ドンデコルテは何者?渡辺銀次・小橋共作の経歴と結成秘話、漫才の特徴

2025年のM-1グランプリで初めて決勝に進出し、準優勝を果たしたお笑いコンビ「ドンデコルテ」。渡辺銀次さんの独特な語り口と、小橋共作さんの絶妙なツッコミが注目を集めています。
実はこの2人、決して突然現れた新人ではありません。それぞれ別のコンビで活動した経験があり、正式結成に至るまでには、芸人引退を考えた時期やM-1での敗退、再挑戦という意外な物語がありました。
さらに2026年には、漫才とコントの両方を競う「ダブルインパクト」で準優勝。渡辺さん個人もR-1グランプリの決勝に進出するなど、活躍の幅を広げています。
この記事では、ドンデコルテのメンバーの経歴、結成のきっかけ、前身コンビ「news38」との関係、独特な漫才が生まれた理由、2026年までの大会成績と活動について詳しく紹介します。
ドンデコルテは何者?2人のプロフィール
ドンデコルテは、吉本興業に所属する渡辺銀次さんと小橋共作さんによるお笑いコンビです。
公式の結成日は2019年11月20日。主に漫才を披露していますが、コントにも取り組んでおり、両方のジャンルで賞レースの実績を残しています。
| 項目 | 渡辺銀次 | 小橋共作 |
|---|---|---|
| 読み方 | わたなべ ぎんじ | こばし きょうさく |
| 生年月日 | 1985年8月2日 | 1989年6月17日 |
| 年齢 | 41歳 | 37歳 |
| 出身地 | 山口県周南市 | 沖縄県宜野湾市 |
| NSC | 東京14期 | 東京19期 |
| 担当 | 主にボケ | 主にツッコミ |
| 立ち位置 | 向かって右 | 向かって左 |
| 身長 | 171cm | 166cm |
※年齢は2026年10月27日時点。プロフィールは吉本興業の公式情報に基づいています。
2人の年齢差は約4歳ですが、NSCでは渡辺さんが5期先輩にあたります。
現在の漫才では渡辺さんが独特な理屈や持論を展開し、小橋さんがそれを受け止める形が代表的です。ただし、2人とも最初から現在の役割だったわけではありません。
渡辺銀次の経歴|過去のコンビから現在まで
渡辺銀次さんは1985年8月2日生まれ、山口県周南市出身。NSC東京14期としてお笑いの世界に入りました。
吉本興業の公式プロフィールには、趣味として読書、日本文学、民俗学、日本語学、革靴、けん玉などが挙げられています。特技はけん玉です。
言葉や文化への関心が広い人物ですが、現在の漫才を単純に「知識が豊富だから面白い」と説明するだけでは、その魅力を十分に表せません。
知っていることを正確に説明するのではなく、身近な出来事から独自の理屈を組み立て、聞き手を予想外の結論へ連れていく。そこに渡辺さんの芸人としての個性があります。
「マンキンタン」「エマ」で活動した過去
渡辺さんはドンデコルテ以前に、「マンキンタン」「エマ」といったコンビで活動していました。
大学を出る頃、将来どのような仕事なら長く続けられるかを考え、お笑いの道を選んだと本人がインタビューで振り返っています。
しかし、芸人になってすぐに結果が出たわけではありません。コンビでの活動と解散を経験し、ピン芸人として舞台に立った時期もありました。
以前は主にツッコミを担当していた渡辺さんですが、小橋さんと組むことになってからボケへ転向。現在の演説型漫才につながるスタイルを模索していきます。
つまり、今のドンデコルテで見せている渡辺さんの姿は、芸人になった当初から完成していたものではありません。長い活動の中で役割を変え、自分に合った表現を見つけた結果なのです。
渡辺銀次は芸名?以前は「渡辺博基」で活動
現在の「渡辺銀次」は芸名です。
過去のM-1グランプリ公式登録には「渡辺博基(わたなべひろき)」という名前が残されています。
2026年5月、渡辺さんはテレビ朝日の公式YouTube番組で、芸名を変えた経緯を錦鯉の渡辺隆さんに語りました。
きっかけは、錦鯉が2021年のM-1グランプリで優勝したこと。同じ「渡辺」という名字の先輩が注目されるようになり、自分も呼んでもらいやすい名前を付けようと考えたそうです。
本人は改名した時期を、錦鯉が優勝した翌年の正月だったと振り返っています。したがって、2022年初頭の改名と整理できます。
さらに「銀次」は、父親が出生時に付けようと考えていた名前でもあったと説明しています。
まったく新しく作った芸名ではなく、家族の中に以前からあった名前を、芸人としての新しい名前に選んだわけです。
長い下積みと「益々荘」での生活
