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『食わず嫌い王』の“お土産”は、いつ消えた?年間BEST20まであった名物企画を追う

目次
  1. 食わず嫌い王のお土産はいつ消えた?2009年夏に消えた名物企画とその理由を追う
  2. 結論|通常のお土産紹介が消えた境界は「2009年夏」が最有力
  3. そもそも「食わず嫌いのお土産」とは何だったのか
  4. お土産は「新・食わず嫌い王決定戦」になってから始まった?
  5. お土産だけで「BEST20」を作るほど人気になった
  6. テレビで紹介された翌日、店には何が起きたのか
  7. 20年近くたっても「食わず嫌いで紹介」が商品の歴史に残っている
  8. それほど人気だったお土産は、いつ消えたのか
  9. 消えたはずのお土産が2010年と2011年に戻っている
  10. なぜお土産は消えたのか?公式な理由は確認できない
  11. 「ステマ規制でなくなった」は時系列が合わない
  12. 「スポンサーへの配慮でなくなった」も裏付けはない
  13. 「注文が殺到して店に迷惑だから」説も確認できない
  14. ただし2009年は、番組そのものが変わり始めた時期だった
  15. お土産をなくせば、食わず嫌いは確かに短くできる
  16. 「きたなシュラン」が始まったことは関係ある?
  17. 2000年代には「芸能人の好きな食べ物」そのものがテレビコンテンツだった
  18. 食わず嫌い自体は、お土産が消えたあとも長く続いた
  19. 結局、お土産はなぜ消えたのか
  20. 年間BEST20まであったのに、本当に「いつの間にか」なくなった

食わず嫌い王のお土産はいつ消えた?2009年夏に消えた名物企画とその理由を追う

『食わず嫌い王』で紹介されていたお土産が消えたことを表現したテレビスタジオのイラスト

『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」を覚えている人なら、対決そのものと一緒に記憶に残っているものがある。

ゲストが持ってくる「お土産」だ。

有名店の菓子、地方の名物、寿司、パン、惣菜。ゲストがお気に入りの商品を持参し、店名や商品名、価格、問い合わせ先まで紹介されることもあった。やがてお土産だけを集めた「芸能人御用達お土産BEST20」まで放送される。

ところが、食わず嫌いそのものは続いているのに、いつの間にかこのお土産が見当たらなくなった。

では、いつ消えたのか。

当時の放送記録をさかのぼると、意外な境界が見えてくる。大きな転換点として浮かぶのは2011年ではない。2009年8月である。

2009年8月13日の黒木メイサ対さだまさし戦では、まだ従来通り双方のお土産が紹介されている。しかし、その後の確認できる記録ではお土産なしの状態が続く。そして2010年、2011年に特殊な回で例外的に復活するものの、かつてのような通常演出には戻らなかった。

さらに調べてみても、フジテレビが「お土産コーナーを終了します」と告知した記録や、制作側が「○○が理由でやめた」と説明した一次資料は確認できない。

つまりこれは、終了日がはっきり設定された独立コーナーというより、食わず嫌いのフォーマットから、ある時期を境に静かに外れていった演出だったように見える。

結論|通常のお土産紹介が消えた境界は「2009年夏」が最有力

まず、現在確認できる記録から重要な時系列を整理しておこう。

時期確認できること位置づけ
1997年「新・食わず嫌い王決定戦」へ移行後、お土産演出が始まったとする当時のフジテレビ関係資料の転載が残る導入期
2000年代ゲストのお土産紹介が定番化定着期
2004~2008年お土産BEST20企画を複数年確認黄金期
2008年9月18日「芸能人御用達お土産ベスト20」放送。1位は井上真央が紹介した完熟トマトゼリー確認できる後期の大型ランキング
2009年8月13日黒木メイサ対さだまさし。双方のお土産を確認通常型を確認できる後期の回
2009年8月27日以降確認できる継続記録では、お土産なしの状態へ大きな境界
2010年3月25日とんねるず結成30周年の特別対決でお土産が登場した記録が残る例外的な復活
2011年7月28日澤穂希対川澄奈穂美で「黒糖ドーナツ棒」を紹介例外的な復活
2011年8月25日宮崎あおい対櫻井翔。継続記録に「お土産の紹介が有りませんでした」お土産なし
2011年9月29日芦田愛菜対ナインティナインも「お土産の紹介が有りませんでした」お土産なし

