- 円はなぜ「YEN」?ENではない理由と“Y”の由来を明治期まで検証
- まず「円」という通貨はいつ生まれたのか
- そもそも「円」という名前はどこから来た?
- では「YEN」はいつから存在するのか
- 「1870年の一円銀貨にONE YEN」は本当なのか
- 幕末には「江戸」もEDOではなくYEDOだった
- ヘボン辞書を見ると「エ=ye」がはっきり残っている
- YEはEに変わった。それでもYENは消えなかった
- 日本銀行が紹介する「YENになった3つの説」
- 昔の日本人は本当に「イェン」と発音していた?
- では、現代の「円」をローマ字にするとENなのか
- なぜ現在もYENをENに直さないのか
- 日本銀行券は最初からYENだった
- 2024年の新紙幣にも「YEN」は残っている
- 「¥」と「JPY」もYENのYなのか
- よくある「YENの由来」を整理すると
- 結局、YENの「Y」の正体は何だったのか
円はなぜ「YEN」?ENではない理由と“Y”の由来を明治期まで検証

100円をローマ字で書くとしたら、何と書くでしょうか。
日本語では「ひゃくえん」。現在の日本語の音を普通にローマ字にすれば、「円」はENになりそうです。
ところが、海外で使われているのはご存じの通りYEN。
100円は「100 EN」ではなく「100 YEN」です。
では、この「Y」はどこから来たのでしょうか。
先に結論を言うと、意外にも「これが理由です」と断定できる答えは残っていません。日本銀行自身も、円をENではなくYENと表記する根拠について「はっきりとしていません」と説明し、複数の説を紹介しています。
この記事の結論
YENという綴りは、少なくとも明治初期には日本の公的な紙幣で使われていました。一方、「最初に誰が」「何を理由に」Yを付けたのかを確定できる資料は、現在も確認されていません。幕末・明治初期に「エ」をYEと書く表記が存在したことなど、背景を説明できる有力な材料はありますが、一つの説だけを正解にはできません。
しかも調べていくと、単なる「英語表記の不思議」では終わりません。
幕末には江戸がYEDOと書かれ、1867年に刊行されたヘボンの『和英語林集成』でも「エ」に相当する音はyeと表記されていました。その表記法は後に変わったのに、通貨名のYENだけは現在まで生き残っています。
150年以上前の一文字をたどっていくと、日本が近代的な貨幣制度を作った時代まで戻ることになります。
まず「円」という通貨はいつ生まれたのか
YENの「Y」を追う前に、「円」そのものがいつ日本の通貨単位になったのかを確認しておきましょう。
現在につながる「円」が正式に導入されたのは、1871年(明治4年)です。
明治政府は新貨条例を制定し、それまでの複雑な貨幣制度を改め、全国統一の新しい貨幣単位として「円(圓)」を採用しました。
| 単位 | 関係 |
|---|---|
| 1円 | 100銭 |
| 1銭 | 10厘 |
| 1円 | 1000厘 |
つまり現在まで続く「円」は、明治維新から間もない時期に作られた近代日本の制度です。
そして興味深いことに、YENというアルファベット表記も、ほぼ同じ時代から確認できます。
そもそも「円」という名前はどこから来た?
