- 『風来のシレン』はなぜ和風?トルネコから“風来人”が生まれた理由
- 先に結論|DQを離れた理由と「和風」になった理由は別々に確認できる
- そもそも「不思議のダンジョン2」はシレン2という意味ではない
- 最初のトルネコには「ドラゴンクエスト」である意味があった
- ところが、トルネコのままではやりにくいことが出てきた
- 意外にも『風来のシレン』は最初から和風ではなかった
- なぜ和風だった?「剣と魔法ばかりだった」時代への違う答え
- そして『風来のシレン』の主題になったのが「旅」だった
- シレンがしゃべらないのにも理由があった
- では、なぜ侍や忍者ではなく「風来人」なのか
- パンがおにぎりになった――世界観は遊んでいる最中にも見える
- 和風といっても「昔の日本」をそのまま再現した世界ではない
- トルネコとシレンでは、主人公に求められた役割も違った
- 「シレン」という名前は「試練」が由来なのか
- シレンで「不思議のダンジョン」はDQの外へ出た
- 1995年に作られた「シレンらしさ」は30年後にも残った
- まとめ|トルネコで始まったダンジョンが、シレンで「自分の世界」を持った
『風来のシレン』はなぜ和風?トルネコから“風来人”が生まれた理由

『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』がスーパーファミコンで発売されたのは1993年。その約2年後、不思議のダンジョンは大きく姿を変えます。
1995年12月1日に発売された『不思議のダンジョン2 風来のシレン』です。
主人公は『ドラゴンクエストIV 導かれし者たち』の商人トルネコから、三度笠をかぶった「風来人」シレンへ。世界もドラゴンクエストの西洋ファンタジーから離れ、街道や峠を旅し、おにぎりや巻物、壺などを使う独自の和風世界になりました。
これだけ変わると、「なぜ普通にトルネコの続編を作らなかったのか」「なぜ突然、和風になったのか」という疑問が出てきます。
実はこの経緯は、後年の開発者インタビューからかなりのところまで追えます。
しかも『風来のシレン』は、最初から和風ゲームとして企画されていたわけではありません。
先に結論|DQを離れた理由と「和風」になった理由は別々に確認できる
今回確認できた開発者証言を整理すると、『トルネコ』から『シレン』への変化には大きく二つの段階があります。
- 不思議のダンジョンの遊びをさらに広げるには、トルネコという人物やドラゴンクエストの世界では扱いにくいアイデアが出てきたため、オリジナル作品へ進んだ
- シレンは当初、西洋風の世界を想定していたが、冨江慎一郎氏の提案をきっかけに和風へ変わった
さらに当時は剣と魔法を扱うファンタジーRPGが多く、それらとは違うテイストを出したかったことも、中村光一氏が和風世界を選んだ背景として語っています。
一方で、「なぜ侍や忍者ではなく風来人だったのか」について、その言葉を選んだ理由まで直接説明した証言は確認できません。
ただし、初代『風来のシレン』が「旅」を主題にした作品だったこと、ひと目で旅人だと分かるようシレンに三度笠をかぶせたことは、キャラクターデザインを担当した長谷川薫氏が明かしています。
つまり、「なぜ和風になったのか」はかなり答えが残っている。その先の「なぜ風来人なのか」は、確認できる開発意図と、完成したゲームから読み取れる意味を分けて考える必要があります。
そもそも「不思議のダンジョン2」はシレン2という意味ではない
まず、タイトルから整理しておきましょう。
| 作品 | 発売日 | 機種 | 位置づけ |
|---|---|---|---|
| 『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』 | 1993年9月19日 | スーパーファミコン | 不思議のダンジョン第1作 |
| 『不思議のダンジョン2 風来のシレン』 | 1995年12月1日 | スーパーファミコン | 不思議のダンジョン第2弾 |