渡辺さんの経歴を語るうえで欠かせないのが、芸人仲間との共同生活です。
渡辺さんは、同期の芸人であるカゲヤマ・益田康平さんの実家で長年暮らしていました。その家は芸人たちの間で「益々荘」と呼ばれ、相席スタートの山添寛さんなども生活していた場所として知られています。
2025年12月のインタビューでは、M-1決勝進出を益田さんや一緒に暮らしてきた芸人仲間が喜んでくれたと語っていました。
ただし、当時は益々荘からの卒業についても話しており、過去の共同生活を2026年現在も変わらず続けていると断定することはできません。
長い下積み、複数のコンビでの活動、芸名変更、そして40歳で迎えたM-1初決勝。渡辺さんの芸人人生は、短期間で一気に成功したというより、試行錯誤を重ねながら自分の笑いを形にしてきた歩みといえます。
小橋共作の経歴|芸人引退を考えた時期と転機
小橋共作さんは1989年6月17日生まれ、沖縄県宜野湾市出身。NSC東京19期です。
趣味は海外ドラマ、筋トレ、お酒、野球観戦など。横浜DeNAベイスターズのファンとしても知られています。
現在は渡辺さんの独特な発言にツッコミを入れる役割ですが、小橋さん自身も現在の芸風にたどり着くまでに大きな変化を経験しています。
アメリカで暮らす夢から芸人の道へ
小橋さんは以前、アメリカで生活することに憧れていました。
高校卒業後は英語観光系の専門学校で学び、沖縄の米軍基地内にあるメリーランド大学のプログラムにも進みました。
しかし、授業についていくことが難しくなり、アメリカで暮らすという目標を断念。その頃、以前から関心のあったお笑いに挑戦することを考えたそうです。
本人が憧れの芸人として挙げているのは、ブラックマヨネーズ。2005年のM-1グランプリで優勝した姿が印象に残っていたと語っています。
以前は「デビルポメラニアン」で活動
小橋さんはドンデコルテ結成以前、「デビルポメラニアン」というコンビで活動していました。
当時はスーツを着て、個性の強い相方が発言したことの間違いを指摘するようなツッコミを担当していたそうです。
ところが、そのコンビが解散すると、思うように次の相方が見つかりませんでした。
何人かの芸人と試しに組んでも、納得できる形にはならず、ピン芸人としてR-1グランプリに挑戦した時期もありました。
2020年4月に小橋さん本人が公開した結成記録では、当時は芸人を辞めることまで覚悟していたと明かしています。
そんな状況で最後に声をかけようと決めたのが、5期先輩の渡辺さんでした。
渡辺銀次の才能を見抜いた小橋共作
小橋さんは以前から渡辺さんの舞台での姿を高く評価していました。
ライブでの受け方、MCのうまさ、言葉の扱い方。そうした姿を見て、一緒に漫才をやってみたいと考えていたそうです。
ただし、先輩としての存在が大きかったこともあり、簡単には正式なコンビ結成を申し込めなかったといいます。
それでも芸人を辞める覚悟ができたことで、思い切って渡辺さんに連絡しました。
こうして始まった2人の挑戦が、現在のドンデコルテへとつながっていきます。
ドンデコルテの結成秘話|news38から正式コンビになるまで
ドンデコルテの結成について調べると、「2018年」と「2019年」という異なる年が出てくることがあります。
これは情報が単純に間違っているわけではなく、正式結成前に、2人が別のコンビ名で活動していたことが関係しています。
2018年には「news38」として活動していた
2人は2018年に「news38(ニュースサンバチ)」という名前で活動していました。
M-1グランプリ公式サイトに残る当時の登録情報では、結成日が2018年7月8日となっています。
また、この登録では、現在とは異なる次の名前が使われています。
- 渡辺銀次:当時の登録名は「渡辺博基」
- 小橋共作:当時の登録名は「小橋川共作」
現在の2人と生年月日も一致しており、前身コンビの記録であることが確認できます。
ただし、2018年の登録日を現在のドンデコルテの正式結成日として扱うのは正確ではありません。
2018年は前身となるお試しコンビとして活動を始めた時期、2019年11月20日が現在の公式な結成日です。
正式結成の条件は「M-1準々決勝進出」だった
2人の結成秘話で特に興味深いのは、正式にコンビを組むための条件がM-1グランプリの結果だったことです。
小橋さんは渡辺さんにコンビ結成を申し込んだ際、どこまで進めたら正式に組むのかを相談しました。
そこで渡辺さんが提示したのが、M-1グランプリ準々決勝進出という条件でした。
