- ドラクエ9はアクションRPGだった?変更理由と発売前の開発史
- ドラクエ9は本当にアクションRPGとして開発されていた?
- 初期アクション版と2009年の製品版は何が違ったのか
- アクションRPG化を提案したのは日野晃博氏だった
- 2007年5月、コマンド戦闘を採用した映像が公開される
- なぜアクション戦闘をやめた?堀井雄二氏が語った変更理由
- そもそもドラクエ9は、なぜニンテンドーDSで作られたのか
- ドラクエ9はなぜ発売延期を繰り返した?2006年から2009年の年表
- オンライン4人協力プレイも削除された?2006年の報道と2009年の説明
- 戦闘曲も作り直されていた|音楽にも残る開発の試行錯誤
- アクションをやめても残った「みんなで遊ぶドラクエ」
- ドラクエ9の初期アクション版に関するよくある疑問
- まとめ|ドラクエ9はアクション戦闘を試したからこそ、コマンド式を選び直した
ドラクエ9はアクションRPGだった?変更理由と発売前の開発史

『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』といえば、ニンテンドーDSで発売されたシリーズ第9作。仲間を自由に作成できるキャラクターメイク、最大4人のマルチプレイ、すれちがい通信で全国へ広がった宝の地図などが印象に残っている人も多いだろう。
しかし、この作品には、発売されたゲームだけを遊んでいても分からない開発の歴史がある。
実は『ドラクエ9』は、開発当初、従来のコマンド戦闘ではなく、リアルタイムのアクション戦闘を採用していた。
しかも、企画書に書かれた構想だけではない。2006年12月12日の新作発表会では、すでにニンテンドーDSの実機でアクション戦闘が動いており、堀井雄二氏や日野晃博氏らによる4人協力プレイまで披露されていた。
ところが、2007年5月に公開された映像では戦闘方式が一変。シリーズでおなじみのコマンド選択式へと姿を変えていた。
なぜ、一度は実際に動くところまで作られたアクション戦闘が採用されなかったのか。
この疑問については、堀井雄二氏本人が2010年と2011年のインタビューで理由を説明している。初期版への反応がよくなかったことに加え、実際にマルチプレイを試した結果、コマンド式の方が仲間と協力する楽しさを生み出せたことが、変更の大きな理由だった。
今回は2006年のスクウェア・エニックス公式発表資料、当時のゲームメディアによる実機取材、堀井氏へのインタビュー、2018年に行われた開発者対談などをたどり、『ドラクエ9』がアクションRPGからコマンド式RPGへ変わった歴史を振り返る。
ドラクエ9は本当にアクションRPGとして開発されていた?
結論から言えば、アクション戦闘を採用した『ドラクエ9』の開発版は確かに存在していた。
最初の大きな証拠となるのが、2006年12月12日にスクウェア・エニックスが公開した公式ニュースリリースだ。
同日、シリーズ生誕20周年記念の新作発表会で『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』が正式発表された。
対応機種はニンテンドーDS。前作『ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君』がPlayStation 2向けだったことを考えると、携帯ゲーム機への移行自体が大きな変化だった。
そして、もう一つの驚きが戦闘方式だった。
それまでのナンバリング作品でおなじみだった「たたかう」「じゅもん」「どうぐ」などを選んで戦う方式ではなく、フィールド上のキャラクターを操作して敵に接近し、直接攻撃するアクション型の戦闘が披露されたのだ。
2006年の公式資料には初期アクション版の画面が残っている
スクウェア・エニックスが2006年12月12日に発表した資料は、現在もPDFとして公開されている。
資料の2ページ目には、開発中のゲーム画面が2枚掲載されている。
