- ラスカー賞でノーベル賞も近い?柳沢正史教授ら日本人4人受賞、登竜門の理由
- ラスカー賞を取るとノーベル賞も近い?
- 実際にラスカー賞の後でノーベル賞を取った人は?
- 柳沢正史教授は2026年ノーベル賞の候補なの?
- 2026年ノーベル生理学・医学賞は10月5日に発表
- 柳沢正史教授の「オレキシン研究」は何がすごい?
- オレキシンの発見は実際の薬にもつながった
- 中外製薬の3人は何を発明した?
- ヘムライブラは血友病A治療をどう変えた?
- 日本人4人のラスカー賞受賞はどれほど珍しい?
- ノーベル賞は最大3人まで|ラスカー賞と受賞者が一致するとは限らない
- では「ノーベル賞の登竜門」は間違いなのか
- まとめ|ラスカー賞は「登竜門」でも、ノーベル賞確定ではない
ラスカー賞でノーベル賞も近い?柳沢正史教授ら日本人4人受賞、登竜門の理由

2026年9月9日、米ラスカー財団が今年のラスカー賞受賞者を発表し、日本人研究者4人が選ばれました。
筑波大学の柳沢正史教授は、米スタンフォード大学のエマニュエル・ミニョー教授とともに「アルバート・ラスカー基礎医学研究賞」を受賞。中外製薬の服部有宏さん、北沢剛久さん、井川智之さんの3人は「ラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞」を受賞しています。
ニュースではラスカー賞について「ノーベル賞の登竜門」と紹介されることがあります。
では、ラスカー賞を取れば、次はノーベル賞なのでしょうか。
答えは「そこまで単純ではない」です。
ラスカー医学研究賞では、1945年の創設以降360人が受賞し、そのうち101人がノーベル賞も受賞しています。両賞の受賞者が多数重なっているのは事実で、「登竜門」と呼ばれるだけの実績はあります。
ただし、「360人中101人」という数字は、ラスカー賞を取った人が将来ノーベル賞を取る“確率”を表したものではありません。
さらに、柳沢教授が2026年ノーベル生理学・医学賞の正式候補なのかどうかも、外部から確認することはできません。 ノーベル賞の候補者情報は50年間非公開だからです。
それでも今回の受賞が大きなニュースなのはなぜなのか。柳沢教授のオレキシン研究、中外製薬3人のヘムライブラ開発、そして過去のラスカー賞とノーベル賞の関係から見ていきます。
ラスカー賞を取るとノーベル賞も近い?
まず押さえておきたいのは、ラスカー賞とノーベル賞の間に「次はノーベル賞」という制度上のつながりがあるわけではないということです。
ラスカー賞は米国のラスカー財団が選ぶ医学・生物医学分野の賞で、ノーベル生理学・医学賞とは選考機関も選考方法も別です。
一方で、過去の受賞者を見ると両賞の重なりは非常に大きくなっています。
中外製薬がラスカー財団のデータとして紹介している2026年時点の数字では、ラスカー医学研究賞を受賞した360人のうち、101人がノーベル賞も受賞しています。直近20年間に限っても28人です。
これが「ノーベル賞の登竜門」と呼ばれる最大の理由でしょう。
ただ、この「101人」をそのまま、
「ラスカー賞を取れば○%の確率でノーベル賞」
と読み替えることはできません。
集計には長い歴史の中での両賞受賞者が含まれていますし、「ラスカー賞の何年後にノーベル賞を取ったか」も人によって違います。ラスカー賞を受けた時点から将来のノーベル賞受賞確率を予測するために作られた統計ではありません。
言えるのは、ラスカー賞で評価される研究と、後にノーベル賞で評価される研究が歴史的にかなり重なってきたというところまでです。
実際にラスカー賞の後でノーベル賞を取った人は?
