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NINTENDO64版『MOTHER 3』はなぜ中止された?64DD構想からGBA版へ至るまで

NINTENDO64版『MOTHER 3』は、どこまで作られていたのか。そして、なぜ発売されなかったのか。

この話には「64DDが失敗したから」「開発が遅れすぎたから」「完成しなかったから」といった短い説明が付けられがちです。しかし、2000年8月22日に公開された糸井重里氏・岩田聡氏・宮本茂氏の座談会を読むと、実際の事情はもっと複雑でした。

しかも、開発中止時の完成度についても、岩田氏は「雑に言えば3割」、宮本氏は「6割以上」と語っています。数字が食い違っているのではなく、何をもって“完成”と数えるかが違うと、その場で説明されています。

この記事では、後年の噂ではなく、開発中止時の当事者証言と、その後の糸井重里氏のインタビューを中心に、NINTENDO64版『MOTHER 3』がどこまで進み、なぜ止まり、2006年のゲームボーイアドバンス版へどうつながったのかを整理します。

『MOTHER 3』は最初からNINTENDO64用だったわけではない

開発中止座談会で岩田聡氏は、『MOTHER 3』について「実際にはスーパーファミコンではじめて、途中でDD向けに作ったりした」と振り返っています。

つまり、開発の変遷は単純な「64DD専用ソフトが中止された」という一本線ではありません。

  • スーパーファミコン向けとして開発開始
  • 途中で64DD向けへ移行
  • 最終的にはNINTENDO64向けとして開発継続
  • 2000年にNINTENDO64版プロジェクトを中止
  • 後年、ゲームボーイアドバンス向けとして開発再開
  • 2006年4月20日にGBA版『MOTHER 3』発売

2006年にほぼ日が振り返った記事でも、スーパーファミコンから64DD、最終的にNINTENDO64のカートリッジへとメディアが変わった経緯が記されています。

したがって、「64DDの不振=MOTHER 3中止」と一対一で結ぶのは正確ではありません。64DDは開発史の重要な一部ですが、中止時点ではそれだけで説明できない段階までプロジェクトが変化していました。

開発期間は足掛け6年

2000年8月22日、糸井重里氏は『MOTHER 3』の開発中止を正式に説明しました。その中で、開発期間は足掛け6年に及んだとしています。

中止が決まった後、糸井氏は出来上がっていた部分をスタッフと約3時間プレイしたとも記しています。そこでは戦闘や会話が実際に動き、見ていたスタッフから笑いや驚きの声が上がったとされています。

つまり、何も遊べない企画書段階で止まったわけではありません。一方で、製品として最後まで通して遊べる状態でもありませんでした。

結局、何割まで完成していたのか

NINTENDO64版『MOTHER 3』を語るとき、最も扱いに注意したいのが「完成度○%」という数字です。

2000年の座談会で糸井氏が「何割くらいできていたのか」と尋ねたところ、岩田氏は、見方によって「半分」とも「15%」とも言えると前置きしたうえで、非常に大雑把に言えば3割ほどという印象だと答えています。

これに対して宮本氏は、6割以上だと思うと話しました。

二人の評価が矛盾しているわけではありません。岩田氏は「完成品を100としたとき、客がゲームとして味わえる量」を基準にし、宮本氏は「作り手から見た総作業量のうち、どれだけ終わったか」を見ていました。

したがって、「N64版MOTHER 3は3割完成だった」「6割完成だった」と片方だけを固定するのも正確ではありません。遊べる完成品として見れば約3割、制作工程全体の進捗として見れば6割以上と当事者が評価していた、というのが一次資料に最も近い整理です。

前年には「プログラムの下地」が大きな問題になっていた

座談会では、開発途中の問題もかなり具体的に語られています。

宮本氏によると、前年の段階では、シナリオのできている量に対して「プログラムの下地」が十分にできておらず、そこに危機感を持っていたといいます。

ただし、中止直前までの約1年間で基本部分は進み、「ここからデータを入れ、残りを作り込めばできる」という地点には来ていたとも話しています。

この証言は重要です。開発中止を「ずっと何もできていなかったから」と説明するのも違います。問題を抱えながらも、最後の1年で基盤部分は前進していました。

では、なぜそこまで来て中止したのか

宮本氏は、中止理由について「うまくいかないから」「完成の見通しが立たないから」という単純な話ではないと説明しています。

大きかったのは、開発を続けることで、当時進んでいた他のプロジェクトへ与える影響が大きくなりすぎたことでした。座談会では次世代機「ドルフィン」、後のニンテンドー ゲームキューブなど他案件への影響にも触れています。