ここでも一つ注意があります。
「円」という名前の由来と、「YEN」という英字表記の由来は別問題です。
日本銀行金融研究所の貨幣博物館は、「円(圓)」という名称について複数の説を紹介しています。
代表的なのは、中国で西洋の円形銀貨を「銀圓」「洋圓」などと呼んでいたことが日本へ伝わったという説です。このほか、貨幣の形を円形に統一したため「円」と名付けたとする説、香港造幣局との関係から「圓」を採用したとする説もあります。
したがって、ここでも「貨幣が丸かったから円になった」と一つの説明だけに決めるのは正確ではありません。
重要なのは、中国を含む東アジアの貨幣文化と、日本で1871年に成立した「円」との間に歴史的なつながりがあることです。
では「YEN」はいつから存在するのか
ここからが本題です。
日本銀行は公式サイトで、1872年(明治5年)発行の政府紙幣「明治通宝」にYENという表記があることを案内しています。
1871年に円が新しい通貨単位として導入され、その翌年には政府が発行した紙幣にすでにYENが現れていたことになります。
明治通宝は、当時まだ日本国内で近代的な紙幣印刷技術が十分に整っていなかったため、ドイツの印刷会社に製造を依頼した紙幣でした。「ゲルマン紙幣」とも呼ばれます。
国立印刷局によれば、政府が製造をドイツへ依頼したのは1870年。実際の発行は1872年です。
ここまでなら、
「少なくとも1872年には、日本政府の紙幣でYENという綴りが使われていた」
とかなりはっきり言えます。
ただし、これは「1872年にYENという言葉が初めて誕生した」という意味ではありません。
それ以前の辞書や外国語資料などにもYENにつながる表記が存在する可能性があるため、この記事では1872年を「史上最初」とは断定しません。
「1870年の一円銀貨にONE YEN」は本当なのか
YENの歴史を調べると、さらに古い資料として「明治3年銘の一円銀貨」が出てくることがあります。
明治3年は1870年です。
ここから、「1870年の一円銀貨にONE YENと刻まれていた」「だから明治通宝より前からYENが公的に使われていた」と説明されることがあります。
ところが、現物資料まで戻って確認すると、ここには注意が必要です。
明治3年銘の一円銀貨は実在する
造幣局には、実際に「明治3年銘1円銀貨幣」が残っています。
造幣局によると、大阪の造幣局では1870年から新しい貨幣の製造が始まりました。新貨条例が制定される1871年より前から、新制度に向けた貨幣製造が進んでいたわけです。
ただし、「明治3年銘」と「1870年に正式に流通開始した」は同じ意味ではありません。
貨幣では、刻まれた年号である年銘と、実際の製造・発行時期を分けて考える必要があります。
1870年銘の現物には英字「ONE YEN」が見当たらない
さらに重要なのが刻印です。
米国スミソニアン協会の国立アメリカ歴史博物館には、1870年の日本の一円銀貨が収蔵されています。
収蔵品の説明では、その面について「額面を漢字の文字が囲んでいる」とされており、記載されている「YEN」は銘文を英語向けにローマ字化・翻訳した収蔵データです。
つまり、データベースに「YEN」と書いてあるからといって、貨幣の表面そのものに英字の「ONE YEN」が刻まれているわけではありません。
ここは特に誤解しやすいポイントです。
「1870年銘の一円銀貨が存在する」ことと、「1870年銘の一円銀貨に英字ONE YENが刻まれている」ことは別です。現時点で確認できる現物資料から、後者を事実として書くことはできません。
1874年の一円銀貨には本当に「ONE YEN」がある
一方、スミソニアン所蔵の1874年(明治7年)の一円銀貨では事情が違います。
こちらは収蔵品情報でも「Kanji and English text」と明記され、実際の銘文として、
ONE YEN
が確認できます。
つまり「明治初期の一円銀貨にONE YENがあった」という説明自体が完全な間違いなのではなく、どの年のどの型の一円銀貨を指しているのかを区別しなければならないのです。
この違いを無視すると、「1870年からONE YENが刻まれていた」という別の話に変わってしまいます。
幕末には「江戸」もEDOではなくYEDOだった
では、そもそもなぜYENのように、現在なら必要なさそうな「Y」が付いたのでしょうか。
手掛かりの一つが、幕末から明治初期のローマ字です。
現在なら江戸はEDOと書きます。
ところが幕末の英文資料では、
YEDO
という綴りが実際に使われていました。
国立国会図書館の書誌情報には、1867年に刊行された『改正増補英和對譯袖珍辭書』の英文扉として、
AT YEDO 1867
という表記が記録されています。
つまりYedoは後世に作られた例ではありません。
幕末当時、現在なら「エ」で始まる日本語を外国人がYEで表記することは実際にありました。
