第1シリーズから第8シリーズまでです。
ここで混同されやすいのが、森本さんはトーマス本人の声を演じていたわけではないという点です。
当時の日本語版ではトーマス役を戸田恵子さんが担当し、森本さんは物語全体を語るナレーターとして作品を支えていました。
穏やかで柔らかな語り口は作品の印象とも深く結びついており、俳優として森本さんを知らなかった世代にも、その声は広く親しまれてきました。
『ショムニ』『ロングバケーション』など俳優としても活躍
森本さんはナレーターとして強い印象を残しましたが、長年にわたって数多くの映画やテレビドラマに出演した俳優でもあります。
代表的な出演作には、『愛という名のもとに』『王様のレストラン』『ロングバケーション』『ショムニ』シリーズなどがあります。
作品によってコミカルな人物から穏やかな人物まで幅広く演じ、その独特の存在感で長く親しまれました。
声優としても、1987年公開のアニメ映画『王立宇宙軍 オネアミスの翼』で主人公シロツグ・ラーダットを演じています。
「森本レオの声」と聞いて思い浮かべる作品が世代によって違うのも、俳優、ナレーター、声優と長期間にわたって幅広い活動を続けてきたからでしょう。
森本レオさんは1967年に俳優デビュー
森本レオさんは1943年2月13日、愛知県名古屋市生まれ。本名は森本治行さんです。
日本大学芸術学部を卒業後、1967年にNHK名古屋制作のドラマ『高校生時代』で俳優デビューしました。
翌1968年からは東海ラジオ『ミッドナイト東海』のパーソナリティーを務め、その後は俳優として映画やテレビドラマへ活動の場を広げていきます。
俳優として顔を知っている世代、『きかんしゃトーマス』で声を覚えた世代、近年のテレビ番組でその語りを聞いてきた世代と、接点はさまざまです。
ひとつの代表作だけではなく、俳優と声の仕事の両方で長く親しまれてきたことが、森本さんの大きな特徴でした。
まとめ|森本レオさんの具体的な死因は公表されていない
森本レオさんは2026年9月4日に83歳で亡くなり、9月11日に所属事務所が訃報を発表しました。
死去について事務所が説明しているのは「原因不明の突然死」までで、具体的な病名は公表されていません。
2010年に心筋梗塞で入院したことは確認されていますが、その病歴と今回の死去との関連については発表されていません。
亡くなる直前の8月下旬には外出し、取材にも応じていました。一方で、定期的に病院へ通っていたことや、数年前に病気で寝込んだ経験も本人が明かしています。
近年は映像作品への出演が少なくなっていたものの引退していたわけではなく、死去直前の取材でも『Qさま!!』など声の仕事について語っていました。
葬儀は家族のみですでに執り行われ、お別れの会も予定されていません。
過去の心筋梗塞から今回の死因を推測するのではなく、現時点では所属事務所が発表した「原因不明」という情報を基準にするのが適切です。