一方は複数のキャラクターが街のような場所を歩いている場面。もう一方は、大きなモンスターに向かって複数のキャラクターが接近し、攻撃によるダメージの数字が表示されている戦闘場面だ。
製品版のようなコマンド一覧は表示されておらず、キャラクターが同じ空間で敵と戦っている様子が分かる。
スクウェア・エニックス公式資料|『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』発売決定のお知らせ(2006年12月12日・PDF)
なお、公式資料の商品概要に記載されているジャンル名は「ロールプレイング」であり、「アクションRPG」ではない。
ただし、当日の実機デモを取材したGAME Watchは、アクションRPGとして紹介している。公式の商品分類と、公開された戦闘方式の説明は分けて考える必要がある。
堀井雄二氏、日野晃博氏、すぎやまこういち氏、草彅剛氏が実機で協力プレイ
2006年12月12日の発表会では、映像を上映しただけではなく、実際にゲームを操作するデモンストレーションも行われた。
登場したのは、シリーズ生みの親である堀井雄二氏、作曲家のすぎやまこういち氏、レベルファイブの日野晃博氏、そしてゲストとして参加したSMAPの草彅剛氏の4人。
当時のGAME Watchの記事によると、4人はニンテンドーDSの実機を使い、ゲーム内で集合して町を歩き、ダンジョンを探索し、フィールド上に見えるモンスターを攻撃するプレイを披露した。
装備を変更するとキャラクターの外見が変わる仕組みも、その時点ですでに確認されている。
堀井氏は発表会で、約1年にわたって極秘で開発を続けていたことを明かしている。
つまり、2006年12月の時点で、初期アクション版は人前で動かして見せられる段階に達していた。まだ完成したゲームではなかったものの、単なる企画案ではなかったのだ。
GAME Watch|2006年12月12日の『ドラゴンクエストIX』新作発表会レポート
初期アクション版と2009年の製品版は何が違ったのか
最大の違いはもちろん戦闘方式だが、開発初期にあった要素がすべて失われたわけではない。
初期版から製品版までの変化を整理すると、次のようになる。
| 比較項目 | 2006年の初期公開版 | 2009年の製品版 |
|---|---|---|
| 戦闘方式 | リアルタイムのアクション型 | ターン制コマンド型 |
| 攻撃方法 | 接近して直接攻撃 | コマンドと攻撃対象を選択 |
| 戦闘の進行 | 各キャラクターがリアルタイムに行動 | 行動を指定し、戦闘が進行 |
| フィールド上の敵 | 目に見える状態で登場 | シンボルエンカウント |
| 協力プレイ | 最大4人の実機デモを披露 | 最大4人のDSワイヤレスプレイを実装 |
| 装備による見た目の変化 | 実機デモで確認 | 実装 |
| 対応機種 | ニンテンドーDS | ニンテンドーDS |
こうして比較すると、戦闘システムこそ大幅に変わったものの、他人と同じ世界を冒険するという構想は一貫している。
キャラクターの外見を装備で変えられること、フィールドを歩くモンスターの姿が見えることなども、初期版から続く要素だった。
最終的に変更されたのは、仲間と一緒に冒険するという目的そのものではなく、その目的を実現するための戦闘の仕組みだったと考えられる。
アクションRPG化を提案したのは日野晃博氏だった
では、そもそも誰が『ドラクエ9』のアクション化を提案したのだろうか。
その経緯については、発売から約9年後の2018年、開発関係者が振り返っている。
2018年12月1日、福岡市の九州産業大学で開催された「CEDEC+KYUSHU 2018」。このイベントでは堀井雄二氏がシリーズの32年間を振り返る基調講演を行い、レベルファイブの日野晃博氏がモデレーターを務めた。
講演では歴代シリーズの開発についてさまざまなエピソードが紹介され、その中で『ドラクエ9』のアクション化にも言及された。
アクション戦闘を提案したのは、レベルファイブの日野晃博氏だった。
