つぶログ深掘り バラエティ/お笑い

フジテレビはダウンタウンを“雑に扱ってきた”のか?『ごっつ』終了から続く違和感を追う

目次
  1. フジテレビとダウンタウンは不仲?『ごっつ』終了後の関係と“雑に扱ってる説”を検証
  2. 結論|冷遇ではない。ただし「大事な相手なのに、節目で連携が崩れる」ことはあった
  3. 原点は1997年|問題は「野球を優先したこと」だけではなかった
  4. ただし同じ1997年、フジはダウンタウンに27時間テレビも任せていた
  5. 『ごっつ』終了後も『HEY!HEY!HEY!』はそのまま続いた
  6. 浜田雅功とフジテレビ|『ジャンクSPORTS』は四半世紀級の関係になった
  7. 松本人志も「十数年間フジでレギュラーがなかった」わけではない
  8. 2011年、ダウンタウンは『ごっつ』以来14年ぶりに日曜20時へ戻った
  9. 2013年には、フジ自身が「日曜よる8時の顔」と呼んでいた
  10. 2015年からは『ダウンタウンなう』が約6年続いた
  11. それでも2017年、「フジテレビとは言ってない」が妙に引っかかる
  12. 2021年になっても、松本が覚えていたのは「一報がなかったこと」だった
  13. 2023年には松本を「フジテレビのバラエティーの象徴」にしようとしていた
  14. 2025年『酒のツマミになる話』で、似た「連携」の問題が起きた
  15. DOWNTOWN+にフジテレビ旧作が見当たらないのは「不仲の証拠」なのか
  16. 「フジテレビ」という一人の人物がいるわけではない
  17. なぜ「雑に扱われている」という印象だけが残るのか
  18. 結局、フジテレビはダウンタウンを雑に扱ってきたのか

フジテレビとダウンタウンは不仲?『ごっつ』終了後の関係と“雑に扱ってる説”を検証

テレビ局の長いスタジオ通路と途切れかけたケーブルで、1997年から2026年まで続くダウンタウンとフジテレビの関係を表現したアイキャッチ

「フジテレビって、ダウンタウンのことを妙に雑に扱っていないか?」

そう感じたことがある人は、たぶん少なくないと思います。

いちばん有名なのは、1997年の『ダウンタウンのごっつええ感じ』終了です。力を入れて作った2時間スペシャルがプロ野球中継へ変更され、後年、松本人志自身が「一報が欲しかった」という趣旨で当時の不満を振り返りました。

さらに2017年には、ウッチャンナンチャンとの番組構想を話した際、「フジテレビとは言ってない」と松本が『ワイドナショー』で笑いにしたこともあります。

ここだけ並べると、長年のしこりがずっと続いてきたようにも見えます。

ところが番組史を追うと、まったく別の景色も出てきます。

『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』は『ごっつ』終了後も2012年まで継続。浜田雅功の『ジャンクSPORTS』は2000年に始まり、一度レギュラー放送を終えたあと2018年に復活しました。2011年にはダウンタウンが『ごっつ』以来約14年ぶりにフジテレビの日曜20時へ戻り、2013年にはフジ自身が二人を「日曜よる8時フジテレビの顔」と表現しています。

つまり、「フジテレビがダウンタウンを一貫して冷遇してきた」という説明は、実際の番組史とは合いません。

では、あの独特の「雑に扱われている感じ」はどこから来るのでしょうか。

約30年の関係を追うと、意外な矛盾が見えてきます。

結論|冷遇ではない。ただし「大事な相手なのに、節目で連携が崩れる」ことはあった

先に結論を出すと、フジテレビがダウンタウンを長年軽視してきた、あるいは1997年以降ずっと不仲だったとする根拠は確認できません。

むしろ二人は、その後もフジテレビの重要なバラエティーへ何度も起用されています。

一方で、1997年の『ごっつ』のように、番組や出演者にとって重大な判断が行われる場面で、編成や局内との意思疎通が崩れた事例も存在します。

見方実際に確認できること
1997年からフジと完全に不仲になった『HEY!HEY!HEY!』は継続し、2001年には『ものごっつ』、2011年以降もコンビのレギュラー番組が続いた
フジはダウンタウンを重要視していなかった2013年に「日曜よる8時フジテレビの顔」、2023年には松本出演番組を「フラグシップ、象徴」と局側が表現
浜田もフジとずっと険悪だった『ジャンクSPORTS』が2000年から長期間続き、2018年にはレギュラー復活。現在も放送が続いている
何の問題もなかった1997年には松本が事前連絡不足を問題視。後年もフジとの距離をネタにする発言が残る

