- コンピューターの「バグ」は蛾が語源?1947年のMark II事件と本当の歴史
- 結論|蛾の話は本当。でも「bugの語源」ではなかった
- 1947年9月9日、Harvard Mark IIで何が起きた?
- 「First actual case of bug being found.」は本当に書かれている
- Grace Hopperが蛾を発見した、は本当?
- そもそも「bug」は1947年より70年以上前からあった
- Thomas Edisonは本当に「bug」と書いていた?
- 1892年には「bug」が電気工学辞典に載っていた
- 「debugging」もGrace Hopperが作った言葉ではなかった
- そもそもHarvard Mark IIとはどんなコンピューターだった?
- 蛾は本当にMark IIを止めたのか
- では「世界初のコンピューターバグ」だったのか
- なぜ「蛾=bugの語源」という話がここまで広まったのか
- 蛾は今も残っている?Smithsonianで見られる?
- 現在も「bug」はITのあちこちに残っている
- よくある「コンピューターのバグ雑学」を整理するとこうなる
- 「バグ=蛾」より、本当の歴史の方が面白い
- まとめ|1947年は「bugが生まれた日」ではなく、本物のbugが現れた日
コンピューターの「バグ」は蛾が語源?1947年のMark II事件と本当の歴史

「コンピューターのバグという言葉は、本物の虫が機械に入り込んだことから生まれた」
そんな話を、一度は聞いたことがあるかもしれません。
舞台は1947年。初期の大型計算機から蛾が見つかり、その死骸が運用ログに貼り付けられた――ここまでは、作り話ではありません。
しかも、そのログブックは現在も残っています。
そこには、短い一文が書かれていました。
First actual case of bug being found.
「本物のbugが見つかった最初の例」とでも訳せる言葉です。
ここだけを見ると、いかにも「これがコンピューター用語のbugの始まりだった」と思えてしまいます。
ところが、歴史をさらに70年以上さかのぼると話が逆転します。
機械や技術上の不具合を「bug」と呼ぶ言葉は、1947年よりずっと前から存在していました。
つまり、蛾の話そのものは本当です。しかし、「蛾が入ったから不具合をbugと呼ぶようになった」という有名な説明は正確ではありません。
では1947年9月9日、いったい何が起きたのか。Grace Hopperはどこまで関わっていたのか。そして、なぜこの逸話が「バグの語源」として広まったのでしょうか。
結論|蛾の話は本当。でも「bugの語源」ではなかった
先に結論から整理します。
| よくある説明 | 実際に確認できること |
|---|---|
| 1947年にコンピューターから蛾が見つかった | 事実。現物のログと蛾が残っている |
| 蛾が見つかったので不具合をbugと呼ぶようになった | 誤り。技術的不具合のbugは19世紀から確認できる |
| Grace Hopperがbugという言葉を作った | 誤り。Hopper誕生以前から使われていた |
| Grace Hopper本人が蛾を発見した | 断定できない。HopperがMark IIチームにいたことは確かだが、発見者個人は一次資料だけでは確定しない |
| debuggingも蛾事件から生まれた | 誤り。少なくとも1945年には技術分野で使用例がある |
1947年の出来事を正確に表すなら、こうなります。
すでに技術者が「不具合」をbugと呼んでいた時代に、本当に虫のbugが機械の中から出てきた。
だからこそ「actual bug」というジョークが成立しました。
この「actual」という一語こそ、有名な逸話を理解する鍵です。
1947年9月9日、Harvard Mark IIで何が起きた?
