- コナミは何でも作れる会社だった?全ソフトTierでゲーム史を検証
- コナミは本当に「何でも作れる会社」だった?先に結論
- まず注意|「コナミ発売」と「コナミ社内開発」は同じではない
- コナミは1969年創業。最初から家庭用ゲーム会社だったわけではない
- 1980年代の時点で、すでに「何の会社か」が決めにくい
- PCエンジン|S Tier12本のうち4本がコナミ。しかも全部ジャンルが違う
- スーパーファミコン|41本出して、36本がB以上だった
- 1994年は「何でも作れるコナミ」が最も分かりやすく表れた年
- 1995~1999年|スポーツ、RPG、ステルス、音楽ゲーム、カードまで増えていく
- NINTENDO 64では「コナミなら全部強い」という神話が崩れる
- 『METAL GEAR SOLID』は突然生まれた作品ではない
- では、なぜこれほど違うジャンルを同時に持てたのか
- 『遊戯王』はコナミが生み出したIPではない
- 『桃太郎電鉄』も昔からコナミ作品だったわけではない
- 2006年以降は「コナミ」という会社名の中身も変わっている
- 「コナミはもうゲームを作っていない?」2026年現在もゲーム事業は大きい
- 昔のコナミは「何でも作れた」のか
- コナミの強さは「ジャンル数」ではなく、別々の遊びを長く残したことにある
コナミは何でも作れる会社だった?全ソフトTierでゲーム史を検証

コナミの代表作を挙げようとすると少し困る。
『グラディウス』を選べばシューティングメーカーに見える。『悪魔城ドラキュラ』ならアクション、『METAL GEAR』ならステルス、『実況パワフルプロ野球』ならスポーツ、『ときめきメモリアル』なら恋愛シミュレーション。さらに『幻想水滸伝』があり、『ウイニングイレブン』があり、ゲームセンターへ行けば『beatmania』や『DanceDanceRevolution』まで出てくる。
これだけ遊びの違うシリーズが、同じメーカー史の中に並んでいる。
では、昔のコナミについてよく言われる「何を作っても強かった」という印象は、本当に作品全体を見ても成立するのだろうか。
「作品からメーカー史を追う」シリーズでは、これまでカプコンが時代ごとに強さの形をどう変えたのか、ハドソンの黄金期がなぜ一つに決められないのかを見てきた。
今回は、PCエンジン、スーパーファミコン、NINTENDO 64、メガドライブなど、つぶログで全ソフトを評価したTierも使いながら、コナミは本当に「何でも作れるゲーム会社」だったのかを追っていく。
コナミは本当に「何でも作れる会社」だった?先に結論
最初に答えを出すと、「コナミなら何を作っても名作になった」という意味では、答えはNOである。
NINTENDO 64まで見ると、90点のS Tierへ入るスポーツゲームがある一方、40点台や30点台まで評価を落としたコナミ発売作品もある。ジャンルを広げれば、当然すべてが成功したわけではない。
それでも、別の意味ではかなり特殊なメーカーだった。
互いにほとんどゲームルールが共通しない複数ジャンルで、同じ時代に上位作品を何度も送り出している。
PCエンジンでは、現行TierのS Tier12作品にコナミ発売が4本入る。
| 作品 | 評価 | 主なジャンル |
|---|---|---|
| 悪魔城ドラキュラX 血の輪廻 | 91点・S | アクション |
| ときめきメモリアル | 91点・S | 恋愛シミュレーション |
| スナッチャー | 90点・S | アドベンチャー |
| グラディウスII GOFERの野望 | 90点・S | シューティング |
四本が四ジャンルである。
さらにスーパーファミコンでは、コナミ発売41本の平均が80.19点。Sが3本、Aが19本で、41本中22本がSまたはA。B以上まで広げると36本、87.8%に達する。
少数の大ヒットだけで印象を作ったメーカーではない。
一方、NINTENDO 64では26本を発売しながら平均72.6点、S2本・A8本。上にも下にも大きく振れる。