「冷遇」か「蜜月」かという二択では、どうも説明しきれません。

むしろ、長く重要な仕事を任せる一方で、節目になると関係を傷つけかねない連携のズレが起きる。

この矛盾こそが、フジテレビとダウンタウンの関係を考えるうえで一番重要なのだと思います。

原点は1997年|問題は「野球を優先したこと」だけではなかった

この違和感の原点として外せないのが、1997年9月28日の『ごっつええ感じ』です。

この日は2時間スペシャルが予定されていましたが、フジテレビはプロ野球・ヤクルト-阪神戦の中継へ編成を変更しました。

2021年、『人志松本の酒のツマミになる話』で当時を振り返った松本が強調したのは、野球を放送したことそのものだけではありません。

「一報が欲しかった」――。

自信を持って作ったスペシャルが放送されなくなることについて、事前の連絡がなかった。その意思疎通への不満を、20年以上たっても具体的に覚えていました。

この騒動を「松本が野球中継にキレて、その勢いだけで番組を終わらせた」と説明すると、実際の経緯をかなり落としてしまいます。

差し替え後も交渉は続き、延期されたスペシャルは翌10月5日に放送。10月13日に番組終了が発表され、10月19日にも別のスペシャルが放送されています。

終了直前の番組状態や制作側の証言まで含めた経緯は、『ダウンタウンのごっつええ感じ』はなぜ終わったのかを検証した記事で詳しく整理しています。

今回重要なのは、ここで生まれた問題が単なる「出演者対野球」ではなく、出演者・制作現場と編成判断の間で、重要な情報がどう共有されたのかという問題だったことです。

ただし同じ1997年、フジはダウンタウンに27時間テレビも任せていた

「フジが以前からダウンタウンを軽く扱っていた」と考えるなら、同じ1997年の別の出来事とも整合しません。

7月26日から27日にかけて放送された『FNSの日』では、ダウンタウンが総合司会を務めています。

しかもこの年は、フジテレビがお台場の新社屋へ移転した直後。番組には「REBORN」というテーマが掲げられ、従来のBIG3中心の『FNSの日』から大きく方向を変える年でした。

その大型生放送の中心をダウンタウンに任せていた一方、わずか2か月後には『ごっつ』の編成をめぐって大きな衝突が起きています。

この年だけでも、すでに「冷遇」という一言では整理できない関係だったことが分かります。

1997年の27時間テレビについては、ダウンタウン一度きりの総合司会と台風直撃の舞台裏を検証した記事で詳しく追っています。

『ごっつ』終了後も『HEY!HEY!HEY!』はそのまま続いた

1997年の騒動でフジテレビとダウンタウンが完全に絶縁したのであれば、その後の番組史はかなり説明しにくくなります。

『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』は1994年に始まり、『ごっつ』終了後もレギュラー放送を継続しました。レギュラー最終回は2012年12月です。

つまり、『ごっつ』が終わってからも約15年間、ダウンタウンはフジテレビの代表的な音楽番組で司会を続けています。

2001年10月12日には、『ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル』として、新作コントまでフジテレビで復活しました。