日本人で分かりやすい例が、利根川進さんと山中伸弥さんです。
利根川さんは1987年、抗体の多様性を生み出す遺伝的な仕組みの研究でアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞しました。同じ1987年にはノーベル生理学・医学賞も受賞しています。
山中さんは2009年、ジョン・ガードン氏とともに核の初期化に関する研究でラスカー基礎医学研究賞を受賞。その3年後の2012年、成熟した細胞を多能性を持つ状態へ初期化できることを示した研究で、ガードン氏とノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
近年では、mRNA研究のカタリン・カリコ氏とドリュー・ワイスマン氏も代表例です。
2人は2021年にラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受賞し、2023年には新型コロナウイルスに対する有効なmRNAワクチンの開発を可能にした研究でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
こうした例を見ると「登竜門」という呼び方にも納得できます。
しかし、ここでも「ラスカー賞を受けたメンバーが、そのまま全員ノーベル賞を取る」と考えるのは早計です。
2008年のラスカー基礎医学研究賞では、小さなRNAによる遺伝子制御の研究でビクター・アンブロス氏、ゲイリー・ラブカン氏、デービッド・ボールコーム氏の3人が受賞しました。ところが2024年のノーベル生理学・医学賞でmicroRNAの発見について選ばれたのは、アンブロス氏とラブカン氏の2人です。
ラスカー賞とノーベル賞では、評価対象の切り取り方も受賞者の組み合わせも同じとは限りません。
柳沢正史教授は2026年ノーベル賞の候補なの?
今回もっとも気になるところかもしれませんが、柳沢正史教授が2026年ノーベル生理学・医学賞の正式候補者なのかどうかは確認できません。
理由はシンプルで、ノーベル賞は候補者を公表していないからです。
ノーベル賞公式によると、推薦された候補者の氏名をはじめ、推薦や選考に関する情報は50年間明らかにされません。本人が候補者になっているかどうかをノーベル委員会が発表する制度もありません。
メディアや民間機関が「ノーベル賞候補」と呼ぶ場合はあっても、それはノーベル委員会が認定した「公式候補」とは別です。
もう一つ重要なのが、日程です。
ノーベル生理学・医学賞では前年9月ごろから推薦依頼が送られ、推薦書の提出期限は翌年1月31日。その後、春から夏にかけて専門家による評価が行われ、秋の受賞者決定へ進みます。
2026年のラスカー賞が発表されたのは9月9日です。
つまり、
9月にラスカー賞を受賞
→ それを見たノーベル委員会が10月の候補に追加
という流れではありません。
2026年のノーベル賞選考は、ラスカー賞発表よりずっと前から進んでいます。
2026年ノーベル生理学・医学賞は10月5日に発表
ノーベル賞公式によると、2026年のノーベル生理学・医学賞は10月5日(月)11時30分(中央ヨーロッパ夏時間)以降に発表される予定です。日本時間では同日18時30分以降となります。
ただし、これは「柳沢教授の結果発表日」ではありません。
あくまで2026年ノーベル生理学・医学賞そのものの発表日です。
ラスカー賞受賞によって柳沢教授への注目がさらに高まるのは自然ですが、現時点で「今年のノーベル賞受賞が近づいた」「10月5日に受賞が決まる」と断定できる材料はありません。
柳沢正史教授の「オレキシン研究」は何がすごい?