この違いまで含めると、今回見たいものがはっきりする。
コナミの強さは「何を作っても外さなかった」ことではなく、まったく違う遊びを次々と商品として成立させ、複数の柱へ育てられたことにあったのではないか。
まず注意|「コナミ発売」と「コナミ社内開発」は同じではない
Tierの数字を見る前に、今回も発売元と開発元を分けておきたい。
メーカー別集計でいう「コナミ41本」「コナミ26本」は、基本的に発売元としてのコナミでまとめた数字である。
そのすべてを一つの社内チームが作ったわけではない。
とくに1990年代以降は、コナミコンピュータエンタテインメント大阪など複数の開発組織が存在し、作品ごとに担当も異なる。NINTENDO 64の『実況パワフルプロ野球』系でも、開発元情報を見ると発売元「コナミ」だけでは分からない組織の違いがある。
したがって本文で扱うメーカー別平均は、
「コナミという発売元が、どの程度の品質のラインアップを市場へ送り出していたか」
を見る数字と考える。
個別作品の開発力やスタッフの功績を説明するときは、発売元だけで判断しない。
コナミは1969年創業。最初から家庭用ゲーム会社だったわけではない
現在のコナミグループが公式に示している創業日は1969年3月21日。上月景正氏が大阪府豊中市で始めたのは、ジュークボックスのレンタル・修理業だった。
法人としての設立は1973年3月19日。コナミ工業株式会社を設立し、アミューズメント機器の製造を始める。
ここからいきなりファミコンへ進んだわけではない。
1982年にはパソコン用ゲーム、1983年にはMSX用ゲームへ進出。その後、ファミリーコンピュータ用ソフトへ参入していく。
つまりコナミの家庭用ゲーム史は、家庭用専業メーカーがジャンルを増やした歴史ではなく、アーケード、PC、MSXなど複数の市場を経験した会社が家庭用へ広がった歴史として始まっている。
1980年代の時点で、すでに「何の会社か」が決めにくい
公式の商品史を追うと、1980年代だけでもコナミの広がりはかなり大きい。
| 年 | 代表例 | 見えてくる方向 |
|---|---|---|
| 1981 | スクランブル | シューティング |
| 1983 | ハイパーオリンピック | スポーツ |
| 1985 | グラディウス | 横スクロールSTG |
| 1986 | ツインビー/沙羅曼蛇/がんばれゴエモン! からくり道中/悪魔城ドラキュラ | STGからアクションまで拡大 |
| 1987 | 魂斗羅/METAL GEAR | ラン&ガンと潜入型ゲーム |
| 1988 | スナッチャー | 物語・捜査を中心としたADV |
「シューティングが得意だったコナミが、あとから別ジャンルへ広がった」と考えると、この時点ですでに少し違う。
1980年代後半には、撃つゲーム、走るゲーム、探索するゲーム、敵に見つからないことを重視するゲーム、文章と捜査で進むゲームが同時に存在している。
この早い段階でのジャンル分散が、後の1990年代につながっていく。
『悪魔城ドラキュラ』だけでも、一つの型に固定されていなかった
『悪魔城ドラキュラ』のシリーズ第1作は、1986年9月26日にファミリーコンピュータ ディスクシステムで登場した。
その約1か月後、10月30日にはMSX2版も発売されている。
名前は同じだが、内容は完全に同一ではない。MSX2版は画面切り替え型で、マップ探索や宝箱、複数の武器など、ディスクシステム版とは違う要素を持っている。
早い時期から、同じシリーズを単純に別ハードへ移すだけではなく、機種ごとに遊び方まで変える例があった。
PCエンジン|S Tier12本のうち4本がコナミ。しかも全部ジャンルが違う
今回のテーマを最も分かりやすく示すのが、PCエンジン全669作品Tierである。
現行TierでSに入った12作品のうち、コナミ発売は4本。
『悪魔城ドラキュラX 血の輪廻』91点、『ときめきメモリアル』91点、『スナッチャー』90点、『グラディウスII GOFERの野望』90点だ。
ここで重要なのは、4本という数だけではない。