事件の日付は1947年9月9日。
場所は米国マサチューセッツ州ケンブリッジにあったHarvard UniversityのComputation Laboratoryです。
問題が起きたのは、一般に「Harvard Mark II」と呼ばれる大型計算機でした。
正式名称としてはMark II Aiken Relay Calculator、資料によってはHarvard Sequence-Controlled Calculator Mark IIなどの呼び方も見られます。
Howard H. AikenのもとでHarvardが設計・製作し、米海軍のNaval Proving Ground(バージニア州Dahlgren)で弾道表などの計算に使用することを目的とした機械でした。
見つかったのは本当に「蛾」だった
この日の運用中、Mark IIの動作に異常が生じました。
原因を調べていたチームが機械内部を確認すると、リレーの接点部分に一匹の蛾が挟まっていました。
米海軍のNaval History and Heritage Commandが現在公開している記録では、その場所まで具体的に残っています。
Relay #70、Panel F。
つまり「どこかから虫が出てきた」という曖昧な話ではありません。
Mark IIを構成する多数の電磁リレーのうち、Panel Fにある70番リレーの接点部分で蛾が発見されたとされています。
蛾は捨てられず、ログブックに貼られた
さらに面白いのは、その蛾をそのまま捨てなかったことです。
チームは取り除いた蛾を運用ログへテープで貼り付けました。
現在Smithsonian InstitutionのNational Museum of American Historyが所蔵している資料にも、紙やインク、テープと並んで「biologicals」、つまり生物由来の物体が構成物として登録されています。
その生物由来の物体こそ、1947年に取り出された蛾です。
現在まで写真だけが伝わっているのではありません。
蛾そのものを貼ったログブックが、歴史資料として残っているのです。
「First actual case of bug being found.」は本当に書かれている
ネット上で何度も引用されてきた有名な一文も、後世の創作ではありません。
現存するログには、蛾が貼られた近くに次の言葉が記されています。
First actual case of bug being found.
重要なのは、単に「bug being found」ではなく、actualと書かれていることです。
ここでの面白さは、「初めてbugという言葉を思いついた」ということではありません。
普段から機械の不具合を比喩的にbugと呼んでいたところ、本当に昆虫のbugが出てきた。
だから「今度は本物のbugが見つかった」と書けたわけです。
もしこの日までbugが技術的不具合を表す言葉として存在していなかったなら、このジョーク自体が成立しにくくなります。
結果として、この有名な一文そのものが「bugは1947年に突然生まれた言葉ではない」ことを物語っています。
誰がこの一文を書いたのかは分からない
ここは、よくある説明より慎重に扱う必要があります。
Smithsonianは現在、このログブックについてGrace Hopper本人のものではなかった可能性が高いと説明しています。
Computer History Museumも、有名な一文を書いた人物をHopper個人とはせず、Mark IIチームのメンバーの一人としています。
したがって、
「Grace Hopperが蛾を見つけ、ログに貼り、『First actual case...』と書いた」
と一人の行動としてまとめてしまうのは、現在確認できる資料より一歩踏み込みすぎです。
Grace Hopperが蛾を発見した、は本当?