では、今回ラスカー賞を受けた研究そのものは何がすごかったのでしょうか。
柳沢教授とミニョー教授が評価されたのは、覚醒を維持する脳内ペプチド「オレキシン」の発見と、オレキシンが欠乏するとナルコレプシーにつながることを明らかにした研究です。
面白いのは、柳沢教授が最初から「睡眠を解明しよう」とオレキシンを探していたわけではないことです。
柳沢教授らは、働きが分かっていない脳内の受容体に結合する物質を探す研究を進め、その過程で新しい神経ペプチドを発見しました。1998年に「オレキシン」として報告しています。
当初は摂食との関係も注目されました。
ところが翌1999年、オレキシンを作れないマウスを調べると、活動する時間帯なのに覚醒状態を安定して維持できず、脱力発作など人のナルコレプシーによく似た症状を示しました。
一方、別の方向から同じ場所へたどり着いたのがミニョー教授です。
ミニョー教授は、ナルコレプシーを自然発症する犬の家系を研究し、オレキシン受容体の遺伝子に異常があることを突き止めました。その後、人のナルコレプシーでも脳脊髄液中のオレキシン濃度が大きく低下していることなどが明らかになります。
別々に進んでいた研究が、
オレキシンは覚醒を安定して維持する重要な仕組みであり、その機能が失われるとナルコレプシーにつながる
という一点で結び付いたわけです。
オレキシンの発見は実際の薬にもつながった
この研究が基礎医学だけで終わらなかったことも、今回の受賞で重要なところです。
オレキシンの作用を抑える「オレキシン受容体拮抗薬」は、すでに不眠症治療へ利用されています。
さらに2026年には、その逆方向の治療も大きく動きました。
武田薬品工業のオーゼイフル錠(一般名オベポレクストン)が、2026年8月24日に日本で成人のナルコレプシータイプ1を対象として製造販売承認を取得しました。オレキシン2受容体を刺激し、ナルコレプシータイプ1で不足しているオレキシンのシグナルへ直接働きかける薬です。米FDAも8月5日に承認しています。
1998年に見つかった一つの脳内物質から、
睡眠と覚醒の仕組みが見えてきて、ナルコレプシーの原因理解が進み、不眠症の薬が生まれ、さらに2026年にはナルコレプシーのオレキシン欠乏そのものを狙う治療薬まで承認された。
基礎研究から実際の治療までつながった28年間を考えると、なぜこの研究が世界的な医学賞で評価されたのかが分かりやすくなります。
中外製薬の3人は何を発明した?
2026年は柳沢教授だけではありません。
中外製薬の服部有宏さん、北沢剛久さん、井川智之さんの3人も、血友病A治療薬「ヘムライブラ」につながる研究でラスカー・ドゥベーキー臨床医学研究賞を受賞しました。
血友病Aでは、血液を固める仕組みに必要な血液凝固第VIII因子が不足しています。
従来の考え方なら、「不足している第VIII因子を外から補う」という方向になります。
中外製薬の研究者たちが考えたのは、少し違いました。
第VIII因子そのものを補うのではなく、第VIII因子がやっている仕事を別の抗体にやらせられないか。
第VIII因子は、血液が固まる過程で活性型第IX因子と第X因子が適切に働けるよう助ける役割を持っています。
そこで開発されたのが、二つの異なる標的に結合できる「バイスペシフィック抗体」です。
一方で第IXa因子、もう一方で第X因子をつかみ、両者を適切な位置関係に近づけることで、第VIII因子の働きを代替します。この発想から生まれた候補抗体ACE910が、後のエミシズマブ、商品名「ヘムライブラ」となりました。
不足した物質をそのまま補うのではなく、その物質が果たしていた役割を人工的な抗体に再現させる。
今回のラスカー賞では、この発想そのものが高く評価されています。
ヘムライブラは血友病A治療をどう変えた?
第VIII因子製剤による治療では静脈注射が必要となり、さらに患者によっては第VIII因子を阻害する「インヒビター」と呼ばれる抗体が生じることがあります。
ヘムライブラは皮下注射で使用でき、第VIII因子インヒビターの有無を問わず出血予防に用いることができます。
維持投与についても週1回だけではなく、用量によって2週に1回、4週に1回という方法があります。そのため「月1回打てばいい薬」とだけ説明するのは正確ではありません。
研究開発の過程も簡単ではありませんでした。
中外製薬が公開した研究史によると、候補抗体の探索は460種類から約4000種類、さらに約4万種類へと広がりました。その後、医薬品として性能を高める段階でも約2400種類の改変抗体を設計・評価しています。
「4万種類」と「2400種類」は別々の話で、前者が有望な組み合わせを探す探索、後者が候補を薬として仕上げる最適化の過程です。
現在のヘムライブラは120を超える国・地域で承認され、2026年6月末時点で世界3万人を超える患者に使用されていると中外製薬は説明しています。
こちらも、単に「新しい薬を一つ作った」というより、血友病Aの治療そのものに新しい考え方を持ち込んだ研究として見る方が受賞理由を理解しやすいでしょう。
日本人4人のラスカー賞受賞はどれほど珍しい?
