- ファミコン版FFIVはどこまで作られていた?80%完成説・試作ROM・FFV改題を検証
- 1990年、スクウェアには「二つの次回作」があった
- 1990年11月、「IVはファミコン、Vはスーパーファミコン」と説明されていた
- 1991年2月、ファミコン版『FFIV』は正式に中止された
- ではファミコン版『FFIV』は、実際どこまで作られていたのか
- 発売から間もない1991年、坂口博信氏は「初期コンセプトだけ」と語っていた
- 「70%完成」「80%完成」はどこから来たのか
- 「これがファミコン版FFIV」とされた8bit画面は、開発画面ではなかった
- ROM、試作カートリッジ、ソースコードは残っているのか
- セシル、カイン、ローザはFC版にも存在したのか
- ATBはファミコン版で作られていたのか
- 2026年の証言で、FCからSFCへ移った時期がさらに見えてきた
- なぜファミコン版は中止されたのか
- 「聖剣伝説2になった」という話はどう考えるべきか
- 当時のプレイヤーには、何が見えていたのか
- ゲーム文化史として面白いのは、「何があったか」より「何が残らなかったか」
- 現在も見つかっていないもの
- 主要な説を整理するとどうなる?
- ゲーム未解決事件・最終判定
- まとめ|消えたのは「完成寸前のゲーム」ではなく、まだ見えていない企画なのかもしれない
ファミコン版FFIVはどこまで作られていた?80%完成説・試作ROM・FFV改題を検証

1991年7月19日にスーパーファミコンで発売された『ファイナルファンタジーIV』。
しかし、その少し前までスクウェアには、これとは別にファミコン用の『ファイナルファンタジーIV』が存在していました。
これは後世に生まれた噂ではありません。1990年11月にはスクウェア自身が、ファミコンで『IV』、スーパーファミコンで『V』を進めているとゲーム誌の取材で説明しています。翌1991年2月にはファミコン版『IV』の開発中止と、スーパーファミコン版『V』を『IV』へ改称することも正式に告知されました。
では、その消えたファミコン版は、実際にはどこまで作られていたのでしょうか。
画面までできていたのか。キャラクターやシナリオは完成していたのか。動くROMはあったのか。そして長年語られてきた「70%」「80%完成」という話は本当なのか。
当時資料と後年の開発者証言を追っていくと、意外な姿が見えてきます。
先に結論
ファミコン版『FFIV』という企画が存在したことは確認できます。一方、2026年9月時点で確認できる証拠から、ゲームとして完成間近だったとは判断できません。最も先まで確認できるのは、初期コンセプトと未完成のシナリオが存在した段階です。FC版固有のグラフィック、マップ、音楽、プログラム、実機で動くROMは、由来を確認できる資料が見つかっていません。
つまり今回の「未解決事件」は、ファミコン版『FFIV』が存在したかどうかではありません。
存在はほぼ解決済みです。まだ分からないのは、その企画がどこまで「ゲーム」になっていたのか。
そこを一段ずつ追っていきます。
1990年、スクウェアには「二つの次回作」があった
まず、1990年へ戻ります。
『ファイナルファンタジーIII』の発売日は1990年4月27日。スクウェアはまだファミコンを主戦場としていましたが、同じ年の11月21日には任天堂からスーパーファミコンが発売されます。
まさに世代交代の途中でした。
この時期について、2026年7月にスクウェア・エニックス公式の『FFIV』35周年インタビューで、時田貴司氏は「89年内には開発が始まっていたと思う」と振り返り、さらに最初はファミコン向けとして企画が始まったと証言しています。
ただし、この発言には注意が必要です。
時田氏自身が同じインタビューで「実際のところあんまり覚えてない」と話しており、1989年という年についても記憶による回想です。したがって「1989年○月にFC版FFIV開発開始」とまで固定することはできません。
