シェンムー本編を遊んだあとに見返すと違和感だらけの“初期CM”──なぜこの演出だけ世界線が違うのか
ドリームキャスト時代に放送されていた『シェンムー 一章 横須賀』の初期テレビCM。
当時は「すごい3Dゲームが登場する」という期待感を煽る映像として受け止められていましたが、いま改めてシェンムー1〜3をすべてクリアしたうえで見直すと、どうしても引っかかるシーンが存在します。
一つは、秀瑛が派手に吹っ飛ばされるシーン。
もう一つは、莎花が男二人を孫悟空のように豪快に吹き飛ばすシーン。
ゲーム本編ではまず描かれない演出であり、キャラクター像やストーリー展開を知っているプレイヤーから見ると、明らかに“別世界線”としか思えないほどの違和感があります。
ではなぜ、この二つの演出はCMにだけ存在していたのか?
・開発初期の仕様を反映した痕跡なのか
・当時の宣伝手法として作られた誇張CGなのか
・それとも、本編とは交差しなかった“もう一つのシェンムー”の姿なのか
この記事では、この初期CMに残された“謎シーン”を手がかりに、シェンムーの開発背景・宣伝戦略・キャラクター設定の変遷といった視点からていねいに読み解いていきます。
シーン① 秀瑛が豪快に吹っ飛ばされる違和感

最初の一枚は、秀瑛と思われる青年が何かの衝撃を受けて、画面手前へ吹っ飛ばされているようなカットです。モーションやカメラワークはかなり派手で、アクション映画のワンシーンのような印象すらあります。
しかし、シェンムー本編の秀瑛はどうでしょうか。
・『シェンムー 一章 横須賀』では、芭月涼を支える友人ポジションでありつつ、弱々しいやられ役ではなく、意外と頼りになる一面もあるキャラクター
・物語の中で彼がここまで露骨に“吹っ飛ばされる”ような、コミカルで誇張された演出は登場しない
つまり、CMで描かれている秀瑛は、ゲーム内の彼よりもずっと「アクション寄り」「ギャグ寄り」にデフォルメされているように見えます。
このあたりから見えてくるのは、
「キャラクターの個性よりも、とにかく“動きの派手さ”で観客の目を引くことを優先したカットだったのではないか」
という仮説です。
まだシェンムーの中身がほとんど知られていない段階で、数秒のCMでインパクトを残す必要があった。だからこそ、等身大の人間ドラマよりも、“ぶっ飛びアクション”の方に振ったのではないか、と考えられます。
シーン② 莎花が男二人を吹っ飛ばす“別世界線のヒロイン像”


もう一枚の方が、より決定的な違和感を放っています。
黄色いワンピース姿の莎花が中央に立ち、その周囲で二人の男が大きく吹き飛ばされているカット。画面だけ見ると、
「めちゃくちゃ強い格闘ヒロインが、技を放って敵を一掃した」
としか思えないダイナミックな構図です。
しかし、シェンムー1〜3を通しての莎花は、あくまで“戦闘には参加しないヒロイン”。
・危険な場所にいても、自ら敵をなぎ倒すような描写はない
・どちらかというと、精神的な支えや物語の象徴として描かれる存在
だからこそ、このCMの莎花は、まるで「別作品のキャラ」を見ているかのようなズレを感じさせます。
ここで浮かぶのが、
「開発初期の段階では、莎花が戦闘に関わる構想もあったのでは?」
という仮説です。
シェンムーの企画は、もともと『バーチャファイターRPG』としてスタートし、そこから何度も方向性を変えながら現在の形になったと言われています。初期案では、もっと“ゲーム的な爽快アクション”要素を前面に出したプランが存在し、そこでは莎花もプレイアブル級の戦闘キャラとして想定されていた可能性も考えられます。
CM映像は、その名残をわずかにとどめている“痕跡”なのかもしれません。
CMなのにゲーム本編と同じ構図──芭月巌の最期シーンが示すもの
秀瑛や莎花の“別世界線”みたいなカットとは対照的に、シェンムー初期CMの中には「ゲーム本編とほぼ同じ構図・同じセリフ」で描かれているシーンも存在します。
それが、芭月巌がベッドに横たわり、涼に最期の言葉を伝えるあの名場面です。