アクション、恋愛シミュレーション、アドベンチャー、シューティングという、ゲームの中心となる行動がほぼ重ならない四作品が同時に最上位へ入っている。
同じCD-ROMを使っても、使い方まで四者四様だった
『悪魔城ドラキュラX 血の輪廻』は、全9ステージに分岐や救出を入れ、リヒターとマリアで操作感も変える。音声やアニメーションは入っているが、それだけで91点になったわけではない。ルートによって攻略そのものが変わることが強い。
『ときめきメモリアル』では、3年間の予定を組み、能力を伸ばし、人間関係を管理して卒業まで進む。CDの容量は、大量の音声を再生するだけでなく、長期プレイの中でイベントの変化を厚くする方向へ使われた。
『スナッチャー』はコマンドADVを軸に、キーワード入力や射撃を挟み、PCエンジン版ではACT3まで収録して物語を完結させた。
『グラディウスII GOFERの野望』は、アーケード版の基本を保ちながらPCエンジン独自ステージや3ボタン設定を追加している。
同じメーカー、同じCD-ROM系ハードでも、四本はまったく同じ設計思想ではない。
これが、今回いう「何でも作れる」の中身を考えるうえで重要になる。
なお、『ときめきメモリアル』についてはPCエンジン版から始まった第1作を個別記事でも振り返っている。
スーパーファミコン|41本出して、36本がB以上だった
さらに数字が強いのが、スーパーファミコン全1,442作品Tierである。
発売元別に見ると、コナミは41本。
平均80.19点、S3本、A19本。S+A率は53.7%、B以上率は87.8%だった。
| 発売元 | 本数 | 平均 | S+A率 | B以上率 |
|---|---|---|---|---|
| 任天堂 | 54 | 85.80 | 72.2% | 98.1% |
| カプコン | 39 | 81.55 | 64.1% | 92.3% |
| コナミ | 41 | 80.19 | 53.7% | 87.8% |
| ハドソン | 41 | 76.77 | 31.7% | 80.5% |
この表で「どのメーカーが上」と決めたいわけではない。
任天堂、カプコン、ハドソンでは発売したソフトの種類も役割も違うからだ。
それでもコナミについては、41本というまとまった本数を出し、そのうち36本をB以上へ残したことが分かる。
数本の歴史的傑作だけで平均を押し上げたわけではない。
S Tier3本も、同じゲームではない
コナミのS Tierは『魂斗羅スピリッツ』『悪魔城ドラキュラ』『アクスレイ』。
確かに三本ともアクション性は強い。しかし、その下のA Tierまで広げると景色は急に変わる。
『がんばれゴエモン3 獅子重禄兵衛のからくり卍固め』『パロディウスだ! ~神話からお笑いへ~』『実況ワールドサッカー PERFECT ELEVEN』『実況パワフルプロ野球3』などが並ぶ。
ゴエモンでは探索と横アクション、パロディウスではシューティング、実況ワールドサッカーでは対戦スポーツ、パワプロでは野球と育成。
一つの成功作を形だけ変えて量産したラインアップとは言いにくい。
メガドライブでも、現在の全422ソフトTierでは『魂斗羅 ザ・ハードコア』が98点のS Tierに入っている。
ハードが変わっても、一つのシリーズをそのまま同じものとして出すのではなく、その機種で成立する速度感や分岐、操作へ作り直す例が見える。
1994年は「何でも作れるコナミ」が最も分かりやすく表れた年
コナミ史を一本の記事で追うなら、1994年は外せない。
3月11日に『実況パワフルプロ野球'94』、5月27日にPCエンジン版『ときめきメモリアル』が登場する。
片方は野球、片方は高校生活と恋愛である。
それまでの『グラディウス』『魂斗羅』『悪魔城ドラキュラ』と比較しても、遊びの中心は大きく違う。
パワプロは「選手をリアルに描く」方向だけではなかった
『実況パワフルプロ野球'94』から始まったパワプロは、2026年時点で30年以上続くシリーズになった。