Grace Murray Hopperは、この逸話と強く結び付けて語られてきた人物です。
数学者・コンピュータープログラマーとして初期コンピューター開発に関わり、のちには米海軍少将となりました。
Mark Iに続き、1947年当時にはMark IIに関わるチームの一員でもありました。
ここまでは確実です。
しかし、「蛾を最初に発見したのはGrace Hopperだった」とまでは確定できません。
Smithsonianは「engineersが発見」としている
Smithsonianの現在の所蔵品説明では、蛾を発見した主体はMark IIで働いていたengineersとされています。
Hopperだけを発見者として特定してはいません。
Computer History Museumは、Hopperがその場にいたと説明していますが、やはり発見した個人を明確にはしていません。
さらに後年のDahlgren関係者の口述記録には、Mark IIチームのBill Burkeが蛾を見つけ、取り除いたという証言もあります。
ただし、この証言は出来事からかなり後になって語られたものです。
1947年当日のログ自体には「発見者はBill Burke」と記されていません。
そのため、Bill Burkeを発見者として確定させるのも慎重であるべきでしょう。
Hopper本人は後年、「we」でこの話を語っている
Hopper本人による貴重な証言も残っています。
Smithsonianが保存する1968年のoral historyで、HopperはMark IIの蛾事件を振り返っています。
彼女は、Mark IIが置かれていた場所には窓に網戸がなく、夜間には虫が入り込んでいたこと、ある晩に機械が動かなくなり、調べたところリレーの中に大きな蛾を見つけたことを説明しています。
このときHopperは出来事を主に「we」=私たちとして語っています。
チームとして経験した出来事であることは分かりますが、「私が最初に見つけた」と明確に主張しているわけではありません。
したがって現在の資料から最も安全に言えるのは、次のところまでです。
Grace HopperはMark IIチームの一員で、蛾事件を経験し、後年このエピソードを何度も語って広めた重要人物だった。しかし、蛾を最初に発見した人物と断定することはできない。
そもそも「bug」は1947年より70年以上前からあった
ここからが、この逸話の本当の意味を知るうえで最も重要な部分です。
機械や技術上の欠陥をbugと呼ぶ用法は、コンピューターよりずっと古くまでさかのぼれます。
1875年には技術的な「bug」が印刷物に登場する
Thomas Edison Papers Projectが整理した資料では、Oxford English Dictionaryが技術的不具合を表す古い用例として、1875年9月15日の業界誌『The Operator』への投書を挙げています。
そこでは電気機器の問題について「bug」という言葉が使われていました。
1947年のMark II事件より72年前です。
ただし、これを「世界で最初にbugを不具合の意味で使った例」とまで断定するのは危険です。
残っている資料より前に口語で使われていた可能性までは否定できません。
記事として言えるのは、少なくとも1875年には技術的不具合の意味で印刷物に現れているということです。
1876年にはEdison本人の実験ノートにも現れる
Thomas Edisonの名前も、この言葉の歴史では重要です。
Edison Papers Projectによると、1876年にMenlo Parkの研究所で残された実験ノートの中に、Edison自身がbugやbug trapといった言葉を使った記録が確認できます。
その後、電話などの研究でもbugという言葉を繰り返し使っています。
つまり「Edisonとbugの話」自体は、後世が作った都市伝説ではありません。
Thomas Edisonは本当に「bug」と書いていた?
はい。本人の書簡が残っています。
特に有名なのが、Western UnionのWilliam Orton宛てに書かれた1878年の手紙です。
Thomas Edison Papersの校訂版に収録された書簡本文は、冒頭に「Menlo Park Mch 3rd 78」とあり、1878年3月3日付です。
Edisonはこの中で、自分の装置に「bug」を見つけたと書いています。
しかも本物の虫について話していたわけではありません。
電話装置の問題に、昆虫の属名のような「callbellum」という冗談めいた名前まで付けています。
つまり1878年の時点ですでに、「技術上の問題=bug」と「虫=bug」を重ねる言葉遊びが成立していました。
Mark IIの蛾事件で起きたことと、驚くほどよく似ています。
Edisonが「bugを発明した」とまでは言えない