任天堂も後年のバーチャルコンソール版紹介ページで、『風来のシレン』を「不思議のダンジョンシリーズの第2弾」と位置づけています。
つまりタイトルに付いている「2」は『風来のシレン2』という意味ではありません。
『トルネコの大冒険』から続く「不思議のダンジョン」というシリーズそのものの2作目だったわけです。
最初のトルネコには「ドラゴンクエスト」である意味があった
では、なぜ最初の不思議のダンジョンはトルネコだったのでしょうか。
中村光一氏は後年のインタビューで、その出発点にコンピューターRPG『Rogue(ローグ)』があったことを振り返っています。
『Rogue』は、ダンジョンの姿がプレイするたびに変わり、倒れればそれまで育てたキャラクターを失って最初からやり直すという、当時の家庭用RPGとはかなり違うゲームでした。
しかもオリジナル版では画面を文字や記号で表現します。1990年代初頭の家庭用ゲームユーザーへそのまま持ってきても、ルールだけでなくアイテムやモンスターまで一から理解してもらわなければなりません。
そこで使われたのが、すでに多くのプレイヤーが知っていた『ドラゴンクエスト』でした。
中村氏によれば、せめてアイテムやモンスターの名前が分かっていればゲームのイメージを伝えやすいと考え、『ドラゴンクエスト』のキャラクターを使うことになったといいます。
そして主人公に選ばれたのが、『ドラゴンクエストIV』の武器商人トルネコでした。
ダンジョンへ入り、アイテムを集めて帰ってくる。その目的を説明するうえでも、「商人」というトルネコの立場は分かりやすかったのです。
初代『トルネコの大冒険』そのものが後にどう発展し、2026年にどの作品がリマスターされたのかは、『トルネコの大冒険』リマスターは新作?初代・2・3のどれ?追加要素や対応機種も整理で詳しく整理しています。
ところが、トルネコのままではやりにくいことが出てきた
『トルネコの大冒険』で終わらず、不思議のダンジョンをさらに発展させようとすると事情が変わってきます。
中村氏は2014年のチュンソフト30周年インタビューで、『Rogue』から、より多くのアイテムやシステムを持つ『NetHack(ネットハック)』の方向へ進化させようとしていたと説明しています。
そこで具体的に問題になった例として挙げられたのが、ダンジョン内の店から泥棒する遊びでした。
スリルのある仕組みとして入れたい。しかし主人公は商人のトルネコです。
「商人であるトルネコ自身が店から泥棒する」という行動をさせるのは、キャラクターとの整合性を考えると扱いにくい。
さらに中村氏は、ドラゴンクエストの世界では出しづらいアイテムやモンスターも多かったと振り返っています。
そこで出てきたのが、「いっそオリジナルでやろう」という方向でした。
ここは誤解しないようにしたいところです。
今回確認した開発者証言からは、「ドラゴンクエストの権利が使えなくなったからシレンになった」という話は確認できません。
確認できるのはむしろ逆で、不思議のダンジョンで実現したい遊びを増やしていくと、トルネコという既存キャラクターやドラゴンクエストという既存世界のルールから離れた方が自由に作れるようになったという経緯です。
トルネコが不思議のダンジョンに向いていなかったわけでもありません。
最初の作品では、まだ馴染みの薄かった『Rogue』型のゲームを、ドラゴンクエストという共通言語を使って家庭用ゲームへ持ち込む役割を果たした。その先へ進もうとしたところで、今度はオリジナルの世界が必要になった、と見る方が実際の証言に近いでしょう。
意外にも『風来のシレン』は最初から和風ではなかった
では、ドラゴンクエストから離れた時点で、現在のような和風の『風来のシレン』が決まっていたのでしょうか。
そうではありません。
初代から『風来のシレン』のキャラクターデザインに携わった長谷川薫氏は、2018年のインタビューで、企画当初は『トルネコの大冒険』に続いて西洋の世界観をイメージしていたと明かしています。
そこから和風へ変わったきっかけが、シナリオを担当していた冨江慎一郎氏の提案でした。