日本銀行がYENの由来として紹介している「発音上の理由」でも、このYEDOが例として挙げられています。
ただし、ここから「YedoだったのだからYenも同じ理由で決まった」とまでは言えません。
YEDOはあくまで、当時YEという表記が珍しいものではなかったことを示す重要な補助材料です。
ヘボン辞書を見ると「エ=ye」がはっきり残っている
もう一つ、非常に強い資料があります。
アメリカ人宣教師・医師のジェームス・カーティス・ヘボンが編纂した『和英語林集成』です。
いわゆる「ヘボン辞書」で、初版は1867年に横浜で刊行されました。その後、1872年に再版、1886年に第三版が出版されています。
明治学院大学図書館が公開している各版のローマ字対照表を見ると、大きな変化が分かります。
| 音 | 初版 1867年 | 再版 1872年 | 第三版 1886年 |
|---|---|---|---|
| エ | ye | ye | e |
これはかなり重要です。
1867年や1872年には、「エ」に当たる音をyeと書いていた。それが1886年の第三版ではeに改められています。
現在の感覚で「円なら最初からENと書くはず」と考えると不思議に見えますが、YENが定着した時代のローマ字事情は、今とは違っていたのです。
YEはEに変わった。それでもYENは消えなかった
ここが、この話で最も面白いところです。
『和英語林集成』第三版では、ローマ字表記が大きく整理されました。
明治学院大学の資料でも、初版・再版で「エ=ye」だったものが、第三版では「エ=e」へ変化したことが確認できます。
ところが、通貨名のyenは残りました。
研究資料では、第三版で一般的なYE表記が整理された後も、「円」はYENとして扱われていたことが確認されています。
つまり、かなり単純化して時代の流れを並べると、こうなります。

YEという書き方は整理されていったのに、すでに通貨名として使われていたYENは消えませんでした。
もっとも、ここでも「だからYENのYはヘボン式が原因だ」と結論づけるのは行き過ぎです。
ヘボンがYENを発明したことを示す資料は確認できません。
ヘボン辞書は、当時どのようなローマ字表記が行われていたのかを知る重要な証拠ではありますが、「政府がYENを採用した理由」を直接記録した文書ではないからです。
日本銀行が紹介する「YENになった3つの説」
では現在、YENの理由はどのように説明されているのでしょうか。
日本銀行は「円のローマ字表記が『YEN』となっているのはなぜですか?」という公式FAQで、根拠ははっきりしていないとした上で、大きく3つの説を紹介しています。
説1 発音や当時のローマ字表記が関係した
一つ目は、発音上の理由です。
日本銀行は、ENだけでは外国人の発音が日本語の「エン」から離れる可能性があるため、Yを付けてYENとしたのではないかという説を紹介しています。
そして補足例として出てくるのが、先ほど見たYEDOです。
さらに『和英語林集成』でも1867年と1872年には「エ=ye」が確認できるため、この説には当時の表記習慣という具体的な背景があります。
ただし、「明治政府がこの理由でYENと決定した」と記した一次資料までは確認されていません。
説2 欧州言語の「en」と区別した
二つ目は、ENがヨーロッパの言語で普通に使われる語だったため、混同を避ける目的でYを付けたという説です。
日本銀行は例として、オランダ語の「en」、スペイン語やフランス語の「en」を挙げています。
確かにENという文字列が各言語で日常的に使われること自体は事実です。
しかし、
「ENという語が存在した」→「だから明治政府がYENにした」
という因果関係を直接証明する当時の決定資料は、現在確認できていません。
そのため、これはあくまで日本銀行も紹介している一説として扱うのが妥当です。
説3 中国の「圓/YUAN」から変化した
三つ目は、中国との関係です。
日本の旧字体「圓」と、中国の貨幣単位に使われる「圓/元」は歴史的につながりがあります。
日本銀行は、中国の紙幣で漢字の「圓」と英字の「YUAN」が使われ、それがYENへ転化したのではないかという説を紹介しています。
ここで注意したいのは、
「圓という貨幣語の歴史を共有している」
ことと、
「YUANという英字を日本政府が直接YENへ変えた」
ことは別だという点です。
韓国銀行貨幣博物館も、現在の韓国のwon、中国のyuan、日本のyenはいずれも「圓」という漢字に歴史的な由来を持つと説明しています。
つまりyuan・yen・wonが完全に無関係というわけではありません。
ただし「YUAN→YENという変形が行われた」と直接示す一次資料までは確認できないため、こちらも確定説にはできません。
昔の日本人は本当に「イェン」と発音していた?