日本人がラスカー賞を受賞するのは、2014年の森和俊さん以来12年ぶりです。
2026年は、柳沢教授が基礎医学研究賞、中外製薬の3人が臨床医学研究賞に選ばれました。
ここで注意したいのは、日本人4人が同じ研究で共同受賞したわけではないことです。
柳沢教授はミニョー教授とのオレキシン研究。
服部さん、北沢さん、井川さんはヘムライブラにつながるバイスペシフィック抗体研究。
まったく異なる2つの功績が、それぞれ別部門で評価されています。
中外製薬は、日本人研究者3人が同時にラスカー賞を受賞するのは1945年の賞創設以来初めてと発表しています。
一方、「日本人4人が同じ年に受賞したこと自体が史上初」とする表現については、今回確認したラスカー財団の一次資料では明示されていません。
そのため、そこまで広げて「史上初」と断定する必要はありません。
ノーベル賞は最大3人まで|ラスカー賞と受賞者が一致するとは限らない
もう一つ、両賞を比較するときに知っておきたい違いがあります。
ノーベル財団の規定では、一つのノーベル賞を共同受賞できる個人は最大3人です。
ラスカー賞で複数の研究者が一緒に評価されても、将来ノーベル賞で同じ人数・同じ組み合わせになるとは限りません。
今回も「日本人4人がラスカー賞を取ったから、日本人4人全員がノーベル賞候補になった」と考えることはできません。
そもそも柳沢教授側と中外製薬側は別の研究ですし、誰がノーベル賞の選考対象になっているかも公開されていません。
では「ノーベル賞の登竜門」は間違いなのか
ここまで慎重に見ると、「それならラスカー賞とノーベル賞は関係ないのでは」と思うかもしれません。
それも違います。
360人のラスカー医学研究賞受賞者のうち101人がノーベル賞も受賞し、利根川進さん、山中伸弥さん、カタリン・カリコ氏、ドリュー・ワイスマン氏など、世界を大きく変えた研究が両方の賞で評価されてきました。
つまり、
「ラスカー賞を取ったからノーベル賞が決まる」のではなく、「ノーベル賞級の重要な研究が、ラスカー賞でも高く評価されてきた例が多い」
と考える方が実態に近いでしょう。
今回の柳沢教授らの受賞についても、「次はノーベル賞」と結果を先取りするより、オレキシン研究とヘムライブラの研究が世界最高水準の医学研究として改めて評価されたこと自体がまず大きなニュースです。
まとめ|ラスカー賞は「登竜門」でも、ノーベル賞確定ではない
2026年ラスカー賞では、柳沢正史教授とエマニュエル・ミニョー教授がオレキシン研究で基礎医学研究賞、中外製薬の服部有宏さん、北沢剛久さん、井川智之さんがヘムライブラにつながる研究で臨床医学研究賞を受賞しました。
過去には360人のラスカー医学研究賞受賞者のうち101人がノーベル賞も受賞しており、「ノーベル賞の登竜門」と呼ばれるだけの歴史的な重なりがあります。
ただし、それはノーベル賞受賞を保証する数字ではありません。
柳沢教授が2026年ノーベル生理学・医学賞の正式候補になっているかどうかも、候補者情報が50年間非公開のため確認できません。
また、2026年の推薦締切はラスカー賞発表よりはるか前です。9月の受賞によって、翌10月のノーベル賞候補に新たに加わる仕組みでもありません。
2026年ノーベル生理学・医学賞は10月5日に発表予定です。
結果を予想することはできませんが、オレキシンという一つの発見が睡眠・覚醒の理解から実際の治療薬へつながり、中外製薬の研究では「足りない凝固因子を補う」発想から「その仕事を抗体に代替させる」発想へ踏み出した。
今回のラスカー賞は、なぜこの2つの研究が世界的に高く評価されているのかを知る機会として見ると、その意味がよりはっきりしてきます。