当時の2人は、それぞれ過去のコンビでもM-1の2回戦を突破した経験がありませんでした。準々決勝は決して簡単な目標ではなかったのです。
しかも、この挑戦は最初から順調だったわけではありません。
2019年のM-1は1回戦敗退から再挑戦していた
2019年のM-1グランプリで、ドンデコルテは8月2日の1回戦に出場しました。
結果は、まさかの敗退。
小橋さんは当時、舞台で手応えを感じていたこともあり、大きなショックを受けたと振り返っています。
しかし、この年の大会には条件を満たせば1回戦へ再エントリーできる仕組みがありました。
2人は再挑戦を選び、そこから勝ち進んでいきます。
| 日付 | 2019年M-1の経過 |
|---|---|
| 8月2日 | 1回戦敗退 |
| 9月20日 | 再エントリーした1回戦を通過 |
| 10月21日 | 2回戦通過 |
| 11月11日 | 3回戦通過 |
| 11月19日 | 準々決勝敗退 |
| 11月20日 | 公式上の正式結成日 |
最終的に準々決勝では敗退したものの、2人は正式結成の条件だった準々決勝進出を達成しました。
その翌日、2019年11月20日が現在のドンデコルテの公式結成日となっています。
小橋さんは2020年4月19日に公開した本人の記録でも、2019年のM-1は優勝以前に、コンビ結成そのものを目指した大会だったと振り返っています。
つまり、ドンデコルテにとって2019年のM-1は、賞レースに挑戦した年であると同時に、これから2人で芸人を続けることが決まった特別な大会だったのです。
なお、2019年のM-1にはすでに「ドンデコルテ」の名前で参加していたため、11月20日をコンビ名が初めて付いた日とするのは正確ではありません。あくまで正式なコンビとしての結成日です。
ドンデコルテの漫才は何が面白い?独特な芸風の特徴
ドンデコルテの代表的な漫才は、渡辺さんが真剣な表情で独自の持論を語り、小橋さんがそれに付き合いながらツッコミを入れるスタイルです。
しばしば「演説型漫才」と呼ばれますが、その面白さは単に渡辺さんが長く話すことだけではありません。
一見すると筋が通っていそうな説明が、聞いているうちに妙な方向へ進んでいくこと。そして、小橋さんがその話を簡単には終わらせないこと。
この2つが組み合わさることで、独特な掛け合いが成立しています。
渡辺銀次の「演説型漫才」は偶然から生まれた
現在のような落ち着いた語り口は、最初から計画して作られたものではありません。
渡辺さんはテレビやラジオで、以前から同じような内容のネタを披露していたものの、当初はもっと力強く話していたと説明しています。
転機になったのは、朝の寄席でした。
まだ十分に目が覚めていないような時間帯で、観客も自分たちも眠そうにしている。そこで無理に大きな声を出すのではなく、力を抜いてゆっくり話してみたところ、予想以上に笑いが起きたそうです。
その反応をきっかけに、現在の脱力した語り口へと近づいていきました。
力いっぱい主張するよりも、淡々と話した方が、かえって言葉の奇妙さや人物の独特な考え方が際立つ。
そう考えると、ドンデコルテの漫才は、声量や勢いだけではなく、話す速度や間の取り方も大きな役割を果たしていることがわかります。
小橋共作のツッコミが漫才を成立させている
ドンデコルテの漫才では、渡辺さんの強烈な個性に目が向きがちです。
しかし、相方の小橋さんにも重要な役割があります。
一般的な漫才では、ボケの発言が間違っていれば、ツッコミが素早く訂正したり強く否定したりすることがあります。
ところが、ドンデコルテの場合、それだけでは渡辺さんの話がすぐに終わってしまうのです。
小橋さんは、相手の話を聞きながら疑問を投げかけ、ときには妙な理屈に付き合うことで、さらに話を進めていきます。
渡辺さん自身も、2025年のインタビューで、代表ネタ「恋煩い」は小橋さんのようなツッコミだから成立すると説明しています。
鋭く正論で切り返すだけではなく、相手の世界に少し入り込みながら会話を続ける。
このツッコミがあるからこそ、渡辺さんの独特な理屈が十分に広がり、漫才としての面白さにつながっていると考えられます。
代表ネタ「恋煩い」に見る2人の持ち味
ドンデコルテの漫才を初めて見るなら、代表的なネタの一つである「恋煩い」がわかりやすいでしょう。
このネタは、2024年のM-1グランプリ敗者復活戦で披露されました。
渡辺さんが年齢を重ねた人物として恋愛について語り、小橋さんがその考えに付き合いながら話を進めていきます。
実は、ネタの原型ができた当初から「おじさん」を前面に出していたわけではありません。