注意したいのは、2009年8月27日を「公式な廃止日」と断定できるわけではないことだ。

確認できる当時の記録を並べると、この時期を境に通常のお土産紹介が見えなくなる。そのため、「2009年8月が通常フォーマットから外れた最有力の境界」と考えるのが現状では最も慎重な表現になる。

そもそも「食わず嫌いのお土産」とは何だったのか

「新・食わず嫌い王決定戦」は、とんねるずの石橋貴明・木梨憲武がそれぞれゲストと組み、相手が嫌いな料理を当てる企画だった。

その対決に入る前の楽しみの一つが、ゲストの持参するお土産だった。

単なる小道具ではない。残っている当時の記録を見ると、商品によっては商品名、店舗名、価格、所在地、電話番号、地方発送の可否といった情報まで紹介されている。

そして、とんねるずや出演者がその場で食べる。

視聴者からすれば、有名人が「自分の好きなもの」として全国ネットの人気番組へ持ってきた商品である。現在のSNSで有名人が愛用品を紹介するのとは媒体こそ違うが、当時としては非常に強い情報発信だった。

しかもテレビ画面には、購入先へたどり着くための情報まで出ることがあった。

番組を見て、店へ電話する。店名を検索する。通販で注文する。

食わず嫌いのお土産は、対決前のちょっとした雑談であると同時に、視聴者にとっては「芸能人が本当に知っているおいしいものを教えてもらう時間」でもあった。

お土産は「新・食わず嫌い王決定戦」になってから始まった?

「食わず嫌い王決定戦」の歴史は、お土産企画より古い。

初期の食わず嫌いから、のちに長く親しまれた「新・食わず嫌い王決定戦」へ形式が変わっていくが、お土産も最初から存在したわけではなかったとみられる。

1999年にフジテレビの「アナルーム・ニュース」で牧原俊幸アナウンサーが食わず嫌いの歴史を振り返った文章について、後年の転載資料が残っている。そこでは、お土産を持ってくるようになったのは「新・食わず嫌い王決定戦」になってからだと説明されている。

ただし、現在確認できるのはフジテレビに掲載されていた文章そのものではなく、その内容を保存・転載した資料である。このため「史上最初のお土産は○月○日の○○」とまでは断定しない方がいい。

放送記録では、少なくとも1997年7月31日の観月ありさ出演回までにはお土産が登場していたことを確認できる。

つまり、お土産は後から付け足された短命な演出ではない。1990年代後半から2000年代にかけて長く続き、食わず嫌いを構成する一要素へ育っていった。

お土産だけで「BEST20」を作るほど人気になった

お土産企画の存在感がどれほど大きかったのか。それを端的に示すのが、特別番組で放送された「芸能人御用達お土産BEST20」だ。

2007年3月29日の『とんねるずのみなさんのおかげでした 絶品お土産&ものまね満載!!春の超特大スペシャル』については、当時のフジテレビ公式ページにも記録が残っている。

そこには、前年1年間の「新・食わず嫌い王決定戦」にゲストが持参したお土産からBEST20を発表すると明記されていた。

つまり、お土産は本編の脇に付いた小さな紹介枠ではなく、それだけでスペシャル番組の目玉になるコンテンツへ成長していた。

当時のテレビ欄には「芸能人の御用達お土産ベスト20」「全店問い合わせ先紹介」といった告知も確認できる。

「芸能人御用達」という言葉は、後年になってネット上で勝手に付けられた呼び名ではない。当時の番組告知でも実際に使われていた。

2008年の1位は井上真央が持参した「完熟トマトゼリー」

後期のランキングとして確認しやすいのが、2008年9月18日に放送された「芸能人御用達お土産ベスト20」だ。

1位は、井上真央が2007年7月5日の食わず嫌いで紹介した岡山の「完熟トマトゼリー」。現在も製造元側のサイトに、2008年の芸能人御用達お土産ランキングで年間1位になったことが記録されている。