2014年には、フジテレビが『ごっつええ感じ』DVDの発売記念特番を3月と9月に放送しています。

つまり局側が『ごっつ』そのものを封印したわけでもありません。

1997年には深刻な衝突があった。しかし、それがそのまま「フジテレビとダウンタウンの関係終了」を意味したわけではない。

ここははっきり分けて考える必要があります。

浜田雅功とフジテレビ|『ジャンクSPORTS』は四半世紀級の関係になった

ダウンタウンを一括りにせず、松本と浜田を分けて見ると、さらに印象が変わります。

浜田雅功とフジテレビの関係を象徴するのが『ジャンクSPORTS』です。

番組は2000年4月にスタート。2004年にはゴールデンへ進出し、2010年3月にいったんレギュラー放送を終了しました。

ところが、その後も特番として放送され、2018年1月には約8年ぶりにレギュラー番組として復活します。

復活時、フジテレビはスポーツ班とバラエティー班が組んで制作すると発表していました。

現在も公式サイトには浜田MCの番組として掲載され、2026年9月時点でもレギュラー放送が続いています。

途中でゴールデン帯から夕方枠へ移動したことはあります。しかし、それだけで「浜田もフジに冷遇されている」と結論づけるのは無理があります。

長期で見れば、浜田にはフジテレビとの非常に太い一本の線が残り続けています。

松本人志も「十数年間フジでレギュラーがなかった」わけではない

松本についても、時々「『ごっつ』終了後、フジテレビのレギュラーから長く遠ざかっていた」と語られます。

しかし、これはそのままでは正確ではありません。

フジテレビでは『人志松本のすべらない話』が2004年から続き、2009年には『人志松本の○○な話』がレギュラー化。『○○な話』は2012年3月まで放送されています。