つまり、よく知られた三度笠のシレンや街道、峠、おにぎりといった世界は、企画の最初から完成形として存在していたわけではありません。
途中で大きく方向を切り替えた結果、現在まで続く「シレンらしさ」が生まれています。
なぜ和風だった?「剣と魔法ばかりだった」時代への違う答え
では、なぜ冨江氏の提案から「和風」という方向へ進んだのでしょうか。
ここにも中村氏の証言があります。
当時はRPGブームの中で、剣と魔法を扱うファンタジー世界のゲームが数多く存在していました。そこで『風来のシレン』では、それらとは違うテイストを出したかったというのです。
さらに不思議のダンジョンは、長い物語を見せることより、ダンジョンへ何度も挑み、状況に応じて判断するゲームシステムそのものが中心になります。
そのため、一般的な剣と魔法の世界から外れた特徴的な舞台にも踏み込みやすかった。
少なくとも確認できる証言からは、「日本人向けだから和風にした」「時代劇が流行っていたから」「ローグライクには日本文化が合うから」といった理由を持ち出す必要はありません。
最初は西洋風だったが、冨江氏の提案で和風へ転換し、当時あふれていた剣と魔法のRPGとは違うテイストを持つ世界を作った。
ここまでは、後年の開発者証言から確認できます。
そして『風来のシレン』の主題になったのが「旅」だった
和風へ変わったことで、主人公もただの「和風の戦士」になったわけではありません。
長谷川薫氏によれば、初代『風来のシレン』は「旅」を主題にした作品でした。
そこでシレンの姿を見ただけで旅人だと分かるように、三度笠をかぶせたといいます。
現在では当たり前に見える三度笠と縞合羽の姿も、「和風だからそれらしい服を着せた」というだけではありません。
旅をする主人公だと、一目で伝えるためのデザインだったのです。
しかも完成まで一直線だったわけではなく、長谷川氏によればシレンのデザインは最後までなかなか決まらず、ちょんまげ姿や長ズボンをはいた案など、数多くのデザインがボツになったといいます。
現在のシレンは、「和風主人公ならこうなる」という安易な結果ではなく、多くの案から絞り込まれた姿でした。
シレンがしゃべらないのにも理由があった
シレンという主人公には、もうひとつ特徴があります。
自分からほとんどしゃべりません。
これについても長谷川氏は、主人公をプレイヤー自身の分身のように感じてもらうためだったと説明しています。
シレンは物語の中で強い自己主張を続ける主人公というより、プレイヤーがその姿を借りてダンジョンへ入っていく余地を残した人物です。
その隣には、人の言葉を理解する「語りイタチ」のコッパがいます。
コッパは初代からシレンと旅をする相棒となり、後年の作品でもこの関係は受け継がれました。
ただし、「シレンを無口にしたから会話役としてコッパを作った」とまで説明する開発者証言は今回確認できていません。そこは別の話として切り分ける必要があります。
では、なぜ侍や忍者ではなく「風来人」なのか
ここからは、確認できる事実とゲームデザイン上の考察を分けなければなりません。
シレンが「風来人」であること、そして作品の主題が「旅」だったことは確認できます。
一方で、開発スタッフが「侍や忍者では自由に旅できないから風来人にした」「不思議のダンジョンと相性がいいから風来人にした」と説明した資料は、今回確認できませんでした。
そのため、そこを開発理由として断定することはできません。
ただ、完成したゲームを見ると「風来人」という主人公像と不思議のダンジョンには興味深い重なりがあります。
シレンは、ひとつの国や城に仕える人物ではありません。
各地を旅し、未知の土地へ向かう人物です。
一方、不思議のダンジョンでは、入るたびに地形が変わります。落ちている道具も、出会うモンスターも、罠の位置も同じではありません。
プレイヤーはその場で手に入ったものを使い、目の前の状況に合わせて判断しなければならない。
ひとつの場所へ定住しない風来人と、同じ冒険が二度とそのまま再現されない不思議のダンジョン。