選手を頭身の低いキャラクターで表現しながら、投球、打撃、守備といった野球の読み合いをゲームとして成立させる。
後には選手育成の「サクセス」がシリーズを代表する遊びへ育っていく。
スーパーファミコンTierでも『実況パワフルプロ野球3』は87.9点のA Tier。NINTENDO 64では『実況パワフルプロ野球6』が90点のS Tierまで上がる。
同じスポーツを毎年の選手データだけで更新したのではなく、操作と育成の両方を長期シリーズへしたことが大きい。
『ときめきメモリアル』はPlayStationから始まったわけではない
一方、『ときめきメモリアル』第1作は1994年5月27日のPCエンジン版。
PlayStation版『forever with you』はその翌年である。
3年間のスケジュールを組み、学業や運動などの能力を伸ばし、人との出会いと評判を管理する。
恋愛ゲームという題材だけを見れば、それまでのコナミとは遠く見える。しかしゲームの中身は、長期間にわたる数値管理とイベント条件を組み合わせたかなりシステム寄りの作品だった。
PCエンジンTierで91点のSに入ったのも、音声やキャラクター人気だけではなく、育成と人間関係が互いに影響する長期設計を評価した結果である。
1995~1999年|スポーツ、RPG、ステルス、音楽ゲーム、カードまで増えていく
1994年だけでも十分に幅広いが、そこからさらに加速する。
1995年には『Jリーグ実況ウイニングイレブン』と『幻想水滸伝』。
1997年にはアーケードで『beatmania』。
1998年には『METAL GEAR SOLID』『pop'n music』『DanceDanceRevolution』。
1999年には『SILENT HILL』『GUITARFREAKS』『beatmania IIDX』『drummania』が並び、カードゲーム事業にも入る。
数年間のうちに、家庭用コントローラーだけで完結しないゲームまで柱になっていった。
BEMANIは「音楽を題材にしたゲーム」ではなく、操作そのものを変えた
1997年に稼働を始めた『beatmania』から、音楽ゲーム群は「BEMANI」の統一ブランドへ広がっていく。
1998年9月には『DanceDanceRevolution』が国内アミューズメント施設で稼働開始。
これは既存ジャンルへ音楽を足しただけではない。
ターンテーブルを回す、鍵盤を叩く、足元のパネルを踏む。
画面上のキャラクターを動かすことから離れ、プレイヤー自身の入力行為を遊びの中心へ置いた。
「何でも作る」というコナミの広さは、ジャンル名が増えただけではなく、ゲームを操作する方法そのものまで広がったところに特徴がある。
NINTENDO 64では「コナミなら全部強い」という神話が崩れる
ここまで上位作品ばかり見ていると、やはり「昔のコナミは何を出しても名作だった」という話に戻ってしまう。
その見方を崩してくれるのが、NINTENDO 64全206作品Tierだ。
コナミ発売は26本。発売元別では任天堂47本に次ぐ規模で、平均72.6点。S2本、A8本だった。
上位はかなり強い。
| 作品 | 評価 | 主な強み |
|---|---|---|
| 実況ワールドサッカー ~WORLD CUP FRANCE'98~ | 90点・S | パス・守備の反応、AI、複数モード、4人対戦を高密度で統合 |
| 実況パワフルプロ野球6 | 90点・S | 野球の基本操作に大学野球サクセスや長期モードを積み重ねた |
ところが下位を見ると、
『G.A.S.P!! Fighter's NEXTream』44点、『NBA IN THE ZONE'98』43点、『ハイパーオリンピック イン ナガノ64』39点。
3D格闘、バスケットボール、冬季スポーツと、こちらもジャンルは広い。
だが今回は、その広さがそのまま高評価にはつながっていない。
『G.A.S.P!!』はキャラクター育成を3D格闘へ入れた発想こそあるものの、CPU、フレームレート、技の差など基礎部分が弱い。