一方、同じインタビューで北瀬佳範氏はもっと具体的な時点を語っています。
北瀬氏がスクウェアへ入社したのは1990年3月。そして本人によれば、その時にはすでに『FFIV』をスーパーファミコンで作っていました。
つまり後年証言をそのまま時系列に置くなら、FC版だけを検討していた期間はかなり短かった可能性があります。
| 時期 | 確認できること | 資料の性格 |
|---|---|---|
| 1989年内 | 時田氏は、FC向け企画がこの頃には始まっていたと思うと回想 | 2026年の後年証言 |
| 1990年3月 | 北瀬氏入社。本人によれば、その時点ですでにSFC版を開発中 | 2026年の後年証言 |
| 1990年4月27日 | FC版『FFIII』発売 | 発売記録 |
| 1990年11月 | FC『IV』とSFC『V』を並行して進めていたことをスクウェア側が説明 | 当時のゲーム誌取材 |
| 1991年2月 | FC『IV』中止、SFC『V』を『IV』へ改称 | スクウェアから編集部への告知 |
| 1991年7月19日 | SFC版『FFIV』発売 | 発売記録 |
ここで大切なのは、後世の感覚で「ファミコン版を作っていたが、途中から同じゲームをSFCへ移植した」と単純化しないことです。
1990年末の当時資料を見ると、少なくとも外部へ説明された形ではFC版『IV』とSFC版『V』は別の企画でした。
1990年11月、「IVはファミコン、Vはスーパーファミコン」と説明されていた
決定的なのが、1990年11月23日付の『増刊ファミコン通信』に掲載されたスクウェアへの取材です。
誌面では、スーパーファミコン向け新作が『ファイナルファンタジーV』として紹介されています。
そこで編集部が当然の疑問をぶつけます。
では『IV』はどうなったのか。
スクウェア側は、『IV』はファミコン向けで、発売時期はまったく未定ながら開発を進めていると説明しました。
さらに『FFIII』終了時点から『IV』と『V』を同時にスタートしたものの、進行状況と市場動向を検討し、SFC版『V』を先に発売するとしています。
ところが、その直後にかなり重要な一言があります。
FC版『IV』のスタッフは、その時点ですでに全員『V』の開発へ移っていた。
これは「1990年11月にもFC版を主力チームがどんどん作り続けていた」というイメージとは合いません。
会社としてFC版『IV』という企画は残っている。一方、実際のスタッフはSFC版へ集中している。
この二つは同時に成立します。
言い換えれば、後に正式中止が発表される1991年2月より前から、FC版の実作業はすでに止まっていた、あるいは少なくとも大幅に縮小していた可能性があります。
ここで「開発中止」と「作業停止」を同じ日付として扱うと、歴史が少し違って見えてしまいます。
なお、1990年前後のファミコンとスーパーファミコン全体の発売状況は、つぶログのファミコン全タイトル一覧とスーパーファミコン全タイトル一覧でも確認できます。SFC発売後もファミコン向け新作は続いており、「SFCが出たからファミコン開発が即終了」という単純な時代ではありません。
1991年2月、ファミコン版『FFIV』は正式に中止された
状況が動いたのは1991年2月です。
『ファミコン通信』1991年2月22日号には、スクウェアから編集部へ送られた「FFVに関する名称変更のお知らせならびにお願い」が紹介されています。
そこでは、それまでスクウェアがファミコン版『FFIV』とスーパーファミコン版『FFV』を並行して開発していたことが改めて説明されました。
そして、SFC版の開発が進んだ結果、ストーリー性、ビジュアル、キャラクターの動き、イベントなどでFC版を大きく上回ると判断したこと、SFCというハードの能力による部分も大きいことを理由に、FC版『FFIV』の開発中止を発表しています。
同時に、スーパーファミコン向け『FFV』は『ファイナルファンタジーIV』へ名称変更されました。
これが、1991年7月19日に発売された『FFIV』です。