ここにも注意が必要です。
Edison Papers Projectは、Edisonのquadruplex telegraph周辺からこの用法が広がった可能性を強く示しています。
一方で、現存する印刷物では1875年の時点ですでにbugが使われています。
「この一人が、この日、初めてbugを不具合の意味で発明した」と証明できる資料まではありません。
したがって、
「Edisonは1870年代の早い時期からbugを技術上の問題という意味で使っていた」
までは事実として扱えます。
しかし、
「Edisonこそbugという技術用語の発明者だった」
と断定するのは避けた方が正確です。
1892年には「bug」が電気工学辞典に載っていた
bugが一人の発明家だけの隠語ではなかったことを示す資料もあります。
19世紀末には電気工学の辞書に掲載されるまでになっていました。
Thomas O'Conor Sloaneによる1892年の『The Standard Electrical Dictionary』では、bugは電気機器の接続や動作における故障・問題を表す言葉として説明されています。
つまり1947年の時点では、技術上の問題をbugと呼ぶ文化には、すでに数十年の歴史がありました。

| 年代 | 確認できること |
|---|---|
| 1875年 | 『The Operator』に技術的な問題を指すbugの古い使用例 |
| 1876年 | Edisonの実験記録でbug/bug trapの使用を確認 |
| 1878年 | Edisonが書簡で装置の問題をbugと表現 |
| 1892年 | 電気工学辞典にbugが掲載される |
| 1945年 | 技術分野でdebuggingの使用を確認 |
| 1947年9月9日 | Harvard Mark IIから本物の蛾が見つかる |
この時系列を見るだけでも、「蛾からbugという言葉が生まれた」という説明が成立しないことが分かります。
「debugging」もGrace Hopperが作った言葉ではなかった
bugと同じように、debuggingにも有名な説明があります。
「Mark IIから蛾を取り除いたので、そこからdebuggingという言葉が生まれた」というものです。
これも、そのままでは正確ではありません。
少なくとも蛾事件より前の1945年6月に発行された米国の『AIR FORCE』誌には、
Debugging Aircraft Cameras
という見出しの記事が掲載されています。
文字どおり、航空カメラの問題を取り除き、実戦環境で使える状態へ改善する内容です。
1947年9月より2年以上前にdebuggingが技術的な意味で使われていたことになります。
したがって、Grace HopperやMark IIチームがdebuggingという単語そのものを発明したとは言えません。
一方で、SmithsonianはHopperとMark IIチームについて、computer bugやdebugという表現をコンピューターの世界で広めることに貢献したと説明しています。
ここは「発明した」と「普及させた」を分ける必要があります。
そもそもHarvard Mark IIとはどんなコンピューターだった?
「コンピューターの中に蛾が入った」と聞くと、現在のパソコンのケース内部を想像するかもしれません。
しかしMark IIは、現代の半導体コンピューターとは構造がまったく違います。
Howard Aikenが率いるHarvard Computation Laboratoryによって作られた、巨大なリレー式計算機でした。
1949年にClaude ShannonがMark IIの技術書を評した文章や、同時代のEdmund C. Berkeleyによる記録では、Mark IIには約13,000個のリレーが使われていたとされています。
リレーとは、電磁石などを利用して接点を物理的に開閉するスイッチです。
現在のCPUのトランジスターのように、目に見えないほど小さな半導体素子だけで処理していたわけではありません。
内部では大量の機械的な接点が実際に動いていました。
なぜ本物の虫が入り込めたのか
Hopper自身の1968年の回想には、この疑問への答えになる話があります。
Mark IIが置かれていた建物には、窓に網戸がなかったというのです。
夜も作業を続けていたため、外から虫が入り込むことがありました。
現在の密閉されたノートPCの内部へ蛾が入り込んだ、という話とは少し違います。
大量のリレーを備えた大型機械を人間が保守しながら動かしていた時代だからこそ起こり得た出来事でした。
蛾は本当にMark IIを止めたのか
ここも、有名な話ほど断定を避けたい部分です。
Smithsonianの解説では、ある日Mark IIが正常に動作しなくなり、原因を調べたengineersがリレーの中に蛾を発見したという流れで説明されています。