この二つは、結果として非常によく噛み合っています。
ただし、それを見て「だから風来人にした」と制作意図まで逆算してしまうのは行き過ぎです。
言えるのは、旅を主題に作られたシレンという人物像が、不思議のダンジョンのゲーム構造と自然に重なる形になった、というところまでです。
パンがおにぎりになった――世界観は遊んでいる最中にも見える
トルネコからシレンへの変化を分かりやすく象徴するものがあります。
食料です。
『トルネコの大冒険』では、空腹を満たす食料としてパンが登場します。
『風来のシレン』では、それがおにぎりになりました。
どちらも「満腹度を回復させる」というゲーム上の役割を持っています。仕組みを根本から変えなくても、プレイヤーが手に取るものが変われば世界の印象は大きく変わります。
同じことは、巻物、草、杖、壺、剣や盾といった道具にも言えます。
さらに街道、峠、宿場を思わせる場所、三度笠の旅人、村で出会う人々、和の雰囲気を持つ音楽が重なっていく。
そのため初代シレンの「和風」は、背景だけを日本風に描き直したものではありません。
ダンジョンへ入ってから実際に拾い、食べ、使う道具まで含めて、世界全体の語彙が作り直されています。
ただし、「和風を表現するためにパンをおにぎりへ変更した」と当時のスタッフが明言した資料までは確認できません。
パンからおにぎりへの変更は事実ですが、その制作意図まで推測で補わない方がいいでしょう。
和風といっても「昔の日本」をそのまま再現した世界ではない
もうひとつ注意したいのが、『風来のシレン』を単純な「時代劇ゲーム」と考えないことです。
確かに三度笠、街道、峠、おにぎり、巻物など、和を感じさせるものは多くあります。
しかし目的地のひとつは「テーブルマウンテン」。その頂上には伝説の黄金郷があるとされ、登場するモンスターもすべてが日本の妖怪をそのままゲーム化したものではありません。
現実の特定の時代や地域を再現することが目的ではなく、和の旅物を軸に独自のファンタジーを組み立てた世界と見る方が実態に近いでしょう。
トルネコとシレンでは、主人公に求められた役割も違った
ここまでの開発経緯を並べると、トルネコとシレンの違いは単なる主人公交代ではなかったことが見えてきます。
| 比較 | トルネコ | シレン |
|---|---|---|
| 出自 | 『ドラゴンクエストIV』の既存キャラクター | オリジナルキャラクター |
| 立場 | 商人 | 風来人 |
| 生活 | 家族や店など生活基盤がある | 各地を旅して回る |
| 世界 | ドラゴンクエストの世界・設定を共有 | 不思議のダンジョン独自の世界 |
| シリーズ史上の意味 | 未知のゲームシステムを既知のDQ世界から理解できる | DQの制約を離れてシステムや世界を広げられる |
ここで「シレンの方が不思議のダンジョン向きだった」と結論づける必要はありません。
むしろトルネコとシレンは、別々の段階で違う役割を果たしています。
トルネコは、当時まだ馴染みの薄かったゲームシステムを「知っている世界」から理解する入口になった。
シレンは、その入口を通った先で、不思議のダンジョンそのものを独自の世界へ広げる主人公になった。
初代トルネコが「不思議のダンジョン」というシリーズ全体でどんな位置にあるのかについては、なぜ『トルネコの大冒険2・3』ではなく初代がリマスターされた?シリーズ3作の違いから考えるでも詳しく検証しています。
「シレン」という名前は「試練」が由来なのか
名前についても、よくある説明には注意が必要です。
「シレン」という名前を見ると、ダンジョンで何度も困難へ挑むゲームだけに「試練」が由来だと考えたくなります。
しかし、今回確認した開発者資料では、「シレン=試練」と説明した一次証言は確認できませんでした。
一方、名前を付けた人物については中村光一氏の証言があり、シナリオ原作を担当した冨江慎一郎氏が命名したことが分かっています。
つまり、名付け親までは追えるものの、語源までは確認できない。
響きから「試練」と結び付けることはできますが、それを公式設定のように扱うのは避けるべきでしょう。