「FFVがFFIVになった」は本当。ただし、1992年発売の『FFV』が『IV』へ変わったわけではありません。
ここは非常に混同されやすいところです。
1990年末に「SFC版FFV」と呼ばれていた企画が、FC版『IV』の中止に伴って番号をひとつ繰り上げ、1991年の『FFIV』として発売されました。
その後、改めて制作され、1992年12月に発売された『ファイナルファンタジーV』とは時系列上別です。
2021年のファミ通インタビューでも、時田貴司氏は「幻のファミコン版“FFIV”がボツになり、“FFV”として作られていた『FFIV』が発売となった」と説明しています。
この表現は、1990~91年の当時資料ともよく一致します。
ではファミコン版『FFIV』は、実際どこまで作られていたのか
ここからが今回の中心です。
「開発していた」という言葉だけでは、完成度は分かりません。
企画書を書いているだけでも開発中と言えますし、実機で最後まで遊べる状態でも開発中です。
そこで本記事では、ファミコン版『FFIV』の進行度を次の7段階に分けます。
| LEVEL | 段階 | 判定 | 確認状況 |
|---|---|---|---|
| 0 | アイデア・構想 | CONFIRMED | FC向け企画の存在を複数資料で確認 |
| 1 | 企画書・仕様検討 | PROBABLE | 紙上での企画作業を示す後年証言はあるが、FC版の原本は公開確認できず |
| 2 | シナリオ・設定 | CONFIRMED | 坂口氏が1991年にシナリオ未完成だったと説明 |
| 3 | グラフィック・マップ・音楽などの素材 | UNCONFIRMED | FC版由来と確認できる素材を確認できず |
| 4 | プログラム・実機試作 | UNCONFIRMED | コード制作を否定する後年証言もあり、肯定する確実な資料なし |
| 5 | プレイ可能プロトタイプ | UNCONFIRMED | 由来の確認されたROM・実機映像・プレイ証言なし |
| 6 | 完成に近いビルド | DISPROVEN寄り | 1991年の「初期コンセプト」「シナリオ未完成」という坂口氏証言と整合しない |
現在の証拠で到達できる最上位は、LEVEL 2です。
ただし「LEVEL 2」と聞いて、完成したストーリーや主要キャラクターの設定集があったと考えるのは早すぎます。
確認できるのは、シナリオに手を付けていたことまでです。
発売から間もない1991年、坂口博信氏は「初期コンセプトだけ」と語っていた
今回もっとも重要な証言のひとつが、『HIPPON SUPER』1991年8月号に掲載された坂口博信氏へのインタビューです。
完成したSFC版『FFIV』の発売から間もない時期で、編集部は中止になったファミコン版について直接質問しています。
坂口氏は、FC版はSFC版とは別の企画だったとしたうえで、実際にはほとんど初期コンセプトを作った段階で止まっていたと説明しています。
さらにシナリオについても、まだ完成していなかったとしています。
これは非常に重い証言です。
なぜなら2020年代になって35年前を思い出した話ではありません。
中止から約半年、完成したSFC版発売から約1か月後という、出来事にかなり近い時期の発言だからです。
少なくとも、この証言から「FC版は完成寸前だった」と読むのは難しいでしょう。
一方で、「シナリオもまだ完成していなかった」という言い方をしている以上、シナリオ作業そのものが存在したことまでは読み取れます。
だから本記事ではLEVEL 0だけではなく、限定付きでLEVEL 2までを確認済みとしました。
「70%完成」「80%完成」はどこから来たのか
ファミコン版『FFIV』について調べると、かなり高い確率で出てくる数字があります。
「70%まで完成していた」
あるいは、
「80%まで出来ていた」
という話です。
しかし、この数字をスクウェア公式の開発進捗率として扱うのは危険です。
70%はスクウェアが発表した数字ではない