『NBA IN THE ZONE'98』も、5対5やシーズン、4人プレイという枠は持ちながら、操作やカメラ、CPUバランスが試合の読み合いを削った。
この時代を見ると、
「いろいろなジャンルを出せる」ことと、「いろいろなジャンルで高い完成度を出せる」ことは別
だと分かる。
ただし、SFCとN64ではTierの評価項目やハード固有条件も異なるため、平均80.19点と72.6点だけを直接引いて「コナミの実力が7.59点落ちた」と読むこともしない。
見えているのは、SFCでは大量供給しながら上位密度が高く、N64では上位と下位の振れ幅が大きかったという、それぞれのハード内部での位置である。
『METAL GEAR SOLID』は突然生まれた作品ではない
1998年の『METAL GEAR SOLID』は、PlayStation時代のコナミを象徴する一本になった。
ただしシリーズの起点は1987年の『METAL GEAR』まで遡る。
真正面から敵を倒し続けるのではなく、見つからずに進むことへ比重を置く。
その核を3D空間や映像演出へ広げたのが『METAL GEAR SOLID』だった。
コナミ史を「昔はいろいろなシリーズがあった」とだけ見るより、一度生まれた遊びを、ハードが変わったときに別の表現へ組み直す力も見ておきたい。
『悪魔城ドラキュラ』『魂斗羅』『パワプロ』も、同じシリーズ名を長く使っているが、中身まで最初の形のままではない。
では、なぜこれほど違うジャンルを同時に持てたのか
ここは簡単な一言で説明しない方がいい。
1990年代のコナミには複数の開発会社・拠点・チームが存在し、作品ごとの制作体制も異なる。
そのため、
「一人の天才が何でも作れた」
でも、
「コナミには万能な一つの開発チームがあった」
でもない。
作品から確実に確認できるのは、複数の異なる開発ラインから出てきた作品を、KONAMIという一つのブランド群として市場へ送り出し、それぞれを長期シリーズへ育てられた時期があったことだ。
「なぜ成功したのか」を組織構造一つへ還元するより、その結果として何が残ったのかを見る方が今回のテーマには合う。
『遊戯王』はコナミが生み出したIPではない
現在のKONAMIを語るとき、とくに注意が必要なのが『遊☆戯☆王』である。
原作は高橋和希氏による漫画であり、KONAMIが最初から生み出したIPではない。
KONAMIは1990年代後半からゲーム展開を行い、1999年には『遊戯王オフィシャルカードゲーム デュエルモンスターズ』を展開している。
ここで面白いのは、オリジナルIPでなければコナミ史と無関係ということでもない点だ。
外部原作を、家庭用ゲームだけでなくカードゲームという別の巨大な遊びへ広げた。
これも「何でも作る」という会社像を考える材料にはなる。
ただし『遊戯王』を『グラディウス』や『魂斗羅』と同じ意味で「コナミが生み出したシリーズ」とは扱わない。
『桃太郎電鉄』も昔からコナミ作品だったわけではない
もう一つ、現在のKONAMIを過去へそのまま遡らせてはいけない例が『桃太郎電鉄』だ。
シリーズはもともとハドソン側で展開されていた。
2012年3月、コナミデジタルエンタテインメントがハドソンを吸収合併する。
現在はKONAMIの主要シリーズだが、1980年代から続くコナミオリジナルIPとして扱うのは正確ではない。
ハドソン側から見たシリーズ史については、ハドソンのメーカー史でも触れている。
2006年以降は「コナミ」という会社名の中身も変わっている
現在までの会社史を見るときは、法人構造にも注意が必要だ。
2006年3月、デジタルエンタテインメント事業を引き継ぐ株式会社コナミデジタルエンタテインメントが設立され、旧コナミ株式会社は純粋持株会社へ移行した。
その後もグループ再編が続き、2022年には持株会社が現在の「コナミグループ株式会社」へ商号変更している。
したがって、1985年の『グラディウス』と2026年のゲームを、まるで同じ法人・同じ組織がそのまま作り続けているように書くことはできない。