Hopper本人も後年、機械が動かなくなったため調べたところ蛾が見つかったという趣旨で回想しています。
米海軍資料では、蛾がRelay #70、Panel Fの接点の間に挟まっていたことまで示されています。
これらを合わせれば、蛾が動作不良と関係していたと考える根拠は十分あります。
一方、現存する当日のログは詳細な故障解析報告書ではありません。
「この蛾が唯一の原因でMark II全体を完全停止させた」といった因果関係まで記録されているわけではありません。
そのため、
「不具合を調べている際、リレーの接点に蛾が挟まっているのが発見された」
と書くのが最も資料に忠実です。
「一匹の蛾が巨大コンピューターを完全停止させた」とドラマチックに言い切る必要はありません。
では「世界初のコンピューターバグ」だったのか
この言い方にも注意が必要です。
もし「世界初のコンピューターの不具合」という意味なら、違います。
Smithsonian自身、1940年代前半の初期コンピューターでハードウェアやプログラムの問題をbugと呼んでいたと説明しています。
1947年以前の計算機にも当然、故障や設計上の問題、プログラム上の誤りは存在しました。
一方で、ログの言葉どおり「本物の虫としてのbugが見つかった有名な実例」という意味なら、このエピソードの表現として理解できます。
つまり、
first computer bug
と
first actual bug
を同じ意味にしてはいけません。
この二つが混ざったところから、現在の有名な俗説が生まれたと考えると分かりやすいでしょう。
なぜ「蛾=bugの語源」という話がここまで広まったのか
「最初に誰が、いつ、語源説として広めたのか」までは、今回確認できた資料から特定できません。
ただ、この話が広まりやすい条件はそろっています。
「bug」と本物の虫が一致する出来すぎた話だった
まず、言葉遊びとして完璧です。
不具合をbugと呼んでいたら、本当にbugが出てきた。
しかもその虫を貼り付けた現物のログまで残っています。
文章だけの逸話よりも圧倒的に記憶へ残りやすい話です。
Grace Hopperという有名人物と結び付いた
もう一つ大きいのがGrace Hopperです。
Hopperはコンピューター史を代表する人物の一人となり、講演やインタビューで蛾のエピソードを繰り返し語りました。
Computer History Museumも、Hopperがこの事件を後年の講演で有名にしたと説明しています。
その結果、
「HopperがいたMark IIチームで起きた事件」
が、いつの間にか、
「Hopperが蛾を見つけた」
「Hopperがbugという言葉を作った」
へ単純化されやすくなった可能性があります。
ここは史料で「誰が単純化した」と特定できる話ではないため、あくまで広まり方についての考察として捉える必要があります。
「bugの語源」という説明の方が覚えやすかった
本当の歴史は少し複雑です。
19世紀の電信技術。
Edisonの実験。
電気工学辞典。
1945年以前のdebugging。
その上で、1947年にMark IIから本物の蛾が見つかる。
これを全部説明するより、
「昔、コンピューターに虫が入った。だから不具合をbugと呼ぶようになった」
の方が圧倒的に短く、覚えやすい話です。
しかし、歴史を調べると、短くなったぶんだけ重要な順序が逆転していたことが分かります。
蛾は今も残っている?Smithsonianで見られる?
蛾を貼り付けたログブックは、現在もSmithsonian InstitutionのNational Museum of American Historyが所蔵しています。
米海軍のNaval Surface Warfare Centerから移管された資料で、所蔵番号は1994.0191.01です。
つまり、蛾事件を証明する現物資料は今も失われていません。
ただし、2026年9月24日時点では常設展示されていません。
Smithsonianの所蔵品ページにも「Currently not on view」と明記されています。
「Smithsonianへ行けば、いつでもあの蛾を直接見られる」と考えるのは正確ではありません。
現在も「bug」はITのあちこちに残っている
1947年の蛾が語源ではなかったとしても、bugという言葉が現在のコンピューター文化に深く根付いていることは変わりません。
| 現在の言葉 | 意味 |
|---|---|
| software bug | ソフトウェアの欠陥・不具合 |
| hardware bug | ハードウェアの設計・実装上の問題 |
| debug / debugging | 不具合の原因を調べて修正する作業 |
| debugger | プログラムの動作を調査するためのツール |