2018年12月8日公開のファミ通.comと、12月14日公開のBusiness 4Gamerによる講演レポートで、この点が確認できる。
前作『ドラゴンクエストVIII』では、レベルファイブの開発によって、シリーズの世界が本格的な3Dで表現された。
『IX』では据え置き型ゲーム機から携帯ゲーム機へ舞台を移し、今度は複数人が一緒に遊ぶ体験を目指した。そこで戦闘までアクションへ変えるという提案が出てきたのだ。
一方、堀井氏はナンバリング作品としての「ドラクエらしさ」を大切にしていた。
2018年の対談を取材したBusiness 4Gamerによると、堀井氏は、誰でも遊べるコマンド式であることを本編の重要な条件として考えており、最終的にアクション路線は採用されなかったという。
日野氏も後年、その判断が正しかったと納得したことが紹介されている。
ファミ通.com|CEDEC+KYUSHU 2018で語られた歴代ドラゴンクエスト開発史
Business 4Gamer|日野晃博氏と堀井雄二氏による2018年の基調講演レポート
最初からアクション化に反対していたわけではない
2018年の回顧だけを読むと、堀井氏が日野氏の提案を最初から認めず、アクション戦闘が作られることはなかったようにも受け取れる。
しかし、実際には2006年の発表会でアクション版が動いていた。
ここから確実に言えるのは、日野氏の提案が少なくとも開発中に試され、実機で披露する段階まで進んだということだ。
堀井氏が当初どのような条件でアクション化を認めたのか、開発のどの段階でコマンド式への変更を決断したのか、その詳細な社内経緯までは明らかになっていない。
ただし、初期版の存在と2018年の回顧を組み合わせれば、「アクションという新しい試みを実際に開発し、その後の検討を経てコマンド式が選ばれた」という流れは確認できる。
2007年5月、コマンド戦闘を採用した映像が公開される
2006年12月に初期アクション版が披露されてから、わずか5か月後。
2007年5月12日、幕張メッセで開催された「SQUARE ENIX PARTY 2007」で、『ドラクエ9』の新たな映像が公開された。
この映像を見た当時のゲームメディアは、戦闘システムの大きな変化に注目している。
GAME Watchの現地レポートによると、公開映像で確認されたのは、従来のドラクエに近いコマンドバトルだった。
ニンテンドーDSの下画面にはコマンドが並び、4人の仲間それぞれの行動と攻撃対象を指定する。そして全員の指定が終わると、上画面のキャラクターが行動する方式になっていたという。
フィールド上の敵に接触して戦闘が始まるシンボルエンカウント方式も確認されている。
リアルタイムで攻撃を繰り返す2006年の初期公開版とは、まったく異なる戦闘の見せ方だ。
GAME Watch|「SQUARE ENIX PARTY 2007」ドラクエ関連タイトルレポート(2007年5月12日)
2007年5月12日は変更決定日ではなく、公開確認日
ここで注意したいのは、2007年5月12日が、戦闘方式の変更を決めた日とは限らないことだ。
その日に公開された映像がコマンド式だったことは確認できる。しかし、内部でいつ仕様を変更し、どの程度作り直したのかについて、具体的な日付や作業量は確認できない。
さらに当時のGAME Watchは、このコマンド戦闘がシングルプレイのみの仕様なのか、マルチプレイにも適用されるのかは分からないとしていた。
2007年5月の段階では、少なくとも公開映像にコマンド式の戦闘が登場したことが確実な事実となる。
その後、2009年に発売された製品版では、シングルプレイ・マルチプレイともにターン制コマンド戦闘が採用された。
なぜアクション戦闘をやめた?堀井雄二氏が語った変更理由
『ドラクエ9』の戦闘方式変更は、当時のファンの反応だけで説明されることがある。
しかし、堀井雄二氏本人の発言を確認すると、変更にはゲームデザイン上の理由もあったことが分かる。
特に重要なのが、2010年の英国ゲーム雑誌『Official Nintendo Magazine』と、2011年5月27日に公開されたゲーム開発者向けメディアGame Developerのインタビューだ。