1991年2月の中止告知では、スクウェアはFC版について、前年末に「作品性」を検討した結果、シリーズの続編として成立する企画だと判断していた旨を説明しています。
この文章から、当時の『マル勝ファミコン』側が「作品性を判断できるほどなら、70%以上は完成していたのではないか」と推測した記録があります。
つまり、70%はスクウェアが明かした進捗率ではなく、媒体側の推測です。
「スクウェア公式で70%完成」と書き換えると、情報の出所が変わってしまいます。
80%説には、さらに慎重さが必要
80%完成説については、長年ネット上で「坂口氏がそう話した」とする記述が広がりました。
しかし今回の調査では、日時、媒体名、質問文まで追える信頼性の高い原典を確認できませんでした。
一方、原誌を確認した形で紹介されている1991年8月の坂口氏証言は「ほとんど初期コンセプト」「シナリオ未完成」です。
この二つは、そのままではかなり両立しにくい内容です。
したがって本記事では、「80%完成」を事実として採用しません。
発売中止作品では「○%完成」という数字だけが後世に独り歩きすることがあります。つぶログの発売中止ゲームTierでも、完成度の数字だけで作品を評価しないのはこのためです。数字の出所が開発会社なのか、開発者なのか、雑誌側の推測なのかで意味はまったく変わります。
「これがファミコン版FFIV」とされた8bit画面は、開発画面ではなかった
もうひとつ、ファミコン版『FFIV』を長く神秘的な存在にしてきたものがあります。
ファミコン風の画面写真です。
ネット上では長年、これを「開発中のFC版FFIV」「試作ROMのスクリーンショット」として紹介する例がありました。
しかし、出所を遡ると事情が違います。
問題の画面は、1990年11月9日号の『ファミコン通信』に掲載された、人気RPGの次回作を予想する記事へ行き着きます。
つまり、開発中のゲームをスクウェアから提供された画面として掲載したものではなく、編集部が「次のFFはこうなるのではないか」と予想するために用意したイメージでした。
しかも時系列上、この号はスクウェアがFC版『IV』とSFC版『V』について具体的に説明する1990年11月下旬の記事より前です。
画面だけが後世に切り出されると、「未発売ゲームの流出スクリーンショット」に見えてしまう。
しかし誌面全体へ戻れば、その意味は変わります。
現在知られている代表的な8bit画面は、FC版FFIVのLEVEL 3~5を証明する資料には使えません。
ROM、試作カートリッジ、ソースコードは残っているのか
では、画像とは別に実物はどうでしょうか。
2026年9月時点で、一般に検証可能な形で由来まで確認されたファミコン版『FFIV』のROMや試作カートリッジは確認できません。
同様に、FC版由来と証明されたソースコード、開発ディスク、実機プレイ映像も見つかっていません。
後年、当時スクウェアで広報・翻訳に関わった森山薫氏は、FC版では実際のコーディングは行われず、紙上の作業だったという趣旨の説明をしています。
この証言は、1991年の坂口氏による「初期コンセプト」「シナリオ未完成」という説明とはよく整合します。
ただし、ここには一線を引く必要があります。
公開されたROMを確認できないことと、スクウェアの倉庫や当時の開発者の手元にも絶対に何も存在しないことは同じではありません。
そのためLEVEL 4とLEVEL 5は「存在しなかったと完全証明」とはしません。
現状は、肯定できる証拠がなく、確認できる直接証言はむしろ否定方向です。
セシル、カイン、ローザはFC版にも存在したのか
ここまで来ると、次の疑問が出てきます。
ファミコン版の時点で、セシルやカイン、ローザはいたのでしょうか。
これは分かりません。
今回確認できた資料の中に、FC版企画とこれらのキャラクターを直接結び付けるものはありませんでした。
| SFC版『FFIV』の要素 | FC版段階で確認できるか |
|---|---|
| セシル | 確認できない |
| カイン | 確認できない |
| ローザ | 確認できない |