岩田氏も、残りを仕上げるために必要な時間とエネルギー、そのリソースを投じた場合に失うものまで含めて判断せざるを得なくなったと説明しています。

巨大化したプロジェクトをまとめる難しさ

もう一つ、岩田氏がかなり詳しく話しているのがプロジェクト規模の問題です。

『MOTHER 3』は大きく複雑なプロジェクトになっており、人数を増やすだけでは解決できない。長い経験を持ち、適切な判断のできる人が複数必要だったと振り返っています。

途中でスケールダウンも試みたものの、それでも大規模な部類だったといいます。さらに岩田氏自身も別の仕事で直接関われる時間が減っており、自分が持っていた経験や判断を十分に引き継げなかったとも語っています。

つまり、単純な「スタッフの技術不足」でもありません。岩田氏はむしろ、スタッフの力不足が原因だとは思わないと明言しています。

残っていた仕事は「素材を入れて磨く」ことだった

中止時点で、基礎部分が進んでいたのなら、残りは何だったのか。

岩田氏は、でき上がった「容れ物」に物語、絵、せりふを入れ、全体のバランスを取り、演出を仕上げる仕事だったと説明しています。

単に素材を入れるだけなら短期間でも可能だった。しかし、遊ぶ人が違和感や迷いを感じないよう商品として磨き上げる工程には、大きな時間が必要だったということです。

「残り4割なら、そのまま作ればよかったのでは」という見方が単純ではない理由はここにあります。ゲーム開発では最後の数十%が、そのまま残り時間の数十%とは限りません。

シナリオが未完成だったから中止したわけでもない

糸井氏は座談会の中で、シナリオはかなり前の段階でできていたと説明しています。

そのため、「糸井氏の執筆が遅れたから中止になった」という説明も当事者証言とは合いません。糸井氏自身も、外から見れば分かりやすい一つの理由を求めたくなるが、実際にはそんな単純な話ではないと述べています。

N64版の物語は、2006年のGBA版へそのまま移植されたのか

2000年の開発中止で、NINTENDO64版プロジェクトはいったん解散しました。しかし『MOTHER 3』そのものが永遠に終了したわけではありません。

2003年、ゲームボーイアドバンス向け『MOTHER 3』の開発が進んでいることが明らかになります。開発を担ったのはブラウニーブラウンで、2006年4月20日に発売されました。

ただし、N64版をそのままGBAへ移植したわけではありません。ほぼ日の公式紹介でも、前の企画から設定や世界観に若干の変化がある一方、糸井氏が込めた「遊びの本質」は受け継がれていると説明されています。

2006年の『MOTHER3i』ライナーノーツでは、音楽を担当した酒井省吾氏が、NINTENDO64版でタツマイリ村のテーマとして使われていたメロディが、GBA版では「戦いの記憶」の中に残っていると説明しています。作品全体をそのまま移したわけではありませんが、N64版の痕跡が部分的に受け継がれた具体例の一つです。

「発売中止」なのに、完全に消えたゲームではなかった

N64版『MOTHER 3』の特殊さは、開発中止になった企画のすべてが失われたわけではないところにあります。

プロジェクトそのものはいったん解散しましたが、『MOTHER 3』という作品は別のハード、別の開発体制で再始動し、6年後に正式発売されました。

そのため、N64版を「発売されなかったMOTHER 3」とだけ呼ぶと半分しか見えません。もう半分は、一度中止された企画が、何を残し、何を変えて製品版へたどり着いたのかという復活の歴史です。

つぶログでは、こうした発売中止タイトルを横断評価した発売中止ゲームTierと、中止後に復活・別作品化・要素継承した事例を追う「発売中止ゲームはその後どうなった?」も公開しています。

まとめ|「64DDが失敗したから」では説明しきれない

NINTENDO64版『MOTHER 3』の開発中止は、64DDだけを原因にした出来事ではありません。

スーパーファミコンから始まり、64DD、NINTENDO64へと長期間にわたって姿を変えた結果、プロジェクトは巨大化しました。最後の1年でプログラムの基盤は大きく前進していましたが、そこから商品として磨き上げるには、さらに経験ある人材・時間・判断力が必要でした。

その力を投入し続ければ、次世代機を含む他のプロジェクトへの影響が大きすぎる。2000年の当事者たちは、その現実を理由として開発を止めています。

そして完成度も「3割か6割か」の二択ではありません。遊べる完成品として見るのか、開発作業全体として見るのかで、当事者自身の評価が変わっていました。

この複雑さまで含めて見ると、N64版『MOTHER 3』は「完成しなかった幻のゲーム」というより、大規模開発をどこで止めるのかという判断が、そのまま記録として残った極めて珍しい開発中止事例だったことが分かります。

ゲーム史や発売中止ゲームをさらに読みたい場合は、つぶログ深掘り総合ガイドから関連記事をまとめて探せます。

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