アクション戦闘では、仲間が何をしているのか分かりにくかった
2010年の『Official Nintendo Magazine』第58号では、なぜリアルタイムのアクション戦闘をやめたのかという質問に堀井氏が答えている。
堀井氏によると、当初はマルチプレイを実現するならアクション型の戦闘が必要だと考えていたという。
そこでボタンを押して敵を攻撃する方式を試したものの、実際にはプレイヤーが攻撃ボタンを繰り返し押すことに集中してしまい、ほかの仲間が何をしているのか分かりにくかった。
同じ敵と戦っていても、プレイヤー同士が協力している感覚を十分に生み出せなかったわけだ。
一方、コマンド式にすると、ほかのプレイヤーがどのような行動を取るのか確認し、それを踏まえて次の行動を考える時間が生まれた。
待つことや考えることが、仲間との連携につながったという説明である。
アクションゲームのように各自が自由に動けることと、複数人で戦略を考えながら遊べることは、必ずしも同じではない。
『ドラクエ9』の開発では、その違いが実際の試作によって明らかになった。
なお、このインタビューは2010年8月号の内容として残されているが、現在閲覧できるテキストは2023年に個人サイトへ保存・再掲載されたものだ。直接確認できる当時の雑誌誌面ではないため、次に紹介する2011年の直接取材と照らして内容を確認するのが適切だ。
参考|Official Nintendo Magazine第58号のインタビュー保存記録(2010年掲載)
2011年のインタビューでも「批判だけが理由ではない」と説明
2011年5月27日、海外のゲーム開発者向けメディアGame Developerは、堀井雄二氏へのインタビューを掲載した。
取材では、アクション戦闘を採用した試作版がプレイヤーからの反応を受けてターン制へ変更されたという話について、直接質問している。
堀井氏は、試作版がアクションゲームに近い操作だったことを認め、そうした戦闘方式への反応がよくなかったと説明した。
ただし、変更したのは否定的な反応があったからだけではなく、ターン制の戦闘がマルチプレイでも面白いことを発見したからでもあると語っている。
これは、2010年の『Official Nintendo Magazine』で説明した内容とも一致する。
また、この2011年の取材には、スクウェア・エニックスの三宅有氏も同席していた。
三宅氏によれば、試作版をメディア向けイベントで公開した後、YouTubeなどで戦闘方式についての議論が起きたという。
つまり、初期アクション版への反応と、実際のマルチプレイで得られた手応えの両方が、開発側の判断に関わっていた。
Game Developer|25 Years Of Dragon Quest: An Interview With Yuji Horii(2011年5月27日)
ファンの反対だけでアクション版が廃止されたわけではない
2006年の発表当時、アクション戦闘への変更はシリーズの従来作を知る人にとって大きな驚きだった。
コマンド式を支持する声があったことは、後年の開発者インタビューからも分かる。
ただし、当時の反対意見の正確な人数や割合を示す信頼できる統計は確認できない。
そして、堀井氏自身が変更理由を一つに限定していない以上、「ファンが猛反対したためアクションRPGが潰された」という説明では、実際の開発経緯を十分に表せない。
むしろ注目したいのは、新しい仕組みを試した結果、従来の仕組みが持つ別の価値を発見したという点だ。
ドラクエらしさを守るという判断と、新しいマルチプレイを面白くするという判断が、最終的に同じコマンド戦闘へとつながったのである。
そもそもドラクエ9は、なぜニンテンドーDSで作られたのか
戦闘方式の変更を理解するには、『ドラクエ9』が何を目指していた作品なのかを知ることも重要だ。