| リディア | 確認できない |
| ゴルベーザ | 確認できない |
| バロン王国 | 確認できない |
| 暗黒騎士からパラディンへの転身 | 確認できない |
| 月を含む世界設定 | 確認できない |
| ATB | FC版由来とは確認できない |
ここを「同じ『IV』だから当然引き継いでいる」と考えてしまうと、当時資料と食い違います。
1991年1月の『ファミコン通信』では、当時まだ『FFV』と呼ばれていたSFC版について、個性のあるキャラクター、男女のキャラクター、恋愛要素、ジョブチェンジの廃止、新しい戦闘システムなどがかなり具体的に語られています。
つまり完成版『FFIV』を形作る特徴は、少なくともこの時点ではSFC側の「FFV」として説明されていました。
FC版『IV』の仕様として説明されたものではありません。
ATBはファミコン版で作られていたのか
『FFIV』を語るうえで外せないのがATB、アクティブタイムバトルです。
では、これもFC版の時点から存在したのでしょうか。
現在確認できる資料だけでは、そうは言えません。
1991年の坂口氏インタビューでは、完成したSFC版『FFIV』の開発前半でATBを何度も作り直し、プログラマーが複数回修正したことが語られています。
しかし、それをFC版企画時代まで遡らせる説明は確認できません。
2026年の公式インタビューでも、SFCのMode 7を見た坂口氏がその機能を気に入り、完成版『FFIV』冒頭の飛空艇演出につながった経緯が北瀬氏から語られています。
ここから見えるのは、FC版で完成していたゲームをそのままSFCへ移したというより、SFCで使える技術を前提にゲームそのものを組み立て直していた現場です。
2026年の証言で、FCからSFCへ移った時期がさらに見えてきた
2026年7月、スクウェア・エニックスは『FFIV』35周年に合わせ、時田貴司氏と北瀬佳範氏への公式インタビューを公開しました。
ここで時田氏は、最初がFC向け企画だったことを改めて証言しています。
さらに興味深いのが開発期間についての話です。
時田氏は、最初にFCで検討していた期間を含めても、現在の形の『FFIV』を実際に作った期間はかなり短かったのではないかと振り返っています。
一方、北瀬氏は1990年3月の入社時点で、すでにSFCで制作していたと明言しています。
この証言が正しければ、「FC版FFIV」をゲームとして制作していた時間は、後世に抱かれたイメージよりかなり短かった可能性があります。
ただし、時田氏自身が35年以上前の細かな時系列について記憶の曖昧さを認めています。
そのため本記事では、
1989年内にFC向け企画が始まった可能性は高い。しかし開始月やSFCへの切り替え月までは確定しない。
というところで止めます。
なぜファミコン版は中止されたのか
「SFCが出たから古いファミコン版を捨てた」で済ませると、少し雑です。
当時のスクウェア自身が理由を説明しています。
1990年11月の時点では、両企画の進行状況と市場動向を見てSFC版を先に発売するとしていました。
そして1991年2月の中止告知では、開発が進んだSFC版のストーリー、ビジュアル、キャラクターの動き、イベントなどがFC版を上回ると判断したこと、SFCのハード性能もその差に大きく関係していることを挙げています。
後年、時田氏もFCからSFCへ移ることで色数やROM容量の制約が緩和されたことを振り返っています。
2021年のインタビューでは、当時『ドラゴンクエスト』を強く意識しており、FFを先にSFCへ送り出したいという思いもあったと語りました。
つまり確認できる範囲では、理由はひとつではありません。
- SFC側の企画が先行していたこと
- 市場が新世代機へ動き始めていたこと
- SFCの表現力を使った企画の方が優れているとスクウェアが判断したこと
- 次世代機で『FF』を早く出したいという開発側の意識
こうした要素が重なっています。
逆に、「任天堂から中止させられた」「資金難だけが原因だった」「ROM容量だけが原因だった」といった単独原因は、今回確認した強い資料からは裏付けられません。