順位商品紹介者
1位完熟トマトゼリー井上真央
2位昆布じめ西村雅彦
3位スイートポテト妻夫木聡
4位黒作りルー大柴
5位堂島ロールYOU
7位マンゴーチーズケーキ東国原英夫
8位生キャラメルPabo

堂島ロール、生キャラメルなど、後に全国的な知名度を持った商品も並ぶ。

ただし、「BEST20」が何を基準に順位付けされていたのかは、確認できる公式資料からは分からない。売上順、問い合わせ順、視聴者投票などと推測で補うべきではない。

テレビで紹介された翌日、店には何が起きたのか

お土産企画の面白さは、番組の中だけでは終わらなかったことにある。

2008年年間1位となった完熟トマトゼリーについて、製造元側に残る記録では、2007年7月5日に井上真央がお土産として持参したあと注文が殺到したという。さらに年間1位となったことで売れ行きが伸び、製造が追いつかなくなった時期があったことも説明されている。

別の商品でも似た現象が確認できる。

大杉漣が紹介し、2007年3月29日のランキングで16位となったドゥブルベ・ボレロの「アイアシェッケ」を番組を見て注文した人の当時の日記には、商品が届くまで約1か月半待ったという記録がある。別の購入記録では3か月待ったという例まで残る。

2008年のランキング7位だったシェ・しらはまのマンゴーチーズケーキも、放送直後の通販情報に「TV放送にて人気殺到のため発送が9月24日以降」と表示されていた記録がある。

すべてのお土産が同じ規模で売れたわけではないし、番組全体の経済効果を正確な金額に換算することもできない。

それでも、個別の商品について放送直後に注文が集中し、発送待ちが発生するほどの反響があったことは確認できる。

20年近くたっても「食わず嫌いで紹介」が商品の歴史に残っている

さらに興味深いのは、その影響が放送当時だけでは終わっていないことだ。

熊本県天草の宝餅本舗は、現在も「こっぱ餅」の紹介で、2006年に岡田准一がお土産として紹介し、翌2007年の芸能人御用達お土産ランキングBEST20で8位になったことを掲載している。

完熟トマトゼリーも、現在まで2008年年間1位という経歴が商品史として残されている。

ドゥブルベ・ボレロの「アイアシェッケ」も、「新・食わず嫌い王決定戦」をはじめ複数のメディアで紹介された店のスペシャリテとして現在まで知られている。

テレビ番組の一コーナーで有名人が持ってきた。それだけの出来事が、十数年、場合によっては20年近く商品のプロフィールに残っている。

この事実だけでも、食わず嫌いのお土産が当時どれほど大きな意味を持っていたかが分かる。

それほど人気だったお土産は、いつ消えたのか

ここからが今回の本題だ。

ネット上では「2011年ごろからなくなった」という印象を持っている人もいるかもしれない。

実際、2011年7月28日の澤穂希対川澄奈穂美戦では「黒糖ドーナツ棒」がお土産として登場している。その次に確認できる8月25日の宮崎あおい対櫻井翔戦では、当時から番組を継続記録していたアーカイブに「お土産の紹介が有りませんでした」と残る。