2009年、任天堂は岩田聡社長が開発関係者に話を聞く「社長が訊く『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』」を公開した。
その中で堀井氏は、ニンテンドーDSを選んだ理由として、以前からネットワークゲームに興味を持っていたことを挙げている。
当時もオンラインゲームは存在していたが、接続や設定が難しく、気軽に誰でも楽しめるものとは限らなかった。
一方、ニンテンドーDSなら、身近な友人同士が集まり、無線通信で簡単につながって遊べる。
さらに、堀井氏自身が遊んでいた『おいでよ どうぶつの森』もヒントになったという。
友人の村へ遊びに行きながら、自分は自分の好きなことをする。そうした遊び方をドラクエでも実現したいと考えたことが、DSでの制作につながった。
任天堂「社長が訊く『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』」第5回・DSで全力投球
一緒に遊ぶけれど、常に同じ行動をする必要はない
任天堂のインタビューで、堀井氏がもう一つ重要な考え方を語っている。
それは、マルチプレイ中でも、参加者全員が常に同じことをする必要はないという発想だ。
同じ世界にいても、あるプレイヤーはボスと戦い、別のプレイヤーは町で買い物をする。そうした自由な行動を可能にしたかったという。
この仕組みの実現には開発上の苦労もあったことが、同インタビューで語られている。
単純に複数人で同じ敵を攻撃できるゲームではなく、それぞれが自由に行動できるドラクエを目指していたわけだ。
この構想から考えても、アクション戦闘そのものが最終目標だったとは言い切れない。
大切なのは、友人と同じ世界を共有できること。その中で自由に冒険し、ときには力を合わせて戦えることだった。
藤澤仁氏も「みんなで遊べるドラクエ」が出発点だったと説明
この開発方針は、発売後の2009年に開催されたCEDECでも説明されている。
2009年9月3日の講演には、堀井雄二氏、市村龍太郎氏、そして『ドラクエ9』のディレクターを務めた藤澤仁氏が登壇した。
藤澤氏の説明によると、最初に大前提として掲げられたコンセプトは、マルチプレイができるドラクエだった。
堀井氏らと日野氏が食事をしていた際に語り合った構想が、その出発点だったという。
ナンバリング作品の伝統を受け継ぎながら、ほかのプレイヤーとも一緒に冒険できる。
この目標は、アクション戦闘が採用されなかった後も、製品版まで引き継がれている。
4Gamer|CEDEC 2009・堀井雄二氏らによる『ドラゴンクエストIX』開発講演
ドラクエ9はなぜ発売延期を繰り返した?2006年から2009年の年表
初期アクション版からコマンド式へと変わった『ドラクエ9』だが、発売までの道のりも長かった。
2006年12月の正式発表時点では2007年発売予定だったものの、その後、発売予定時期は何度も変更された。
実際の流れを公式発表と当時の報道で確認すると、次のようになる。
| 日付 | 出来事 | 発売予定・変更点 |
|---|---|---|
| 2006年12月12日 | 正式発表、アクション版実機デモ | 2007年発売予定 |
| 2007年5月12日 | コマンド戦闘の映像公開 | 戦闘方式の変化が確認される |
| 2007年8月27日 | 発売予定変更 | 2007年から2008年へ |
| 2008年10月1日 | 発売時期を発表 | 2009年3月予定 |
| 2008年12月10日 | 具体的な発売日を発表 | 2009年3月28日 |
| 2009年2月12日 | 重大な不具合を理由に延期 | 2009年7月11日へ |
| 2009年7月11日 | 製品版発売 | ニンテンドーDS |
2007年の延期理由は品質向上
2007年8月27日、スクウェア・エニックスは発売予定を2007年から2008年へ変更すると発表した。
公式発表で説明された理由は、より多くのユーザーが満足できる内容にするため、さらなる品質向上の期間が必要になったというものだった。
コマンド式の戦闘映像が公開されたのは同年5月なので、戦闘方式の変化が確認された後に、この延期が発表されたことになる。