「聖剣伝説2になった」という話はどう考えるべきか
ファミコン版『FFIV』を調べると、もうひとつ有名な話へぶつかります。
「中止されたFFIVが、のちの『聖剣伝説2』になった」という説です。
この話には、まったく根拠がないわけではありません。
田中弘道氏はスクウェア・エニックス公式の『FFIII』30周年インタビューで、『聖剣伝説2』のシステムはもともと『FFIV』のシステムとしてデザインしていたと証言しています。
ただし、同じ話の中で田中氏は、「スーパーファミコンになって解像度や表現力が上がった」ことを前提に、坂口氏とのデザイン上の考え方の違いを説明しています。
つまり、田中氏がここで語っている「FFIV」は、今回追っているFC版とそのまま同一視できません。
1990年前後のスクウェアには、シリーズ次回作を巡る複数の試行錯誤があり、「FFIV」という名前を含む企画の記憶が後年の証言の中で複雑に重なっています。
ここを一本につないで、
「ファミコン版FFIVが中止され、そのデータが聖剣伝説2になった」
とするのは飛躍です。
むしろ、この混線そのものが当時のスクウェア開発史の面白さでもあります。
当時のプレイヤーには、何が見えていたのか
2026年から振り返ると「幻のFC版FFIV」というひとつの事件に見えます。
しかし1990年のプレイヤーが見ていた景色は少し違います。
11月には「ファミコンにIV、スーパーファミコンにV」という不思議な計画が報じられました。
SFC版『V』については、その後すぐにキャラクターや戦闘、恋愛要素、ジョブの扱いなど具体的な情報が出てきます。
ところがFC版『IV』は、発売時期すら決まりません。
やがて1991年2月、実際のゲーム画面や詳しいゲーム内容を一般ユーザーへ見せないまま、中止が発表されます。
この差は大きい。
SFC版は次第に「遊べるゲーム」の輪郭を持っていったのに、FC版は最後まで「存在する企画」の輪郭からほとんど進まなかった。
少なくとも、現在確認できる当時の公開情報からはそう見えます。
ゲーム文化史として面白いのは、「何があったか」より「何が残らなかったか」
発売中止ゲームというと、失われたROMや秘密のプロトタイプを探したくなります。
もちろん、いつか本物の資料が出てくれば状況は変わります。
ただ、今回のFC版『FFIV』には別の面白さがあります。
35年以上、「幻のゲーム」として語られてきた。
雑誌にはそれらしい8bit画面がある。
ネットでは70%、80%完成という数字まで広がった。
ところが時間を1989~1991年まで戻し、資料を一枚ずつ置き直していくと、だんだん「完成間近のゲーム」の姿が消えていきます。
最後に残るのは、
ファミコン向けとして確かに存在した企画。
未完成だったシナリオ。
SFC版とは別に動いていたという記録。
そして、まだ中身を見ることのできない紙上のアイデア。
なのかもしれません。
ただし、その最後の一歩も断定はしません。
『FFIII』の開発者・田中弘道氏は後年、スクウェアでは『FFIII』の頃から資料をバインダーにまとめて保管するようになったと公式インタビューで証言しています。
もしFC版『FFIV』の企画書やシナリオ資料が今も社内に残っているなら、この事件のLEVELは将来変わる可能性があります。
現在も見つかっていないもの
2026年9月30日時点で、一般に公開され、由来まで確認できるFC版『FFIV』の資料としては、次のものを確認できていません。
- プレイ可能なROM
- 試作カートリッジ
- ソースコード
- 開発ディスク
- FC版と確認された企画書原本
- FC版の仕様書
- シナリオ原稿
- キャラクター設定
- ゲーム用ドット絵
- マップデータ
- 音楽データ
- 実機スクリーンショット
- 実機プレイ映像
ここでの「見つかっていない」は、存在しないという意味ではありません。
一般に検証可能な状態で確認できていないという意味です。
主要な説を整理するとどうなる?