YENの説明でよく見かけるのが、
「昔の日本人は円を“イェン”と発音していたから」
という話です。
これは、そのまま事実として書くには問題があります。
歴史的仮名遣いでは「円」を「ゑん」と表記することがあります。
だからといって、「ゑ」を現代の英語風に読んで「イェ」「ウェ」と考えることはできません。
日本語の「え」と「ゑ」は、はるか昔には異なる音を表していましたが、その発音上の区別は中世には失われていったとされます。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースで紹介されている国語史資料でも、鎌倉時代には「え」と「ゑ」の区別がなくなったとされています。
つまり明治初期のローマ字で「ye」と書かれていたことは確認できても、
明治初期の日本人が現在の英語のyenと同じような「イェン」と発音していた
とまでは言えません。
ここでは、
- 日本語そのものの歴史的な発音
- 歴史的仮名遣い
- 外国人が日本語をどう聞き取ったか
- 外国人がそれをどうアルファベットで書いたか
を分けて考える必要があります。
では、現代の「円」をローマ字にするとENなのか
ここまで読むと、別の疑問が出てきます。
現在の日本語として「円」をローマ字にするなら、YENとENのどちらが正しいのでしょうか。
これは用途を分けると分かりやすくなります。
現在の日本語「えん」を、現代の一般的なローマ字の規則に沿って書けば、
en
となります。
2025年12月22日に70年ぶりに改定された国の「ローマ字のつづり方」でも、「エ」に対応する基本表記はeです。
一方、日本の通貨を英語・国際的な名称として表す場合には、
yen
が定着しています。
つまり、
| 考え方 | 表記 |
|---|---|
| 現代日本語「えん」をローマ字で表す | en |
| 日本の通貨の国際的名称 | yen |
と理解するとよいでしょう。
YENを「現在の日本語を普通にローマ字化した形」と考えると不自然ですが、150年以上前から続く通貨の固有名称として見ると事情が変わります。
なぜ現在もYENをENに直さないのか
では、ローマ字表記が変わったのであれば、通貨名もENへ変えてしまえばよさそうです。
しかし、YENはすでに長い時間をかけて国際的な通貨名称として定着しています。
外国語の辞書、金融市場、銀行業務、紙幣など、世界中で日本の通貨を指す言葉としてyenが使われています。
2025年に改定されたローマ字のつづり方についても、文化庁は、国際的に定着した表記や各分野で用いられている表記に対して直ちに変更を求めるものではないと説明しています。
つまり、現在のローマ字規則が「エ=e」だからといって、150年以上使われてきた通貨名YENを機械的にENへ変更する話にはなりません。
ただし、ここで
「変更すると莫大な費用がかかるから」
「政府が変更を検討したが断念したから」
などと理由を付け足すことはできません。
そうした具体的な公式説明は確認できないからです。
確実に言えるのは、YENがすでに国際的な通貨名称として定着し、現在の日本銀行券でも使われ続けているという事実です。
日本銀行券は最初からYENだった
1872年の明治通宝は、日本銀行券ではなく明治政府が発行した政府紙幣でした。
日本銀行が設立されたのは1882年。その3年後の1885年5月、最初の日本銀行券となる旧十円券が発行されます。
日本銀行は、1885年の銀行券発行開始以来、円をローマ字で表す場合の表記はすべてYENだと説明しています。
貨幣博物館の展示資料でも、1885年の旧十円券は「10 Yen Bank of Japan Note」、同年の旧一円券は「1 Yen Bank of Japan Note」と整理されています。
つまりYENは、明治初期だけ一時的に使われて消えた綴りではありません。
政府紙幣の時代から日本銀行券の時代へ移っても、そのまま引き継がれました。
2024年の新紙幣にも「YEN」は残っている
時代を一気に現在へ進めてみましょう。
2024年7月3日、日本では新しい一万円券、五千円券、千円券の発行が始まりました。
肖像はそれぞれ、
- 一万円券:渋沢栄一
- 五千円券:津田梅子
- 千円券:北里柴三郎
へ変更されました。
デザインも偽造防止技術も大きく変わりましたが、通貨の英字表記は現在もYENです。
1872年の明治通宝から数えれば、150年以上。
日本が近代的な通貨制度を作り始めた時代の綴りが、令和の紙幣にも続いていることになります。