しかし、この発表ではアクション戦闘の変更が延期の直接的な原因だったとは説明されていない。
スクウェア・エニックス|2007年8月27日付『ドラゴンクエストIX』発売予定変更のお知らせ
2008年には2009年3月発売が発表される
2008年10月1日には、発売予定時期が2009年3月になることが発表された。
このときの公式ニュースリリースでも、ワイヤレス通信を生かして仲間と一緒に冒険できる作品であることが、改めて紹介されている。
そして同年12月10日には、具体的な発売日が2009年3月28日と発表された。
同日の発表会では、次のナンバリング作品となる『ドラゴンクエストX』をWii向けに開発する方針も明らかになった。
スクウェア・エニックス|2008年10月1日付『ドラゴンクエストIX』発売時期のお知らせ
2009年の最終延期では重大な不具合が見つかっていた
発売まであと約1か月半となった2009年2月12日、再び発売延期が発表された。
変更後の発売日は2009年7月11日。
このときの理由は、それまでの品質向上という説明よりも具体的だった。
開発中のソフトウェアに重大な不具合が見つかり、その修正と検証のために十分な期間が必要になったという。
発売延期を知らせるスクウェア・エニックスの公式発表では、2009年3月28日から7月11日への変更が明記されている。
開発中の作品を完成させることと、製品として安心して遊べる品質まで仕上げることは別の課題だったのだ。
スクウェア・エニックス|2009年2月12日付『ドラゴンクエストIX』発売日変更のお知らせ(PDF)
戦闘方式の変更が発売延期の原因だったとは断定できない
アクション戦闘からコマンド戦闘への変更と、発売時期の延期。
この二つが同じ開発期間中に起きているため、仕様変更が開発スケジュールに影響したのではないかと考えるのは自然だろう。
しかし、戦闘方式の変更によって何か月の作業が追加されたのか、どの程度のプログラムやデータを作り直したのか、具体的な数字は確認できない。
2007年の公式延期理由は品質向上であり、2009年の延期理由は重大な不具合だった。
そのため、2006年のアクション版が不評だったことだけを理由に「発売が約2年遅れた」と説明することはできない。
戦闘方式の再検討に加え、複数人が自由に冒険できる通信システムなど、多くの新しい要素に取り組んでいたことは確かだが、延期の原因を単独の機能に結び付けないことが重要だ。
オンライン4人協力プレイも削除された?2006年の報道と2009年の説明
開発中の『ドラクエ9』には、戦闘方式とは別に、通信機能についても誤解されやすい歴史がある。
2006年12月12日のGAME Watchは、『ドラクエ9』についてオンラインアクションRPGとして報じ、Wi-Fiを利用した4人同時プレイにも対応すると紹介していた。
しかし、2009年に発売された製品版では、4人協力プレイは近距離のDSワイヤレス通信を使う方式だった。
インターネット経由で遠くのプレイヤーと同じ世界を冒険する仕組みではなかったのである。
では、オンライン協力プレイは開発途中で削除されたのだろうか。
スクウェア・エニックスは「当初からDSワイヤレスプレイ」と説明
2009年6月18日、ITmedia NEWSは『ドラクエ9』のオンライン協力プレイについて、スクウェア・エニックスの広報担当者に確認した内容を報じている。
その説明によれば、協力プレイは開発当初からDSワイヤレスプレイを使用する仕様であり、Wi-Fi経由の協力プレイを省略したわけではないという。
ここで混同されやすかったのが、公式発表に記載されていた通信方式だ。
2006年の公式ニュースリリースには「DSワイヤレスプレイ対応」と「ニンテンドーWi-Fiコネクション対応予定」の両方が書かれていた。
しかし、Wi-Fiコネクション対応という記載だけで、インターネット経由の4人協力プレイが実装されると決まるわけではない。