9月29日の芦田愛菜対ナインティナイン戦も同じだ。

これだけを見ると、「2011年7月から8月の間にお土産が廃止された」と考えたくなる。

ところが、さらに過去へさかのぼると、その説明では合わない。

2009年8月13日には、まだ普通にお土産があった

2009年8月13日放送の黒木メイサ対さだまさし。

この回では、黒木メイサが京都・グランマーブルの「マーブルデニッシュ メイプルキャラメル」、さだまさしが長崎・吉宗の「夫婦蒸し」を持参した記録が残っている。

つまり、この時点では従来型の「両方のゲストがお土産を持ってくる」形がまだ生きていた。

ところが、その後の2009年8月27日、相武紗季対志村けんの回を境に、確認できる継続記録ではお土産が見えなくなる。

そして2009年秋から2010年にかけても、お土産なしの食わず嫌いが続いていく。

このため、現在確認できる資料から見る限り、通常のお土産紹介が姿を消した大きな境界は2011年ではなく2009年夏と考える方が自然だ。

ただし、ここで「2009年8月27日に正式廃止された」とは書けない。

フジテレビによる終了告知を確認できず、放送映像を全回監査した結果でもないからだ。あくまで、現存する詳細な放送記録を追ったときに見える最も有力な境界である。

消えたはずのお土産が2010年と2011年に戻っている

さらに話を複雑にするのが、その後の「復活」だ。

2009年夏を境に通常のお土産紹介が見えなくなったあとも、完全に封印されたわけではなかった。

2010年3月25日、とんねるず自身が対決

2010年3月25日は、とんねるず結成30周年を記念して「石橋貴明 vs 木梨憲武」という異例の食わず嫌いが行われた。

通常は司会側にいる二人がゲスト席に座り、所ジョージとビートたけしがそれぞれの側につく特別編である。この回にはお土産が登場した記録が残っている。

通常回でお土産が消えたあとでも、特別な食わず嫌いでは演出として残っていたことになる。

2011年7月28日、澤穂希と川澄奈穂美が「黒糖ドーナツ棒」を紹介

もう一つの重要な例が2011年7月28日だ。

女子サッカー日本代表として世界一になった直後の澤穂希と川澄奈穂美が対戦し、「黒糖ドーナツ棒」が紹介された。

ただし、この回を「昔ながらのお土産コーナーが2011年7月まで普通に続いていた証拠」と見るのは難しい。

2010年から2011年前半の確認できる通常対決では、すでにお土産なしの記録が多数続いているからだ。

さらにこのとき紹介されたフジバンビは、当時、澤と川澄が所属していたINAC神戸レオネッサのユニフォームスポンサーだった。通常のように対戦する二人が別々のお気に入りを持ってくる形とも違う。

したがって、2011年7月28日は通常フォーマットが継続していた最後の回というより、すでに消えていたお土産演出が例外的に登場した回と捉える方が、前後の放送記録とは整合する。

なぜお土産は消えたのか?公式な理由は確認できない

ここまで来ると、当然次の疑問が出てくる。

なぜ、あれほど人気だったお土産をやめたのか。

結論から言えば、現時点で確認できる資料から、その理由を一つに決めることはできない。

フジテレビが「お土産紹介を終了する」と正式発表した資料は確認できない。石橋貴明、木梨憲武、歴代制作スタッフが「○○の理由でお土産をやめた」と説明した一次資料も、今回確認した範囲では見つからなかった。

だからこそ、もっともらしい理由を後から当てはめるのは危険だ。

「ステマ規制でなくなった」は時系列が合わない

現在の感覚から見ると、有名人が番組で特定の商品をおすすめすることから「ステマ対策では?」と考える人もいるだろう。

しかし、現在の景品表示法上のステルスマーケティング規制が始まったのは2023年10月1日だ。

通常のお土産紹介が消えたとみられる2009年とは14年も離れている。

もちろん2009年当時にも、民間放送には広告と番組を区別するための自主基準が存在した。しかし、2009年夏に「食わず嫌い」のお土産紹介を終了させる直接の原因となった制度変更は確認できない。

したがって、「ステマ規制で食わず嫌いのお土産が廃止された」と説明するのは適切ではない。

「スポンサーへの配慮でなくなった」も裏付けはない

もう一つ考えやすいのがスポンサーとの関係だ。

食わず嫌いのお土産では、番組スポンサーとは限らない店舗やメーカーの商品名が大きく紹介される。それを見れば「無料で宣伝することが問題になったのでは」と考えたくなる。