現在、家庭用ゲーム、PC、モバイル、カードなどのデジタルエンタテインメントを中心に担っているのはコナミデジタルエンタテインメントである。
「コナミはもうゲームを作っていない?」2026年現在もゲーム事業は大きい
昔のコナミ作品を語ると、ときどき「今はゲームを作っていない会社」のように扱われることがある。
これは2026年現在の事実とは合わない。
現在の公式事業資料では、『METAL GEAR』シリーズは世界累計6,640万本、『パワフルプロ野球』シリーズは2,680万本規模とされている。『eFootball』は2026年4月に世界累計10億ダウンロード突破を発表した。
2025年8月に発売された『METAL GEAR SOLID Δ: SNAKE EATER』も、2026年3月時点で全世界累計出荷200万本を突破している。
『遊戯王 マスターデュエル』は2026年8月に累計1億ダウンロードを突破。
同じ8月には、1995年から続くRPGシリーズの完全新作『幻想水滸伝 STAR LEAP』も国内向けiOS/Androidで配信開始された。
もちろん、販売本数とダウンロード数は同じ指標ではない。基本無料タイトルのDL数と買い切りソフトの出荷本数を直接比較して「どちらが人気」と判断することもできない。
ここで確認したいのは、2026年のKONAMIにも、スポーツ、ステルス、カード、RPGと異なるゲーム事業が同時に存在しているという点だけである。
昔のコナミは「何でも作れた」のか
ここまで見たうえで、最初の問いへ戻ろう。
昔のコナミは、本当に「何でも作れる会社」だったのか。
「何を出しても高品質だった」という意味なら違う。
NINTENDO 64には、90点の『実況ワールドサッカー ~WORLD CUP FRANCE'98~』『実況パワフルプロ野球6』がある一方、40点前後まで落ちた作品もある。
ジャンルを広げた数そのものが、品質を保証したわけではない。
しかし、PCエンジンではS Tier12本のうち4本を、アクション、恋愛シミュレーション、ADV、STGという別々の形で占めた。
スーパーファミコンでは41本を供給し、平均80.19点、36本がB以上。
同時期にはパワプロ、ときメモ、ウイニングイレブン、幻想水滸伝が始まり、さらにアーケードではbeatmaniaやDDRが生まれた。
ここまで重なると、「代表シリーズが多かった」というだけでは説明が足りない。
コナミは、一つの得意なゲームを何度も形を変えて売ったメーカーではなく、互いにかなり異なるゲームのルールを、それぞれ別の柱として成立させることができたメーカーだった。
これが全ソフトTierまで広げて見たとき、最も強く残る特徴である。
コナミの強さは「ジャンル数」ではなく、別々の遊びを長く残したことにある
ゲーム会社が一度だけ違うジャンルへ挑戦することは珍しくない。
難しいのは、それを単発で終わらせないことだ。
『悪魔城ドラキュラ』は1986年、『METAL GEAR』は1987年、『パワプロ』は1994年、『ウイニングイレブン』は1995年。形を変えながら、現在まで名前の残るシリーズになった。
一方で、『ときめきメモリアル』『幻想水滸伝』『BEMANI』のように、その時代のコナミ像を大きく広げたシリーズもある。
そして『遊戯王』『桃太郎電鉄』のように、自社で最初から生み出したわけではないIPを別の形で大きく展開する歴史も加わった。
だからコナミのゲーム史を「グラディウスの会社」「メタルギアの会社」「スポーツゲームの会社」のどれか一つへ固定すると、必ず何かがこぼれる。
最も特徴的なのは、得意ジャンルが分からないことではない。
得意ジャンルを一つに決めなくても、ゲーム会社として成立していた時代が長かったこと。
PCエンジンの四つのS Tierと、SFC41本の数字は、その印象が有名作だけを覚えていることによる錯覚ではないと示している。
同時にNINTENDO 64の下位作品は、コナミだから自動的に名作になるわけでもなかったことを示す。
その両方を残しておく方が、「昔のコナミはすごかった」という一言より、このメーカーの面白さはずっとよく見えてくる。