| bug report | 不具合の内容や再現条件などを伝える報告 |
| bug bounty | 主にセキュリティ上の脆弱性を発見・報告した人へ報奨を支払う制度 |
蛾がこれらの言葉を生んだわけではありません。
それでも1947年の出来事が、bugという言葉の歴史で特別な位置を占めているのは間違いありません。
比喩として使われてきたbugが、突然、本物の虫として姿を現したからです。
よくある「コンピューターのバグ雑学」を整理するとこうなる
| よくある説明 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| コンピューターのbugという言葉は蛾から生まれた | 誤り | 技術的不具合のbugは19世紀から確認できる |
| Grace Hopperがbugを作った | 誤り | Hopper誕生以前から技術用語として使われていた |
| Grace Hopperが蛾を発見した | 断定不可 | チームにいたことは確実だが、当日のログは個人を特定していない |
| 「First actual case of bug being found.」は後世の創作 | 誤り | 現存するログに実際に書かれている |
| 蛾そのものも現在まで残っている | 確認できる | Smithsonianがログブックとともに所蔵している |
| 1947年がbugという言葉の初出 | 誤り | 少なくとも1870年代の用例が確認できる |
| Thomas Edisonもbugを使っていた | 確認できる | 1870年代のノートや書簡が残っている |
| Edisonがbugという言葉を世界で初めて作った | 断定不可 | Edison起源を支持する資料はあるが、世界初の造語者と確定する証拠まではない |
| debuggingもHopperが作った | 誤り | 1945年の技術雑誌ですでに使用例がある |
| あの蛾が世界初のコンピューターバグ | 不正確 | 最初のコンピューター不具合という意味ではない。「本物のbug」というジョークとして理解すべき |
「バグ=蛾」より、本当の歴史の方が面白い
この話を単なる「有名な雑学は実は間違いでした」で終わらせるのはもったいありません。
蛾の逸話は、そもそもウソではないからです。
1947年9月9日。
Harvard Mark IIのリレーから蛾が見つかり、取り除かれた蛾がログブックへ貼り付けられた。
「First actual case of bug being found.」という言葉も、本当に残っています。
Grace HopperもMark IIチームに関わり、後年この出来事を語りました。
ただし、その70年以上前には電気・電信の世界ですでにbugが技術上の問題を表す言葉として使われていました。
1945年にはdebuggingという表現まで確認できます。
つまり、順番はこうです。
蛾が入った
↓
不具合をbugと呼ぶようになった
ではありません。
以前から不具合をbugと呼んでいた
↓
1947年、本物の虫がリレーから見つかった
↓
「今度は本物のbugだ」と記録された
こちらが、現在残る資料と最もよく整合する歴史です。
ITには、こうした「よく出来すぎた由来話」がほかにもあります。たとえばWebでおなじみの404についても、「CERNの404号室が由来」という有名な説がありますが、一次資料まで遡ると事情はかなり違います。「404 Not Found」の404と“404号室説”の本当のところはこちらの記事で詳しく検証しています。
まとめ|1947年は「bugが生まれた日」ではなく、本物のbugが現れた日
コンピューターの「バグ」という言葉は、Harvard Mark IIに蛾が入り込んだことで生まれた――。
有名な説明ですが、歴史資料まで遡ると、少し違った景色が見えてきます。
技術的不具合をbugと呼ぶ用法は、少なくとも19世紀までさかのぼれます。
Thomas Edisonも1870年代にbugを使い、19世紀末には電気工学辞典にも載っていました。
debuggingも、1947年以前にすでに技術分野で使われています。
その長い歴史の途中、1947年9月9日に起きたのがHarvard Mark IIの蛾事件でした。
だからこそログの一文は面白いのです。
「First actual case of bug being found.」
不具合という比喩だったbugが、その日だけは文字どおりの虫になった。
蛾が「bug」という言葉を生んだのではありません。
すでに存在していた「bug」という言葉の歴史に、本物のbugが入り込んだ。
その偶然があまりにも出来すぎていて、しかも蛾そのものまで保存されたからこそ、この話は80年近くたった今もコンピューター史を代表する逸話として語り継がれているのでしょう。