「¥」と「JPY」もYENのYなのか
ここまで来ると、「¥」や「JPY」のYも気になるところです。
ただし、この二つもYENの語源とは分けて考えた方が分かりやすくなります。
¥マークの起源は意外と確定していない
円記号「¥」は一般に、YENの頭文字Yに横線を加えた記号として説明されます。
ただし、「誰が」「いつ」「どこで」最初に使い始めたのかまで完全に確定した資料は確認できていません。
そのため、「YENのYから作られたことが完全に証明されている」とまでは言わない方が安全です。
また、似た記号は中国人民元の表示にも使われるため、記号だけで日本円と中国人民元を常に区別できるわけでもありません。
コンピューター上では¥とバックスラッシュの表示にも長い歴史がありますが、これは文字コードまで関係する別の大きなテーマなので、ここでは深入りしません。
JPYは「JP+Y」
一方、国際通貨コードのJPYは比較的分かりやすい仕組みです。
ISO 4217では、国に対応する2文字と、通貨名に由来する文字を組み合わせる方式が基本になっています。
日本の場合は、
JP + Y = JPY
です。
JPはJapanを示す国コード、Yはyenに対応します。
同じ考え方で、米ドルはUS+DollarでUSDとなります。
したがって「YENなのに、なぜ通貨コードもYENではないの?」という疑問への答えは、JPYが通貨名そのものではなく、国際規格で定めた3文字コードだからです。
よくある「YENの由来」を整理すると
最後に、検索すると見かけやすい説明を整理しておきます。
| よくある説明 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 昔の日本人は円を「イェン」と発音していた | 根拠不足 | YE表記と当時の日本語発音は同じ問題ではない |
| 現代の「えん」を普通にローマ字化するとEN | おおむね正しい | 現在の「エ」の基本表記はe |
| YENはヘボンが考案した | 確認できない | ヘボンを考案者とする決定的資料がない |
| 江戸はYEDOとも書かれていた | 確認できる | 1867年の同時代資料にも実例がある |
| 欧州語のenとの混同を避けた | 一説 | 日本銀行も紹介しているが決定資料は未確認 |
| 中国のYUANからYENになった | 一説 | 圓を介した関係はあるが直接転化の証拠は確認できない |
| 1872年の明治通宝にはYENがある | 確認できる | 日本銀行が公式に明記 |
| 1870年銘一円銀貨に英字ONE YENがある | そのままでは誤り | 確認できる1870年現物は漢字。1874年型ではONE YENを確認できる |
| 現在の新紙幣にもYENが使われている | 確認できる | 2024年発行の現行銀行券でも継続 |
| 政府がYENをENへ変更しようとしている | 確認できない | 2026年9月時点でそのような公式方針は確認されていない |
結局、YENの「Y」の正体は何だったのか
ここまで150年以上を遡っても、「最初にこの人物が、この理由でYを付けた」という一枚の決定文書にはたどり着きません。
分かっているのは、もっと複雑で面白い歴史です。
幕末には、江戸がYEDOと書かれていました。
1867年のヘボン辞書では、「エ」に当たる音がyeと表記されていました。
1871年、日本は「円」を新しい通貨単位にします。
1872年には、政府紙幣の明治通宝ですでにYENが使われていました。
その後、ローマ字は整理され、1886年のヘボン辞書第三版では一般の「エ」がyeからeへ変わります。
それでも、すでに通貨名として使われていたYENは残りました。
1885年に始まった日本銀行券でもYENが使われ、2024年に発行された現在の新しい紙幣にも、その3文字は続いています。
だから「YENのY」の答えは、単純に「昔はイェンと発音したから」でも、「中国のYUANから来たから」でもありません。
YENという綴りが成立した幕末・明治初期には、現在とは異なる外国語表記の習慣があり、中国を含む東アジアの貨幣文化とのつながりもありました。その中で生まれたYENが早い段階で通貨名として定着し、元のローマ字表記が変化した後も残り続けた。
現時点で資料から言えるのは、そこまでです。
そして何より興味深いのは、世界中で毎日のように使われている「YEN」というたった3文字について、150年以上たった現在も「なぜ最初にYを付けたのか」を一つの答えに決められないことなのかもしれません。