だが、これも廃止理由を示す資料がない。

民放連の放送基準には広告の取り扱いに関する規定があるものの、それだけで食わず嫌いのお土産が2009年に終了したとは結びつけられない。

番組内ではその後も「きたなシュラン/きたなトラン」のように実在する飲食店を扱う企画が続いている。

スポンサー説は可能性の一つとして想像することはできても、事実として採用できる根拠は見つかっていない。

「注文が殺到して店に迷惑だから」説も確認できない

お土産紹介の影響が大きかっただけに、「店への注文が殺到しすぎたからやめたのでは」という説明も成り立ちそうに見える。

実際、発送まで何週間、何か月という商品が出たことは確認できる。

しかし、店舗側の負担を理由として番組がお土産紹介を終了したという制作側の証言は確認できない。

「注文殺到」は食わず嫌いのお土産が持っていた影響力の証拠にはなるが、終了理由の証拠にはならない。ここは分けて考える必要がある。

ただし2009年は、番組そのものが変わり始めた時期だった

直接の理由は分からない。それでも、時系列を追うと無視できない変化がある。

2000年代前半から中盤の『みなさんのおかげでした』では、「新・食わず嫌い王決定戦」が非常に大きな柱だった。

ところが2009年後半以降になると、番組では食わず嫌い以外の企画が目立って増えていく。

  • きたなシュラン(のちの「きたなトラン」)
  • とんねるずを泊めよう!
  • 芸能人プライベートQ/QQQの休日
  • ムダ・ベストテン
  • 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権
  • その後の「○○を買う。」シリーズや男気ジャンケンなど

食わず嫌いそのものも、毎週のように放送される企画から、特別なゲストやタイミングで登場する企画へと位置づけが変わっていく。

そして、その変化が始まる時期と、お土産が通常フォーマットから外れる2009年夏が近い。

これは事実として注目できる。

ただし、「他企画を増やすためにお土産を廃止した」とまで言える制作側証言はない。

番組構成の変化と時期が重なっている。それ以上の因果関係は、確認できる資料の範囲を超える。

お土産をなくせば、食わず嫌いは確かに短くできる

番組構成だけを見れば、お土産を外すメリットは分かりやすい。

従来は、ゲストを迎えたあとにそれぞれのお土産を紹介し、とんねるずが試食し、商品について話す時間があった。

それがなくなれば、すぐ4品の紹介と対決へ入れる。

食わず嫌いを番組丸ごとの中心企画として使うなら数分の違いは小さい。しかし、複数企画を1時間に詰め込むようになれば、その数分は大きい。

結果として、お土産のない食わず嫌いは以前よりコンパクトに構成できる。

ただし、これも「尺を短縮するために廃止した」と確認されたわけではない。構成上そういう効果があった、というところまでだ。

「きたなシュラン」が始まったことは関係ある?

時期を考えると気になるのが「きたなシュラン」だ。

見た目はきれいとは言い難いが、料理はおいしい店をとんねるずたちが訪ねる企画で、のちに「きたなトラン」として番組の人気企画になる。

2000年代の食わず嫌いでは、お土産が番組内の「グルメ情報」の一端を担っていた。

2009~2010年以降は、店そのものを訪ねる別のグルメ企画が存在感を増していく。

そのため、結果だけを見ると番組のグルメ情報の見せ方が「芸能人が持ってくる商品」から「とんねるずが店へ行く企画」へ広がったようにも見える。

だが、制作側が両企画を入れ替えたと説明した資料は確認できない。ここも「時期が重なる」という事実にとどめておきたい。

2000年代には「芸能人の好きな食べ物」そのものがテレビコンテンツだった

食わず嫌いのお土産がこれほど支持された背景には、当時のテレビと食文化もある。

同時代には『はなまるマーケット』の「はなまるカフェ」でゲストが紹介する「おめざ」も人気だった。

有名人が普段食べているもの、地元で好きなもの、差し入れに使うもの。それ自体が視聴者にとって価値のある情報だった。

もちろん2000年代にもインターネット通販はあり、Yahoo!や楽天市場で商品を検索することもできた。

だから「当時はネットがなかったからテレビだけが情報源だった」という説明は正しくない。

むしろ面白いのは、テレビで知り、ネットで探して注文するという組み合わせがすでに成立していたことだ。

全国ネットの人気番組で有名人が商品を紹介する。

放送直後、視聴者が店名や商品名を検索する。

注文が集中し、何週間待ちになる。

翌年には、その商品が「芸能人御用達お土産BEST20」に入る。

食わず嫌いのお土産は、テレビとインターネット通販が競合する前の企画というより、テレビの巨大な拡散力とネット通販が結びつき始めた時代の企画として見る方が実態に近い。