CM版の映像と、実際のゲーム版のカットシーンを並べてみると、
- カメラの角度(涼側から、わずかに俯瞰気味のアップ)
- 巌の体勢や表情
- 「愛すべき、友を、持て…」と語りかけるセリフの流れ
といった要素が、ほとんどそのまま一致していることが分かります。
ポリゴンの質感や顔のディテールには違いがあるものの、「どの瞬間をどう見せたいか」というレイアウトは、すでにこの時点で完成形にかなり近かったと考えられます。
ここから見えてくるのは、
- 巌の最期は、開発のかなり早い段階から“物語の核となるシーン”として固められていた
- CM用に完全オリジナルのドラマを撮ったのではなく、本編イベント用ムービーの試作版あるいは別レンダリング版が流用されている可能性が高い
という点です。
つまり、シェンムーの初期CMは
- 巌の最期のように、“ほぼ本編そのまま”のカット
- 秀瑛・莎花のように、“本編ではありえない別世界線的なカット”
が混在している、非常に特殊な構成になっていると言えます。
だからこそ、いま改めて見返した時に「これはゲーム本編のどの段階の映像なのか?」「どこまでが実際のイベントムービーで、どこからがCM用の誇張表現なのか?」という考察に繋がっていきます。
当時のゲームCM事情と「誇張CG」の時代背景

1990年代後半〜2000年前後のゲームCMを思い出してみると、
「本編とは別に用意されたプリレンダCGムービー」を使った広告が非常に多かった時期です。
・実際のゲーム画面より、はるかに豪華なフルCGムービー
・ゲーム中には存在しないシーンや必殺技が、宣伝映像だけで炸裂する
・ストーリーよりも“インパクト重視”で、数秒で視聴者の目を奪うことが最優先
『シェンムー』も、3D表現を前面に押し出したドリームキャストの看板タイトルとして宣伝されていた以上、この流れに乗らざるを得なかったのでしょう。
その結果として、
・秀瑛は“吹っ飛ばされるモブ的役回り”にデフォルメされ
・莎花は“超人的に敵をなぎ倒すヒロイン”として描かれた
という、ゲーム本編とは異なる“宣伝用のキャラ像”が誕生したと考えられます。
CMは“初期プロットの影”なのか? それとも完全なイメージ映像か?
ここから先は、あくまでプレイヤーとしての推測になりますが、考えられるパターンは大きく二つあります。
- 初期プロットの一部を反映した映像説
・開発初期には、莎花が何らかの形で戦闘に関わる案があった
・しかし物語の方向性が変わり、最終的には“非戦闘ヒロイン”に落ち着いた
・CM制作はその過渡期に行われたため、初期案寄りの要素が混ざった可能性 - CM専用の完全イメージ映像説
・ゲーム本編の内容はまだ固まっておらず、「中国武術」「運命の少女」「豪快なバトル」といったキーワードだけが共有されていた
・映像制作チームが、そのキーワードから想像した“わかりやすいイメージ”として、二つのシーンをデザインした
・結果として、本編とは無関係な“幻のシェンムー像”が出来上がった
どちらが正解かは、公式の証言がない限り断定できません。
ただ、プレイヤー視点で映像を見直すと、キャラクター個々の細かな性格付けよりも、「中国を舞台にしたド派手な3Dアクション」というコンセプトを伝えることが優先されているように感じられます。
個人的には、
「初期案と宣伝用イメージが混ざり合った“ハイブリッド説”」
が一番しっくりくるかな、と思っています。
CMが描いた“もしも”のシェンムー世界線
ゲーム本編のシェンムーは、リアル志向の人間ドラマと、緻密な日常描写が魅力の作品です。
それだけに、今回のCMカットは
・秀瑛がギャグ寄りのやられ役
・莎花が悟空並みに敵を吹っ飛ばす超戦闘ヒロイン
という、まるで「別世界線のシェンムー」を垣間見ているような感覚を与えてくれます。
もしこの路線で作品が完成していたら、
シェンムーはもっと分かりやすい王道アクションゲームとして語られていたかもしれません。
しかし、その代わりに、あの独特の“横須賀の日常感”や、ゆっくりと進行する旅の空気感は生まれていなかった可能性もあります。
そう考えると、このCM映像は
「実現しなかったもう一つのシェンムー」
「現実のシェンムーと分岐する、ほんの少し手前の世界線」
を切り取った貴重な資料なのかもしれません。
まとめ:今だからこそ楽しめる、CMだけの“幻のシーン”

・秀瑛が豪快に吹っ飛ばされるシーン
・莎花が男二人をド派手に吹っ飛ばすシーン
どちらも、ゲーム本編の描写とは明らかにズレているからこそ、プレイヤーの目に強く残ります。
当時はただの「インパクト重視のCG」として流されていたかもしれません。
しかし、シェンムー1〜3を遊び終えた今あらためて見返すと、
・開発初期の構想が一瞬だけ表面化したものなのか
・あるいは、宣伝のためだけに作られた“幻の別世界線”なのか
そんな想像をかき立ててくれる、興味深い映像資料になっています。
シェンムーという作品は、本編だけでなく、こうした周辺のCMやプロモ映像にまで“語れる余白”があるところも魅力のひとつ。
今回取り上げた2枚のカットも、その余白の中に浮かぶ、小さなピースと言えるでしょう。