製品版では、Wi-Fiコネクションは追加クエストのダウンロードやWi-Fiショッピングなどに使用された。
| 通信方式 | 製品版での主な用途 |
|---|---|
| DSワイヤレスプレイ | 近くの本体同士による最大4人の協力プレイ |
| ニンテンドーWi-Fiコネクション | 追加クエストの受信、Wi-Fiショッピングなど |
| すれちがい通信 | 冒険者情報や宝の地図の交換 |
2006年の一部報道と2009年の会社説明には食い違いがあるが、少なくとも公式資料だけを根拠に、オンライン4人協力プレイが完成間近で削除されたと判断することはできない。
開発中にアクション戦闘が変更されたことと、オンライン協力プレイが削除されたという話は、別々に扱う必要がある。
ITmedia NEWS|「ドラクエIXの協力プレイ、当初からDSワイヤレスプレイのみ」とスクウェア・エニックス(2009年6月18日)
戦闘曲も作り直されていた|音楽にも残る開発の試行錯誤
『ドラクエ9』の開発で作り直されたのは、戦闘システムだけではなかった。
任天堂の「社長が訊く」では、すぎやまこういち氏が戦闘曲を作り直した経緯についても語っている。
当初制作した戦闘曲は、すでにゲームへ組み込まれ、しばらく開発が進んでいたという。
しかし、何度もゲームを遊んでいるうちに、堀井氏は曲の冒頭が耳につくようになり、繰り返し聴く戦闘曲としては気になると感じた。
そこで曲を作り直すことになり、すぎやま氏も実際にテスト用のゲームで試した結果、その判断に納得したと語っている。
さらに、ラスボスのイメージが変更されたため、ラスボス用の曲も新たに作り直したというエピソードが紹介されている。
この話からは、『ドラクエ9』の開発で、ゲームを実際に遊んだときの感触を重視して調整を重ねていたことが伝わってくる。
ただし、戦闘曲の作り直しがアクション戦闘からコマンド戦闘への変更を直接の原因としたものかどうかは、明らかになっていない。
あくまで、同じ作品の開発過程で行われた別の試行錯誤として考えるのが適切だ。
任天堂「社長が訊く『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』」第6回・つくりなおした戦闘の曲
アクションをやめても残った「みんなで遊ぶドラクエ」
最終的に『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』は、2009年7月11日にニンテンドーDS向けに発売された。
リアルタイムのアクション戦闘は採用されなかったが、初期構想の中心にあった「ほかのプレイヤーとつながる冒険」は残された。
仲間と同じ世界を冒険できるマルチプレイ。自分のキャラクターの装備によって変わる見た目。フィールド上を歩くモンスター。そして、街を歩くだけでほかの冒険者とデータを交換できるすれちがい通信。
中でもすれちがい通信は、当時のゲーム文化を象徴する仕組みになった。
誰かが発見した宝の地図を受け取った人が、今度は別の誰かへ渡す。
その連鎖によって、一枚の宝の地図が日本中へ広まっていくという現象が生まれた。
宝の地図の交換は、初期構想にはなかった追加要素だった
2011年のGame Developerによる堀井氏へのインタビューには、すれちがい通信についても興味深い開発秘話が残されている。
三宅有氏の説明によると、すれちがい通信そのものは当初から構想にあったが、最初から宝の地図を交換する仕組みが含まれていたわけではなかったという。
そこで堀井氏が、単にすれちがうだけでなく、プレイヤー同士で何かを交換できた方が面白いのではないかと提案した。
さらに堀井氏は、地図に発見者の名前を残すアイデアも持っていた。特別な地図が広まれば、その名前自体が有名になることを考えていたという。
その発想を象徴する出来事が、2009年に全国へ広まった「まさゆきの地図」だった。
2009年7月23日に発見されたこの地図は、地下15階にメタルキングのシンボルだけが現れることで注目され、翌24日の秋葉原での配布をきっかけに全国へ広がっていった。