食わず嫌い自体は、お土産が消えたあとも長く続いた

ここも重要だ。

お土産がなくなったのは、食わず嫌いそのものが終了したからではない。

通常のお土産紹介が消えたとみられる2009年以降も、「新・食わず嫌い王決定戦」は何度も放送された。

宮崎あおいと櫻井翔、芦田愛菜とナインティナインなど、2011年にも大型ゲストによる対決が行われている。

つまり、

食わず嫌いが終わったから、お土産も終わった。

ではない。

食わず嫌いは続いたのに、お土産だけが先に通常フォーマットから姿を消した。

だからこそ、「いつの間にかなくなった」という視聴者の記憶が残るのだろう。

結局、お土産はなぜ消えたのか

今回確認できた事実を並べると、こうなる。

  • お土産は「新・食わず嫌い王決定戦」の時代に定着した
  • 2000年代には番組を代表する演出の一つになった
  • お土産だけの年間BEST20が作られるほど人気があった
  • 放送後に注文が集中し、長期間の発送待ちになった商品もある
  • 2008年にも大規模なお土産BEST20が放送されている
  • 2009年8月13日には従来型のお土産紹介を確認できる
  • その後、確認できる通常対決ではお土産なしが続く
  • 2010年と2011年には例外的な復活が確認できる
  • 食わず嫌いそのものはその後も続いた
  • フジテレビによる明確な終了告知は確認できない
  • 制作側が廃止理由を説明した一次資料も確認できない

したがって、最も正確な答えはこうなる。

「なぜ消えたのか」は、現時点で確認できる資料では分からない。ただし、通常のお土産紹介が姿を消した大きな境界は2009年夏にあり、その時期は『みなさんのおかげでした』が食わず嫌い中心から多彩な企画を組み合わせる番組へ変化していく時期と重なっている。

「ステマ規制」「スポンサー問題」「注文殺到」「震災」「ネット通販の普及」など、一見もっともらしい説明はいくつも作れる。

しかし、それを廃止理由として裏付ける証拠は確認できない。

分からないものを、分かったことにしない。

そのうえで時系列を見ると、2009年夏に確かに何かが変わったことだけは見えてくる。

年間BEST20まであったのに、本当に「いつの間にか」なくなった

食わず嫌いのお土産を振り返って不思議なのは、これほど存在感のあったものが、終了イベントも告知もなく視聴者の前から消えていったことだ。

2007年には、フジテレビ自身が「前年1年間にゲストが持参したお土産からBEST20を発表」と宣伝していた。

2008年にも年間ランキングが組まれた。

地方の商品が全国へ知られ、放送後に注文が殺到する。

店にとっては「食わず嫌いで紹介された」という事実が、20年近く後まで商品の経歴として残る。

それほど強いコンテンツだった。

ところが2009年8月、通常のお土産紹介は確認できる記録からふっと消える。その後、特別な回で何度か姿を見せても、昔の形には戻らない。

終了理由そのものは、残された資料からは分からない。

それでも、このお土産企画が存在した時代を追うと、2000年代のテレビが持っていた独特の力が見えてくる。

有名人が「これ、おいしいですよ」と一品持ってくる。

全国の視聴者が同じ時間にそれを見る。

翌日から店に注文が集まる。

そして翌年には「芸能人御用達BEST20」の一品として、もう一度テレビに登場する。

「食わず嫌いのお土産」は、単なる対決前のサービスコーナーではなかった。

テレビで知った一品を、視聴者が一斉に探し、買いに走る。

そんな時代の空気まで含めて、あのお土産は『とんねるずのみなさんのおかげでした』の中に残っていたのかもしれない。

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