2013年10月には『ワイドナショー』がスタートしました。

したがって、『ワイドナショー』を「十数年ぶりのフジテレビ復帰」と位置づけるのは誤りです。

『ワイドナショー』の新しさは、松本がコントや芸人トークではなく、芸能ニュースや社会的な話題にコメントする定期番組へ入ったことにあります。

松本・浜田それぞれの個人番組を年代別に確認したい場合は、ダウンタウン松本人志・浜田雅功の個人番組一覧でも整理しています。

2011年、ダウンタウンは『ごっつ』以来14年ぶりに日曜20時へ戻った

関係史でかなり象徴的なのが、2011年の『爆笑!大日本アカン警察』です。

フジテレビ自身が番組紹介で、ダウンタウンがフジの日曜20時に登場するのは『ごっつええ感じ』以来約14年ぶり、と明記しています。

つまり、1997年に大きく揉めたまさにその時間帯へ、二人を再び戻しています。

しかも企画を担当したのは小松純也でした。

小松は『ごっつ』制作に深く関わり、後年、高須光聖との対談で1997年終了前後の事情を語った当事者でもあります。

「『ごっつ』制作スタッフとダウンタウンが1997年に完全決裂した」という説明では、この事実も説明できません。

2013年には、フジ自身が「日曜よる8時の顔」と呼んでいた

『アカン警察』終了後、ダウンタウンは同じフジテレビの日曜20時で『教訓のススメ』へ移ります。

この番組の公式紹介文はかなり象徴的です。

「日曜よる8時フジテレビの顔であるダウンタウン」

少なくとも2013年時点で、局側がダウンタウンを遠ざけていたとは読めません。

むしろ『ごっつ』と同じ曜日・同じ時間帯へ戻したうえで、局の「顔」と表現しています。

2015年からは『ダウンタウンなう』が約6年続いた

2015年4月には『ダウンタウンなう』がスタートします。

当初の生放送スタイルから内容を変え、やがて「本音でハシゴ酒」が中心企画となりました。

番組は2021年3月まで続き、その中から生まれた『人志松本の酒のツマミになる話』が独立してレギュラー化します。

2011年の『アカン警察』から考えると、フジテレビでは番組名や形式を変えながら、ダウンタウンまたは松本のレギュラーが長期間続いたことになります。

ここでも「1997年以来ずっと不仲」というイメージとは噛み合いません。

それでも2017年、「フジテレビとは言ってない」が妙に引っかかる

では、なぜ「何となく関係が悪そう」という印象が残るのでしょうか。

その理由の一つになったのが、松本自身の発言です。

2017年5月28日の『ワイドナショー』で、松本はウッチャンナンチャンの南原清隆と食事をしたことを話しました。

そこで、ダウンタウンとウッチャンナンチャンで年に一度くらい番組をやりたい、と二人で話したことを明かします。

スタジオが盛り上がると、松本はすぐにオチをつけました。

「フジテレビとはひと言も言ってない」

もちろん、これは『ワイドナショー』内での笑いです。

この一言だけを根拠に「松本はフジを嫌っていた」と断定することはできません。

ただ、『夢で逢えたら』や『ごっつ』の歴史を知る視聴者にとっては、妙に意味深に聞こえるジョークだったのも確かでしょう。

2021年になっても、松本が覚えていたのは「一報がなかったこと」だった

さらに興味深いのが、2021年の『酒のツマミになる話』です。

ここで松本は、1997年の『ごっつ』終了について改めて口にしました。

20年以上たって本人が強調したのは、野球中継そのものへの恨みというより、やはり事前の連絡でした。

この点は、今回の「雑に扱ってる説」を考えるうえで非常に重要です。

待遇だけを見るなら、その後もフジは何度もダウンタウンを起用している。

しかし、本人に強く残ったのは、重要な判断に対して「なぜ先に伝えてくれなかったのか」という感覚だった。

「起用されているか」と「丁寧に扱われていると感じるか」は、同じ話ではありません。

2023年には松本を「フジテレビのバラエティーの象徴」にしようとしていた

そして2023年を見ると、「冷遇説」はさらに成立しにくくなります。

4月に『まつもtoなかい』が日曜21時でレギュラー化しました。

同年のフジテレビ番組審議会では、制作側がこの番組について、「フジテレビのバラエティーはこういうものだ」というフラグシップ、象徴にしたいという考えで作っていると説明しています。

これはかなり強い言葉です。

単に番組を一本任せたのではなく、松本と中居正広の番組を局のバラエティーを代表する存在にしたい、とフジ側が公式の場で説明していました。

同じ2023年の『FNS27時間テレビ』では、松本人志、今田耕司、東野幸治、板尾創路、ほんこん、木村祐一が「ほぼごっつ」チームとして出演。

フジテレビ公式も『ごっつええ感じ』を「伝説の番組」と紹介し、新旧の日曜20時出演者をぶつける企画を組んでいます。

1997年の騒動から四半世紀以上たっても、『ごっつ』は局側にとって消したい過去ではなく、むしろ使いたいテレビ遺産になっていました。

2025年『酒のツマミになる話』で、似た「連携」の問題が起きた

ここで、少し気になる出来事があります。

2025年10月24日、『酒のツマミになる話』は予告していた内容を放送直前に差し替えました。

後にフジテレビは公式サイトで、その過程について「社内における連携に不十分な点があった」と説明し、出演者や視聴者へ謝罪しています。

放送後には千鳥から降板の申し出があり、番組は年内で終了することになりました。

ここで注意したいのは、この件を1997年の『ごっつ』と同じ事件だと決めつけないことです。

2025年時点で松本は番組MCではなく、局側と直接やり取りした主体も異なります。

また、差し替えられた企画に松本人志を想起させる演出があったと報じられていますが、それ自体が差し替えの直接理由だったとフジテレビが公式に説明したわけでもありません。

それでも、1997年に松本が「一報が欲しかった」と語った番組の系譜で、28年後にフジ自身が「連携に不十分な点」を認める放送直前変更が起きた。

直接の因果関係はありませんが、今回のテーマを考えるうえでは無視しにくい出来事です。

DOWNTOWN+にフジテレビ旧作が見当たらないのは「不仲の証拠」なのか

もう一つ、現在の関係を見て気になるのが「DOWNTOWN+」です。

吉本興業は2025年11月にDOWNTOWN+を開始し、「ダウンタウン」「松本人志」「浜田雅功」の3カテゴリーで、新作や過去のテレビ番組、映画などを配信すると発表しました。

その後、浜田カテゴリーではMBS『ごぶごぶ』、読売テレビ『浜ちゃんが!』などの過去作品が公式に発表されています。

一方、2026年9月30日時点で吉本興業が公表しているアーカイブ追加情報を確認した範囲では、『ごっつええ感じ』『HEY!HEY!HEY!』『ダウンタウンなう』などフジテレビ系旧作の配信開始は確認できませんでした。