当時の発見から拡散までの経緯については、つぶログの「まさゆきの地図」はなぜ全国に広まった?発見から現在の入手方法まででも詳しく紹介している。
『ドラクエ9』の大きな特徴となったすれちがい通信の文化は、最初からすべてが完成した構想だったわけではない。
開発中にアイデアを加え、実際に遊んだときの面白さを確かめながら形になったものだった。
そう考えると、戦闘方式の変更と宝の地図の交換には共通するものがある。
どちらも、最初の発想だけで決めるのではなく、プレイヤーが実際に何を楽しめるかを重視した結果として生まれた仕組みだった。
ドラクエ9の初期アクション版に関するよくある疑問
Q. ドラクエ9のアクション版は実際に遊べる状態だった?
2006年12月12日の発表会で実機デモが披露されており、開発関係者がキャラクターを操作して敵と戦う場面も確認されている。
ただし、これは開発中のバージョンであり、完成したアクション版が一般販売されたわけではない。
Q. いつアクション戦闘からコマンド式に変更された?
2006年12月12日にアクション版が公開され、2007年5月12日にはコマンド式の戦闘映像が公開されている。
したがって、その間にコマンド式を採用した開発が進んでいたことは分かる。しかし、社内で変更が正式決定された日付は確認できない。
Q. 誰がアクション化を提案した?
2018年のCEDEC+KYUSHUで行われた開発者対談によると、レベルファイブの日野晃博氏が提案した。
実際に初期アクション版が制作されたものの、最終的には堀井雄二氏が重視する、誰でも遊びやすいコマンド式が採用された。
Q. アクション戦闘への批判が原因で変更された?
初期版への否定的な反応が変更要因の一つだったことは、2011年の堀井氏のインタビューで確認できる。
ただし、それだけが理由ではない。堀井氏は、実際のマルチプレイでターン制コマンド戦闘の面白さを発見したことも、変更理由として挙げている。
Q. アクション戦闘をやめたから発売が延期された?
戦闘方式の変更と発売延期は、どちらも開発期間中に起きている。ただし、公式発表では2007年の延期理由は品質向上、2009年の延期理由は重大な不具合とされている。
アクション戦闘の変更だけが原因だったと判断できる資料はない。
Q. 初期アクション版は現在でもプレイできる?
2006年に披露された初期アクション版は、製品として発売されていない。
開発当時のデータが現在も保存されているか、一般向けに公開される予定があるかについても、具体的な公式情報は確認されていない。
まとめ|ドラクエ9はアクション戦闘を試したからこそ、コマンド式を選び直した
『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』は、2006年12月の初公開時点では、リアルタイムのアクション戦闘を採用していた。
実際にニンテンドーDSの実機で4人協力プレイが披露され、2007年発売予定の新しいドラクエとして発表されていた。
ところが、2007年5月の公開映像には、従来のシリーズと同じコマンド選択式の戦闘が登場する。
アクション化を提案したのは日野晃博氏。そして堀井雄二氏は、アクション戦闘への反応だけでなく、実際に遊んでみた際のマルチプレイの面白さを重視し、コマンド戦闘の価値を改めて見いだしたと説明している。
開発当初の『ドラクエ9』が目指していたのは、単に戦闘をアクションに変えることではなかった。
ニンテンドーDSの通信機能を使い、仲間と同じ世界を冒険する。その中で、それぞれが自由に行動し、ときには協力して強敵と戦う。
その目標は、戦闘方式が大幅に変更された後も製品版へと受け継がれた。
さらに、すれちがい通信へ宝の地図の交換機能を加えることで、開発時には想像しきれなかったほど多くのプレイヤーが現実の街でつながることになった。
もし最初のアクション戦闘のまま発売されていたら、どのような作品になっていただろうか。
その答えを確かめることはできない。しかし、少なくとも実際に発売された『ドラクエ9』は、新しい挑戦を重ねながらも、シリーズが長年大切にしてきたコマンド戦闘の面白さを選び直した作品だった。
アクション戦闘からコマンド戦闘への変更は、単に昔の方式へ戻ったというだけの出来事ではない。新しい遊び方を模索した開発者たちが、何を残し、何を変えるべきかを選び直した歴史でもあった。