渡辺さんによると、以前は年齢を強調せず、堅い性格の人物として演じていたそうです。
その後、神保町よしもと漫才劇場で若い芸人たちと接する中、自分が年長者になっていることを意識するようになり、現在の人物像へと変化しました。
年齢を重ねたことを隠すのではなく、それ自体を笑いの材料に変えたところも、ドンデコルテの特徴です。
以下は、ドンデコルテ本人たちの公式YouTubeチャンネルで公開されている「恋煩い」です。2024年のM-1敗者復活戦で披露したネタの原型として公開されています。
渡辺さんの話し方だけでなく、小橋さんがどのようなタイミングで言葉を返し、どこで話を広げているのかにも注目すると、2人の役割がよりよくわかります。
漫才だけでなくコントもできる
演説型のしゃべくり漫才が代表的なドンデコルテですが、コントも披露しています。
その実力が結果として表れたのが、2026年のダブルインパクトとキングオブコントです。
ダブルインパクトでは漫才とコントの両方を披露して準優勝。キングオブコントでも準決勝に進出しました。
「渡辺さんの演説を聞くコンビ」という印象が強いものの、2人の活動はそれだけに限定されていません。
M-1グランプリの成績|2025年に初決勝で準優勝
ドンデコルテが広く知られる大きなきっかけになったのは、2025年12月21日に行われたM-1グランプリの決勝です。
ただし、そこに至るまでには、何度も準々決勝で敗退し、3回戦の壁に阻まれた時期もありました。
2019年から2025年までの大会成績
| 年 | M-1グランプリの結果 |
|---|---|
| 2019年 | 準々決勝進出 |
| 2020年 | 準々決勝進出 |
| 2021年 | 準々決勝進出 |
| 2022年 | 3回戦敗退 |
| 2023年 | 3回戦敗退 |
| 2024年 | 準決勝進出・敗者復活戦敗退 |
| 2025年 | 初の決勝進出・準優勝 |
2019年から3年連続で準々決勝へ進出したものの、2022年と2023年には3回戦敗退を経験しています。
そこから2024年に初の準決勝進出を果たし、敗者復活戦にも出場。翌2025年、ついに決勝の舞台へたどり着きました。
毎年順調に順位を上げていったわけではなく、途中で成績を落としながらも漫才を磨き直してきたことがわかります。
M-1グランプリ2025の決勝結果
2025年の決勝で、ドンデコルテはファーストラウンド845点を獲得しました。
この得点は、エバースの870点、たくろうの861点に続く3位。上位3組による最終決戦へ進みます。
最終決戦では、ドンデコルテ、エバース、たくろうの順に漫才を披露しました。
審査員9人の最終投票は次の結果となりました。
| 最終順位 | コンビ | 最終決戦の票数 |
|---|---|---|
| 優勝 | たくろう | 8票 |
| 準優勝 | ドンデコルテ | 1票 |
| 3位 | エバース | 0票 |
ドンデコルテに票を投じたのは、かまいたちの山内健司さんでした。
優勝には届きませんでしたが、初の決勝進出で準優勝という大きな結果を残しました。
ファーストラウンドの得点順位と最終順位が異なるのは、最終決戦では得点を持ち越さず、新たに審査員が優勝にふさわしいコンビへ投票する仕組みだからです。
大会全体の得点や最終投票の詳しい分析は、M-1グランプリ2025決勝の結果と最終決戦の考察でも紹介しています。
2026年の大会成績|R-1・ダブルインパクト・キングオブコント
2025年のM-1準優勝後も、ドンデコルテの挑戦は続いています。
特に2026年は、渡辺さん個人のピン芸と、コンビとしての漫才・コントの両方で実績を残した年となりました。
R-1グランプリ2026|渡辺銀次が決勝進出
渡辺銀次さんは、R-1グランプリ2026で決勝に進出しました。
決勝では最終ステージまで勝ち残り、審査員から1票を獲得しています。
優勝したのは今井らいぱちさん。最終ステージでは今井さんが5票、渡辺さんとトンツカタンのお抹茶さんがそれぞれ1票という結果でした。
単独の2位を決める投票ではないため、成績を正確に表すなら「決勝最終ステージ進出」が適切です。
コンビでの漫才に加え、渡辺さん個人の表現も賞レースの決勝で評価されたことになります。
ダブルインパクト2026|漫才とコントで準優勝
2026年7月20日に開催された「ダブルインパクト2026」では、ドンデコルテが準優勝しました。
ダブルインパクトは、漫才とコントの両方を披露して総合的な実力を競う大会です。