| よくある説 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| ファミコン版FFIVは存在した | 確認済み | 当時のスクウェア説明と中止告知が存在 |
| 正式に「FFIV」と呼ばれていた | 確認済み | 遅くとも1990年11月には対外的に『IV』と呼ばれている |
| 70%完成していた | 根拠不足 | スクウェア発表の数字ではなく、雑誌側の推測 |
| 80%完成していた | 採用不可 | 信頼できる原典を確認できず、1991年坂口証言とも整合しにくい |
| ほぼ完成していた | 否定方向 | 坂口氏は「初期コンセプト」「シナリオ未完成」と説明 |
| 有名な8bit画面は実機画面 | 誤り | 雑誌の次回作予想用イメージへ遡れる |
| セシルやカインもFC版にいた | 不明 | FC版へ直接結び付ける資料なし |
| ATBもFC版で完成していた | 根拠なし | 確認できるATB開発証言はSFC版についてのもの |
| FC版をそのままSFCへ移植した | 当時資料と合わない | FC『IV』とSFC『V』を別企画として並行していたと説明 |
| SFC版FFVがFFIVへ改名された | 確認済み | 1991年2月のスクウェア告知で確認可能 |
| 1992年発売のFFVがFFIVになった | 誤り | 1990年に『V』と呼ばれていたSFC企画とは区別が必要 |
| FC版FFIVが聖剣伝説2になった | 混同 | 田中弘道氏が語るFFIV案はSFCの表現力を前提とした別の開発文脈 |
ゲーム未解決事件・最終判定
今回の事件は、一言で「解決」「未解決」とするより、問いごとに分けた方が正確です。
| 問い | 判定 |
|---|---|
| FC版FFIVという企画は存在したか | CASE CLOSED |
| 「FFIV」という名前で実際に扱われたか | CASE CLOSED |
| おおよその企画時期 | MOSTLY SOLVED |
| どこまで制作されたか | PARTIALLY SOLVED |
| グラフィック素材が作られたか | INSUFFICIENT EVIDENCE |
| 動くROMが存在したか | INSUFFICIENT EVIDENCE |
| 完成したSFC版へ何が引き継がれたか | UNRESOLVED |
| 80%完成説 | 根拠を確認できず |
| 有名な8bit画面の正体 | CASE CLOSED |
事件全体:PARTIALLY SOLVED
ファミコン版『FFIV』が存在したことは、もはや「幻だったのか?」と疑う段階ではありません。現在も分からないのは、その企画の中身と、実際のゲーム素材がどこまで作られていたのかです。
まとめ|消えたのは「完成寸前のゲーム」ではなく、まだ見えていない企画なのかもしれない
ファミコン版『ファイナルファンタジーIV』は存在しました。
1990年にはスクウェア自身がFC版『IV』とSFC版『V』を別に進めていると説明し、1991年2月にはFC版の中止とSFC版の『IV』への改称を正式に知らせています。
ここまでは、かなりはっきりしています。
一方、「では何が出来上がっていたのか」と踏み込むと、証拠は急に少なくなります。
1991年の坂口博信氏証言から確実に進めるのは、初期コンセプトと、完成前のシナリオ作業まで。
グラフィック、マップ、音楽、プログラム、動くROMは、FC版由来と確認できるものが見つかっていません。
「70%」「80%完成」という数字も、そのまま公式の開発率として使えるものではありません。
そして長く開発画面と思われた8bit画像も、実際には雑誌の予想企画から生まれたものでした。
ここまで調べると、「幻のFC版FFIV」の見え方はかなり変わります。
私たちが35年以上探しているものは、完成寸前で消えた秘密のカセットではなく、スクウェアがファミコンからスーパーファミコンへ渡ろうとしていた一瞬に存在した、まだ形になり切っていない『第四のファイナルファンタジー』なのかもしれません。
その企画書や未完成シナリオが、今もどこかに残っているのか。
セシルより前に、別の主人公がいたのか。
SFC版へひとつでも持ち越されたアイデアがあるのか。
そこは、2026年現在も分かっていません。
だからこの事件は、存在の謎こそ解けても、まだ終わっていません。