シレンで「不思議のダンジョン」はDQの外へ出た
『風来のシレン』が重要なのは、和風の人気キャラクターを生み出したからだけではありません。
任天堂は初代シレンについて、『トルネコの大冒険』の基本システムを引き継ぎながら、新しい仕掛けやアイデアを盛り込んだ作品と紹介しています。
ダンジョン内の店、泥棒、壺、仲間との出会いなど、シレンでは世界そのものをオリジナルにしたことで、不思議のダンジョンの遊びを広げる余地も大きくなりました。
ここで起きたのは、「DQキャラクターの外伝から別のキャラクターへ交代した」というだけの変化ではありません。
『トルネコの大冒険』ではドラゴンクエストの世界を借りて説明していた「不思議のダンジョン」が、シレンでは自分自身の世界を持ち始めた。
1995年の『不思議のダンジョン2』というタイトルには、そんなシリーズの転換点が入っています。
1995年に作られた「シレンらしさ」は30年後にも残った
このとき作られた世界が一作品限りで終わらなかったことは、その後のシリーズを見ると分かります。
2024年1月25日には、Nintendo Switch向けに『不思議のダンジョン 風来のシレン6 とぐろ島探検録』が発売されました。
さらに2025年12月1日にはシリーズ生誕30周年を迎え、スパイク・チュンソフトは2026年2月、シリーズ全世界累計出荷数が300万本を突破したと発表しています。
『シレン6』でも、主人公は世界各地を旅する「風来人」シレン。その隣には語りイタチのコッパがいます。
入るたびに姿を変えるダンジョンへ挑み、現地で拾った道具を使い、失敗すればまたレベル1から挑む。
作品ごとに舞台や新システムは変わっても、シレン、コッパ、風来人、旅、和風世界、不思議のダンジョンという1995年に形になった組み合わせは、約30年後までシリーズの中心に残りました。
もちろん「和風だったからシリーズが成功した」とまでは言えません。
ただ、途中で西洋風から方向転換して作られた世界が、その後のシレンシリーズを見分ける大きな特徴になったことは確かです。
まとめ|トルネコで始まったダンジョンが、シレンで「自分の世界」を持った
『トルネコの大冒険』から『風来のシレン』への変化を追うと、主人公も世界観も大きく変わった理由が見えてきます。
最初の『トルネコの大冒険』では、当時の家庭用ゲームユーザーには馴染みの薄かった『Rogue』型の遊びを伝えるため、すでに知られていたドラゴンクエストの世界と商人トルネコが大きな役割を果たしました。
しかし不思議のダンジョンをさらに発展させようとすると、商人であるトルネコでは扱いづらい行動や、DQ世界では出しづらいアイテム、モンスターが出てくる。
そこでオリジナル作品へ進みました。
そして、その新作も最初から和風だったわけではありません。
当初は西洋風の世界を想定していたところから、冨江慎一郎氏の提案をきっかけに和風へ転換。当時数多く存在した剣と魔法のファンタジーRPGとは違うテイストを持つ世界へ進みました。
さらに作品の主題は「旅」。だからシレンは、ひと目で旅人と分かる三度笠姿になった。
ただし、なぜその旅人を「風来人」と呼ぶことにしたのか、なぜ侍や忍者ではなかったのか。その選択理由を直接説明した証言までは確認できません。
それでも完成したゲームを見ると、ひとつ興味深いことがあります。
決まった場所に留まらず各地を渡り歩き、その土地で手にしたものを使って未知の場所へ進んでいく風来人。
そして、入るたびに姿を変え、その場で拾った道具とプレイヤー自身の経験を頼りに進む不思議のダンジョン。
その二つは、結果として驚くほど自然に重なりました。
トルネコではドラゴンクエストの世界を借りて始まった「不思議のダンジョン」が、シレンで初めて自分自身の主人公と、自分自身の世界を持った。
1995年に起きたのは、単なる「トルネコからシレンへの主人公交代」ではなく、不思議のダンジョンがひとつの独立したシリーズとして歩き始めるための、大きな転換だったのかもしれません。