ドンデコルテはファーストステージでコントを披露し、461点を獲得。5位でファイナルステージへ進みました。
続く漫才では482点という高得点を記録し、合計943点まで伸ばします。
| 順位 | コンビ | 合計得点 |
|---|---|---|
| 優勝 | 滝音 | 951点 |
| 準優勝 | ドンデコルテ | 943点 |
| 3位 | 蛙亭 | 938点 |
優勝した滝音との差はわずか8点でした。
この結果で特に注目したいのは、ドンデコルテが漫才だけでなく、コントでも決勝の舞台に立てる実力を示したことです。
代表的な演説型漫才の印象が強いコンビですが、コント461点、漫才482点という具体的な成績は、2人の表現の幅を理解する材料になります。
キングオブコント2026|準決勝進出
2026年のキングオブコントでも、ドンデコルテは準決勝へ進出しました。
この年は3,445組がエントリーし、準決勝に進んだのは35組。ドンデコルテもその中に名前を連ねています。
最終的に決勝進出は逃しましたが、コント専門の大会でも準決勝まで勝ち進んだことは、コンビの活動を語るうえで外せない実績です。
2026年は、R-1で渡辺さん個人が決勝進出、ダブルインパクトでコンビが準優勝、キングオブコントで準決勝進出という結果を残しました。
M-1の準優勝だけで評価されるコンビではなく、異なる形式の賞レースにも挑み続けていることがわかります。
ドンデコルテの現在の活動|単独ライブやテレビ出演
ドンデコルテは2026年も吉本興業所属のコンビとして活動を続けています。
賞レースへの挑戦に加え、単独ライブやテレビ番組、YouTubeなどでも活動しています。
2026年には東京と大阪で単独ライブを開催
2026年7月29日には、東京・ルミネtheよしもとで第十回単独ライブ「とおりこす」を開催しました。
また、9月15日には大阪・なんばグランド花月で初の単独ライブとなる「ひとたまりもない」を開催しています。
劇場でネタを磨きながら、東京だけでなく大阪でも単独公演を行うなど、活動の場を広げています。
冠特番「人間、銀次。」も放送
2026年8月29日には、映画・チャンネルNECOで90分の冠特番「ドンデコルテ冠特番『人間、銀次。』」が放送されました。
渡辺さんの漫才へのこだわりや、2人の活動に迫る内容ですが、リアルとフィクションを織り交ぜた番組として制作されています。
そのため、番組で描かれた出来事のすべてを、本人たちの実際の私生活と同一視することはできません。
こうした企画にも、漫才中の人物像と実際の芸人としての姿を重ね合わせて楽しめる、ドンデコルテならではの魅力が表れています。
M-1グランプリ2026にもエントリー
2026年のM-1グランプリにも、ドンデコルテはエントリーしています。
公式登録上のエントリー番号は3634。2025年の準優勝コンビとして、再び大会に挑んでいます。
予選の進出状況は大会の進行に伴って変わるため、最新結果はM-1グランプリ公式サイトのコンビ情報で確認する必要があります。
2025年にあと一歩で届かなかった優勝を目指す挑戦が、2026年も続いています。
まとめ|ドンデコルテは長い試行錯誤から生まれた実力派コンビ
ドンデコルテは、渡辺銀次さんと小橋共作さんによる吉本興業所属のお笑いコンビです。
現在の公式結成日は2019年11月20日ですが、2018年には「news38」として活動していました。
コンビ結成の条件は、2019年のM-1グランプリ準々決勝進出。一度は1回戦で敗退したものの、再挑戦して目標を達成し、正式なコンビとなりました。
渡辺さんは以前のツッコミからボケへ転向し、小橋さんも強く否定するツッコミから、相手の話を広げる役割へ変化。そうした試行錯誤の中から、現在の独特な演説型漫才が生まれています。
2025年にはM-1グランプリで準優勝し、2026年にはダブルインパクトでも準優勝。渡辺さん個人のR-1決勝進出や、コンビでのキングオブコント準決勝進出など、実績を積み重ねています。
ドンデコルテの面白さは、渡辺さんの独特な言葉遣いだけで完成するものではありません。その世界を受け止め、会話をさらに広げる小橋さんの存在があってこその漫才です。
それぞれ別の道を歩み、芸人を続けることに悩んだ時期もあった2人。だからこそ、今のドンデコルテには、結成6年という数字だけでは測れない経験が詰まっています。
2025年のM-1準優勝は、その長い歩みの中で訪れた大きな転機でした。漫才とコントの両方で実績を残した今、2人がこれからどのような笑いを生み出していくのか、引き続き注目したいところです。