ここだけを見ると意味深です。

しかし、理由は公表されていません。

番組の権利関係、契約、配信時期、楽曲権利、出演者処理など、過去番組の配信にはさまざまな条件が絡みます。

したがって、「フジが貸さない」「1997年からのしこりだ」「不仲だからDOWNTOWN+にない」と結びつける根拠は現時点ではありません。

確認できるのは、公式に発表されたアーカイブ群でフジ系旧作をまだ確認できないという現在地点までです。

「フジテレビ」という一人の人物がいるわけではない

ここまで追って、もう一つ重要なことが見えてきます。

「フジテレビ対ダウンタウン」と書くと分かりやすいのですが、実際のテレビ制作はそんなに単純ではありません。

1997年の『ごっつ』にも、番組制作スタッフ、編成、局の判断、吉本興業側など複数の立場が存在しました。

その後、2011年にダウンタウンを日曜20時へ戻した『アカン警察』の企画は、『ごっつ』制作にも関わった小松純也です。

『ジャンクSPORTS』はスポーツ班とバラエティー班が組んで制作。

『ワイドナショー』『ダウンタウンなう』『まつもtoなかい』も、それぞれ別の制作体制です。

だから、ある番組で起きたトラブルから「フジテレビ全体がダウンタウンを嫌っていた」と広げると、どうしても実際の歴史から離れていきます。

逆に、長年番組が続いたから「何も問題はなかった」と片付けるのも違います。

制作現場では信頼関係が続いていても、その外側の編成判断で摩擦が生まれることはあり得ます。

なぜ「雑に扱われている」という印象だけが残るのか

約30年を通して見ると、答えはかなり見えてきます。

フジテレビはダウンタウンを使わなかったわけではありません。

むしろ『HEY!HEY!HEY!』『ジャンクSPORTS』『アカン警察』『教訓のススメ』『ダウンタウンなう』『ワイドナショー』『まつもtoなかい』と、何度も局の主要番組へ起用しています。

番組全体の流れは、ダウンタウンのレギュラー番組年表を見るとさらに分かりやすいでしょう。

それでも違和感が残るのは、「起用の厚さ」と「節目での扱いの丁寧さ」が必ずしも一致しなかったからではないでしょうか。

1997年の『ごっつ』では、番組終了へつながるほど大きな問題になったのが事前連絡でした。

2017年には松本自身がフジとの距離をネタにした。

2021年になっても、本人が強く覚えていたのは「一報」の問題だった。

そして2025年には、別の出演者との問題ではあるものの、フジテレビ自身が「社内連携に不十分な点」があったと認める放送直前変更が起きました。

こうした点だけを時系列で拾えば、「またか」という印象になるのも不思議ではありません。

結局、フジテレビはダウンタウンを雑に扱ってきたのか

長い番組史を確認する限り、「フジテレビはダウンタウンを一貫して冷遇してきた」という説は支持できません。

1997年以降も『HEY!HEY!HEY!』は続き、2001年には『ものごっつ』で新作コントが復活しました。

浜田には『ジャンクSPORTS』という長期番組があり、ダウンタウンは2011年に『ごっつ』以来の日曜20時へ復帰。

2013年にはフジ自身が二人を「日曜よる8時の顔」と呼び、2023年には松本の番組を局のバラエティーの「フラグシップ、象徴」にしたいと説明しています。

これだけを見ると、むしろ長期間にわたって重要な位置に置かれてきたと考える方が自然です。

ただし、だから1997年の問題が小さかったことにはなりません。

あれだけ重要な番組を一緒に作っていた相手に対し、本人が後年まで「一報が欲しかった」と記憶するような意思疎通のズレが起きた。

ここに、フジテレビとダウンタウンの関係の不思議さがあります。

大事にされていなかったわけではない。

しかし、大事にしている相手への扱いとしては、時々あまりにも雑に見える瞬間があった。

「フジテレビとダウンタウンは不仲だったのか」という問いより、こちらの方が、残っている資料にはずっとよく合います。

-つぶログ深掘り, バラエティ/お笑い
-, , , , , ,